無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第102話 トガヒミコ

気づいた時には、景色が変わっていた。

 

さっきまで私は、空木零司を殺すためにみんなと一緒にいたはずだった。死柄木くんも、荼毘くんも、スピナーくんも、他のみんなもいた。それなのに瞬きをした覚えすらないまま、知らない広い場所に一人で立っている。

 

「……え?」

 

黒霧さんのゲートじゃない。黒い霧も、どこかを通った感覚もなかった。

 

ただ、私だけが別の場所へ移されていた。

 

そして、目の前には最初から人がいた。

 

ギャングオルカ。

 

リューキュウ。

 

警察の人たち。

 

それから、見たことのない人型の何かが何体も並んでいる。

 

人間じゃない。

 

空木零司が作ったやつ。

 

その中でも、私の周りを囲んでいる何体かは妙だった。顔らしい場所だけじゃなく、身体のいろんなところに目が付いている。

 

全部。

 

私を見ていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「対象確認。トガヒミコ」

 

機械みたいな声がする。

 

「『変身』発現停止を確認」

 

その言葉を聞いた瞬間、私は腰につけていた血へ手を伸ばした。

 

試す。

 

使えない。

 

「……あれ?」

 

もう一度。

 

駄目。

 

身体が変わり始める感覚そのものが来ない。

 

個性を使おうとしているのに、何も起こらない。

 

お茶子ちゃんにもなれない。

 

トゥワイスくんにも。

 

誰にも。

 

「何したの?」

 

返事はない。

 

代わりに。

 

周囲の目が、一つも逸れない。

 

◇ ◇ ◇

 

それで。

 

少しだけ分かった。

 

私の個性を。

 

最初から止めるつもりだったんだ。

 

私は血を飲めば、その人に変身できる。

 

条件を満たせば。

 

その人の個性だって使える。

 

もう。

 

ヒーローたちも知っている。

 

『崩壊』を使える人の血があったら。

 

『蒼炎』を使える人の血があったら。

 

強い個性を持っている人の血があったら。

 

何が起きるか。

 

だから。

 

使わせない。

 

最初から。

 

「ひどいなあ」

 

私は笑う。

 

せっかく。

 

いろいろ持ってきたのに。

 

全部。

 

飲んでも意味がない。

 

◇ ◇ ◇

 

なら。

 

個性を使わなければいい。

 

それだけ。

 

私は昔から。

 

個性だけで人を殺してきたわけじゃない。

 

走る。

 

しゃがむ。

 

呼吸を変える。

 

目線を切る。

 

相手が私を見失う位置へ滑り込む。

 

人は。

 

見ているつもりでも。

 

見ていない。

 

意識しているものの裏側へ入ればいい。

 

戦場なら。

 

もっと簡単。

 

私は。

 

そうやって何度も消えてきた。

 

だから。

 

いつものように。

 

消える。

 

◇ ◇ ◇

 

一歩。

 

二歩。

 

視線の死角へ。

 

ギャングオルカの大きな身体を遮蔽物にする。

 

警察の視線から外れる。

 

リューキュウからも。

 

見えない。

 

そのまま地面近くまで姿勢を落とし、囲みの隙間へ滑り込む。

 

――はずだった。

 

『対象位置、継続捕捉』

 

声。

 

一体が。

 

こっちを向く。

 

違う。

 

一体だけじゃない。

 

前。

 

後ろ。

 

横。

 

全部。

 

私を見ている。

 

「……なんで?」

 

視線を外したはずなのに。

 

◇ ◇ ◇

 

私は方向を変える。

 

また。

 

位置が共有される。

 

壁際へ。

 

駄目。

 

低く。

 

駄目。

 

一体の陰へ潜る。

 

別の目が見ている。

 

人間なら。

 

ほんの少し。

 

意識が外れる。

 

誰かが動けば。

 

反射的にそっちを見る。

 

大きな音がすれば。

 

注意が向く。

 

その瞬間。

 

私はいなくなれる。

 

でも。

 

こいつらには。

 

それがない。

 

『熱源一致』

 

『振動追跡継続』

 

『呼吸音確認』

 

「……ああ」

 

そういうこと。

 

見ているんじゃない。

 

探し続けるように。

 

作られている。

 

◇ ◇ ◇

 

私は笑うのをやめた。

 

視線を騙しても。

 

