無個性は個性をつくる 作:匿名希望
足元の感覚が変わった。
ついさっきまで空木零司を囲んでいたはずなのに、気づけば俺は見知らぬ土地の真ん中に立っていた。何かを通った感覚も、黒霧のようなゲートもない。
「……は?」
周囲を見回す。
十分に広い。建物も人家もなく、多少暴れたところで巻き込むものがないように選ばれた場所らしい。
そして。
俺を待っていた奴がいた。
「燈矢」
その声を聞いた瞬間、訳の分からない転移なんてどうでもよくなった。
エンデヴァー。
轟炎司。
その少し後ろには、半分白く、半分赤い髪。
焦凍。
「……ハッ」
笑いが漏れる。
随分と分かりやすい。
俺だけをここへ飛ばして、待っているのがこの二人。
「何だよ。家族旅行のお迎えか?」
「違う」
焦凍が答える。
いつも通り。
腹が立つくらい真っ直ぐな目だった。
◇ ◇ ◇
まず。
燃やす。
考えるより先に、身体がそう動いた。
掌へ力を込める。
青い炎を。
出す。
「――」
何も起きない。
もう一度。
駄目だった。
身体の奥にあるはずのものへ手を伸ばしているのに、途中で蓋をされているみたいに『蒼炎』が出てこない。
視線を動かす。
離れた場所に、空木零司の人工兵がいる。
何体も。
複数の目。
瞬きもしない目が。
俺だけを見ている。
「抹消か」
答えは簡単だった。
相澤消太の個性。
それと同じもの。
あいつらが俺を見ている限り、炎は出ない。
しかも一体じゃない。
一つ壊しても。
別の目がある。
「なるほどねえ」
俺は笑う。
「俺の火が怖いってか?」
「警戒している」
エンデヴァーが答えた。
「お前の炎を使わせるつもりはない」
「そりゃそうだ。俺が本気で燃えたら、お前らまで焼けるもんな」
炎を出せない俺。
炎を使えるエンデヴァー。
氷も炎も使える焦凍。
分かりやすい処刑だ。
そう思った。
◇ ◇ ◇
だが。
エンデヴァーの身体から。
炎が出ない。
焦凍も。
何もしない。
「……何だ?」
俺は眉を寄せる。
「来いよ」
エンデヴァーが構えた。
炎じゃない。
拳。
ただの。
拳。
「は?」
「俺も個性は使わん」
「気でも狂ったか?」
「これは、俺がお前と向き合うために来た場だ」
後ろの焦凍も。
氷を出す気配がない。
「俺も使わねえ」
思わず。
笑った。
今度は。
本当に。
腹の底から。
「ははっ……何それ」
最悪だ。
最高に。
気に食わない。
◇ ◇ ◇
「舐めてんのか?」
俺は一歩踏み出す。
「火を消して、てめえらまで個性を使わねえで、家族三人で仲良く殴り合い?」
返事はない。
「何だそれ。今さら父親ごっこかよ」
「違う」
エンデヴァーは動かない。
「お前の父親としてここにいる」
その言葉で。
身体が先に動いた。
◇ ◇ ◇
地面を蹴る。
炎がなくても。
戦えないわけじゃない。
ヴィランとして何年生きてきたと思っている。
ヒーロー相手に正面から殴り合うだけが戦いじゃない。
俺はエンデヴァーの正面へ入り、顔へ拳を振る。
受けられる。
当然だ。
こいつは。
炎がなくてもプロヒーローだ。
腕で受けた瞬間。
膝を腹へ。
それも。
肘で落とされる。
「っ!」
直後。
肩から押し込まれた。
重い。
何だよ。
炎なしでも。
馬鹿みたいに強えじゃねえか。
◇ ◇ ◇
俺は押される勢いを使って横へ流れ、そのまま脚を払う。
エンデヴァーが半歩ずれる。
倒れない。
なら。
目。
喉。
膝。
使える場所は全部狙う。
拳を見せて。
指を目へ。
顔を逸らされたところへ肘。
腕を掴んで。
傷んでいる側へ捻る。
甘い試合をする気なんてない。
これはヒーロー競技じゃない。
俺は。
こいつを殺すためにここまで来た。
「燈矢!」
「その名前で呼ぶな!」
頭突き。
鈍い音。
エンデヴァーの額と。
俺の額。
痛みが走る。
でも。
そんなもの。
とっくに慣れている。
