無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第111話 散らす側

同じ頃、俺は公安が確保した戦場の一つで待機していた。

 

周囲には建物がほとんどなく、戦闘になっても一般人を巻き込みにくい程度には広い。少し離れた場所には公安と警察の情報班が控え、エッジショット、それから空木零司が用意した個性兵も配置についている。

 

俺たちがやることは単純だった。空木零司への襲撃が始まったら、敵の一人がここへ送られてくる。誰が来るかも事前に決めてある。

 

「スケプティック、だったか」

 

俺は公安から渡された資料をもう一度見る。

 

超常解放戦線の幹部、本名は近属友保。個性は『人形』。

 

人間ほどの大きさがある物体へ作用し、特定の人間そっくりの人形へ変えて複数操作できる。本人自身の直接戦闘力より、偽物を増やして混乱させたり、情報系の能力と組み合わせて状況を崩したりする方が厄介な相手らしい。

 

だから情報班と、対象識別に向いた個性兵が多く配置されている。俺も公安管理下のヒーロー側戦力として、ここにいる。

 

◇ ◇ ◇

 

「白雲さん」

 

公安の職員に呼ばれ、顔を上げる。

 

「まだ動きはありません」

 

「了解」

 

「緊張してます?」

 

「ちょっとな」

 

嘘ではない。ただ、目の前に来る予定のスケプティックが怖いわけではなかった。

 

俺が気にしているのは別の戦場だ。

 

弔。死柄木弔。

 

もし作戦が想定通りに進めば、あいつもどこかへ送られる。そして、そこではオールマイトと緑谷出久が待っている。空木が作った死柄木専用の個性兵もいる。

 

理屈では分かっている。戦力としては十分どころか、過剰なくらいだ。

 

それでも。

 

「……できれば、俺が捕まえたかったんだけどな」

 

小さく呟く。聞こえていたのか、近くにいた公安職員がこちらを見たので、俺は笑って誤魔化した。

 

弔を捕まえる。

 

今の俺にとって、それは敵を倒すという意味だけじゃない。

 

黒霧だった頃の記憶は全部残っている。死柄木弔を送り迎えしたことも、世話をしたことも、言葉を交わしたことも覚えている。

 

俺はずっと、あいつを守ろうとしていた。

 

オール・フォー・ワンに与えられた役割が始まりだったとしても、黒霧として過ごした時間まで全部偽物だったとは思わない。だから今でも、あいつを守りたいという気持ちはある。

 

ただ、守り方が変わった。

 

これ以上、人を殺させない。罪を増やさせない。生きたまま捕まえる。

 

あいつがどれだけ嫌がったとしても、今の俺はその方が弔のためだと思っている。

 

「俺がやれれば、一番分かりやすかったんだけどな」

 

俺自身の手で捕まえて、終わらせる。そうできれば、多分少しは区切りがついた。

 

だが、作戦は俺の気持ちを優先して組まれるものじゃない。

 

死柄木の改造肉体は、個性を止めた後でもオールマイト級。そこへ近全盛期のオールマイトと、ワン・フォー・オールを持つ緑谷を当てる。俺より明らかに適任だ。

 

それに俺の個性は、一対一で殴り合うよりも、移動、救出、分断、退路確保、そういうことに向いている。黒霧だった頃から、そこは変わっていない。

 

「適材適所ってやつか」

 

納得はしている。少し残念なだけだ。

 

俺は手のひらを開く。黒い雲のような霧が、指先の周囲へ集まった。

 

『ワープゲート』。

 

空木に身体を作り直してもらう時、俺はこの個性を残すことを選んだ。白雲朧だった頃の『雲』を基礎に、黒霧として使っていた能力を、人間の身体でも自然に扱える形へ再構築したものだ。

 

色も黒いままにしてもらった。黒霧だった過去を、消したくなかったから。

 

「まさかヒーロー側でこれ使う日が来るとはなあ」

 

人生、分からないものだ。

 

一度死んで、脳無にされて、ヴィランになって、また人間の身体に戻った。今は公安に管理されながら、ヒーロー側で待機している。

 

普通に考えれば、かなり滅茶苦茶だ。

 

そんなことを考えていると、ふと昔の光景が浮かんだ。

 

雄英。USJ。

 

初めてヴィラン連合として学校を襲った時、俺は黒霧だった。弔と一緒に、オールマイトを殺すため雄英へ入った。

 

そして俺がやったことは、今の作戦と妙に似ている。

 

◇ ◇ ◇

 

生徒たちを一か所へ集めたままにせず、『ワープゲート』でそれぞれ別の区画へ送る。

 

水難、土砂、山岳、火災、崩落。

 

そこでは先に配置されていたヴィランが待っている。戦力を散らし、互いに助け合えなくして、各個に襲わせる。

 

あの時、俺たちがやろうとしたのはそういう作戦だった。

 

「……同じだな」

 

思わず笑う。

 

今回、空木零司がやったこともほとんど同じだ。

 

敵が一か所へ集まったところで一人ずつ別の場所へ送り、そこには相手に合わせた戦力が待っている。

 

