無個性は個性をつくる 作:匿名希望
十一月になった。
卒業までは、もうそれほど長くない。
GQSの国内拠点は完成しているので、そちらで急いでやることもなかった。営業開始まで各拠点を待機させておけばいい。
その分、私はいつも通り雄英で研究を続けていた。
そんなある日、研究室へ青山優雅が来た。
「空木くん、ついに……ついにだよ!」
入ってきた時点で、妙に嬉しそうだった。
手には書類を持っている。
「何かありましたか?」
「許可が下りたんだ!」
そう言って、書類を差し出してきた。
確認する。
個性の取得と、それに伴う施術についての正式な許可だった。
対象となる個性は『ネビルレーザー』。
「やっとですか」
「やっとだよ……!」
青山が大きく息を吐いた。
長かったらしい。
内通者だった青山は、事件後もヒーロー科に残っている。
学校だけを見ていれば、以前とあまり変わらない。
授業を受け、訓練をして、他の生徒と一緒にヒーローになるための勉強を続けている。
ただ、何もなかったことになったわけではない。
家族を人質に取られ、オール・フォー・ワンから脅迫されていたことについては、かなり大きな情状酌量が認められたらしい。
それでも、人が死ぬ可能性があると理解した上で、雄英の情報を意図的に漏らした。
その事実まで消えるわけではない。
結果として、青山は普通に有罪判決を受けている。
今もヒーロー科へ通えているのは、判決や学校側の判断を含めた正式な手続きの結果だ。
そして、その前科が今回の許可にも影響したらしい。
「一年以上かかりましたね」
「長かった……とても長かったよ。僕はずっと試験と勉強を繰り返していたんだ」
「そうだったんですか」
知らなかった。
青山が授業を受けているところは普通に見ていたが、それ以外の時間に何をしているかまでは気にしていなかった。
「最初は、もっと簡単だと思っていたんだよ」
「どうしてですか?」
「だって、僕は新しい力が欲しいわけじゃない。今のネビルレーザーを、僕の身体に合うようにしてほしいだけだからね」
それは以前から聞いている。
青山の要望は単純だった。
ネビルレーザーそのものを別の個性へ変えたいわけではない。
レーザーを放つという基本的な性質は残す。
問題なのは、ネビルレーザーが青山の身体に合っていないことだ。
元々、彼の身体から自然に形成された個性ではない。
無個性だった青山へ、オール・フォー・ワンが後から与えたものだ。
だから出力と身体構造が噛み合っていない。
長時間使えば腹部に不調が出る。
制御にも補助装備が必要になる。
私はかなり前から、その不適合自体は確認していた。
直すこともできる。
ただし、今は法律がある。
「扱いとしては、新しい個性を取得するのと同じだったんですね」
「そうなんだよ!」
青山が机へ両手をついた。
「一度僕からネビルレーザーを外して、空木くんが作り直して、もう一度僕に入れる。だから制度上は、無個性の人が高威力レーザーを放てる個性を新しく手に入れるのとほとんど同じだって」
「それはそうですね」
一度摘出する。
構造を変更する。
再移植する。
元になった個性が青山のものでも、改造後は別の設計になっている。
しかもネビルレーザーは、戦闘に十分使える出力を持つ。
無条件で許可できる種類ではない。
「分かっているよ。分かってはいるんだ。でも僕は三年間、この個性で訓練してきたんだよ?」
「それも審査には含まれたんじゃないですか?」
「もちろんさ。それでも厳しかったんだ」
前科があるかららしい。
過去に悪質な情報漏洩を行った人物へ、高出力の戦闘用個性を改めて与えていいのか。
そこをかなり慎重に見られた。
青山本人の適性。
現在の生活状況。
雄英での訓練記録。
事件後の行動。
ヒーローを目指し続けていること。
そうしたものを審査され、何度も試験を受けた。
不合格になれば対策をして、また受ける。
それを繰り返していたらしい。
「それで十一月までかかったと」
「そういうことだよ」
青山は許可証を見た。
「でも、やっと取れた」
嬉しそうだった。
なら、あとは私の作業だ。
「分かりました。今日やりますか?」
「えっ」
「許可は出ているんですよね?」
「出ているけど……今から?」
「何か予定がありますか?」
「いや、ないけど」
「なら問題ありませんね」
青山が一瞬固まった後、いつものように髪へ手を当てた。
「相変わらず空木くんは展開が早いね……」
許可がある。
本人も希望している。
技術的にも問題ない。
待つ理由がない。
◇ ◇ ◇
施術の準備をする。
ネビルレーザーについては、すでに十分なデータがある。
以前、青山がサポートアイテムの相談へ来た時点で、身体と個性の不適合には気付いていた。
その後、内通者だと発覚してからは別の意味でも調べている。
オール・フォー・ワンから与えられた個性だったからだ。
通信。
追跡。
遠隔操作。
その他の隠された機能。
そういったものが組み込まれていないか確認したが、特に見つからなかった。
ネビルレーザーは、単純に青山へ与えられた個性だった。
問題は、それが青山の身体に適合していないことだけだ。
「では、外します」
「お願いするよ」
青山を施術台へ寝かせ、ネビルレーザーの個性因子を確認する。
摘出そのものは難しくない。
今では何度も使っている技術だ。
身体側への損傷を起こさないよう接続を切り離し、個性因子だけを取り出す。
少しして、摘出が終わった。
「終わりました」
「もう?」
「はい」
