無個性は個性をつくる 作:匿名希望
青山優雅からの連絡が届いたのは、こちらが次の動きを決めきれていない時だった。
全面戦争では死柄木弔を完成させきれず、ギガントマキアを失った。タルタロスでは僕自身の本体を取り戻すつもりだったが、それも失敗した。
原因の一つは明確だ。
空木零司。
彼がいる。
それだけで、こちらが想定しなければならない条件が増え続ける。
そして今回、青山が持ってきた情報は。
その空木零司を殺せるかもしれない、一度きりの機会だった。
◇ ◇ ◇
「青山から?」
スケプティックが端末を確認している。
僕はその情報を横から眺めた。
青山には以前から雄英内部の情報だけでなく、空木零司についても可能な範囲で調べさせていた。
大した成果はなかった。
それは最初から仕方のないことだ。
青山と空木は友人ではない。
ネビルレーザー用のサポートアイテムを依頼した生徒と、その製作者。
せいぜい、その程度の関係だった。
それでも接触できるだけ、他の雄英生徒よりはましだった。
空木零司。
雄英サポート科。
ヒーロー科の装備を作る。
教師からも依頼を受けることがある。
特殊な研究をしているらしい。
全面戦争の日には、政府側の技術協力として雄英を離れていた。
青山から得られたのは、ほとんどそれだけ。
けれど。
それで十分な部分もあった。
◇ ◇ ◇
神野で、僕は彼の作ったものを一度見ている。
人間ではない。
それでいて、自律して動き。
複数の個性に似た能力を使う。
妙な人工生命。
その一体から僕は個性を奪った。
だが。
あれは本体ではなかった。
個体そのものに必要な機能と、任務用の能力が切り分けられていた。
僕が奪ったのは。
交換可能な一部分だけ。
あの時点で。
空木零司は警戒に値した。
まだ学生。
ヒーローですらない。
それなのに。
既に個性を人工的に扱う技術を持っていた。
◇ ◇ ◇
その後。
全面戦争。
戦場に現れた人工的な兵士たち。
救助。
防御。
観測。
医療。
制圧。
そして。
ギガントマキアすら止める、小型の特殊個体。
青山から。
同じ日に空木零司が政府側の作戦へ参加していると聞いていた。
なら。
誰が作ったか。
考えるのは難しくない。
他に候補がいなかった。
断定できる証拠など必要ない。
十分に高い確率で。
あれは空木零司の戦力だ。
◇ ◇ ◇
そして。
戦争が終わると。
負傷したヒーローたちは、驚くほど早く復帰した。
オールマイトに至っては。
戦争より前から。
既に戦える身体へ戻っていた。
一度力を失ったはずの男が。
ほとんど全盛期に近い身体能力で戦っている。
誰がやったのか。
これも。
考えるまでもない。
空木零司。
ヒーローそのものを強くする。
負傷者を治す。
人工戦力を作る。
失敗すれば。
次には、その失敗を潰す技術を持ってくる。
非常に。
面倒な人間だ。
◇ ◇ ◇
一番大きな誤算は。
タルタロスだった。
あの時。
僕は距離を利用した。
海上刑務所。
遠い。
ヒーローが異常を把握してから。
戦力を集め。
海を越え。
到着するまでには時間がある。
そう考えた。
当然の計算だった。
空木零司の兵士が。
遠距離を移動できることは知っていた。
だが。
それを人間規模の戦力にまで使えるとは確認できていなかった。
だから。
できないと考えた。
違った。
彼は。
できなかったのではない。
やっていなかっただけだった。
◇ ◇ ◇
黒い空間が開き。
そこから。
オールマイトが出てきた。
プロヒーロー。
警察。
個性兵。
距離。
海。
移動時間。
それまで戦力配置を考える上で当然だった条件が。
一つ消えた。
あの瞬間から。
空木零司が生きている限り。
「遠くにいるから安全」という考え方は使えなくなった。
場所を知られているなら。
そこへ。
戦力を送れる。
タルタロスで。
僕はそれを学んだ。
◇ ◇ ◇
だからこそ。
今回の青山からの情報は。
慎重に扱う必要がある。
「内容は?」
スピナーが聞く。
スケプティックが読み上げる。
「空木零司が数日以内に、政府側の研究と規制関係の手続きで通常の活動拠点を離れる」
僕は黙って聞く。
