無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第137話 普通でいるために

GQSの営業開始によって、個性に関する問題の扱い方は少しずつ変わり始めていた。

 

個性を詳しく調べられる。

 

身体に合わない部分を改造できる。

 

必要なら摘出することもできる。

 

それまで本人が一生付き合うしかなかった問題に、別の選択肢が生まれた。

 

その影響を強く受けた分野の一つが、個性カウンセリングだった。

 

個性が発現した子供に対して、能力との付き合い方を教える。

 

危険な使い方をしないよう指導し、社会生活へ適応できるよう支援する。

 

個性社会では以前から必要とされてきたものだった。

 

だが、カウンセリングだけですべてが解決するわけではない。

 

その事実を、あまりにも分かりやすい形で示してしまった少女がいた。

 

渡我被身子。

 

敵連合に所属し、数多くの犯罪へ関与したヴィラン。

 

彼女の個性は『変身』。

 

他人の血を摂取することで、その人間の姿へ変身する能力だった。

 

問題は、能力そのものだけではなかった。

 

個性に由来する嗜好が、彼女自身の精神へ強く影響していた。

 

好きな相手の血が欲しい。

 

血を飲みたい。

 

好きな相手になりたい。

 

幼い頃から存在したそれを、周囲は異常なものとして扱った。

 

普通にしなさい。

 

我慢しなさい。

 

笑い方を直しなさい。

 

そんなことをしてはいけない。

 

社会へ適応させるための指導は、彼女の中にある衝動そのものを消してはくれなかった。

 

抑え込まれたものは消えず、やがて限界を迎えた。

 

その後に彼女が犯した犯罪まで個性だけの責任にすることはできない。

 

しかし、もし『変身』という個性が彼女の精神へあれほど強い影響を与えていなければ。

 

もし、幼い頃に衝動そのものへ対処する方法が存在していれば。

 

違う人生を送れた可能性はあった。

 

普通でいられたかもしれない少女が、個性によって普通ではいられなくなった。

 

渡我被身子という存在は、個性カウンセリングの在り方を見直すうえで無視できない事例となった。

 

◇ ◇ ◇

 

「我慢させることを、治療と呼んではいけません」

 

個性カウンセラーを対象とした研修で、講師がそう話した。

 

正面の画面には、新しく改訂された対応指針が表示されている。

 

個性に由来する衝動や欲求があったとしても、それだけで危険人物と判断するわけではない。

 

まず本人の状態を確認する。

 

どの程度の頻度で衝動が生じるのか。

 

本人の意思で制御できるのか。

 

日常生活へどの程度影響しているのか。

 

安全な代替手段を用意できるのか。

 

カウンセリングや生活環境の調整によって、本人が無理なく社会生活を送れるのなら、それでいい。

 

問題は、それではどうにもならない場合だった。

 

「本人へ強い苦痛を与え続ける、あるいは本人の意思だけでは制御困難な衝動を生じさせる個性については、医療機関との連携を検討してください。現在はGQSで個性構造そのものの詳細解析が可能です」

 

以前なら、そこで選択肢がなくなっていた。

 

本人に我慢させる。

 

周囲が管理する。

 

薬物療法などで精神面から抑える。

 

危険行動が起きれば、さらに強く指導する。

 

個性そのものへ手を入れられない以上、本人の側を個性に合わせるしかなかった。

 

今は違う。

 

「個性そのものが本人へ継続的な悪影響を与えていると判断された場合、悪性個性として扱い、改造または摘出を選択肢として提示できます」

 

会場にいたカウンセラーの一人が手を挙げた。

 

「摘出まで勧めるんですか?」

 

「勧める場合があります。ただし、カウンセラーの判断だけで施術を決定するわけではありません」

 

当然だった。

 

少し扱いにくい個性だから外してしまえばいい、という話ではない。

 

本人の意思。

 

年齢や状況に応じた必要な手続き。

 

医療的な評価。

 

個性が本人へ与えている影響。

 

改造で問題を解決できるのか、それとも摘出が適切なのか。

 

それらを確認したうえで選択肢を提示する。

 

「重要なのは、個性に人生を合わせることだけを正解にしないことです」

 

