無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第130話 売るもの、売らないもの

「次は、売るものを決めます」

 

私が新しい資料を開くと、公安の担当者は帰るのをやめたらしい。

 

椅子へ座り直し、こちらの画面を覗き込んでくる。

 

「先ほどの話を聞く限り、こちらも同席した方がよさそうですね」

 

「そうですか?」

 

「危険個性については販売制限をお願いすることになりますから」

 

それは確かにそうだった。

 

法律上は販売可能でも、実際に何を売るかは別の問題になる。

 

私は現在保有している技術と個性を大まかに分類した。

 

販売してもいいもの。

 

販売しないもの。

 

政府などから要請があれば販売を止めるもの。

 

分類自体は難しくない。

 

「まず、私の方から売りたくないものを決めます」

 

「お願いします」

 

最初に除外するべきものは決まっている。

 

「個性を自由に作れる能力は売りません」

 

担当者の表情が少しだけ硬くなった。

 

「……当然と言えば当然ですが、理由を伺っても?」

 

「私と同じことができる人間を増やす必要がないからです」

 

私が会社を作る目的は、世界中から個性の情報を集めることだ。

 

利用者が個性について相談する。

 

検査する。

 

構造を解析する。

 

既存のデータと比較する。

 

その過程で未知の個性や珍しい個性の情報が集まる。

 

その仕組みを世界中へ広げれば、私が自分で個性を探し回らなくても研究対象が増え続ける。

 

ところが、個性を自由に作る技術そのものを外へ渡せば、その仕組みを別の組織でも作れるようになる。

 

それでは意味がない。

 

「人工個性そのものは売ります。ただし、人工個性を自由に製造する能力や技術は売りません」

 

「商品は売るが、製造設備は売らない、と」

 

「近いですね」

 

ただし、普通の製造業より少し範囲が広い。

 

個性因子を一から創造する能力。

 

指定した個性因子へ自由に変換するコピー系能力。

 

個性を自由に摘出して、保存して、他人へ付与する能力。

 

個性を大量に収集し、必要な個性を自由に製造できる基盤。

 

これらは外へ出さない。

 

「個性の摘出や移植も、サービスとしては提供するんですよね?」

 

「はい」

 

「では、その能力そのものは販売しない?」

 

「そうです。摘出してほしいなら、こちらで摘出します。移植してほしいなら、こちらで移植します」

 

相手へ手段を渡す必要はない。

 

結果だけ提供すればいい。

 

司法機関から危険な犯罪者の個性摘出を依頼された場合も同じだ。

 

刑務所などに施術用の個性兵を置けば済む。

 

政府へ摘出能力そのものを渡す必要はない。

 

「自由な個性コピーも同じですか?」

 

「はい。欲しい個性があるなら、許可されたものをこちらで製造して売ります。自由に複製できる能力を渡す必要はありません」

 

「なるほど」

 

担当者が端末へ入力していく。

 

「では、ワープは?」

 

「それも売らない方がいいですね」

 

私が独自に作った『ワープゲート』は、かなり便利だ。

 

距離を越えて人間や物資を移動できる。

 

会社を世界規模で運営するなら、拠点間の移動や緊急時の個性兵輸送にも使える。

 

これを他の組織へ渡せば、私の会社が持つ利便性の一部をそのまま再現されることになる。

 

研究網を維持する上では、外へ渡す利点がない。

 

「必要なら、こちらのサービスとして使わせることはできます」

 

「能力そのものを販売するのではなく?」

 

「はい。運ぶ必要があるなら、こちらで運べばいいので」

 

担当者がしばらく私を見ていた。

 

「つまり空木さん自身が販売を拒否する基準は、危険性ではないんですね」

 

「そうですね」

 

そこは別にどうでもいい。

 

危険だから売らない、という判断は政府側でやればいい。

 

私が気にしているのは一つだけだ。

 

「私の研究に必要な仕組みが維持できるかどうかです」

 

個性を集める。

 

解析する。

 

新しい個性だけが私のところへ上がってくる。

 

その流れを壊すものは売らない。

 

逆に言えば、それを壊さないものには特にこだわりがない。

 

「では、研究網と競合しない人工個性については?」

 

「法律上問題がなくて、許可もあるなら売って構いません」

 

「かなり広いですね」

 

「そうですか?」

 

「かなり広いです」

 

担当者はそう言ったが、私には問題が分からなかった。

 

