無個性は個性をつくる 作:匿名希望
四十三位。
掲示された順位を見て、僕は少しだけ笑った。もちろん、華麗に。体育祭なのだから、観客の前で暗い顔なんてできない。
でも、四十三位。
次へ進めるのは四十二人。つまり、一人分。本当に一人分だけ足りなかった。
「惜しかったね、青山くん」
近くにいた生徒からそう言われて、僕は肩をすくめる。
「仕方ないさ。今日の僕の輝きは、観客席からでも十分届くからね☆」
そう返した。口にしてしまえば、それらしくなる。
実際、障害物競走では出せるものは出した。ネビルレーザーで障害を抜けた。移動にも使った。お腹は少し痛い。いつものことだ。
でも、四十三位。
ゴール直前、後方から猛スピードで僕を追い抜いて行った生徒がいた。それが誰だったかは、当然覚えている。
空木零司。サポート科。
障害物競走の途中まで、かなり後ろにいた。それなのに最後になって急に加速し、何人も追い抜いて通過した。
もし彼がいなければ、僕が四十二位だった。
そう考えないわけではない。
別に、彼が悪いわけではない。競技なんだから、速かった人が先に進む。当たり前だ。僕だって誰かを追い抜いて四十二位へ入るつもりだった。
だから恨むのは違う。違うけれど。
「……一人、なんだよね」
誰にも聞こえない程度に呟いた。それから僕は観客席へ向かった。次の競技を見るために。
◇ ◇ ◇
騎馬戦が始まった。
僕は最初、A組のみんなを見ていた。緑谷くん、轟くん、爆豪くん、飯田くん、八百万さん、常闇くん、麗日さん。それぞれチームを作っている。
障害物競走で上位だった人ほど高得点だから、当然狙われる。特に緑谷くん。あのポイント数は、もう競技というより目印みたいなものだ。みんなが向かっている。
僕があそこにいたらどうしていただろう。
ネビルレーザーで牽制? 上手く使えば騎馬戦でも役に立てる。でも撃ち続ければ、お腹がもたない。角度にも限界がある。騎馬の上では腰の向きも考えなければならない。
そんなことを考えていた時だった。
競技場の端で、光が立ち上がった。
最初は誰かの放出系個性だと思った。細く、白い光。それが広がり、板になる。
「……?」
僕は身体を少し前へ出した。
光の壁だった。
比喩じゃない。光っている面が、他の騎馬の進路を実際に遮っている。その中心にいたのが、空木くんだった。
彼は心操くん、尾白くん、庄田くんと同じ騎馬に乗っている。騎手は空木くん。腰にベルト。そこから光が発生しているように見えた。
相手が近づく。空木くんが手を動かす。光の壁が生まれ、相手の手を止める。次の瞬間には消える。
「……光?」
思わず口から出た。
レーザーではない。僕のネビルレーザーとは、明らかに違う。
光が広がった。形が変わった。壁だったものが消れ、今度は足元へ現れる。騎馬がその上を使って進路を変える。
その後には、細い光。まるで線を引くように地面へ伸びる。また形が変わる。
自由だった。
僕の光は、そんな動きをしない。
僕のネビルレーザーは、臍から出る。強い。遠くまで届く。破壊力もある。ヒーローになるための力として、役に立つ。
そう思っている。そう思わなければならない。
でも、僕は無意識に自分の腹へ手を当てていた。
使いすぎれば痛む。身体に負担がかかる。サポート装備が必要になる。出す場所だって変えられない。身体の向きを変えなければ、撃つ方向も変えにくい。
それに比べて、空木くんの光は、壁になる。足場になる。進路を作る。相手を押し返す。明るさそのものまで変わっていた。
常闇くんの黒影へ向けた時には、攻撃せず、ただ強く照らして動きを鈍らせていた。
光を撃っているんじゃない。光そのものを使っている。
「……何、それ」
僕は笑っていなかった。慌てて口元を戻す。
誰も僕なんて見ていない。観客は競技場を見ている。でも、癖みたいなものだ。
僕は輝いていないといけない。
◇ ◇ ◇
空木くんの動きは、少し妙だった。
強い。少なくとも、あの装備なら鉢巻を奪う機会は何度もあった。
八百万さんのチームへ近づいた時もそう。轟くんの氷を避け、飯田くんの機動へ追いつき、光で進路を制限した。
それなのに、八百万さんへ手を伸ばした空木くんは、鉢巻を取らなかった。手に触れただけ。そして離れた。
「……?」
次は緑谷くんのチーム。
発目さんの装備、麗日さんの無重力、常闇くんの黒影。かなり面倒そうな相手なのに、わざわざ近づいた。
光で黒影を抑えて、常闇くんへ触れた。でも、やっぱり鉢巻を取らない。離れる。
次は物間くん。そこでも同じ。
接近する。妨害を越える。触れる。離れる。
「何をしてるんだろう……」
競技として見れば変だった。鉢巻を取るために近づく競技だ。なのに彼は、鉢巻へ手を伸ばさない。
まるで、相手本人へ触れることの方が目的みたいだった。
そして三人へ触れ終わった後、突然、動きが普通になった。
心操くんの個性を使い、相手から鉢巻を取る。得点を集める。通過に必要な位置へ入る。さっきまでの動きとは明らかに違う。
最初から得点が欲しかったわけではない。何か別の目的があった。
僕には分からない。
ただ、あの光だけでも十分だった。
見れば見るほど、嫌になるくらい自由だった。
◇ ◇ ◇