熱。

 

音。

 

振動。

 

別の何か。

 

いくつも。

 

同時に見ている。

 

人間みたいに。

 

一つへ注意を向けたら。

 

別を忘れる。

 

そういう頭じゃない。

 

「これ」

 

私は小さく言う。

 

「私用?」

 

誰も答えない。

 

でも。

 

答えは分かる。

 

そうだ。

 

私を捕まえるためだけに。

 

作った。

 

◇ ◇ ◇

 

だったら。

 

壊す。

 

それが一番早い。

 

腰からナイフを抜く。

 

近い個体へ。

 

一気に入る。

 

人間なら。

 

首。

 

脇。

 

関節。

 

柔らかいところ。

 

そういう場所を狙う。

 

でも。

 

これは人間じゃない。

 

だったら。

 

目。

 

センサー。

 

見ているところ。

 

まず一つ。

 

潰す。

 

私は踏み込み、複数ある視覚器官の一つへ刃を突き込んだ。

 

ガキン。

 

鈍い音。

 

手が痺れる。

 

「え?」

 

刃が。

 

止まっていた。

 

刺さらない。

 

外皮に。

 

弾かれた。

 

◇ ◇ ◇

 

もう一度。

 

今度は。

 

力を込める。

 

ガキン。

 

同じ。

 

刃先が滑る。

 

傷すら。

 

まともに入っていない。

 

「硬っ……!」

 

その間にも。

 

こいつは私を見失わない。

 

なら。

 

隙間。

 

装甲の継ぎ目。

 

そう思って姿勢を変えた瞬間、腕を掴まれた。

 

速い。

 

私は身体を捻る。

 

掴ませて。

 

そこから逆に。

 

関節を取る。

 

人間相手なら。

 

それで崩せる。

 

「っ!」

 

でも。

 

曲がる。

 

変な方向へ。

 

人間なら壊れる角度まで。

 

腕が柔らかく動く。

 

なのに。

 

掴んでいる力は。

 

緩まない。

 

「何それ」

 

関節技まで。

 

効かない。

 

◇ ◇ ◇

 

反対の手のナイフを振る。

 

受けられる。

 

蹴る。

 

揺れもしない。

 

身体を落とし、掴まれた腕を抜こうとする。

 

離れない。

 

背後から別の個体が来る。

 

私は床へ転がって逃げる。

 

その先にも。

 

いる。

 

全部。

 

知っているみたいだった。

 

私が。

 

何をするのか。

 

何が得意なのか。

 

どう逃げるのか。

 

◇ ◇ ◇

 

「ふざけないでよ」

 

声が。

 

自分でも分かるくらい低くなる。

 

知らない。

 

こんなの。

 

戦いじゃない。

 

私が何かする。

 

それを見て対応する。

 

そういうんじゃない。

 

私がやる前から。

 

全部。

 

答えが置いてある。

 

個性を使う。

 

止められる。

 

消える。

 

見つかる。

 

刺す。

 

刺さらない。

 

関節を取る。

 

効かない。

 

逃げる。

 

囲まれている。

 

◇ ◇ ◇

 

リューキュウが距離を詰める。

 

私はそちらを見て。

 

逆へ走った。

 

当然。

 

そっちにも個性兵。

 

分かってる。

 

でも。

 

止まれば。

 

終わる。

 

私は足元へナイフを投げる。

 

一体の視線を。

 

ほんの少しでも。

 

動かせればいい。

 

動かない。

 

ナイフなんて。

 

見てもいないみたいに。

 

ずっと私だけを追っている。

 

「そういうの、ずるくない?」

 

『対象逃走経路を封鎖』

 

「聞いてないし!」

 

◇ ◇ ◇

 

左右から来る。

 

前にも。

 

後ろにも。

 

私は一番細い隙間を選ぶ。

 

身体を捻れば。

 

通れる。

 

そう思って飛び込む。

 

一体の腕が。

 

身体へ巻きつく。

 

硬いと思ったのに。

 

急に柔らかい。

 

私の動きへ合わせて形が変わり、腕と胴をまとめて固定する。

 

「離して!」

 

ナイフを振ろうとする。

 

手首を押さえられる。

 

蹴る。

 

脚も。

 

捕まる。

 

身体を反らす。

 

意味がない。

 

殺すための力じゃない。

 

折らない。

 

