無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第145話 個性社会

個性を取り巻く社会は、八年前とは大きく変わった。

 

変化は一度に起きたわけではない。

 

最初に広がったのは、個性を治療するという考え方だった。

 

生まれ持った個性が身体に合っていない。

 

発動するたびに本人が傷つく。

 

出力を制御できない。

 

日常生活に支障が出る。

 

以前なら、本人が訓練して適応するしかなかった問題にも、今は別の選択肢がある。

 

GQSへ行けばいい。

 

個性を詳しく解析し、身体との適合を調べる。

 

必要なら副作用を減らす。

 

出力を調整する。

 

操作しやすいように変える。

 

不要な機能を削り、逆に必要な機能を追加することもできる。

 

それでも本人が個性を必要としないなら、摘出することもできた。

 

個性は生まれ持った以上、一生付き合わなければならないものではなくなった。

 

逆も同じだった。

 

個性を持たずに生まれた人間が、後から人工個性を取得できる。

 

誰でも好きな能力を自由に買えるわけではない。

 

危険性の高い個性には、それに応じた許可が必要になる。

 

ヒーロー活動へ使えるほど強力な個性なら、取得する側にも相応の資格が求められる。

 

それでも、無個性だからという理由だけで最初から道を閉ざされることはなくなった。

 

ヒーローを目指す無個性の子供が、個性取得許可試験へ挑戦する。

 

合格してからGQSへ行き、自分に合った人工個性を選ぶ。

 

そんな光景も、今では特別珍しいものではない。

 

個性を持っている人間も、新しい個性を追加できる。

 

既存個性との相性や身体への負荷を調べ、必要な許可を持っているなら複数の個性を保有することも可能だった。

 

人工個性ではなく、他人が持っていた個性そのものを受け取ることもできる。

 

双方が同意し、必要な許可を満たしているなら、提供者から個性を摘出し、受け取る人間へ移植する。

 

利用者は多くない。

 

同じ能力が欲しいだけなら人工個性でいいからだ。

 

それでも、自分が使ってきた個性そのものを家族や後継者へ託したい人間はいる。

 

そういう希望まで、技術的には実現できるようになっていた。

 

医療も変わった。

 

生存している限り、外傷や欠損、神経損傷まで治療できる人工個性が公的医療へ導入されている。

 

事故。

 

災害。

 

ヴィラン事件。

 

ヒーロー活動中の負傷。

 

かつてなら一生残った傷が、今では治療可能なものとして扱われることも多い。

 

犯罪者の収容方法も変わった。

 

危険な個性を持つ囚人は、服役中だけ個性を身体から摘出される場合がある。

 

刑務所や特殊留置施設にはGQSの管理区画が置かれ、GQS所有の施術用個性兵が摘出と保管を担当する。

 

正規に刑期を終えれば返却される。

 

脱獄すれば返却されない。

 

政府が個性摘出技術そのものを所有しているわけではない。

 

必要な処置をGQSへ委託する。

 

それが制度として定着していた。

 

世界中で。

 

◇ ◇ ◇

 

Global Quirk Solutions。

 

GQSという名前を知らない人間は、今ではかなり少ない。

 

個性に問題があれば相談する会社。

 

個性を変えたければ相談する会社。

 

個性が欲しければ、必要な許可を取ってから行く会社。

 

そう認識されている。

 

日本から始まった会社は、各国政府との認可契約を経て海外へ広がった。

 

どの国でも同じサービスを無条件に提供するわけではない。

 

現地の法制度。

 

個性規制。

 

治安制度。

 

販売許可。

 

それらに合わせて扱える人工個性や施術内容は変わる。

 

それでも、個性を後から変えられるという事実そのものは世界へ広がった。

 

その結果、生まれ持った個性が人生を決める割合は大きく下がった。

 

強力な個性を持って生まれれば、それだけで将来を期待される。

 

弱い個性なら、できる仕事が限られる。

 

無個性なら、最初から諦めなければならない道がある。

 

そうした考え方が完全になくなったわけではない。

 

人間の価値観は、制度ほど簡単には変わらない。

 

それでも、前提は変わった。

 

必要なら変えられる。

 

合わないなら直せる。

 

いらないなら外せる。

 

持っていないなら取得できる。

 

生まれた時に決まった個性を、一生変えられないものとして扱う必要がなくなった。

 

その変化を生み出した会社の名前は、世界中で知られている。

 

だが、その会社で使われている技術のほとんどを、一人の人間が作ったことまで知っている者は少ない。

 

空木零司。

 

その名前を知っている人間はいる。

 

かつて雄英体育祭へ出場したサポート科の生徒として、古い映像を探せば記録も残っている。

 