「その間、大規模な人工兵戦力や工場型の設備とは切り離される。同行する護衛も少ない。青山が知る限り、同じ条件が次に発生する予定はない」
一度きり。
そういうことか。
◇ ◇ ◇
「罠じゃねえのか?」
荼毘が言った。
あり得る。
むしろ。
考えない方がおかしい。
今まで大して有用な情報を持ってこなかった青山から。
突然。
こちらが欲しい条件に近い情報が届いた。
疑う理由はある。
僕は情報を一つずつ整理する。
青山が。
こちらを裏切った可能性。
ヒーロー側が。
青山を見つけた可能性。
僕たちを誘い出すため。
空木零司を餌にしている可能性。
全部。
ある。
◇ ◇ ◇
「だから行かない?」
トガが首を傾げる。
「それなら、それでもいい」
僕は答えた。
行かない。
そういう選択もできる。
安全だけを考えるなら。
むしろ。
その方がいいかもしれない。
だが。
その場合。
空木零司は生き続ける。
それが。
もっとも危険だ。
◇ ◇ ◇
彼は。
時間を与えるほど強くなる。
本人が鍛える。
そういう意味ではない。
空木零司自身は。
前へ出て殴り合う人間ではない。
だから。
個人として殺すだけなら。
本来。
それほど難しい相手ではないはずだ。
問題は。
彼の周囲にある。
護衛。
人工兵。
工廠。
ワープ。
政府。
ヒーロー。
そして。
新しく追加され続ける未知の技術。
一度の失敗。
それが。
次には対策済みになる。
◇ ◇ ◇
通常の観測兵を破壊して。
死柄木は一度追跡を切った。
次に。
同じ方法で追跡を切れる保証はない。
ギガントマキアが。
ヒーローの阻止線を突破した。
すると。
その場で内部から止める兵器が作られた。
タルタロスで。
距離が安全だと思った。
次には。
距離そのものが意味を失った。
この繰り返しだ。
放置すれば。
まだ増える。
◇ ◇ ◇
「僕はね」
僕は笑う。
「ワン・フォー・オールより先に、空木零司を片付けた方がいいと思っている」
スピナーがこちらを見る。
荼毘は。
特に興味がなさそうだった。
トガは。
僕の話を聞きながら、自分の刃物を眺めている。
「OFAはいいのか?」
「欲しいよ」
もちろん。
ワン・フォー・オールは欲しい。
長い間。
ずっと。
僕へ逆らい続けてきた力。
弟から始まった。
あの力を。
終わらせたい。
ただ。
優先順位は。
状況で変わる。
◇ ◇ ◇
緑谷出久は。
強い。
それでも。
今いる一人の少年だ。
空木零司は違う。
彼本人を放っておけば。
次の戦いでは。
オールマイトが増えるかもしれない。
こちらの個性だけを狙って止める兵器ができるかもしれない。
知らない治療。
知らない移動。
知らない兵士。
何を持ってくるか。
予測できない。
戦うたびに。
こちらが持っている優位を。
一つずつ消してくる。
◇ ◇ ◇
「じゃあ殺しに行くのか」
スピナーが言う。
「そう単純でもない」
もし。
青山の情報が本物なら。
空木零司は一時的に。
大規模戦力から離れる。
工廠型。
大量の個性兵。
ヒーロー。
それらが周囲にいない。
その瞬間を狙えばいい。
ただし。
一つ。
既に知っていることがある。
ワープ。
◇ ◇ ◇
「少人数で近づいても意味がない」
僕は言った。
例えば。
数人のヴィランだけを送る。
空木零司を見つける。
攻撃する。
だが。
一撃で殺せなかったら。
その瞬間。
黒いゲートが開く。
向こう側から。
オールマイトが来る。
エンデヴァー。
警察。
個性兵。
何でもいい。
タルタロスで。
それを見た。
なら。
こちらが少しずつ戦力を出すのは。
最悪のやり方だ。
◇ ◇ ◇
「殺すなら」
時間を与えない。
空木零司が。
状況を見て。
対応を決め。
ゲートを開き。
大量の増援を呼ぶ。
その前に。
押し潰す。
「最初から最大戦力をぶつける」
それが。
一番合理的だ。
僕は。
残っている戦力を考える。
死柄木弔。
荼毘。
トガヒミコ。
スピナー。
スケプティック。
生き残ったニア・ハイエンド。
その他。
まだ動かせる者たち。
以前より少ない。
だが。
空木零司一人を。
孤立した状態で殺すなら。
多すぎるほどに見える。
◇ ◇ ◇
もちろん。
