無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第125話 轟家

燈矢との面会には、今回は家族全員で来た。

 

俺と焦凍だけではない。冷、冬美、夏雄も一緒だ。収監施設へ向かう車の中では、誰も積極的に話そうとはしなかった。

 

無理もない。

 

燈矢は生きている。身体の傷も治り、『蒼炎』も摘出され、もう自分の炎で身体を焼くことはない。死を待つような状態でもなく、この先は長い服役生活が続く。

 

それは喜ぶべきことなのだろう。

 

少なくとも、もう取り返しのつかない形で失うことはない。

 

だが、生きているからといって、今までのことまで消えるわけではない。

 

俺が燈矢にしたことも。

 

燈矢がしたことも。

 

家族全員が積み重ねてきた時間も。

 

何一つなくなってはいない。

 

ただ、終わらせずに済むようになった。

 

それだけだった。

 

面会室へ入る直前、夏雄が小さく息を吐いた。

 

「何話せばいいんだろうな」

 

冬美が困ったように笑う。

 

「それ、私もずっと考えてた」

 

「普通でいいんじゃないか」

 

焦凍が言った。

 

夏雄が弟を見る。

 

「普通って何だよ」

 

「分からねえ」

 

「お前も分かってねえじゃん」

 

そのやり取りに、冬美が少し笑った。

 

冷も小さく微笑んだ。

 

俺は何も言わなかった。

 

俺が「普通の家族」を語る資格などない。

 

それでも、今の短いやり取りだけで少しだけ空気が軽くなった。

 

扉が開く。

 

燈矢がいた。

 

◇ ◇ ◇

 

何度見ても、まだ慣れない。

 

焼け爛れた皮膚はない。身体を繋ぎ止めていた金属もない。決戦後、治療用の個性兵が古い火傷まで全て負傷として処理した結果、目の前にいるのは俺が知っていた子供の燈矢を、そのまま大人にしたような男だった。

 

もちろん、同じではない。

 

成長した顔。

 

痩せた身体。

 

何より、その目の中には長い年月がある。

 

それでも。

 

「……燈矢」

 

冷が呼ぶ。

 

燈矢の視線が動いた。

 

最初に冷を見る。

 

次に冬美。

 

夏雄。

 

焦凍。

 

最後に俺。

 

「多いな」

 

第一声はそれだった。

 

夏雄が少し眉を寄せる。

 

「家族全員で来たんだから当たり前だろ」

 

「頼んでねえけど」

 

「じゃあ帰るか?」

 

「好きにしろよ」

 

昔と変わらないような。

 

それでいて、どこか力の抜けた会話だった。

 

燈矢は俺と焦凍を見た時だけ、少し目つきが鋭くなる。

 

それでも戦場の時ほどではない。

 

あの時。

 

俺たちは三人で殴り合った。

 

個性も使わず。

 

父と。

 

兄と。

 

弟として。

 

燈矢はそこで、ずっと見てほしかったと叫んだ。

 

俺は謝った。

 

許されないことも。

 

これから先も許されないかもしれないことも。

 

全部分かった上で。

 

逃げないと答えた。

 

あの時間で何かが解決したわけではない。

 

ただ。

 

最初に固まっていたものが。

 

少しだけ。

 

砕けたのだと思う。

 

◇ ◇ ◇

 

冷が席につく。

 

「身体はどう?」

 

燈矢は自分の腕を見る。

 

「普通」

 

「痛いところは?」

 

「ねえよ。気持ち悪いくらい何もねえ」

 

確かに。

 

これまでの燈矢にとって、痛みがあることの方が普通だった。

 

炎を使えば身体が焼ける。

 

使わなくても、過去の火傷は残る。

 

その全てが消えた。

 

「炎も出ねえしな」

 

燈矢が言う。

 

「もう一生?」

 

冬美が聞く。

 

「多分な。抜かれたんだから」

 

言い方は淡々としていた。

 

恨んでいる様子もない。

 

少なくとも。

 

『蒼炎』を失ったこと自体には。

 

「どう?」

 

冷が聞いた。

 

「何が」

 

「なくなって」

 

燈矢は少し考える。

 

「別に」

 

短く答えてから。

 

少し間を置く。

 

「楽ではある」

 

その言葉に。

 

胸が痛んだ。

 

燈矢にとって炎は。

 

最初から。

 

才能であると同時に。

 

苦痛だった。

 

俺が見たのは。

 

才能ばかりだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「兄ちゃん」

 

夏雄が呼ぶ。

 

燈矢の目が。

 

少し柔らかくなった。

 

「何」

 

「……その顔、慣れねえな」

 

燈矢が眉を寄せる。

 

「お前が言うなよ」

 

「だって、最後に普通に見た時と全然違うし」

 

「そりゃ歳取ってるからな」

 

