無個性は個性をつくる 作:匿名希望
障害物競走が終わった後、次の競技が発表された。
騎馬戦。
障害物競走を通過した生徒が複数人でチームを組み、前の競技順位に応じて割り当てられたポイントを奪い合う。
頭へ付けた鉢巻を取られれば、そこに書かれたポイントを失う。
制限時間終了時点の順位で次へ進む。
説明を聞きながら、私は通過者を見る。
八百万百。
常闇踏陰。
物間寧人。
全員いる。
問題ない。
次の競技では障害物競走より他チームとの距離が近くなる。
接触も自然に発生する。
血液採取用の指輪を使うなら、こちらの方が都合がいい。
もちろん、それをチームメンバーへ説明する必要はなかった。
「では、チームを決めればいいんですね」
問題はそこだった。
騎馬戦なので一人では参加できない。
普段、私はサポート科のクラスメイトへ必要以上に話しかけない。
ヒーロー科や普通科なら、さらに接点がない。
ただし、人間関係を作る競技ではない。
条件に合う相手を探せばいい。
私は通過者を見る。
身体能力。
個性。
障害物競走中の動き。
今後観察したい対象。
それらを考える。
できれば、私自身が周囲を見る余裕を確保できる構成がいい。
騎馬として安定して動ける人間。
相手を近付けにくくする手段。
必要なら拘束や行動阻害ができる能力。
その中で、少し気になる三人がいた。
紫色の髪の男子。
心操人使。
その両脇にいる二人。
尾白猿夫。
庄田二連撃。
名前は参加者一覧で確認している。
ただ、三人の様子には違和感があった。
会話しているのは、ほぼ心操さんだけだった。
尾白さんと庄田さんは立っている。
周囲も見ている。
しかし、行動の起点が自分にない。
心操さんが移動すると二人も移動する。
止まれば止まる。
細かな位置調整にも、不自然なほど迷いがない。
障害物競走の時にも似た挙動を見た。
精神干渉。
あるいは命令系。
その可能性を考えていた。
今見る限り、もう能力を使っているらしい。
尾白さんと庄田さんは、おそらく心操さんの支配下にある。
なら、都合がよかった。
私は三人へ歩いていった。
◇ ◇ ◇
精神系個性は研究上、少し面倒だった。
外部から観察しにくい。
炎なら見える。
氷も見える。
身体強化なら結果からある程度推測できる。
精神干渉は違う。
作用された本人の行動が変わっても、何が内部で起きているかは分かりにくい。
だから、以前から既存の精神干渉系個性因子を調整し、自分へ防御用の人工個性を投与していた。
攻撃するためではない。
研究中に精神操作を受けると、測定以前の問題になるからだ。
作用する命令。
強制服従。
認識操作。
催眠。
その種の外部干渉が入った時、精神状態へ定着する前に遮断する。
現在のものはまだ完成形ではない。
対応できない未知の作用もあるだろう。
ただ、一般的な精神干渉にはかなり強い。
そしてもう二つ。
精神干渉を受けた場合の実験用に、別の人工個性も用意していた。
一つは『報復』。
受けた作用を、その作用を与えた相手へそのまま返す。
殴られれば殴り返す、という意味ではない。
個性によって生じた現象そのものを返す。
洗脳なら洗脳。
強制命令なら強制命令。
私の側で別の精神攻撃へ変換するわけではない。
受けたものと同じものを、発生源へ戻す。
もう一つが『ループ』。
発生した個性作用を、解除条件を与えるまで維持する。
それ自体に洗脳能力はない。
ただ、一度成立した作用を終わらせない。
三つは別の能力だった。
精神干渉耐性。
報復。
ループ。
体育祭のためだけに作ったわけではない。
ただ、心操さんの能力が予想通りなら、ちょうど試せる。
問題は学校側への説明だった。
私が装備とは別に、精神干渉へ耐性を持つ人工個性を自分へ投与していることまで説明する必要はない。
