無個性は個性をつくる 作:匿名希望
GQSで行われる個性移植には、大きく分けて二種類あった。
一つは、人工的に作られた個性を人間へ移植するもの。
もう一つは、人間が持っている個性を別の人間へ移すものだった。
後者は、GQSの営業開始前に公安から提案されたサービスだった。
◇ ◇ ◇
「個性の人物間移植も、一般サービスとして受け付けられませんか?」
卒業前、会社の運用について公安職員と話していた時だった。
私は資料から顔を上げる。
「できますよ」
技術的には何も難しくない。
個性を摘出して保存し、別の人間へ移植する技術はすでに完成している。
施術用個性兵にも必要な機能を搭載する予定だった。
「問題はありますか?」
「技術上ではなく、需要の話です。多くはないでしょうが、自分の個性を特定の相手へ譲りたいという人間は出てくると考えています」
「人工個性では駄目なんですか?」
同じ能力が欲しいだけなら、元の個性を移す必要はない。
一度十分な構造データを取得すれば、私は同等の個性を作れる。
わざわざ誰かから個性を抜いて、それを別の人へ入れる意味が分からなかった。
公安職員もそこは理解していたらしい。
「能力だけを考えるなら、その通りです。ただ、自分が使っていた個性そのものを家族や後継者へ託したい、と考える人間はいるでしょう」
「なるほど」
能力ではなく、物として扱っているわけか。
正確には個性因子なので、物と呼ぶのも少し違う。
ただ、本人たちにとっては違いがあるらしい。
私が同じ構造の人工個性を作ったとしても、それは同じ能力を持つ別の個性だ。
父親が何十年も使ってきた個性を息子へ渡すのとは意味が違う。
「必要な同意と許可を確認する仕組みはこちらで整備します。提供者本人の自由意思が確認でき、受け取る側にも該当する個性を取得する許可がある場合に限る形です」
「それなら問題ありません」
私がやることは増えない。
受付も本人確認も許可照合も個性兵が行う。
摘出と移植も施術用個性兵で処理できる。
私が一件ずつ対応する必要はなかった。
「では、サービスへ含めても?」
「負担はありませんから、いいですよ」
それで人物間個性移植も、GQSの正式な業務になった。
◇ ◇ ◇
その制度を利用する人間は、実際に多くなかった。
自分の個性を手放したいだけなら、単純な摘出でいい。
誰かに能力を与えたいだけなら、人工個性を購入した方が簡単な場合も多い。
わざわざ自分の個性そのものを特定の相手へ移したい人間は少数だった。
それでも、ゼロではない。
「ご用件をお伺いします」
GQSの受付に、二人の男が並んでいた。
一人は五十代ほどの男。
もう一人は二十歳を少し過ぎた程度の若者だった。
体格や顔立ちがよく似ている。
親子だった。
「人物間の個性移植をお願いしたい」
父親が答えた。
「提供者と取得者を確認します」
「提供するのは私です。受け取るのは息子で」
「俺です」
息子が続ける。
受付型の個性兵は二人を見る。
それだけで、二人が現在保有している個性の解析も始まっていた。
父親は一つ。
息子も一つ。
どちらもヒーロー活動に利用できる個性だった。
「本人確認を行います。必要情報をご提示ください」
二人がそれぞれ手続きを進める。
父親は、かつてプロヒーローとして活動していた。
長く現場に立ち続け、すでに引退している。
身体が動かなくなったわけではない。
ただ、年齢とともに第一線を退き、今ではヒーロー活動をしていなかった。
一方、息子は最近プロヒーローとして活動を始めたばかりだった。
父親と同じ道を選んだ。
ただし、同じ個性ではない。
個性が遺伝することはあっても、親と子が必ず同一の能力を持つわけではない。
息子は母親側の特徴が強く出た個性を持っていた。
それでも父親は、自分が長年使ってきた個性を息子へ渡したいと考えた。
「提供意思を確認します。移植後、現在保有している個性はあなたの身体から失われます」
「ああ、分かってる」
「GQSでは同等の個性を再製造できますが、今回摘出した個性そのものを提供者へ残したまま取得者へ移す処理ではありません」
父親が少し笑った。
「それでいい。それを渡したいんだ」
「承知しました」
個性兵は、それ以上の意味を尋ねなかった。
息子の方を見る。
「取得意思を確認します。現在保有する個性へ追加する形になります。取得許可は確認済みです」
「はい」
「提供者からの強要、金銭的圧力その他の理由によらず、ご自身の意思で取得を希望していますか?」
「希望しています」
「承知しました」
必要な確認が続く。
双方の同意。
