無個性は個性をつくる 作:匿名希望
支援要請の対象は、スピナーの戦場だった。
俺は端末に表示された座標を確認すると、その場で『ワープゲート』を開いた。ニア・ハイエンドたちの戦場は既に制圧段階へ入っているため、ここに俺が残る必要はない。
「じゃあ、行ってくる」
「頼む!」
ベストジーニストの返事を聞きながら黒い霧へ踏み込み、次の瞬間には別の広い戦場へ出る。
そこで最初に見えたのは、昔より何倍も大きくなったスピナーの背中だった。
「……随分でかくなったな」
◇ ◇ ◇
事前資料では知っていた。
スピナーには、元々の個性とは別に複数の個性が追加されている。身体そのものも大きく変化し、以前のヴィラン連合で一緒にいた頃とは、外見からして別人のようになっていた。
ただし、この戦場では追加された個性の多くが使えていない。
周囲には常時抹消型が複数配置され、異なる角度からスピナーを視界へ収め続けている。異形型である本人の身体そのものまでは消えないが、後から増えた機能や個性由来の出力は止められていた。
それでも、巨体そのものは残る。
「押せ!」
Mt.レディが正面から組みつき、巨大化した身体でスピナーを押し返す。反対側ではシンリンカムイが樹木を伸ばし、腕と脚へ幾重にも巻きつけていた。
さらに、その周囲を大型の専用制圧兵が囲んでいる。
力で抜ければ次が止める。
次を破れば、その後ろにさらにいる。
スピナー一人に対しては、かなり過剰な数に見えた。
だが、空木ならそうする。
必要数が分からないなら、足りなくなるより余らせる。
◇ ◇ ◇
「放せ!」
スピナーが腕を振る。
シンリンカムイの拘束が何本か引きちぎられた。個性を封じられていても、今の身体そのものが大きく、単純な筋力も以前とは比べものにならない。
専用制圧兵がすぐに前へ出る。
一体が胴へ組みつき、別の二体が両腕を押さえる。さらに後ろから大型の個体が体重をかけた。
それでもスピナーは止まらない。
「弔のところへ行かせろ!」
その声を聞いた瞬間、少しだけ昔へ戻ったような気がした。
死柄木弔。
あいつの名前を呼ぶ時だけ。
スピナーは昔から分かりやすかった。
◇ ◇ ◇
俺は黒いゲートを閉じて、戦場へ近づく。
スピナーがこちらへ顔を向けた。
最初は誰なのか分からなかったらしい。
それから。
目が見開かれる。
「……黒霧?」
「今日二回目だな、それ」
俺は苦笑する。
「白雲朧だよ」
「何を……言って……」
「説明してる時間はない」
本当に。
長くなる。
俺自身、全部を短く説明できる自信がない。
死んで。
身体を使われて。
黒霧になって。
昔の記憶が戻って。
空木に人間の身体へ作り直され。
今は公安管理下でヒーロー側にいる。
初対面でも分かりにくい。
ましてや、黒霧を知っている相手にはもっと分かりにくいだろう。
◇ ◇ ◇
「お前……弔を裏切ったのか!」
スピナーが怒鳴る。
その言葉だけは。
少し考えた。
「そう見えるかもな」
黒霧としての俺なら。
弔を逃がす。
敵から守る。
安全な場所へ運ぶ。
そう動くのが当然だった。
今は違う。
「でも、俺はあいつを見捨てたつもりはない」
スピナーの動きが一瞬だけ鈍る。
「これ以上、弔に人を殺させたくない。罪を増やさせたくない。だから捕まえる」
「ふざけるな!」
「ふざけてないよ」
俺は黒い霧を広げる。
スピナーが強引に拘束を振りほどき、俺の方へ突っ込んできた。
その進路へ。
ゲートを開く。
◇ ◇ ◇
巨大な身体が黒い霧へ飛び込む。
出口は、背後。
スピナーは自分が走ってきた方向と逆向きに放り出され、そのまま待ち構えていた制圧兵へ激突した。
「ぐっ……!」
「悪いけど、俺がいる状態で真っすぐ逃げるのは無理だぞ」
方向を変えても。
同じ。
走る。
ゲートを置く。
戻す。
飛び越えようとするなら。
出口を地面へ向ける。
横へ抜けようとすれば。
Mt.レディの前へ送る。
移動能力を使われれば厄介だったかもしれないが、そこは常時抹消型が止めている。
今のスピナーに残っているのは。
大きな身体と。
本人の意思。
それだけだった。
◇ ◇ ◇
「弔は……!」
スピナーが専用制圧兵を殴りつける。
一体が後ろへ滑る。
だが、壊れない。
「弔は、あの人しかいないんだぞ!」
もう一体へ体当たり。
それも。
左右から別個体が押し返す。
「何もなかった俺に……あいつだけが……!」
その言葉は。
少し分かる。
俺にとって。
黒霧として目覚めてからの世界には。
最初から弔がいた。
守る対象。
世話をする相手。
自分がそこにいる理由。
それが。
あいつだった。
だから。
スピナーが弔へ執着する気持ちを。
笑うつもりはない。
◇ ◇ ◇