死柄木にはオールマイトと緑谷。荼毘にはエンデヴァーと轟焦凍。トガには専用個性兵とヒーロー、警察。スピナーにも、ニア・ハイエンドにも、それぞれ担当がいる。

 

そして、ここでは俺たちが待っている。

 

「散らして、各個に叩く」

 

あの時はヒーロー候補の高校生をヴィランの待つ場所へ送った。今度はヴィランをヒーローの待つ場所へ送る。

 

立場が完全に逆だ。

 

ただ、一つだけ大きく違う。

 

あの時の俺たちは、生徒たちを殺すつもりだった。

 

今回は誰も殺さない。捕まえる。それが目的だ。

 

「同じ方法でも、使い方次第か」

 

ワープ自体に善悪はない。個性も同じなのだろう。どう使うか、誰が使うか、それだけだ。

 

黒霧だった頃の俺がこの光景を見たら、どう思っただろう。弔を裏切ったと考えるのか、それとも俺の判断を理解できるのか。

 

考えても答えは出なかった。

 

俺は今、白雲朧としてこっちにいる。それだけでいい。

 

「来ます」

 

空気が変わった。

 

公安職員の声と同時に、個性兵が反応する。敵側を監視しているわけではない。空木から作戦開始の共有が来たのだ。

 

襲撃を確認。複数の主要ヴィランが出現。そして、分離開始。

 

「よし」

 

俺は立ち上がる。エッジショットも既に戦闘態勢へ入っていた。

 

公安と警察の人間は後方へ下がる。ここから先、まず動くのは俺たちだ。

 

対象が転移してくる。

 

何かが現れる前兆はなかった。黒いゲートも霧もなく、空間が歪んだようにも見えない。

 

次の瞬間、何もなかった場所へ男が一人立っていた。

 

細身。眼鏡。独特な髪。

 

資料の顔と一致する。

 

スケプティック。

 

「――は?」

 

本人も理解できていない。当然だろう。

 

空木の新しい転移は、俺の『ワープゲート』とは違う。入口へ入る必要がなく、突然場所だけが変わる。

 

敵からすれば、何の説明もなく戦場の真ん中へ放り込まれるようなものだ。

 

スケプティックが周囲を見る。

 

俺、エッジショット、公安、警察、個性兵。

 

誰一人驚いていない。最初から、ここへ来ると知っていたからだ。

 

「なんだ……これは」

 

「ようこそ」

 

俺が声をかけると、スケプティックの視線がこちらへ向いた。

 

当然、その顔に見覚えがある様子はない。

 

俺は公安の資料でこいつの顔を知っているが、黒霧だった頃にスケプティックと顔を合わせたことはない。向こうからすれば、俺は見知らぬ男でしかないはずだ。

 

「貴様は……何者だ」

 

「白雲朧。とりあえず、今日はお前を捕まえる担当らしい」

 

「白雲……?」

 

名前にも心当たりはないらしい。まあ、それでいい。

 

スケプティックの視線が素早く動く。

 

周囲、地形、人数、逃走経路。状況を確認し、次にやることを考えている。

 

足元近くには使えそうな物体がいくつもある。その一つへ手を伸ばした。

 

『人形』。

 

物体を人間そっくりへ変える個性。増やして、混ぜて、撹乱する。そうするつもりだろう。

 

「させない」

 

エッジショットが動く。

 

だが、その前から個性兵側の認識はスケプティック本人を捉えている。偽物を作られても、生命反応、材質、個性因子など複数の情報から本人を見失わない。

 

最初からそういう相手として準備されている。

 

スケプティックが近くの物体へ触れる。人型へ変わる。一体、二体、さらに増える。

 

全部、同じ顔、同じ姿だ。

 

「なるほどな」

 

俺の前にスケプティックが何人も並ぶ。

 

黒霧だった頃なら少し面倒だったかもしれない。見た目や動きから本人を探す必要がある。

 

今回は、横にいる人工生命たちが一切迷わない。

 

『本体識別完了』

 

機械的な声と同時に、複数の個性兵の視線が一方向へ集中した。

 

「そっちか」

 

偽物は意味なし。

 

「ふざけるな!」

 

スケプティックが声を荒らげ、人形たちが一斉に動いた。

 

俺は手を前へ出す。

 

黒い雲のような霧が広がり、飛び込んできた人形の正面へ円形のゲートを作る。人形の身体がその中へ消え、少し離れた空中から放り出された。

 

続けてもう一体。今度は警察の拘束班から遠ざける方向へ出口を繋ぐ。

 

「便利だな、これ」

 

昔から戦い方自体は変わらない。

 

相手の攻撃をまともに受ける必要はない。通す。ずらす。飛ばす。それでいい。

 

「――その霧……」

 

スケプティックの声が止まった。

 

視線が、人形ではなく俺の前に漂う黒い霧へ向いている。

 

俺の顔には見覚えがなくても、この能力には聞き覚えがあったらしい。

 

