無個性は個性をつくる   作:匿名希望

122 / 148
第121話 二人きり

個性を全部抜かれてから、何日経ったのかはよく分からない。

 

タルタロスの中じゃ、外の時間なんて大して意味がない。窓から空が見えるわけでもないし、食事と検査の間隔で何となく朝と夜を数えるくらいだ。

 

『崩壊』はない。『超再生』もない。先生から貰った個性も、全部なくなった。

 

それでも最初のうちは、身体だけは残っていた。

 

病院で作り替えられた、個性がなくてもオールマイトに近い力を出せる身体。あの最終決戦で、抹消されながらオールマイトと緑谷を相手に殴り合えた身体だ。

 

個性特異点に近づいたことで起きていた変な性質も残っていた。指や手を増やしたり、身体を戦闘向きに変えたりするあれだ。

 

個性じゃないから、抜かれても消えなかったらしい。

 

だから収容設備も普通の牢屋じゃなかった。俺が本気で動いても壊せないように、最初から身体能力に合わせて作られている。

 

まあ、当然か。

 

個性を取ったから安全です、で終わるほど間抜けじゃなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

その日も、やることなんてなかった。

 

壁にもたれて座っていたら、扉の向こうが少し騒がしくなった。

 

警備が増える。

 

足音。

 

それから、見覚えのある顔が入ってきた。

 

空木零司。

 

「……またお前かよ」

 

「はい」

 

相変わらずだった。

 

俺を捕まえるための作戦を作って、個性を全部抜いて、その後はこっちに興味なんかないと思っていた。

 

なのに。

 

また来た。

 

「何だ。抜き忘れでもあったか?」

 

「いえ。個性は全部確認済みです」

 

「じゃあ何しに来た」

 

空木は俺の身体を見る。

 

嫌な目だった。

 

敵を見る目じゃない。

 

患者を見る目とも違う。

 

研究対象を見る目。

 

前に個性を抜かれた時も、こいつはずっと俺の身体を見ていた。

 

あれだけ個性を抜いた後なのに、オールマイト級の身体能力が残っていること。それから、個性を封じても止まらなかった身体変異。

 

そういうところばかり。

 

「追加で一つ、処理しておこうと思いまして」

 

「処理?」

 

「おまけです」

 

「……は?」

 

空木は本当に、どうでもいいことみたいに言った。

 

◇ ◇ ◇

 

俺の拘束が強くなる。

 

大型の拘束具が腕と脚、それから胴体を固定した。

 

「待て。何する気だ」

 

「身体を普通に戻します」

 

「普通?」

 

「改造によって得た身体能力と、個性特異点へ近づいたことで生じた肉体側の特殊性を除去します」

 

一瞬。

 

意味が分からなかった。

 

「除去って、お前」

 

「個性ではないので、前回の摘出では残りました。ただ、収容する側からすると不要な危険要素です」

 

「……それを消せるのか」

 

「できます」

 

即答。

 

本当に。

 

こいつは何でもそうだ。

 

無理とか。

 

難しいとか。

 

そういう言葉を挟まない。

 

必要だからやる。

 

できるからやる。

 

それだけ。

 

「司法側の許可は?」

 

「取りました。危険性の低減として妥当だそうです」

 

「随分簡単だな」

 

「危険個性を外した後に、オールマイト級の身体能力だけ残す理由もありませんから」

 

そりゃそうだ。

 

分かる。

 

分かるけど。

 

腹が立つ。

 

◇ ◇ ◇

 

「で、何を入れる」

 

俺が聞くと、空木が一瞬だけこちらを見る。

 

「調整用です」

 

「説明になってねえ」

 

「詳しく説明しても、今のあなたには使えません」

 

「そういう問題じゃねえだろ」

 

「では簡単に言います。身体を、人為的な改造や特異点由来の変化がない状態へ戻します」

 

手元の装置が動く。

 

施術用個性兵もいる。

 

何かを入れられた。

 

注射とも違う。

 

個性を移植された時の感覚に少し似ていたけど、もっと静かだった。

 

身体の奥へ。

 

何かが広がる。

 

「……気持ち悪」

 

「少し待ってください」

 

