無個性は個性をつくる 作:匿名希望
飛ばされた瞬間、最初に感じたのは違和感だった。
空木零司を殺すために集まったはずの連中が、一人もいない。荼毘も、トガも、スピナーも、ニア・ハイエンドも消えていて、代わりに広い土地の向こうから二人の男が俺を見ていた。
オールマイト。
緑谷出久。
「……は」
思わず笑いが漏れる。
ずいぶん都合のいい組み合わせだった。
俺たちは空木零司を殺しに来た。そのために残った戦力を可能な限り集め、増援を呼ばれる前に押し潰すつもりだった。
結果。
集まったからこそ、全員まとめて切り離された。
『失敗だね』
頭の奥で。
あいつの声がした。
オール・フォー・ワン。
俺の中へこびりついた、先生の残り。
「認めんの早えな」
声に出す。
オールマイトと緑谷は動かない。
その周囲には、空木が作ったらしい人工兵が何体もいる。妙に目の多い奴らが、全方向から俺を見続けていた。
試しに。
地面へ手をつく。
何も起きない。
『崩壊』が出ない。
力を入れる。
それでも。
地面は壊れない。
「やっぱりこれか」
全面戦争で。
相澤消太に何度もやられた感覚。
『抹消』。
ただし。
今回の相手は。
瞬きをしない。
俺の正面にいる一体だけじゃない。離れた場所にも、横にも、後ろにも、同じ目を持った個体がいる。
一体潰せば終わり。
そういう配置じゃない。
『超再生も止まっている。私の個性も同じだ』
頭の中の声。
「分かってる」
身体が。
少し軽い。
いや。
違う。
いつもなら傷が勝手に治る前提で動けるのに。
今は。
一度壊れたら。
そのまま。
それだけだ。
それでも。
拳を握る。
力はある。
個性じゃない。
この身体そのものが。
そう作られている。
◇ ◇ ◇
緑谷が一歩前へ出た。
「死柄木」
その名前を。
こいつに呼ばれると。
やっぱり苛つく。
「何だよ」
「ここで止める」
「ずいぶん簡単に言うな」
俺は肩を回す。
身体そのものの力は。
消えていない。
病院で完成した時から。
俺の肉体は。
ただの人間じゃない。
オールマイトに近い領域。
個性がなくても。
殴れる。
走れる。
跳べる。
殺せる。
だから。
終わったわけじゃない。
『いや』
頭の中で。
オール・フォー・ワンが言う。
『終わったよ』
俺の顔が。
自然に歪む。
「何が」
『今回の計画が、だ』
妙に。
落ち着いた声だった。
『空木零司を殺すために戦力を集めた。それ自体は間違っていなかった。小戦力では彼のワープでオールマイトたちを呼ばれる。だから短時間で殺し切るだけの戦力をまとめて投入した』
「それが全部、餌だった」
『そういうことだね』
俺たちは。
罠だと考えた。
それでも。
行く価値があると判断した。
だったら。
罠を踏み潰せばいい。
そう思った。
だが。
向こうは。
踏み潰される場所そのものを用意していなかった。
集まった俺たちを。
戦う前に。
分けた。
◇ ◇ ◇
『荼毘たちがどこへ飛ばされたのか分からない。相互支援もできない。そして、こちらが用意していた移動手段も使えない』
個性が。
封じられている。
仮に誰かのところへ行こうとしても。
俺自身には。
移動用の個性を使うことすらできない。
「だったら、こいつら潰してから考えりゃいい」
俺は目の前の二人を見る。
オールマイト。
緑谷。
その言葉に。
頭の中の声が。
少し笑った。
『それができればね』
「うるせえ」
『弔。認めた方がいい』
声が。
珍しく。
真面目だった。
『この戦場全体で勝つのは、もう難しい』
俺は。
答えない。
