無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第101話 スピナー

支援要請の対象は、スピナーの戦場だった。

 

俺は端末に表示された座標を確認すると、その場で『ワープゲート』を開いた。ニア・ハイエンドたちの戦場は既に制圧段階へ入っているため、ここに俺が残る必要はない。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「頼む!」

 

ベストジーニストの返事を聞きながら黒い霧へ踏み込み、次の瞬間には別の広い戦場へ出る。

 

そこで最初に見えたのは、昔より何倍も大きくなったスピナーの背中だった。

 

「……随分でかくなったな」

 

◇ ◇ ◇

 

事前資料では知っていた。

 

スピナーには、元々の個性とは別に複数の個性が追加されている。身体そのものも大きく変化し、以前のヴィラン連合で一緒にいた頃とは、外見からして別人のようになっていた。

 

ただし、この戦場では追加された個性の多くが使えていない。

 

周囲には常時抹消型が複数配置され、異なる角度からスピナーを視界へ収め続けている。異形型である本人の身体そのものまでは消えないが、後から増えた機能や個性由来の出力は止められていた。

 

それでも、巨体そのものは残る。

 

「押せ!」

 

Mt.レディが正面から組みつき、巨大化した身体でスピナーを押し返す。反対側ではシンリンカムイが樹木を伸ばし、腕と脚へ幾重にも巻きつけていた。

 

さらに、その周囲を大型の専用制圧兵が囲んでいる。

 

力で抜ければ次が止める。

 

次を破れば、その後ろにさらにいる。

 

スピナー一人に対しては、かなり過剰な数に見えた。

 

だが、空木ならそうする。

 

必要数が分からないなら、足りなくなるより余らせる。

 

◇ ◇ ◇

 

「放せ!」

 

スピナーが腕を振る。

 

シンリンカムイの拘束が何本か引きちぎられた。個性を封じられていても、今の身体そのものが大きく、単純な筋力も以前とは比べものにならない。

 

専用制圧兵がすぐに前へ出る。

 

一体が胴へ組みつき、別の二体が両腕を押さえる。さらに後ろから大型の個体が体重をかけた。

 

それでもスピナーは止まらない。

 

「弔のところへ行かせろ!」

 

その声を聞いた瞬間、少しだけ昔へ戻ったような気がした。

 

死柄木弔。

 

あいつの名前を呼ぶ時だけ。

 

スピナーは昔から分かりやすかった。

 

◇ ◇ ◇

 

俺は黒いゲートを閉じて、戦場へ近づく。

 

スピナーがこちらへ顔を向けた。

 

最初は誰なのか分からなかったらしい。

 

それから。

 

目が見開かれる。

 

「……黒霧?」

 

「今日二回目だな、それ」

 

俺は苦笑する。

 

「白雲朧だよ」

 

「何を……言って……」

 

「説明してる時間はない」

 

本当に。

 

長くなる。

 

俺自身、全部を短く説明できる自信がない。

 

死んで。

 

身体を使われて。

 

黒霧になって。

 

昔の記憶が戻って。

 

空木に人間の身体へ作り直され。

 

今は公安管理下でヒーロー側にいる。

 

初対面でも分かりにくい。

 

ましてや、黒霧を知っている相手にはもっと分かりにくいだろう。

 

◇ ◇ ◇

 

「お前……弔を裏切ったのか!」

 

スピナーが怒鳴る。

 

その言葉だけは。

 

少し考えた。

 

「そう見えるかもな」

 

黒霧としての俺なら。

 

弔を逃がす。

 

敵から守る。

 

安全な場所へ運ぶ。

 

そう動くのが当然だった。

 

今は違う。

 

「でも、俺はあいつを見捨てたつもりはない」

 

スピナーの動きが一瞬だけ鈍る。

 

「これ以上、弔に人を殺させたくない。罪を増やさせたくない。だから捕まえる」

 

「ふざけるな!」

 

「ふざけてないよ」

 

俺は黒い霧を広げる。

 