「だったらなおさらだろ」
俺は言う。
スピナーがこちらを見る。
「守りたいなら、止めないと」
「お前に何が分かる!」
「少なくとも、黒霧だった時の俺はずっとあいつの側にいた」
スピナーの顔が歪む。
「だから分かるよ。弔はこのままじゃ止まらない」
誰かが。
止めるしかない。
俺がやりたかった。
本当なら。
自分の手で捕まえたかった。
でも。
今あいつの前にいるのは。
オールマイトと緑谷。
俺より。
ずっと正面から止める力を持つ二人だ。
なら。
俺は。
ここで。
弔のところへ向かおうとするスピナーを止める。
それが今の役割だ。
◇ ◇ ◇
「もう一回言うぞ」
俺はゲートを広げる。
「弔のところへは行かせない」
スピナーが吠えた。
正面突破。
今度は。
俺だけを狙う。
いい判断だ。
ワープ役を倒せば。
逃げやすくなる。
ただし。
俺一人だけを見ている間に。
周囲は。
もう準備を終えている。
◇ ◇ ◇
シンリンカムイの樹木が、再び両腕へ巻きつく。
同時に。
専用制圧兵が両脚を固定。
Mt.レディが背後から体重をかける。
「今だ!」
俺はスピナーの足元へゲートを開いた。
両足の踏ん張りだけを。
別方向へずらす。
巨体が傾いた。
そこへ。
大型制圧兵が一斉に押し込む。
地面へ。
完全に倒す。
◇ ◇ ◇
それでも。
スピナーは動こうとした。
腕。
脚。
尾。
残っている身体全部を使って。
弔の方へ行こうとする。
だが。
一つ動けば。
一つ押さえられる。
二つ動けば。
二つ。
大型の個性兵は。
人間相手の関節技にこだわらない。
身体を傷つけない範囲で。
ただ。
動かせないように固定していく。
シンリンカムイの拘束が。
その上から重なる。
「対象固定!」
警察側から声が飛ぶ。
◇ ◇ ◇
「まだだ……!」
スピナーの声が。
地面近くから聞こえる。
「弔を……!」
「大丈夫」
俺は。
思わずそう言った。
何が大丈夫なのか。
スピナーには。
多分。
伝わらない。
「殺させないし、死なせない」
それが。
今回の作戦だ。
空木が。
死柄木専用の個性兵を作った。
『崩壊』も。
『超再生』も。
AFO由来の個性も。
使わせない。
その上で。
オールマイトと緑谷が。
改造肉体を止める。
「捕まえるだけだ」
スピナーが。
俺を見る。
「だから、お前もここで捕まってろ」
◇ ◇ ◇
最後に残っていた抵抗が。
少しずつ弱くなる。
諦めたのか。
単純に。
動けないと理解したのか。
そこまでは分からない。
警察が。
拘束状態を確認する。
常時抹消型は。
まだ視線を外さない。
追加個性が再発動しないまま。
輸送用の拘束へ移す。
「スピナー、確保完了!」
その声が。
戦場へ響いた。
◇ ◇ ◇
俺は息を吐いた。
怪我はない。
疲労も。
大したことはない。
まだ動ける。
だから。
次の支援要請があれば。
行くこともできる。
端末を見る。
戦場は。
まだ残っている。
トガ。
荼毘。
死柄木。
それぞれ。
交戦継続中。
特に。
死柄木の表示を。
少し長く見る。
「行きたいですか?」
近くの公安職員に聞かれた。
俺は少し笑った。
「そりゃな」
隠す必要もない。
「できれば、最後は自分で捕まえたかった」
でも。
画面を見る限り。
向こうから支援要請はない。
それなら。
行く理由もない。
◇ ◇ ◇
「勝手に行くわけにもいかないしな」
俺は端末をしまう。
弔を守るという理由で。
昔の俺は。
何度もあいつを逃がした。
今回は。
逆。
捕まえるための作戦だ。
なら。
自分の感情で配置を崩して。
余計なことをする方がおかしい。
「俺の仕事は終わりでいい」
公安職員が頷く。
「では、捕縛者の移送支援をお願いします」
「了解」
戦闘ではない。
後方への輸送。
逃走防止。
負傷者がいれば。
その搬送。
俺の個性には。
そちらも向いている。
◇ ◇ ◇
スピナーを乗せた輸送班の前へ。
大きな黒いゲートを開く。
安全確認済みの後方収容地点。
警察車両ごと。
通せる大きさ。
昔は。
弔やヴィランを。
戦場から逃がすために開いた穴。
今は。
捕まえたヴィランを。
収容するために使う。
本当に。
全部逆になった。
「通ってくれ」
車両が。
一台ずつ。
黒い霧へ入っていく。
◇ ◇ ◇
最後の車両が消えた後。
俺は一度だけ。
死柄木の戦場がある方角を見る。
実際には。
ここから見える距離じゃない。
でも。
何となく。
そちらを向いた。
「弔」
黒霧として。
ずっと守ってきた。
白雲朧としては。
捕まってほしい。
二つとも。
今の俺には残っている。
「今度は逃げるなよ」
それだけ言って。
俺は後方拠点へ繋がるゲートを閉じた。
ここから先は。
俺の仕事じゃない。