無個性は個性をつくる 作:匿名希望
開始の合図と同時に、周囲の騎馬が動き出した。
私は上から競技場全体を見る。
八百万百。
常闇踏陰。
物間寧人。
三人とも、それぞれ別のチームにいる。
当然、一人ではない。
八百万さんは轟焦凍さん、飯田天哉さん、上鳴電気さんと同じ騎馬。
常闇さんは緑谷出久さん、麗日お茶子さん、発目さんと組んでいる。
物間さんは旋訴訟さん、円場硬成さん、黒色支配さんと同じB組のチーム。
障害物競走と違い、本人へ近づこうとすれば、残りの三人も妨害してくる。
それが騎馬戦だった。
「心操さん。右へ。外周を取ります」
「右だ」
心操さんが伝える。
尾白さんと庄田さんが向きを変えた。
私が決める。
心操さんが中継する。
二人が動く。
意思決定者が一人しかいない分、方向転換は速い。
私は指輪の状態を確認する。
採血機構。
正常。
目的は三人に一度ずつ触れること。
鉢巻ではない。
三人の血液が欲しい。
それを達成してから、普通に得点を取りに行けばいい。
◇ ◇ ◇
心操さんの『洗脳』を採血へ使う案も、考えなかったわけではない。
相手を止められれば接触は簡単になる。
ただし、今の心操さんはすでに尾白さんと庄田さんを洗脳している。
二人を維持したまま、さらに相手チームの複数人をまとめて支配できるかは分からない。
少なくとも、私が観察した範囲では保証できなかった。
一人を追加できたとしても、その騎馬には他に三人いる。
しかも洗脳の発動には、心操さんへの返答が必要らしい。
狙った全員が都合よく答えるとは限らない。
三人の血液を一瞬採るだけのために、不確定な条件を何段階も重ねる必要はない。
洗脳は、後で鉢巻を取る時に使えばいい。
騎馬の得点を奪うだけなら、重要な一人を支配できれば成立する場合がある。
今は私自身で近づく。
その方が確実だった。
◇ ◇ ◇
最初は八百万さん。
彼女のチームは分かりやすく強かった。
轟さん。
飯田さん。
上鳴さん。
そして八百万さん。
近づくだけでも複数の対処手段がある。
私は進路を合わせた。
「正面右。あの騎馬へ」
「正面右だ」
尾白さんと庄田さんが走る。
相手もこちらに気付いた。
最初に動いたのは轟さんだった。
地面を氷が走る。
一気にこちらまで伸びてくる。
速い。
私は浮遊を強めた。
「跳びます。そのまま前へ」
騎馬の荷重を軽くする。
同時に進行方向へ光の足場を作る。
尾白さんと庄田さんが氷へ直接足を取られる前に、その上へ乗る。
完全に空中へ浮かせているわけではない。
光で作った面を一時的な床として使う。
氷の上を越える。
その瞬間、飯田さんが動いた。
騎馬全体の加速。
距離が開く。
私が接近するより速く、横へ抜ける。
「追います」
「追え」
二人が方向転換する。
だが今度は上鳴さんがこちらを向いた。
電気。
周囲への放電を警戒する。
直接受ける必要はない。
私は光を広げた。
壁を一枚。
電気そのものを完全に遮断する用途ではない。
距離を確保するためだ。
その間に八百万さんが何かを作っている。
身体から物体が形成される。
障害物競走より近い。
個性因子知覚で反応を見る。
やはり生成時に身体側の消費がある。
ただし今は解析が目的ではない。
試料を取れば、後で詳しく見られる。
「左から回ります」
騎馬を大きく旋回させる。
飯田さんがこちらへ合わせる。
速い。
正面から追えば追いつきにくい。
なら進路を塞ぐ。
私は光を二枚出した。
一枚目を進路の右。
二枚目を前。
壁として固定。
轟さんのチームは左へ逃げるしかない。
そこへこちらが先回りする。
轟さんが再び氷を伸ばす。
私は自分の身体だけを軽くし、騎馬の上から上体を大きく外へ出した。
八百万さんが手を伸ばす。
鉢巻を守るためだろう。
私の手も伸びる。
鉢巻には向かわない。
八百万さんの指先へ。
ほんの一瞬。
触れた。
指輪が作動する。
微量採血。
完了。
私はそのまま手を引いた。
八百万さんの表情が変わる。
「……?」
当然だと思う。
騎馬戦で敵が接近した。
鉢巻を取れる距離まで来た。
なのに、手へ軽く触れただけで離れた。
普通なら意味が分からない。
「離脱します」
「離れろ」
騎馬が後退する。
轟さんも深追いはしなかった。
私は指輪の内部を確認する。
一つ。
八百万百。
『創造』。
保存正常。
◇ ◇ ◇
次は常闇さん。