黒い雲のような霧を広げ、空間同士を繋ぐワープゲート。ヴィラン連合に、そんな個性を持つ仲間がいたことくらいは知っているのだろう。

 

スケプティックの目が見開かれた。

 

「まさか、お前は黒霧か!?」

 

ようやく繋がったらしい。

 

俺は少し笑った。

 

「惜しい」

 

黒いゲートを閉じながら答える。

 

「今は白雲朧だ」

 

「な……」

 

「説明すると長いんだよ」

 

俺も全部説明する気はない。何より、今はそんな時間じゃない。

 

エッジショットが人形の間を縫うように進む。狙いは最初から本人だけだ。

 

スケプティックもすぐに気づいた。

 

「貴様ら……最初から私を……!」

 

「ああ。悪いな」

 

いや、あまり悪いとは思っていない。

 

これも相手が何をするか先に分かっていたからできる。空木がそういう個性兵を作り、ヒーローと公安が配置を決め、その上で本人をここへ直接送った。

 

考えてみれば、かなり酷い。

 

スケプティックからすれば、空木零司を殺しに行ったはずだった。それが気づけば、自分の個性を知っている相手だけが待つ戦場へ飛ばされている。

 

逃げても追う準備がある。隠れても見つける準備がある。人形を作っても区別する準備がある。

 

「……嬲り殺し、か」

 

昔のことを思い出して、そんな言葉が浮かぶ。

 

USJで俺たちがやろうとしたこと。学生たちを散らし、その先で人数を分けて殺す。

 

今回も構造だけ見ればかなり似ている。

 

ただし。

 

「殺しはしないけどな」

 

俺は再びゲートを開く。

 

スケプティックが逃げようとした方向へ、黒い霧が壁のように広がった。

 

スケプティックが方向を変える。反対側へ走るが、そこにもゲートを開く。飛び込めば、出口は元の位置だ。

 

「なっ――」

 

「俺から走って逃げるのは、あんまりおすすめしないぞ」

 

逃走相手への相性は元々かなりいい。

 

遠くへ行こうとするなら、出口をこちらへ戻せばいい。空を飛ばれても、高所へ逃げても関係ない。俺自身が通路を作れる。

 

「白雲さん!」

 

公安側から声が飛ぶ。

 

別方向。

 

スケプティック本人が人形を盾にして抜けようとしている。

 

見えている。

 

俺は指を向け、その足元へ小さなゲートを開いた。

 

スケプティックの右足が黒い霧へ沈む。

 

「な――!」

 

出口は一メートル横。

 

踏み込んだ足だけが別方向へ出たことで姿勢が崩れる。

 

その一瞬で十分だった。

 

エッジショットの細くなった身体が人形の隙間を抜け、本人へ到達する。スケプティックが反応するより早く拘束が決まり、動きが止まった。

 

同時に、個性兵が周囲の人形を一体ずつ押さえ始める。

 

「対象本人、確保」

 

報告。

 

早い。予想していたより、ずっと。

 

◇ ◇ ◇

 

「……これで終わりか?」

 

スケプティックが拘束されたままこちらを見る。

 

「少なくとも、ここはな」

 

俺は答える。

 

他はまだ始まったばかりだ。

 

死柄木、荼毘、トガ、スピナー、ニア・ハイエンド。

 

それぞれ別の戦場で、俺たちと同じように相手に合わせた人間が待っている。

 

スケプティックの表情が少しだけ変わった。分かったのだろう。自分だけが分断されたわけではない。

 

「全員……散らしたのか」

 

「そうらしい」

 

「空木零司が?」

 

「今回はな」

 

俺は少し笑ってしまった。

 

奇妙だ。本当に、あの日と逆になっている。

 

USJでは俺が生徒を散らした。今は空木零司がヴィランを散らし、俺は散らされた側を待っている。

 

「皮肉だなあ」

 

「何がだ」

 

「こっちの話」

 

スケプティックへ説明する必要はない。俺自身が分かっていればいい。

 

黒霧だった俺が、白雲朧としてヒーロー側で同じ形の作戦に参加している。

 

違うのは最後だ。

 

殺すのではなく、捕まえる。

 

その差はかなり大きい。

 

公安と警察がスケプティックの身柄を引き継ぐ。

 

俺の役割はひとまず終わりだが、戦場から離れるつもりはない。

 

「他へ回れますか?」

 

公安職員が聞く。

 

「行ける」

 

俺には移動手段がある。必要ならどこへでも行ける。

 

ただ、一瞬だけ死柄木の戦場を思った。

 

弔。

 

できれば、やっぱり自分で捕まえたかった。

 

でも、俺が今ここで別のヴィランを確実に止めたことも、弔を捕まえるための一部だ。

 

あいつの味方を一人減らした。逃げる場所を一つ減らした。

 

それでいい。

 

「弔」

 

聞こえる相手はいない。

 

俺は小さく名前を呼ぶ。

 

黒霧だった頃なら、逃がすためにゲートを開いていた。

 

今は、逃がさないために使う。

 

「今度は、ちゃんと捕まってくれよ」

 

そう言って、俺は次の指示を待った。

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