持ち込み検査で学校へ示した防御機構は別にある。
血液を取得し、その個性因子を解析して一時耐性を得る奥歯裏装置。
なら、そちらを使ったように見せればいい。
その方が説明は簡単だった。
◇ ◇ ◇
「心操人使さんですね」
声をかける。
心操さんがこちらを見る。
「……そうだけど」
「空木零司です。サポート科です」
「知ってる。障害物競走で飛んでた奴だろ」
飛んでいたという表現は間違っていない。
私はその横を見る。
尾白さんと庄田さん。
二人ともこちらを見た。
しかし、発言はしない。
心操さんの判断を待っているように見える。
私は直接聞いた。
「そちらのお二人は、すでにあなたの個性の影響下ですか?」
心操さんの目が少し細くなる。
「何でそう思う?」
「行動の起点が二人ではなく、あなたにあるように見えるので」
「見ただけでそこまで分かるのかよ」
「推測です」
否定しない。
なら、おそらく正しい。
「チームを探しているんですよね?」
心操さんが言う。
「はい」
「俺たちならもう三人だ。あと一人でちょうどいい」
やはり尾白さんと庄田さんを自分のチームとして扱っている。
本人たちへ確認する様子はない。
すでに意思決定権を奪っているからだろう。
私としては問題ない。
「では、四人で組みませんか?」
心操さんが少し驚いた。
「こいつらがどういう状態か分かってて?」
「はい」
「嫌じゃないのか?」
「騎馬戦をする上では支障がなければ問題ありません」
倫理的な意味で聞かれているのかもしれない。
ただ、今重要なのは競技だった。
心操さんが二人を制御できるなら、騎馬としての動作を揃えやすい。
むしろ利点がある。
「……変な奴だな」
「そうですか?」
「普通は引くだろ」
「競技規則上、禁止されているんですか?」
「いや」
「なら問題ありません」
心操さんが少し笑った。
「気に入ったよ」
別に好かれる必要はなかった。
「ただ、その前に一つ確認してもいいですか?」
「何だ?」
「少量、血液をいただけますか?」
心操さんの表情が止まった。
「……は?」
「私のサポートアイテムの安全機構です」
指輪を見せる。
「対象の個性因子を微量血液から解析して、一時的な耐性を得る装置を体育祭へ持ち込んでいます。学校の検査も通しています」
これは教師向けにも説明してある内容だ。
嘘ではない。
「あなたの能力が精神干渉系なら、同じチームになる前に対策しておいた方が安全です」
心操さんが指輪を見る。
「俺の個性が分かってんのか?」
「精神干渉系ではないかと推測しています」
「二人を見て?」
「はい」
尾白さんと庄田さんは反応しない。
それ自体が追加の情報だった。
「それで、俺の血を取って耐性を作る?」
「表現としては概ねそうです」
実際には、心操さんの血液がなくても洗脳は防げる。
すでに投与済みの精神干渉耐性がある。
ただし、教師が見た時に説明しやすい形は必要だった。
心操さんは少し考えた。
「別にいいよ」
手を出す。
私は指輪を起動した。
指先で触れる。
極微量の血液を取得。
奥歯裏装置へ送る。
装置が個性因子を解析する。
表向きの耐性生成機構を起動。
これで外から見れば、
心操さんの血液を取得した。
耐性装置を起動した。
その後で洗脳を防いだ。
という順番になる。
十分だった。
「終わりました」
「本当にそれだけ?」
「はい」
心操さんは自分の指を見る。
目立つ傷はない。
「じゃあ試していいんだな?」
「どうぞ」
私が答える。
心操さんの口元が少し上がった。
◇ ◇ ◇
「お前、本当に俺の個性が何か分かってないんだな?」
「はい。正確には分かっていません」
答えた。
その瞬間。
精神へ外部から作用が入る。