スピナーが強引に拘束を振りほどき、俺の方へ突っ込んできた。

 

その進路へ。

 

ゲートを開く。

 

◇ ◇ ◇

 

巨大な身体が黒い霧へ飛び込む。

 

出口は、背後。

 

スピナーは自分が走ってきた方向と逆向きに放り出され、そのまま待ち構えていた制圧兵へ激突した。

 

「ぐっ……!」

 

「悪いけど、俺がいる状態で真っすぐ逃げるのは無理だぞ」

 

方向を変えても。

 

同じ。

 

走る。

 

ゲートを置く。

 

戻す。

 

飛び越えようとするなら。

 

出口を地面へ向ける。

 

横へ抜けようとすれば。

 

Mt.レディの前へ送る。

 

移動能力を使われれば厄介だったかもしれないが、そこは常時抹消型が止めている。

 

今のスピナーに残っているのは。

 

大きな身体と。

 

本人の意思。

 

それだけだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「弔は……!」

 

スピナーが専用制圧兵を殴りつける。

 

一体が後ろへ滑る。

 

だが、壊れない。

 

「弔は、あの人しかいないんだぞ!」

 

もう一体へ体当たり。

 

それも。

 

左右から別個体が押し返す。

 

「何もなかった俺に……あいつだけが……!」

 

その言葉は。

 

少し分かる。

 

俺にとって。

 

黒霧として目覚めてからの世界には。

 

最初から弔がいた。

 

守る対象。

 

世話をする相手。

 

自分がそこにいる理由。

 

それが。

 

あいつだった。

 

だから。

 

スピナーが弔へ執着する気持ちを。

 

笑うつもりはない。

 

◇ ◇ ◇

 

「だったらなおさらだろ」

 

俺は言う。

 

スピナーがこちらを見る。

 

「守りたいなら、止めないと」

 

「お前に何が分かる!」

 

「少なくとも、黒霧だった時の俺はずっとあいつの側にいた」

 

スピナーの顔が歪む。

 

「だから分かるよ。弔はこのままじゃ止まらない」

 

誰かが。

 

止めるしかない。

 

俺がやりたかった。

 

本当なら。

 

自分の手で捕まえたかった。

 

でも。

 

今あいつの前にいるのは。

 

オールマイトと緑谷。

 

俺より。

 

ずっと正面から止める力を持つ二人だ。

 

なら。

 

俺は。

 

ここで。

 

弔のところへ向かおうとするスピナーを止める。

 

それが今の役割だ。

 

◇ ◇ ◇

 

「もう一回言うぞ」

 

俺はゲートを広げる。

 

「弔のところへは行かせない」

 

スピナーが吠えた。

 

正面突破。

 

今度は。

 

俺だけを狙う。

 

いい判断だ。

 

ワープ役を倒せば。

 

逃げやすくなる。

 

ただし。

 

俺一人だけを見ている間に。

 

周囲は。

 

もう準備を終えている。

 

◇ ◇ ◇

 

シンリンカムイの樹木が、再び両腕へ巻きつく。

 

同時に。

 

専用制圧兵が両脚を固定。

 

Mt.レディが背後から体重をかける。

 

「今だ!」

 

俺はスピナーの足元へゲートを開いた。

 

両足の踏ん張りだけを。

 

別方向へずらす。

 

巨体が傾いた。

 

そこへ。

 

大型制圧兵が一斉に押し込む。

 

地面へ。

 

完全に倒す。

 

◇ ◇ ◇

 

それでも。

 

スピナーは動こうとした。

 

腕。

 

脚。

 

尾。

 

残っている身体全部を使って。

 

弔の方へ行こうとする。

 

だが。

 

一つ動けば。

 

一つ押さえられる。

 

二つ動けば。

 

二つ。

 

大型の個性兵は。

 

人間相手の関節技にこだわらない。

 

身体を傷つけない範囲で。

 

ただ。

 

動かせないように固定していく。

 

シンリンカムイの拘束が。

 

その上から重なる。

 

「対象固定!」

 

