無個性は個性をつくる 作:匿名希望
最終決戦から、一年ほどが経った。
大きな事件はない。
俺は雄英へ通いながら研究を続け、公安から依頼が来れば内容を確認して、個性に関係するものだけを請け負っている。
以前の契約はもう終わっているので、断っても問題はない。ただ、頼まれる内容は新しい個性の解析や既存技術では対処しにくい個性犯罪への技術協力など、研究のついでに処理できるものがほとんどだった。
だから、特に断る理由もなかった。
そんな生活を続けていたある日、公安から連絡が来た。
今回の用件は依頼ではない。
以前から進めてもらっていた法整備について、正式に法律が発布されたらしい。
俺が卒業後に個性を扱う会社を始めるために必要な法律だ。
ちょうどいいので、詳しい説明を聞くことにした。
◇ ◇ ◇
公安から来た担当者は、以前にも何度か制度関係の話をしたことがある人だった。
研究室の机に端末を置くと、かなり分厚い資料が表示される。
「本日付で正式に公布されました。施行までに必要な行政手続きも並行して進めますので、空木さんが雄英を卒業する頃には実運用できる見込みです」
「分かりました」
画面を見る。
法律の文章は長い。
俺が知りたいのは、これで何ができるようになったのかだ。
「簡単に説明してもらえますか?」
「もちろんです。空木さんに条文を一つずつ確認していただいても、おそらく時間の無駄でしょうから」
「助かります」
法律そのものには、それほど興味がない。
必要なのは、研究と事業の邪魔にならない制度があることだ。
担当者が資料を切り替えた。
「まず大前提として、人工的に製造された個性、既存個性の移植、除去、改造について、正式な法的枠組みが作られました」
これまでは、ここが曖昧だった。
個性は基本的に生まれ持つものだ。
他人から買うことも、後から追加することも、不要になったから外すことも想定されていない。
俺にはできる。
でも、できることと合法的に商売として提供できることは別だった。
「これで個性を売ってもいいんですか?」
「条件を満たせば、ということになります」
「条件?」
「許可です」
担当者が最初の項目を開いた。
個性取得許可制度。
人工個性を新しく取得する場合、その個性が社会へ与える危険性や用途に応じて許可が必要になる。
「単純な補助能力と、高い戦闘能力を持つ個性を同じ扱いにはできません。特にヒーロー活動、警察活動、危険作業などへ利用できる能力については、用途ごとの許可制度を設けます」
「年齢制限ではないんですね」
「はい。そこは空木さん側から以前提示された条件も反映されています」
未成年だから駄目、成人だからいい、という分け方には意味がない。
成人でも、危険な個性を渡して問題のある人間はいる。
逆に未成年でも、ヒーロー科の生徒なら危険な個性を合法的に使うための教育を受けている。
見るべきなのは年齢ではなく、使用目的と適性だ。
「例えば、無個性の子供がヒーローを目指した場合は?」
「所定の適性試験とヒーロー用個性取得許可の審査を通過すれば、人工個性の取得が可能です」
なるほど。
「じゃあ問題ないです」
「……ずいぶん簡単ですね」
「使っていい人かどうかを俺が判断しなくて済むなら、その方が楽なので」
誰に何を売っていいかを毎回俺が考えるのは面倒だ。
許可情報を確認して、許可された範囲の商品だけ出す。
その方が分かりやすい。
個性兵にも判断させやすい。
担当者は少しだけ苦笑して、次へ進んだ。
「続いて、既存個性の除去と改造です」
これも今までは制度が追いついていなかった。
本人が自分の個性を嫌っている。
身体に合っていない。
副作用が重い。
出力を下げたい。
逆に、適合する範囲で性能を上げたい。
俺なら全部できる。
「本人の同意を前提に、認可事業者による施術を認めます。未成年者や意思確認が困難な患者については、別途規定があります」
「分かりました」
「個性の改造については、改造後の能力が別の規制区分へ移る場合、再審査が必要です」
「例えば?」
「日常生活用の発火能力を、建物を焼き払える出力まで強化した場合などです」
