無個性は個性をつくる 作:匿名希望
三度目の衝突は、これまでで最も重かった。
死柄木が踏み込んだ瞬間、地面が大きく沈み込む。異常発達した左腕と全身を覆う無数の手が前方へ広がり、緑谷少年だけでなく、その後方までまとめて押し潰そうと迫った。
「少年、上だ!」
「はい!」
緑谷少年が『浮遊』で跳ね上がり、黒鞭を地面へ伸ばして強引に軌道を変える。私はその下へ踏み込み、真正面から迫る手の壁へ拳を叩き込んだ。
衝撃で何十本もの指が弾け飛ぶ。
だが、死柄木は止まらない。
砕けた外殻の奥から本人の右腕が伸び、私の顔面を狙う。腕を上げて受けた瞬間、全身へ重い衝撃が走った。
一歩。
二歩。
三歩。
地面を削りながら押される。
個性ではない。
ただの肉体だ。
それだけで、私をここまで押す。
「……本当に、凄まじい身体だな」
「褒めてんのか?」
死柄木が笑う。
「今さら嬉しくねえよ」
「褒めてはいないさ」
私は踏み止まる。
「だからこそ、ここで止める必要がある」
◇ ◇ ◇
死柄木の力が、一瞬だけこちらへ集中した。
その瞬間を。
緑谷少年は逃さない。
黒鞭が死柄木の左腕、腰、右脚へ巻きつく。完全に止められるほど甘くはないが、ほんの一瞬、重心が崩れた。
「オールマイト!」
「ああ!」
私は掴まれていた腕を振りほどき、死柄木の胸へ踏み込む。
拳。
死柄木も拳。
互いの打撃が交差する。
頬へ衝撃。
視界が揺れる。
こちらの拳も、死柄木の胸へ入った。
そのまま終わらせない。
もう一歩。
肩をぶつける。
「まだだ!」
死柄木の身体がわずかに下がる。
そこへ緑谷少年が降ってきた。
発勁。
変速。
ワン・フォー・オール。
全てを重ねた踵落としが、死柄木の肩へ突き刺さる。
「がっ……!」
死柄木の膝が初めて地面へついた。
だが。
直後。
全身から生えた手が一斉に広がった。
「少年!」
「分かってます!」
緑谷少年は黒鞭を解除して後方へ飛ぶ。
私は避けず。
前へ出た。
◇ ◇ ◇
無数の手が腕へ。
肩へ。
胴へ。
絡みつく。
一本なら振りほどける。
十本でも問題ない。
だが。
何十。
何百。
肉そのものがこちらを飲み込もうとしてくる。
「オールマイト!」
緑谷少年の声。
「来るな!」
「でも!」
「狙いは君だ!」
死柄木が。
笑った。
「正解」
絡みついた手の群れの中から、本人だけが抜ける。
私を足止めして。
緑谷少年へ。
ワン・フォー・オールへ。
一直線。
「させるものか!」
全身へ力を込める。
絡みついた手を。
まとめて。
引き千切る。
人工個性が全身へ力を送る。
筋肉。
関節。
循環器。
昔なら。
傷ついた身体では、ここまで無茶をすればすぐに限界が来ていた。
今は違う。
私は。
まだ戦える。
「死柄木!」
地面を蹴る。
追いつく。
◇ ◇ ◇
死柄木の指先が。
緑谷少年の頭へ伸びる。
あと数十センチ。
緑谷少年は危機感知で読んでいる。
だが。
死柄木が速い。
私が横から腕を叩く。
軌道が逸れる。
緑谷少年の頬すれすれを。
巨大な指が通過した。
「チッ!」
「君の相手は私だ!」
「もうお前に用はねえんだよ!」
死柄木の拳が腹へ入る。
強い。
息が止まる。
だが。
離れない。
腕を掴む。
「離せ!」
「断る!」
死柄木が振る。
私の身体ごと。
地面へ。
叩きつける。
衝撃。
視界が白くなる。
それでも。
手は。
離さない。
◇ ◇ ◇
「先生!」
緑谷少年が来る。
死柄木の背後。
拳。
死柄木は振り向き、空いている腕で受ける。
その瞬間。
私は死柄木の脚を払った。
体勢。
崩れる。
「今だ、少年!」
黒鞭。
死柄木の全身へ。
一つ。
二つ。
五つ。
十。
さらに増える。
腕。
脚。
胴。
異常発達した手の群れまで。
まとめて締め上げる。
「こんなもんで……!」
死柄木が力を入れる。
黒鞭が軋む。
何本か。
千切れる。
「止まると思うな!」
「止める!」
緑谷少年が叫ぶ。
追加の黒鞭。
巻きつく。
「僕一人じゃなくても!」
さらに。
「先生と一緒なら!」
死柄木の動きが。
一瞬。
止まった。
◇ ◇ ◇
私は立ち上がる。
呼吸を整える暇はない。
身体中が痛い。
