無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第134話 営業開始

卒業式を終えた日のうちに、私は神野の家を出た。

 

引っ越しといっても、大量の荷物を運ぶ必要はない。研究に必要なものはすでに本拠地へ移してあるし、個人所有物にも残しておきたいものはほとんどなかった。

 

そもそも神野の家を使い続ける理由がない。

 

あの場所は神野事件の時に私と結び付けられ、その後は住所までネット上で広まっている。警備上の問題は個性兵でどうにでもできるが、研究中に人が来る可能性があるだけで面倒だった。

 

卒業後は、以前から建設していた研究用本拠地へ生活拠点も移すことにした。

 

もっとも、生活拠点という表現が正しいのかは少し怪しい。

 

居住区画はある。

 

ただ、睡眠も食事も入浴も必要なくなっているので、普通の家に必要な設備を使う機会はほとんどない。

 

必要なのは研究室だ。

 

解析設備、製造設備、個性因子の保管設備、個性兵の管理設備。それらが使えれば問題ない。

 

日付が変わる少し前、私は研究室にいた。

 

時刻を確認する。

 

二十三時五十九分。

 

GQSの営業開始は卒業翌日として申請してある。

 

人間の従業員がいるなら深夜に営業を始める意味は薄いが、GQSで実際に業務を行うのは個性兵だ。

 

睡眠も休息も必要ない。

 

なら、営業時間を区切る理由もない。

 

最初から二十四時間営業にしてある。

 

私は『共有』を通して、全国のGQS拠点へ接続した。

 

各地の状況が同時に入ってくる。

 

受付型。

 

施術型。

 

警備型。

 

指揮官型。

 

工廠型。

 

すべて配置済みだ。

 

設備にも異常はない。

 

新しく何かを作る必要はない。

 

今日までに完成させたシステムを動かすだけだった。

 

時計の表示が変わる。

 

午前零時。

 

日付が変わった。

 

私は共有を通して、全国の指揮官型へ命令を送る。

 

『営業を開始してください』

 

命令は即座に全国へ伝達された。

 

各拠点の入口が開く。

 

受付型が所定位置につき、施術設備が待機状態へ移行する。警備型は通常警備を継続し、指揮官型が各個体の稼働状況を確認した。

 

Global Quirk Solutions。

 

正式に営業開始だ。

 

特に問題はない。

 

私は接続を切ろうとした。

 

その直後だった。

 

複数の拠点から来訪者の情報が入ってきた。

 

一か所ではない。

 

全国だ。

 

「……もう来たんですか」

 

営業開始から一分も経っていない。

 

事前に営業開始日時は公表されているので、来客がいること自体は不思議ではない。

 

ただ、午前零時一分だ。

 

普通の利用者が個性の相談をするために、この時間から全国の店舗へ一斉に来るとは考えにくい。

 

共有を維持したまま確認する。

 

各店舗の警備型が身分確認を終えていた。

 

来訪者は全員、公安所属。

 

目的も同じだった。

 

治療系人工個性の購入。

 

「ああ」

 

それなら分かる。

 

政府による初期購入の話は、以前から決まっていた。

 

生存している限り、外傷、欠損、神経損傷などを完全に治療できる人工個性。

 

私の医療型個性兵にも搭載している能力だ。

 

GQSの通常医療では、能力そのものを患者へ渡す必要はない。施術用個性兵が治療すれば済む。

 

ただし、治療能力そのものを外部組織が保有したい場合は別だ。

 

許可された相手なら人工個性として販売できる。

 

政府はその最初の大口購入者になる予定だった。

 

公的医療。

 

ヒーロー治療。

 

警察。

 

災害医療。

 

使い道はいくらでもある。

 

販売制限をかける理由もないので、申請された数を用意することになっている。

 

そこまでは知っていた。

 

ただ、営業開始直後に来るとは聞いていない。

 

全国の店舗で受付が始まっている。

 

公安職員が必要書類を提示し、受付型が照合する。

 

購入許可にも問題はない。

 

手続きは事前に済んでいるらしく、あとはGQS側で人工個性を用意して引き渡すだけだった。

 

指揮官型が各拠点の在庫と施術設備を確認する。

 

不足はない。

 

そのまま対応可能だ。

 

私はしばらく全国の状況を見ていた。

 

「言ってくれれば、先に対応したんですけどね」

 

政府や公安とは卒業前から何度も話をしている。

 

購入内容まで決まっていたのだから、営業開始と同時に受け取りたいと言われれば別に断らなかった。

 

わざわざ午前零時まで各店舗の前で待つ必要もない。

 

とはいえ、向こうには向こうの手続きがあるのだろう。

 

営業開始前に商品を引き渡すより、正式稼働後に正規の購入手続きを通した方が処理しやすいのかもしれない。

 

そのあたりは私にはどうでもいい。

 

「まあ、いいですか」

 

問題なく買えるなら同じだ。

 

各店舗では、受付型から施術型へ購入情報が共有されていた。

 

治療系人工個性は、GQSの中核技術そのものではない。

 

人工個性を自由に設計する技術や、個性を自由に摘出・付与する能力そのものは外部へ渡さないが、完成した治療能力なら販売できる。

 

政府側の許可もある。

 

販売処理に私の承認は必要ない。

 

事前に決めた条件へ一致していれば、指揮官型がそのまま処理する。

 

私は全国の拠点から流れてくる情報を一通り確認した。

 

異常なし。

 

なら、もう見る必要はない。

 

『以後は通常運用を継続してください。既存データとの類似性が低い個性を確認した場合だけ報告してください』

 

全国の指揮官型へ最後の命令を送る。

 

返答が一斉に返ってきた。

 

私は『共有』による接続を切った。

 

研究室が静かになる。

 

正確には、設備の稼働音はある。

 

ただ、人間の声はない。

 

それでいい。

 

GQSのために私が受付へ立つ必要はない。

 

人工個性の販売も、個性の除去も、移植も、改造も、通常の範囲なら個性兵だけで処理できる。

 

利用者の個性情報はデータベース型へ集められる。

 

既存個性との比較も自動だ。

 

私が見る必要があるのは、そこから外れたものだけになる。

 

全国で何人利用者が来ても、私の研究時間が直接減ることはない。

 

そのために、この仕組みにした。

 

私は作業台へ向き直った。

 

営業開始から数分。

 

全国では、今も公安職員が治療系人工個性を受け取るための手続きを進めているはずだ。

 

だが、それはもう個性兵の仕事だ。

 

私がやることではない。

 

端末に研究データを表示する。

 

学校へ行く必要もない。

 

会社へ出勤する必要もない。

 

来客へ対応する必要もない。

 

ここには、私の研究を止めるものがほとんどない。

 

卒業後に欲しかった環境は、すでに完成している。

 

「では、始めましょうか」

 

私は次の研究データを開いた。

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