「サポート科なのにすごいよな」
後ろの方で誰かが言った。
「空木だろ?」
「そうそう。あれ全部自作らしいぞ」
僕の耳が、その言葉を拾った。
振り返る。数人の生徒が競技を見ながら話している。サポート科の制服。空木くんのクラスメイトだろうか。
僕は少し迷ってから声をかけた。
「Bonjour☆ 少し聞いてもいいかな?」
向こうが振り向く。僕を見て、一瞬だけ驚いた。
「え、ああ。何?」
僕は競技場を指した。
「空木くんのあの光。彼の個性なのかい?」
「いや」
返事はすぐだった。
「装備だよ」
「装備?」
「人工個性を入れてるとか言ってた。ベルトの方」
言葉の意味をすぐに理解できなかった。
人工。個性。
二つは普通、並ばない。
「彼自身の個性ではない?」
「空木は無個性だよ」
時間が一瞬止まった気がした。僕は瞬きをした。
「……無個性?」
「うん。生まれつき。本人が言ってた」
生まれつき。無個性。
「でも、あれは?」
「だから作ったんじゃない?」
相手は簡単に言った。まるで、ちょっと変わったサポートアイテムを作っただけみたいに。
「個性因子の研究してるらしいし。俺も詳しくは知らないけど」
「……作った」
「そう」
話はそれだけだった。相手はまた競技へ視線を戻す。
僕も戻した。
空木くんが光の壁を出している。
作った。あの光を、自分で。
◇ ◇ ◇
僕は、生まれつき今の僕だったわけじゃない。
誰にも言えない。言えるはずがない。
僕は生まれた時、無個性だった。個性がなかった。
パパとママは、僕のために。僕が苦しまないように。僕がみんなと同じようになれるように。
光をくれた。
ネビルレーザー。
強くて、派手で、とても僕らしい個性。そう見えるようにしてきた。僕だって、そう思おうとしてきた。
でも身体には合わない。使えば痛い。ずっと使えばもっと痛い。
僕のものなのに、時々、僕のものじゃないみたいに感じる。
そんなことを考えてはいけない。僕が望んだことなんだから。僕たちが望んだことなんだから。
だから、さっき聞いた言葉が頭から離れなかった。
空木零司は、生まれつき無個性。
僕と同じ。
そこまでは同じ。その後が違う。
彼は、自分で作った。
◇ ◇ ◇
光の壁が消れる。別の場所へ光が出る。今度は足場。形が変わる。移動する。守る。相手を誘導する。
ネビルレーザーよりずっと自由だった。
それが一番嫌だった。同じ光だから。
炎だったら、ここまで思わなかったかもしれない。氷でも、尻尾でも、硬化でも。別の力なら、比べなくて済んだ。
でも空木くんが使っているのは光だ。僕と同じように輝く力。
なのに、僕の光より、ずっと自由に見える。
僕は臍からまっすぐ撃つ。彼は好きな位置に光を作る。僕は撃つ。彼は形を変える。僕は身体を痛める。彼はベルトを操作している。
僕の個性は、僕の人生を変えた。僕が雄英に来られた理由でもある。ヒーローを目指せる理由でもある。とても大切なものだ。
なのに、あれを見ていると、僕の中にあるものが少しずつ小さくなる。
羨ましい。
そう思った。認めたくないくらい、簡単に。
もし僕も、なんて考える。
もし最初から、ああいう方法を知っていたら。もし誰かからもらわなくても、自分で作ることができたなら。
僕は。
そこで考えるのを止めた。
駄目だ。その先は。
◇ ◇ ◇
空木くんが騎馬戦を通過した。観客から歓声が上がる。
本人はあまり嬉しそうには見えない。少なくとも、僕にはそう見えた。
順位を確認した後、手元の指輪を見ている。さっき三人へ触れた時にも使っていたもの。
何かある。
研究。そういう言葉が頭に浮かぶ。
あの人はヒーロー科ではない。サポート科。ヒーローになるために個性を作ったわけではないのかもしれない。それなのに、あれだけの力を作っている。
僕はネビルレーザーを持っているから、雄英にいる。彼は個性がないところから、自分であそこまで来た。
どちらが上とか、そういう話じゃない。分かっている。
それでも比べてしまう。
僕と同じ無個性だった人間。なのに僕とは違う方法で、誰かに与えられるのではなく、自分で個性を作った人間。
「空木、零司……」
名前を口にする。
羨ましい。怖い。気になる。近づきたくない。でも、もっと知りたい。
全部が同時にあった。
もし彼が個性を作れるなら、後から入った個性のことも分かるんだろうか。
僕の身体に合わない理由も。もっと使いやすくする方法も。
それとも、見ただけで、僕の個性が最初から僕のものじゃないことまで分かってしまうんだろうか。
そう考えた瞬間、腹の奥が、ネビルレーザーを使った時とは違う理由で重くなった。
僕は無意識にベルトへ手を置いていた。
競技場では空木くんが、何事もなかったように次の案内を聞いている。こちらを見る様子はない。
たぶん、僕のことなんて気にしていない。障害物競走で僕が四十三位になったことも、僕が彼のせいで一つ順位を落としたことも、彼にとってはどうでもいいのかもしれない。
なのに僕は、もう彼のことをどうでもいいとは思えなかった。
光を作った、無個性だった少年。
僕と同じ始まりから、僕とはまったく違うところへ進んだ人。
観客席から彼の光を見ながら、僕は笑うことを忘れていた。