無個性は個性をつくる 作:匿名希望
個性を全部抜かれてから、何日経ったのかはよく分からない。
タルタロスの中じゃ、外の時間なんて大して意味がない。窓から空が見えるわけでもないし、食事と検査の間隔で何となく朝と夜を数えるくらいだ。
『崩壊』はない。『超再生』もない。先生から貰った個性も、全部なくなった。
それでも最初のうちは、身体だけは残っていた。
病院で作り替えられた、個性がなくてもオールマイトに近い力を出せる身体。あの最終決戦で、抹消されながらオールマイトと緑谷を相手に殴り合えた身体だ。
個性特異点に近づいたことで起きていた変な性質も残っていた。指や手を増やしたり、身体を戦闘向きに変えたりするあれだ。
個性じゃないから、抜かれても消えなかったらしい。
だから収容設備も普通の牢屋じゃなかった。俺が本気で動いても壊せないように、最初から身体能力に合わせて作られている。
まあ、当然か。
個性を取ったから安全です、で終わるほど間抜けじゃなかった。
◇ ◇ ◇
その日も、やることなんてなかった。
壁にもたれて座っていたら、扉の向こうが少し騒がしくなった。
警備が増える。
足音。
それから、見覚えのある顔が入ってきた。
空木零司。
「……またお前かよ」
「はい」
相変わらずだった。
俺を捕まえるための作戦を作って、個性を全部抜いて、その後はこっちに興味なんかないと思っていた。
なのに。
また来た。
「何だ。抜き忘れでもあったか?」
「いえ。個性は全部確認済みです」
「じゃあ何しに来た」
空木は俺の身体を見る。
嫌な目だった。
敵を見る目じゃない。
患者を見る目とも違う。
研究対象を見る目。
前に個性を抜かれた時も、こいつはずっと俺の身体を見ていた。
あれだけ個性を抜いた後なのに、オールマイト級の身体能力が残っていること。それから、個性を封じても止まらなかった身体変異。
そういうところばかり。
「追加で一つ、処理しておこうと思いまして」
「処理?」
「おまけです」
「……は?」
空木は本当に、どうでもいいことみたいに言った。
◇ ◇ ◇
俺の拘束が強くなる。
大型の拘束具が腕と脚、それから胴体を固定した。
「待て。何する気だ」
「身体を普通に戻します」
「普通?」
「改造によって得た身体能力と、個性特異点へ近づいたことで生じた肉体側の特殊性を除去します」
一瞬。
意味が分からなかった。
「除去って、お前」
「個性ではないので、前回の摘出では残りました。ただ、収容する側からすると不要な危険要素です」
「……それを消せるのか」
「できます」
即答。
本当に。
こいつは何でもそうだ。
無理とか。
難しいとか。
そういう言葉を挟まない。
必要だからやる。
できるからやる。
それだけ。
「司法側の許可は?」
「取りました。危険性の低減として妥当だそうです」
「随分簡単だな」
「危険個性を外した後に、オールマイト級の身体能力だけ残す理由もありませんから」
そりゃそうだ。
分かる。
分かるけど。
腹が立つ。
◇ ◇ ◇
「で、何を入れる」
俺が聞くと、空木が一瞬だけこちらを見る。
「調整用です」
「説明になってねえ」
「詳しく説明しても、今のあなたには使えません」
「そういう問題じゃねえだろ」
「では簡単に言います。身体を、人為的な改造や特異点由来の変化がない状態へ戻します」
手元の装置が動く。
施術用個性兵もいる。
何かを入れられた。
注射とも違う。
個性を移植された時の感覚に少し似ていたけど、もっと静かだった。
身体の奥へ。
何かが広がる。
「……気持ち悪」
「少し待ってください」
「お前、毎回それで済ませるな」
返事はない。
空木はモニターを見ている。
◇ ◇ ◇
最初に変わったのは、力だった。
腕に力を入れる。
拘束具を引く。
今までなら、少なくとも金属が軋んだ。
何も起きない。
「……は?」
もう一度。
全力。
動かない。
それどころか。
自分の身体が。
やけに重い。
今までなら簡単に出せた力が出ない。
脚。
肩。
背中。
全部。
弱い。
いや。
これが普通なのか。
「何だ、これ」
「正常です」
「ふざけんな。力が出ねえ」
「一般的な成人男性として問題のない範囲です」
「一般人?」
言葉が。
妙に耳へ残る。
一般人。
俺が。
◇ ◇ ◇
次に。
身体の内側にあった。
あの変な感覚も消えた。
最終決戦では、追い詰められるほど身体が勝手に変わった。
指が増える。
手が伸びる。
皮膚が外殻みたいに変わる。
筋肉の付き方まで変わっていく。
必要だから。
そういう形になった。
今は。
何もない。
試す。
当然。
何も起きない。
「……特異点のやつも?」
「消えています」
「どうやった」
「元になっていた肉体側の変質を正常状態へ戻しました」
「簡単に言うな」
「実際の処理は少し複雑ですが、結果だけならそれで十分です」
空木は淡々としている。
俺にとっては。
最後に残っていた力だった。
こいつにとっては。
収容上の問題を一つ消しただけ。
その差が。