◇ ◇ ◇
横から。
焦凍が入った。
俺の脇腹へ蹴り。
ぎりぎりで腕を挟む。
衝撃。
「チッ」
速い。
こいつも。
当然。
鍛えている。
雄英。
ヒーロー訓練。
エンデヴァーからも。
嫌になるくらい。
「兄貴」
「呼ぶな」
俺は腕を掴み。
引き寄せる。
顔面へ膝。
焦凍は身体を捻って外す。
そのまま。
俺の足を払う。
バランスが崩れる。
そこへ肩。
まともに食らって。
地面を転がった。
◇ ◇ ◇
すぐに起きる。
痛い。
身体中。
昔から壊れている。
皮膚も。
筋肉も。
綺麗じゃない。
でも。
それが何だ。
こいつらと違って。
俺は。
痛いから止まるなんて。
とっくにやめている。
「焦凍!」
エンデヴァーが何か言う。
「余所見してんなよ!」
俺は。
今度は父親じゃなく。
焦凍へ向かった。
◇ ◇ ◇
こいつ。
この顔。
この身体。
この個性。
俺が欲しかったものを。
全部。
後から持って生まれてきた。
父親が。
俺じゃ駄目だと。
次を作って。
ようやく完成した。
最高傑作。
「お前さあ」
拳。
焦凍が受ける。
「知ってるか?」
蹴り。
腕で防ぐ。
「お前が生まれた時」
身体を寄せ。
額がぶつかりそうな距離まで入る。
「俺がどんな気分だったか!」
腹へ拳を叩き込む。
焦凍の息が。
一瞬止まった。
◇ ◇ ◇
次を入れる前に。
横から腕が来た。
エンデヴァー。
俺と焦凍の間へ。
また。
入る。
「燈矢」
「邪魔すんなよ!」
「焦凍だけの問題じゃない」
「てめえが言うな!」
拳を振る。
受けられる。
もう一発。
受けられる。
さらに。
さらに。
防がれても。
殴る。
「てめえが! 俺を! 見なかったからだろうが!」
エンデヴァーの頬へ。
一発。
入った。
大きな身体が。
少し揺れる。
◇ ◇ ◇
気持ちよかった。
炎をぶつけるより。
近い。
拳の感触が残る。
こいつの顔が。
俺の手で動く。
「何で止めなかった!」
もう一発。
「何で見なかった!」
拳を掴まれる。
「何で焦凍なら見た!」
掴まれた手を振りほどく。
「何で俺じゃ駄目だった!」
叫びながら。
身体ごとぶつかる。
これはもう。
戦いなのか。
喧嘩なのか。
分からない。
多分。
どっちでもいい。
◇ ◇ ◇
エンデヴァーも。
ただ殴られているだけじゃない。
俺の腕を取り。
重心を崩す。
巨体を使って。
地面へ押し込もうとする。
俺は脚を絡めて倒されるのを避ける。
肘を打つ。
脇腹。
効いている。
でも。
止まらない。
こいつはヒーローだ。
何十年。
人間を相手に戦ってきた。
炎を抜きにしても。
身体の使い方が違う。
一発一発。
重い。
◇ ◇ ◇
腹へ拳を食らった。
肺から。
空気が抜ける。
続けて。
肩。
脚。
殺す打撃じゃない。
それでも。
まともに食らえば。
身体が動かなくなる。
「……クソ親父」
俺は笑う。
口の中。
血の味。
「個性なくても強えんだな」
「ヒーローだからな」
「それを俺の前で言うのかよ」
また。
腹が立つ。
「ヒーローだから?」
俺は。
立つ。
「じゃあ家じゃ何だったんだ?」
エンデヴァーの顔が。
止まった。
◇ ◇ ◇
そこ。
一瞬。
俺は踏み込む。
顎。
拳。
入る。
続けて。
胸。
腹。
「外じゃヒーロー!」
殴る。
「家じゃ俺を壊して!」
もう一発。
「焦凍作って!」
次。
「今さら父親面か!」
エンデヴァーが。
受ける。
途中から。
反撃しなくなった。
「何だよ」
また殴る。
「やれよ」
拳。
「殴れよ!」
返ってこない。
「俺を止めに来たんだろ!」
◇ ◇ ◇
「止める」
エンデヴァーが言った。
「なら――」
「だが、お前が俺を殴る理由まで否定するつもりはない」
一瞬。
何を言われたのか。
分からなかった。
「……は?」
「お前がこうなった責任から逃げない」
また。