例えば身体能力を強化する個性が欲しい人間がいる。

 

取得許可がある。

 

身体への適合にも問題がない。

 

代金も払う。

 

なら、売ればいい。

 

発火でも飛行でも水中活動でも同じだ。

 

それを持った人間が何をするかまで私が審査する必要はない。そこは許可を出す側の仕事だ。

 

「前回もお伝えしましたが、社会的影響が大きすぎる個性については、こちらから販売停止や制限をお願いすることがあります」

 

「事前に言ってもらえれば、販売禁止リストに入れます」

 

「それでいいんですか?」

 

「はい」

 

私は販売利益を最大化したいわけではない。

 

売らないことで研究網に支障が出るなら考えるが、そうでないなら政府と揉める方が面倒だ。

 

「例えば、極端な軍事利用が可能なものや、大規模な物流構造を破壊しかねないものも対象になります」

 

「分かりました」

 

「経済へ直接影響する能力もです」

 

「それも構いません」

 

担当者が少し考えてから、例を出した。

 

「仮に、百円で購入できる人工個性があったとします」

 

「はい」

 

「その個性を持っているだけで、純金を無制限に作れるとしたら?」

 

「作れますね」

 

私なら設計できる。

 

エネルギー源や物質供給の方法を決めればいい。無制限という表現を厳密に成立させるなら外部からの供給系統も必要になるが、実用上ほぼ制限なく純金を生成する程度なら難しくない。

 

担当者が一瞬黙った。

 

「……今のは例えです」

 

「はい」

 

「百円でそれを販売されたら困る、という話です」

 

「どうしてですか?」

 

「金の市場価格が崩壊します」

 

「ああ」

 

それはそうかもしれない。

 

大量に作れるようになれば希少性がなくなる。

 

金を資産として保有している人間や、金を扱う産業にも影響する。

 

ただ、私にはその影響がどの程度になるのか分からない。

 

正確には、調べれば計算できるだろうが、調べたいとは思わない。

 

「では、販売禁止にしますか?」

 

「そういう判断をこちらでする、という話です」

 

「お願いします」

 

その方がいい。

 

私は個性を設計できる。

 

その個性がどの程度の出力を持つか、どのような副作用があるか、身体へ適合するか、どのような条件で発動するかも判断できる。

 

しかし、それを何人へ配れば市場価格が何%変化するかには興味がない。

 

必要なら専門家が考えればいい。

 

「他にも、食料をほぼ無制限に生産できる能力、希少資源を生成できる能力、既存の物流を代替する能力などは、価格と普及速度を含めて調整が必要になる可能性があります」

 

「分かりました。まとめておいてください」

 

「……空木さん、本当にこちらへ全部任せるつもりですか?」

 

「技術的な問題があれば確認します」

 

経済的な問題は任せる。

 

社会制度上の問題も任せる。

 

私は技術的に可能かどうかを答えればいい。

 

担当者は額に手を当てた。

 

「では、次です。販売価格について、希望はありますか?」

 

「ありません」

 

即答した。

 

「人工個性そのものだけではなく、検査、除去、改造、移植などの施術料金も含めてです」

 

「特にありません」

 

「原価計算は?」

 

「必要ですか?」

 

個性兵を使えば人件費はほとんど考えなくていい。

 

人工個性の製造についても、一般的な製薬や機械製造とは工程が違う。

 

私が利益を欲しいわけでもない。

 

会社と研究設備を維持できれば、それ以上の金額を積極的に稼ぐ理由はなかった。

 

「……必要です」

 

「では、それもお願いします」

 

「私たちが決めるんですか?」

 

「社会への影響を考えるなら、その方がいいと思います」

 

担当者が黙った。

 

私は間違ったことを言ったつもりはない。

 

「例えば、持っているだけで日常生活に重大な不都合が出る個性があります」

 

担当者が説明を続ける。

 

「はい」

 

「本人に責任がないにもかかわらず、その個性のせいで継続的な治療や生活支援が必要になる場合です。その除去や副作用軽減まで完全な自由診療として高額に設定するのか、公的医療として保険を適用するのか。それだけでも利用者の負担は大きく変わります」

 

「保険を使っても、私のところへ入る金額が同じならどちらでもいいです」

 

「……そういう話になると思いました」

 

本人が払うか、保険制度から払われるか。

 

私にとっては大きな違いがない。

 

必要な施術を行い、個性のデータを取れるなら目的は達成できる。

 

