無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第119話 終戦

三度目の衝突は、これまでで最も重かった。

 

死柄木が踏み込んだ瞬間、地面が大きく沈み込む。異常発達した左腕と全身を覆う無数の手が前方へ広がり、緑谷少年だけでなく、その後方までまとめて押し潰そうと迫った。

 

「少年、上だ!」

 

「はい!」

 

緑谷少年が『浮遊』で跳ね上がり、黒鞭を地面へ伸ばして強引に軌道を変える。私はその下へ踏み込み、真正面から迫る手の壁へ拳を叩き込んだ。

 

衝撃で何十本もの指が弾け飛ぶ。

 

だが、死柄木は止まらない。

 

砕けた外殻の奥から本人の右腕が伸び、私の顔面を狙う。腕を上げて受けた瞬間、全身へ重い衝撃が走った。

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

地面を削りながら押される。

 

個性ではない。

 

ただの肉体だ。

 

それだけで、私をここまで押す。

 

「……本当に、凄まじい身体だな」

 

「褒めてんのか?」

 

死柄木が笑う。

 

「今さら嬉しくねえよ」

 

「褒めてはいないさ」

 

私は踏み止まる。

 

「だからこそ、ここで止める必要がある」

 

◇ ◇ ◇

 

死柄木の力が、一瞬だけこちらへ集中した。

 

その瞬間を。

 

緑谷少年は逃さない。

 

黒鞭が死柄木の左腕、腰、右脚へ巻きつく。完全に止められるほど甘くはないが、ほんの一瞬、重心が崩れた。

 

「オールマイト!」

 

「ああ!」

 

私は掴まれていた腕を振りほどき、死柄木の胸へ踏み込む。

 

拳。

 

死柄木も拳。

 

互いの打撃が交差する。

 

頬へ衝撃。

 

視界が揺れる。

 

こちらの拳も、死柄木の胸へ入った。

 

そのまま終わらせない。

 

もう一歩。

 

肩をぶつける。

 

「まだだ!」

 

死柄木の身体がわずかに下がる。

 

そこへ緑谷少年が降ってきた。

 

発勁。

 

変速。

 

ワン・フォー・オール。

 

全てを重ねた踵落としが、死柄木の肩へ突き刺さる。

 

「がっ……!」

 

死柄木の膝が初めて地面へついた。

 

だが。

 

直後。

 

全身から生えた手が一斉に広がった。

 

「少年!」

 

「分かってます!」

 

緑谷少年は黒鞭を解除して後方へ飛ぶ。

 

私は避けず。

 

前へ出た。

 

◇ ◇ ◇

 

無数の手が腕へ。

 

肩へ。

 

胴へ。

 

絡みつく。

 

一本なら振りほどける。

 

十本でも問題ない。

 

だが。

 

何十。

 

何百。

 

肉そのものがこちらを飲み込もうとしてくる。

 

「オールマイト!」

 

緑谷少年の声。

 

「来るな!」

 

「でも!」

 

「狙いは君だ!」

 

死柄木が。

 

笑った。

 

「正解」

 

絡みついた手の群れの中から、本人だけが抜ける。

 

私を足止めして。

 

緑谷少年へ。

 

ワン・フォー・オールへ。

 

一直線。

 

「させるものか!」

 

全身へ力を込める。

 

絡みついた手を。

 

まとめて。

 

引き千切る。

 

人工個性が全身へ力を送る。

 

筋肉。

 

関節。

 

循環器。

 

昔なら。

 

傷ついた身体では、ここまで無茶をすればすぐに限界が来ていた。

 

今は違う。

 

私は。

 

まだ戦える。

 

「死柄木!」

 

地面を蹴る。

 

追いつく。

 

◇ ◇ ◇

 

死柄木の指先が。

 

緑谷少年の頭へ伸びる。

 

あと数十センチ。

 

緑谷少年は危機感知で読んでいる。

 

だが。

 

死柄木が速い。

 

私が横から腕を叩く。

 

軌道が逸れる。

 

緑谷少年の頬すれすれを。

 

巨大な指が通過した。

 

「チッ!」

 

「君の相手は私だ!」

 

「もうお前に用はねえんだよ!」

 

死柄木の拳が腹へ入る。

 

強い。

 

息が止まる。

 