その顔。
昔なら。
絶対にしなかった顔。
嫌だ。
そんな顔。
見せるな。
「反省したってか?」
笑う。
「謝れば終わる?」
「終わらない」
即答。
「お前がしたことも、俺がしたことも消えない」
「じゃあ何しに来たんだよ!」
「お前を捕まえるためだ」
◇ ◇ ◇
腹が立つ。
また。
殴る。
今度は。
返された。
頬へ。
硬い拳。
視界が揺れる。
「お前を生かして捕まえる」
また。
腕を取られる。
俺も。
肘を返す。
「その後も逃げない」
脚を蹴る。
エンデヴァーが。
体勢を立て直す。
「お前が何を言おうと、聞く」
「今さら!」
「今さらだ」
否定しない。
それが。
一番。
気に食わない。
◇ ◇ ◇
焦凍が。
また前へ出てきた。
「俺もだ」
「あ?」
「俺も逃げねえ」
「お前は関係ないだろ」
「ある」
焦凍は。
迷わない。
「俺も轟家だ」
「……」
「兄貴が俺を恨んでるなら、それも聞く」
何だ。
それ。
「お前」
笑えてくる。
「本当に馬鹿だな」
「よく言われる」
「そういうとこだよ!」
殴りかかる。
◇ ◇ ◇
焦凍は。
真正面から受けなかった。
身体を半歩外へ。
俺の拳を流す。
脇腹へ。
短い打撃。
痛い。
振り向きざまに。
肘。
今度は俺が避ける。
蹴り。
足同士がぶつかる。
鈍い音。
互いに。
一歩下がる。
こいつも。
炎と氷がなくても。
強い。
当然。
それが。
また。
腹立たしい。
◇ ◇ ◇
「傑作は違うねえ!」
俺が吐き捨てると。
焦凍の眉が寄る。
「その呼び方やめろ」
「事実だろ?」
「俺は親父の作品じゃねえ」
「へえ」
「兄貴もだ」
その言葉だけ。
妙に。
耳に残った。
「俺は俺だ。兄貴も兄貴だ」
「綺麗事だな」
「そうかもな」
焦凍が構える。
「でも俺は、そう思ってる」
「だから何だよ!」
俺は踏み込む。
◇ ◇ ◇
三人。
誰も。
個性を使わない。
使えない俺。
使おうとしない二人。
遠くでは。
空木の兵士が。
じっと見ている。
俺が炎を使えないように。
もし。
俺がこの二人を殺しかけたら。
多分。
あいつらが入る。
逆に。
俺が死にかけても。
止めるんだろう。
最初から。
生きて捕まえるための場所。
勝ち負けだけなら。
もう。
決まっている。
それでも。
目の前の二人は。
人工兵に任せない。
自分で。
俺の前に立っている。
◇ ◇ ◇
「ふざけやがって」
俺は息を吐く。
身体が。
重い。
痛い。
それでも。
まだ動く。
エンデヴァーの口元には血。
焦凍も。
頬が腫れている。
こいつらも。
ちゃんと。
痛い。
それが。
少しだけ。
嬉しい。
「もっと来いよ」
俺は手招きする。
「父親なんだろ?」
エンデヴァーが。
構える。
「弟なんだろ?」
焦凍も。
前へ。
「だったら最後まで付き合えよ」
二人とも。
逃げなかった。
◇ ◇ ◇
また。
殴り合う。
拳。
蹴り。
肘。
膝。
掴んで。
倒して。
立って。
また向かう。
炎も。
氷もない。
派手な爆発もない。
それでも。
そこらの喧嘩とは違う。
エンデヴァーの一撃は。
まともに受ければ骨まで響く。
焦凍の動きは。
訓練されたヒーローそのもの。
俺だって。
今まで何人のヒーローと殺し合ってきたと思っている。
互いに。
個性を抜いても。
普通の人間じゃない。
◇ ◇ ◇
俺は。
エンデヴァーの拳を頬にもらいながら。
笑った。
痛い。
腹が立つ。
憎い。
殺したい。
なのに。
こいつは。
今。
俺しか見ていない。
昔。
欲しかったもの。
ずっと。
欲しかったもの。
「……そうだよ」
俺は血を吐き。
もう一度。
拳を握った。
「それでいいんだよ」
エンデヴァーが。
俺を見る。
焦凍も。
俺を見る。
逃げない。
目を逸らさない。
「最初から」
俺は。
父親へ向かって踏み込んだ。
「俺だけ見てろよ、親父」