無個性は個性をつくる 作:匿名希望
雄英高校を卒業して、八年が経った。
「危ない!」
悲鳴が聞こえた瞬間、僕は地面を蹴っていた。
考えるより先に身体が動くのは、昔からあまり変わっていない。
視界の先では、道路脇の建物が大きく傾いている。
敵の個性による被害だった。
既に敵本人は確保されているけれど、その直前に破壊された支柱が限界を迎えたらしい。外壁が崩れ、その下には避難誘導中だった警察官と逃げ遅れた人たちがいる。
間に合う。
「黒鞭!」
腕から伸びた黒い鞭が、崩れ落ちる瓦礫へ絡みつく。
一つ、二つ、三つ。
大きい。
単純に引けば砕ける。
なら、落下方向だけをずらす。
僕は黒鞭を張ったまま浮遊し、発勁で蓄積していた力を解放する。身体を上へ引き上げながら瓦礫の勢いを横へ流し、そのまま安全な場所へ落とした。
次の瞬間、危機感知が頭の奥で反応した。
右。
振り向くより先に動く。
まだ落ちてきていた小さな破片を蹴り飛ばし、その下にいた女の子を抱えて道路の反対側へ着地した。
「大丈夫?」
「あ……」
女の子が目を丸くして僕を見る。
泣いてはいない。
怪我もなさそうだ。
よかった。
「もう大丈夫だよ。お母さんは?」
「あっち……」
指さした先には、救助された人たちの中からこちらへ走ってくる女性がいた。
僕は女の子を下ろす。
「ありがとうございます!」
「いえ。怪我がないか、一応救護の人に見てもらってください」
頭を下げて、次を見る。
救助は終わっていない。
煙幕は必要ない。
変速もいらない。
敵は既に捕まっているから、今は速さより被害状況の確認が優先だ。
上空へ移動して周囲を見る。
道路の陥没。
倒れた標識。
損傷した建物が二棟。
負傷者は――。
「デク!」
下から声が飛んできた。
見ると、救助班のヒーローが手を振っている。
「こっちは全員確認できた! 重傷者なし!」
「分かりました! 東側を見てきます!」
返事をして、僕は空中を蹴るように加速した。
八年前なら、こういう時も頭の中で一つ一つ確認していたと思う。
黒鞭の本数。
浮遊との併用。
発勁の蓄積。
変速を使うかどうか。
OFA本体の出力を何パーセントにするか。
今でも考えてはいる。
でも、それを考えることと身体を動かすことが、もうほとんど同時になっていた。
長かった。
本当に長かったと思う。
高校生の頃、突然使えるようになった黒鞭だけでも大変だったのに、その後は残りの個性まで一気に目覚めた。
黒鞭。
浮遊。
危機感知。
煙幕。
発勁。
変速。
当時は相澤先生の監督の下で、ひたすら一つずつ訓練した。
空木君がOFAを調べて、内部にある個性を特定して、まだ使えないなら使える状態にすればいいと言って、本当に全部起こしてしまったからだ。
あの時は、嬉しいより先に困惑した。
オールマイトから受け継いだ力の中に、そんなものが眠っているなんて知らなかった。
しかも空木君は、僕やオールマイトが驚いている横で、複数の個性と蓄積機構が組み合わさった後天的な複合個性として淡々と分析していた。
今になって思えば、すごく空木君らしい。
でも、あの時から八年以上使い続けてきた。
もう借り物の機能を一つずつ呼び出している感覚はない。
全部含めて、僕のワン・フォー・オールだ。
「東側、救助完了!」
通信へ報告を入れる。
『了解。周辺の危機反応は?』
「今はありません。危機感知も反応なしです」
『よし。デクはそのまま現場確認後、上がっていい』
「了解です!」
僕は息を吐いた。
事件解決。
時計を見る。
そして、一瞬だけ固まった。
「……まずい」
今日は、この後に予定がある。
しかも遅刻したくない予定だ。
僕は急いで事後確認へ向かった。
◇ ◇ ◇
「遅いぞデク!」
店の個室へ入った瞬間、かっちゃんの声が飛んできた。
「ご、ごめん! 現場が思ったより長引いて!」
「ニュース見りゃ分かるわ! だからもっと早く片付けろ!」
