無個性は個性をつくる 作:匿名希望
最終決戦が終わってから、俺の扱いについて改めて話し合いが行われた。
結果から言えば、かなり自由になった。
無罪放免というわけじゃない。俺が黒霧としてヴィラン連合にいた事実は消えないし、死柄木弔を守るためにやってきたことも全部覚えている。今さら「中身は白雲朧でした」で全部なかったことになるほど、世の中は単純じゃない。
だから今後も公安所属のヒーローとして働くことになった。仕事を選び放題というわけでもなく、必要な場所へ呼ばれれば行く。ワープゲートは移動、救助、制圧、災害対応と、使い道がいくらでもあるらしい。
たぶん、かなりこき使われる。
そこはもう諦めた。
代わりに、決戦で公安の指示に従って動き、スケプティックやスピナーたちの捕縛にも協力したことが評価された。以前のような常時監視はなくなり、仕事以外でもある程度自由に外へ出られる。
そして。
「白雲朧」の名前で、家を借りてもいいと言われた。
それを聞いた時。
俺はしばらく返事ができなかった。
自由とか、信用とか。
そういうものより。
自分の名前で家を借りられる。
そのことが妙に嬉しかった。
黒霧として目覚めてから、俺に「家」と呼べる場所はなかった。死柄木たちといた場所はあったけど、それは俺自身が選んだ生活の場所とは少し違う。
白雲朧として。
帰る場所を持っていい。
だったら。
最初にやることは決まっていた。
◇ ◇ ◇
ショータとひざしには、公安から先に連絡してもらった。
場所は、以前みたいな面会室じゃない。
分厚いガラスもない。
拘束具もない。
俺を監視する職員が部屋の隅へ立っていることもない。
公安の施設を出たところ。
普通の玄関。
外。
そこで俺は二人を待った。
少し緊張していた。
戦場でニア・ハイエンドを相手にするより、こっちの方がずっと落ち着かない。
「……何だよ」
自分で笑う。
白雲朧として会いたかった。
ちゃんと。
黒霧の姿で面会される囚人じゃなく。
公安に管理されている対象でもなく。
これから外で生きていく一人の人間として。
胸を張って。
二人に会いたかった。
やがて。
先に見えたのは。
派手な金髪だった。
「あ」
向こうも俺を見つけた。
ひざしが止まる。
その後ろから。
ショータが歩いてくる。
二人とも。
しばらく。
何も言わなかった。
俺も。
何を言えばいいのか分からない。
考えていたはずなのに。
全部。
飛んだ。
だから。
結局。
昔みたいに手を上げた。
「よっ」
ひざしの顔が。
思い切り歪んだ。
「……よっ、じゃねえだろ!」
声が大きい。
相変わらずだ。
次の瞬間には、ものすごい勢いで抱きつかれた。
「うおっ!」
「オボロォォォォ!」
「うるせえ! 耳元で叫ぶな!」
「生きてる! 外にいる! 普通に立ってる!」
「分かったから離せって!」
ひざしが。
離れない。
昔より力が強くなっている気がする。
いや。
ヒーローとして鍛えてるんだから当然か。
俺は笑いながら。
その肩を叩いた。
「久しぶりだな、ひざし」
そこで。
ひざしが急に黙った。
抱きしめる力だけが。
少し強くなる。
「……おう」
小さい声だった。
◇ ◇ ◇
ひざしがようやく離れると、今度はショータを見る。
「ショータ」
「白雲」
それだけ。
相変わらず愛想がない。
でも。
目は。
昔と違った。
こいつ。
泣くの我慢してんのか?
そう思ったけど。
言ったら絶対怒る。
だから。
少し笑って。
拳を出す。
ショータは。
それを見る。
それから。
自分の拳を。
軽く当てた。
「遅えよ」
「悪い」
「何年待たせたと思ってる」
「それは……俺もよく分かんねえな」
死んでいた時間。
黒霧として生きていた時間。
白雲朧として戻ってきてからの時間。
どこから数えればいいのか。
自分でも分からない。
「でも」
俺は言う。
「戻ったぞ」
ショータが。
一度。
目を閉じる。
「ああ」
その一言だけで。
十分だった。
◇ ◇ ◇
三人で近くを歩く。
目的地なんてない。
ただ。
外を。
普通に。
三人で歩く。
それだけ。
「で?」
ひざしが言う。
「これからどうなんだ? 自由なんだろ?」
「多少な」
「多少?」
「公安所属はそのまま。呼ばれたら仕事する。たぶん、今まで以上に使われる」
ひざしが笑う。
「便利だもんなあ、お前のワープ!」
「人を便利道具みたいに言うな」
「いやでも便利だろ。遠方の災害とか、一瞬じゃん」
「否定はしねえけど」
ショータが横から言う。
「公安が手放すわけないだろ」
「だよなあ」
自分でも思う。
俺一人で人員を遠距離へ運べる。
災害現場。
救助。
ヴィラン事件。
避難。
何でも使える。
「まあ、仕事があるならいいよ」
俺は言った。
「ヒーローなんだろ?」
二人が。
こちらを見る。
「公安所属の」
付け足す。
「自由なプロヒーローって感じじゃねえけど。それでも一応、ヒーローとして働く」
ひざしが。
笑う。
「似合ってるぜ、オボロ!」
ショータは少しだけ考えてから。
「ああ」
と答えた。
「お前はそっちの方が似合う」
それは。
嬉しかった。
