無個性は個性をつくる 作:匿名希望
刑務所に入る人間から個性を外す。
最初にその話を聞いた時、私は特に驚かなかった。
以前から似たようなことはやっている。
オール・フォー・ワンを始めとした危険なヴィランについては、収容上の必要から個性を使えない状態にしていた。
ただし、あれは通常の刑務所運用とは違う。
存在しているだけで収容施設そのものを破壊しかねないような人間を相手にした、例外に近い対応だった。
今回の話は違った。
「刑務所へ収容される囚人について、服役中の個性一時摘出を制度化することになりました」
公安職員からそう説明された。
「全員ですか?」
「原則として、対象となる受刑者には義務として適用されます。タルタロスのような特殊施設だけではありません」
普通の刑務所でも行うらしい。
考えてみれば、合理的ではある。
個性を持つ人間を収容する以上、刑務所側はその個性を前提に設備と警備を用意しなければならない。
炎を出すなら耐火対策が必要になる。
身体を巨大化できるなら、それに耐えられる収容設備がいる。
壁をすり抜けるなら普通の独房では意味がないし、遠距離へ作用する個性なら職員や他の囚人への対策も必要になる。
一人一人違う能力を持っているのだから、対策もそれぞれ変わる。
なら、最初から外してしまえばいい。
「分かりました。摘出と再移植をこちらでやればいいんですね」
「はい。ただし、技術そのものの提供を求めるものではありません。正式な業務委託という形になります」
「その方がいいですね」
個性を自由に摘出して、保存して、別の人間へ移植できる技術そのものは外へ出さない。
そこは会社を始める時から変えていない。
研究網を維持するためにも、GQSと同じことができる組織を外に作るつもりはなかった。
「各刑務所内の一室をGQSへ貸与する形を想定しています。法的にはそこを御社の管理区画、支社として扱います」
「一部屋で十分です」
施術用個性兵を一体置ければいい。
摘出した個性をその場所で保管し続ける必要もない。
ワープゲートがある。
「では、その形で進めます」
「お願いします」
それで決まった。
◇ ◇ ◇
制度が始まると、日本各地の刑務所に奇妙な部屋ができた。
刑務所の中にあるのに、GQSの支社。
広い施設ではない。
必要な施術設備と、一体の施術用個性兵。
基本的にはそれだけだった。
新たに刑務所へ収容される受刑者は、所定の手続きを終えた後、その部屋へ連れてこられる。
「次」
刑務官に連れられた男が中へ入る。
手錠をされたまま椅子へ座らされ、施術用個性兵が男を見る。
「本人確認を完了しました。司法機関からの個性一時摘出命令を確認しました」
「本当に取るのかよ」
「はい」
「拒否したら?」
「司法命令に基づく処置です」
淡々とした返答だった。
施術用個性兵は説得しない。
倫理的な議論もしない。
有効な命令があるか確認し、あれば処理するだけだ。
男の個性を解析する。
個性因子の状態と身体への影響を確認し、安全に摘出できるよう処理を始める。
異形型など、身体そのものがすでに個性の影響によって形成されている場合は別途対応が必要になる。
個性因子を抜いたからといって、すでに存在する角や翼、特殊な骨格まで都合よく消えるわけではない。
そうした身体的特徴による危険性は刑務所側が従来通り対策する。
だが、個性として発動する能力については外せる。
数分後、処置が終わった。
「個性の摘出が完了しました」
男が自分の手を見る。
何かを試そうと力を込める。
何も起きない。
「……マジかよ」
摘出された個性因子は、その場に残らなかった。
施術用個性兵の傍らにワープゲートが開く。
保存処理された個性が、その向こうへ送られる。
一瞬だった。
ゲートが閉じる。
刑務官は、その先がどこなのか知らない。
知る必要もなかった。
「保管処理を完了しました」
「どこに持っていった?」
男が聞く。
「回答できません」
「刑務所の奴らも知らねえのかよ」
刑務官は答えなかった。
実際、知らない。
保管場所はGQS側だけで管理している。
どの刑務所から、誰の、どの個性を預かったのかという記録は残る。
だが、個性因子そのものをどこに置いているのかまで刑務所側が把握する必要はない。
輸送車も使わない。
護送もしない。
