無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第124話 トガヒミコと麗日お茶子

『変身』がなくなって、最初に気づいたのは退屈さだった。

 

個性が使えないことそのものじゃない。血を飲んでも誰かになれないとか、そういう話でもない。もっと身体の奥にずっとあったはずのものが、綺麗になくなっていた。

 

血が欲しくない。

 

看守さんが採血をしていても何とも思わないし、指先を切って血を流している人を見ても、舐めたいとも飲みたいとも思わない。可愛い人を見ても、その人の血を飲んで、その人になりたいという考えが浮かばない。

 

最初は薬でも使われているのかと思った。

 

でも違った。

 

空木零司に『変身』を抜かれてから、ずっとこのままだ。

 

「……変なの」

 

独房のベッドで寝転びながら、自分の手を見る。

 

昔は。

 

好きになったら血が欲しかった。

 

可愛いと思ったら、その人になりたかった。

 

その人の血を飲んで、その人の顔になって、その人の服を着て、その人になれば、自分もその人みたいに生きられる気がした。

 

それが普通だった。

 

少なくとも、私にとっては。

 

なのに。

 

今は何もない。

 

好きなものを見ても、好きなまま。

 

それ以上が来ない。

 

胸の中だけで終わる。

 

そんなの。

 

知らなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

麗日お茶子ちゃんのことを思い出したのも、その頃だった。

 

最後に直接会ったのは林間合宿だ。

 

梅雨ちゃんと一緒にいて、私は二人と戦った。お茶子ちゃんの血も貰った。

 

それ以降は会っていない。

 

私がヴィラン連合にいて、あの子が雄英でヒーローを目指していたことは知っている。でも、何度も戦ったわけじゃない。

 

戦争にも、お茶子ちゃんはいなかった。

 

最後の戦いにもいなかった。

 

だから。

 

私とあの子の間に、とんでもなく深い因縁があるかと言われると。

 

多分。

 

ない。

 

それでも。

 

ずっと覚えていた。

 

可愛い子だった。

 

丸い顔。

 

茶色い髪。

 

明るい声。

 

それから。

 

デクくんのことを好きなのに、何だか隠そうとしている感じ。

 

私はああいうのが不思議だった。

 

好きなら好きでいいのに。

 

欲しいなら欲しいって言えばいいのに。

 

何で普通の人は、それを我慢できるんだろう。

 

当時の私には。

 

本当に分からなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

今なら。

 

少しだけ。

 

分かる気がする。

 

好きだからって、全部欲しくなるわけじゃない。

 

血も。

 

身体も。

 

顔も。

 

人生も。

 

別に要らない。

 

ただ。

 

好き。

 

可愛い。

 

会えたら嬉しい。

 

そういうのだけで。

 

終わることもある。

 

「……何これ」

 

自分で言って。

 

笑った。

 

気持ち悪いくらい普通だ。

 

だから。

 

手紙を書いた。

 

特に長いものじゃない。

 

『麗日お茶子ちゃんへ。

 

覚えてますか。

 

林間合宿で会ったトガヒミコです。

 

私は今、個性を抜かれて刑務所にいます。

 

不思議なんですけど、血を飲みたいと思わなくなりました。

 

お茶子ちゃんの血も、もう欲しくないです。

 

でも、お茶子ちゃんのことはまだ可愛いと思います。

 

だから、一度お話してみたいです。

 

嫌だったら来なくていいです。

 

トガヒミコ』

 

書いてから。

 

少し考えた。

 

最後にハートでも描こうかと思ったけど。

 

やめた。

 

今の私は。

 

そういうところまで少し変わったのかもしれない。

 

◇ ◇ ◇

 

返事が来たのは、しばらく後だった。

 

手紙じゃなく。

 

面会申請。

 

麗日お茶子。

 

名前を見た時。

 

少しだけ。

 

胸が跳ねた。

 

血は欲しくならなかった。

 

それが。

 

また。

 

変な感じだった。

 

◇ ◇ ◇

 

面会の日。

 

私は普通の囚人服で面会室へ入った。

 

『変身』はない。

 

刃物もない。

 

血を持ち込めるわけもない。

 

危険な個性がない以上、以前ほど大げさな拘束は必要ないらしい。それでも警備はいるし、扉も勝手には開けられない。

 

椅子へ座る。

 

少しして。

 

反対側の扉が開いた。

 

「……トガさん」

 

久しぶりに聞く声。

 

私は。

 

笑った。

 

「お茶子ちゃん」

 

変わった。

 

少し背が伸びた気がする。

 

顔つきも。

 

林間合宿の頃より。

 

少し大人っぽい。

 

でも。

 

やっぱり。

 

可愛い。

 