「無茶言わないでよ!」
懐かしい。
いや、普段から会うことはあるから、懐かしいというのも変かもしれない。
同じプロヒーローとして現場が重なることはある。
それでも、こうして仕事抜きで顔を合わせる機会はずいぶん減った。
「緑谷君、お疲れ様!」
麗日さんが笑って手を振る。
「ニュース見てたよ。相変わらずすごいね」
「ありがとう。でも、敵を捕まえたのは別のヒーローだし、僕は救助の途中からだから」
「出たよ、デク君のそれ」
芦戸さんが呆れたように笑う。
「トップになっても全然変わんないね!」
その言葉に、僕は少しだけ困る。
トップヒーロー。
いまだに自分で聞くと落ち着かない。
目指していた。
もちろん目指していたけれど、実際にそう呼ばれるようになると、子供の頃にテレビ越しで見ていた言葉と、自分に向けられる言葉がどうしても綺麗に重ならない。
「謙遜も度が過ぎれば嫌味になりかねんぞ、緑谷君!」
飯田君が眼鏡を光らせながら腕を振る。
相変わらず動きが大きい。
「君が多くの市民を救助したこともまた事実だ! そこは胸を張るべきだろう!」
「う、うん」
「まあまあ飯田ちゃん、久しぶりに集まったんだから」
蛙吹さんがいつもの落ち着いた声で言う。
「デクちゃんも座ったら?」
「そうだね。ありがとう、梅雨ちゃん」
僕は空いていた席へ座った。
見回す。
本当に久しぶりに、みんながいる。
社会に出てからは、それぞれの活動地域も違う。
ヒーローになった人。
別の形で社会を支えている人。
忙しい時期も違う。
学生時代みたいに、同じ教室へ行けば全員いるなんてことはもうない。
だからこそ、こうして集まると不思議な感じがした。
「緑谷、さっきの映像見たぞ」
切島君が身を乗り出す。
「黒鞭でビルの外壁丸ごと逸らしただろ。あれすげえな!」
「正確には外壁全部じゃなくて、崩落した部分を三つに分けて――」
「始まったぞ」
上鳴君が笑う。
「あっ」
危ない。
説明し始めるところだった。
「八年経ってもそこは変わらないんだね」
八百万さんが上品に笑う。
「でも、あれほど複数の能力を自然に扱えるようになったのは、やはり緑谷さんの努力の結果ですわ」
「ありがとう、八百万さん」
「クソナードがブツブツやってんのは昔からだろ」
かっちゃんが料理を口へ運びながら言う。
「むしろ減った方だわ」
「かっちゃんに言われると複雑だな……」
「んだと?」
「何でもない!」
反射的に答えると、何人かが笑った。
この感じも変わらない。
「そういう爆豪も、最近また活動件数がおかしいだろ」
瀬呂君が言った。
「先月何件出動したんだよ」
「数えてねえ」
「ランキング更新前になると露骨に仕事増やすのやめなよ」
耳郎さんが呆れた顔をする。
「うるせえ! 仕事があんだからやってんだよ!」
「デクに抜かれてからずっとじゃん」
「殺すぞアホ面!」
「俺!?」
上鳴君が巻き込まれている。
僕は苦笑しながら、かっちゃんを見る。
昔から勝つことに誰より強くこだわっていた。
今もそれは変わらない。
僕がトップになってからは、むしろ前より忙しく動いているように見える。
助けた人数も、解決した事件も多い。
本人は絶対に僕のおかげだなんて言わないだろうけど、競い合う相手として見てもらえているなら、少し嬉しい。
「そういや爆豪、その籠手また変えた?」
切島君が聞く。
「あ?」
「形。前とちょっと違うだろ」
「ああ。中身は変えてねえ。外側だけだ」
「まだ使ってんのか、それ」
「使えるもん捨てる必要ねえだろ」
かっちゃんは当然のように言った。
学生時代、空木君が調整していた装備。
もちろん八年前の物をそのまま使い続けているわけじゃない。消耗する部分は交換されているし、現在のサポート会社による保守や改修も入っている。
それでも基本設計は残しているらしい。
「前に新しいの試してなかった?」
僕が聞くと、かっちゃんは露骨に顔をしかめた。
「悪かねえよ。今の技術者も腕はある」