GQSの関係者として名前を知る者もいる。

 

しかし、一般に知られているのは会社とサービスだった。

 

人工個性を作る技術。

 

個性を安全に摘出する技術。

 

別人へ移植する技術。

 

個性を改造する技術。

 

GQSを動かしている個性兵。

 

それらすべての中核に同じ一人の人間がいることを正確に把握しているのは、各国政府や治安機関の一部だけだった。

 

本人も表へ出ようとはしなかった。

 

必要がなかったからだ。

 

◇ ◇ ◇

 

世界中の個性データが、私のところへ集まってくる。

 

会社を世界規模へ広げた目的は達成された。

 

日本だけでは見つからなかった個性。

 

地域的に偏っている個性。

 

似た現象でも構造が異なる個性。

 

極端に珍しい変異。

 

GQSを利用した人間は診察され、その過程で取得された個性情報がデータベースへ蓄積される。

 

既知のものは分類する。

 

細かな差異も記録する。

 

既存情報との類似性が低いものだけ、データベース型が私へ報告する。

 

最初の頃は多かった。

 

海外展開を始めた直後など、毎日のように新しい構造が上がってきた。

 

当然だ。

 

それまで私が詳しく調べられた個性は、世界全体から見ればごく一部でしかなかった。

 

日本国内だけでも知らない個性はいくらでもあったのに、それが世界規模になった。

 

研究対象には困らなかった。

 

だが、それから八年が経った。

 

端末へ表示された報告を確認する。

 

「類似性は?」

 

『既存分類との一致率、基準値以上です』

 

「なら通常記録でいいです」

 

『承知しました』

 

表示が閉じる。

 

次。

 

こちらも既知。

 

少し変わった発現形式だが、基本構造は既にある。

 

保存はする。

 

私が詳しく見る必要はない。

 

さらに次。

 

これも同じだった。

 

「減りましたね」

 

独り言に近い。

 

研究補助用の個性兵が答える。

 

「新規性基準を満たす報告件数は、海外展開初期と比較して大幅に減少しています」

 

「そうでしょうね」

 

八年は長い。

 

世界中の人間を一人残らず調べたわけではない。

 

GQSを利用しない人間もいる。

 

まだ発現していない子供もいる。

 

これから生まれる個性もある。

 

だから未知の個性がなくなったわけではない。

 

今後も新しいものは出てくる。

 

両親の個性が組み合わさる。

 

変異する。

 

既存の系統から外れた構造が生まれる。

 

ただ、それを待つだけでは効率が悪くなった。

 

世界中からデータが集まるようになったことで、逆に分かったことがある。

 

私は既に、かなりの種類を見てしまった。

 

現象だけが違っていても、内部構造を見れば既知の系統で説明できることが増えた。

 

初めて見る個性だと思って詳しく調べても、既知構造の組み合わせであることも多い。

 

未知との遭遇頻度が下がっている。

 

なら、別のものを調べればいい。

 

個性そのものではなく。

 

個性が生まれた理由を。

 

◇ ◇ ◇

 

最初に気になったのは、根津校長だった。

 

雄英にいた頃から知っている。

 

人間ではない。

 

動物だ。

 

それでも個性を持っている。

 

しかも、人間以上の知能を与える個性。

 

個性を持った動物というだけでも、かなり珍しい。

 

当時も興味深い対象ではあった。

 

ただ、他に調べたいものが多すぎた。

 

個性因子。

 

人工個性。

 

複数個性。

 

個性兵。

 

摘出。

 

移植。

 

改造。

 

AFO。

 

OFA。

 

個性そのものについて分からないことが大量にあった。

 

そちらを優先した。

 

今は違う。

 

既知個性の種類は十分に増えた。

 

だから、以前は後回しにしていた疑問へ戻れる。

 

なぜ、人間だけなのか。

 

個性は生物の機能だ。

 

少なくとも、私はそう扱ってきた。

 

個性因子という構造があり、身体と結びつき、一定の条件で現象を起こす。

 

作れる。

 

外せる。

 

移せる。

 

壊れれば直せる。

 

構造が分かれば改造もできる。

 

そこに超自然的な何かを仮定する必要はない。

 

なら、個性が人類だけに与えられた特別な力だと考える理由もない。

 

根津校長という例外が、実際に存在している。

 

人間以外にも個性は発現し得る。

 

それなら本来、もっといてもよかったはずだ。

 

犬。

 

猫。

 

鳥。

 

魚。

 

昆虫。

 

植物まで含めるべきかは分からないが、少なくとも動物については考える価値がある。

 

個性が通常の進化の延長線上で生まれた形質なら、人類だけにほぼ集中している現在の状態は妙だった。

 