「そういう意味じゃなくて」

 

夏雄が言葉に詰まる。

 

燈矢は少しだけ笑った。

 

「火傷なくなったからだろ」

 

「……うん」

 

「俺も鏡見ると気持ち悪い」

 

冬美が困ったように言う。

 

「気持ち悪いって言わないの」

 

「自分の顔だぞ」

 

「だからでしょ」

 

本当に。

 

家族の会話だった。

 

ぎこちない。

 

言葉の選び方も。

 

距離感も。

 

分からない。

 

それでも。

 

燈矢は冬美や夏雄へ噛みつこうとはしなかった。

 

昔のように。

 

完全に自然ではないが。

 

兄として返事をしている。

 

◇ ◇ ◇

 

冷はしばらく燈矢を見ていた。

 

「燈矢」

 

「何」

 

「ごめんなさい」

 

空気が止まる。

 

燈矢も。

 

表情を変えなかった。

 

「私も、あなたをちゃんと守れなかった」

 

「……母さんまでやめろよ」

 

冷の目が揺れる。

 

「でも」

 

「親父だけで十分だって」

 

俺は何も言わなかった。

 

否定する資格はない。

 

燈矢は少し面倒そうに顔を逸らす。

 

「母さんに恨みとかねえから」

 

冷が。

 

息を止めたように見えた。

 

「冬美も、夏雄も」

 

燈矢は続ける。

 

「別に何も悪くねえだろ」

 

夏雄が俯く。

 

「でも俺、兄ちゃんが死んだってなった後も」

 

「だから何だよ」

 

「話聞いてたのに、何もできなかった」

 

「子供だっただろ、お前」

 

燈矢の返事は早かった。

 

夏雄が顔を上げる。

 

「俺も子供だったけどな」

 

少しだけ。

 

自嘲するように。

 

燈矢が笑う。

 

「だから家のガキ全員でどうにかしろって方がおかしいだろ」

 

その言葉を。

 

俺は正面から受けた。

 

そうだ。

 

どうにかするべきだったのは。

 

子供たちではない。

 

俺だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「冬美」

 

燈矢が呼ぶ。

 

「何?」

 

「泣くなよ」

 

「泣いてない」

 

「泣いてんじゃん」

 

「これは……」

 

冬美が目元を拭う。

 

「嬉しいの」

 

「何が」

 

「また燈矢兄とこうやって話せること」

 

燈矢は黙った。

 

冬美は。

 

昔から。

 

家族を繋ごうとしていた。

 

壊れた家の中で。

 

何とか食卓を作って。

 

父親である俺まで。

 

そこへ戻そうとした。

 

「別に」

 

燈矢が小さく言う。

 

「これくらいなら、また来ればいいだろ」

 

冬美の顔が上がる。

 

「来てもいいの?」

 

「勝手にすれば」

 

素直ではない。

 

だが。

 

拒絶でもない。

 

冬美はそれで十分だったらしい。

 

「うん」

 

笑う。

 

「また来るね」

 

燈矢は返事をしなかった。

 

それでも。

 

嫌そうな顔もしなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

そして。

 

焦凍。

 

しばらく黙っていた末の弟を、燈矢が見る。

 

「お前は何で黙ってんだよ」

 

「話すタイミング見てた」

 

「お前そういうの気にすんの?」

 

「家族全員いるからな」

 

燈矢が鼻で笑う。

 

「戦場じゃ遠慮なく殴ってきたくせに」

 

「兄貴も殴っただろ」

 

「そりゃ殴るだろ」

 

「ならお互い様だ」

 

「何がお互い様なんだよ」

 

焦凍は。

 

昔からこうだ。

 

本人は真面目に話している。

 

それが時々。

 

妙にずれている。

 

燈矢も。

 

少しだけ呆れた顔をしている。

 

「兄貴」

 

「何」

 

「次来た時、好きな食い物聞く」

 

燈矢が眉を寄せた。

 

「何で今聞かねえんだよ」

 

「次も来る理由になる」

 

一瞬。

 

燈矢が黙る。

 

俺も。

 

何も言えなかった。

 

焦凍は。

 

真っ直ぐだ。

 

余計なことを考えず。

 

必要だと思ったことを言う。

 

「……好きにしろ」

 

燈矢が言った。

 

「じゃあそうする」

 

また。

 

一つ。

 

次ができた。

 

◇ ◇ ◇

 

最後に。

 

燈矢の目が俺へ向く。

 

家族全員の中で。

 

俺にだけ。

 

まだ明確な距離がある。

 

当然だ。

 

「親父」

 

「何だ」

 

「何で黙ってんだよ」

 

「お前たちの話を邪魔したくなかった」

 

「殊勝になったな」

 

棘がある。

 

それでいい。

 

俺は。

 

