無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第17話 光対酸

騎馬戦が終わった後、私は最初に指輪の状態を確認した。

 

八百万百。

 

常闇踏陰。

 

物間寧人。

 

三人分の血液は、それぞれ分離された区画に残っている。

 

個性因子の状態にも、今のところ異常はない。

 

ここまでは予定通りだった。

 

問題は、この後だった。

 

体育祭はまだ続く。

 

決勝トーナメントへ進めば、さらに多くの個性を近距離で見ることができる。

 

場合によっては、また試料を取れるかもしれない。

 

それ自体には研究上の価値がある。

 

ただし。

 

私は指輪を見る。

 

この中に入っている三つは、それより価値が高かった。

 

少なくとも現時点ではそう判断している。

 

『創造』。

 

『黒影』。

 

『コピー』。

 

同じものをもう一度採取できる保証はない。

 

この指輪を装着したまま決勝トーナメントへ出れば、衝撃を受ける可能性がある。

 

破損。

 

落下。

 

熱。

 

相手の個性による損傷。

 

競技中なのだから、どれも十分あり得る。

 

もちろん保護する方法はある。

 

だが、持ち込まなければそもそも危険にさらされない。

 

追加で何か面白い個性因子が手に入る可能性と、すでに得た重要な三因子を失う可能性。

 

比較するまでもなかった。

 

「保管した方がいいですね」

 

決勝トーナメント前には、レクリエーションの時間がある。

 

参加は必須ではない。

 

なら、今のうちに処理できる。

 

◇ ◇ ◇

 

私は競技場から校舎側へ戻った。

 

個人用ロッカーを開ける。

 

体育祭中なので、人の出入りは普段より多い。

 

それでも、競技中に身につけておくよりは安全だった。

 

まず指輪を外す。

 

次に、別の小型装備を取り出した。

 

これも体育祭用に持ち込んだ人工個性装備の一つだ。

 

発動させる。

 

対象は指輪。

 

保護用の個性が作用する。

 

外見上、大きな変化はない。

 

指輪の周囲へ薄い保護作用が定着したことを、個性因子知覚で確認する。

 

これで予期しない衝撃程度なら、保存部まで簡単に壊れることはない。

 

もちろん、絶対に破壊されないわけではない。

 

だから、さらにケースへ入れる。

 

固定。

 

ロッカーへ収納。

 

施錠。

 

確認。

 

もう一度開ける。

 

位置に問題なし。

 

再度施錠。

 

「これでいいですね」

 

競技場へ持ち戻す理由はない。

 

採血用の指輪そのものも、ここへ置いていく。

 

これ以上の因子採取は、あれば便利という程度だ。

 

三つの重要因子を確保した今、追加試料はおまけに近い。

 

おまけのために本命を失うのは合理的ではなかった。

 

私は他の装備を確認する。

 

光操作ベルト。

 

正常。

 

浮遊。

 

ジェット。

 

その他の小型装備。

 

問題なし。

 

決勝トーナメントでは一対一になる。

 

採取より、装備の実戦試験として使えばいい。

 

◇ ◇ ◇

 

競技場へ戻る途中、歓声が聞こえていた。

 

レクリエーションが続いている。

 

私は参加しなかった。

 

観客を楽しませるための行事としては意味があるのだろう。

 

私がそこへ参加しても、研究上得るものは少ない。

 

その時間で装備を確認した方がいい。

 

待機場所へ戻る。

 

しばらくすると、決勝トーナメントへ進む生徒が集められた。

 

その場で、尾白さんが手を上げた。

 

「辞退します」

 

少し空気が変わる。

 

続いて庄田さんも辞退を申し出た。

 

理由は理解できた。

 

二人とも、騎馬戦を自分の意思で戦っていない。

 

最初から心操さんの洗脳下にあった。

 

その心操さんも途中から私の指示下だった。

 

競技規則に違反したわけではない。

 

個性を使っただけだ。

 

だから結果そのものは有効。

 

ただし、二人にとっては別らしい。

 

自分の意思で勝ち上がっていない状態で、決勝トーナメントへ進むことを受け入れたくない。

 

私は特に止めなかった。

 

本人が辞退したいなら、その判断を変えさせる理由がない。

 

心操さんが少し居心地悪そうな顔をしていた。

 

私も原因の一部ではある。

 

ただ、競技中は必要だった。

 

今はもう解除している。

 

それだけだ。

 

辞退によって空いた枠には、騎馬戦の結果から追加の選手が入ることになった。

 

その後、対戦組み合わせが決まる。

 

私の名前。

 

対戦相手。

 

芦戸三奈。

 

「芦戸さんですか」

 

障害物競走でも見ている。

 