だが。

 

離れない。

 

腕を掴む。

 

「離せ!」

 

「断る!」

 

死柄木が振る。

 

私の身体ごと。

 

地面へ。

 

叩きつける。

 

衝撃。

 

視界が白くなる。

 

それでも。

 

手は。

 

離さない。

 

◇ ◇ ◇

 

「先生!」

 

緑谷少年が来る。

 

死柄木の背後。

 

拳。

 

死柄木は振り向き、空いている腕で受ける。

 

その瞬間。

 

私は死柄木の脚を払った。

 

体勢。

 

崩れる。

 

「今だ、少年!」

 

黒鞭。

 

死柄木の全身へ。

 

一つ。

 

二つ。

 

五つ。

 

十。

 

さらに増える。

 

腕。

 

脚。

 

胴。

 

異常発達した手の群れまで。

 

まとめて締め上げる。

 

「こんなもんで……!」

 

死柄木が力を入れる。

 

黒鞭が軋む。

 

何本か。

 

千切れる。

 

「止まると思うな!」

 

「止める!」

 

緑谷少年が叫ぶ。

 

追加の黒鞭。

 

巻きつく。

 

「僕一人じゃなくても!」

 

さらに。

 

「先生と一緒なら!」

 

死柄木の動きが。

 

一瞬。

 

止まった。

 

◇ ◇ ◇

 

私は立ち上がる。

 

呼吸を整える暇はない。

 

身体中が痛い。

 

だが。

 

動く。

 

まだ。

 

十分に。

 

「少年」

 

「はい」

 

目が合う。

 

言葉は。

 

それだけでいい。

 

今まで。

 

何度。

 

この少年へ背中を見せただろう。

 

最初は。

 

私を追いかける少年だった。

 

力を渡した。

 

無茶をした。

 

身体を壊した。

 

それでも。

 

立った。

 

いつの間にか。

 

同じ場所にいる。

 

いや。

 

もう。

 

私の後ろではない。

 

隣だ。

 

◇ ◇ ◇

 

死柄木が吠える。

 

黒鞭が。

 

さらに千切れる。

 

「オールマイト!」

 

緑谷少年が叫ぶ。

 

「行けるか!」

 

「当然だ!」

 

二人で。

 

前へ。

 

私は右。

 

緑谷少年は左。

 

死柄木が。

 

最後の黒鞭を引き千切る。

 

自由になった右腕を。

 

緑谷少年へ。

 

「貰う!」

 

その指が。

 

ワン・フォー・オールへ届く前に。

 

私の拳が。

 

横から入った。

 

「させん!」

 

死柄木の腕が弾かれる。

 

緑谷少年。

 

正面。

 

拳を引く。

 

死柄木も。

 

こちらを無視して。

 

緑谷少年へ向く。

 

「お前だけでも――!」

 

「終わりだ、死柄木!」

 

緑谷少年の拳が。

 

振り抜かれる。

 

◇ ◇ ◇

 

「DETROIT――!」

 

同時に。

 

私も。

 

踏み込む。

 

死柄木の逃げる方向を。

 

塞ぐ。

 

「SMASH!」

 

一撃。

 

胸。

 

死柄木の身体が大きく仰け反る。

 

それでも。

 

倒れない。

 

緑谷少年の拳を掴もうと。

 

手が伸びる。

 

なら。

 

もう一発。

 

今度は。

 

私。

 

全身の力を。

 

拳へ。

 

「UNITED――!」

 

死柄木の目が。

 

こちらを見る。

 

その顔の向こうに。

 

一瞬。

 

別の男を見た。

 

オール・フォー・ワン。

 

長い。

 

長い。

 

因縁。

 

師を奪われた。

 

多くの人間を奪われた。

 

何度も戦った。

 

身体を壊された。

 

こちらも。

 

あいつの顔を潰した。

 

それでも。

 

終わらなかった。

 

私が力を失っても。

 

あいつは。

 

次を用意していた。

 

死柄木弔。

 

この少年の身体。

 

人生。

 

憎しみまで。

 

利用して。

 

まだ。

 

続けようとした。

 

だから。

 

ここで。

 

終わらせる。

 

「STATES OF――」

 

拳を。

 

振り抜く。

 

「SMASH!」

 

◇ ◇ ◇

 

