無個性は個性をつくる 作:匿名希望
最終決戦が終わった翌日、私は改めて内閣府へ向かった。
本来なら昨日済ませる予定だった手続きだ。移動中にヴィラン側の襲撃を受けたため遅れたものの、その可能性まで事前に伝えてあったので、日程の再調整に問題はなかった。
「本当に翌日に来るとは思いませんでしたけどね」
同行した公安職員が言う。
「急ぐ理由がありますから」
タルタロスへ収監されている凶悪犯罪者から、服役中だけ危険個性を外しておく。その運用方針自体については、既に政府上層部との合意が取れていた。今日は残っていた最終手続きを終わらせるだけだ。
個性を外すことによる刑罰上の扱い、摘出した個性の保管責任、正規釈放時の再移植、死亡時の処理、施術上の事故が発生した場合の責任範囲。司法側が確認したい項目はいくつもあったが、技術的な部分は難しくない。
書類へ必要な承認が入り、正式な運用許可が出る。
これで、タルタロスに収監されている対象者について、服役中は危険個性を身体から外して管理できるようになった。
摘出能力そのものを政府へ渡すわけではない。施術はこちらで行い、摘出した個性も本人の識別情報と紐付けてこちらで保管する。
正規に釈放されるなら返す。
脱獄したなら返さない。
かなり単純だった。
◇ ◇ ◇
許可が出た以上、待つ意味もない。
その日のうちにタルタロスで施術を始めた。
対象は、今回捕まえたヴィランだけではない。現在タルタロスへ収監されている囚人のうち、司法側が危険個性の一時摘出対象に指定した者全員だ。
施術用個性兵を複数投入し、囚人ごとの身体状態と個性因子を確認する。摘出する個性を識別した後、因子構造を破壊せず身体から分離し、個人識別情報と紐付けて保存する。
作業そのものは、ほとんど自動化できる。
一人に長時間かける理由はなかった。
強力な筋力増強。
刃物状の身体部位を生み出すもの。
射出型。
毒性物質。
精神干渉。
広域破壊。
逃走へ利用できる個性。
収監状態で持たせておく意味が薄く、脱獄時の危険だけを増やすものから順番に外していく。
異形身体のように、個性因子を摘出しても既に形成された肉体そのものが消えない場合は、従来通り物理的な収容設備を併用する。それでも、個性由来の追加機能や出力を失うだけで管理はかなり容易になる。
今回の決戦で捕まえた者も同じだった。
トガヒミコからは『変身』を摘出。
轟燈矢からは『蒼炎』を摘出。身体については既に医療型が治療済みなので、今後は自分の炎で再び身体を焼くこともできない。
スピナーからは本人が元々持っていたものとは別に追加されていた危険個性を中心として摘出し、収容上必要な能力も外す。
スケプティックを含む他の捕縛者についても、同じ手順で処理した。
一人ずつ私が立ち会う必要はない。
検査結果を確認し、判断基準だけ設定しておけば、施術用個性兵が順番に進められる。
数日もかける必要はなかった。
タルタロス内部から、収監者が個性を持ったままという前提が急速に消えていった。
◇ ◇ ◇
その中でも、私自身が確認したい対象は二人いた。
一人目は、死柄木弔。
決戦で受けた負傷については既に治療を済ませてある。常時抹消を維持したまま施術室へ運び、複数の拘束設備と大型制圧兵を配置した状態で個性因子を確認する。
「始めます」
返事を期待したわけではない。
死柄木は固定されたまま、こちらを見る。
「勝手にしろ」
「そうします」
身体へ干渉する。
まず『崩壊』。
因子を識別し、他の構造と切り分ける。身体から完全に剥離すると、保存容器側へ移す。
次に『超再生』。
その後も複数。
オール・フォー・ワンから与えられた個性群を、一つずつ分離していく。
単に全部まとめて引き抜けばいいわけではない。複数の因子が相互補助している部分や、長期間同居したことで構造的に近接しているものもあるため、順序は必要だった。
ただし、難しいというほどではない。
私には見える。
どこまでがどの個性か。
何が接続され、何が独立しているか。
一つずつ外せばいい。
「……先生は?」
途中で死柄木が聞いた。
「オール・フォー・ワンの意識ですか?」
「ああ」
「残ります」
死柄木の目が僅かに動く。
私は作業を続ける。