見つけるのは簡単だった。
十万どころではない得点を抱えた緑谷さんのチームには、周囲の視線が集中している。
緑谷出久。
麗日お茶子。
発目明。
常闇踏陰。
移動力も防御力もある。
その中心に、黒影。
私が見たい対象でもある。
「次はあちらです」
心操さんへ方向を示す。
「十百万のチームか?」
「はい」
「点を狙うのか?」
「今は違います」
心操さんはそれ以上聞かない。
こちらの指揮下にあるからだ。
接近する。
最初に黒影が反応した。
速い。
黒い腕のようなものがこちらへ伸びる。
私はベルトを起動した。
光。
照度を上げる。
黒影の勢いが落ちた。
やはり光への反応がある。
障害物競走で見た時より明確だった。
「弱まっていますね」
独り言に近い。
ただ、常闇さん本人も気付いたらしい。
黒影を引き戻す。
代わりに緑谷さんが進路を変えた。
「右!」
向こうの声が聞こえる。
発目さんの装備が噴射する。
騎馬全体が急に横へ移動した。
「なるほど」
発目さんの機動装備。
私が彼女のズーム因子を利用した装備とは別方向の発想だ。
ただし今は発目さんを見る場面ではない。
追う。
麗日さんの個性も使われているらしい。
騎馬全体の挙動が軽い。
重力軽減。
その上で発目さんの推進装置。
速度は高い。
さらに黒影がこちらを遮る。
単純に接近しようとすれば、かなり面倒だった。
だから私は光を強くする。
攻撃ではない。
照明。
黒影の正面へ集中。
黒い身体が縮む。
常闇さんが位置を変えて守る。
その間に緑谷さんが進路を切り替える。
「正面へ壁を出します。左から抜けてください」
私が指示する。
光の壁を緑谷さんたちの進路前方へ生成。
向こうが避ける。
左。
そこを予測して、こちらも左へ。
接近。
発目さんが私を見る。
「あっ、空木くん!」
返事はしない。
今答える必要はない。
発目さんの機械腕らしき装備が伸びてくる。
鉢巻を狙っている。
光の板を一枚挟む。
金属部品が当たる。
防ぐ。
黒影が横から回る。
照明をそちらへ向ける。
止まる。
この数秒で十分だった。
私は常闇さんへ手を伸ばす。
常闇さんも当然、こちらの手を見る。
鉢巻を守るために身体を引く。
だが私は頭を狙っていない。
近い方へ触れればいい。
肩。
指先が制服越しではなく、首元の露出した部分をかすめる。
採取。
完了。
ほんの一瞬。
私はすぐに腕を戻した。
「……何を?」
常闇さんが低く言う。
意味が分からないだろう。
私でも、相手が同じことをすれば理由を考える。
だが説明する必要はない。
「後退」
騎馬を離す。
緑谷さんたちは十百万の鉢巻を守ることを優先し、こちらを追わない。
私は二つ目の試料を確認した。
常闇踏陰。
『黒影』。
保存正常。
◇ ◇ ◇
残りは物間さん。
B組の騎馬。
物間寧人。
旋訴訟。
円場硬成。
黒色支配。
障害物競走でB組の動きを長く見ていたので、三人の存在も覚えている。
物間さんがこちらに気付いた。
笑う。
「あれだけ派手な装備を持ってるのに、さっきから全然鉢巻を取れてないじゃないか!」
わざわざ大きな声で言う。
私は返さない。
心操さんの個性を知っている今、無意味な応答を減らすのは合理的だと思う。
もっとも、物間さんは心操さんではない。
「正面から行きます」
「正面だ」
騎馬が近づく。
最初に円場さんが動いた。
空中に何もないはずの場所で、何かへぶつかった。
透明な壁。
空気の固形化に近い。
障害物競走では十分見られなかった能力だった。
私たちの進路に複数配置される。
「右へ三十度」
方向転換。
また壁。
向こうも調整している。
同時に旋さんが腕を回転させる。
近づけば直接妨害される。
黒色さんは目立った行動をしていない。
しかし、黒いものが周囲にあれば入り込める可能性を考えておいた方がいい。
能力はまだ十分見ていない。
私は光を広げた。
照明ではなく、細い線を何本も空間へ走らせる。
透明な空気壁へ当たった部分で光の進み方が変わる。
完全ではないが、位置が分かる。
「そこは避けます」
光で位置を把握し、空いた場所を抜ける。
円場さんが新しい壁を作る。
その前に、光の足場を上へ。
「一段上がってください」
尾白さんと庄田さんが踏み込む。
騎馬全体が少し高くなる。
空気壁の上側を抜ける。
物間さんがこちらへ手を伸ばした。
狙いは私。