そこで一度言葉を切る。
「ただ、あの研究バカが学生ん時に作った奴の方が、俺の爆破の癖を分かってやがる」
「空木君らしいね……」
必要なデータを取って、必要なものを作る。
使う相手が誰かより、どう動くかを見ていた。
たぶん本人は、かっちゃんが今でも設計を使っていると知っても、そうですか、と言うくらいだと思う。
「空木といえばさ」
上鳴君が思い出したように口を挟む。
「GQS、また海外増えたんだろ?」
「らしいね」
僕もニュースでは見た。
今では知らない人の方が少ない会社だ。
個性の検査。
治療。
改造。
摘出。
人工個性の提供。
八年前には考えられなかったものが、今では普通の制度として存在している。
「うちの事務所でも世話になってるよ」
障子君が言う。
「新人の一人が個性の副作用で悩んでいたんだ。調整してもらって、かなり楽になったらしい」
「私のところでもいるわ」
八百万さんが頷く。
「昔なら個性に身体を合わせる訓練を続けるしかなかった方が、今では医学的な選択肢として調整を受けられますもの」
「ヒーロー側も変わったよね」
麗日さんが言った。
「無個性でヒーローを目指してる子も、今は普通にいるし」
その言葉に、僕は少しだけ黙った。
昔の僕なら、どんな顔をしただろう。
個性がなくても、ヒーローになれますか。
あの日、僕はオールマイトにそう聞いた。
今なら、答えは一つじゃない。
個性を持たないまま、装備や技術を使う道もある。
必要な資格を取って、人工個性を取得する道もある。
最初から諦めるしかなかった頃とは違う。
「……すごいよね」
自然と口から出た。
「何がだ?」
切島君が聞く。
「僕が子供の頃は、無個性って分かった時点で、ヒーローになるなんてほとんど無理だと思われてたから」
一度、自分の手を見る。
この中には今もOFAがある。
オールマイトから受け取った力。
歴代の人たちが繋いできた力。
僕にとって、この力の意味が薄れたわけじゃない。
でも、社会の側は確実に変わった。
「今の子は、試験に受かれば個性を取得するっていう選択肢もある。もちろん簡単じゃないし、ヒーロー向けの強い個性なら審査も厳しいけど、それでも道そのものはあるんだ」
「昔のお前みてえな奴が、今なら別の道選べるってことか」
かっちゃんが言った。
「うん」
それは、少し不思議な気持ちだった。
僕はオールマイトと出会った。
OFAを受け継いだ。
そのことを後悔したことなんて一度もない。
この力だったから救えた人がいる。
この力を受け継いだから出会えた人もいる。
でも、もし今の時代に無個性の僕が生まれていたなら。
オールマイトと出会わなくても、ヒーローを目指す道は残っていたのかもしれない。
それはきっと、いい変化なんだと思う。
「僕もさ」
青山君が口を開いた。
以前と変わらない、どこか芝居がかった仕草で胸元へ手を添える。
「昔は、自分の個性に身体を合わせるしかないと思っていたよ」
「青山君」
「ネビルレーザーは今も僕の輝きさ」
そう言って笑う。
「でも、もう僕を傷つける輝きじゃない」
彼のネビルレーザーは、卒業前に一度摘出されている。
能力そのものを捨てたわけではない。
身体との不適合だけを解消する形に再設計され、戻された。
それから青山君は、ヒーローになった。
過去が消えたわけじゃない。
内通者だったことも、その結果として裁かれたことも。
それでも、彼はヒーローを目指し続けた。
今は同じプロとして活動している。
「君が今もその個性を使っているのは、なんだか嬉しいよ」
僕が言うと、青山君は少しだけ目を細めた。
「Merci、緑谷君」
「青山、最近調子いいよな」
尾白君が言う。
「この前の救助、ニュースで見たよ」
「フフン。僕の輝きは世界を照らしているからね!」
「そこは変わらねえな」
瀬呂君が笑った。
また笑い声が広がる。
◇ ◇ ◇
「轟君は、最近どう?」