生まれ持った個性だから。

 

その人の一部だから。

 

だから、一生付き合わなければならない。

 

以前は、それ以外に方法がなかった。

 

今は外せる。

 

なら、本人を苦しめ続ける個性まで無条件に保持させる理由はなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

その変化は、実際の個性カウンセリングにも現れ始めた。

 

「また、やっちゃった……」

 

小さな相談室で、少女が俯いていた。

 

向かいに座るカウンセラーは、責めなかった。

 

「どんな時にそうしたくなるの?」

 

「分かんない。急に、すごくしたくなる」

 

「我慢はできる?」

 

少女はしばらく黙った後、小さく首を振った。

 

「我慢すると、ずっとそのことばっかり考えちゃう」

 

両親から聞いた話とも一致している。

 

個性の発現以降、特定の刺激に対して強い衝動を示すようになった。

 

何度注意しても繰り返す。

 

本人も悪いことだと理解している。

 

それでも止められない。

 

だからこそ、叱るだけでは意味がなかった。

 

「あなたが悪い子だから、そうしたくなるわけじゃないよ」

 

少女が顔を上げる。

 

「個性が関係しているかもしれない。だから、一度ちゃんと調べてもらおうか」

 

「調べる?」

 

「うん。どんな個性なのか、身体の中でどう働いているのか、詳しく見てもらえるところがあるの」

 

カウンセラーは両親にも説明した。

 

まずは詳細解析を受ける。

 

個性そのものが衝動へ関与しているのか確認する。

 

関係しているなら、その部分だけを弱めたり、取り除いたりできないか検討する。

 

それでも本人への悪影響を安全に切り離せない場合には、個性そのものを摘出する選択肢もある。

 

両親は驚いていた。

 

「個性を……なくすんですか?」

 

「最初からそうすると決まったわけではありません。ただ、この子が一生我慢し続ける以外にも方法がある、ということです」

 

個性を持って生まれたのだから仕方がない。

 

そう言って終わらせなくてよくなった。

 

少女本人へ視線を戻す。

 

「嫌だったら、嫌だって言っていいからね。まずは調べてもらって、それから考えよう」

 

少女は少し迷ってから頷いた。

 

「……そこ、病院?」

 

「病院とは少し違うかな」

 

カウンセラーは紹介先を示した。

 

Global Quirk Solutions。

 

個性の詳細解析。

 

副作用の確認。

 

既存個性の改造。

 

そして、必要なら安全な摘出まで行える場所。

 

全国に店舗があり、二十四時間営業している。

 

個性カウンセリングの現場からGQSへ利用者を紹介する流れは、制度として少しずつ整えられていた。

 

◇ ◇ ◇

 

すべての問題を個性のせいにはできない。

 

個性を摘出すれば、人間の悩みがすべて消えるわけでもない。

 

犯罪を犯した人間が、個性の影響を理由に何も責任を負わなくなるわけでもなかった。

 

それでも、個性そのものが本人を苦しめている場合は確かにある。

 

身体を傷つける個性。

 

日常生活を困難にする個性。

 

本人の意思とは無関係に危険な現象を起こす個性。

 

そして、精神や欲求へ強く作用し、本人が望まない衝動を生み続ける個性。

 

以前は、それらも含めて本人の個性だった。

 

本人が適応するしかなかった。

 

今は違う。

 

カウンセリングで付き合い方を見つけられるなら、それでいい。

 

個性の一部を改造すれば解決するなら、改造すればいい。

 

それでも本人を苦しめ続けるのなら、外すこともできる。

 

個性を持って生まれたことと、その個性を一生持ち続けなければならないことは、同じではなくなった。

 

渡我被身子に、その選択肢は間に合わなかった。

 

だが、次に同じような子供が現れた時まで、同じ結末を繰り返す必要はない。

 

個性カウンセリングは、本人を個性へ適応させるためだけのものではなくなっていく。

 

必要なら、個性の方を本人に合わせる。

 

それでも駄目なら、手放すことを選べる。

 

その最後の受け皿として、GQSの店舗には今日も個性に悩む人間がやって来ていた。

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