「私が今外しているのは、個性の機能と構造です。既にあなたの精神へ根付いている人格情報まで一緒に引き抜く処理ではありません」
「役に立たねえな」
「目的が違いますから」
精神内のオール・フォー・ワンまで消すための施術ではない。
危険個性を身体から外し、収監可能な状態へするための処理だ。
目的は満たしている。
◇ ◇ ◇
全個性の確認が終わる。
『崩壊』なし。
『超再生』なし。
オール・フォー・ワン由来の追加個性も、収容上問題になるものは残していない。
それでも。
死柄木弔は弱い囚人にはならなかった。
固定台の上にある身体を改めて見る。
筋肉。
骨格。
関節。
神経伝達。
循環器。
通常の人間とは明確に違う。
改造された肉体そのものが、個性を使わずにオールマイト級へ近い身体能力を出す。
それだけでも研究対象としてかなり珍しい。
さらに。
決戦中の記録がある。
常時抹消によって個性が一切使えない状況でも、身体から大量の指や手を発生させ、外殻のように全身を覆い、戦闘へ適した形態へ変化していた。
個性ではない。
少なくとも『抹消』では止まらなかった。
大量の個性を内包し、個性特異点へ近づいた結果、それへ耐えるために肉体側が変質した。
そう考える方が自然だった。
「……何見てんだよ」
死柄木が言う。
「身体です」
「見りゃ分かる」
「かなり興味深いので」
死柄木が嫌そうな顔をする。
気持ちは分からなくもないが、研究対象としては仕方ない。
個性を大量に入れる。
負荷が増える。
肉体側がその状態へ適応し、通常とは異なる変化を獲得する。
その過程を意図的に再現できるなら、応用範囲は広い。
ただ。
今すぐ考えることではない。
死柄木については物理的な収容対策を残し、施術を終了した。
◇ ◇ ◇
もう一人。
タルタロスへ以前から収監されているオール・フォー・ワン本体については、扱いが少し違った。
今回の戦時協力契約に含まれていたわけではない。
最終決戦終了後、政府と司法側から別件として正式な依頼が出た。
一時的に危険個性だけを外すのではなく。
原則として。
全て。
「本当に全部でいいんですね」
施術前に司法側の担当者へ確認する。
「はい。『オール・フォー・ワン』そのものを含め、本人が保有している個性を全て摘出してください」
「寿命延長系も?」
「含めます」
「感覚補助も?」
「全てです」
「分かりました」
明確で助かる。
◇ ◇ ◇
オール・フォー・ワンは特殊な生命維持設備と拘束下で施術室へ運ばれた。
決戦以前から収監されていた本人。
神野で捕まった時点では、私はこの男から個性を外さなかった。
できなかったからではない。
政府も司法も、当時は私がそこまでできると知らなかったし、私から「収監者の個性を抜きませんか」と営業する理由もなかった。
今は違う。
向こうから正式に依頼された。
なら。
やる。
「はじめましてだね、空木零司」
オール・フォー・ワンが言う。
「そうですね」
「君には、色々聞きたいことがあるんだが」
「施術中に動かないでください」
会話をする目的で来たわけではない。
検査を始める。
そして。
少し驚いた。
多い。
死柄木も複数持っていたが、本体は比較にならない。
一つの身体の中へ、長い時間をかけて大量の個性因子が蓄積されている。
奪ったもの。
長く使っているもの。
補助用。
戦闘用。
生命維持。
感覚。
その他。
複数の因子が絡みながら存在している。
「これは面白いですね」
「……私ではなく、個性の方かい?」
「はい」
「正直だね」
一つずつ構造を分離する。
まず大元。
『オール・フォー・ワン』。
他者から個性を奪い、保有し、与える。
この男をこの男たらしめた中心。
摘出。
保存。
次。
感覚補助。
次。
身体維持。
次。
複数の戦闘用。
順番に外す。
◇ ◇ ◇
かなり進めたところで、身体状態のモニターに変化が出た。
寿命延長に関係する個性を摘出する。
直後だった。
オール・フォー・ワンの身体が変わり始める。
皮膚から張りが失われる。
残っていた筋肉量も落ち、身体全体が目に見えて細くなる。循環器や内臓機能も急速に、本来の年齢へ近い状態へ変化していく。
百年以上。
個性によって先延ばしにしていた時間が。
一気に追いついてくるようだった。