話が少し落ち着いたところで、僕は隣の方に座っていた轟君へ声をかけた。
「仕事か?」
「仕事もだけど、ご家族の方も」
轟君は少し考えてから頷いた。
「兄貴には会ってる」
その一言で、誰のことかは分かった。
燈矢さん。
あの戦いの後も生きている。
収監され、危険な個性は管理されている。
だからといって、それまでに起きたことがなくなるわけじゃない。
轟君たち家族が抱えてきたものも同じだ。
「母さんも姉さんも兄さんも、それぞれ会いに行ってる。親父もな」
「そっか」
「すぐにどうにかなる話じゃねえ。でも、話せるうちは話す」
轟君らしい答えだった。
僕は頷く。
僕たちはただ、自分たちが生きた時間の続きを進んできた。
死柄木たちとの戦いもそうだ。
高校生だった僕たちは、最初の大規模戦闘には前線投入されなかった。
当時は焦りもあった。
プロたちが戦っているのに、自分たちは学校にいる。
力があるのに。
OFAまで持っているのに。
それでも、あの時はオールマイトが戻っていた。
エンデヴァーたちもいた。
空木君の個性兵も投入されていた。
大人たちは、本当に学生を戦場へ出さずに戦った。
被害がなかったわけじゃない。
失った人もいる。
でも、僕たちはあの戦いを経験してなお、クラスの大半が揃ったまま卒業することができた。
その後の最終決戦では、僕も死柄木と戦った。
OFAを失うこともなかった。
だから今もこうして、ヒーローとしてこの力を使っている。
「そういえばオールマイトは?」
僕が尋ねると、飯田君が答えた。
「少し遅れると連絡があった! 雄英で仕事が長引いているそうだ!」
「先生忙しいもんね」
麗日さんが笑う。
オールマイトは、今も雄英にいる。
力を取り戻したからといって、昔みたいに第一線へ完全復帰したわけではない。
空木君が作った人工個性によって、全盛期に近い力を取り戻している。
今でも目の前で誰かが困っていたら絶対に助けるし、必要なら動く。
でも、主な仕事は教師だ。
次の世代を育てている。
それもまた、オールマイトらしいと思う。
「発目さんは?」
僕が聞く。
八百万さんがスマートフォンを確認する。
「今日は来られないそうですわ。開発の予定がずれ込んだと」
「あー、あいつも変わってねえな」
上鳴君が言う。
「卒業してから余計ひどくなってない?」
「サポート業界じゃすげえ有名人だもんな」
切島君が笑う。
発目さんも、ずっと自分の道を進んでいる。
空木君とは違う方向で。
二人とも技術者だけれど、卒業してから一緒に何かをしているという話はほとんど聞かない。
学生時代は技術の話になるとよくやり合っていたのに、それぞれ別の場所へ進んだ。
「空木は?」
芦戸さんが聞いた。
一瞬、みんなの視線が集まる。
「誘ってはいるんだよね?」
「連絡はした」
飯田君が答える。
「ただ、返答は欠席だった!」
「まあ、そうだよね」
僕も苦笑した。
意外ではない。
卒業してから、空木君とはほとんど会っていない。
喧嘩をしたわけじゃない。
卒業の日だって普通に話した。
連絡先も残っている。
でも、空木君は研究をしている。
たぶん今も。
GQSがこれだけ大きくなっても、表に出て経営者らしいことをしている姿はほとんど見ない。
会社そのものは有名なのに、空木零司という個人を知っている人は意外と少ない。
「相変わらず研究してんのかね」
上鳴君が言う。
「してるんじゃないかな」
僕は答えた。
むしろ、それ以外をしている姿の方が想像しにくい。
「世界中に店作って、会社めちゃくちゃデカくして、それでも研究室にいるってすごいよね」
麗日さんが言う。
「普通、あそこまでいったら社長さんの仕事だけで大変そうなのに」
「本人は最初から会社経営が目的ではなかったのでしょう」
八百万さんが言った。
「個性を研究するための仕組みとして会社を作った、と聞いていますもの」
「らしいよなあ」
瀬呂君が頷く。
僕もそう思う。
