無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第123話 白雲朧

最終決戦が終わってから、俺の扱いについて改めて話し合いが行われた。

 

結果から言えば、かなり自由になった。

 

無罪放免というわけじゃない。俺が黒霧としてヴィラン連合にいた事実は消えないし、死柄木弔を守るためにやってきたことも全部覚えている。今さら「中身は白雲朧でした」で全部なかったことになるほど、世の中は単純じゃない。

 

だから今後も公安所属のヒーローとして働くことになった。仕事を選び放題というわけでもなく、必要な場所へ呼ばれれば行く。ワープゲートは移動、救助、制圧、災害対応と、使い道がいくらでもあるらしい。

 

たぶん、かなりこき使われる。

 

そこはもう諦めた。

 

代わりに、決戦で公安の指示に従って動き、スケプティックやスピナーたちの捕縛にも協力したことが評価された。以前のような常時監視はなくなり、仕事以外でもある程度自由に外へ出られる。

 

そして。

 

「白雲朧」の名前で、家を借りてもいいと言われた。

 

それを聞いた時。

 

俺はしばらく返事ができなかった。

 

自由とか、信用とか。

 

そういうものより。

 

自分の名前で家を借りられる。

 

そのことが妙に嬉しかった。

 

黒霧として目覚めてから、俺に「家」と呼べる場所はなかった。死柄木たちといた場所はあったけど、それは俺自身が選んだ生活の場所とは少し違う。

 

白雲朧として。

 

帰る場所を持っていい。

 

だったら。

 

最初にやることは決まっていた。

 

◇ ◇ ◇

 

ショータとひざしには、公安から先に連絡してもらった。

 

場所は、以前みたいな面会室じゃない。

 

分厚いガラスもない。

 

拘束具もない。

 

俺を監視する職員が部屋の隅へ立っていることもない。

 

公安の施設を出たところ。

 

普通の玄関。

 

外。

 

そこで俺は二人を待った。

 

少し緊張していた。

 

戦場でニア・ハイエンドを相手にするより、こっちの方がずっと落ち着かない。

 

「……何だよ」

 

自分で笑う。

 

白雲朧として会いたかった。

 

ちゃんと。

 

黒霧の姿で面会される囚人じゃなく。

 

公安に管理されている対象でもなく。

 

これから外で生きていく一人の人間として。

 

胸を張って。

 

二人に会いたかった。

 

やがて。

 

先に見えたのは。

 

派手な金髪だった。

 

「あ」

 

向こうも俺を見つけた。

 

ひざしが止まる。

 

その後ろから。

 

ショータが歩いてくる。

 

二人とも。

 

しばらく。

 

何も言わなかった。

 

俺も。

 

何を言えばいいのか分からない。

 

考えていたはずなのに。

 

全部。

 

飛んだ。

 

だから。

 

結局。

 

昔みたいに手を上げた。

 

「よっ」

 

ひざしの顔が。

 

思い切り歪んだ。

 

「……よっ、じゃねえだろ!」

 

声が大きい。

 

相変わらずだ。

 

次の瞬間には、ものすごい勢いで抱きつかれた。

 

「うおっ!」

 

「オボロォォォォ!」

 

「うるせえ! 耳元で叫ぶな!」

 

「生きてる! 外にいる! 普通に立ってる!」

 

「分かったから離せって!」

 

ひざしが。

 

離れない。

 

昔より力が強くなっている気がする。

 

いや。

 

ヒーローとして鍛えてるんだから当然か。

 

俺は笑いながら。

 

その肩を叩いた。

 

「久しぶりだな、ひざし」

 

そこで。

 

ひざしが急に黙った。

 

抱きしめる力だけが。

 

少し強くなる。

 

「……おう」

 

小さい声だった。

 

◇ ◇ ◇

 

ひざしがようやく離れると、今度はショータを見る。

 

「ショータ」

 

「白雲」

 

それだけ。

 

相変わらず愛想がない。

 

でも。

 

目は。

 

昔と違った。

 

こいつ。

 

泣くの我慢してんのか?