周囲の医療型が即座に生命維持へ入る。
司法側の担当者もモニターを見る。
「空木君、これは……」
「寿命延長系を外した結果です。想定範囲です」
「この速度で大丈夫なんですか?」
「生存は維持します」
死なせろという依頼ではない。
個性を外せという依頼だ。
必要な医療は自動で入る。
それで十分だった。
私は摘出した個性側を見る。
◇ ◇ ◇
保存領域へ、因子情報が次々と並んでいく。
知っている構造もある。
以前に観測した系統。
既に人工的に再現できるもの。
似た個性を研究したことがあるもの。
ただ。
全部ではない。
「……あ」
一つ。
見覚えのない構造がある。
別のものも。
完全には一致しない。
「見たことがないものもありますね」
後ろで誰かが何か言ったが、あまり聞いていなかった。
珍しい。
長期間個性を集め続けた人間だけあって、研究対象としては非常に優秀だった。
『オール・フォー・ワン』そのものもそうだが、その中へ蓄積されていた個性の組み合わせに価値がある。
「これは後で解析したいですね」
「空木君」
呼ばれる。
振り向く。
急速に老いたオール・フォー・ワンが、生命維持装置の補助を受けながらこちらを見ていた。
以前より。
明らかに小さい。
老いている。
もはや、何十年も社会の裏側へ影響を与えてきた怪物という印象は薄い。
ただの。
かなり高齢の男に近い。
「……私の状態には、あまり興味がないようだね」
「施術結果としては想定通りですから」
「そうか」
「こちらは初見の個性がいくつかあります」
オール・フォー・ワンは。
少しだけ黙った。
何か言いたそうだったが。
私は次の因子確認へ戻る。
まだ全部ではない。
◇ ◇ ◇
最終的に、『オール・フォー・ワン』を含む全個性を摘出した。
寿命延長。
感覚補助。
戦闘用。
移動用。
防御。
その他。
残さない。
本人は無個性になった。
同時に、百年以上を生きてきた肉体を支えていたものも失った。
医療型による生命維持を行っても、老化そのものを巻き戻す処置はしていない。
遠からず。
普通に。
老衰する。
それが司法側の想定していた結果でもある。
私としては。
大量に得られた個性データの方が重要だった。
全てを分類し、本人の識別情報と紐付けて保存する。
もっとも、AFO本体については正規釈放時の返還を前提にした扱いではない。
そこは司法側の管理判断になる。
◇ ◇ ◇
タルタロス全体での個性摘出は、その後も継続した。
今回捕まえたヴィラン。
以前から収監されていたヴィラン。
対象に指定された者から順に、危険個性を身体の外へ出していく。
施設側の前提も変わった。
今までは、収監者が個性を持っている状態で、それでも脱獄できない設備を作る必要があった。
これからは違う。
そもそも危険個性を持たせない。
その方が簡単だった。
異形身体。
改造肉体。
個性ではない技術や戦闘能力。
そういうものだけは、別に物理対策する。
全部を一つの方法で解決する必要はない。
◇ ◇ ◇
作業を終え、私は死柄木弔の検査記録をもう一度開いた。
個性は外した。
それ自体は、もう終わった話だ。
興味があるのは。
身体。
決戦中の映像を再生する。
常時抹消下。
個性発現なし。
それでも指が増える。
手が増える。
全身を覆う。
外殻化。
筋量変化。
形態変化。
個性特異点へ到達したことによる、生物側の適応。
「……これ」
かなり面白い。
肉体を変形させる人工個性なら作れる。
腕を増やす。
皮膚を硬化する。
筋肉量を変える。
指を大量に生やす。
その程度なら。
既存の個性構造を組み合わせれば難しくない。
ただ。
死柄木のこれは。
個性として発動したものではない。
個性を入れすぎた結果。
肉体そのものが。
その状況へ適応した。
つまり。
必要な条件を揃えれば。
同じ現象を。
意図的に起こせる可能性がある。
私は映像を止める。
「個性特異点に、意図的に到達することもできそうですね」
危険かどうか。
自分で試す必要があるか。
人工生命で段階試験できるか。
どの程度の因子密度が必要か。
肉体変異が始まる閾値はどこか。
考えることが一気に増える。
ヴィランの処理は。
ほぼ終わった。
なら。
次は研究だった。