空木君は、社会を変えようとしていたわけじゃなかった。
少なくとも、僕が知っている彼はそういう人だった。
誰もが個性で苦しまない社会を作る。
無個性の人にも夢を与える。
犯罪を減らす。
医療を変える。
そんなことを目標として語っているところを、僕は一度も見たことがない。
彼はただ、個性を研究していた。
分からないから調べる。
必要だから作る。
不便だから直す。
その積み重ねが、気づけば社会の方を変えていた。
「変な奴だったよな」
かっちゃんが言った。
「今さら?」
耳郎さんが返す。
「今もだろ」
「確かに」
何人かが笑った。
僕も笑う。
その時、個室の扉が開いた。
「遅れてすまない!」
聞き慣れた声。
全員がそちらを見る。
「オールマイト!」
僕は思わず立ち上がった。
そこにいたのは、昔テレビで見ていたような大きな身体のオールマイトだった。
ただしヒーローコスチュームではない。
雄英の教師としての服装だ。
「いやあ、会議が長引いてしまってね! 待たせてしまったかな?」
「全然ですよ!」
僕が答える。
「僕もさっき来たところなので!」
「デクは現場帰りだ」
かっちゃんが余計なことを言う。
「若干遅刻してたぞ」
「かっちゃん!」
「ハハハ! そうか、今日も人を救ってきたんだね、緑谷少年!」
少年。
二十代半ばになっても、オールマイトからそう呼ばれると少しだけ高校生へ戻ったような気分になる。
「はい!」
返事をすると、オールマイトが笑った。
その顔を見て、ふと思う。
八年。
長かったようで、あっという間だった。
僕たちは高校生ではなくなった。
それぞれ仕事を持った。
それぞれの場所で生きている。
ヒーローとして活動している人もいる。
別の道へ進んだ人もいる。
昔とは社会そのものが違う。
無個性だからというだけで夢を諦めなくてもいい。
生まれ持った個性が身体に合わなければ、直すこともできる。
個性が人生のすべてを決めるわけではなくなり始めている。
僕自身も変わった。
OFAの六つの個性は、もう暴走する未知の力じゃない。
救助でも戦闘でも、考えるより先に必要なものを選べる。
そして、いつの間にかトップヒーローと呼ばれるようになった。
それでも。
「緑谷君、どうしたの?」
麗日さんに聞かれて、僕は首を振る。
「ううん。みんな、変わったなって思って」
「そりゃ八年だぜ?」
切島君が笑う。
「でも、あんまり変わってないところもあるよね」
麗日さんも笑った。
その通りだと思う。
飯田君は相変わらず真面目だ。
かっちゃんは相変わらず負けず嫌いだ。
轟君は昔より表情が柔らかくなったけれど、真っ直ぐなところは変わらない。
青山君は今日も輝いている。
みんな、それぞれ変わって、それでも僕が知っているみんなだった。
僕は席へ戻る。
「じゃあ、改めて乾杯するか!」
切島君がグラスを持ち上げる。
「オールマイトも来たしな!」
「賛成だ!」
飯田君も立ち上がる。
みんながそれぞれグラスを手に取った。
僕も持つ。
「何に乾杯する?」
上鳴君が聞いた。
「決めてなかったのかよ」
耳郎さんが呆れる。
少しだけ考えて、僕は笑った。
「じゃあ――みんなが今日まで無事にやってこられたことに、でどうかな」
一瞬だけ静かになった。
僕たちは、無事では済まなかった時代を知っている。
失った人もいる。
傷ついた人もいる。
だからこそ、今日ここに集まれたことは当たり前じゃない。
「いいじゃん!」
芦戸さんが最初に笑った。
「それでいこう!」
「異議なしだ!」
飯田君が続く。
「フン」
かっちゃんもグラスを上げた。
轟君も、麗日さんも、みんなが続く。
オールマイトが僕たちを見渡して、嬉しそうに笑った。
「では、今日まで歩いてきた君たちに」
グラスが上がる。
僕も、その輪の中で腕を伸ばした。
「乾杯!」
声が重なる。
八年前には想像できなかった今がある。
それでも僕たちは、あの頃と同じように笑っていた。