青山が自分の腹部を見る。
当然だが、外見上はほとんど変わらない。
「今の僕は……」
「無個性ですね」
青山が黙った。
少し複雑そうな顔をしている。
彼は元々無個性だった。
両親がそれを心配し、オール・フォー・ワンから個性を与えてもらったことが、すべての始まりだった。
今は、そのネビルレーザーが身体から外れている。
「……不思議な感じだね」
「そうですか?」
「空木くんには分からないかもしれないけどね」
「私も元々無個性ですよ」
「そういう意味じゃないよ」
なら分からない。
私は摘出したネビルレーザーの解析へ戻った。
構造そのものは以前から把握している。
レーザーを生成し、臍から放射する。
高出力。
その基本部分には触れない。
青山も、そこを変えることは望んでいない。
直すのは接続部分だ。
個性因子が青山の身体へ要求している構造と、実際の身体側の構造が一致していない。
本来なら個性と身体は成長過程で一緒に形成される。
ネビルレーザーにはそれがない。
完成済みの個性だけを後から入れたので、身体側が無理に合わせている。
なら、個性側を青山へ合わせればいい。
私は現在の青山の身体情報を取得し、ネビルレーザーの設計へ反映する。
発動時の負荷。
エネルギーの流れ。
出力制御。
身体側との接続。
腹部へ集中していた負担を修正し、青山の生体構造と自然に連動するよう組み直す。
レーザーそのものの性質は変えない。
「出力は上げなくていいんですよね?」
確認する。
青山が少し驚いた顔をした。
「上げられるのかい?」
「できます」
「……どれくらい?」
「希望次第です」
青山が少し考えた。
以前なら、ここで目を輝かせていたかもしれない。
だが、今回は首を横に振った。
「今のままでいいよ」
「分かりました」
「僕が欲しいのは、別のすごい個性じゃない。ネビルレーザーでヒーローになることだからね」
なら、その通りにする。
余計な機能は付けない。
レーザーの基本出力も大きく変えない。
不適合だけを消す。
設計を確定し、摘出した個性因子を再構成した。
「できました」
「早いね……」
「元の構造は分かっていましたから」
完全な新規設計ではない。
直す場所も最初から分かっている。
時間をかける理由がなかった。
◇ ◇ ◇
再移植を行う。
今度は、以前とは違う。
青山の身体へ無理にネビルレーザーを押し込むのではない。
最初から青山へ適合するよう設計した個性因子を、正しい位置へ接続する。
身体側との反応を確認する。
拒絶はない。
個性因子の定着も正常。
神経系との接続も問題ない。
出力経路にも異常は見られない。
「終わりました」
青山が身体を起こした。
「これで?」
「はい。ネビルレーザーは戻っています」
「本当に?」
「試しますか?」
研究室内で高出力レーザーを撃つ必要はないので、試験用の出力制限をかける。
青山が立ち上がり、指定した標的へ向く。
「じゃあ……いくよ」
腹部から光が放たれた。
細いレーザーが標的へ当たる。
出力は低くしているが、発動そのものは正常だ。
青山はすぐに止めなかった。
数秒。
さらに数秒。
私は身体反応を観測する。
以前なら使用時間に応じて腹部への負担が増えていた。
今はない。
個性因子と身体が正常に連動している。
「どうですか?」
青山がレーザーを止めた。
しばらく黙っている。
「……痛くない」
「そうなるように直したので」
「お腹も痛くない」
「はい」
「本当に?」
「数値上も問題ありません」
青山が腹部を押さえる。
長い間、ネビルレーザーを使えば腹を壊すことが当たり前だった。
それがなくなっただけだ。
私からすると予定通りの結果だが、青山にとっては違うらしい。
「ベルトは?」
「出力制御のためだけなら、なくても問題ありません」
「……そうか」
青山が小さく笑った。
派手な笑い方ではなかった。
いつものように輝いて見せるわけでもない。
ただ、少し安心したように見えた。
「これで、やっと僕自身の個性になった気がするよ」
厳密には違う。
人工的に再設計して再移植した個性なので、生まれ持った個性になったわけではない。
ただ、身体との不適合はなくなった。
今のネビルレーザーは、少なくとも青山の身体にとって異物ではない。
「使用感が変わっている可能性があるので、いきなり最大出力では使わないでください。しばらく訓練して感覚を確認した方がいいです」
「もちろんさ。ここまで待ったんだからね」
一年以上、許可を取るために試験を受け続けたらしい。
なら、数週間程度の再訓練を嫌がる理由もないだろう。
「卒業までには慣れたいな」
「まだ時間はあります」
「そうだね」
青山は自分の腹部へ手を当てたまま、少しだけ姿勢を正した。
「僕はヒーローになるよ」
「そうですか」
「反応が薄いね?」
「以前からそう言っていたので」
新しく聞いた話ではない。
内通者だったことが発覚しても。
有罪になっても。
個性の改造許可がなかなか下りなくても。
青山はヒーロー科に残り、訓練を続けていた。
今さら確認するまでもない。
「問題がなければ、なれるんじゃないですか?」
「フフ……それで十分さ」
青山はそう言って笑った。
私は最後にネビルレーザーの状態を確認する。
能力の本質は変わっていない。
身体との不適合だけが消えている。
予定通りだ。
青山の許可情報と施術記録を保存する。
これで、卒業前に残っていた案件が一つ片付いた。
外を見る。
十一月。
雄英にいる時間も、残り数か月になっていた。