命令系統へ直接接続しようとするような感覚。
研究補助用の知覚が、その変化を捉えた。
発動条件は返答。
少なくとも今回については間違いない。
そして精神干渉耐性が反応する。
侵入。
遮断。
定着しない。
身体も意識も変化なし。
「なるほど」
私が普通に言うと、心操さんの表情が変わった。
「……効いてない?」
「そうですね」
同時に『報復』が発動した。
私へ向けられた精神干渉と同じ作用を、その発生源へ返す。
心操さんの目から焦点が抜けた。
成立。
私はすぐに『ループ』を重ねる。
一度成立した洗脳作用を維持。
解除条件はこちら側へ固定。
私が意図的に停止するまで続く。
心操さんは黙って立っている。
尾白さんと庄田さんも黙ったまま。
構造としては少し面白い。
心操さんが二人を洗脳している。
その心操さんを、今度は私が洗脳している。
なら、指揮系統を整理すればいい。
「心操さん」
「はい」
返事をする。
「尾白さんと庄田さんへの洗脳は、私が解除を指示するまで維持してください」
「分かった」
「二人への指示は、以後私の意思を優先してください」
「分かった」
「私が二人へ行動を指示した場合、あなたから二人へ同じ内容を命令してください」
「分かった」
「あなた自身も、騎馬戦中は私の指示に従ってください」
「分かった」
これでいい。
私。
その下に心操さん。
さらにその下に尾白さんと庄田さん。
意思決定権は私だけ。
実際の命令伝達だけ心操さんを経由する。
チームというより、階層化された制御系に近かった。
騎馬戦では、むしろ扱いやすい。
◇ ◇ ◇
「尾白さん。右手を上げてもらってください」
私は心操さんへ言う。
「右手を上げろ」
心操さんが命令する。
尾白さんの右手が上がった。
「下ろしてください」
「下ろせ」
下がる。
「庄田さん。一歩前へ」
「一歩前に出ろ」
庄田さんが前へ出る。
問題なし。
命令系統は維持されている。
心操さん自身が私の洗脳下に入っても、すでに成立していた二人への洗脳は切れていない。
むしろ都合がいい。
私は心操さんを見る。
「通常会話に必要な判断は、そのまま行ってください。ただし、私の指示と競合した場合は私を優先してください」
「分かった」
これで、細かなことまで全部指示する必要はない。
心操さん自身の判断能力を使わせながら、最上位だけ固定できる。
次に、尾白さんと庄田さんへも同様にする。
「二人には、騎馬戦中の通常行動を許可してください。移動や姿勢維持は本人たちの判断で行わせて構いません。ただし、私かあなたの指示があればそちらを優先させてください」
「分かった」
心操さんが二人へ命令する。
二人の挙動が少し自然になった。
完全な操り人形より、この方が効率がいい。
歩幅。
重心。
転倒回避。
そういう低水準の判断まで私が管理する必要はない。
意思決定の階層だけ支配すればいい。
◇ ◇ ◇
教師側から見れば、別の説明になる。
心操さんの血液を取得。
奥歯裏の耐性装置を起動。
その後、洗脳系個性を受けても支配されない。
持ち込み検査時に説明した防御研究装置の用途と一致する。
心操さんが私の指示へ従う理由まで聞かれた場合は、受けた精神干渉を返す防御機構があると説明できる。
細部まで話す必要はない。
事実ではある。
本来の防御主体が、血液から得た一時耐性ではなく、事前に私へ投与済みの精神干渉耐性であること。
『報復』と『ループ』が独立した人工個性であること。
そこまで学校側が知る必要はない。
競技中に問題が起きなければいい。
「では、騎馬を組みましょう」
私は言った。
心操さんが頷く。
「お前ら、準備しろ」
尾白さんと庄田さんが動く。
私たちは位置を調整した。
体格。
重心。
移動速度。
私の装備重量。
