無個性は個性をつくる 作:匿名希望
スケプティックの身柄が警察へ引き渡されて間もなく、公安から次の指示が届いた。
『白雲朧、広域戦場へ合流してください。ニア・ハイエンドを含む複数対象との交戦が始まっています』
「了解」
俺は通信を切り、すぐに黒い霧を広げた。ここに残る必要はもうないし、移動のために誰かを待つ必要もない。自分でゲートを作り、そのまま指定された座標へ踏み込む。
景色が切り替わった瞬間、正面を巨大な何かが横切った。
「うおっ」
反射的にゲートを開く。俺の前を通過するはずだった腕が黒い霧へ入り、数十メートル離れた上空から抜けた。
腕の持ち主はニア・ハイエンドだった。
「来るなら先に言え!」
着地しながら叫ぶと、近くで戦っていたミルコが笑った。
「戦場に来といて何言ってんだ!」
「そりゃそうだけどさ!」
どうやら、こっちはもうかなり派手に始まっているらしい。
◇ ◇ ◇
この戦場には、死柄木や荼毘のように特定の相手との因縁を理由に配置された人間はいない。
トガやスケプティックのように、能力へ特化した少数精鋭の対応班でもない。
言ってしまえば、残り全部だ。
空木を襲撃するために出てきたヴィランのうち、個別に戦場を用意するほど優先度が高くなかった者たち。それに生き残っていたニア・ハイエンドがまとめてここへ送られている。
だから、戦場そのものも広い。
多少暴れても周囲へ被害が広がりにくい場所が選ばれ、そこへミルコ、ベストジーニストを中心とした複数のプロヒーロー、警察の確保部隊、それから大量の個性兵が配置されていた。
相手の種類が多い分、こちらも何か一つへ特化してはいない。
防衛型が戦場を区切る。
制圧型が人間のヴィランを拘束する。
重戦闘型がニア・ハイエンドへ正面からぶつかる。
そして、その後方には常時抹消型が複数いる。
瞬きをしない目で。
戦場全体を見ていた。
◇ ◇ ◇
ニア・ハイエンドが咆哮する。
身体そのものの大きさも筋力も、人間とは比べものにならない。ただし、さっきから個性らしい能力はほとんど使えていなかった。
再生もしない。
身体から何かを射出することもない。
特殊な移動能力も発現しない。
「こうなると、でかくて硬いだけか」
俺が言うと、ベストジーニストが近くへ降りる。
「その『だけ』が、十分に厄介ではあるがね」
「ああ、確かに」
直後、別のニア・ハイエンドが重戦闘型を殴り飛ばした。
人工的な巨体が地面を滑る。
だが、すぐに止まり、立ち上がる。
壊れていない。
それどころか、別の二体が左右から飛び込み、ニア・ハイエンドの両腕を押さえた。
正面から。
力比べ。
こっちも人間ではないからできる方法だ。
◇ ◇ ◇
「拘束する!」
ベストジーニストの繊維が伸びる。
ニア・ハイエンドの四肢へ何重にも巻きつき、重戦闘型が押さえた身体をさらに固定する。相手が引きちぎろうと力を入れるが、そこへ追加の個性兵が体重を乗せた。
「もう少し右!」
ミルコが叫ぶ。
「何する気だ?」
「蹴りやすくする!」
「それ必要か!?」
返事の代わりに、ミルコが飛んだ。
動きを止められたニア・ハイエンドの頭部へ、強烈な蹴りが入る。
轟音。
巨体が揺れる。
意識を落とすための一撃らしい。
殺すつもりはない。
ただし。
かなり痛そうだ。
「よし、次!」
本人は満足そうだった。
◇ ◇ ◇
人間側のヴィランも、各所で抵抗している。
炎。
飛び道具。
身体強化。
異形の身体。
細かい能力までは、俺も全員分覚えていない。
だが、常時抹消型の視界へ入っている者は、使えるものが大きく減っていた。
発現型の個性は止まる。
