無個性は個性をつくる 作:匿名希望
オール・フォー・ワンと死柄木弔を中心とした一連の脅威が終わり、公安にもようやく戦後処理以外のことへ目を向ける余裕が生まれ始めていた。
もっとも、今回集められた者たちの表情は明るくない。
会議室の正面には、一人の少年の顔写真が表示されていた。
空木零司。
雄英高校サポート科の生徒であり、公安が政府と共に協力関係を結んでいた技術者でもある。
「では、始めましょう」
進行役の言葉と共に、室内の視線が正面へ集まる。
今回の目的は単純だった。
戦いが終わった今だからこそ、改めて空木零司という存在を評価する。
味方として何ができたかではない。
彼が何をできる人間なのか。
それを整理するための会議だった。
「最初に確認しておきますが、空木零司との非常時における全面協力契約は、オール・フォー・ワン及び関連勢力の脅威終結をもって終了しています」
資料が切り替わる。
「現在、彼に我々の指示へ従う義務はありません」
誰かが小さく息を吐いた。
それは当然の話だ。
契約なのだから、条件を満たせば終わる。
問題は、その契約期間中に公安が知ったことだった。
「技術面からお願いします」
指名された技術担当者が資料を操作した。
最初に映し出されたのは黒霧だった。
正確には、その元となった人間。
白雲朧。
「黒霧については、改めて説明するまでもないでしょう。故人である白雲朧の遺体を素体として、複数の個性因子や肉体改造を施し、殻木球大が作り上げた改造人間です」
室内にいる者たちは、その程度の情報なら把握している。
問題はその先だった。
「空木零司は黒霧を調べ、極めて短時間で構造を把握しました」
画面へ複数の検査記録が表示される。
「肉体の改造状態、複数個性因子の構成、黒霧として成立させていた構造、その下に残っていた白雲朧由来の情報。それらを解析した上で、不要な改造部分を除去し、欠損していた肉体構造を再調整しています」
「結果が、白雲朧か」
「はい」
短い返答だった。
だからこそ、会議室が静かになる。
殻木球大がやったことも異常だった。
死亡した人間の肉体を利用し、脳無技術によって別の存在へ作り変える。
それだけでも、従来の医学や個性研究から大きく逸脱している。
だが空木零司がやったことは、その逆だった。
黒霧を見た。
構造を理解した。
そして、戻した。
「医学的な定義や死亡判定後の扱いについては議論が必要です。しかし、一般的な感覚で言えば……」
技術担当者が一度言葉を切った。
「事実上の死者蘇生です」
誰も否定しなかった。
「正確には、死亡した人間なら誰でも蘇生できるという意味ではありません。白雲朧の場合、黒霧という形ではあっても肉体が維持され、元となった人格や肉体情報も残存していました。条件が特殊です」
「それでも、死んだ人間の遺体を改造して作られた脳無を、人間へ戻した」
「はい」
別の職員が資料へ視線を落とす。
「本人は、その意味を理解しているんでしょうか」
「理解はしているでしょう」
「なら、気にしていない?」
「そちらの方が近いと思います」
空木零司の過去の言動が表示される。
研究対象を見つける。
構造を調べる。
問題を特定する。
直せるなら直す。
そこに、死者を蘇らせたという大仰な認識は見られなかった。
白雲朧を神秘的な方法でこの世へ呼び戻したわけではない。
壊れ、作り変えられていた肉体を調べ、残っている情報を基に再構成した。
おそらく本人にとっては、それだけなのだろう。
「殻木球大も大概ですがね」
誰かが呟いた。
死体から黒霧を作った男。
そして、その成果物を一目見ただけで構造を理解し、元の人間へ戻した少年。
比較すること自体がおかしい。
「脳無関連技術については、今後さらに慎重な評価が必要です。空木本人は死体を材料に個性兵を製造していません。しかし、脳無の成立原理と殻木の技術を理解し、自身は人工肉体を一から製造する方式を採用しています」
資料が切り替わった。
今度は戦場で活動していた個性兵の記録だった。
飛行する観測型。
救助型。
防衛型。
医療型。
制圧型。
そして、戦闘用の大型個体。
「こちらの方が、安全保障上は分かりやすい脅威でしょう」
映像が流れる。
人間ではない。
だが、自律的に判断し、命令を理解し、複数の人工個性を使って行動する。
しかも、一体だけではない。
「空木零司は、トップヒーロークラスの機能を人工的に再現できます」
「再現、という表現でいいのか?」
「人物そのものをコピーしているわけではありません。例えばオールマイトなら身体能力、エンデヴァーなら高熱・炎、ホークスなら飛行や遠隔操作能力というように、機能を分解した上で人工個性として再構築しています」
