無個性は個性をつくる 作:匿名希望
青山から情報を流して数日後、私は雄英を出ることになった。
理由そのものは、作戦のために作った嘘ではない。
政府上層部との間で、タルタロスに収監されている凶悪犯罪者に限り、服役中の危険個性を一時的に摘出して管理する措置について合意が取れたからだ。
通常の制度として整備するには、まだ時間がかかる。刑務所へ収容された人間から個性そのものを外すことを前提にした法律も、運用制度も存在していない。
ただ、タルタロスに収監されている人間には、脱獄した場合の被害が極端に大きい個性持ちが多い。
それなら、制度が完成するまで何もしないより、対象を限定した超法規的措置として先に始める。
政府側は、そう決めたらしい。
◇ ◇ ◇
技術的には問題ない。
個性因子を安全に摘出する。
本人ごとに識別して保存する。
収監中は身体から外しておく。
必要になれば再移植する。
それだけなら、かなり前からできる。
問題は手続きだった。
上層部で方針そのものは決まったものの、実際にタルタロスで運用を始めるための最終文書には、どうしても内閣府側で直接決裁を通す必要があるらしい。
「結局、最後は判子なんですね」
雄英の校門前で言うと、隣にいたホークスが笑った。
「技術がどれだけ未来に行ってても、役所は急に未来になりませんからねえ」
今日は公安側の案内役として、ホークスが同行する。
表向きに見える護衛は彼一人だった。
◇ ◇ ◇
「しかし、ずいぶん柔軟ですね」
「何がです?」
「時間です」
普通なら。
政府の上層部へ直接出向いて重要文書の決裁をもらうなら、日時を厳密に指定されそうなものだ。
今回は違う。
今日。
あるいは明日。
途中で何か起きて遅れたなら、その後でもいい。
事前に連絡さえ取れれば。
かなり広い時間帯で受け入れると言われている。
「まあ、空木君が今どういう状況かは向こうも知ってますから」
ホークスが肩をすくめる。
「移動中にヴィランから襲撃されて遅れます、なんて可能性を本気で想定して予定組む高校生、普通いませんよ」
「そうですね」
普通かどうかは。
あまり関係ない。
実際。
そうなる予定なのだから。
◇ ◇ ◇
とはいえ。
内閣府へ向かう理由自体は本物だ。
もし。
今日。
何も起こらなければ。
そのまま行く。
書類を確認する。
必要な箇所へ決裁をもらう。
そして。
タルタロスで収監中個性の一時摘出を始める。
AFO本体を含め、対象となる危険犯罪者について、誰からどの個性を外すかは司法側と個別に詰めればいい。
逆に。
途中で襲撃されれば。
そちらを先に処理する。
政府側も。
その可能性まで含めて了承済み。
「合理的ですね」
「内閣府に『ヴィラン倒してからでいいですよ』って言わせてる時点で、だいぶ普通じゃないですけどね」
それは。
そうかもしれない。
◇ ◇ ◇
雄英を出る。
私と。
ホークス。
見える範囲では。
それだけ。
個性兵の大部隊はいない。
工廠型もいない。
オールマイトも。
エンデヴァーも。
警察部隊も。
周囲にはいない。
青山から流した情報と。
ほぼ同じだった。
ただし。
本当に無防備なわけではない。
私の影の中には。
いつもの個人護衛型がいる。
表には出ない。
不可視の分身体だけが。
周囲を監視している。
これについて。
AFO側が把握している証拠はない。
◇ ◇ ◇
「空木君」
移動を始めてしばらくしてから、ホークスが小さな声で呼ぶ。
「はい」
「今のところ、ついてくる気配はないです」
「そうですか」
「もうちょっと緊張とかしません?」
「来るなら来ますし、来ないなら内閣府へ行くだけですから」
私は周囲を見る。
人。
車。
建物。
特に。
不自然なものはない。
ホークスは。
私より。
かなり広い範囲へ羽根を散らしている。
微細な振動から。
人の動きまで拾っているらしい。
今回。
案内役というだけでなく。
最初に私の側へ置く戦力として。
かなり向いている。
◇ ◇ ◇
他の人間は。
もう配置についている。
一か所には集めていない。
死柄木用。
荼毘用。
トガ用。
スピナー用。
スケプティック用。
ニア・ハイエンドその他用。
それぞれ。
ある程度の広さを取れる場所を別々に確保してある。
ヒーロー。
警察。
専用個性兵。
大型兵。
必要な人間だけを。
