無個性は個性をつくる 作:匿名希望
気づいた時には、景色が変わっていた。
さっきまで私は、空木零司を殺すためにみんなと一緒にいたはずだった。死柄木くんも、荼毘くんも、スピナーくんも、他のみんなもいた。それなのに瞬きをした覚えすらないまま、知らない広い場所に一人で立っている。
「……え?」
黒霧さんのゲートじゃない。黒い霧も、どこかを通った感覚もなかった。
ただ、私だけが別の場所へ移されていた。
そして、目の前には最初から人がいた。
ギャングオルカ。
リューキュウ。
警察の人たち。
それから、見たことのない人型の何かが何体も並んでいる。
人間じゃない。
空木零司が作ったやつ。
その中でも、私の周りを囲んでいる何体かは妙だった。顔らしい場所だけじゃなく、身体のいろんなところに目が付いている。
全部。
私を見ていた。
◇ ◇ ◇
「対象確認。トガヒミコ」
機械みたいな声がする。
「『変身』発現停止を確認」
その言葉を聞いた瞬間、私は腰につけていた血へ手を伸ばした。
試す。
使えない。
「……あれ?」
もう一度。
駄目。
身体が変わり始める感覚そのものが来ない。
個性を使おうとしているのに、何も起こらない。
お茶子ちゃんにもなれない。
トゥワイスくんにも。
誰にも。
「何したの?」
返事はない。
代わりに。
周囲の目が、一つも逸れない。
◇ ◇ ◇
それで。
少しだけ分かった。
私の個性を。
最初から止めるつもりだったんだ。
私は血を飲めば、その人に変身できる。
条件を満たせば。
その人の個性だって使える。
もう。
ヒーローたちも知っている。
『崩壊』を使える人の血があったら。
『蒼炎』を使える人の血があったら。
強い個性を持っている人の血があったら。
何が起きるか。
だから。
使わせない。
最初から。
「ひどいなあ」
私は笑う。
せっかく。
いろいろ持ってきたのに。
全部。
飲んでも意味がない。
◇ ◇ ◇
なら。
個性を使わなければいい。
それだけ。
私は昔から。
個性だけで人を殺してきたわけじゃない。
走る。
しゃがむ。
呼吸を変える。
目線を切る。
相手が私を見失う位置へ滑り込む。
人は。
見ているつもりでも。
見ていない。
意識しているものの裏側へ入ればいい。
戦場なら。
もっと簡単。
私は。
そうやって何度も消えてきた。
だから。
いつものように。
消える。
◇ ◇ ◇
一歩。
二歩。
視線の死角へ。
ギャングオルカの大きな身体を遮蔽物にする。
警察の視線から外れる。
リューキュウからも。
見えない。
そのまま地面近くまで姿勢を落とし、囲みの隙間へ滑り込む。
――はずだった。
『対象位置、継続捕捉』
声。
一体が。
こっちを向く。
違う。
一体だけじゃない。
前。
後ろ。
横。
全部。
私を見ている。
「……なんで?」
視線を外したはずなのに。
◇ ◇ ◇
私は方向を変える。
また。
位置が共有される。
壁際へ。
駄目。
低く。
駄目。
一体の陰へ潜る。
別の目が見ている。
人間なら。
ほんの少し。
意識が外れる。
誰かが動けば。
反射的にそっちを見る。
大きな音がすれば。
注意が向く。
その瞬間。
私はいなくなれる。
でも。
こいつらには。
それがない。
『熱源一致』
『振動追跡継続』
『呼吸音確認』
「……ああ」
そういうこと。
見ているんじゃない。
探し続けるように。
作られている。
◇ ◇ ◇
私は笑うのをやめた。
視線を騙しても。
熱。
音。
振動。
別の何か。
いくつも。
同時に見ている。
人間みたいに。
一つへ注意を向けたら。
別を忘れる。
そういう頭じゃない。
「これ」
私は小さく言う。
「私用?」
誰も答えない。
でも。
答えは分かる。
そうだ。
私を捕まえるためだけに。
作った。
◇ ◇ ◇
だったら。
壊す。
それが一番早い。
腰からナイフを抜く。
近い個体へ。
一気に入る。
人間なら。
首。
脇。
関節。
柔らかいところ。
そういう場所を狙う。
でも。
これは人間じゃない。
だったら。
目。
センサー。
見ているところ。
まず一つ。
潰す。
私は踏み込み、複数ある視覚器官の一つへ刃を突き込んだ。
ガキン。
鈍い音。
手が痺れる。
「え?」
刃が。
止まっていた。
刺さらない。
外皮に。
弾かれた。
◇ ◇ ◇
もう一度。
今度は。
力を込める。
ガキン。
同じ。
刃先が滑る。
傷すら。
まともに入っていない。
「硬っ……!」
その間にも。
こいつは私を見失わない。
なら。
隙間。
装甲の継ぎ目。
そう思って姿勢を変えた瞬間、腕を掴まれた。
速い。
私は身体を捻る。
掴ませて。
そこから逆に。
関節を取る。
人間相手なら。
それで崩せる。
「っ!」
でも。
曲がる。
変な方向へ。
人間なら壊れる角度まで。
腕が柔らかく動く。
なのに。
掴んでいる力は。
緩まない。
「何それ」
関節技まで。
効かない。
◇ ◇ ◇
