無個性は個性をつくる 作:匿名希望
物心がついた頃から、ヒーローになりたかった。
テレビの向こうで人を助けるヒーローを見て、自分もあんなふうになりたいと思った。
だから、自分の個性が発現する日をずっと待っていた。
友達の指から火花が出た。
別の子には尻尾が生えた。
同じクラスの女の子は、触れた物を少しだけ浮かせられるようになった。
私にも、もうすぐ何かが起きると思っていた。
けれど、何も起きなかった。
病院で検査を受けた。
何度調べても結果は変わらなかった。
無個性。
その言葉を聞いてから、周りの大人は少しずつ私へ現実を教えるようになった。
ヒーロー以外にも立派な仕事はある。
人を助ける方法は一つじゃない。
警察官や消防官という道だってある。
私の将来を考えて言ってくれているのは分かっていた。
それでも、諦められなかった。
ヒーローになりたい。
困っている人を助けて、ヴィランがいたら戦って、誰かが怖がっていたら大丈夫だと言える人になりたい。
でも、無個性だった。
身体を鍛えた。
勉強もした。
ヒーローについて調べた。
救助方法も、ヴィランへの対処法も、個性の使い方も、自分には個性がないのにたくさん覚えた。
それでも、どこかで分かっていた。
私はヒーローになれない。
少なくとも、昔なら。
◇ ◇ ◇
制度が変わったことを知ったのは、進路について調べていた時だった。
最初は意味が分からなかった。
『ヒーロー用個性取得許可試験』
何度も読み直した。
個性取得許可制度そのものは、GQSが営業を始めてからニュースでも取り上げられていた。
人工個性。
個性の改造。
個性の摘出。
無個性者への新規個性移植。
そんなものが本当に存在するらしい、ということは知っていた。
でも、それと私がヒーローになることは別だと思っていた。
強力な個性なら、当然誰にでも売るわけにはいかない。
ヴィランが買えば犯罪に使える。
だから危険性の高い人工個性には取得許可が必要になる。
そこまでは分かる。
問題は、その許可を取るための条件だった。
年齢ではなかった。
元々個性を持っているかどうかでもなかった。
必要な試験に合格し、該当する許可を取得しているか。
それが基準だった。
無個性でも受けられる。
私は画面を見たまま、しばらく動けなかった。
「……受けられる」
声に出してから、もう一度最初から読んだ。
受験資格。
試験内容。
取得後に許可される人工個性の区分。
注意事項。
何度読んでも、無個性者を除外する文章はなかった。
ヒーローを目指すために強力な人工個性を取得したいなら、そのための試験を受ければいい。
合格すれば買える。
逆に、大人だからといって自由に買えるわけではない。
必要な許可を持っていなければ、危険な個性は購入できない。
私は、その日のうちに申し込み方法を調べた。
◇ ◇ ◇
簡単な試験ではなかった。
当然だと思う。
合格した人間は、その後、本当に人を傷つけられるほど強力な個性を購入できる。
だから筆記だけでは終わらなかった。
ヒーロー活動に必要な法律や安全管理、個性を使用する際の責任について問われた。
状況判断も見られた。
事故や災害を想定した試験では、何を優先するかを何度も問われた。
強い個性を手に入れれば何とかできる、では駄目だった。
個性を使わない方が安全なら使わない。
戦うより避難誘導を優先すべき状況なら、そちらを選ぶ。
自分一人で対処できないなら応援を要請する。
力を持つことではなく、その力を扱わせても問題がない人間かを見られているのだと思った。
私は何度も落ちた。
最初に不合格の通知を見た時は、しばらく何も考えられなかった。
昔なら、そこで終わっていたと思う。
無個性だから仕方がない。
向いていない。
諦めよう。
そうするしかなかった。
でも、今回は違った。
無個性だから落ちたわけではない。
試験で足りなかったから落ちた。
なら、勉強すればいい。
訓練すればいい。
足りなかったところを埋めればいい。
次に受けられる。
それだけで、ずいぶん違った。
私は対策を続けた。
救助の知識を増やした。
法律を覚えた。
身体を鍛えた。
判断を間違えた問題は、どうして間違えたのかまで考え直した。
個性を持っている人より不利だと思う場面はあった。
私は実際に個性を使った経験がない。
どれだけ勉強しても、発動感覚なんて分からない。
だからこそ、分からないことを分かったつもりにならないようにした。
そうして何度目かの受験で、結果を見る。
合格。
最初は意味を理解できなかった。
画面に表示された文字を何度も見た。
「……合格?」
更新してみた。
変わらない。
もう一度確認する。
変わらない。
「受かった……」
胸の奥から何かが込み上げてきた。
嬉しい。
でも、それだけじゃない。
ずっと閉じていた扉が、本当に開いた。
私はヒーローになれるかもしれない。
無個性でも。
◇ ◇ ◇
GQSへ行く日は、朝から落ち着かなかった。
予約した時間よりかなり早く着いてしまった。
建物の前で何度も時間を確認して、それでも待ちきれず中へ入る。
「いらっしゃいませ」
受付にいた女性がこちらを見る。
人間にしか見えないけれど、GQSには人間の従業員がほとんどいないと聞いていた。
