無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第117話 死柄木弔

飛ばされた瞬間、最初に感じたのは違和感だった。

 

空木零司を殺すために集まったはずの連中が、一人もいない。荼毘も、トガも、スピナーも、ニア・ハイエンドも消えていて、代わりに広い土地の向こうから二人の男が俺を見ていた。

 

オールマイト。

 

緑谷出久。

 

「……は」

 

思わず笑いが漏れる。

 

ずいぶん都合のいい組み合わせだった。

 

俺たちは空木零司を殺しに来た。そのために残った戦力を可能な限り集め、増援を呼ばれる前に押し潰すつもりだった。

 

結果。

 

集まったからこそ、全員まとめて切り離された。

 

『失敗だね』

 

頭の奥で。

 

あいつの声がした。

 

オール・フォー・ワン。

 

俺の中へこびりついた、先生の残り。

 

「認めんの早えな」

 

声に出す。

 

オールマイトと緑谷は動かない。

 

その周囲には、空木が作ったらしい人工兵が何体もいる。妙に目の多い奴らが、全方向から俺を見続けていた。

 

試しに。

 

地面へ手をつく。

 

何も起きない。

 

『崩壊』が出ない。

 

力を入れる。

 

それでも。

 

地面は壊れない。

 

「やっぱりこれか」

 

全面戦争で。

 

相澤消太に何度もやられた感覚。

 

『抹消』。

 

ただし。

 

今回の相手は。

 

瞬きをしない。

 

俺の正面にいる一体だけじゃない。離れた場所にも、横にも、後ろにも、同じ目を持った個体がいる。

 

一体潰せば終わり。

 

そういう配置じゃない。

 

『超再生も止まっている。私の個性も同じだ』

 

頭の中の声。

 

「分かってる」

 

身体が。

 

少し軽い。

 

いや。

 

違う。

 

いつもなら傷が勝手に治る前提で動けるのに。

 

今は。

 

一度壊れたら。

 

そのまま。

 

それだけだ。

 

それでも。

 

拳を握る。

 

力はある。

 

個性じゃない。

 

この身体そのものが。

 

そう作られている。

 

◇ ◇ ◇

 

緑谷が一歩前へ出た。

 

「死柄木」

 

その名前を。

 

こいつに呼ばれると。

 

やっぱり苛つく。

 

「何だよ」

 

「ここで止める」

 

「ずいぶん簡単に言うな」

 

俺は肩を回す。

 

身体そのものの力は。

 

消えていない。

 

病院で完成した時から。

 

俺の肉体は。

 

ただの人間じゃない。

 

オールマイトに近い領域。

 

個性がなくても。

 

殴れる。

 

走れる。

 

跳べる。

 

殺せる。

 

だから。

 

終わったわけじゃない。

 

『いや』

 

頭の中で。

 

オール・フォー・ワンが言う。

 

『終わったよ』

 

俺の顔が。

 

自然に歪む。

 

「何が」

 

『今回の計画が、だ』

 

妙に。

 

落ち着いた声だった。

 

『空木零司を殺すために戦力を集めた。それ自体は間違っていなかった。小戦力では彼のワープでオールマイトたちを呼ばれる。だから短時間で殺し切るだけの戦力をまとめて投入した』

 

「それが全部、餌だった」

 

『そういうことだね』

 

俺たちは。

 

罠だと考えた。

 

それでも。

 

行く価値があると判断した。

 

だったら。

 

罠を踏み潰せばいい。

 

そう思った。

 

だが。

 

向こうは。

 

踏み潰される場所そのものを用意していなかった。

 

集まった俺たちを。

 

戦う前に。

 

分けた。

 

◇ ◇ ◇

 

『荼毘たちがどこへ飛ばされたのか分からない。相互支援もできない。そして、こちらが用意していた移動手段も使えない』

 

個性が。

 

封じられている。

 

仮に誰かのところへ行こうとしても。

 

俺自身には。

 

移動用の個性を使うことすらできない。

 

「だったら、こいつら潰してから考えりゃいい」

 

俺は目の前の二人を見る。

 

オールマイト。

 

緑谷。

 

その言葉に。

 

頭の中の声が。

 

少し笑った。

 

『それができればね』

 

「うるせえ」

 

『弔。認めた方がいい』

 

声が。

 

珍しく。

 

真面目だった。

 

『この戦場全体で勝つのは、もう難しい』

 

俺は。

 

答えない。

 

『こちらは分断された。敵はそれぞれの能力を把握した上で対策を用意している。しかも空木零司本人は、まだ戦場にすら出ていない』

 

それが。

 

一番。

 

苛つく。

 

俺たちは。

 

あいつを殺しに来た。

 

なのに。

 

あいつは。

 

俺たちと戦ってすらいない。

 