ピンク色の皮膚。

 

高い身体能力。

 

そして酸。

 

酸性度だけではなく、扱い方を調整できるように見えた。

 

床へ分泌して滑走にも使っている。

 

一対一では厄介な相手だと思う。

 

特に今回は。

 

私は腰のベルトを見る。

 

装備へ酸を付着させられれば、普通に壊れる可能性がある。

 

人工個性因子そのもの以前に、ケースや制御機構を腐食させられる。

 

相性が悪い部分はある。

 

同時に、こちらにも距離がある。

 

開始直後から近接を許す必要はない。

 

やり方はいくつかあった。

 

◇ ◇ ◇

 

先にいくつかの試合が進む。

 

私は待機場所から見る。

 

一対一になると、個性の特徴が騎馬戦より分かりやすい。

 

精神干渉。

 

氷。

 

植物。

 

機械。

 

それぞれ。

 

ただ、血液採取用の指輪はもうロッカーにある。

 

面白い個性が見つかっても、今日は観察だけ。

 

それで構わない。

 

私の試合が近づく。

 

ベルトの出力制限を確認。

 

照明。

 

閃光。

 

レーザー。

 

光弾。

 

造形。

 

壁。

 

足場。

 

鞭。

 

刃。

 

すべて作動可能。

 

ただし、人へ向ける以上は出力を制限する。

 

相手を切る必要はない。

 

競技の勝利条件は、気絶させることだけではない。

 

場外。

 

行動不能。

 

降参。

 

なら、危険な出力を使う理由はない。

 

呼ばれた。

 

私は競技場へ出た。

 

反対側から芦戸さんも入ってくる。

 

「よろしくね、空木くん!」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

芦戸さんは軽く身体を動かしている。

 

緊張しているようには見えない。

 

私のベルトへ視線を向けた。

 

「騎馬戦で使ってた光のやつ、それだよね?」

 

「そうです」

 

「ふーん」

 

目線がベルトから離れない。

 

狙われる。

 

そう考えた方がいい。

 

騎馬戦を見ていれば、私の主装備がここだと分かる。

 

隠していない。

 

そして芦戸さんの個性は、機械装備へ対して非常に有効だ。

 

合理的なら、本人より先にベルトを壊す。

 

その前提で動けばいい。

 

開始位置へ立つ。

 

ミッドナイト先生が確認する。

 

『空木零司対、芦戸三奈!』

 

歓声。

 

『スタート!』

 

芦戸さんが先に動いた。

 

◇ ◇ ◇

 

速い。

 

足元へ酸を出す。

 

そのまま滑る。

 

走るより滑らかに加速している。

 

直線ではなく、左右へ軌道を変える。

 

私はベルトを起動した。

 

光を一点へ集める。

 

低出力。

 

細いレーザーを芦戸さんの前方へ撃つ。

 

本人には当てない。

 

進路を限定するためだ。

 

芦戸さんが身体を傾ける。

 

避ける。

 

すぐに反対方向へ。

 

「やっぱ遠距離か!」

 

「その方が合理的ですので」

 

二射目。

 

避ける。

 

三射目。

 

また避ける。

 

騎馬戦で見た通り、身体の制御が上手い。

 

酸を滑走に使うことで、普通の走行より切り返しが速い。

 

しかも、私の射線を見てから避けている。

 

単純にレーザーを連射しても当たらない可能性が高い。

 

なら別の形にする。

 

光を広げる。

 

壁。

 

芦戸さんの進行方向へ出す。

 

「うわっ!」

 

彼女が急旋回する。

 

止める必要はない。

 

方向を変えればいい。

 

もう一枚。

 

反対側。

 

進路を狭くする。

 

芦戸さんはその間を滑って抜ける。

 

上手い。

 

ただし、選択肢は減った。

 

私は光の足場を自分の足元へ作る。

 

一段。

 

上へ移動。

 

床へ酸を撒かれても直接踏まなくていい。

 

芦戸さんがこちらを見る。

 

「それもできるの!?」

 

「できます」

 

「何でもありじゃん!」

 

何でもではない。

 

同じ光操作の範囲だ。

 

芦戸さんが腕を振る。

 

酸が飛ぶ。

 

狙いは私。

 

ではない。

 

ベルト。

 

予測通りだった。

 

私は光の板を斜めに作る。

 

酸が当たる。

 

表面を流れる。

 

物理的に固定した光の面なので、腐食する材料がない。

 

液体が横へ逸れる。

 

床へ落ちる。

 

芦戸さんが舌打ちまではしなかったが、表情が変わった。

 

「そこ守るんだ」

 

「壊されると困りますから」

 