 

そう思ったけど。

 

言ったら絶対怒る。

 

だから。

 

少し笑って。

 

拳を出す。

 

ショータは。

 

それを見る。

 

それから。

 

自分の拳を。

 

軽く当てた。

 

「遅えよ」

 

「悪い」

 

「何年待たせたと思ってる」

 

「それは……俺もよく分かんねえな」

 

死んでいた時間。

 

黒霧として生きていた時間。

 

白雲朧として戻ってきてからの時間。

 

どこから数えればいいのか。

 

自分でも分からない。

 

「でも」

 

俺は言う。

 

「戻ったぞ」

 

ショータが。

 

一度。

 

目を閉じる。

 

「ああ」

 

その一言だけで。

 

十分だった。

 

◇ ◇ ◇

 

三人で近くを歩く。

 

目的地なんてない。

 

ただ。

 

外を。

 

普通に。

 

三人で歩く。

 

それだけ。

 

「で?」

 

ひざしが言う。

 

「これからどうなんだ? 自由なんだろ?」

 

「多少な」

 

「多少?」

 

「公安所属はそのまま。呼ばれたら仕事する。たぶん、今まで以上に使われる」

 

ひざしが笑う。

 

「便利だもんなあ、お前のワープ!」

 

「人を便利道具みたいに言うな」

 

「いやでも便利だろ。遠方の災害とか、一瞬じゃん」

 

「否定はしねえけど」

 

ショータが横から言う。

 

「公安が手放すわけないだろ」

 

「だよなあ」

 

自分でも思う。

 

俺一人で人員を遠距離へ運べる。

 

災害現場。

 

救助。

 

ヴィラン事件。

 

避難。

 

何でも使える。

 

「まあ、仕事があるならいいよ」

 

俺は言った。

 

「ヒーローなんだろ?」

 

二人が。

 

こちらを見る。

 

「公安所属の」

 

付け足す。

 

「自由なプロヒーローって感じじゃねえけど。それでも一応、ヒーローとして働く」

 

ひざしが。

 

笑う。

 

「似合ってるぜ、オボロ!」

 

ショータは少しだけ考えてから。

 

「ああ」

 

と答えた。

 

「お前はそっちの方が似合う」

 

それは。

 

嬉しかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「あと」

 

俺は続ける。

 

「家、借りていいってさ」

 

二人が止まった。

 

「家?」

 

「俺名義で」

 

ひざしが。

 

妙に大きく目を開く。

 

「マジで!?」

 

「マジ」

 

「どこ!?」

 

「まだ決めてねえよ」

 

「じゃあ近くにしろ!」

 

「近くってどこだよ」

 

「雄英!」

 

「俺、公安勤務なんだけど」

 

「いいじゃん! 通勤は自分でワープできんだろ!」

 

「あ」

 

そうだった。

 

通勤時間。

 

ゼロにできる。

 

「どこ住んでも一緒じゃねえか」

 

「ずりぃ!」

 

「お前が言ったんだろ」

 

ショータがため息を吐く。

 

「近所迷惑になる場所だけは避けろ」

 

「何で俺が近所迷惑になる前提なんだよ」

 

「ひざしが来る」

 

「なるほど」

 

「納得すんな!」

 

ひざしがうるさい。

 

でも。

 

懐かしい。

 

◇ ◇ ◇

 

しばらく歩いて。

 

三人で公園のベンチへ座った。

 

昔なら。

 

こんなこと。

 

何でもなかった。

 

放課後に。

 

適当に集まって。

 

適当に喋って。

 

将来の話をした。

 

それが。

 

一度なくなった。

 

俺が死んで。

 

黒霧になって。

 

ショータとひざしは。

 

俺がいない時間を生きた。

 

俺も。

 

黒霧として。

 

別の時間を生きた。

 

「なあ」

 

俺は。

 

二人を見る。

 

「俺さ」

 

「何だ」

 

「黒霧だったこと、忘れる気はねえから」

 

ショータが黙る。

 

ひざしも。

 

さっきまでの笑顔を少し引っ込めた。

 

「消したくもない」

 

俺は続ける。

 

「弔を守ろうとしてたことも。ヴィラン連合にいたことも。そこでやったことも。あれも俺の記憶だ」

 

白雲朧だけが本物で。

 

黒霧だった時間が全部偽物。

 

俺は。

 

そう思わない。

 

「弔のことも」

 

言葉を選ぶ。

 

「今でも気になる」

 

ショータは。

 

何も言わない。

 

「捕まってよかったと思ってる。あいつを守るっていうなら、あのまま好きにさせるのは違った。これ以上人を殺したり、自分まで戻れなくなったりする前に、止めるべきだった」