転移させた。

 

兵士を用意した。

 

それだけ。

 

『ここから全員を救出し、再編し、ヒーロー側を壊滅させる。そういう勝ち筋は捨てた方がいい』

 

「じゃあ諦めろって?」

 

『まさか』

 

声が。

 

笑う。

 

『目的を変えるんだ』

 

◇ ◇ ◇

 

目の前。

 

緑谷出久。

 

ワン・フォー・オール。

 

ずっと。

 

あいつが欲しがってきたもの。

 

俺の身体を。

 

ここまで作り変えた理由の一つ。

 

それが。

 

何故か。

 

向こうから。

 

俺の前へ出てきている。

 

『不思議だと思わないかい?』

 

「ああ」

 

普通なら。

 

隠す。

 

守る。

 

オール・フォー・ワンに奪われたくないなら。

 

一番前へ。

 

持ってくるものじゃない。

 

それなのに。

 

オールマイトと並んでいる。

 

『彼らには彼らなりの理由があるのだろう。因縁。継承。師弟。そういうものかな』

 

「くだらねえ」

 

『私もそう思うよ』

 

そこだけは。

 

意見が合う。

 

『だが、ありがたい』

 

ワン・フォー・オールが。

 

目の前にある。

 

なら。

 

取る。

 

『今ここで全てを勝つ必要はない』

 

オール・フォー・ワンの声が。

 

静かに続く。

 

『ワン・フォー・オールを奪う。オールマイトを殺す。そして逃げる』

 

「逃げる?」

 

『そうだ』

 

嫌な言葉だった。

 

逃げる。

 

負ける。

 

そんなもの。

 

全部壊すと決めた俺には。

 

似合わない。

 

でも。

 

あいつは。

 

構わず続ける。

 

『空木零司がいる限り、今のヒーロー側は厄介すぎる。戦うたびに対策を増やされる。なら、戦わなければいい』

 

「どれくらい」

 

『必要なら百年』

 

思わず。

 

黙った。

 

◇ ◇ ◇

 

百年。

 

今ここにいる連中は。

 

誰も残らない。

 

オールマイト。

 

死ぬ。

 

緑谷。

 

死ぬ。

 

今いるヒーローも。

 

警察も。

 

政府の人間も。

 

世代が変わる。

 

そして。

 

空木零司も。

 

あいつはまだ。

 

高校生だ。

 

どれだけ頭がおかしい技術を持っていても。

 

人間なら。

 

老いる。

 

死ぬ。

 

だから。

 

頭の中のあいつが言う。

 

『私たちには時間がある』

 

個性が戻れば。

 

寿命を伸ばす手段も。

 

身体を維持する手段もある。

 

今。

 

無理に勝つ必要はない。

 

百年。

 

隠れる。

 

必要なら。

 

もっと。

 

その間。

 

世界が俺たちを忘れるのを待つ。

 

空木零司が死ぬのを待つ。

 

その後。

 

もう一度。

 

出てくる。

 

『ワン・フォー・オールさえこちらにあれば、待つ価値はある』

 

「……気の長え話だな」

 

『私は昔からそういうのが得意でね』

 

苛つく。

 

でも。

 

間違ってはいない。

 

◇ ◇ ◇

 

「で」

 

俺はオールマイトを見る。

 

「こいつは?」

 

『殺す』

 

返事が。

 

早かった。

 

少し。

 

笑う。

 

「そこは迷わねえんだ」

 

『合理的な理由もあるよ』

 

「それ以外は?」

 

一瞬。

 

間。

 

『腹が立つ』

 

笑った。

 

「八つ当たりじゃねえか」

 

『そうとも言う』

 

だったら。

 

悪くない。

 

こいつのせいで。

 

先生は一度。

 

負けた。

 

神野でも。

 

タルタロスでも。

 

散々。

 

邪魔をされた。

 

今。

 

戦える身体に戻って。

 

また。

 

目の前にいる。

 

ワン・フォー・オールを持っていないなら。

 

奪う価値もない。

 

殺せばいい。

 

それで。

 

少しは。

 

気が晴れる。

 

◇ ◇ ◇

 

「話は終わったか」

 

オールマイトが言う。

 

聞こえていたわけじゃない。

 

俺が。

 

黙っていたからだろう。

 

「まあな」

 

俺は首を鳴らす。

 

「相談してた」

 

緑谷の表情が。

 

僅かに変わる。

 

こいつは。

 

俺の中に。

 

誰がいるのか知っている。

 

「先生と?」

 

「さあな」

 

それ以上。

 

教える必要はない。

 

俺は。

 

もう一度。

 

周囲を見る。

 

常時抹消。

 

複数。

 

視線は切れない。

 

後方には。

 

大型の人工兵もいる。

 