腹立たしい。
◇ ◇ ◇
処置が終わる。
拘束具の一部が外された。
以前なら必要だった大型の固定装置も、もう意味がないらしい。
俺はゆっくり腕を上げる。
普通に動く。
普通に曲がる。
普通に疲れる。
拳を握る。
ただの拳。
殴れば人は痛いだろうけど。
壁を壊せるようなものじゃない。
跳んでも。
走っても。
それだけ。
「確認します」
空木が言う。
「個性因子なし。改造由来の超人的身体能力なし。個性特異点由来の肉体変異なし。生命活動、運動機能、感覚機能に異常なし」
「……つまり?」
「完全に無個性です」
少しだけ。
笑った。
「完全に?」
「はい」
「何にもない?」
「少なくとも身体側には」
その言い方で。
頭の中から。
声がした。
『私がいるけれどね』
先生。
まだいる。
◇ ◇ ◇
「……こいつは?」
俺は自分の頭を指す。
空木は察したらしい。
「オール・フォー・ワンの意識ですね」
「ああ」
「そこは変わりません」
「何とかできねえのか」
「今回の処置対象ではありません」
「またそれかよ」
「個性機能と肉体構造を処理しただけです。精神へ定着した人格情報は別です」
「取ろうと思えば?」
空木は少し考えた。
「研究すれば何らかの手段は考えられると思います」
頭の中で。
先生が笑った。
『怖いことを言うね』
俺も。
少しそう思った。
でも。
空木は続けた。
「ただ、今のところ必要性が低いです」
「必要性?」
「外部へ影響を与える能力がありませんから」
なるほど。
俺の頭の中で。
先生が何を言おうが。
外には何もできない。
俺も。
もう何もできない。
だったら。
わざわざ消す理由がない。
そういうことらしい。
◇ ◇ ◇
「それでは終わりです」
空木が立ち上がる。
「それだけか?」
「はい」
「本当におまけだったな」
「そうですね」
「俺の身体、研究したかったんじゃねえのか」
「必要なデータは取りました」
一瞬で。
答えた。
「個性特異点に近づいた肉体変化も?」
「記録は十分あります」
「じゃあもう俺はいらねえって?」
「研究上は、現時点では」
こいつ。
本当に。
最後まで。
俺自身には興味がない。
死柄木弔。
ヴィラン連合のリーダー。
オール・フォー・ワンの後継。
そんな肩書きは。
空木零司には。
ほとんど意味がない。
面白い個性があるか。
面白い身体構造があるか。
それだけ。
◇ ◇ ◇
空木が出ていく。
扉が閉じた。
その後。
警備体制が変わった。
大げさな拘束具が減った。
監視は残る。
扉も当然。
開かない。
でも。
前ほど。
異常な設備じゃない。
当然だ。
今の俺は。
本当に。
何もない。
『崩壊』もない。
先生の個性もない。
超再生もない。
オールマイト級の身体もない。
特異点の変異もない。
ただの。
無個性。
◇ ◇ ◇
昔。
志村転弧だった頃の俺が。
無個性だったわけじゃない。
『崩壊』があった。
それで。
全部壊れた。
家も。
家族も。
人生も。
そこから。
死柄木弔になった。
個性を増やされた。
身体を改造された。
先生の後継にされた。
世界を壊す側へ行った。
その全部を。
順番に剥がされた。
最後に残ったのが。
これ。
何もない身体。
笑える。
本当に。
笑える。
「はは……」
声が。
牢の中へ響く。
◇ ◇ ◇
『何がおかしいんだい、弔』
先生が聞く。
「いや」
笑いながら。
答える。
「完全無欠の無個性だとさ」
『そうらしいね』
「俺が」
『君が』
「死柄木弔が?」
『今は、ただの人間だ』
また。
笑う。
個性なし。
超人の身体なし。
改造なし。
特異点なし。
何一つ。
外へ出せる力がない。
なのに。
頭の中には。
オール・フォー・ワンがいる。
百年以上生きて。
何十、何百と個性を集めて。
世界の裏で好き勝手してきた男の意識。
それだけが。
残ってる。
「完全に普通ってわけでもねえな」
『そうかもしれないね』
「個性はないのに、頭ん中にお前がいる」
『迷惑そうだ』
「実際迷惑だよ」
しばらく。
黙る。
◇ ◇ ◇
誰も来ない。
緑谷も。
来ない。
ヒーローも。
仲間も。
もう。
ここには来ない。
トガがどうなったか。
スピナーがどうなったか。
荼毘がどうなったか。
知る手段もない。
話す相手は。
一人。
いや。
一人って数えていいのかも分からない。
頭の中。
自分以外。
でも。
声はする。
考えもある。
勝手に喋る。
「……これ」
俺は。
天井を見る。
「さしずめ、イマジナリーフレンドの個性持ちってところか?」
『君は無個性だよ』
「細けえな」
『重要な違いだ』
「個性じゃねえのに、頭ん中でずっと喋ってくる。大して変わんねえだろ」
『私は君の想像ではないがね』
「余計悪い」
また。
笑った。
◇ ◇ ◇
何もない。
壊せない。
奪えない。
逃げられない。
世界をどうこうする力もない。
ただ。
牢屋の中に。
無個性の俺が一人。
その頭の中に。
もう何もできない魔王が一人。
「はは」
笑える。
本当に。
笑える。