だが。
動く。
まだ。
十分に。
「少年」
「はい」
目が合う。
言葉は。
それだけでいい。
今まで。
何度。
この少年へ背中を見せただろう。
最初は。
私を追いかける少年だった。
力を渡した。
無茶をした。
身体を壊した。
それでも。
立った。
いつの間にか。
同じ場所にいる。
いや。
もう。
私の後ろではない。
隣だ。
◇ ◇ ◇
死柄木が吠える。
黒鞭が。
さらに千切れる。
「オールマイト!」
緑谷少年が叫ぶ。
「行けるか!」
「当然だ!」
二人で。
前へ。
私は右。
緑谷少年は左。
死柄木が。
最後の黒鞭を引き千切る。
自由になった右腕を。
緑谷少年へ。
「貰う!」
その指が。
ワン・フォー・オールへ届く前に。
私の拳が。
横から入った。
「させん!」
死柄木の腕が弾かれる。
緑谷少年。
正面。
拳を引く。
死柄木も。
こちらを無視して。
緑谷少年へ向く。
「お前だけでも――!」
「終わりだ、死柄木!」
緑谷少年の拳が。
振り抜かれる。
◇ ◇ ◇
「DETROIT――!」
同時に。
私も。
踏み込む。
死柄木の逃げる方向を。
塞ぐ。
「SMASH!」
一撃。
胸。
死柄木の身体が大きく仰け反る。
それでも。
倒れない。
緑谷少年の拳を掴もうと。
手が伸びる。
なら。
もう一発。
今度は。
私。
全身の力を。
拳へ。
「UNITED――!」
死柄木の目が。
こちらを見る。
その顔の向こうに。
一瞬。
別の男を見た。
オール・フォー・ワン。
長い。
長い。
因縁。
師を奪われた。
多くの人間を奪われた。
何度も戦った。
身体を壊された。
こちらも。
あいつの顔を潰した。
それでも。
終わらなかった。
私が力を失っても。
あいつは。
次を用意していた。
死柄木弔。
この少年の身体。
人生。
憎しみまで。
利用して。
まだ。
続けようとした。
だから。
ここで。
終わらせる。
「STATES OF――」
拳を。
振り抜く。
「SMASH!」
◇ ◇ ◇
衝撃が。
死柄木の身体を飲み込んだ。
緑谷少年の一撃で崩れていた体勢へ、私の拳が重なる。
死柄木の身体が。
地面を離れる。
異常発達していた無数の手が。
千切れ。
砕け。
散っていく。
本体が。
一直線に飛ぶ。
地面へ落ちる。
跳ねる。
さらに転がり。
止まる。
静かになった。
◇ ◇ ◇
私は。
構えを解かない。
「少年」
「はい」
緑谷少年も。
死柄木を見る。
危機感知。
まだ。
反応はあるらしい。
生きている。
それでいい。
近づく。
一歩。
また一歩。
死柄木の指が。
僅かに動いた。
「……まだ」
声。
掠れている。
「終わってねえ」
起きようとする。
腕に力を入れる。
だが。
上がらない。
胸。
腕。
脚。
今まで積み重ねた損傷が。
全部。
残っている。
超再生は。
最後まで。
戻らない。
常時抹消型は。
静かに。
見続けている。
◇ ◇ ◇
「終わりだよ」
私は言う。
死柄木が。
こちらを見る。
「お前が決めんな」
「そうだな」
私は。
否定しない。
「君の人生まで、私が終わらせるつもりはない」
死柄木の眉が。
動く。
「だが、戦いは終わりだ」
遠く。
大型の制圧兵が動き始める。
今まで。
戦いには入らなかった。
私と緑谷少年へ任せていた。
だが。
もう。
勝負はついた。
◇ ◇ ◇
死柄木が。
最後に。
緑谷少年へ手を伸ばした。
届かない。
それでも。
指だけが。
動く。
「ワン・フォー・オール……」
緑谷少年は。
逃げなかった。
ただ。
一歩分。
距離を保つ。
奪われる位置には。
入らない。
「渡さない」
静かな声だった。
死柄木が。
笑う。
「……ケチ」
そのまま。
腕が落ちた。
意識は。
まだある。
だが。
戦う力は。
もうない。
◇ ◇ ◇
制圧兵が。
死柄木へ取りつく。
腕。
脚。
胴体。
改造された肉体の力を考えた。
通常のヴィランとは比較にならない拘束。
常時抹消も。
継続。
何重にも。
固定。
「対象、戦闘継続不能」
機械的な報告。
「拘束開始」
死柄木は。
抵抗しない。
できない。
それでも。
目だけは。
こちらを見ている。
その奥に。
