無個性は個性をつくる 作:匿名希望
GQSの名前が一般にも知られ始めた頃、政府からの大量購入はようやく一段落していた。
治療用の人工個性だけではない。
実のところ、政府が営業開始直後から購入していた人工個性は、かなりの種類に及んでいた。
警察向け。
消防向け。
救急向け。
災害対応向け。
公務員といっても、必要とされる能力は職種によって違う。
警察官なら、犯人の制圧や市民の保護に利用できる能力が必要になる。消防官なら耐熱性や煙の中でも活動できる感覚能力、救助に利用できる身体強化など、現場に適した個性がある。
これまでも公務員の中には、それぞれ自分の個性を仕事へ活用している者がいた。
だが、生まれ持った個性と職業が必ず一致するわけではない。
火に強い人間だけが消防官になるわけではなく、捜査に便利な個性を持つ人間だけが警察官になるわけでもない。
なら、仕事に合わせた人工個性を後から取得させればいい。
制度上も一般職業用の個性取得許可が整備されている。
政府はGQSの営業開始に合わせ、職種ごとに統一規格の人工個性をまとめて購入した。
一人の人間へ大量の個性を搭載するわけではない。
必要な職務へ、必要な能力を配備する。
それだけだった。
全国のGQS店舗では、営業開始直後から公安や各省庁の関係者が出入りし続けた。
購入手続き。
本人確認。
許可情報の照合。
必要に応じた適合検査。
人工個性の付与。
それらを人型の個性兵が淡々と処理していく。
人間の従業員は一切見当たらない。
それでも受付は止まらず、深夜でも早朝でも同じ速度で処理が続いた。
個性兵に睡眠も休息も必要ない。
GQSは二十四時間、いつ行っても開いている。
政府側からすれば、大人数を短期間で処理するには都合がよかった。
そしてGQS側にとっても、政府から何人送り込まれようと負担にはならなかった。
ただし、利用者たちが知らないことが一つあった。
彼らが人工個性を買いに来ただけでも、その時点ですでにGQSの目的は半分達成されていた。
◇ ◇ ◇
一人の警察官が、施術室へ案内される。
目的は職務用人工個性の取得だった。
本人の個性を調べに来たわけではない。
「こちらへお立ちください」
白衣を模した服装の人型個性兵に促され、警察官が指定された位置へ立つ。
「適合確認を行います」
「ああ、お願いします」
警察官は特に疑問を持たなかった。
新しい個性を身体へ入れるのだから、検査があるのは当然だと思っている。
個性兵が警察官を見る。
それだけで、必要な情報は取得されていた。
身体構造。
既存個性。
個性因子の状態。
発動機構。
身体との適合。
既存データとの類似性。
取得された情報は店舗内部の指揮官型を経由し、データベース型へ送られる。
警察官本人は、自分の個性について説明すらしていない。
する必要がなかった。
一度でも個性兵の視界に入れば、その人物がどのような個性を持っているのか、必要な情報は取得できる。
それは警察官だけではない。
消防官も。
救急関係者も。
公安職員も。
政府がGQSへ送り込んだ人間は、人工個性を購入するために来ただけで、本人たちが持つ個性まで次々とデータベースへ蓄積されていった。
もちろん、同じ個性が何度も集まることもある。
似た構造も多い。
それで問題はなかった。
既知の個性なら記録する。
既存データと比較する。
同一ではなくても、構造的に近ければ分類する。
珍しい構造が含まれていれば、その差異も残す。
大量の人間が来れば、それだけ比較対象も増える。
政府は職務用人工個性を買っている。
その裏でGQSは、利用者が元から持っている個性の情報まで蓄積していた。
利用者側からすれば、施術前の検査にしか見えなかった。
「適合に問題はありません。施術を開始します」
「お願いします」
警察官は、そのまま人工個性の付与を受けた。
自分が店へ入ってから数分の間に、生まれ持った個性の情報まで記録されたことを気にする様子はなかった。
そもそも、知らない。
知っていたとしても、新しい個性を身体へ入れるための検査だと言われれば、多くは気に留めなかっただろう。
GQSは個性を扱う会社なのだから。
個性を調べられること自体、不自然ではなかった。
◇ ◇ ◇
政府関係者の大規模な利用が落ち着き始めると、今度は別の人間が店舗へ増え始めた。
民間人だった。
最初は少数だった。
政府が採用した人工個性の会社。
失われた腕を再生できる治療能力を作った会社。
個性を外せる。
個性を改造できる。
新しい個性まで買える。
報道や口コミでGQSの名前が広がるにつれて、来店する理由も増えていった。
