無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第127話 会社を作る理由

研究室へ戻ってからは、以前とほとんど変わらない生活に戻った。

 

授業を受け、必要ならサポート科の課題を処理し、それ以外の時間は研究に使う。全面戦争から最終決戦まで続いていた政府との契約は終わっているので、戦況を確認する必要もなければ、公安の指示を待つ必要もない。

 

研究対象を自分で決め、自分のために時間を使える。

 

やはり、こちらの方がいい。

 

もっとも、政府や公安との関係まで切れたわけではなかった。

 

「またですか」

 

研究室の端末へ届いた連絡を開く。

 

差出人は公安だった。

 

契約期間中のような緊急連絡ではない。今すぐどこかへ個性兵を送ってほしいという話でもなければ、戦闘用の人工個性を用意してほしいという話でもない。

 

内容は、ある人物の個性についての相談だった。

 

本人の同意を得た上で詳細な検査を行い、身体との適合状態を確認してほしい。必要なら調整案も提示してほしいという依頼だ。

 

「これなら問題ありませんね」

 

私は依頼を受けた。

 

戦争は終わったので、以前のように公安からの依頼を優先して処理する義務はない。それでも、こうした依頼なら断る理由もなかった。

 

個性を調べられる。

 

それだけで十分に研究上の価値がある。

 

◇ ◇ ◇

 

公安からの依頼は、それからも定期的に来た。

 

内容は毎回違う。

 

身体との適合が悪い個性について調べてほしい。複数の個性が干渉した場合にどうなるか確認してほしい。将来的に医療利用できそうな個性について、安全な運用方法を検討してほしい。

 

共通しているのは、もう戦場で使うための依頼ではないということだった。

 

私が卒業後に行おうとしている事業と近い。

 

個性を調べる。問題があるなら原因を特定する。必要なら外す、直す、別の形にする。場合によっては同等の人工個性を設計する。

 

元々やるつもりだったことなので、時間が空いていれば受けた。

 

「今回の報酬ですが、何か希望はありますか?」

 

ある依頼を終えた後、公安の担当者からそう聞かれた。

 

私は少し考える。

 

欲しい個性があるなら、その観察機会を要求してもいい。政府が保有している研究資料や、通常なら閲覧しにくい個性関連情報へのアクセスを求めることもできる。

 

ただ、今回は特に思いつかなかった。

 

依頼対象の個性そのものから必要なデータは得ている。

 

「特にありません」

 

「何も?」

 

「はい。今回の依頼で必要だった情報は確認できましたので」

 

相手が少し困った顔をした。

 

「さすがに、正式な依頼なので無償というわけにはいきません」

 

それもそうだ。

 

私は報酬そのものに興味がないが、向こうには向こうの手続きがある。

 

「では、相応の金額でお願いします」

 

「こちらで決めていいんですか?」

 

「はい。相場は分かりませんので、そちらで問題がない金額にしてください」

 

少なくとも、金額を調べて交渉する時間を使うよりはいい。

 

そうして報酬を受け取った。

 

その後の依頼でも、特に欲しいものがなければ同じように金銭で受け取るようになった。

 

◇ ◇ ◇

 

しばらくして、口座の残高を確認する機会があった。

 

増えていた。

 

当然ではある。

 

私は日常的に金を使わない。食事や衣服といった普通の生活費は必要だが、大きな出費になる趣味はない。

 

研究についても、以前とは事情が違う。

 

必要な機材は作れる。必要な材料も作れる。研究用の個性も、個性兵も、設備も作れる。

 

人工個性製造技術が完成してから、金でなければ手に入らない物はかなり減っていた。

 

それでも公安から依頼を受けるたび、報酬だけは入ってくる。

 

「使い道がありませんね」

 

そう考えてから、少し違うことに気付いた。

 

今はなくても、卒業後にはある。

 

私は研究中のデータを一度閉じ、別の資料を開いた。

 

以前から考えていた卒業後の計画だ。

 

雄英にいる間は学校の設備を使える。自宅にも研究拠点がある。しかし卒業すれば、学校へ依存する必要はなくなる。

 

研究環境は自分で作ればいい。

 

建物も問題ない。

 

必要な構造を設計し、『創造』系統の技術を使えば用意できる。研究設備も同じだ。個性兵を使えば維持管理も自動化できる。

 

問題は、その建物を置く場所だった。

 

「土地ですか」

 

建物は作れる。

 

設備も作れる。

 

人員も個性兵で代替できる。

 

しかし、土地の所有権まで『創造』で作ることはできない。

 

当然だ。

 

勝手に空いている土地へ建物を作ればいいという話ではない。所有者がいるなら買う必要があるし、用途によっては行政上の手続きも必要になる。

 

卒業後に一つの研究所だけを作るなら、大した問題ではない。

 

だが、私が考えているものはそれではなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

最初に考えていたのは、個性関連の会社だった。

 

理由は単純だ。

 

私一人で研究していると、研究対象の入手効率が悪い。

 

世の中には数え切れないほどの個性がある。似た能力でも構造が違う場合があり、逆に見た目が全く違っても内部構造の一部が似ている場合もある。

 

当然、私が見たことのない個性も大量に存在する。

 