先に配置している。
だから。
この場にいない。
敵から見ても。
実際に。
私は彼らから離れている。
◇ ◇ ◇
ワープゲートを使う予定だったなら。
敵が来た後。
こちらへヒーローを呼ぶことになる。
ただ。
今は。
その必要もない。
前回作った。
直接転移。
任意の対象を。
指定した別座標へ。
そのまま移す。
今回は。
こちらの戦力を呼ぶのではなく。
敵を。
用意した戦場へ送る。
その方が早い。
◇ ◇ ◇
ホークスの羽根が。
一斉に止まった。
「――来た」
ほとんど同時だった。
前方。
側面。
上。
複数。
人影が現れる。
黒い泥のようなものが。
空間へ滲み。
そこから。
一人。
また一人。
出てくる。
死柄木弔。
荼毘。
トガヒミコ。
スピナー。
スケプティック。
その周囲には。
人間ではない大型の影。
ニア・ハイエンド。
さらに。
残ったヴィラン側戦力。
「ずいぶん来ましたね」
「感想それ!?」
ホークスが叫ぶ。
敵が。
待ってくれるわけではない。
◇ ◇ ◇
最初に動いたのは。
死柄木だった。
地面へ。
手を伸ばす。
あれは。
分かりやすい。
『崩壊』。
同時に。
別方向から複数の攻撃。
青い炎。
伸びる攻撃。
ニア・ハイエンドの突進。
こちらへ。
最初から。
まとめて叩き込んでくる。
AFO側が。
本当に。
短時間で私を殺すつもりだったことが分かる。
「空木君!」
ホークスの羽根が動いた。
私の身体を。
強引に後方へ引く。
同時に。
大量の羽根が。
接近する物理攻撃へ割り込む。
◇ ◇ ◇
ただ。
一番危険だったものは。
発動しなかった。
死柄木の指が。
地面へ触れる。
何も起きない。
青い炎も。
こちらへ届く前に消える。
複数の敵側で。
同時に。
個性の発現が途切れた。
「……あ?」
荼毘の声。
死柄木が。
自分の手を見る。
当然。
理由は分からないと思う。
私の護衛型は。
見えない。
本体は。
私の影の中。
不可視の分身体が。
敵を視界へ収めている。
そして。
今回の作戦用に正式許可を取った常時抹消型とは別に。
私有の護衛型にも。
同じ機能を載せてある。
こちらは。
わざわざ説明していない。
◇ ◇ ◇
「抹消……?」
死柄木の中から。
別の声色が混じる。
気づいたらしい。
ただ。
どこから使われているかは。
分からない。
見えていないのだから。
ホークスが。
すぐに状況を理解する。
正確な仕組みまでは。
知らなくてもいい。
個性攻撃が止まっている。
それだけ分かれば。
動ける。
「じゃあ、今のうちですね!」
羽根が。
別方向から飛び込んできた敵を弾く。
私は。
敵の位置を取る。
◇ ◇ ◇
死柄木。
確認。
荼毘。
確認。
トガ。
確認。
スピナー。
確認。
スケプティック。
確認。
ニア・ハイエンド。
複数。
その他の残存戦力。
青山からの情報を受けて。
かなりの数を出したらしい。
AFO側が。
私を殺すため。
可能な限りまとめてきた。
予定通り。
というより。
十分だった。
「ホークスさん」
「はい!」
「もう大丈夫です」
「何が!?」
私は。
直接転移を使う。
◇ ◇ ◇
まず。
死柄木弔。
転移先。
事前に確保済み。
広い戦場。
そこには。
オールマイト。
緑谷出久。
死柄木専用の常時抹消型。
『崩壊』耐性を持つ対策兵。
重戦闘型。
その他の補助戦力。
全て。
待機済み。
対象指定。
発動。
死柄木の姿が。
その場から消えた。
◇ ◇ ◇
次。
荼毘。
転移先。
別の戦場。
エンデヴァー。
轟焦凍。
エンデヴァー事務所側の補助人員。
耐熱。
防火。
医療。
常時抹消。
荼毘専用個性兵。
配置済み。
転移。
荼毘が消える。
◇ ◇ ◇
「な――」
スピナーが反応する。
遅い。
次。
トガヒミコ。
ギャングオルカ。
リューキュウ。
警察拘束班。
トガ専用個性兵。
三百六十度観測。
複合センサー。
刃物耐性。
柔軟構造。
常時抹消。
全員。
待っている。
転移。
消える。
◇ ◇ ◇
スピナー。
シンリンカムイ。
Mt.レディ。
警察部隊。
専用大型制圧兵。
常時抹消型。
転移。
消える。
スケプティック。
エッジショット。
公安情報班。
警察情報班。
識別・追跡個性兵。
転移。
消える。
◇ ◇ ◇
残る。
ニア・ハイエンド。
複数。
その他。