もちろん、人間だけに起きた変化が偶然そのまま人類集団へ広がった可能性はある。

 

それ自体は否定できない。

 

ただ、始まりの個性が確認されて以降、人類には次々と個性を持つ人間が生まれた。

 

一人だけではない。

 

一つの家系だけでもない。

 

特定の国だけでもない。

 

世代を重ねるほど個性を持つ人間は増え、今では世界中で人類の大半が何らかの個性を持って生まれてくる。

 

これは一人の突然変異だけでは説明しにくい。

 

人類という種そのものに何が起きたのか。

 

個性因子は、どの段階で人間の身体へ組み込まれたのか。

 

なぜ同時期に世界各地で広がったのか。

 

なぜ多様性がこれほど大きいのか。

 

そして。

 

個性を持たなかった人類と、個性を持つようになった人類の間には、何があるのか。

 

分からない。

 

だから知りたい。

 

問題は、今存在している人間を調べても、その瞬間はもう終わっていることだった。

 

個性を持つ人間は、生まれた時点ですでに個性因子を持っている。

 

胎児期を調べても、現代人の発生過程が分かるだけだ。

 

遺伝情報を比較しても、現在残っている差しか見えない。

 

欲しいのは結果ではない。

 

個性という形質が人類へ定着する、その境界だった。

 

なら、その境界を作ればいい。

 

◇ ◇ ◇

 

研究を始めるには、実験対象が必要だった。

 

通常の研究制度では難しい。

 

人間の身体を大幅に巻き戻し、成長させ、それを何度も繰り返す。

 

個性だけを操作する研究ではない。

 

人間そのものの発生と進化へ干渉する。

 

当然、通常の医療研究として認められる内容ではなかった。

 

だから、認める国を探した。

 

GQSは既に複数の国家と契約している。

 

国によって法律も違う。

 

倫理基準も違う。

 

政治体制も違う。

 

その中には、日本では認められない研究でも、国家側の判断で合法的に実施できる国があった。

 

死刑制度を持ち、死刑囚を国家管理下の実験対象として提供できる国。

 

私は条件を提示した。

 

研究内容。

 

必要な設備。

 

対象へ行う処置。

 

予想される危険。

 

死亡する可能性。

 

不可逆的な変化が起きる可能性。

 

研究成果の扱い。

 

GQS側が提供する対価。

 

向こうも条件を出した。

 

交渉は個性兵と法務処理系統に任せた。

 

私が政治交渉をする必要はない。

 

最終的に、条件を満たす国と研究協力が成立した。

 

実験対象として死刑囚が送られてくる。

 

私は研究できる。

 

相手国は、GQSとの協力で欲しいものを得る。

 

双方が合意している。

 

なら問題はない。

 

少なくとも、その国の法律上は。

 

◇ ◇ ◇

 

実験室の中央に、一人の人間がいる。

 

拘束する必要はない。

 

意識はない。

 

生命維持も、状態管理も、周囲の個性兵が行っている。

 

私は観測データを見る。

 

成人男性。

 

個性あり。

 

個性因子の構造は完全に記録済み。

 

身体情報も保存している。

 

この個性自体には、それほど興味はない。

 

既知系統だ。

 

重要なのは、この人間をどこまで戻せるかだった。

 

「開始してください」

 

施術用個性兵が処理を始める。

 

使用するのは、私が昔から持っている技術の延長だ。

 

『巻き戻し』。

 

以前、自分の身体へ組み込むために改造した。

 

怪我を正常状態へ戻す。

 

欠損を戻す。

 

老化を制御する。

 

今の私が十五、六歳程度の身体を維持しているのも、その応用だった。

 

今回は目的が違う。

 

正常状態へ戻すのではない。

 

時間軸上の状態を、さらに遡らせる。

 

成人。

 

青年。

 

少年。

 

幼児。

 

乳児。

 

そして、それ以前。

 

身体が急速に小さくなる。

 

単純に縮小しているわけではない。

 

細胞。

 

臓器。

 

骨格。

 

神経系。

 

それぞれが過去の発生状態へ戻っていく。

 

個性因子も追跡する。

 

「記録を継続」

 

「継続しています」

 

やがて、人間として自力で生活できる形ではなくなる。

 

胎内で成長している途中に近い状態。

 

そこまで戻したところで止める。

 

本物の胎盤へ戻す必要はない。

 

必要な環境は人工的に再現できる。

 

問題はここからだ。

 

「加速」

 

今度は逆方向へ進める。

 

時間加速。

 

身体の成長を進める。

 

ただし、単に元の状態へ戻すだけでは意味がない。

 

各段階で情報を取る。

 

細胞分化。

 

神経形成。

 

臓器形成。

 

個性因子の状態。

 