取得者側の許可。
既存個性との適合。
複数個性を保有することによる身体負荷。
同時発動時の干渉。
すべて確認される。
問題はなかった。
「施術可能です」
その言葉に、父親は小さく息を吐いた。
息子が横を見る。
「親父、本当にいいのか?」
ここへ来るまでにも何度か聞いたのだろう。
父親は呆れたように笑った。
「ここまで来てまだ言うのか」
「だって、ずっと使ってきた個性だろ」
「ああ」
父親は自分の手を見る。
何十年もヒーローとして使ってきた個性だった。
事件を解決した。
人を助けた。
失敗したこともある。
怪我をしたこともある。
この個性があったからヒーローになったわけではない。
それでも、ヒーローとして過ごした時間のほとんどを、この力と一緒に生きてきた。
「だから、お前にやるんだよ」
息子が黙る。
「もう俺には必要ない。お前はこれからだろ」
「……うん」
「使うかどうかはお前が決めろ。俺と同じ戦い方をする必要もない。お前にはお前の個性があるんだからな」
「分かってる」
「だったらいい」
父親は立ち上がった。
「行こう」
二人は施術室へ案内された。
◇ ◇ ◇
施術用個性兵が父親の身体を確認する。
すでに解析は終わっている。
個性因子の位置を特定し、身体への影響を確認したうえで摘出を開始する。
痛みはほとんどない。
長年そこに存在していた個性因子が、父親の身体から切り離される。
摘出された個性は一時的に保存され、そのまま移植処理へ回された。
「摘出が完了しました」
父親が自分の手を見る。
「……なくなったのか?」
「はい。現在、個性因子は確認されません」
父親は長年使ってきた感覚を確かめるように、何度か手を動かした。
当然、発動しない。
少し寂しそうに見えた。
けれど後悔している様子はなかった。
隣の施術台では、息子への移植準備が進んでいる。
「既存個性との干渉は許容範囲内です。移植を開始します」
「お願いします」
父親から摘出された個性因子が、息子の身体へ移される。
定着状態を確認する。
神経系との接続。
発動機構。
既存個性との独立性。
身体負荷。
異常なし。
「移植が完了しました」
息子が目を開ける。
しばらく何も言わなかった。
自分の身体の中に増えた感覚を探しているようだった。
やがて、右手を見る。
「……分かる」
父親が眉を上げる。
「何が?」
「親父の個性」
まだ発動はさせない。
安全確認と操作説明が終わるまでは使用しないよう指示されている。
それでも、そこにあることは本人には分かった。
「変な感じだな」
「そうか?」
「昔から見てたものが、自分の中にある」
父親は少しだけ笑った。
「壊すなよ」
「個性って壊れるのか?」
「知らん。言ってみただけだ」
息子も笑った。
受付型や施術用個性兵は、その会話に特別な反応を示さない。
彼らにとっては通常業務だった。
提供者から個性を摘出する。
保存する。
取得者へ移植する。
定着を確認する。
必要な説明をする。
それだけだ。
けれど、利用する人間にとっては違うこともある。
◇ ◇ ◇
GQSは個性の買い取りを行っていない。
珍しい個性だから売ってほしいと持ちかけることもない。
研究上必要な情報は、利用者を検査すれば取得できる。
一度十分な構造情報が集まれば、同等の個性を人工的に製造することもできる。
だから、個性そのものを商品在庫として集める意味がなかった。
それでも人物間移植は受け付ける。
能力だけなら、人工個性で代替できる。
それでも、自分が持っていたものを誰かへ渡したいと考える人間はいる。
親から子へ。
引退するヒーローから後継者へ。
あるいは、もっと個人的な理由で。
そうした依頼は、GQS全体から見れば極少数だった。
会社にとって特別な利益があるわけでもない。
研究上も、その個性がすでに解析済みなら新しく得るものはほとんどない。
それでも、断る理由もなかった。
必要な同意と許可がある。
技術的にも問題ない。
会社側の負担も、ほとんどない。
なら、受け付ければいい。
父親と息子が店を出る。
父親は無個性になった。
息子は二つの個性を持つヒーローになった。
同じ能力を人工的に作って渡すこともできた。
けれど、二人が望んだのはそれではなかった。
父親がヒーローとして使い続けた個性そのものが、今度は息子の身体にある。
能力だけではなく、そこに意味を見いだす人間がいる。
GQSの個性兵には、その意味を理解する必要はなかった。
必要な手続きを確認し、問題がなければ処理する。
それだけで、これまでなら実現できなかった誰かの希望が一つ叶っていた。