たぶん、この人も個性兵なのだと思う。
「あ、あの、人工個性を買いに来ました」
「取得希望ですね。許可情報を確認します」
「はい」
端末へ必要な情報を提示する。
待っている間、手が震えた。
試験に合格した。
許可も出ている。
何も問題はないはずなのに、本当に買えるのかという不安が消えない。
無個性だから駄目です。
そんなことを言われる気がしてしまう。
昔から何度も聞いた言葉が、頭の中に残っていた。
「確認が完了しました」
顔を上げる。
「ヒーロー活動を目的とした人工個性取得許可を確認しました。許可区分内の人工個性を取得できます」
「……本当に?」
思わず聞いてしまった。
受付の女性は表情を変えない。
「はい」
「私、無個性なんですけど」
「確認済みです。新規人工個性の移植に問題はありません」
それだけだった。
特別扱いもされない。
同情もされない。
無個性だから難しいとも言われない。
許可を持っている。
だから買える。
それだけ。
「どのような能力をご希望ですか?」
私は慌てて、事前に考えてきた条件を伝えた。
「ヒーローになりたいんです。救助にも使えて、でもヴィランと戦わないといけない時にはちゃんと戦える、強い個性が欲しいです」
言ってから、自分でも曖昧すぎると思った。
もっと具体的に決めてくるべきだったかもしれない。
けれど受付の個性兵は、そのまま確認を進めた。
「用途を確認しました。候補を提示します」
目の前の画面に、複数の人工個性が表示される。
私は息を呑んだ。
身体能力を強化するもの。
移動能力を得るもの。
救助対象を保護するもの。
遠距離から物体へ干渉できるもの。
単純な攻撃だけではなく、ヒーロー活動を想定した能力が並んでいた。
当然、すべてを好きなだけ買えるわけではない。
私が取得した許可の範囲で購入可能なものだけが表示されているらしい。
「複数取得も可能なんですか?」
「許可範囲および身体適合上限の範囲内で可能です。ただし、取得数が多いほど有利になるとは限りません。用途、操作負荷、同時使用時の干渉を考慮した構成を推奨します」
「じゃあ、一つでいいです」
迷わなかった。
最初からたくさん欲しかったわけではない。
ヒーローになるために必要な力が一つあればいい。
候補を見比べる。
説明を読む。
何度も質問する。
救助に使えるか。
自分の身体で安全に扱えるか。
出力を細かく調整できるか。
暴発した時に周囲を巻き込まないか。
そして、一つを選んだ。
決め手になったのは、一番派手だったからではない。
救助と戦闘の両方に使えて、出力調整がしやすく、訓練次第で応用範囲を広げられると説明されていたからだった。
「これにします」
「承知しました。最終確認を行います」
別室へ案内された。
検査を受ける。
身体の状態を確認される。
無個性なので既存個性との干渉はない。
それでも人工個性を身体へ組み込む以上、適合確認は必要らしい。
「適合に問題はありません」
その言葉を聞いて、心臓が大きく跳ねた。
「それでは施術を開始します」
「はい」
怖くないと言えば嘘になる。
生まれてからずっとなかったものを、今から身体へ入れる。
でも、逃げたいとは思わなかった。
ずっと欲しかった。
ヒーローになるための可能性が欲しかった。
施術そのものは、思っていたよりずっと早く終わった。
「完了しました」
「……え?」
「人工個性の移植は正常に完了しています」
自分の手を見る。
見た目は何も変わっていない。
身体が急に光ったりもしない。
でも、分かった。
今まで存在しなかった感覚がある。
どう説明すればいいのか分からない。
腕や脚を動かす感覚とは違う。
けれど確かに、自分の中に何かが増えている。
「これが……個性?」
「はい。初回使用前に操作説明と安全訓練を行います」
涙が出た。
慌てて拭う。
「す、すみません」
「問題ありません」
私は笑った。
たぶん、変な顔だったと思う。
でも止められなかった。
ずっと、個性が欲しかった。
個性があればヒーローになれると思っていた。
生まれなかった。
だから諦めなければならないと思っていた。
でも違った。
少なくとも、今は違う。
生まれ持っていなくても、必要な資格を取れば手に入れられる。
そのために勉強して、訓練して、自分がその力を持ってもいい人間だと認めてもらえばいい。
簡単ではなかった。
試験には何度も落ちた。
これから個性の訓練もしなければならない。
個性を買っただけでヒーローになれるわけでもない。
ヒーローになるための勉強も、学校への進学も、その先の訓練も全部これからだ。
それでも、もう最初から不可能ではない。
◇ ◇ ◇
GQSを出て、私は自分の手を何度も開いたり閉じたりした。
まだ個性は使わない。
安全訓練を受けるまでは勝手に発動しないよう注意されている。
だから、今は感覚を確かめるだけだ。
それでも嬉しかった。
道の向こうに、大きなヒーロー広告が見える。
昔なら、それを見るたびに少しだけ苦しくなった。
憧れているのに、自分にはなれないものだったから。
今日は違う。
私は広告を見上げて、それから歩き出した。
ヒーローになれると決まったわけじゃない。
でも、挑戦できる。
無個性で生まれたことは、もうそこで道が終わる理由にはならなかった。