騎馬として安定する構成を決める。
私は上。
周囲を観察する必要がある。
ズーム。
個性因子知覚。
採血用指輪。
どれも上にいる方が使いやすい。
私自身には浮遊を使う。
完全に浮くと騎馬との接続が弱くなるので、体重だけを大きく減らす。
その状態で乗る。
尾白さんと庄田さんへの負担は小さい。
「心操さん。二人へ、私の重量変化を前提に姿勢を調整するよう指示してください」
「分かった。空木の重さに合わせろ」
二人が位置を微調整する。
安定。
普通のチームなら、四人がそれぞれ相談して移動方針を決めるのだろう。
私たちは違う。
私が決める。
心操さんへ伝える。
心操さんが必要なら二人へ命令する。
二人は従う。
情報の流れが一方向なので、判断の衝突がない。
かなり効率がいい。
◇ ◇ ◇
競技方針も簡単だった。
序盤は無理に高得点を狙わない。
鉢巻を守る。
次へ進める範囲のポイントを確保する。
そして、必要な相手へ接近する。
八百万さん。
常闇さん。
物間さん。
この三人だ。
「心操さん」
「何だ?」
通常会話はできるようにしている。
「競技中、私が進行方向を指定します。あなたは尾白さんと庄田さんへ必要な移動指示を出してください」
「分かった」
「あなた自身の個性は、使える相手がいれば使って構いません。ただし、私の許可なしにチームメンバーへ追加の命令を変更しないでください」
「分かった」
「相手を洗脳できた場合も、鉢巻の確保と移動補助を優先してください」
「分かった」
心操さんの個性は騎馬戦と相性がいい。
相手が返事をすれば、戦わずに行動を止められる。
ただし、能力を知られれば返答されなくなる。
だから、序盤ほど価値が高い。
私は周囲を見る。
他チームも編成を終えつつある。
八百万さん。
確認。
常闇さん。
確認。
物間さん。
確認。
全員いる。
指輪の状態。
正常。
採取機構。
正常。
保存。
正常。
奥歯裏装置も問題なし。
すでに心操さんの試料が入っている。
教師向けの偽装も成立している。
「空木」
心操さんが言った。
「何ですか?」
「お前、狙うチーム決めてるのか?」
「何人か、近づきたい相手はいます」
「ポイント目当て?」
「いいえ」
「じゃあ何だよ」
私は少し考える。
細かく説明する必要はない。
「個人的な目的です」
「そうか」
洗脳下なので、それ以上追及しなかった。
仮に自由でも、説明するつもりはなかった。
三人の血液が欲しい。
その個性因子を研究したい。
競技のチームメンバーへ共有する情報ではない。
私は頭上の鉢巻に触れる。
次へ進む。
三人へ接触する。
血液を回収する。
必要ならポイントも取る。
優先順位は明確だった。
◇ ◇ ◇
開始位置へ移動する。
私たち四人も、外から見れば普通の騎馬戦チームに見えるだろう。
尾白さんと庄田さんは自力で身体を動かしている。
心操さんも普通に会話する。
私が上にいる。
違うのは、意思決定の構造だけだった。
尾白さんと庄田さん。
二人の最上位命令者は心操さん。
その心操さんは、私の洗脳下。
さらに『ループ』によって、その状態は私が解除するまで続く。
結果として、チーム内で自由に方針を決められる人間は私しかいない。
私はそれを問題とは思わなかった。
目的が一致しているか毎回確認する必要もない。
作戦について意見が割れることもない。
指示の伝達も速い。
騎馬戦という短時間の競技なら、効率はいい。
「心操さん」
「何だ?」
「競技終了まで、現在の指揮系統を維持してください」
「分かった」
これで確定。
私は周囲へ視線を向ける。
『創造』。
『黒影』。
『コピー』。
障害物競走では見るだけだった。
今度は距離が近い。
開始の合図を待ちながら、私は三人の位置をもう一度確認した。