無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第16話 観客席の青山

四十三位。

 

掲示された順位を見て、僕は少しだけ笑った。

 

もちろん、華麗に。

 

体育祭なのだから、観客の前で暗い顔なんてできない。

 

でも。

 

四十三位。

 

次へ進めるのは四十二人。

 

つまり、一人分。

 

本当に一人分だけ足りなかった。

 

「惜しかったね、青山くん」

 

近くにいた生徒からそう言われて、僕は肩をすくめる。

 

「仕方ないさ。今日の僕の輝きは、観客席からでも十分届くからね☆」

 

そう返した。

 

口にしてしまえば、それらしくなる。

 

実際、障害物競走では出せるものは出した。

 

ネビルレーザーで障害を抜けた。

 

移動にも使った。

 

お腹は少し痛い。

 

いつものことだ。

 

でも。

 

四十三位。

 

ゴール直前、後方から猛スピードで僕を追い抜いて行った生徒がいた。

それが誰だったかは、当然覚えている。

 

空木零司。

 

サポート科。

 

障害物競走の途中まで、かなり後ろにいた。

 

それなのに最後になって急に加速し、何人も追い抜いて通過した。

 

もし彼がいなければ。

 

僕が四十二位だった。

 

そう考えないわけではない。

 

別に、彼が悪いわけではない。

 

競技なんだから。

 

速かった人が先に進む。

 

当たり前だ。

 

僕だって誰かを追い抜いて四十二位へ入るつもりだった。

 

だから恨むのは違う。

 

違うけれど。

 

「……一人、なんだよね」

 

誰にも聞こえない程度に呟いた。

 

それから僕は観客席へ向かった。

 

次の競技を見るために。

 

◇ ◇ ◇

 

騎馬戦が始まった。

 

僕は最初、A組のみんなを見ていた。

 

緑谷くん。

 

轟くん。

 

爆豪くん。

 

飯田くん。

 

八百万さん。

 

常闇くん。

 

麗日さん。

 

それぞれチームを作っている。

 

障害物競走で上位だった人ほど高得点だから、当然狙われる。

 

特に緑谷くん。

 

あのポイント数は、もう競技というより目印みたいなものだ。

 

みんなが向かっている。

 

僕があそこにいたらどうしていただろう。

 

ネビルレーザーで牽制?

 

上手く使えば騎馬戦でも役に立てる。

 

でも撃ち続ければ、お腹がもたない。

 

角度にも限界がある。

 

騎馬の上では腰の向きも考えなければならない。

 

そんなことを考えていた時だった。

 

競技場の端で、光が立ち上がった。

 

最初は誰かの放出系個性だと思った。

 

細く、白い光。

 

それが広がる。

 

板になる。

 

「……?」

 

僕は身体を少し前へ出した。

 

光の壁だった。

 

比喩じゃない。

 

光っている面が、他の騎馬の進路を実際に遮っている。

 

その中心にいたのが、空木くんだった。

 

彼は心操くん、尾白くん、庄田くんと同じ騎馬に乗っている。

 

騎手は空木くん。

 

腰にベルト。

 

そこから光が発生しているように見えた。

 

相手が近づく。

 

空木くんが手を動かす。

 

光の壁が生まれる。

 

相手の手を止める。

 

次の瞬間には消える。

 

「……光?」

 

思わず口から出た。

 

レーザーではない。

 

僕のネビルレーザーとは、明らかに違う。

 

光が広がった。

 

形が変わった。

 

壁だったものが消え、今度は足元へ現れる。

 

騎馬がその上を使って進路を変える。

 

その後には、細い光。

 

まるで線を引くように地面へ伸びる。

 

また形が変わる。

 

自由だった。

 

僕の光は、そんな動きをしない。

 

僕のネビルレーザーは、臍から出る。

 

強い。

 

遠くまで届く。

 

破壊力もある。

 

ヒーローになるための力として、役に立つ。

 

そう思っている。

 

そう思わなければならない。

 

でも。

 

僕は無意識に、自分の腹へ手を当てていた。

 

使いすぎれば痛む。

 

身体に負担がかかる。

 

サポート装備が必要になる。

 

出す場所だって変えられない。

 

身体の向きを変えなければ、撃つ方向も変えにくい。

 

それに比べて。

 

空木くんの光は。

 

壁になる。

 

足場になる。

 

進路を作る。

 

相手を押し返す。

 

明るさそのものまで変わっていた。

 