「お前、毎回それで済ませるな」

 

返事はない。

 

空木はモニターを見ている。

 

◇ ◇ ◇

 

最初に変わったのは、力だった。

 

腕に力を入れる。

 

拘束具を引く。

 

今までなら、少なくとも金属が軋んだ。

 

何も起きない。

 

「……は?」

 

もう一度。

 

全力。

 

動かない。

 

それどころか。

 

自分の身体が。

 

やけに重い。

 

今までなら簡単に出せた力が出ない。

 

脚。

 

肩。

 

背中。

 

全部。

 

弱い。

 

いや。

 

これが普通なのか。

 

「何だ、これ」

 

「正常です」

 

「ふざけんな。力が出ねえ」

 

「一般的な成人男性として問題のない範囲です」

 

「一般人?」

 

言葉が。

 

妙に耳へ残る。

 

一般人。

 

俺が。

 

◇ ◇ ◇

 

次に。

 

身体の内側にあった。

 

あの変な感覚も消えた。

 

最終決戦では、追い詰められるほど身体が勝手に変わった。

 

指が増える。

 

手が伸びる。

 

皮膚が外殻みたいに変わる。

 

筋肉の付き方まで変わっていく。

 

必要だから。

 

そういう形になった。

 

今は。

 

何もない。

 

試す。

 

当然。

 

何も起きない。

 

「……特異点のやつも?」

 

「消えています」

 

「どうやった」

 

「元になっていた肉体側の変質を正常状態へ戻しました」

 

「簡単に言うな」

 

「実際の処理は少し複雑ですが、結果だけならそれで十分です」

 

空木は淡々としている。

 

俺にとっては。

 

最後に残っていた力だった。

 

こいつにとっては。

 

収容上の問題を一つ消しただけ。

 

その差が。

 

腹立たしい。

 

◇ ◇ ◇

 

処置が終わる。

 

拘束具の一部が外された。

 

以前なら必要だった大型の固定装置も、もう意味がないらしい。

 

俺はゆっくり腕を上げる。

 

普通に動く。

 

普通に曲がる。

 

普通に疲れる。

 

拳を握る。

 

ただの拳。

 

殴れば人は痛いだろうけど。

 

壁を壊せるようなものじゃない。

 

跳んでも。

 

走っても。

 

それだけ。

 

「確認します」

 

空木が言う。

 

「個性因子なし。改造由来の超人的身体能力なし。個性特異点由来の肉体変異なし。生命活動、運動機能、感覚機能に異常なし」

 

「……つまり?」

 

「完全に無個性です」

 

少しだけ。

 

笑った。

 

「完全に?」

 

「はい」

 

「何にもない?」

 

「少なくとも身体側には」

 

その言い方で。

 

頭の中から。

 

声がした。

 

『私がいるけれどね』

 

先生。

 

まだいる。

 

◇ ◇ ◇

 

「……こいつは?」

 

俺は自分の頭を指す。

 

空木は察したらしい。

 

「オール・フォー・ワンの意識ですね」

 

「ああ」

 

「そこは変わりません」

 

「何とかできねえのか」

 

「今回の処置対象ではありません」

 

「またそれかよ」

 

「個性機能と肉体構造を処理しただけです。精神へ定着した人格情報は別です」

 

「取ろうと思えば?」

 

空木は少し考えた。

 

「研究すれば何らかの手段は考えられると思います」

 

頭の中で。

 

先生が笑った。

 

『怖いことを言うね』

 

俺も。

 

少しそう思った。

 

でも。

 

空木は続けた。

 

「ただ、今のところ必要性が低いです」

 

「必要性?」

 

「外部へ影響を与える能力がありませんから」

 

なるほど。

 

俺の頭の中で。

 

先生が何を言おうが。

 

外には何もできない。

 

俺も。

 

もう何もできない。

 

だったら。

 

わざわざ消す理由がない。

 

そういうことらしい。

 

◇ ◇ ◇

 

「それでは終わりです」

 

空木が立ち上がる。

 

「それだけか?」

 

「はい」

 

「本当におまけだったな」

 

「そうですね」

 

「俺の身体、研究したかったんじゃねえのか」

 