「じゃあやっぱそこが弱点!」

 

「装備ですからね」

 

隠す意味もない。

 

装備は壊れる。

 

それが普通だ。

 

だから守る。

 

◇ ◇ ◇

 

芦戸さんがさらに酸を撒いた。

 

今度は広い。

 

直接こちらへ投げるのではない。

 

周囲の床。

 

足場を奪う意図だと思う。

 

私が地上を移動すれば、踏める場所を減らせる。

 

同時に滑走用の経路にもなる。

 

自分に有利な地形へ変えている。

 

良い使い方だった。

 

私は一度、浮遊を使おうとしてやめた。

 

使えば簡単だ。

 

ただ、この試合では光操作を試したい。

 

なら、光で処理する。

 

足元へ板。

 

一枚。

 

二枚。

 

三枚。

 

必要な場所にだけ足場を作る。

 

私はそこを歩く。

 

床には触れない。

 

芦戸さんが笑った。

 

「床そのもの作るの!?」

 

「小さな足場だけです」

 

「十分ずるいって!」

 

禁止されてはいない。

 

芦戸さんが速度を上げる。

 

酸の上を滑走。

 

こちらへ近づく。

 

レーザーでは追いきれない。

 

なら光弾。

 

一点射ではなく、複数。

 

威力は低い。

 

当てても打撲程度に抑える。

 

正面。

 

左。

 

右。

 

同時には撃たない。

 

逃げる方向を順番に消す。

 

一発目。

 

芦戸さんは右へ。

 

そこへ二発目。

 

左へ切り返す。

 

三発目をその先へ。

 

芦戸さんが急停止する。

 

動きが止まった一瞬。

 

光の壁を前へ。

 

後ろにも一枚。

 

左右は開けてある。

 

完全に閉じ込める必要はない。

 

芦戸さんは横へ抜ける。

 

予想通り。

 

酸滑走は前後の加速に強い。

 

急な横移動もできる。

 

それを何度か見た。

 

次にどの程度曲がれるかも、だいたい分かった。

 

「もう一度」

 

私は壁を配置する。

 

今度は角度を変える。

 

芦戸さんが空いた方向へ滑る。

 

そこに、細い光の壁。

 

直前まで出さない。

 

「うおっと!」

 

芦戸さんが身体を倒す。

 

避けた。

 

ただし速度が落ちる。

 

私はそこで閃光を使った。

 

強すぎない。

 

一瞬だけ視界を奪う。

 

「まぶしっ!」

 

芦戸さんの腕が目元へ上がる。

 

その間に距離を詰める。

 

◇ ◇ ◇

 

近接戦闘をするためではない。

 

芦戸さんの方が身体能力は高い。

 

わざわざ殴り合う理由はない。

 

私は彼女の横へ光の壁を出す。

 

反対側にも。

 

通路状にする。

 

芦戸さんが視界を戻した。

 

前へ滑ろうとする。

 

私は後方の壁を消す。

 

前方へ光弾。

 

避けるため、彼女は後ろへ下がる。

 

一歩。

 

二歩。

 

境界線までの距離を見る。

 

まだある。

 

芦戸さんも気付いた。

 

「場外狙い?」

 

「その方が安全です」

 

「させないよ!」

 

酸が飛ぶ。

 

今度は広く。

 

私は正面の壁を消し、別の角度に作り直す。

 

酸を受け流す。

 

一部が袖へ飛ぶ。

 

すぐ外側の布地が変色した。

 

「なるほど」

 

十分な腐食性がある。

 

直接皮膚へ大量に受けるのは避けた方がいい。

 

芦戸さんはその隙に横へ抜けた。

 

包囲を脱出。

 

やはり簡単には出てくれない。

 

こちらの壁の出現位置を見て、隙間を判断している。

 

私は距離を取り直した。

 

「結構しつこいですね」

 

「そりゃ勝ちたいもん!」

 

正常な反応だと思う。

 

私は勝利そのものを目的にしていない。

 

芦戸さんは違う。

 

だから手を抜く理由もない。

 

むしろ相手が勝つために最適な行動をしてくれた方が、装備試験として価値がある。

 

芦戸さんが再び滑走する。

 

今度は低い姿勢。

 

酸を左右へ散らしながら迫る。

 

私の足場を狙っている。

 

液体が光の面へ乗る。

 

腐食はしない。

 

ただし滑る。

 

これは問題になる。

 

私は今乗っている足場を消した。

 

同時に少し前へ新しい足場を生成。

 

踏み替える。

 

芦戸さんの手がベルトへ伸びる。

 

近い。

 

光の短い棒を作る。

 

間へ入れる。

 

芦戸さんの腕が止まる。

 