常闇くんの黒影へ向けた時には、攻撃せず、ただ強く照らして動きを鈍らせていた。

 

光を撃っているんじゃない。

 

光そのものを使っている。

 

「……何、それ」

 

僕は笑っていなかった。

 

慌てて口元を戻す。

 

誰も僕なんて見ていない。

 

観客は競技場を見ている。

 

でも。

 

癖みたいなものだ。

 

僕は輝いていないといけない。

 

◇ ◇ ◇

 

空木くんの動きは、少し妙だった。

 

強い。

 

少なくとも、あの装備なら鉢巻を奪う機会は何度もあった。

 

八百万さんのチームへ近づいた時もそう。

 

轟くんの氷を避け、飯田くんの機動へ追いつき、光で進路を制限した。

 

それなのに。

 

八百万さんへ手を伸ばした空木くんは、鉢巻を取らなかった。

 

手に触れただけ。

 

そして離れた。

 

「……?」

 

次は緑谷くんのチーム。

 

発目さんの装備。

 

麗日さんの無重力。

 

常闇くんの黒影。

 

かなり面倒そうな相手なのに、わざわざ近づいた。

 

光で黒影を抑えて。

 

常闇くんへ触れた。

 

でも。

 

やっぱり鉢巻を取らない。

 

離れる。

 

次は物間くん。

 

そこでも同じ。

 

接近する。

 

妨害を越える。

 

触れる。

 

離れる。

 

「何をしてるんだろう……」

 

競技として見れば変だった。

 

鉢巻を取るために近づく競技だ。

 

なのに彼は、鉢巻へ手を伸ばさない。

 

まるで、相手本人へ触れることの方が目的みたいだった。

 

そして三人へ触れ終わった後。

 

突然、動きが普通になった。

 

心操くんの個性を使い、相手から鉢巻を取る。

 

得点を集める。

 

通過に必要な位置へ入る。

 

さっきまでの動きとは明らかに違う。

 

最初から得点が欲しかったわけではない。

 

何か別の目的があった。

 

僕には分からない。

 

ただ。

 

あの光だけでも十分だった。

 

見れば見るほど、嫌になるくらい自由だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「サポート科なのにすごいよな」

 

後ろの方で誰かが言った。

 

「空木だろ?」

 

「そうそう。あれ全部自作らしいぞ」

 

僕の耳が、その言葉を拾った。

 

振り返る。

 

数人の生徒が競技を見ながら話している。

 

サポート科の制服。

 

空木くんのクラスメイトだろうか。

 

僕は少し迷ってから声をかけた。

 

「Bonjour☆ 少し聞いてもいいかな?」

 

向こうが振り向く。

 

僕を見て、一瞬だけ驚いた。

 

「え、ああ。何?」

 

僕は競技場を指した。

 

「空木くんのあの光。彼の個性なのかい?」

 

「いや」

 

返事はすぐだった。

 

「装備だよ」

 

「装備?」

 

「人工個性を入れてるとか言ってた。ベルトの方」

 

言葉の意味をすぐに理解できなかった。

 

人工。

 

個性。

 

二つは普通、並ばない。

 

「彼自身の個性ではない?」

 

「空木は無個性だよ」

 

時間が一瞬止まった気がした。

 

僕は瞬きをした。

 

「……無個性?」

 

「うん。生まれつき。本人が言ってた」

 

生まれつき。

 

無個性。

 

「でも、あれは?」

 

「だから作ったんじゃない?」

 

相手は簡単に言った。

 

まるで。

 

ちょっと変わったサポートアイテムを作っただけみたいに。

 

「個性因子の研究してるらしいし。俺も詳しくは知らないけど」

 

「……作った」

 

「そう」

 

話はそれだけだった。

 

相手はまた競技へ視線を戻す。

 

僕も戻した。

 

空木くんが光の壁を出している。

 

作った。

 

あの光を。

 

自分で。

 

◇ ◇ ◇

 

僕は、生まれつき今の僕だったわけじゃない。

 

誰にも言えない。

 

言えるはずがない。

 

僕は生まれた時。

 

無個性だった。

 

個性がなかった。

 

パパとママは、僕のために。

 

僕が苦しまないように。

 

僕がみんなと同じようになれるように。

 

光をくれた。

 

ネビルレーザー。

 

強くて。

 

派手で。

 

とても僕らしい個性。

 

そう見えるようにしてきた。

 