異形型の身体そのものは残るが、そこから生まれる追加機能や出力は抑えられる。
結果として。
残るのは本人の身体能力と、武器や技術だ。
そこへ制圧型が入る。
殺さない。
だが、遠慮もしない。
手首を固める。
脚を取る。
身体を包む。
複数方向から押さえ込む。
それでも抜けるなら、防衛型の障壁で逃げ道を消す。
「……これ、戦う側からしたら相当嫌だな」
俺は思わず呟いた。
「今さらか?」
ミルコが別の敵を蹴り飛ばしながら言う。
「いや、外から見ると改めてな」
相手の得意な能力は使えない。
こちらは人数が多い。
逃げ道も先に塞がれている。
しかも。
怪我をしても、こっちには医療型まで待機している。
本当に。
戦う前から。
かなり決まっている。
◇ ◇ ◇
俺は戦場の端で動いた人影を見つけた。
一人。
抹消型の視界が一瞬外れた隙に、移動系の個性を使って逃げようとしたらしい。
その身体が。
戦場の外へ向かう。
「はい、戻って」
前方へゲート。
逃げ込む。
出口は。
制圧型三体の中央。
「は?」
本人の声が聞こえる。
次の瞬間には。
押さえ込まれていた。
「悪いな」
俺は手を振る。
昔は。
こういうゲートを。
弔たちを逃がすために使った。
今は。
逃げようとするヴィランを。
捕まえる側へ戻している。
昨日までの俺なら。
まだ少し変な気分になったかもしれない。
今は。
だいぶ慣れてきた。
◇ ◇ ◇
「白雲!」
ベストジーニストの声。
振り向く。
ニア・ハイエンドの一体が、防衛型の壁を破ってこちらへ突っ込んでくる。
個性は止まっている。
それでも速い。
純粋な肉体性能。
「任せろ!」
俺は真正面へ大きなゲートを開く。
巨体がそのまま飛び込む。
出口。
重戦闘型が集まっている区画の上空。
数メートル。
落とす。
ニア・ハイエンドが地面へ着地した瞬間。
四方から重戦闘型が組みついた。
「……俺、これだけでよくない?」
「何がだ!」
ミルコが笑う。
「全部、捕まえる場所に送ればいいじゃん」
「やってみろ!」
「いや、数が多い!」
俺自身のゲートは便利だ。
ただ。
空木がさっき使った直接転移とは違う。
こっちは入口を作り。
相手を。
そこへ入れる必要がある。
自分から飛び込んでくれるニア・ハイエンドなら簡単だが。
警戒する相手を。
一人ずつ。
全部落としていくのは。
さすがに面倒だ。
改めて。
あの転移。
かなりおかしい。
◇ ◇ ◇
戦場の中央では、警察の確保部隊が拘束済みのヴィランを次々に後方へ運んでいる。
倒して終わりではない。
身柄を確保する。
武器を回収する。
逃走できない状態にする。
その手順まで含めて。
最初から用意されている。
大規模なヴィラン集団との戦闘なのに。
混乱が少ない。
それが。
少し不気味なくらいだった。
普通なら。
どこかで想定外が出る。
誰かが強すぎる。
誰かが逃げる。
知らない個性が刺さる。
負傷者が出て。
戦力が足りなくなる。
今回は。
出た問題を。
その場で解決するというより。
起こりそうな問題を。
先に全部潰してある。
◇ ◇ ◇
その時。
一体のニア・ハイエンドが。
急に動きを変えた。
正面の重戦闘型ではなく。
後方。
常時抹消型へ向かう。
「狙いに気づいたか!」
ベストジーニストが繊維を伸ばす。
だが。
巨体の勢いを。
完全には止められない。
一体。
常時抹消型へ届く。
拳。
直撃。
人工的な身体が吹き飛ぶ。
「一体やられた!」
誰かが叫んだ。
だが。
個性は戻らない。
別の場所にいる常時抹消型。
さらに別角度。
三体。
四体。
視界が。