◇ ◇ ◇
「あと」
俺は続ける。
「家、借りていいってさ」
二人が止まった。
「家?」
「俺名義で」
ひざしが。
妙に大きく目を開く。
「マジで!?」
「マジ」
「どこ!?」
「まだ決めてねえよ」
「じゃあ近くにしろ!」
「近くってどこだよ」
「雄英!」
「俺、公安勤務なんだけど」
「いいじゃん! 通勤は自分でワープできんだろ!」
「あ」
そうだった。
通勤時間。
ゼロにできる。
「どこ住んでも一緒じゃねえか」
「ずりぃ!」
「お前が言ったんだろ」
ショータがため息を吐く。
「近所迷惑になる場所だけは避けろ」
「何で俺が近所迷惑になる前提なんだよ」
「ひざしが来る」
「なるほど」
「納得すんな!」
ひざしがうるさい。
でも。
懐かしい。
◇ ◇ ◇
しばらく歩いて。
三人で公園のベンチへ座った。
昔なら。
こんなこと。
何でもなかった。
放課後に。
適当に集まって。
適当に喋って。
将来の話をした。
それが。
一度なくなった。
俺が死んで。
黒霧になって。
ショータとひざしは。
俺がいない時間を生きた。
俺も。
黒霧として。
別の時間を生きた。
「なあ」
俺は。
二人を見る。
「俺さ」
「何だ」
「黒霧だったこと、忘れる気はねえから」
ショータが黙る。
ひざしも。
さっきまでの笑顔を少し引っ込めた。
「消したくもない」
俺は続ける。
「弔を守ろうとしてたことも。ヴィラン連合にいたことも。そこでやったことも。あれも俺の記憶だ」
白雲朧だけが本物で。
黒霧だった時間が全部偽物。
俺は。
そう思わない。
「弔のことも」
言葉を選ぶ。
「今でも気になる」
ショータは。
何も言わない。
「捕まってよかったと思ってる。あいつを守るっていうなら、あのまま好きにさせるのは違った。これ以上人を殺したり、自分まで戻れなくなったりする前に、止めるべきだった」
決戦の時。
ようやく。
そう思えた。
黒霧だった俺は。
弔を守ることだけを考えていた。
でも。
守ることと。
逃がし続けることは。
同じじゃない。
「だから」
俺は笑う。
「黒霧だった俺も連れて、白雲朧として生きてく」
ひざしが。
少し鼻をすすった。
「……ややこしいな、お前」
「しょうがねえだろ。人生二つ分みたいなもんなんだから」
ショータが言う。
「別にいい」
「ショータ?」
「お前が白雲なら、それでいい。黒霧だった記憶があることも含めてな」
昔から。
こいつは。
言葉が少ない。
そのくせ。
欲しい時に。
必要なことだけ言う。
「ありがとな」
俺は答えた。
◇ ◇ ◇
「じゃあこれから何する?」
ひざしが聞く。
「仕事以外で」
「家探し」
「その次!」
「家具買う」
「その次!」
「知らねえよ」
「つまんねえ!」
「急に生き返ったみたいなもんなのに、予定なんかあるか!」
本当に。
ない。
学生だった俺には。
やりたいことがたくさんあった。
ヒーローになる。
事務所を作る。
ショータやひざしと一緒に働く。
未来は。
いくらでもあると思ってた。
その未来は。
一度。
終わった。
今さら。
昔の続きをそのまま始めることはできない。
二人には二人の人生がある。
ショータは教師で。
ひざしもヒーローとして。
長い時間を生きてきた。
俺だけ。
そこへ昔のまま戻るわけにはいかない。
でも。
新しく考えればいい。
「とりあえず」
俺は言う。
「休みの日に飯でも食おうぜ」
二人が。
こっちを見る。
「普通に」
付け足す。
「面会じゃなくてさ」
ひざしが。
すぐ笑った。
「行く!」
ショータは。
少しだけ口元を緩める。
「時間が合えばな」
「絶対来る気ねえ言い方!」
「教師は忙しいんだよ」
「俺だって公安にこき使われんだぞ!」
「じゃあお互い様だ」
「ショータ、お前昔より性格悪くなってねえ?」
「元からだ」
「否定しろよ!」
ひざしが笑う。
俺も。
笑った。
ショータも。
ほんの少しだけ。
笑っていた。
◇ ◇ ◇
夕方まで。
三人で話した。
昔のこと。
今のこと。
俺が知らない雄英のこと。
ショータが教師になった経緯。
ひざしの仕事。
俺が公安でやること。
借りる家。
休みの日。
これから先。
話題はいくらでもあった。
全部を今日決める必要はない。
明日もある。
来週もある。
来年も。
たぶん。
ある。
それが。
何より新鮮だった。
「じゃあな、オボロ!」
ひざしが手を振る。
「また連絡する」
ショータも言う。
「ああ」
俺は。
二人へ手を上げる。
「またな」
また。
昔なら。
当たり前だった言葉。
今は。
かなり好きだ。
二人が離れていく。
俺はその背中をしばらく見てから、反対方向へ歩き出した。
帰る家は。
まだない。
これから探す。
仕事もある。
公安にはたぶん、本当にこき使われる。
全部自由になったわけでもない。
それでも。
俺は外を歩いている。
囚人としてでも。
監視対象としてでもなく。
公安所属のヒーローとして。
そして。
白雲朧として。
「さて」
俺は空を見る。
昔より。
ずっと先まで続いているように見えた。
「まずは家探しか」
今度は。
ちゃんと。
帰れる場所を作ろう。