「そして、それを人工の肉体へ積む」
「はい」
「量産できる」
「できます」
会議室がまた静かになった。
一体の強力な人工兵器なら、まだ理解できる。
莫大な予算と時間を使い、国家が一つの決戦兵器を作ったというのなら、既存の安全保障の延長として考えられる。
空木零司は違う。
必要な個性を設計できる。
人工肉体を作れる。
自律行動させられる。
そして工廠型を使えば、その個性兵そのものを量産できる。
全面戦争では、ギガントマキアを止めるための超小型個体を短時間で大量生産している。
あの時は公安が使用範囲を制限していた。
技術的に作れなかったわけではない。
作れるが、政治的にも社会的にも許可できないから数を制限していた。
その事実は重かった。
「仮に、ですが」
一人が慎重に口を開いた。
「空木零司が、これを軍事目的で全面運用した場合、どの程度の戦力になりますか」
技術担当者はすぐには答えなかった。
「条件次第です」
「世界征服は?」
冗談のような言葉だった。
誰も笑わなかった。
「……不可能と断言できる資料はありません」
「そこまでか」
「個性兵だけを考えるなら、対処方法は考えられます。ですが、問題は固定された兵器体系ではないことです」
画面に複数の個性兵が並ぶ。
「相手に合わせて設計を変えられます。既存個体で対応できなければ、新しい個体を作る。知られた弱点があれば修正する。強力な個性が敵側にあれば、その対策能力を設計する。さらにワープゲートによる長距離輸送も可能です」
「補給線が必要ないに等しいのか」
「少なくとも従来の軍隊とは全く違います」
工廠型は材料とエネルギーの調達能力まで持つ。
命令を受けた個性兵は自律行動する。
通信も通常の電波網だけには依存しない。
何より、設計者が一人である。
大規模な軍事研究組織を潰せば終わるという話ではない。
「……本人にその気がないのが幸いですね」
それが、結局のところ最も大きかった。
空木零司は世界征服に興味がない。
権力にも興味がない。
英雄として称賛されることにも興味がない。
金銭についても、研究に必要なら使う程度で、蓄財そのものを目的としている様子はない。
興味があるのは個性研究だった。
だから公安にも協力した。
だからオール・フォー・ワンとも戦った。
そして戦いが終われば、何事もなかったように研究へ戻った。
「では、空木本人を無力化できるかという点について」
別の資料が開かれた。
今度はホークスから提出された報告だった。
「直接確認できている範囲は限定的です。本人も自分の防衛手段を積極的に公開していません」
「護衛の話か」
「はい」
空木零司には、個人護衛用の個性兵が付いている。
それ自体は公安も以前から把握していた。
問題は、その実態だった。
「ホークスの報告では、不可視の何かが常時周囲を警戒している可能性が高いとのことです」
「何か?」
「視認できませんので」
「それで、どうして存在が分かる」
「行動時の反応や周囲の変化からの推測です。それと……」
担当者が次の項目を表示した。
「『抹消』です」
何人かが眉を寄せた。
「イレイザーヘッドの?」
「同系統です。相澤消太本人から正式な許可を得た上で研究・転用されています。最終決戦では常時発動可能な抹消系個性兵が実戦投入されています」
「それが護衛にも?」
「少なくとも、私有防御用途として視認による個性発動無効化能力を搭載することは技術的に可能です。ホークスの報告も、それを示唆しています」
不可視の護衛が周囲を監視している。
襲撃者が個性を使おうとすれば、発動そのものを止める。
その間に拘束するか、空木を退避させる。
しかも本体は空木の影から離れず、不可視の分身体を複数展開できると推測されている。
「護衛を突破して本人へ攻撃できたとしても、ですよね」
一人が言った。
「ええ」
空木零司は、個性を作る。
そして個性を安全に外し、別の個性へ入れ替える。
それを他人に対して何度も実行している。
「そんな人間が、自分には何も入れていないと考える方が不自然です」
「公安が把握しているものは?」
「全てではありません」
即答だった。
「精神干渉への対策、個性因子そのものへの干渉防御など、過去の行動から存在が確認または強く推定できるものはいくつかあります。しかし、本人が自分へ搭載している能力の完全な一覧を提出したことはありません」
「当然か」
公安との契約にも、そんな義務はない。
彼はヒーローではない。
公安所属でもない。
