無個性は個性をつくる 作:匿名希望
日本の治安は、以前とはかなり違うものになっていた。
オールマイトが活動していた頃、日本の犯罪率は世界的に見ても低かったらしい。
圧倒的なヒーローが一人いる。
犯罪を起こしても、最後にはあの人が来る。
そう思わせるだけの存在が社会に与える影響は大きかったのだと思う。
ただ、今の日本で起きている変化はそれとは少し違う。
一人の強いヒーローが犯罪を抑えているわけではない。
警察や消防は職務に適した人工個性を導入できる。
負傷しても、治療用の個性で以前なら後遺症が残った怪我まで治せる。
危険な個性を持つ犯罪者は、刑務所へ入れば個性そのものを外される。
個性が原因で日常生活に支障をきたしている人間は、除去や改造を受けられる。
無個性でも必要な許可を取れば人工個性を取得できるし、既に持っている個性が仕事に適していなければ、許可の範囲内で調整することもできる。
個性に関する問題を、以前よりずっと直接的に解決できるようになっていた。
その中心にあるのがGQSだった。
別に治安を良くしようと思って始めた会社ではない。
珍しい個性を集めて研究したかっただけなのだが、利用者が増えれば、結果として社会のいろいろなところに影響が出る。
その影響は、日本国内だけでは収まらなかった。
「海外からの利用者が増えています」
ある日、政府から連絡が来た。
「そうなんですか」
「現在、個性改造や摘出を目的として来日する外国人が増加しています。特に、自国では治療や対処が困難な個性を持つ方ですね」
それは各店舗から上がってくる記録で知っていた。
日本人以外の個性データが増えていたからだ。
わざわざ日本まで来て、GQSを利用しているらしい。
個性を一つ調べるために海外まで行ったこともある私からすれば、それほど変な話でもない。
必要な技術がそこにしかないなら、そこまで行くしかない。
「それで?」
「複数の国から、GQSの進出を希望する問い合わせが来ています」
やっぱりそうなるらしい。
◇ ◇ ◇
海外へ会社を広げること自体に問題はなかった。
むしろ利用者が増えるなら歓迎したい。
日本国内だけでもかなりの数の個性が集まっているが、世界へ広げれば母数がまるで違う。
同じような個性でも細かな構造差がある。
地域によって偏りがある可能性もある。
日本では見たことのない系統も当然あるだろう。
研究対象が増える。
それなら海外展開をしない理由はない。
問題は技術ではなく、それ以外だった。
まず言葉が違う。
これは簡単だった。
今の私なら、言語一つを覚える程度なら一時間もかからない。
昔は本を速く読むための補助として作った個性も、改良を繰り返した結果、今では一テラバイト程度のテキストデータなら瞬時に読み取って処理できる。
文字情報として存在する言語資料を集めて、文法、語彙、用例、発音情報までまとめて学習すればいい。
日常会話に必要な程度なら、もっと早い。
問題はそこではない。
「契約とかも必要なんですよね」
「当然です」
「現地の法律もありますよね」
「あります」
「政府とも話すんですよね」
「はい」
面倒だった。
言葉を覚えることと、人と交渉することは別だ。
外国語を理解できても、外国政府との交渉が楽しくなるわけではない。
個性の販売基準。
医療行為としての扱い。
個性登録。
危険個性の規制。
施術による個性摘出や移植をどの法律の中へ置くか。
現地に配置する個性兵の扱い。
会社施設の警備。
ワープゲートによる物資や個体の移動。
工廠型の保有。
考えるだけで面倒な項目が並んでいる。
日本では公安や政府がその辺りをほとんど整理してくれた。
海外でも同じことを一からやるのは嫌だった。
「なので、日本政府としても外交上の調整を行いたいと考えています」
「お願いします」
「……まだ説明の途中なのですが」
「必要な交渉を全部やってくれるという話ですよね?」
少し間があった。
「大まかには、その認識で構いません」
「じゃあ、お願いします」
丸投げすることにした。
◇ ◇ ◇
日本政府が積極的だった理由は、いくつかあるらしい。
GQSの海外展開は単なる一企業の進出ではない。
個性医療、治安、災害対応、司法制度まで影響する可能性がある。
しかも各国から既に要望が来ている。
日本発の技術として政府が間に入ることにも外交上の意味がある、と説明された。
私はその辺りにはあまり興味がなかった。
こちらの条件だけ伝えた。
GQSの中核技術は渡さない。
個性因子の自由な創造や複製、摘出、付与を行える技術そのものを外国政府へ提供することもしない。
会社としてサービスを提供するだけだ。
それから、海外支店には個性兵を配置する。
受付や施術を担当する個体だけではない。
警備型、指揮官型、工廠型も必要になる。
特に工廠型については、隠して設置するつもりはなかった。
あれは必要に応じて個性兵を製造できる。
普通の機械とは扱いが違う。
だから現地政府には最初から説明しておいた方がいい。