衝撃が。

 

死柄木の身体を飲み込んだ。

 

緑谷少年の一撃で崩れていた体勢へ、私の拳が重なる。

 

死柄木の身体が。

 

地面を離れる。

 

異常発達していた無数の手が。

 

千切れ。

 

砕け。

 

散っていく。

 

本体が。

 

一直線に飛ぶ。

 

地面へ落ちる。

 

跳ねる。

 

さらに転がり。

 

止まる。

 

静かになった。

 

◇ ◇ ◇

 

私は。

 

構えを解かない。

 

「少年」

 

「はい」

 

緑谷少年も。

 

死柄木を見る。

 

危機感知。

 

まだ。

 

反応はあるらしい。

 

生きている。

 

それでいい。

 

近づく。

 

一歩。

 

また一歩。

 

死柄木の指が。

 

僅かに動いた。

 

「……まだ」

 

声。

 

掠れている。

 

「終わってねえ」

 

起きようとする。

 

腕に力を入れる。

 

だが。

 

上がらない。

 

胸。

 

腕。

 

脚。

 

今まで積み重ねた損傷が。

 

全部。

 

残っている。

 

超再生は。

 

最後まで。

 

戻らない。

 

常時抹消型は。

 

静かに。

 

見続けている。

 

◇ ◇ ◇

 

「終わりだよ」

 

私は言う。

 

死柄木が。

 

こちらを見る。

 

「お前が決めんな」

 

「そうだな」

 

私は。

 

否定しない。

 

「君の人生まで、私が終わらせるつもりはない」

 

死柄木の眉が。

 

動く。

 

「だが、戦いは終わりだ」

 

遠く。

 

大型の制圧兵が動き始める。

 

今まで。

 

戦いには入らなかった。

 

私と緑谷少年へ任せていた。

 

だが。

 

もう。

 

勝負はついた。

 

◇ ◇ ◇

 

死柄木が。

 

最後に。

 

緑谷少年へ手を伸ばした。

 

届かない。

 

それでも。

 

指だけが。

 

動く。

 

「ワン・フォー・オール……」

 

緑谷少年は。

 

逃げなかった。

 

ただ。

 

一歩分。

 

距離を保つ。

 

奪われる位置には。

 

入らない。

 

「渡さない」

 

静かな声だった。

 

死柄木が。

 

笑う。

 

「……ケチ」

 

そのまま。

 

腕が落ちた。

 

意識は。

 

まだある。

 

だが。

 

戦う力は。

 

もうない。

 

◇ ◇ ◇

 

制圧兵が。

 

死柄木へ取りつく。

 

腕。

 

脚。

 

胴体。

 

改造された肉体の力を考えた。

 

通常のヴィランとは比較にならない拘束。

 

常時抹消も。

 

継続。

 

何重にも。

 

固定。

 

「対象、戦闘継続不能」

 

機械的な報告。

 

「拘束開始」

 

死柄木は。

 

抵抗しない。

 

できない。

 

それでも。

 

目だけは。

 

こちらを見ている。

 

その奥に。

 

あいつがいる。

 

オール・フォー・ワンの残滓。

 

まだ。

 

存在そのものが消えたわけではない。

 

分かっている。

 

タルタロスには。

 

本体も残っている。

 

だが。

 

もう。

 

次の戦争を起こす手はない。

 

死柄木を使って。

 

世界へ戻る道も。

 

ここで。

 

断った。

 

◇ ◇ ◇

 

通信が入る。

 

『死柄木戦場、状況を確認しました』

 

公安。

 

続いて。

 

各戦場から。

 

報告。

 

スケプティック。

 

確保。

 

ニア・ハイエンド及び残存ヴィラン。

 

確保。

 

スピナー。

 

確保。

 

トガヒミコ。

 

確保。

 

荼毘。

 

轟燈矢。

 

生存捕縛。

 

一つずつ。

 

終わっている。

 

誰も。

 

逃げていない。

 

『主要対象、全員の制圧を確認』

 

その言葉を聞いて。

 

初めて。

 

拳を下ろした。

 

◇ ◇ ◇

 

「先生」

 

緑谷少年が。

 

隣に立つ。

 

「終わったんですか」

 

私は。

 

すぐに答えなかった。

 

終わった。

 

