無個性は個性をつくる 作:匿名希望
最初の一個を作り始めてから、予定表はすぐに埋まった。
問題は、装置を作ることではない。人工個性装備そのものは、すでに作れる。
個性因子を維持し、必要な刺激を与え、外部から制御する。発現した作用を装備として利用する。中学生の頃から繰り返してきた。
今回違うのは、大きさと数だった。
机の上で使う研究装置ではない。体育祭の競技中、身体へ装着したまま動かなければならない。大きければ邪魔になり、重ければ移動へ影響する。一つ壊れただけで他の機能まで停止する構造も避けたい。
だから、機能ごと、装着位置ごとに分けて小さくする。
私は机へ複数のケースを並べた。ベルト、腕輪、指輪、イヤリング、ネックレス、アンクレット、チェーン、眼鏡、口腔内へ入る小型装置。
形だけなら、普通の装飾品に近いものもある。中身は違う。人工個性を発動するための維持機構と制御系が入っている。
全部で二十五個前後。前後なのは、最後まで調整で統合や分離が起きる可能性があるからだ。
数を揃えること自体が目的ではない。必要な機能を身体の各所へ分けた結果、それくらいになる。
私は一つ目の試作品を起動した。温度、安定性、個性因子の状態。異常なし。
停止。次。
◇ ◇ ◇
一番大きい装備は、腰へ巻くベルトだった。体育祭で表向きの主装備にする予定でもある。
内部には、光に関係する既存の個性因子を段階的に調整したものを収めている。
機能は単純な発光ではない。光を生成し、生成した光を操作する。照明として使い、瞬間的に強くして閃光にする。一点へ集束し、光弾として飛ばす。形を維持させ、条件を変えれば壁や足場のようにも扱える。細長く伸ばせば鞭、幅を絞れば刃。
構造自体は一つの個性因子から連続している。
ただし、何でも同じ出力でできるわけではない。照明とレーザーでは必要な制御が違う。実体を持つように固定した光は、維持にも負荷がかかる。形状が複雑になるほど制御も増える。
私は順番に試した。
部屋を照らして消す。一点へ集めて止める。壁状に展開し、荷重をかける。崩れる位置を測り、再調整する。
ベルトそのものは以前から試作していた。体育祭へ持っていくなら、安全上限を決める必要がある。
最大出力を出せることと、競技で最大出力を使うことは別だった。人へ向ける可能性がある。観客もいる。設備もある。
なら、上限を制御側で固定した方がいい。
「これでいいですね」
記録する。
このベルトは、検査でも最初に説明しやすい。個性を利用したサポートアイテム。光を発生させ、操作する。用途も見て分かる。
他の装備より説明は楽だった。
◇ ◇ ◇
問題が大きかったのは、指輪だった。小さいからではない。機能の方だった。
対象の血液を抜き取る。正確には、指輪へ組み込んだ人工個性を発動させ、接触した対象からごく微量の血液を取得する。
中学生の頃に作った採取手段より速い。機械式の針を直接使う必要もない。競技中でも扱いやすい。
その代わり、説明した時点で危険性を指摘される可能性が高い。当然だと思う。
他人の血液を本人の操作なしで抜き取れる。量を増やせば危険になる。体育祭へ持ち込む装備としては、学校側が用途を確認するだろう。
私は申請書を書く。機能、発動条件、一回あたりの採取上限、連続使用制限、停止方法、そして用途。
ここで嘘を書く必要はない。ただし、すべてを書く必要もない。
体育祭で学校へ説明する用途として必要なのは、微量血液から個性因子情報を得ること。その情報を別装置へ渡すこと。対象の個性に対する一時的な耐性を得ること。
そこまでで足りる。
採取した因子を保存できること。後から培養できること。再利用できること。それらは今回の持ち込み安全性とは直接関係しない。
記載する必要はなかった。
私は備考欄へ追加する。
『本装置は単独使用を目的としない。取得血液は防御用耐性装置の起動入力として使用する』
これなら用途が明確になる。血を取るために血を取るのではない。防御機構を起動するための入力。
学校側が危険性を判断する時にも、その方が理解しやすい。
◇ ◇ ◇
その防御装置は、さらに小さかった。
奥歯のさらに奥、口腔内へ固定する。外から見てもほとんど分からない。私が口を開けて位置を示さなければ、気付く人は少ないと思う。
役割は、指輪で得た血液が持つ個性因子を読み取り、その個性に対する一時的な耐性を私へ付与すること。
完全無効化ではない。万能でもない。個性によって効果量も違う。そもそも解析できない相手もいるだろう。
ただ、競技中に相手の個性へ対処する装備としては意味がある。
血液を得て、個性因子を読み、対応する耐性を発現させ、一時的に防御へ使う。公開用途としてはそれで十分だった。