私はその棒を長くする。

 

押す。

 

芦戸さんが後ろへ滑る。

 

「うわっ!」

 

酸で滑りやすくなった床が、今回は彼女に不利に働く。

 

踏ん張れない。

 

ただし倒れない。

 

身体を捻り、横へ逃がす。

 

上手い。

 

私はその逃げる先へ壁を置いた。

 

光の板。

 

芦戸さんが止まる。

 

さらに反対側。

 

今度は逃げ道が一つ。

 

境界線方向。

 

彼女も気付いた。

 

前へ出ようとする。

 

私は光弾を撃つ。

 

回避。

 

後ろへ。

 

境界線が近づく。

 

「くっそー!」

 

芦戸さんが酸を大量に前へ放つ。

 

壁そのものではなく、私の視界を遮るように広げた。

 

合理的だった。

 

私は光量を上げる。

 

酸の幕の向こう側を完全には見られない。

 

なら、広い面で処理する。

 

光の壁を大きく展開する。

 

酸が当たる。

 

横へ流れる。

 

そのまま壁を前へ動かす。

 

芦戸さんが押される。

 

直接高速でぶつけない。

 

一定速度。

 

人を押し出すだけ。

 

芦戸さんは壁へ手をつき、横へ逃げようとする。

 

そこには先ほどの光壁が残っている。

 

反対側も同じ。

 

後ろ。

 

境界。

 

「これ、逃げ道ないじゃん!」

 

「そうなるように置きました」

 

芦戸さんが床へ酸を出し、一気に横へ滑ろうとする。

 

私はその瞬間だけ横壁の角度を変える。

 

抜けられると思った方向が塞がる。

 

速度を殺しきれない。

 

足が境界線を越えた。

 

そのまま身体も外へ出る。

 

ミッドナイト先生の声。

 

『芦戸、場外! 空木零司、二回戦進出!』

 

歓声が上がった。

 

私は光をすべて消した。

 

◇ ◇ ◇

 

芦戸さんが起き上がる。

 

怪我はないようだった。

 

「うわー、負けた!」

 

「ありがとうございました」

 

「空木くん、それずるくない!?」

 

「規定には通っています」

 

「知ってる! そういう意味じゃない!」

 

意味が違うらしい。

 

芦戸さんが私のベルトを見る。

 

「光ってレーザーだけじゃないんだね」

 

「この装備では、生成した光の形状と性質をある程度制御できます」

 

「壁まで作るとは思わなかった」

 

「騎馬戦でも使っていましたよ」

 

「見てたけど、自分で相手にすると全然違う!」

 

それはそうだろう。

 

観察と体験は別だ。

 

芦戸さんは袖の変色した部分を見る。

 

「酸ちょっと当たってたけど、大丈夫?」

 

「服だけです。問題ありません」

 

「ベルトに当てたかったんだけどなー」

 

やはり狙っていた。

 

「それは困るので防ぎました」

 

「次あったら絶対溶かす!」

 

「その時は対策します」

 

「そこは『負けない』とか言わない?」

 

「必要なら勝ちます」

 

芦戸さんが少し止まってから笑った。

 

「変なの!」

 

そうかもしれない。

 

私は競技場から退場する。

 

戦闘そのものが楽しかったわけではない。

 

勝ったことにも、大きな感情はない。

 

ただ、装備の実戦データは取れた。

 

光壁は液体攻撃への遮蔽として機能する。

 

光足場は汚染された地面を回避できる。

 

複数壁による進路制御も有効。

 

閃光と低出力光弾を組み合わせれば、高機動の相手にも行動を制限できる。

 

改善点もある。

 

足場表面へ液体が乗った場合の滑り。

 

視界を遮られた時の対応。

 

ベルト周囲の局所防護。

 

後で記録すればいい。

 

そして何より。

 

騎馬戦で得た三つの試料は、今ここにはない。

 

芦戸さんの酸がベルトへ届く可能性があった以上、指輪をロッカーへ置いてきた判断は正しかった。

 

もし装着したまま戦っていたら。

 

守る対象が一つ増える。

 

行動の自由度が下がる。

 

最悪の場合、今日得た三因子を失う。

 

その代わりに芦戸さんの因子が得られた可能性はある。

 

比較すれば、やはり割に合わない。

 

『創造』。

 

『黒影』。

 

『コピー』。

 

あれらは安全な場所にある。

 

なら、ここから先の試合はさらに気楽だった。

 

次の相手を確認する。

 

常闇踏陰。

 

さっき試料を取ったばかりの相手。

 

そして、黒影が光に弱い可能性は、騎馬戦ですでに確認している。

 

二回戦も、観察する価値はありそうだった。

 

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