無個性は個性をつくる 作:匿名希望
最後に残っていた確認を終えると、政府・公安との非常時協力は正式に終了した。
AFOと死柄木側の主要戦力は全て制圧され、新たに捕縛したヴィランも安全な状態で収監された。さらに別件として正式な依頼を受けた後、タルタロスに以前から収監されていた凶悪ヴィランについても、対象者から危険な個性を順次摘出している。
私が担当する必要のある戦後処理は、これでほぼなくなった。
「長期間のご協力、ありがとうございました」
公安側の担当者が頭を下げる。
「いえ。こちらにも利益のある契約でしたから」
戦争前に交わした取引は単純だった。
私はAFO及び超常解放戦線の脅威が解消されるまで、政府と公安へ積極的に技術協力する。その代わり、向こうは私が卒業後に個性関連事業を始めるために必要な法制度、許認可、資格制度、行政との連携を整える。
こちらの義務は終わった。
あとは政府・公安側が、約束した対価を支払う番だった。
もっとも、それを私が横で見ている必要はない。
「今後、制度設計について確認が必要になった場合は連絡を差し上げることがあります」
「技術的な確認であれば構いません。それ以外については、そちらで問題がない形に決めていただいて大丈夫です」
「相変わらずですね」
「専門外ですから」
法律を作りたいわけではない。
行政制度を考えたいわけでもない。
私が欲しかったのは、研究を合法的かつ大規模に続けるための環境だ。
そこへ至る制度が正常に機能するなら、細かい形式は専門家が決めればいい。
◇ ◇ ◇
「それと、今回の件についてですが」
担当者が少し言いにくそうに続ける。
「何でしょう」
「空木君の貢献を、もう少し公に評価するべきではないかという意見も出ています」
「必要ありません」
答えるまでに考える時間は要らなかった。
「しかし、最終決戦だけでも――」
「公安や政府内部で記録しておく必要があるなら、それは自由にしてください。一般へ公表する必要はありません」
人工個性兵。
工廠型。
観測網。
ワープゲート。
追跡型。
常時抹消型。
敵ごとに用意した専用対策。
私が関わったものは多い。
ただ。
それを世間に知らせることで、私の研究が進むわけではない。
むしろ問い合わせや取材、余計な人間関係が増える可能性の方が高い。
「ヒーローとして活動したわけでもありませんし」
「それは、まあ……そうですが」
私はサポート科の学生だ。
ヴィランを殴り倒したわけでもない。
必要なものを作り、運用した。
それだけだった。
「では、こちらから積極的に名前を出すことは避けます」
「お願いします」
話は終わった。
◇ ◇ ◇
施設を出る。
これで。
本当に終わりだった。
公安から戦況データが届くこともない。
緊急で個性兵の設計を求められることもない。
追跡対象の位置を確認する必要もない。
どこかのヴィランが次に何をするのかを予測して、その対策を先に作る必要もなくなった。
自由になった。
そう表現するほど、これまで不自由だと感じていたわけではないが。
少なくとも。
研究へ使える時間は増える。
それは良い。
◇ ◇ ◇
翌朝。
私は普通に雄英へ登校した。
制服を着て。
鞄を持って。
いつもの時間に教室へ入る。
大規模な作戦の際には教師の一部が動員されたため授業が止まることもあったが、学校そのものが戦場になったわけではない。生徒が戦争へ駆り出されたわけでもなく、事態が収束すれば授業は再開する。
そのため。
学校へ戻れば。
普通だった。
「おはようございます」
近くにいたクラスメイトへ挨拶する。
「お、おはよう空木」
何故か少し反応が遅い。
別の生徒も。
ちらちらとこちらを見る。
理由は何となく分かる。
私がどこまで関わっていたのか、学校内でも完全に秘密というわけではない。
全容までは知られていなくても、政府・公安へ技術協力していたことくらいは把握されている。
だからと言って。
特に話すことはない。
席へ座る。
授業の準備をする。
それだけだ。
◇ ◇ ◇
午前の授業が終わり、サポート科の実習へ移る。
久しぶりに。
普通の工房。
普通の課題。
普通のサポートアイテム設計。
機械音。
工具の音。
金属と油の匂い。
戦場の映像も。
公安の指示も。
ない。
「空木君!」
発目さんの声が飛んでくる。
いつも通り大きい。
「はい」
「これ見てください! 新しいベイビーです!」
差し出された試作品を見る。
構造を確認する。
駆動部。
負荷。
出力。
安全機構。
「この関節だと最大出力時に負荷が集中しますね」
「やっぱりですか!」
「ここを二軸に分散した方がいいと思います。重量は少し増えますが、耐久性は上がります」
「なるほど!」
発目さんはすぐに試作品を持って作業台へ戻る。
それで終わり。
いつものやり取りだった。
少しして、パワーローダー先生がこちらへ来る。
「空木」
「はい」
「戻ったな」
「はい」
短い。
それ以上。
何も聞かれなかった。
私としても。
説明することはない。
◇ ◇ ◇
授業が終われば、自宅へ帰る。
生活空間と研究室を兼ねた、いつもの家だ。
玄関を開けると、家事用個性兵が内部状態を報告する。
研究室へ入る。
端末を起動する。
保存していたデータが並ぶ。
戦争中に得たもの。
死柄木。
AFO。
各種ヴィラン。
人工個性兵の実戦ログ。
常時抹消型の連続稼働記録。
医療型の戦場運用。
直接転移。
そして。
死柄木の肉体変異。
どれも。
研究資料として残っている。
戦争は終わった。
だからと言って。
得たデータまで終わるわけではない。
むしろ。
ここからの方が重要だった。
◇ ◇ ◇
私は死柄木弔の戦闘記録を開く。
常時抹消下。
個性は発現していない。
それでも肉体が変化する。
大量の指。
外殻化。
筋量変化。
個性を大量に内包したことによる負荷へ、生物としての肉体そのものが適応した結果。
以前考えた。
意図的な個性特異点への到達。
実験するなら、いきなり人間を使う必要はない。
人工生命で十分だ。
個性因子の数。
複雑性。
相互干渉。
出力。
身体側の耐久性。
条件を段階的に変えれば。
どこから変化が始まるのか確認できる。
「まずは条件の切り分けですね」
端末へ実験計画を入力する。
試験用人工生命の設計を開始。
工廠型へ送る前に。
シミュレーション。
問題なし。
次。
◇ ◇ ◇
気づけば。
かなり時間が経っていた。
家事用個性兵から食事の準備が完了したと報告が入る。
「分かりました」
端末を閉じる。
食事。
風呂。
必要なら睡眠。
そして。
明日も学校。
授業が終われば研究。
何も特別ではない。
それが。
私の日常だった。
◇ ◇ ◇
AFOは捕まった。
死柄木も捕まった。
超常解放戦線も終わった。
タルタロスの危険な収監者からも、個性を外す運用が始まった。
政府と公安との非常時契約も満了した。
世間では。
大きな事件が終わったということになるのだろう。
私にとっても。
作業が一つ終わった。
それ以上ではない。
研究室には。
まだ調べていないデータがある。
まだ作っていない個性がある。
まだ確認していない現象がある。
なら。
やることは残っている。
翌朝。
私はまた制服を着る。
学校へ行く。
授業を受ける。
帰ったら。
研究する。
戦争が終わったから。
日常に戻る。
私の日常は。
最初から。
それだけだった。