途切れていない。
「……そりゃそうだよな」
空木が。
一体だけ置くわけがない。
抹消を止めたいなら。
全部。
同時に潰す必要がある。
ニア・ハイエンドが。
次を狙う。
その進路へ。
俺がゲートを開いた。
◇ ◇ ◇
正面。
飛び込ませる。
出口。
元の位置。
背後。
本人からすれば。
全力で走ったのに。
出発地点へ戻っただけ。
「もう一回どうぞ」
次に動く前に。
重戦闘型の拳が入る。
左右から。
二体。
さらに上から。
大型個体。
地面へ押し倒す。
ベストジーニストの拘束。
ミルコの蹴り。
今度こそ。
動きが止まった。
「一体確保!」
警察側の声が飛ぶ。
◇ ◇ ◇
そこからは。
早かった。
個性を使えないヴィランは。
次々に拘束される。
異形身体を持つ者も。
制圧型とプロヒーローの数で押さえ込まれる。
ニア・ハイエンドも。
一体ずつ。
重戦闘型に組み伏せられていく。
壊された個性兵は。
戦場から下げる。
軽度なら。
自己修復。
ひどければ。
後で交換。
人間のヒーローが負傷すれば。
医療型がすぐに治療へ入る。
「……終わるの早いな」
俺が言うと。
ベストジーニストが。
拘束を確認しながら答える。
「準備の差だろう」
「だよな」
戦闘そのものが。
強かったから勝った。
というだけではない。
敵が来る前に。
誰を。
どこへ。
何体。
何を使って。
どう捕まえるか。
そこまで決めてあった。
だから。
始まってから。
迷う時間がない。
◇ ◇ ◇
最後まで抵抗していたニア・ハイエンドが、複数の重戦闘型に押さえ込まれる。
常時抹消は。
まだ続いている。
ベストジーニストの繊維が。
腕。
脚。
胴。
首周り。
必要な場所を固定。
警察側が。
大型拘束設備を持ち込む。
「確保完了!」
声が。
戦場へ響く。
しばらく。
誰も大きく動かない。
本当に。
終わったのかを。
確認する。
一体。
二体。
三体。
拘束。
人間側。
拘束。
負傷者。
治療中。
逃走者。
なし。
「こっちは終わりか」
ミルコが。
少し不満そうに言う。
「何だよ、その顔」
「もっと暴れると思ってた」
「そりゃ敵の個性ほとんど止まってたからな」
「つまんねえ」
「勝ったんだからいいだろ」
「勝つのは当たり前だろ」
さすがだ。
考え方が違う。
◇ ◇ ◇
俺は。
空を見上げる。
ここは。
終わった。
でも。
他は。
まだ。
特に。
弔のところ。
通信端末へ。
状況共有が届く。
各戦場。
継続中。
トガ。
交戦中。
スピナー。
交戦中。
荼毘。
交戦中。
死柄木。
交戦中。
俺が。
一番見たい名前。
そこだけ。
指が止まる。
「白雲」
ベストジーニストが呼ぶ。
「次の指示が来たら、すぐ動けるか?」
「ああ」
黒い霧を。
少しだけ。
手の周りへ出す。
「いつでも」
できれば。
弔のところへ行きたい。
けれど。
俺が必要かどうかは。
向こうの戦況次第だ。
俺のために作戦があるわけじゃない。
必要な場所へ。
行く。
今度の俺は。
そういう側にいる。
◇ ◇ ◇
確保されたヴィランたちが。
順番に運ばれていく。
ニア・ハイエンドも。
専用の拘束状態で。
移送準備に入った。
この戦場へ送られた連中は。
誰も死んでいない。
ヒーロー側にも。
今のところ。
致命的な被害はない。
散らして。
囲んで。
逃げ道を消して。
一体ずつ。
確実に捕まえる。
やっぱり。
やっていることの形は。
昔と似ている。
でも。
終わった後に残るものは。
まるで違う。
「こっちの方がいいな」
俺は呟いた。
その直後。
端末が鳴った。
次の戦場から。
支援要請が入った。