彼の能力が接触によるコピーなら、当然だった。
私本人へ触れれば、搭載している人工個性のどれかへ作用する可能性がある。
何をコピーするかは分からない。
試させる理由もない。
「触りたいのは私も同じなんですが」
小さく言う。
相手の手を避ける。
旋さんが接近を阻む。
回転する腕。
私は光の板を斜めに出した。
拳を受け止めるのではなく、軌道を外へ逸らす。
衝撃で板が揺れる。
その隙に物間さんの方へ踏み込む。
黒色さんが動いた。
こちらの影になった部分から黒い身体が現れる。
進路を塞ぐ。
「そういう使い方ですか」
すぐに光量を上げる。
足元の影を薄くする。
黒色さん自身を攻撃する必要はない。
入り込める暗部を減らす。
一瞬だけ空間が開く。
物間さんがこちらへ手を伸ばす。
私も手を伸ばす。
ただし、こちらの方が短くていい。
触れるだけだからだ。
手首。
指先。
接触。
指輪起動。
微量採血。
完了。
私はすぐに離れる。
物間さんの手は私へ届かない。
そして当然、鉢巻にも触れていない。
「……は?」
物間さんが止まる。
「何しに来たんだ君は!?」
疑問としては正しい。
私は答えなかった。
「離脱します」
心操さんへ指示。
こちらの騎馬が距離を取る。
円場さんの空気壁を避ける。
旋さんの射程外へ。
黒色さんも追ってこない。
物間さんだけがこちらを見ている。
おそらく、かなり不自然だっただろう。
三つ目。
物間寧人。
『コピー』。
保存正常。
◇ ◇ ◇
三つ揃った。
八百万百。
常闇踏陰。
物間寧人。
私は指輪内部の区画を確認する。
それぞれ別に保存されている。
混入なし。
個性因子の状態も悪くない。
体育祭へ参加した最大の目的は、これで達成した。
まだ解析はしていない。
『創造』が何をどこまで生成できるのか。
『黒影』の自律性がどの構造から生まれているのか。
『コピー』がどうやって他者の個性へ自分を合わせているのか。
全部、これから調べる。
しかし試料はある。
発現も見た。
研究を始められる。
なら、次。
私は得点表示を見る。
ここまでは血液取得を優先したため、鉢巻そのものは一つも取っていない。
通過するには得点がいる。
「心操さん」
「何だ?」
「研究の用事は終わりました」
「……研究?」
「気にしなくていいです」
細かく説明するつもりはない。
「ここからは普通に鉢巻を集めます」
「最初からそうしろよ」
洗脳下でも、その程度の反応はするらしい。
「効率のいい相手はいますか?」
心操さんが周囲を見る。
「返事しそうな奴なら」
「では、その方法を使いましょう」
今なら洗脳を採血に使わなかった理由もなくなった。
欲しいのは相手本人への接触ではない。
鉢巻だけ。
それなら相手チーム全員を支配する必要はない。
騎手、あるいは鉢巻を持っている一人を止めればいい。
◇ ◇ ◇
少し先に、鉄哲徹鐵さんのチームがいた。
鉄哲さん。
骨抜柔造さん。
泡瀬洋雪さん。
塩崎茨さん。
B組の四人。
障害物競走でも上位にいた生徒が複数いる。
得点は十分。
「心操さん。あのチームで試してください」
「あいつら?」
「はい。全員を洗脳する必要はありません。鉢巻を渡させられる人だけでいいです」
「分かった」
近づく。
向こうもこちらへ気付く。
鉄哲さんが前へ出る。
「来るなら来い!」
反応が分かりやすい。
心操さんが声を返す。
「随分余裕だな。ポイント取られても同じこと言えるか?」
「何だと!?」
鉄哲さんが反射的に答えた。
そこで止まった。
洗脳成立。
すぐ分かる。
目の焦点。
動作停止。
骨抜さんたちが異変に気付く。
「鉄哲?」
しかし、心操さんは全員を狙わない。
必要ないからだ。
「心操さん。鉢巻をこちらへ渡すよう命令してください」
「鉢巻を外して、こっちへ渡せ」
鉄哲さんが動く。
自分のチームの鉢巻へ手をかける。
「おい、何して――」
仲間が止めようとする。
私は光の壁を一枚出した。
攻撃ではない。
鉄哲さんと残り三人の間へ差し込む。
一瞬だけ分断する。
それで十分だった。
鉄哲さんが鉢巻を外す。
こちらへ差し出す。
私が受け取る。
得点追加。
原理としては非常に簡単だった。
心操さんへ返事をした一人を支配する。
その一人に鉢巻を渡させる。
他の三人まで同時に洗脳する必要はない。
採血とは違う。
目的物が相手の頭にあるのだから、騎手を一人動かせば終わる。