逃走路。

 

たぶん。

 

空木が見ている。

 

あるいは。

 

兵士が勝手に見ている。

 

どちらでもいい。

 

まず。

 

目の前。

 

ここからだ。

 

◇ ◇ ◇

 

『最初に抹消を潰す必要はない』

 

頭の中で。

 

声。

 

「何?」

 

『ワン・フォー・オールを奪う方を優先する』

 

「個性使えねえぞ」

 

『だから肉体で戦う』

 

簡単に言いやがる。

 

でも。

 

それしかない。

 

俺の身体は。

 

抹消されても。

 

オールマイト級。

 

対する。

 

今のオールマイト。

 

こいつも。

 

ほとんど昔の強さへ戻っている。

 

そして。

 

緑谷。

 

ワン・フォー・オール。

 

六つの個性。

 

全部。

 

長く訓練した後。

 

まともに使える。

 

こいつら二人を。

 

肉体だけで相手にする。

 

普通なら。

 

馬鹿げている。

 

でも。

 

俺は。

 

普通じゃない。

 

◇ ◇ ◇

 

「緑谷」

 

俺は呼ぶ。

 

「何で来た?」

 

少しだけ。

 

聞いてみたくなった。

 

「俺がお前の個性欲しがってるって知ってんだろ」

 

「知ってる」

 

「なら隠れてりゃよかった」

 

緑谷が。

 

拳を握る。

 

「それでも、僕が来る意味がある」

 

「へえ」

 

「ワン・フォー・オールは、オール・フォー・ワンを止めるために繋がってきた力だから」

 

また。

 

因縁。

 

継承。

 

そういうやつ。

 

頭の中で。

 

先生が。

 

小さく笑った。

 

『本当にありがたい子だね』

 

俺も。

 

そう思う。

 

「じゃあ」

 

口元が。

 

勝手に上がる。

 

「貰っていいんだな」

 

◇ ◇ ◇

 

地面を蹴った。

 

一歩で。

 

景色が後ろへ流れる。

 

個性は使えない。

 

それでも。

 

地面が割れた。

 

純粋な脚力。

 

最初に狙うのは。

 

緑谷。

 

ワン・フォー・オール。

 

一直線。

 

その前へ。

 

オールマイトが入った。

 

「させん!」

 

拳。

 

俺も。

 

拳。

 

ぶつかる。

 

空気が。

 

爆ぜた。

 

衝撃だけで。

 

地面の砂が。

 

円状に吹き飛ぶ。

 

腕に。

 

凄まじい力。

 

オールマイト。

 

やっぱり。

 

こいつ。

 

戻っている。

 

「ハッ!」

 

押し返す。

 

オールマイトも。

 

引かない。

 

数秒。

 

力が拮抗する。

 

そこへ。

 

横。

 

緑谷。

 

速い。

 

蹴り。

 

俺は腕で受ける。

 

骨に響く。

 

でも。

 

折れていない。

 

反対の腕で。

 

緑谷の顔を狙う。

 

避けられる。

 

そのまま。

 

黒い何かが伸びかける。

 

『黒鞭』。

 

「使えんのかよ」

 

当然。

 

抹消されているのは。

 

俺だけ。

 

こいつらは。

 

自由。

 

腹が立つ。

 

◇ ◇ ◇

 

緑谷が距離を取る。

 

オールマイトが前。

 

師弟。

 

二人。

 

並ぶ。

 

『厄介だね』

 

「今さらだろ」

 

『だが』

 

頭の中の声は。

 

まだ。

 

諦めていない。

 

『ワン・フォー・オールは、すぐそこだ』

 

そう。

 

すぐそこ。

 

手を伸ばせば。

 

届く距離。

 

だったら。

 

やることは。

 

決まっている。

 

この戦場で。

 

全部勝つ必要はない。

 

仲間を助ける必要も。

 

ヒーロー社会を今日壊す必要もない。

 

ワン・フォー・オールを取る。

 

オールマイトを殺す。

 

逃げる。

 

百年。

 

待つ。

 

その頃には。

 

こいつらはいない。

 

空木零司だって。

 

いない。

 

そう思っている。

 

だから。

 

今は。

 

それでいい。

 

◇ ◇ ◇

 

俺は。

 

オールマイトと緑谷を見る。

 

先生の欲望。

 

俺の苛立ち。

 

全部。

 

まとめて。

 

目の前へぶつける。

 

「来いよ」

 

指を曲げる。

 

「どっちからでもいい」

 

オールマイトが。

 

拳を構える。

 

緑谷も。

 

その横で。

 

同じように。

 

構えた。

 

師匠と。

 

弟子。

 

二人のワン・フォー・オール。

 

「まず」

 

俺は笑った。

 

「お前らから壊す」

 

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