その棘をなくしてもらうために来たわけではない。

 

「今さらだ」

 

「ああ」

 

「謝んのもやめろよ」

 

「分かった」

 

燈矢が少し意外そうな顔をする。

 

「もう言わねえの?」

 

「謝るべきことは変わらない。だが、謝罪だけを繰り返して、お前に受け入れさせるような真似も違う」

 

燈矢は。

 

黙って聞いている。

 

「前にも言った。許すかどうかはお前が決めろ。会いたくないと言うなら、それも受け入れる」

 

「今日は来てんじゃん」

 

「家族全員で来ることについて、お前が拒否していないと聞いた」

 

「……そうだったな」

 

「だから来た」

 

燈矢が俺を見る。

 

しばらく。

 

その視線を受ける。

 

逃げない。

 

◇ ◇ ◇

 

「親父」

 

「何だ」

 

「俺、お前のこと多分まだ嫌いだぞ」

 

「ああ」

 

「一生許さねえかもしれない」

 

「ああ」

 

「それでも来るのか」

 

「お前が来るなと言わない限りは」

 

燈矢の顔が。

 

少し歪む。

 

「しつけえ」

 

「そうだな」

 

「昔からそれくらい俺にしつこけりゃよかったのにな」

 

言葉が。

 

胸へ刺さる。

 

その通りだ。

 

「……ああ」

 

それしか。

 

言えなかった。

 

燈矢は。

 

それ以上責めなかった。

 

俺も。

 

何も足さなかった。

 

ここで。

 

綺麗な言葉を返す必要はない。

 

◇ ◇ ◇

 

面会時間の終わりが近づく。

 

冬美が慌てたように口を開く。

 

「次、何か話したいことある?」

 

「何だそれ」

 

「だって、また来るなら話すこと考えとこうと思って」

 

「普通に来ればいいだろ」

 

「普通が分からないの」

 

燈矢が一瞬黙り。

 

小さく笑った。

 

「俺も分かんねえよ」

 

夏雄も笑った。

 

「じゃあ全員分かってないじゃん」

 

「家族ってそんなもんじゃない?」

 

冬美が言う。

 

冷が笑う。

 

「そうかもしれないわね」

 

焦凍は真面目な顔で頷いた。

 

「なら問題ないな」

 

「焦凍だけ納得早すぎねえ?」

 

夏雄が突っ込む。

 

また。

 

少し笑いが起きる。

 

俺も。

 

ほんの僅かに。

 

口元が緩んだ。

 

◇ ◇ ◇

 

退室の時間になった。

 

冷が立ち上がる。

 

「また来るわ、燈矢」

 

「うん」

 

小さな返事だった。

 

それでも。

 

確かに返した。

 

「燈矢兄、今度は何か持ち込めるもの確認してくるから」

 

「いらねえよ、冬美」

 

「じゃあ聞くだけ聞いとく」

 

「話聞けよ」

 

「またな、兄ちゃん」

 

夏雄が言う。

 

燈矢も。

 

少し間を置いてから。

 

「ああ」

 

焦凍は。

 

「次、食い物な」

 

「まだ覚えてんのかよ」

 

「言ったからな」

 

「勝手にしろ」

 

そして。

 

俺。

 

何を言うべきか。

 

一瞬迷った。

 

結局。

 

一番簡単な言葉にした。

 

「また来る」

 

燈矢は俺を見る。

 

「……来たきゃ来れば」

 

許されたわけではない。

 

迎え入れられたわけでもない。

 

それでも。

 

扉を閉ざされたわけでもない。

 

今は。

 

それで十分だ。

 

◇ ◇ ◇

 

施設を出ると。

 

冬美と夏雄が前を歩き。

 

冷と焦凍がその少し後ろにいた。

 

俺は最後を歩く。

 

昔。

 

この家族を作ったのは俺だった。

 

そして。

 

壊した中心にいたのも俺だった。

 

今さら。

 

元通りになどならない。

 

元通りにする必要もないのかもしれない。

 

燈矢がいなかった時間も。

 

荼毘として生きた時間も。

 

俺たちが別々に生きた時間も。

 

全部ある。

 

その上で。

 

今日。

 

全員で一つの部屋にいた。

 

少し笑った。

 

少し怒った。

 

言いたいことを言った。

 

次の約束までした。

 

それでいい。

 

「あなた」

 

冷が振り返る。

 

「どうした」

 

「置いていくわよ」

 

見ると。

 

いつの間にか距離が開いていた。

 

「……ああ」

 

少し歩調を速める。

 

追いつく。

 

昔は。

 

家族を置いて。

 

俺だけが前を見ていた。

 

今度は。

 

離れないように歩けばいい。

 

燈矢も含めて。

 

何年かかっても。

 

これから向き合い続ければいい。

 

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