『こちらは分断された。敵はそれぞれの能力を把握した上で対策を用意している。しかも空木零司本人は、まだ戦場にすら出ていない』
それが。
一番。
苛つく。
俺たちは。
あいつを殺しに来た。
なのに。
あいつは。
俺たちと戦ってすらいない。
転移させた。
兵士を用意した。
それだけ。
『ここから全員を救出し、再編し、ヒーロー側を壊滅させる。そういう勝ち筋は捨てた方がいい』
「じゃあ諦めろって?」
『まさか』
声が。
笑う。
『目的を変えるんだ』
◇ ◇ ◇
目の前。
緑谷出久。
ワン・フォー・オール。
ずっと。
あいつが欲しがってきたもの。
俺の身体を。
ここまで作り変えた理由の一つ。
それが。
何故か。
向こうから。
俺の前へ出てきている。
『不思議だと思わないかい?』
「ああ」
普通なら。
隠す。
守る。
オール・フォー・ワンに奪われたくないなら。
一番前へ。
持ってくるものじゃない。
それなのに。
オールマイトと並んでいる。
『彼らには彼らなりの理由があるのだろう。因縁。継承。師弟。そういうものかな』
「くだらねえ」
『私もそう思うよ』
そこだけは。
意見が合う。
『だが、ありがたい』
ワン・フォー・オールが。
目の前にある。
なら。
取る。
『今ここで全てを勝つ必要はない』
オール・フォー・ワンの声が。
静かに続く。
『ワン・フォー・オールを奪う。オールマイトを殺す。そして逃げる』
「逃げる?」
『そうだ』
嫌な言葉だった。
逃げる。
負ける。
そんなもの。
全部壊すと決めた俺には。
似合わない。
でも。
あいつは。
構わず続ける。
『空木零司がいる限り、今のヒーロー側は厄介すぎる。戦うたびに対策を増やされる。なら、戦わなければいい』
「どれくらい」
『必要なら百年』
思わず。
黙った。
◇ ◇ ◇
百年。
今ここにいる連中は。
誰も残らない。
オールマイト。
死ぬ。
緑谷。
死ぬ。
今いるヒーローも。
警察も。
政府の人間も。
世代が変わる。
そして。
空木零司も。
あいつはまだ。
高校生だ。
どれだけ頭がおかしい技術を持っていても。
人間なら。
老いる。
死ぬ。
だから。
頭の中のあいつが言う。
『私たちには時間がある』
個性が戻れば。
寿命を伸ばす手段も。
身体を維持する手段もある。
今。
無理に勝つ必要はない。
百年。
隠れる。
必要なら。
もっと。
その間。
世界が俺たちを忘れるのを待つ。
空木零司が死ぬのを待つ。
その後。
もう一度。
出てくる。
『ワン・フォー・オールさえこちらにあれば、待つ価値はある』
「……気の長え話だな」
『私は昔からそういうのが得意でね』
苛つく。
でも。
間違ってはいない。
◇ ◇ ◇
「で」
俺はオールマイトを見る。
「こいつは?」
『殺す』
返事が。
早かった。
少し。
笑う。
「そこは迷わねえんだ」
『合理的な理由もあるよ』
「それ以外は?」
一瞬。
間。
『腹が立つ』
笑った。
「八つ当たりじゃねえか」
『そうとも言う』
だったら。
悪くない。
こいつのせいで。
先生は一度。
負けた。
神野でも。
タルタロスでも。
散々。
邪魔をされた。
今。
戦える身体に戻って。
また。
目の前にいる。
ワン・フォー・オールを持っていないなら。
奪う価値もない。
殺せばいい。
それで。
少しは。
気が晴れる。
◇ ◇ ◇
「話は終わったか」
オールマイトが言う。
聞こえていたわけじゃない。
俺が。
黙っていたからだろう。
「まあな」
俺は首を鳴らす。
「相談してた」
緑谷の表情が。
僅かに変わる。
こいつは。
俺の中に。