自分で作った個性を全て申告するという制度も、現時点では存在しない。
そもそも制度の方が、彼の技術へ追いついていなかった。
「未知の防御能力がさらに存在する可能性は?」
「十分あります」
「攻撃能力は?」
「分かりません。ただ、本人の性格を考えれば、用途のない攻撃個性を大量に自分へ積むとは考えにくい。一方で、防御については別です」
既知の危険に対し、対策できるのに対策しない理由がない。
空木零司はそう考える人間だった。
毒が危険なら防ぐ。
精神操作が危険なら防ぐ。
個性を奪われる可能性があるなら防ぐ。
攻撃を受ける可能性があるなら護衛を付ける。
そこに勇気や臆病という感情はあまり関係ない。
安全にできるなら、安全にする。
それだけだ。
「つまり、暗殺は」
「推奨できません」
「拘束は」
「同様です」
「そもそも、やる理由がありません」
別の人物が割って入った。
室内の視線が向く。
「彼は我々へ敵対していない。オール・フォー・ワンとの戦いでは協力し、要求した対価も卒業後に自分が事業を行うための制度整備です。金や地位を要求したわけでもない」
その言葉で、議題が本来の方向へ戻る。
これは空木零司を排除するための会議ではない。
評価するための会議だ。
そして、評価すればするほど結論は単純になっていった。
敵にするべきではない。
「空木零司が危険かどうか、と聞かれれば危険です」
進行役が言った。
「技術だけを見れば、極めて危険です。人工個性を作り、個性を着脱し、人工生命へ搭載し、それを量産できる。脳無技術を理解し、条件次第では死者を人間として再構成することさえ可能だった」
誰も口を挟まない。
「本人の防衛能力についても全容を把握できていません。仮に国家へ敵対した場合、どこまで被害が広がるかを正確に予測することも困難です」
そこで一度言葉を切った。
「しかし、現在まで空木零司に国家転覆、支配、権力獲得を目的とした行動は確認されていません」
むしろ逆だった。
目立つことを求めない。
指揮権を欲しがらない。
必要以上の権限を要求しない。
自分が前線へ出るより、安全な場所から個性兵を使う。
戦争が終われば、契約終了を確認して研究へ戻る。
「なら、我々がするべきことは一つです」
空木零司を管理する。
その発想を口にする者はいなかった。
管理できると考えること自体が危険だった。
かといって、恐れて遠ざける意味もない。
彼が望んでいるものは分かっている。
研究環境。
研究対象。
そして卒業後、それを継続するための仕組み。
「契約時に約束した制度整備を進めます」
資料が切り替わる。
個性の人工製造。
移植。
除去。
改造。
医療利用。
個性登録。
危険個性の規制。
許認可。
既存の法律では想定されていないものばかりだった。
「関係省庁との調整を加速してください。医療、司法、個性登録、事業認可、必要なら新制度の設計まで含めます」
「かなり大規模になります」
「分かっています」
「前例もありません」
「だから作るんです」
空木零司が卒業後にやろうとしていることを、既存制度だけで処理するのは不可能に近い。
なら、制度を作るしかない。
それは契約で約束した対価でもある。
そして公安にとっても利益がある。
彼が一介の研究者として、好きなだけ研究を続けられる環境を作る。
研究の結果として生まれた技術が社会へ出るなら、適切な制度の中で扱えるようにする。
その関係を壊さない。
「最終評価をまとめます」
進行役が正面の画面を見る。
そこには、雄英の制服を着た空木零司の写真が映っていた。
見た目だけなら、どこにでもいる高校生と大きく変わらない。
だが、その少年は人間の個性を一から作れる。
トップヒーロークラスの人工兵器を量産できる。
死者の肉体から作られた脳無を、元の人間へ戻すことさえできた。
自分自身についても、どれほどの能力を隠し持っているのか公安ですら把握できていない。
「空木零司を敵対対象として扱わない」
静かな声だった。
「不必要な監視、拘束、技術接収を目的とした介入は行わない。政府・公安は契約上の約束を履行し、卒業後の個性関連事業に必要な法制度、許認可、行政連携の整備を進める」
一人が苦笑した。
「要するに、好きに研究してもらう、と」
「そういうことです」
「世界征服より研究の方が楽しいと思い続けてもらうわけですね」
今度は、何人かが僅かに笑った。
冗談ではある。
だが、完全な冗談とも言い切れない。
進行役は画面の少年を見た。
「一介の研究者でいたい人間を、こちらから別の何かにする必要はありません」
それが、公安の出した結論だった。