摘出した直後、ワープゲートを通して保管場所へ送る。
輸送時間は事実上ゼロだった。
当然、輸送途中を襲撃して奪うこともできない。
◇ ◇ ◇
刑務所側にとって、この仕組みの利点は大きかった。
以前なら、危険な個性を持つヴィランを収容するには、その能力を封じることを考えなければならなかった。
拘束具。
専用設備。
監視。
個性ごとの対策。
それでも絶対ではない。
拘束を外される。
設備を壊される。
外部から協力者が侵入する。
何らかの事故で対策設備が止まる。
そうなれば、本人の身体に個性が残っている以上、再び使える可能性があった。
今は違う。
そもそも身体の中にない。
発動しようとしても、使う個性が存在しない。
外から仲間が助けに来ても同じだった。
拘束を壊してもらうことはできる。
扉を開けてもらうこともできる。
だが、本人の個性は戻らない。
保管場所が刑務所内にないからだ。
仮にGQSの保管場所を突き止め、そこから個性因子そのものを奪えたとしても、それだけでは元に戻せない。
保存された個性因子を人間へ安全に再移植するには、GQSの技術が必要になる。
その機能を持っているのは私と、私が作った施術用個性兵だけだった。
個性因子を奪い返せば終わり、という仕組みではない。
結果として、脱獄の難易度はかなり上がった。
刑務所から逃げるために自分の個性を使えない。
逃げた後も使えない。
そして、脱獄した場合には個性が返還されない。
◇ ◇ ◇
「再移植を開始します」
数年後、刑期を終えた男が同じような部屋に座っていた。
入所した時とは別の刑務所だったとしても問題はない。
必要な記録はGQS側に残っている。
司法機関から正規釈放の確認が届く。
本人確認も一致する。
それだけ確認できれば、保管場所から該当する個性を取り寄せられる。
ワープゲートが開いた。
保存されていた個性因子が送られてくる。
施術用個性兵が状態を確認し、男の身体へ再移植する。
「定着を確認しました。再移植は正常に完了しています」
男は自分の手を見る。
久しぶりに戻った感覚を確かめる。
刑務所へ入ったからといって、個性そのものを刑罰として永久に奪われるわけではない。
服役中だけ外す。
正規の手続きを経て刑期を終えれば返す。
仕組みは単純だった。
逆に、正規の手続きを踏まずに刑務所から出れば返さない。
脱獄者が後からGQSの一般店舗へ行っても、司法上の返還許可がなければ個性兵は処理しない。
本人のものだからという理由だけで返すこともない。
服役中の個性は、司法機関からの委託に基づいて管理されている。
返還条件も最初から決まっていた。
◇ ◇ ◇
制度が広がるにつれて、刑務所の収容方法も少しずつ変わっていった。
個性を使った囚人同士の争いが減る。
看守に個性を向けられる危険も減る。
脱獄のために能力を温存する意味もない。
何より、刑務所側が囚人一人一人の個性へ専用対策を用意する必要が大幅に減った。
もちろん、完全になくなるわけではない。
異形の身体そのものが強靱な人間もいる。
個性とは別に身体を改造されている者もいる。
元々の身体能力が高い人間もいる。
そういう相手には普通に収容対策が必要だった。
それでも、火を出す、物を壊す、他人を操る、空間へ干渉するといった能力を本人から切り離せるだけで、話はかなり簡単になる。
私にとっても特に問題はなかった。
全国の刑務所に置かれている施術用個性兵は、それぞれ決められた業務を自動で処理する。
摘出。
保存。
転送。
再移植。
私が一件ずつ確認する必要はない。
珍しい個性があれば、その構造情報は他の利用者と同じようにデータベース型へ送られる。
だから研究上はむしろ観測対象が増える。
司法機関は囚人を安全に収容できる。
GQSは業務委託として個性関連の処理を行う。
私は個性のデータを得られる。
特に困ることはなかった。
そうして日本の刑務所では、刑務所へ入る時に個性を預け、刑期を終えた時に返してもらうことが当たり前になっていった。
そして脱獄という選択には、以前にはなかった意味が一つ加わった。
逃げること自体に成功したとしても、預けた個性は戻ってこない。
以後は無個性として逃げ続けることになる。
少なくとも、刑務所の中から自分の個性を使って脱獄する、という方法だけは完全に使えなくなっていた。