戦闘可能な残党。
こちらは。
一体ずつ細かく分ける必要はない。
まとめて処理する。
転移先。
さらに別の広域戦場。
ミルコ。
ベストジーニスト。
複数のプロヒーロー。
重戦闘型。
防衛型。
制圧型。
常時抹消型。
警察確保部隊。
準備済み。
対象をまとめて指定。
転移。
大型の影が。
次々に消えていく。
◇ ◇ ◇
最初。
道路周辺を埋めるように現れた敵が。
数秒で。
いなくなった。
残ったのは。
私。
ホークス。
そして。
攻撃で少し壊れた周囲。
ホークスが。
しばらく黙っている。
「……ワープゲート、開きませんでしたね」
「はい」
「今の何です?」
「直接転移です」
「いつ作ったんです?」
「少し前です」
「聞いてないんですけど」
「公安へ報告する必要がある技術でしたか?」
「今まさに作戦で使ってるんで、できれば聞きたかったですねえ!」
それは。
確かに。
そうかもしれない。
◇ ◇ ◇
ただ。
結果としては。
問題ない。
敵は。
全て。
予定していた戦場へ移した。
こちらの人員は。
既にいる。
だから。
ゲートからヒーローを順番に出す必要もない。
敵を。
直接。
相手の前へ送った。
一手。
少ない。
ミッドナイトの件を見て。
作った技術。
今回は。
最初から。
間に合った。
◇ ◇ ◇
私は。
各個性兵との共有を開く。
死柄木戦場。
接敵。
常時抹消開始。
荼毘戦場。
接敵。
蒼炎抑制確認。
トガ戦場。
変身停止。
追跡開始。
スピナー戦場。
追加個性抑制。
制圧開始。
スケプティック戦場。
本人識別。
拘束班行動開始。
ニア・ハイエンド戦場。
複数対象。
抹消維持。
重戦闘型接触。
全部。
動き始めた。
◇ ◇ ◇
「全部、最初から別々に置いてたんですね」
ホークスが言う。
「はい」
「俺だけ本当に案内役?」
「機動予備でもありますよ」
「ああ、ちゃんと仕事残ってた」
ホークスの羽根が。
周囲へ広がる。
どこかの戦場で。
予定外が出れば。
彼を送ればいい。
それも。
直接転移で。
◇ ◇ ◇
私は。
内閣府へ持っていく予定だった書類を見る。
まだ。
無事。
ホークスの羽根が。
最初の攻撃から守っていた。
「これ、どうします?」
「作戦が終わった後で行けばいいでしょう」
「向こう、待ってますよ?」
「遅れてもいいと言われています」
「理由まで想定通りになりましたね」
その通りだった。
襲撃で遅れる。
だから。
到着時間は柔軟にしてほしい。
事前にそう伝えてある。
本当に。
襲撃された。
なら。
予定通り。
後になるだけだ。
◇ ◇ ◇
「公安へ報告します」
ホークスが通信を開く。
私は。
各戦場の状態を確認する。
敵側は。
空木零司が。
大規模戦力から離れる。
そう聞いていた。
それは。
嘘ではない。
私は。
実際に。
オールマイトとも。
工廠型とも。
大量の個性兵とも。
離れて移動していた。
見える護衛も。
ホークス一人だった。
ただ。
一つ。
向こうが前提にしていたことが違う。
私が。
味方から離れていることと。
味方を使えないことは。
同じではない。
◇ ◇ ◇
タルタロスで。
AFO側は。
ワープゲートを知った。
だから。
小戦力では。
私が増援を呼ぶと考えた。
その対策として。
最初から。
大量の戦力を持ってきた。
判断としては。
合っている。
以前の私なら。
黒いゲートを開き。
そこから。
ヒーローや個性兵を出していた。
でも。
今は。
それより一手早い。
「呼ぶ必要がないんですよね」
私は呟く。
ホークスが通信の途中でこちらを見る。
味方を。
ここへ呼ぶ必要はない。
敵を。
味方のところへ送ればいい。
◇ ◇ ◇
死柄木。
荼毘。
トガ。
スピナー。
スケプティック。
ニア・ハイエンド。
その他。
全員。
別々。
互いに。
助け合えない。
それぞれの前には。
その相手のために用意した人間と。
その相手にだけ勝てればいい個性兵がいる。
今回。
初めて。
こちらは。
戦闘が始まってから。
何かを考える必要がなかった。
全部。
会う前に。
決めてある。
私は共有視界を。
順番に切り替える。
「では」
最初の戦場。
死柄木弔。
その正面には。
近全盛期のオールマイト。
そして。
ワン・フォー・オールを持つ緑谷出久。
「予定通り、始めましょうか」