反対の手のナイフを振る。
受けられる。
蹴る。
揺れもしない。
身体を落とし、掴まれた腕を抜こうとする。
離れない。
背後から別の個体が来る。
私は床へ転がって逃げる。
その先にも。
いる。
全部。
知っているみたいだった。
私が。
何をするのか。
何が得意なのか。
どう逃げるのか。
◇ ◇ ◇
「ふざけないでよ」
声が。
自分でも分かるくらい低くなる。
知らない。
こんなの。
戦いじゃない。
私が何かする。
それを見て対応する。
そういうんじゃない。
私がやる前から。
全部。
答えが置いてある。
個性を使う。
止められる。
消える。
見つかる。
刺す。
刺さらない。
関節を取る。
効かない。
逃げる。
囲まれている。
◇ ◇ ◇
リューキュウが距離を詰める。
私はそちらを見て。
逆へ走った。
当然。
そっちにも個性兵。
分かってる。
でも。
止まれば。
終わる。
私は足元へナイフを投げる。
一体の視線を。
ほんの少しでも。
動かせればいい。
動かない。
ナイフなんて。
見てもいないみたいに。
ずっと私だけを追っている。
「そういうの、ずるくない?」
『対象逃走経路を封鎖』
「聞いてないし!」
◇ ◇ ◇
左右から来る。
前にも。
後ろにも。
私は一番細い隙間を選ぶ。
身体を捻れば。
通れる。
そう思って飛び込む。
一体の腕が。
身体へ巻きつく。
硬いと思ったのに。
急に柔らかい。
私の動きへ合わせて形が変わり、腕と胴をまとめて固定する。
「離して!」
ナイフを振ろうとする。
手首を押さえられる。
蹴る。
脚も。
捕まる。
身体を反らす。
意味がない。
殺すための力じゃない。
折らない。
潰さない。
でも。
動けない。
そういう力。
一番。
嫌なやつ。
◇ ◇ ◇
「トガヒミコ、抵抗を止めろ!」
警察の声。
「やだ」
即答する。
「やですよ」
私は身体を捻る。
抜けない。
もう一度。
駄目。
それでも。
止めない。
止まったら。
本当に終わる。
みんなのところへ。
戻らないと。
死柄木くん。
荼毘くん。
スピナーくん。
みんな。
どこへ飛ばされたのか分からない。
私だけ。
ここ。
◇ ◇ ◇
「みんなは?」
誰も答えない。
「どこに飛ばしたの?」
返事はない。
それで。
余計に分かってしまう。
私だけじゃない。
みんな。
別々。
一緒にいたのに。
一瞬で。
ばらばら。
助けに行けない。
助けてもらえない。
「……最悪」
私たちが。
空木零司を囲んだはずだった。
大勢で。
一気に。
殺すために。
なのに。
気づいた時には。
一人ずつ。
捕まえるための場所へ。
配られていた。
◇ ◇ ◇
個性兵が。
さらに拘束を増やす。
手。
腕。
脚。
腰。
無理に動かしても。
身体を壊さない程度に。
でも。
絶対に抜けられない力で。
固定される。
「対象制圧完了」
機械みたいな声がする。
簡単に。
言わないでほしい。
私が。
何もできなかったみたいじゃない。
「……できなかったけど」
小さく呟く。
本当に。
何も。
通らなかった。
◇ ◇ ◇
ギャングオルカが近くまで来る。
私は睨む。
「お茶子ちゃんは?」
一瞬。
反応があった。
でも。
ここにはいない。
最初から。
いなかった。
「来てないんだ」
私を捕まえるために。
お茶子ちゃんはいらない。
そういうことなのかもしれない。
胸の奥が。
変な感じになる。
腹が立つのか。
寂しいのか。
自分でも分からない。
◇ ◇ ◇
「移送する」
警察の人が言う。
個性兵が。
私を拘束したまま動き始める。
『変身』は。
まだ使えない。
周囲の目も。
一つも逸れない。
最後まで。
徹底している。
私は。
もう一度だけ。
個性を発動しようとした。
何も起きない。
本当に。
何も。
◇ ◇ ◇
あの人。
空木零司。
私は。
ほとんど知らない。
みんなで。
殺しに行った相手。
その程度。
なのに。
向こうは。
私を知っていた。
変身できる。
血を飲む。
他人になれる。
好きな人なら。
その人の個性まで使える。
隠れるのが得意。
人の視線を外す。
ナイフを使う。
身体が柔らかい。
そこまで。
全部。
調べて。
私だけに合うものを。
先に作っていた。
「気持ち悪い」
誰へともなく言う。
敵が。
私のことを。
私より。
戦い方だけは。
よく分かっていた。
◇ ◇ ◇
私は抵抗するのをやめた。
諦めたわけじゃない。
ただ。
今。
動いても。
同じ。
どこへ行っても見つかる。
何を刺しても通らない。
個性も使えない。
だったら。
今は。
動くだけ無駄。
それくらいは。
分かる。
◇ ◇ ◇
拘束されたまま。
空を見る。
死柄木くんたちは。
どうなっているんだろう。
誰か。
逃げられたのかな。
荼毘くんは。
燃やせているのかな。
スピナーくんは。
死柄木くんのところへ行けたのかな。
何も。
分からない。
分からないまま。
私は。
完全に捕まった。