それを一人で探しに行くのは効率が悪い。

 

なら、向こうから来る仕組みを作ればいい。

 

個性について詳しく調べたい人。

 

自分の個性を消したい人。

 

身体との相性を改善したい人。

 

今の能力を別の形へ調整したい人。

 

新しい個性を必要としている人。

 

そうした人間が利用する会社を作る。

 

依頼を受ければ、その人間の個性を検査することになる。

 

検査結果はデータになる。

 

利用者が増えるほど、集まる個性の種類も増える。

 

日本全国へ拠点を増やせば、私のところへ来られない人間からもデータを得られる。海外へ展開すれば、日本には存在しない系統の個性を見る機会も増える。

 

各拠点で取得した情報を集約すればいい。

 

私が世界中を回る必要はない。

 

会社の方へ、世界中から個性が集まってくる。

 

「こちらの方が効率的ですね」

 

利益を出すこと自体には興味がない。

 

会社を大きくしたいわけでもない。

 

ただ、規模を広げれば利用者が増える。

 

利用者が増えれば個性データが増える。

 

その中に未知の構造があれば、私の研究対象が増える。

 

それなら会社を広げる意味がある。

 

問題は、拠点だった。

 

最初から日本全国へ一斉に展開する必要はない。それでも、最終的に全国へ広げるつもりなら、いずれ複数の土地が必要になる。

 

さらに海外へ出るなら、その数はもっと増える。

 

建物を建てる費用はほとんど問題にならない。設備を揃える費用も同じだ。

 

私が今後、大きな金額を必要とするとすれば、おそらく土地になる。

 

口座に入ったままにしておくより、先に確保しておいた方がいい。

 

◇ ◇ ◇

 

それから、研究の合間に土地を探すようになった。

 

もちろん、私自身が現地へ行って一つずつ見て回るわけではない。

 

必要なのは研究施設や将来の事業拠点として使える土地だ。

 

面積、交通、周辺環境、法的な用途制限、災害リスク、拡張余地。

 

条件を整理し、候補を絞る。

 

今すぐ使わない場所も含めた。

 

卒業後に国内で事業を始め、その後に全国へ広げるなら、都市部だけでは足りない。利用者が遠距離を移動しなくても済む程度には拠点を分散した方が、結果として集まるデータも増える。

 

購入手続き自体は普通に行う。

 

所有者へ金を払い、必要な契約をして、自分の土地にする。

 

公安から依頼が来る。

 

処理する。

 

報酬が入る。

 

その金で土地を買う。

 

また研究へ戻る。

 

しばらくすると、別の依頼が来る。

 

その繰り返しになった。

 

研究時間を大きく削られるほどではない。むしろ依頼そのものから個性データが得られるので、私にとっては都合がいい。

 

そして報酬は、将来さらに多くの個性データを集めるための土地へ変わっていく。

 

金を増やしたいわけではない。

 

土地を所有したいわけでもない。

 

どちらも研究のための道具だった。

 

◇ ◇ ◇

 

購入した土地の一覧を表示する。

 

まだ建物はない。

 

卒業後に必要な設備を作ればいいので、今の段階で急いで建設する意味もない。

 

重要なのは場所を確保しておくことだ。

 

私は一覧を見ながら、将来の配置を考える。

 

各拠点で個性を検査する。

 

必要なら施術する。

 

そこで得られた情報を共通のデータベースへ送る。

 

既知の構造なら自動処理し、未知の構造や珍しい事例だけを私のところへ回す。

 

受付も検査も施術も、十分に規格化できれば個性兵へ任せられる。

 

私が全ての利用者を見る必要はない。

 

私が見るべきなのは、新しいものだけだ。

 

その形なら、利用者が一万人でも十万人でも、私自身の負担は大きく増えない。

 

むしろ規模が大きくなるほど、研究効率は上がる。

 

日本だけで終わらせる理由もない。

 

世界中へ拠点を置き、それぞれの地域で個性データを集める。

 

各国の制度については、今後政府や公安と話す必要があるだろう。個性を売る場合の許可、移植や除去の扱い、危険な能力の規制、医療利用や犯罪者への利用も決めなければならない。

 

その辺りは私の専門ではない。

 

必要な条件を伝えて、制度に詳しい人間に考えてもらえばいい。

 

私は画面へ簡単な構成図を作った。

 

複数の拠点。

 

そこから中央へ集まるデータ。

 

中央で分類され、既知の情報は蓄積される。

 

そして、既存の分類から外れたものだけが研究対象として私のところへ届く。

 

世界中から、自動的に未知の個性が集まってくる。

 

「これなら、卒業後も研究対象には困りませんね」

 

会社を作る理由としては、それで十分だった。

 

私は構成図を保存し、途中だった研究データへ画面を戻した。

 

まだ卒業までは時間がある。

 

その間に、仕組みを完成させればいい。

 

土地は確保していく。

 

制度については、政府や公安と調整する。

 

必要な個性兵も設計する。

 

卒業した次の日からでも動かせる状態にしておけば、無駄がない。

 

そこまで考えたところで、先ほど閉じた研究データを開く。

 

会社について考えるのは、今日はこれで十分だった。

 

今は、こちらの方が面白い。

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