警察側から声が飛ぶ。

 

◇ ◇ ◇

 

「まだだ……!」

 

スピナーの声が。

 

地面近くから聞こえる。

 

「弔を……!」

 

「大丈夫」

 

俺は。

 

思わずそう言った。

 

何が大丈夫なのか。

 

スピナーには。

 

多分。

 

伝わらない。

 

「殺させないし、死なせない」

 

それが。

 

今回の作戦だ。

 

空木が。

 

死柄木専用の個性兵を作った。

 

『崩壊』も。

 

『超再生』も。

 

AFO由来の個性も。

 

使わせない。

 

その上で。

 

オールマイトと緑谷が。

 

改造肉体を止める。

 

「捕まえるだけだ」

 

スピナーが。

 

俺を見る。

 

「だから、お前もここで捕まってろ」

 

◇ ◇ ◇

 

最後に残っていた抵抗が。

 

少しずつ弱くなる。

 

諦めたのか。

 

単純に。

 

動けないと理解したのか。

 

そこまでは分からない。

 

警察が。

 

拘束状態を確認する。

 

常時抹消型は。

 

まだ視線を外さない。

 

追加個性が再発動しないまま。

 

輸送用の拘束へ移す。

 

「スピナー、確保完了!」

 

その声が。

 

戦場へ響いた。

 

◇ ◇ ◇

 

俺は息を吐いた。

 

怪我はない。

 

疲労も。

 

大したことはない。

 

まだ動ける。

 

だから。

 

次の支援要請があれば。

 

行くこともできる。

 

端末を見る。

 

戦場は。

 

まだ残っている。

 

トガ。

 

荼毘。

 

死柄木。

 

それぞれ。

 

交戦継続中。

 

特に。

 

死柄木の表示を。

 

少し長く見る。

 

「行きたいですか?」

 

近くの公安職員に聞かれた。

 

俺は少し笑った。

 

「そりゃな」

 

隠す必要もない。

 

「できれば、最後は自分で捕まえたかった」

 

でも。

 

画面を見る限り。

 

向こうから支援要請はない。

 

それなら。

 

行く理由もない。

 

◇ ◇ ◇

 

「勝手に行くわけにもいかないしな」

 

俺は端末をしまう。

 

弔を守るという理由で。

 

昔の俺は。

 

何度もあいつを逃がした。

 

今回は。

 

逆。

 

捕まえるための作戦だ。

 

なら。

 

自分の感情で配置を崩して。

 

余計なことをする方がおかしい。

 

「俺の仕事は終わりでいい」

 

公安職員が頷く。

 

「では、捕縛者の移送支援をお願いします」

 

「了解」

 

戦闘ではない。

 

後方への輸送。

 

逃走防止。

 

負傷者がいれば。

 

その搬送。

 

俺の個性には。

 

そちらも向いている。

 

◇ ◇ ◇

 

スピナーを乗せた輸送班の前へ。

 

大きな黒いゲートを開く。

 

安全確認済みの後方収容地点。

 

警察車両ごと。

 

通せる大きさ。

 

昔は。

 

弔やヴィランを。

 

戦場から逃がすために開いた穴。

 

今は。

 

捕まえたヴィランを。

 

収容するために使う。

 

本当に。

 

全部逆になった。

 

「通ってくれ」

 

車両が。

 

一台ずつ。

 

黒い霧へ入っていく。

 

◇ ◇ ◇

 

最後の車両が消えた後。

 

俺は一度だけ。

 

死柄木の戦場がある方角を見る。

 

実際には。

 

ここから見える距離じゃない。

 

でも。

 

何となく。

 

そちらを向いた。

 

「弔」

 

黒霧として。

 

ずっと守ってきた。

 

白雲朧としては。

 

捕まってほしい。

 

二つとも。

 

今の俺には残っている。

 

「今度は逃げるなよ」

 

それだけ言って。

 

俺は後方拠点へ繋がるゲートを閉じた。

 

ここから先は。

 

俺の仕事じゃない。

 

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