彼にも護衛はいるだろう。
青山の情報でも。
完全に一人とは言っていない。
ただ。
問題になるほどではない。
空木零司は。
ヒーローではない。
体育祭で。
装備を使い。
ヒーロー科と戦ったことはある。
だが。
あれは。
本人の身体能力で戦っていたわけではない。
彼の強さは。
持っている道具と。
兵士。
周囲の仕組み。
そこにある。
なら。
そこから切り離せば。
いい。
◇ ◇ ◇
僕が知らないことはある。
当然だ。
空木零司は。
自分の技術を。
何もかも公開する人間ではない。
だが。
本人まで。
個性兵と同じような防御を持っていると考える理由はない。
彼が。
重傷を負った記録はない。
だから。
何が起きるか観測する機会もなかった。
毒。
精神干渉。
個性そのものへの攻撃。
そういうものへの耐性があるかも。
分からない。
分からないなら。
まとめて試せばいい。
◇ ◇ ◇
「残ってる奴を全部出すって?」
荼毘が面倒そうに聞く。
「必要な範囲でね」
「俺はあいつに興味ねえぞ」
「君が誰に興味を持っているかは知っているよ」
轟炎司。
荼毘が欲しいのは。
そちら。
トガにも。
自分の関心がある。
スピナーも。
死柄木への執着が強い。
僕と目的が完全に一致しているわけではない。
それでも。
今。
ヒーロー側とぶつからずに。
それぞれの望むところへ辿り着けるわけでもない。
◇ ◇ ◇
「空木零司を消せば」
僕は言う。
「次の戦いはずっと楽になる」
少なくとも。
未知の技術が。
次々に増えることはなくなる。
人工兵も。
現在ある分を壊せばいい。
工廠型も。
作った人間がいなければ。
新しい対策を即座に追加することはできない。
オールマイトの復活を。
元に戻すことはできない。
それでも。
今後。
二人目を作られることはなくなる。
それだけでも。
価値はある。
◇ ◇ ◇
「で、青山の情報を信用するのか?」
スケプティックが聞く。
「信用はしない」
僕は答える。
信用。
そんなものは。
必要ない。
「本物だった場合の価値が高すぎるんだ」
罠である可能性はある。
だが。
罠だから。
行かない。
それを繰り返せば。
空木零司に永遠に時間を与えることになる。
その方が。
僕には嫌だった。
◇ ◇ ◇
それに。
罠なら。
こちらも。
最大戦力で踏み潰せばいい。
中途半端な戦力で入るから。
罠が機能する。
ヒーロー側が。
少数のヴィランを捕らえるつもりで待っているなら。
想定を超える数を。
一度に出せばいい。
空木零司のワープが。
どれほど速くても。
ゲートを開く前に。
本人を殺せれば終わる。
そして。
ゲートを開かれたとしても。
出てきたヒーローごと。
戦えばいい。
◇ ◇ ◇
死柄木の身体は。
以前より完成へ近づいている。
余計な負傷もない。
全面戦争直後より。
条件はいい。
こちらの人数は減った。
それでも。
主力は残っている。
なら。
使うべき時は。
今だ。
◇ ◇ ◇
僕は。
もう一度。
青山から届いた情報を見る。
日時。
空木零司が。
大規模戦力と切り離される時間。
護衛が薄くなる。
次はない。
「一度きりの機会」
声に出すと。
とても。
魅力的に聞こえる。
都合が良すぎる。
だから。
罠かもしれない。
それでも。
僕は。
笑った。
◇ ◇ ◇
「準備しよう」
スピナーが。
死柄木を見る。
「行くのか?」
「行くよ」
僕は答える。
「少人数では行かない」
空木零司へ。
考える時間を与えない。
対応する時間を与えない。
新しい兵士を作る時間も。
オールマイトを呼ぶ時間も。
与えない。
「残っている戦力を、可能な限り一度に出す」
殺すなら。
最初の一撃で。
◇ ◇ ◇
タルタロスでは。
僕が一つ。
勘違いをした。
空木零司に。
できないことと。
やらなかったことを。
取り違えた。
同じ失敗はしない。
彼は。
まだ。
何かを隠しているかもしれない。
それでも。
隠しているものまで含めて。
処理できるだけの戦力を持っていけばいい。
「空木零司」
オールマイトでも。
緑谷出久でもない。
今。
最初に消すべきなのは。
彼だ。
次に会った時。
もう。
研究を続ける時間は与えない。