「すみません。個性のことで相談したいんですけど」
ある店舗へ、一人の女性が入ってきた。
受付にいるのは人型個性兵だ。
外見だけなら人間とほとんど変わらない。
「承知しました。ご相談内容をお聞かせください」
「私の個性、ちょっと生活に不便で……消すほどじゃないんですけど、どうにかできないかなって」
「詳細を確認します。こちらへどうぞ」
女性は案内に従う。
別の店舗では、男性が受付へ座っていた。
「自分の個性が、具体的にどういうものなのか調べたいんですが」
「詳細解析をご希望ですね」
「はい。昔から使えてはいるんですけど、説明しろって言われると自分でもよく分からなくて」
「承知しました」
また別の店舗には、親子が来ていた。
「この子の個性なんですけど、使うたびに本人が痛がるんです」
「発動時の副作用について確認します」
「治せますか?」
「解析後、改造可能な構造であれば対応方法をご説明します」
相談内容は一つではない。
自分の個性を詳しく知りたい。
副作用を軽くしたい。
生活に邪魔な機能だけを抑えたい。
個性そのものを除去したい。
仕事に使える人工個性が欲しい。
今ある個性と新しい個性を併用できるか知りたい。
これまでなら、相談先すら分からなかったものも多い。
病院で扱うべきなのか。
サポート会社へ行くべきなのか。
行政へ相談するべきなのか。
そもそも解決できる問題なのか。
GQSでは、それらをまとめて個性に関する相談として受け付けた。
店へ来れば、まず個性兵が確認する。
必要なら詳細検査へ進む。
除去、改造、人工個性の取得など、許可が必要な施術なら行政システムと照合する。
許可範囲外なら受け付けない。
問題がなければ、そのまま処理する。
仕組みを理解していない利用者でも困ることはなかった。
何に悩んでいるのかを話せば、必要な手続きはGQS側が案内する。
それだけだった。
◇ ◇ ◇
来店者が増える。
昼だけではない。
仕事帰りの夕方。
夜。
深夜。
早朝。
営業時間を確認してから来る必要もない。
二十四時間営業なので、開いているかどうかを気にする必要がなかった。
一つの店舗で行列ができても、処理そのものは速い。
受付を増やす必要があれば、指揮官型が内部の個性兵を振り分ける。
検査が増えれば検査担当を回す。
施術が増えれば施術設備を稼働させる。
人間の従業員にありがちな勤務時間や休憩、交代要員の問題は存在しない。
客が来れば処理する。
いなくなれば待機する。
それが一日中続く。
営業開始直後は、政府関係者が大半だった。
数日後には、そこへ一般人が混ざり始めた。
さらに時間が経つと比率が逆転する。
警察官の後ろに会社員が並び、消防官の隣で親子が相談し、深夜には仕事を終えた人間が自分の個性について話している。
千客万来だった。
そして、誰が何を相談しに来ても同じだった。
個性を消したい人間も。
個性を改造したい人間も。
新しい個性を買いたい人間も。
単に相談だけしたい人間も。
一度でもGQSの個性兵に身体を見られれば、元々持っている個性の情報は取得される。
その情報はデータベース型へ送られる。
既存データと比較され、分類され、蓄積される。
利用者が増えるほど、会社に集まる個性も増えていく。
GQSにとって、客は依頼人であると同時に新しい個性情報の入口でもあった。
もちろん、訪れる民間人たちはそんなことを目的にしていない。
彼らが知りたいのは、自分の悩みが解決できるかどうかだった。
「本当に、この副作用だけなくせるんですか?」
「可能です」
「個性自体はそのままで?」
「基本性質を維持したまま、身体への負担を軽減する設計が可能です」
「じゃあ、お願いします」
また一人、施術室へ入っていく。
その人物の個性情報も、すでにデータベースへ送られていた。
別の店舗にも客が来る。
さらに別の店舗にも来る。
北海道から九州まで、同じことが繰り返される。
会社が全国へ展開している意味は、単に多くの客を取ることではなかった。
客が増えれば、個性が集まる。
地域が広がれば、さらに多様な個性が集まる。
政府が最初に大量の公務員を送り込んだことで、GQSのデータベースには営業開始直後から大量の個性情報が追加された。
その波が収まる頃には、今度は一般人が自分から店舗へやって来るようになった。
そして、その流れは途切れない。
個性に困った人間がいる限り。
個性を知りたい人間がいる限り。
個性を変えたい人間がいる限り。
全国のGQSには、毎日新しい人間が入ってくる。
そのたびに、世界に存在する個性の情報が一つずつ、データベースへ積み上がっていった。