「それはそうですね」
元が安全だから、改造後も安全とは限らない。
逆もある。
危険な個性から危険な機能だけを削除すれば、規制を軽くできる場合もあるだろう。
そのあたりは施術前後の個性構造を検査すれば判定できる。
「個性を他人へ移す場合は?」
俺が聞くと、担当者は次の資料を表示した。
「それも制度化されています。提供者と取得者、双方の同意と必要な許可が確認できれば可能です」
「売買も?」
「個人間での個性そのものの売買については、現時点では認めません。犯罪や搾取へつながる危険が大きすぎます」
「別にいいです」
俺には関係ない。
一度十分に解析した個性なら、同じ構造を人工的に作れる。
わざわざ誰かから個性を買い取って在庫にする必要がない。
欲しいのは構造データだ。
個性そのものではない。
「ただし、家族間その他の事情で、本人同士が個性の移植を希望する場合は、許可を受けた上で施術できます」
「分かりました」
これも問題ない。
次は医療だった。
「医療目的の個性利用については、既存の医療制度へ組み込む形になります。個性除去、個性改造、人工個性移植による治療も、認可を受けた施設では正式な医療行為として扱えます」
「治療用の個性を患者に付けるのも?」
「可能です。ただし、治療後に残す必要がない場合は摘出するなど、個別に判断されます」
「それなら使いやすいですね」
怪我を治すだけなら、治療能力を患者へ恒久的に持たせる必要はない。
施術用の個性兵に治させてもいいし、必要なら一時的に人工個性を移植して、治療後に外してもいい。
方法はいくらでもある。
問題だったのは、それを正式な医療として扱えるかどうかだった。
そこが解決するなら十分だ。
「次が司法利用です」
少し話の方向が変わった。
「危険な個性を持つ犯罪者について、一定の条件下で個性を一時的に摘出した状態で収容する制度が認められました」
「前に話していたものですね」
「はい。ただし、政府が自由に個性を奪える制度にはしていません」
それは当然だと思う。
政府が気に入らない人間から個性を外せる制度になれば、別の問題が増える。
対象は危険性、犯罪内容、収容上の必要性などから司法手続きを経て決定する。
摘出された個性も勝手に別人へ移植できない。
正規に刑期を終えれば、原則として本人へ返す。
「脱獄した場合は?」
「返還されません」
「それも問題ないです」
脱獄しているのだから、返す機会もない。
「この業務については、将来的に空木さんの会社へ委託する形を想定しています」
「技術を渡すんじゃなくて?」
「はい。政府側でも検討しましたが、個性を自由に摘出し、保存し、再移植できる技術そのものを国家機関が保有することには、かなり強い懸念が出ました」
それは少し意外だった。
便利なのに。
ただ、考えてみれば理由は分かる。
犯罪者を収容するために使える技術は、普通の人から個性を奪うためにも使える。
使い方の問題だ。
「なので、司法施設内に認可事業者の管理区画を置き、施術そのものを委託する方式を基本とします」
「俺の個性兵を置けばいいですか?」
「その想定です」
なら簡単だ。
摘出用、保存管理用、再移植用の機能をまとめた施術型を置けばいい。
人間の職員も必要ない。
「次は危険個性の規制です」
担当者の説明は続いた。
個性を人工的に作れる以上、何でも自由に売れるようにはならない。
大規模破壊に向くもの。
広範囲へ無差別に作用するもの。
精神や認識へ強く干渉するもの。
他人の個性を奪ったり、強制的に改変したりできるもの。
社会基盤そのものへ大きな影響を与えるもの。
そういった能力は、通常の許可とは別に販売制限を受ける。
場合によっては一般販売そのものが認められない。
「空木さんには、規制対象に指定された人工個性の販売停止要請へ従っていただくことになります」
「いいですよ」
研究できなくなるわけではない。
売れないだけだ。
「……本当にいいんですか?」
「はい。俺は個性を売ること自体が目的じゃないので」
会社を広げる。
利用者が増える。
いろいろな個性を持つ人間が来る。