「離れます」
騎馬を後退。
光の壁も解除する。
鉄哲さんへの洗脳は、その後解除させる。
こちらへ追ってくるより、状況を理解する方へ時間を使うことになる。
得点を確認する。
まだ必要なら同じ方法を使えばいい。
◇ ◇ ◇
その後は、本当に普通の騎馬戦だった。
私にとっての普通が、他のチームと同じかは分からない。
近づく。
心操さんが話しかける。
返答した相手がいれば洗脳する。
鉢巻を渡させる。
警戒して返答しない相手なら、無理に狙わない。
別のチームへ移る。
相手の全員を支配する必要はない。
一人でいい。
あるいは心操さんの条件を知っていて返事をしないチームなら、光の壁で進路を制限し、普通に手を伸ばす。
尾白さんと庄田さんは命令どおり動く。
私は騎馬の上で周囲を見ながら、必要な方向だけ決める。
序盤に三つの試料を取るために行っていた接近より、ずっと簡単だった。
こちらが欲しいものが、ようやく競技ルールと一致したからだ。
◇ ◇ ◇
残り時間が減っていく。
通過圏へ入るだけの得点は確保した。
私は無理に上位へ行こうとはしない。
一位になる意味はない。
むしろ、得点を増やしすぎれば狙われる。
必要な量だけ持っていればいい。
「ここからは守ります」
「守りだ」
心操さんが伝える。
尾白さんと庄田さんが動きを変える。
接近してくる騎馬を避ける。
光の壁。
短い閃光。
足場。
浮遊。
必要最低限だけ使う。
遠くでは轟さんのチーム。
緑谷さんのチーム。
爆豪さんのチーム。
物間さんのチーム。
それぞれが激しく動いている。
私はその様子も見る。
特に、先ほど試料を取った三人。
八百万さん。
常闇さん。
物間さん。
三人ともまだ個性を使っている。
発現例が増えるほど、後の解析には役立つ。
採血したから観察が不要になるわけではない。
試料は構造。
競技中の挙動は機能。
両方あった方がいい。
◇ ◇ ◇
終了の合図が鳴った。
騎馬が止まる。
順位集計。
私たちのチームは通過圏に残った。
それで十分だった。
私はまず研究用の方を確認した。
三試料。
正常。
次に得点。
十分。
順番としてはそれだけだった。
「終わりましたね」
私は心操さんを見る。
もう競技中の指揮系統を維持する必要はない。
「尾白さんと庄田さんへの洗脳を解除してください」
「分かった」
二人への作用が切れる。
尾白さんが瞬きをする。
庄田さんも周囲を見る。
次に私の『ループ』を停止。
心操さんへ返していた洗脳を解除する。
焦点が戻る。
数秒後。
心操さんが私を見る。
「……終わったのか」
「はい」
「俺、またずっとお前の言う通り動いてたよな」
「そうですね」
心操さんが眉間を押さえる。
尾白さんも状況を整理したらしい。
「またっていうか、俺たちは最初から心操に……」
「はい」
「で、その心操が空木に……」
「そうなります」
庄田さんが黙っている。
心操さんがこちらを見る。
「お前、途中まで鉢巻を全然狙ってなかっただろ」
気付いていたらしい。
「はい」
「八百万にも常闇にも物間にも、触っただけで逃げた」
「そうですね」
「何してたんだ?」
説明する必要はない。
「研究です」
それだけ答える。
心操さんの顔がさらに微妙になる。
「……聞かなきゃよかった」
私は指輪を見る。
八百万百。
常闇踏陰。
物間寧人。
欲しかったものは全部入っている。
その後に得点も取った。
次の競技にも進める。
特に問題はなかった。
◇ ◇ ◇
体育祭へ参加する前は、何が見つかるか分からなかった。
一つでも有用な個性が見つかれば十分だと考えていた。
実際には三つあった。
『創造』。
物質を作り出す個性。
『黒影』。
知覚や判断を持つ可能性がある、自律した個性現象。
『コピー』。
接触した他者の個性を自分へ再現する能力。
どれも今の研究体系にはない。
まだ、それを使って何ができるかは分からない。
試料を培養する。
個性因子を直接見る。
障害物競走と騎馬戦で観察した発現と照合する。
変えられる部分を一つずつ調べる。
それからだ。
ただ、研究を始める材料は揃った。
体育祭で優勝するより、私にはこちらの方が重要だった。
私は指輪の保存状態をもう一度確認した。
決勝トーナメントはまだ残っている。
観察する機会もある。
けれど、体育祭へ来た最大の目的は、もう達成していた。