一般利用者に内部構造や製造能力を全部公開する必要はないが、政府まで知らない状態で置くのは後から揉める原因になる。
「各国政府への事前申告を条件とします」
「承知しています。工廠型を含む主要設備については、受け入れ国の治安当局、規制機関を含めた事前協議事項とします」
「それでいいです」
許可された国にだけ出す。
許可されなければ出さない。
単純だった。
それから先は、本当に政府へ任せた。
◇ ◇ ◇
しばらくして、結果だけが私のところへ届いた。
海外進出について正式な認可が得られた国。
そこで販売、施術できる個性の区分。
現地法上の扱い。
日本側との情報共有範囲。
工廠型や指揮官型の設置許可。
警備型が対応していい範囲。
そのほか細かな条件が大量に並んでいた。
全部読むこと自体は一瞬で終わる。
理解にも困らない。
ただ、自分でこれを一つ一つ交渉しなくてよかったとは思った。
その中には、初期店舗を作るための土地についての情報もあった。
「土地まで用意してくれるんだ」
進出を希望した国の中には、国や自治体側から利用可能な土地を移譲する形で話をまとめたところもあった。
空き地さえあればいい。
建物は必要ない。
私は認可内容と土地の情報を確認して、問題がないことだけ確かめた。
それから建築型個性兵へ設計データを送った。
国内店舗を作った時と基本的には同じだ。
必要な個体をワープゲートで送り込む。
現地へ到着した建築型が、与えられた設計図に従って建材を創造する。
基礎から順に組み上げ、外壁、内装、配管、電気設備まで必要なものを作る。
人間の建設作業員を派遣する必要はない。
GQSが自社施設を作るために、自社の個性兵を使っているだけだ。
建物が完成すれば、次に内部設備を入れる。
受付用。
診察用。
施術用。
警備型。
そして建物の内部には指揮官型と工廠型を置いた。
平時に外から見える個性兵は少ない。
出入口に数体の警備型がいて、内部で受付や施術を担当する個体が動いている程度だ。
それで通常営業には十分だった。
ただし、何かあった時は違う。
警備型が破壊された。
重大な異常を検知した。
救助や防衛のために追加戦力が必要になった。
そういう場合は、内部の指揮官型が状況を判断する。
私が毎回確認する必要はない。
事前に与えてある命令の範囲内なら、指揮官型が工廠型へ製造を指示する。
工廠型の内部には、標準人型や小型飛行型、重装型など、共通部分まで作ってある九十九パーセント完成状態の素体が保管されている。
最後の一パーセントとして必要な人工個性、装備、任務設定を加えれば、第一陣はほぼ即座に投入できる。
それ以上必要なら通常製造へ移る。
工廠型そのものを勝手に増やすことだけは禁止してある。
そこまで自律させる必要はない。
これらについては、受け入れ国の政府にも事前に申告されている。
つまり外から見ると、小さな支店に数体の個性兵がいるだけに見える。
実際には、その建物だけで必要な人員の補充から防衛まで完結できる。
日本の店舗と同じだった。
◇ ◇ ◇
最初の海外店舗が完成した。
現地時間に合わせて営業開始時刻を設定する。
指揮官型へ命令を送る。
「予定通り営業開始」
共有を通して、命令が各個体へ伝わった。
入口が開く。
警備型が所定の位置につく。
受付用個性兵が待機状態から通常業務へ移行する。
施術用も同じだ。
それだけだった。
私が現地へ行ってテープを切る必要もない。
記者会見もしない。
挨拶もしない。
会社が営業できれば十分だ。
そして、開店してそれほど経たないうちに最初の利用者が入ってきた。
当然、日本人ではない。
受付用個性兵が現地の言葉で応対する。
「ご相談内容を確認します」
利用者が自分の個性について説明する。
受付用が聞き取り、診察用へ案内する。
個性兵に言語を扱わせるのも難しくはなかった。
私が習得した言語情報を共有しておけばいい。
その人物が診察用個性兵の視界に入る。
個性を解析する。
構造情報が取得される。
既存データと比較される。
そして情報がデータベースへ送られた。
私はそこで共有を切った。
営業できているなら問題ない。
一人目が来たのだから、そのうち二人目も来る。
一店舗で問題がなければ、同じ方式で増やせる。
別の国でも同じだ。
許可を取る。
土地を確保する。
建築型を送る。
拠点を作る。
必要な個性兵を配置する。
営業を始める。
私が現地へ行く必要はない。
そうやってGQSは、日本の会社ではなくなり始めた。
世界中の人間が、それぞれ違う個性を持っている。
今までは、私が直接見に行かなければ知ることのできなかった個性がいくらでもあった。
これからは違う。
向こうから来る。
会社を広げれば利用者が増える。
利用者が増えれば、個性のデータが増える。
日本だけで集めていた時とは、比較にならない量になるはずだ。
海外進出そのものより、そちらの方がずっと重要だった。
世界には、まだ私が知らない個性がいくらでもある。
それを考えると、会社をもっと広げる理由は十分にあった。