誰がいるのか知っている。
「先生と?」
「さあな」
それ以上。
教える必要はない。
俺は。
もう一度。
周囲を見る。
常時抹消。
複数。
視線は切れない。
後方には。
大型の人工兵もいる。
逃走路。
たぶん。
空木が見ている。
あるいは。
兵士が勝手に見ている。
どちらでもいい。
まず。
目の前。
ここからだ。
◇ ◇ ◇
『最初に抹消を潰す必要はない』
頭の中で。
声。
「何?」
『ワン・フォー・オールを奪う方を優先する』
「個性使えねえぞ」
『だから肉体で戦う』
簡単に言いやがる。
でも。
それしかない。
俺の身体は。
抹消されても。
オールマイト級。
対する。
今のオールマイト。
こいつも。
ほとんど昔の強さへ戻っている。
そして。
緑谷。
ワン・フォー・オール。
六つの個性。
全部。
長く訓練した後。
まともに使える。
こいつら二人を。
肉体だけで相手にする。
普通なら。
馬鹿げている。
でも。
俺は。
普通じゃない。
◇ ◇ ◇
「緑谷」
俺は呼ぶ。
「何で来た?」
少しだけ。
聞いてみたくなった。
「俺がお前の個性欲しがってるって知ってんだろ」
「知ってる」
「なら隠れてりゃよかった」
緑谷が。
拳を握る。
「それでも、僕が来る意味がある」
「へえ」
「ワン・フォー・オールは、オール・フォー・ワンを止めるために繋がってきた力だから」
また。
因縁。
継承。
そういうやつ。
頭の中で。
先生が。
小さく笑った。
『本当にありがたい子だね』
俺も。
そう思う。
「じゃあ」
口元が。
勝手に上がる。
「貰っていいんだな」
◇ ◇ ◇
地面を蹴った。
一歩で。
景色が後ろへ流れる。
個性は使えない。
それでも。
地面が割れた。
純粋な脚力。
最初に狙うのは。
緑谷。
ワン・フォー・オール。
一直線。
その前へ。
オールマイトが入った。
「させん!」
拳。
俺も。
拳。
ぶつかる。
空気が。
爆ぜた。
衝撃だけで。
地面の砂が。
円状に吹き飛ぶ。
腕に。
凄まじい力。
オールマイト。
やっぱり。
こいつ。
戻っている。
「ハッ!」
押し返す。
オールマイトも。
引かない。
数秒。
力が拮抗する。
そこへ。
横。
緑谷。
速い。
蹴り。
俺は腕で受ける。
骨に響く。
でも。
折れていない。
反対の腕で。
緑谷の顔を狙う。
避けられる。
そのまま。
黒い何かが伸びかける。
『黒鞭』。
「使えんのかよ」
当然。
抹消されているのは。
俺だけ。
こいつらは。
自由。
腹が立つ。
◇ ◇ ◇
緑谷が距離を取る。
オールマイトが前。
師弟。
二人。
並ぶ。
『厄介だね』
「今さらだろ」
『だが』
頭の中の声は。
まだ。
諦めていない。
『ワン・フォー・オールは、すぐそこだ』
そう。
すぐそこ。
手を伸ばせば。
届く距離。
だったら。
やることは。
決まっている。
この戦場で。
全部勝つ必要はない。
仲間を助ける必要も。
ヒーロー社会を今日壊す必要もない。
ワン・フォー・オールを取る。
オールマイトを殺す。
逃げる。
百年。
待つ。
その頃には。
こいつらはいない。
空木零司だって。
いない。
そう思っている。
だから。
今は。
それでいい。
◇ ◇ ◇
俺は。
オールマイトと緑谷を見る。
先生の欲望。
俺の苛立ち。
全部。
まとめて。
目の前へぶつける。
「来いよ」
指を曲げる。
「どっちからでもいい」
オールマイトが。
拳を構える。
緑谷も。
その横で。
同じように。
構えた。
師匠と。
弟子。
二人のワン・フォー・オール。
「まず」
俺は笑った。
「お前らから壊す」