「必要なデータは取りました」

 

一瞬で。

 

答えた。

 

「個性特異点に近づいた肉体変化も?」

 

「記録は十分あります」

 

「じゃあもう俺はいらねえって?」

 

「研究上は、現時点では」

 

こいつ。

 

本当に。

 

最後まで。

 

俺自身には興味がない。

 

死柄木弔。

 

ヴィラン連合のリーダー。

 

オール・フォー・ワンの後継。

 

そんな肩書きは。

 

空木零司には。

 

ほとんど意味がない。

 

面白い個性があるか。

 

面白い身体構造があるか。

 

それだけ。

 

◇ ◇ ◇

 

空木が出ていく。

 

扉が閉じた。

 

その後。

 

警備体制が変わった。

 

大げさな拘束具が減った。

 

監視は残る。

 

扉も当然。

 

開かない。

 

でも。

 

前ほど。

 

異常な設備じゃない。

 

当然だ。

 

今の俺は。

 

本当に。

 

何もない。

 

『崩壊』もない。

 

先生の個性もない。

 

超再生もない。

 

オールマイト級の身体もない。

 

特異点の変異もない。

 

ただの。

 

無個性。

 

◇ ◇ ◇

 

昔。

 

志村転弧だった頃の俺が。

 

無個性だったわけじゃない。

 

『崩壊』があった。

 

それで。

 

全部壊れた。

 

家も。

 

家族も。

 

人生も。

 

そこから。

 

死柄木弔になった。

 

個性を増やされた。

 

身体を改造された。

 

先生の後継にされた。

 

世界を壊す側へ行った。

 

その全部を。

 

順番に剥がされた。

 

最後に残ったのが。

 

これ。

 

何もない身体。

 

笑える。

 

本当に。

 

笑える。

 

「はは……」

 

声が。

 

牢の中へ響く。

 

◇ ◇ ◇

 

『何がおかしいんだい、弔』

 

先生が聞く。

 

「いや」

 

笑いながら。

 

答える。

 

「完全無欠の無個性だとさ」

 

『そうらしいね』

 

「俺が」

 

『君が』

 

「死柄木弔が?」

 

『今は、ただの人間だ』

 

また。

 

笑う。

 

個性なし。

 

超人の身体なし。

 

改造なし。

 

特異点なし。

 

何一つ。

 

外へ出せる力がない。

 

なのに。

 

頭の中には。

 

オール・フォー・ワンがいる。

 

百年以上生きて。

 

何十、何百と個性を集めて。

 

世界の裏で好き勝手してきた男の意識。

 

それだけが。

 

残ってる。

 

「完全に普通ってわけでもねえな」

 

『そうかもしれないね』

 

「個性はないのに、頭ん中にお前がいる」

 

『迷惑そうだ』

 

「実際迷惑だよ」

 

しばらく。

 

黙る。

 

◇ ◇ ◇

 

誰も来ない。

 

緑谷も。

 

来ない。

 

ヒーローも。

 

仲間も。

 

もう。

 

ここには来ない。

 

トガがどうなったか。

 

スピナーがどうなったか。

 

荼毘がどうなったか。

 

知る手段もない。

 

話す相手は。

 

一人。

 

いや。

 

一人って数えていいのかも分からない。

 

頭の中。

 

自分以外。

 

でも。

 

声はする。

 

考えもある。

 

勝手に喋る。

 

「……これ」

 

俺は。

 

天井を見る。

 

「さしずめ、イマジナリーフレンドの個性持ちってところか?」

 

『君は無個性だよ』

 

「細けえな」

 

『重要な違いだ』

 

「個性じゃねえのに、頭ん中でずっと喋ってくる。大して変わんねえだろ」

 

『私は君の想像ではないがね』

 

「余計悪い」

 

また。

 

笑った。

 

◇ ◇ ◇

 

何もない。

 

壊せない。

 

奪えない。

 

逃げられない。

 

世界をどうこうする力もない。

 

ただ。

 

牢屋の中に。

 

無個性の俺が一人。

 

その頭の中に。

 

もう何もできない魔王が一人。

 

「はは」

 

笑える。

 

本当に。

 

笑える。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。