むしろ利用者が増えるなら、その方が研究対象も増える。

 

「では、医療目的の個性除去や治療方向の改造については、保険適用を前提に医療機関と調整します」

 

「お願いします」

 

「一方、本人の希望だけで戦闘能力を大幅に強化するような改造は、当然ながら別です」

 

「はい」

 

その区別も私が決める必要はない。

 

担当者がさらに資料をめくった。

 

「政府が購入する場合もあります」

 

「人工個性をですか?」

 

「はい。例えば警察や消防などです」

 

なるほど。

 

「組織内で使用する能力をある程度統一できれば、訓練や運用を標準化できます。消防なら救助、耐熱、煙への対策。警察なら制圧や防御など、職務に合わせた規格の人工個性をまとめて購入することも考えられます」

 

「作れます」

 

同じ設計の個性を複数製造するだけなら簡単だ。

 

必要なら使用者ごとに適合調整もできる。

 

「数百、数千単位でも?」

 

「問題ありません」

 

「そうなると、個人向け販売とは価格体系を分ける必要がありますね」

 

「それも任せます」

 

「でしょうね」

 

担当者の返答が早くなってきた。

 

理解してもらえたらしい。

 

政府が一括で大量購入するなら安くするのか。

 

逆に、社会への普及速度を抑えたい能力は高くするのか。

 

医療上必要な施術には公費を入れるのか。

 

個人の嗜好で行う個性改造は全額自己負担にするのか。

 

そういったことは、私には重要ではない。

 

「一つ確認します」

 

担当者が姿勢を正した。

 

「空木さん側から価格を下げることはありますか?」

 

「理由によります」

 

「例えば、利用者を増やして個性データを集めるために、採算を無視して極端に安くするとか」

 

少し考える。

 

それはあり得る。

 

利用者が増えるほど、研究対象も増える。

 

価格を下げれば利用者が増えるなら、私にとっては合理的だ。

 

「必要ならやると思います」

 

担当者が目を閉じた。

 

「やはり、価格はこちらで考えましょう」

 

「お願いします」

 

「空木さんに自由に値段を決めてもらうと危ないことがよく分かりました」

 

「そうですか?」

 

「百円で純金を無制限に作れる個性を売りかねない人に、経済政策まで任せるわけにはいきません」

 

「販売禁止リストに入っていなければ、売ると思います」

 

「だからです」

 

なるほど。

 

私が個性を作る。

 

政府や行政が、その個性を社会へ出して問題がないか判断する。

 

危険なら販売禁止リストへ入れる。

 

販売可能なら許可区分を決める。

 

価格についても、医療、福祉、治安、経済への影響を考えて適切な範囲を提示する。

 

私はその条件をシステムへ登録する。

 

利用者が来たら、個性兵が許可情報を確認し、条件に合うサービスだけを提供する。

 

これなら私が一人ずつ判断する必要はない。

 

「その方式なら問題ありません」

 

「では、販売禁止・制限対象の基準、人工個性の価格帯、施術料金、保険適用範囲、政府の一括購入時の扱いまで、こちらで関係省庁と調整してまとめます」

 

「お願いします」

 

「最終案ができたら、技術的に運用可能かだけ確認してください」

 

「分かりました」

 

それなら早い。

 

私がやることはほとんどない。

 

担当者は端末へ最後の入力をして、今度こそ資料を閉じた。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

「はい」

 

「……空木さん」

 

「何ですか?」

 

「会社経営に興味は?」

 

「ありません」

 

「経済にも?」

 

「研究に必要なら調べます」

 

「つまり、必要がなければ?」

 

「興味ありません」

 

担当者は数秒黙ってから、小さく息を吐いた。

 

「分かりました。価格はこちらで決めます」

 

「助かります」

 

これで余計な仕事が一つ減った。

 

売りたくないものだけは決めた。

 

研究網そのものを壊す技術は外へ出さない。

 

それ以外は、国が止めたいなら止める。値段も制度側で決めてもらえばいい。

 

私に必要なのは、個性が集まり続ける仕組みだ。

 

それさえ維持できるなら、商品がいくらで売られているかは重要ではない。

 

公安の担当者を見送った後、私は開いたままだった研究資料へ視線を戻した。

 

法律と販売方針は、これでほぼ片付いた。

 

あとは、この仕組みを実際に動かすための場所と個性兵を用意すればいい。

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