身体各部との結合。

 

発現準備。

 

個性が身体機能として成立していく過程。

 

すべて記録する。

 

成長。

 

解析。

 

停止。

 

また成長。

 

解析。

 

成人に近づけば、再び巻き戻す。

 

同じ人間を使って繰り返す。

 

一度では足りない。

 

条件を変える。

 

巻き戻す深度を変える。

 

成長速度を変える。

 

個性因子の一部を操作する。

 

発生途中の身体環境を変える。

 

どこまで変えても同じ個性へ到達するのか。

 

どこから別の結果になるのか。

 

その境界を調べる。

 

ただし、これだけではまだ足りない。

 

現代人を胎児相当まで巻き戻して再成長させても、現代人が個性を形成する過程しか見られない。

 

私が見たいのは、そのさらに前だ。

 

個性を持つ人類が成立する以前。

 

そこへ近づける。

 

一度成長を止める。

 

私は取得したデータを確認する。

 

「次は遺伝情報側も巻き戻します」

 

研究補助用個性兵が処理内容を表示する。

 

現代人の身体を若返らせるだけではない。

 

世代を遡るように、現在の人類へ積み重なった変化を可能な範囲で逆算する。

 

GQSが八年間で集めた人類規模の個性データ。

 

個性を持つ人間。

 

無個性の人間。

 

家系情報。

 

遺伝した個性。

 

混ざった個性。

 

突然変異。

 

個性因子の共通部分。

 

それらを比較する。

 

何が新しいのか。

 

何が古いのか。

 

どこまで戻せば、個性因子が現在の形では成立しなくなるのか。

 

仮説上の古い人類へ近づけた肉体を作り、その状態からもう一度成長させる。

 

もし個性が単なる遺伝形質なら、消したままになるかもしれない。

 

もし人間の発生そのものに、個性を生み出す別の機構が組み込まれているなら。

 

どこかで再び現れる可能性がある。

 

その瞬間を見たい。

 

◇ ◇ ◇

 

最初の実験では、期待した結果は出なかった。

 

次も同じだった。

 

条件を変える。

 

また失敗する。

 

さらに変える。

 

戻す。

 

育てる。

 

観測する。

 

記録する。

 

比較する。

 

また戻す。

 

私はそれを繰り返した。

 

実験対象が一人である必要もない。

 

相手国から提供された対象ごとに元の遺伝情報が違う。

 

持っていた個性も違う。

 

比較対象が増えれば、個体差と共通現象を分けられる。

 

死刑囚だから研究価値が高いわけではない。

 

単に、人間を使ったこの実験を合法的に実施できる対象として提供されているだけだ。

 

研究対象として見れば、人間であることに意味がある。

 

個性を持つ現在の人類。

 

その身体を、個性以前へ近づける。

 

そこから再び進める。

 

何度も。

 

何度も。

 

私は観測結果を並べた。

 

まだ足りない。

 

個性が生まれた瞬間を見つけたわけではない。

 

そもそも私の仮説が間違っている可能性もある。

 

人類全体の進化だと思っている現象が、別の機構によるものかもしれない。

 

外部要因。

 

感染。

 

環境。

 

何らかの未知の生物学的変化。

 

現在の個性因子から逆算するだけでは到達できない原因。

 

可能性はいくらでもある。

 

それでいい。

 

分からないものがある。

 

八年前より、ずっと少なくなった。

 

世界中から個性データが集まり続けるようになって、知らない個性に出会う機会さえ減った。

 

だから今度は、個性の奥を見る。

 

個性を作る方法は知っている。

 

壊す方法も知っている。

 

外す方法も、移す方法も、改造する方法も知っている。

 

でも。

 

なぜ個性が生まれたのかは知らない。

 

人類の身体に何が起きて、世界中で個性が発現するようになったのか。

 

なぜ根津校長のような例外が存在するのか。

 

なぜ他の生物にはほとんど広がっていないのか。

 

まだ分からない。

 

「次の条件を試します」

 

私は新しい実験設定を開く。

 

研究補助用の個性兵が、直前までの結果を整理する。

 

シミュレーター型が条件ごとの差異を計算し、次に変えるべき項目を表示する。

 

世界中のGQSからは、今も個性データが届き続けている。

 

そちらも止める理由はない。

 

新しい個性が見つかれば調べる。

 

見つからなければ、別の疑問を調べる。

 

知っていることが増えれば、知らないことの位置が変わる。

 

それだけだ。

 

実験槽の中では、巻き戻された人間の身体が再び成長を始めていた。

 

私はその変化を見続ける。

 

いつか、その途中にあるはずのものを見つけるために。

 

人類が個性を持つようになった、その始まりを。

 

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