私は指輪と奥歯裏装置を同じ申請項目へまとめる。別々の装備ではある。しかし機能上は一組だ。
少なくとも学校へは、そう説明する。実際、耐性装置の入力として指輪を使える。虚偽ではない。
他にも使い道があるというだけだった。
◇ ◇ ◇
残りの装備も並行して進めた。一つを作ってから次へ移る方法では間に合わない。
個性因子を培養している間にケースを加工する。安定化を待つ間に別の装置を試す。学校へ行っている時間は自動で進められる工程だけ残す。
帰宅後に確認し、失敗していれば戻す。問題なければ次へ。
睡眠中にも培養は進む。朝に確認する。
学校へ行き、帰宅して確認する。加工、測定、学校課題、食事、また研究。
数日すると、机の上の完成品が増えた。
ただし、具体的な機能一覧はまだ固定していない。一部は統合した。逆に、一つへまとめる予定だったものを二つへ分けた。装着場所も変えた。
指に付けるより手首の方がいいもの。首より腰の方が安定するもの。重量配分の都合で左右へ分けるもの。
最終的な数だけは、二十五個で落ち着いた。
私は全部を机へ並べる。
二十五。
数字だけ見ると多い。装着すればさらに多く見えるだろう。ただ、一個ずつは小さい。ベルトだけは比較的大きい。それ以外は身体へ分散できる。
「問題は検査ですね」
体育祭で使うなら、学校の承認がいる。特に指輪。ここは確実に止められる。
私は申請書をもう一度確認した。
◇ ◇ ◇
学校へ二十五個を持っていくと、発目さんが最初に気付いた。
「多い!」
「二十五個です」
「本当に作ったんですか!?」
「作ると言いましたよ」
机の上へケースを置く。発目さんが覗き込む。
「全部人工個性?」
「個性因子を利用しているものが中心です」
「見ていいですか!」
「検査前なので触らないでください」
「じゃあ見るだけ!」
見るだけなら止める理由はない。発目さんはケース越しに眺めている。
「このベルト何です?」
「主装備です」
「何するんです?」
「光を生成して操作します」
「光!」
反応が大きい。
「レーザー?」
「できます」
「閃光?」
「できます」
「固められます?」
「形状維持も可能です」
「見たい!」
「検査で動作確認すると思います」
発目さんは嬉しそうだった。自分の装備ではないのだが。
「こっちの指輪は?」
「それは後で説明します」
「怪しい!」
「申請書には書いてあります」
検査前に全部説明する必要はない。
パワーローダーが来る。机の上を見て、止まる。
「……空木」
「はい」
「全部、持ち込み申請?」
「はい」
「これ全部?」
「二十五個です」
数えれば分かると思う。
パワーローダーはしばらく黙っていた。
「お前、いつ作った?」
「体育祭の説明を受けてからです」
「そういう意味じゃない」
意味が分からない。
「放課後と自宅ですが」
「……とりあえず検査するぞ」
「分かりました」
◇ ◇ ◇
検査は、一つずつだった。
外装、重量、危険部位、発動機構、停止、最大出力、競技規定。私は必要な説明をする。
最初にベルト。
「これは?」
「光を生成し、操作する人工個性を搭載しています」
パワーローダーの手が止まった。
「人工個性?」
「はい」
「サポートアイテムの機構として?」
「そうです」
私は起動する。
ベルトの一部が発光する。手を伸ばし、光を前へ出す。照明、消灯、弱い光弾。次に板状へ固定する。
検査用の物体を乗せる。保持。停止。
「……待て」
パワーローダーが言った。
「はい」
「これ、機械的に光を出してるんじゃないのか?」
「機械部分は維持と制御です。作用そのものは個性因子から発現しています」
「お前、こういうの作ってたの?」
「中学生の頃から個性因子は研究しています」
パワーローダーが黙る。
これまで聞かれなかったので詳しく話していなかった。学校課題では必要がなかったからだ。
「授業で一回も使ってないよな?」
「必要ありませんでしたので」
「……そうか」
何か気になるらしい。
ただ、検査は続いた。ベルトは出力制限を確認され、安全上限も問題なし。申請条件付きで通る。
次。
いくつか小型装備を確認する。そして指輪。
パワーローダーが申請書を読む。一度。もう一度。顔を上げる。
「空木」
「はい」
「これ」
指輪を指す。
「『対象から微量血液を取得する個性』って書いてあるんだが」
「はい」
「他人の血を抜くのか?」
「ごく微量です」
「量の問題だけじゃない」
予想通りだった。
「強制的に?」
「接触が必要です。発動量にも上限を入れています」
「それでもだ」
パワーローダーの声が低くなる。
「血液を抜く能力を競技に持ち込むのは、危険性が高い」