その言葉を。

 

何度。

 

信じただろう。

 

一度目。

 

オール・フォー・ワンを倒した時。

 

身体の半分を失うほどの戦いだった。

 

それでも。

 

あいつは生きていた。

 

神野。

 

もう一度。

 

倒した。

 

今度こそ。

 

刑務所へ送った。

 

それでも。

 

死柄木の中へ。

 

計画を残していた。

 

終わらない。

 

ずっと。

 

そう思っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

私は。

 

拘束されている死柄木を見る。

 

その中に。

 

オール・フォー・ワンがいる。

 

タルタロスにも。

 

本人がいる。

 

だが。

 

もう。

 

戦う相手ではない。

 

これから先。

 

必要なのは。

 

司法。

 

収容。

 

管理。

 

そういうものだ。

 

私が。

 

拳で追い続ける役目は。

 

ここまで。

 

「……ああ」

 

やっと。

 

言えた。

 

「終わった」

 

緑谷少年が。

 

こちらを見る。

 

私は。

 

もう一度。

 

口にする。

 

今度は。

 

はっきり。

 

「私とオール・フォー・ワンの戦いは、これで終わりだ」

 

◇ ◇ ◇

 

不思議だった。

 

もっと。

 

何かあると思っていた。

 

喜び。

 

怒り。

 

達成感。

 

師へ報告したい気持ち。

 

いろいろ。

 

一気に来るものだと。

 

でも。

 

実際には。

 

静かだった。

 

長すぎたのかもしれない。

 

あいつを倒すことが。

 

人生の中へ。

 

入り込みすぎていた。

 

「……長かったな」

 

思わず。

 

声が出る。

 

「はい」

 

緑谷少年が答える。

 

「本当に」

 

この少年に。

 

分かるはずのない長さもある。

 

それでも。

 

最後の一部は。

 

一緒に歩いた。

 

それで。

 

十分だった。

 

◇ ◇ ◇

 

死柄木の拘束が完了する。

 

医療型が。

 

こちらへ近づいてくる。

 

戦闘終了を確認したからだろう。

 

緑谷少年も。

 

かなり傷ついている。

 

私も。

 

無傷ではない。

 

それでも。

 

立っている。

 

昔。

 

神野で。

 

最後に拳を上げた時。

 

私の中に。

 

力はほとんど残っていなかった。

 

あの後。

 

私は。

 

戦う側から降りるしかなかった。

 

今は。

 

違う。

 

身体は。

 

まだ動く。

 

でも。

 

もう。

 

あいつを追う必要がない。

 

その違いが。

 

妙に大きかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「少年」

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

緑谷少年が。

 

目を丸くする。

 

「え?」

 

「君がいたから、最後まで戦えた」

 

「そんな、僕の方こそ――」

 

「違う」

 

私は笑う。

 

「これは教師としてではない。八木俊典としての礼だ」

 

緑谷少年が。

 

しばらく黙る。

 

それから。

 

笑った。

 

「じゃあ、どういたしまして」

 

その返事で。

 

いい。

 

◇ ◇ ◇

 

遠くで。

 

新たな連絡。

 

『全戦場の主要戦闘終了を確認』

 

続いて。

 

『AFO/死柄木勢力の組織的戦闘能力、消失』

 

空木少年と政府・公安の非常時全面協力体制も、戦後処理を終え次第解除されるらしい。

 

大きな戦いは。

 

本当に。

 

終わった。

 

◇ ◇ ◇

 

私は。

 

空を見る。

 

青い。

 

何でもない空。

 

もう。

 

次にオール・フォー・ワンが何をするか。

 

考えなくていい。

 

どこから現れるか。

 

誰を使うか。

 

何を奪うか。

 

何十年先まで。

 

警戒し続けなくていい。

 

後に残る手続きはある。

 

あいつ自身と。

 

もう一度。

 

顔を合わせることも。

 

あるかもしれない。

 

それでも。

 

それは。

 

戦いではない。

 

私は。

 

拳を開いた。

 

長い間。

 

握り続けていたものを。

 

やっと。

 

離せた気がした。

 

「帰ろうか、少年」

 

緑谷少年が。

 

隣で頷く。

 

「はい、オールマイト」

 

私は。

 

もう。

 

振り返らなかった。

 

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