「久しぶりです」

 

「……うん」

 

お茶子ちゃんは。

 

少し警戒している。

 

当然。

 

私は昔。

 

この子に襲いかかった。

 

血を取った。

 

笑いながら。

 

「来てくれたんだ」

 

「手紙、読んだから」

 

「嫌じゃなかった?」

 

「嫌っていうか……びっくりした」

 

「ですよね」

 

そこは。

 

私もそう思う。

 

◇ ◇ ◇

 

少し。

 

沈黙した。

 

昔なら。

 

こういう沈黙。

 

嫌いだったかもしれない。

 

今は。

 

別に。

 

急がなくていい。

 

「あの」

 

先に話したのは。

 

お茶子ちゃんだった。

 

「本当に、血……欲しくないの?」

 

「はい」

 

私はすぐ答えた。

 

「全然」

 

「全然?」

 

「見ても何も思いません。美味しそうとか、飲みたいとか、そういうのがなくなりました」

 

お茶子ちゃんが。

 

少し驚いた顔をする。

 

「個性を取られたから?」

 

「多分」

 

自分でも。

 

そうとしか思えない。

 

「ずっと、好きな人の血が欲しいのが私だと思ってました」

 

私は指先を見る。

 

「可愛い人の血を飲みたい。好きな人になりたい。それが私の好きでした」

 

でも。

 

なくなった。

 

個性と一緒に。

 

「じゃあ……今は?」

 

聞かれる。

 

少し考える。

 

「お茶子ちゃん、可愛いです」

 

「えっ」

 

顔が赤くなる。

 

やっぱり可愛い。

 

でも。

 

血は。

 

要らない。

 

「それだけです」

 

「……それだけ?」

 

「はい。今は」

 

◇ ◇ ◇

 

言ってみると。

 

自分でも。

 

変だった。

 

昔なら。

 

可愛い。

 

好き。

 

血が欲しい。

 

なりたい。

 

全部。

 

一つだった。

 

今は。

 

バラバラになった。

 

「お茶子ちゃんになりたいとも思わないです」

 

「前は思ってたの?」

 

「すっごく」

 

「そうなんや……」

 

お茶子ちゃんが。

 

何とも言えない顔になる。

 

「デクくんのこと好きそうなのも可愛かったですし」

 

「なっ」

 

一気に。

 

顔が赤くなる。

 

「あれ? まだ好きです?」

 

「そこ今関係ないやろ!」

 

「ふふ」

 

笑った。

 

こういう反応。

 

好き。

 

でも。

 

やっぱり。

 

血は欲しくない。

 

それが。

 

何だか。

 

嬉しかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「私」

 

少しして。

 

自分から話した。

 

「普通になったんですかね」

 

お茶子ちゃんが。

 

すぐには答えない。

 

「個性を抜かれて、血が欲しくなくなって。人を刺して血を飲んで、好きな人になろうとも思わなくなって」

 

そこまで言って。

 

自分で少し笑う。

 

「最初から個性がなかったら、私、普通の女の子だったんでしょうか」

 

面会室が。

 

静かになる。

 

お茶子ちゃんは。

 

困ったような顔をした。

 

「分からん」

 

思ったより。

 

はっきり言われた。

 

「トガさんがどうなってたかなんて、うちには分からんよ」

 

「そうですよね」

 

「でも」

 

お茶子ちゃんは続ける。

 

「個性のせいでそういう衝動があったとしても、トガさんがやったことが全部なくなるわけじゃないと思う」

 

それも。

 

分かってる。

 

人を刺した。

 

血を奪った。

 

ヴィランとして。

 

いろんなことをした。

 

「はい」

 

「だから、普通になったから全部終わり、とは言えへん」

 

「はい」

 

「でも」

 

また。

 

続く。

 

「今のトガさんが、本当に血を欲しくないなら。これからどうするかは、前とは変わるかもしれん」

 

私は。

 

お茶子ちゃんを見る。

 

「これから?」

 

「うん」

 

その言葉。

 

少し。

 

変な感じがした。

 

刑務所にいるのに。

 

これから。

 

まだ。

 

あるんだ。

 

◇ ◇ ◇

 

「お茶子ちゃん」

 

「何?」

 

「私、昔、おかしかったですか?」

 

「……難しいこと聞くなあ」

 

少し悩んでいる。

 

「普通の人から見たら、怖かったと思う」

 

「お茶子ちゃんも?」

 

「林間合宿の時は、めちゃくちゃ怖かったよ」

 

「そっか」

 

少し。

 

寂しい。

 

でも。

 

当然。

 

「でも、今こうして話してるトガさんを見てると」

 

お茶子ちゃんが私を見る。

 