 

決戦の時。

 

ようやく。

 

そう思えた。

 

黒霧だった俺は。

 

弔を守ることだけを考えていた。

 

でも。

 

守ることと。

 

逃がし続けることは。

 

同じじゃない。

 

「だから」

 

俺は笑う。

 

「黒霧だった俺も連れて、白雲朧として生きてく」

 

ひざしが。

 

少し鼻をすすった。

 

「……ややこしいな、お前」

 

「しょうがねえだろ。人生二つ分みたいなもんなんだから」

 

ショータが言う。

 

「別にいい」

 

「ショータ?」

 

「お前が白雲なら、それでいい。黒霧だった記憶があることも含めてな」

 

昔から。

 

こいつは。

 

言葉が少ない。

 

そのくせ。

 

欲しい時に。

 

必要なことだけ言う。

 

「ありがとな」

 

俺は答えた。

 

◇ ◇ ◇

 

「じゃあこれから何する?」

 

ひざしが聞く。

 

「仕事以外で」

 

「家探し」

 

「その次!」

 

「家具買う」

 

「その次!」

 

「知らねえよ」

 

「つまんねえ!」

 

「急に生き返ったみたいなもんなのに、予定なんかあるか!」

 

本当に。

 

ない。

 

学生だった俺には。

 

やりたいことがたくさんあった。

 

ヒーローになる。

 

事務所を作る。

 

ショータやひざしと一緒に働く。

 

未来は。

 

いくらでもあると思ってた。

 

その未来は。

 

一度。

 

終わった。

 

今さら。

 

昔の続きをそのまま始めることはできない。

 

二人には二人の人生がある。

 

ショータは教師で。

 

ひざしもヒーローとして。

 

長い時間を生きてきた。

 

俺だけ。

 

そこへ昔のまま戻るわけにはいかない。

 

でも。

 

新しく考えればいい。

 

「とりあえず」

 

俺は言う。

 

「休みの日に飯でも食おうぜ」

 

二人が。

 

こっちを見る。

 

「普通に」

 

付け足す。

 

「面会じゃなくてさ」

 

ひざしが。

 

すぐ笑った。

 

「行く!」

 

ショータは。

 

少しだけ口元を緩める。

 

「時間が合えばな」

 

「絶対来る気ねえ言い方!」

 

「教師は忙しいんだよ」

 

「俺だって公安にこき使われんだぞ!」

 

「じゃあお互い様だ」

 

「ショータ、お前昔より性格悪くなってねえ?」

 

「元からだ」

 

「否定しろよ!」

 

ひざしが笑う。

 

俺も。

 

笑った。

 

ショータも。

 

ほんの少しだけ。

 

笑っていた。

 

◇ ◇ ◇

 

夕方まで。

 

三人で話した。

 

昔のこと。

 

今のこと。

 

俺が知らない雄英のこと。

 

ショータが教師になった経緯。

 

ひざしの仕事。

 

俺が公安でやること。

 

借りる家。

 

休みの日。

 

これから先。

 

話題はいくらでもあった。

 

全部を今日決める必要はない。

 

明日もある。

 

来週もある。

 

来年も。

 

たぶん。

 

ある。

 

それが。

 

何より新鮮だった。

 

「じゃあな、オボロ!」

 

ひざしが手を振る。

 

「また連絡する」

 

ショータも言う。

 

「ああ」

 

俺は。

 

二人へ手を上げる。

 

「またな」

 

また。

 

昔なら。

 

当たり前だった言葉。

 

今は。

 

かなり好きだ。

 

二人が離れていく。

 

俺はその背中をしばらく見てから、反対方向へ歩き出した。

 

帰る家は。

 

まだない。

 

これから探す。

 

仕事もある。

 

公安にはたぶん、本当にこき使われる。

 

全部自由になったわけでもない。

 

それでも。

 

俺は外を歩いている。

 

囚人としてでも。

 

監視対象としてでもなく。

 

公安所属のヒーローとして。

 

そして。

 

白雲朧として。

 

「さて」

 

俺は空を見る。

 

昔より。

 

ずっと先まで続いているように見えた。

 

「まずは家探しか」

 

今度は。

 

ちゃんと。

 

帰れる場所を作ろう。

 

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