僕だって、そう思おうとしてきた。

 

でも身体には合わない。

 

使えば痛い。

 

ずっと使えばもっと痛い。

 

僕のものなのに。

 

時々、僕のものじゃないみたいに感じる。

 

そんなことを考えてはいけない。

 

僕が望んだことなんだから。

 

僕たちが望んだことなんだから。

 

だから。

 

さっき聞いた言葉が頭から離れなかった。

 

空木零司は、生まれつき無個性。

 

僕と同じ。

 

そこまでは同じ。

 

その後が。

 

違う。

 

彼は、自分で作った。

 

◇ ◇ ◇

 

光の壁が消える。

 

別の場所へ光が出る。

 

今度は足場。

 

形が変わる。

 

移動する。

 

守る。

 

相手を誘導する。

 

ネビルレーザーよりずっと自由だった。

 

それが一番嫌だった。

 

同じ光だから。

 

炎だったら、ここまで思わなかったかもしれない。

 

氷でも。

 

尻尾でも。

 

硬化でも。

 

別の力なら、比べなくて済んだ。

 

でも空木くんが使っているのは光だ。

 

僕と同じように輝く力。

 

なのに。

 

僕の光より、ずっと自由に見える。

 

僕は臍からまっすぐ撃つ。

 

彼は好きな位置に光を作る。

 

僕は撃つ。

 

彼は形を変える。

 

僕は身体を痛める。

 

彼はベルトを操作している。

 

僕の個性は、僕の人生を変えた。

 

僕が雄英に来られた理由でもある。

 

ヒーローを目指せる理由でもある。

 

とても大切なものだ。

 

なのに。

 

あれを見ていると。

 

僕の中にあるものが、少しずつ小さくなる。

 

羨ましい。

 

そう思った。

 

認めたくないくらい、簡単に。

 

もし僕も。

 

なんて考える。

 

もし最初から、ああいう方法を知っていたら。

 

もし誰かからもらわなくても。

 

自分で作ることができたなら。

 

僕は。

 

そこで考えるのを止めた。

 

駄目だ。

 

その先は。

 

◇ ◇ ◇

 

空木くんが騎馬戦を通過した。

 

観客から歓声が上がる。

 

本人はあまり嬉しそうには見えない。

 

少なくとも、僕にはそう見えた。

 

順位を確認した後、手元の指輪を見ている。

 

さっき三人へ触れた時にも使っていたもの。

 

何かある。

 

研究。

 

そういう言葉が頭に浮かぶ。

 

あの人はヒーロー科ではない。

 

サポート科。

 

ヒーローになるために個性を作ったわけではないのかもしれない。

 

それなのに、あれだけの力を作っている。

 

僕はネビルレーザーを持っているから、雄英にいる。

 

彼は個性がないところから、自分であそこまで来た。

 

どちらが上とか。

 

そういう話じゃない。

 

分かっている。

 

それでも比べてしまう。

 

僕と同じ無個性だった人間。

 

なのに僕とは違う方法で。

 

誰かに与えられるのではなく。

 

自分で個性を作った人間。

 

「空木、零司……」

 

名前を口にする。

 

羨ましい。

 

怖い。

 

気になる。

 

近づきたくない。

 

でも、もっと知りたい。

 

全部が同時にあった。

 

もし彼が。

 

個性を作れるなら。

 

後から入った個性のことも、分かるんだろうか。

 

僕の身体に合わない理由も。

 

もっと使いやすくする方法も。

 

それとも。

 

見ただけで。

 

僕の個性が最初から僕のものじゃないことまで。

 

分かってしまうんだろうか。

 

そう考えた瞬間。

 

腹の奥が、ネビルレーザーを使った時とは違う理由で重くなった。

 

僕は無意識にベルトへ手を置いていた。

 

競技場では空木くんが、何事もなかったように次の案内を聞いている。

 

こちらを見る様子はない。

 

たぶん、僕のことなんて気にしていない。

 

障害物競走で僕が四十三位になったことも。

 

僕が彼のせいで一つ順位を落としたことも。

 

彼にとっては、どうでもいいのかもしれない。

 

なのに僕は。

 

もう彼のことを、どうでもいいとは思えなかった。

 

光を作った。

 

無個性だった少年。

 

僕と同じ始まりから。

 

僕とはまったく違うところへ進んだ人。

 

観客席から彼の光を見ながら、僕は笑うことを忘れていた。

 

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