「最初から全部、トガさん本人が好きでやってたんかなっていうのは、ちょっと分からんくなった」

 

「……」

 

「個性がなくなっただけで、そんなに変わるんやろ?」

 

「変わりました」

 

「なら、ずっと我慢しろって言われたり、変だって言われたりしてたことも含めて……もうちょっと違う方法があったんかもしれん」

 

それは。

 

私も。

 

考えた。

 

小さい頃。

 

血が好きだった。

 

傷ついた鳥を見て。

 

可愛いと思った。

 

血を飲んだ。

 

親に気持ち悪がられた。

 

笑い方を直せ。

 

普通にしろ。

 

我慢しろ。

 

そう言われた。

 

ずっと。

 

「でも」

 

私は言う。

 

「人を傷つけたのは私です」

 

「うん」

 

「個性のせいだったとしても、私です」

 

「うん」

 

否定されなかった。

 

それが。

 

少し。

 

嬉しかった。

 

変に庇われるより。

 

ずっと。

 

◇ ◇ ◇

 

「お茶子ちゃんに会いたかったのも」

 

私は続ける。

 

「血が欲しかったからだと思ってたんです」

 

「うん」

 

「でも今、血いらないのに会いたかった」

 

お茶子ちゃんが。

 

少しだけ目を見開く。

 

「だから」

 

言葉を探す。

 

「私が好きだったものって、全部個性のせいじゃなかったんですね」

 

血が欲しい。

 

なりたい。

 

そこは。

 

個性だったのかもしれない。

 

でも。

 

可愛いと思ったこと。

 

好きだと思ったこと。

 

会いたかったこと。

 

それは。

 

まだ残っている。

 

「お茶子ちゃんのこと、今も好きです」

 

今度は。

 

少しだけ意味が違う。

 

お茶子ちゃんは。

 

また赤くなった。

 

「その好き、どういう意味なん?」

 

「分かりません」

 

「分からんのかい!」

 

「だって、今までと違うから」

 

本当に。

 

分からない。

 

恋愛なのか。

 

友達になりたいのか。

 

可愛い女の子が好きなだけなのか。

 

全部。

 

まだ。

 

知らない。

 

◇ ◇ ◇

 

面会時間は。

 

思っていたより早く終わった。

 

職員が。

 

残り時間を知らせる。

 

「もう終わり?」

 

「決まりだから」

 

お茶子ちゃんが言う。

 

少し。

 

残念。

 

でも。

 

昔みたいに。

 

欲しいから奪おうとは思わない。

 

帰るなら。

 

帰る。

 

それだけ。

 

「お茶子ちゃん」

 

「うん」

 

「また来てくれます?」

 

聞いてから。

 

ちょっとだけ。

 

怖くなった。

 

嫌だと言われたら。

 

普通に。

 

傷つく気がした。

 

お茶子ちゃんは。

 

すぐ答えなかった。

 

でも。

 

最後には。

 

「また話してもええと思う」

 

と言った。

 

「ほんと?」

 

「ただし、すぐ友達とか、全部許すとか、そういうのじゃないからな」

 

「分かってます」

 

「ほんまに?」

 

「多分」

 

「多分なんや」

 

お茶子ちゃんが。

 

笑った。

 

◇ ◇ ◇

 

その笑顔を見ても。

 

血は欲しくならなかった。

 

その顔になりたいとも思わない。

 

ただ。

 

可愛いなって。

 

思った。

 

それだけ。

 

「じゃあまたね、トガさん」

 

「はい」

 

扉の前で。

 

お茶子ちゃんが振り返る。

 

私は手を振った。

 

「またね、お茶子ちゃん」

 

扉が閉じる。

 

一人になる。

 

昔なら。

 

好きな人がいなくなった後。

 

もっと欲しくなったかもしれない。

 

血が。

 

姿が。

 

何かが。

 

でも。

 

今は。

 

次に会えるかもしれない。

 

それだけで。

 

いい。

 

◇ ◇ ◇

 

独房へ戻って。

 

ベッドへ寝転がる。

 

天井を見る。

 

普通。

 

普通の女の子。

 

それが何なのか。

 

昔は嫌いだった。

 

大人たちが押しつけてくる。

 

笑い方。

 

好きになり方。

 

生き方。

 

全部。

 

「普通にしろ」って。

 

でも。

 

今のこれは。

 

誰かにやらされている普通じゃない。

 

血を我慢しているわけでもない。

 

我慢する必要そのものがない。

 

好きな人がいて。

 

会いたくて。

 

会えて嬉しくて。

 

また会えたらいいと思う。

 

「……こんな感じなんだ」

 

小さく笑った。

 

嫌いじゃなかった。

 

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