「そう判断されると思ったので、用途も記載しています」
私は申請書の備考を示す。パワーローダーが読む。
『耐性獲得用防御装置の起動入力』
「こっちか」
「はい」
私は口を開ける。奥歯のさらに奥に固定した小型装置を見せる。
パワーローダーが近くで確認した。
「これも人工個性?」
「はい」
「何をする」
「取り込んだ血液が持つ個性因子を解析して、その個性に対する一時的な耐性を私へ付与します」
「耐性?」
「完全無効ではありません。対象によって効果は変わります」
「それを起動するために血が必要?」
「入力として使います」
これは事実だった。
「つまり、競技中に相手へ接触して、指輪で極微量の血液を取る。それをこっちへ送って、相手の個性に対する耐性を得る?」
「そうです」
パワーローダーは指輪を見る。次に私の口元を見る。また申請書。
「……安全装置は?」
「一回の採取量に上限があります。連続使用にも制限をかけています。耐性側も、一定時間で停止します」
「血液は?」
「内部へ取り込みます」
「その後は?」
質問が少し広い。私は答える範囲を選ぶ。
「耐性発現に必要な解析へ使用します」
嘘ではない。
保存できる。培養できる。再利用もできる。
ただし、それはこの装備を体育祭で使用する上で必要な安全説明ではない。学校側が確認したいのは、採血機能が危険かどうか。競技で他人を傷付けないか。
そこだ。
「廃棄されるのか?」
「装置内で処理可能です」
これも事実だった。処理する機能はある。必ず処理するとは言っていない。
パワーローダーは長く黙っていた。
「採血量、実演できるか?」
「できます」
「俺でやれ」
「いいんですか?」
「検査だからな」
パワーローダーが手を出す。
私は指輪を起動する。指先で触れる。一瞬。装置側へごく微量の血液が移る。
目視できる出血はほとんどない。パワーローダーが指を見る。
「痛みは?」
「どうですか?」
「ほぼない」
「設定通りです」
次に奥歯裏装置を起動する。取得した試料の情報を読む。一時耐性側が動く。
ただし、実際にパワーローダーの個性へ耐える必要はないので、起動確認だけで止める。
パワーローダーは腕を組んだ。
「理屈は分かった」
「はい」
「でも扱いはかなり慎重にする」
「問題ありません」
禁止されるよりはいい。
「採血量の上限は固定。勝手に変更するな。競技外で使うな。明確に危険な相手へ無理に接触するな」
「分かりました」
「あと、何か問題が出たら即停止」
「はい」
条件付きで通った。予想より簡単だった。
必要な安全性を示せたからだろう。
◇ ◇ ◇
検査が一通り終わる頃には、パワーローダーの反応が最初と変わっていた。
最初は数が多いことへ呆れていた。途中からは、一つずつの内部構造を確認する時間が長くなった。特にベルトと指輪。
「空木」
「はい」
「お前、普段の課題で出してるものと、今持ってきたもの、分野が違いすぎないか?」
「そうでしょうか」
「違うだろ」
学校課題では、機械、回路、材料、制御。普通のサポートアイテム設計。
今回持ってきたのは、個性因子そのものを機能部品として使う装備。
確かに違う。
「授業の課題では個性因子技術を使う必要がなかったので」
「必要がなかったから出してなかった?」
「はい」
「……全部独学か?」
「研究自体は小さい頃から続けています」
パワーローダーが額へ手をやる。
発目さんは少し離れたところで楽しそうに装備を見ていた。
「空木くんすごいですよね!」
「お前は触るな」
「触ってません!」
「今手伸ばしただろ」
「見るだけです!」
検査が終わったものをケースへ戻す。
二十五個。すべてを一度に使うとは限らない。競技次第、状況次第で必要な機能を選ぶ。
今の段階で具体的に主装備として使うことが決まっているのは光のベルト。指輪と奥歯裏装置は、防御研究用として検査を通した。
残りは必要になった時に使えばいい。その程度で十分だった。
「全部許可?」
発目さんが聞く。
「条件付きのものはありますが、持ち込み可能です」
「いいなあ! 私ももっと増やそうかな!」
「検査は済んでいるんですか?」
「あ」
パワーローダーが発目さんを見る。
「発目」
「はい!」
「お前のも今日中だ」
「今持ってきます!」
走っていった。
私はケースを閉じる。
体育祭用の準備は、これで一段階終わった。装備は作った。学校の検査も通した。あとは競技で使う。
目的は変わらない。
優勝ではない。スカウトでもない。
多数の個性を、近距離で観察すること。そのために必要な位置へ残る。必要なら装備を使う。
私は二十五個のサポートアイテムが入ったケースを持ち上げた。
体育祭当日までに、もう一度すべて動作確認しておけば十分だった。