あいつがいる。
オール・フォー・ワンの残滓。
まだ。
存在そのものが消えたわけではない。
分かっている。
タルタロスには。
本体も残っている。
だが。
もう。
次の戦争を起こす手はない。
死柄木を使って。
世界へ戻る道も。
ここで。
断った。
◇ ◇ ◇
通信が入る。
『死柄木戦場、状況を確認しました』
公安。
続いて。
各戦場から。
報告。
スケプティック。
確保。
ニア・ハイエンド及び残存ヴィラン。
確保。
スピナー。
確保。
トガヒミコ。
確保。
荼毘。
轟燈矢。
生存捕縛。
一つずつ。
終わっている。
誰も。
逃げていない。
『主要対象、全員の制圧を確認』
その言葉を聞いて。
初めて。
拳を下ろした。
◇ ◇ ◇
「先生」
緑谷少年が。
隣に立つ。
「終わったんですか」
私は。
すぐに答えなかった。
終わった。
その言葉を。
何度。
信じただろう。
一度目。
オール・フォー・ワンを倒した時。
身体の半分を失うほどの戦いだった。
それでも。
あいつは生きていた。
神野。
もう一度。
倒した。
今度こそ。
刑務所へ送った。
それでも。
死柄木の中へ。
計画を残していた。
終わらない。
ずっと。
そう思っていた。
◇ ◇ ◇
私は。
拘束されている死柄木を見る。
その中に。
オール・フォー・ワンがいる。
タルタロスにも。
本人がいる。
だが。
もう。
戦う相手ではない。
これから先。
必要なのは。
司法。
収容。
管理。
そういうものだ。
私が。
拳で追い続ける役目は。
ここまで。
「……ああ」
やっと。
言えた。
「終わった」
緑谷少年が。
こちらを見る。
私は。
もう一度。
口にする。
今度は。
はっきり。
「私とオール・フォー・ワンの戦いは、これで終わりだ」
◇ ◇ ◇
不思議だった。
もっと。
何かあると思っていた。
喜び。
怒り。
達成感。
師へ報告したい気持ち。
いろいろ。
一気に来るものだと。
でも。
実際には。
静かだった。
長すぎたのかもしれない。
あいつを倒すことが。
人生の中へ。
入り込みすぎていた。
「……長かったな」
思わず。
声が出る。
「はい」
緑谷少年が答える。
「本当に」
この少年に。
分かるはずのない長さもある。
それでも。
最後の一部は。
一緒に歩いた。
それで。
十分だった。
◇ ◇ ◇
死柄木の拘束が完了する。
医療型が。
こちらへ近づいてくる。
戦闘終了を確認したからだろう。
緑谷少年も。
かなり傷ついている。
私も。
無傷ではない。
それでも。
立っている。
昔。
神野で。
最後に拳を上げた時。
私の中に。
力はほとんど残っていなかった。
あの後。
私は。
戦う側から降りるしかなかった。
今は。
違う。
身体は。
まだ動く。
でも。
もう。
あいつを追う必要がない。
その違いが。
妙に大きかった。
◇ ◇ ◇
「少年」
「はい」
「ありがとう」
緑谷少年が。
目を丸くする。
「え?」
「君がいたから、最後まで戦えた」
「そんな、僕の方こそ――」
「違う」
私は笑う。
「これは教師としてではない。八木俊典としての礼だ」
緑谷少年が。
しばらく黙る。
それから。
笑った。
「じゃあ、どういたしまして」
その返事で。
いい。
◇ ◇ ◇
遠くで。
新たな連絡。
『全戦場の主要戦闘終了を確認』
続いて。
『AFO/死柄木勢力の組織的戦闘能力、消失』
空木少年と政府・公安の非常時全面協力体制も、戦後処理を終え次第解除されるらしい。
大きな戦いは。
本当に。
終わった。
◇ ◇ ◇
私は。
空を見る。
青い。
何でもない空。
もう。
次にオール・フォー・ワンが何をするか。
考えなくていい。
どこから現れるか。
誰を使うか。
何を奪うか。
何十年先まで。
警戒し続けなくていい。
後に残る手続きはある。
あいつ自身と。
もう一度。
顔を合わせることも。
あるかもしれない。
それでも。
それは。
戦いではない。
私は。
拳を開いた。
長い間。
握り続けていたものを。
やっと。
離せた気がした。
「帰ろうか、少年」
緑谷少年が。
隣で頷く。
「はい、オールマイト」
私は。
もう。
振り返らなかった。