検査する。
データが増える。
その中から珍しいものを研究する。
それが目的だ。
危険な個性を一般人に売れなくても、特に困らない。
「むしろ、そっちで決めてもらえる方が助かります。俺が社会への影響まで毎回考えるのは面倒なので」
「……分かりました」
担当者が何とも言えない顔をした。
何かおかしかっただろうか。
「次は海外展開です」
これはまだ先の話だが、最初から制度には含まれているらしい。
「日本国内の認可だけで、国外に支店を置いて人工個性を販売することはできません」
「それはそうだと思います」
国が違えば法律も違う。
日本政府が許可したからといって、外国で勝手に個性を売っていい理由にはならない。
「進出先の政府、治安機関、規制機関との事前協議を必須とします。特に、工廠型のような大規模製造能力を持つ設備を配置する場合、その存在と機能を現地政府へ申告してください」
「全部ですか?」
「一般公開する必要はありません。現地政府側が把握していることが条件です」
「なら問題ないです」
研究拠点を隠す必要はない。
中の設計データまで渡せと言われるなら困るが、何を置いているか説明する程度なら構わない。
「認可が下りない国には?」
「出店しないでください」
「分かりました」
それだけだった。
担当者が一度説明を止める。
「ここまでで何か修正してほしい点はありますか?」
少し考える。
人工個性を販売できる。
許可があれば無個性者にも移植できる。
既存個性を外せる。
改造できる。
他人へ移せる。
医療にも使える。
司法機関から業務を受けることもできる。
海外へ出るための手順も決まった。
俺が必要としていたことは、だいたいできる。
「特にないです」
「本当に?」
「はい。問題がないならそれでお願いします」
制度を考えるのは俺の仕事ではない。
技術的に不可能な条件を付けられたなら直してもらう必要があるが、そうでないなら専門家が決めた方がいい。
俺が法律を考えるより、その時間で個性を一つ調べた方が有意義だ。
担当者は少し黙ってから、端末を操作した。
「……では、こちらの制度案を基準として運用準備を進めます」
「お願いします」
「一応言っておきますが、かなり大きな制度変更ですよ」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
人工個性を合法的に購入できる。
生まれ持った個性を合法的に外せる。
改造できる。
条件を満たせば他人へ移せる。
これまでの個性社会では、どれもほとんど想定されていなかったことらしい。
言われてみればそうなのだろう。
俺にはずっと前からできていたので、あまり実感がない。
「これ、俺以外に使う会社ってあるんですか?」
聞いてみる。
担当者が止まった。
「現時点では、制度の中心部分を実際に利用できる事業者は、ほぼ空木さんだけです」
「じゃあ、俺のための法律みたいですね」
「……こちらとしても、その認識を完全には否定できません」
それは少し面白い。
一人の高校生が卒業後に会社をやりたいと言った結果、国が法律を作った。
でも、必要だったのだから仕方がない。
「これで会社は作れますね」
「はい。少なくとも、法制度上の最大の障害は解消しました」
なら、次へ進める。
建物は作れる。
個性兵も作れる。
施術設備も工廠型も用意できる。
土地もすでに必要になりそうな場所を少しずつ確保している。
法律までできた。
残るのは、何をどこまで外へ出すかだ。
作れるものを全部売る必要はない。
むしろ、研究を続けるための会社なのだから、外へ渡すと困る技術もある。
個性を作るための中核。
個性を自由に複製する技術。
摘出と付与。
ワープ。
工廠型。
会社そのものをもう一つ作れるような技術まで売ったら、俺のところへ個性を見せに来てもらう意味が薄くなる。
そこは分けた方がいい。
「次は、売るものを決めます」
「……今からですか?」
「はい」
法律はできた。
なら、研究へ戻れる。
俺は公安の担当者がまだ何か言いたそうにしているのを横目に、新しい資料を開いた。