潰さない。

 

でも。

 

動けない。

 

そういう力。

 

一番。

 

嫌なやつ。

 

◇ ◇ ◇

 

「トガヒミコ、抵抗を止めろ!」

 

警察の声。

 

「やだ」

 

即答する。

 

「やですよ」

 

私は身体を捻る。

 

抜けない。

 

もう一度。

 

駄目。

 

それでも。

 

止めない。

 

止まったら。

 

本当に終わる。

 

みんなのところへ。

 

戻らないと。

 

死柄木くん。

 

荼毘くん。

 

スピナーくん。

 

みんな。

 

どこへ飛ばされたのか分からない。

 

私だけ。

 

ここ。

 

◇ ◇ ◇

 

「みんなは?」

 

誰も答えない。

 

「どこに飛ばしたの?」

 

返事はない。

 

それで。

 

余計に分かってしまう。

 

私だけじゃない。

 

みんな。

 

別々。

 

一緒にいたのに。

 

一瞬で。

 

ばらばら。

 

助けに行けない。

 

助けてもらえない。

 

「……最悪」

 

私たちが。

 

空木零司を囲んだはずだった。

 

大勢で。

 

一気に。

 

殺すために。

 

なのに。

 

気づいた時には。

 

一人ずつ。

 

捕まえるための場所へ。

 

配られていた。

 

◇ ◇ ◇

 

個性兵が。

 

さらに拘束を増やす。

 

手。

 

腕。

 

脚。

 

腰。

 

無理に動かしても。

 

身体を壊さない程度に。

 

でも。

 

絶対に抜けられない力で。

 

固定される。

 

「対象制圧完了」

 

機械みたいな声がする。

 

簡単に。

 

言わないでほしい。

 

私が。

 

何もできなかったみたいじゃない。

 

「……できなかったけど」

 

小さく呟く。

 

本当に。

 

何も。

 

通らなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

ギャングオルカが近くまで来る。

 

私は睨む。

 

「お茶子ちゃんは?」

 

一瞬。

 

反応があった。

 

でも。

 

ここにはいない。

 

最初から。

 

いなかった。

 

「来てないんだ」

 

私を捕まえるために。

 

お茶子ちゃんはいらない。

 

そういうことなのかもしれない。

 

胸の奥が。

 

変な感じになる。

 

腹が立つのか。

 

寂しいのか。

 

自分でも分からない。

 

◇ ◇ ◇

 

「移送する」

 

警察の人が言う。

 

個性兵が。

 

私を拘束したまま動き始める。

 

『変身』は。

 

まだ使えない。

 

周囲の目も。

 

一つも逸れない。

 

最後まで。

 

徹底している。

 

私は。

 

もう一度だけ。

 

個性を発動しようとした。

 

何も起きない。

 

本当に。

 

何も。

 

◇ ◇ ◇

 

あの人。

 

空木零司。

 

私は。

 

ほとんど知らない。

 

みんなで。

 

殺しに行った相手。

 

その程度。

 

なのに。

 

向こうは。

 

私を知っていた。

 

変身できる。

 

血を飲む。

 

他人になれる。

 

好きな人なら。

 

その人の個性まで使える。

 

隠れるのが得意。

 

人の視線を外す。

 

ナイフを使う。

 

身体が柔らかい。

 

そこまで。

 

全部。

 

調べて。

 

私だけに合うものを。

 

先に作っていた。

 

「気持ち悪い」

 

誰へともなく言う。

 

敵が。

 

私のことを。

 

私より。

 

戦い方だけは。

 

よく分かっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

私は抵抗するのをやめた。

 

諦めたわけじゃない。

 

ただ。

 

今。

 

動いても。

 

同じ。

 

どこへ行っても見つかる。

 

何を刺しても通らない。

 

個性も使えない。

 

だったら。

 

今は。

 

動くだけ無駄。

 

それくらいは。

 

分かる。

 

◇ ◇ ◇

 

拘束されたまま。

 

空を見る。

 

死柄木くんたちは。

 

どうなっているんだろう。

 

誰か。

 

逃げられたのかな。

 

荼毘くんは。

 

燃やせているのかな。

 

スピナーくんは。

 

死柄木くんのところへ行けたのかな。

 

何も。

 

分からない。

 

分からないまま。

 

私は。

 

完全に捕まった。

 

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