無個性は個性をつくる 作:匿名希望
次の試合までの待機時間に、私は常闇さんとの騎馬戦を思い返していた。
黒影。本体から離れて動く黒い個性現象。光を強く当てると明確に勢いを失った。
それだけなら、対戦方法は簡単だった。光量を上げて維持し、黒影を十分弱らせる。残った常闇さん本人を場外へ出す。
問題は、勝ち方ではない。黒影が弱った時にどう動くか。そちらの方が興味深い。
個性因子そのものは、すでに確保してある。安全なロッカーの中だ。だから、ここで危険を冒して新しく採取する必要はない。血液がある以上、試合中に不自然なほど接近して観察する理由もなかった。
ただ、実物が目の前にいる。それも戦闘中、弱点となる環境に置かれた状態で。
見る価値はある。試合の邪魔にならない範囲で見ればいい。
「空木零司選手、入場!」
呼ばれた。私は競技場へ出る。
向こう側から常闇さんも出てきた。黒い鳥のような頭部。落ち着いた姿勢。騎馬戦の時より、こちらを明確に警戒している。
当然だろう。私が光を使うことはもう知られている。彼の黒影が光に弱いことも、騎馬戦でこちらに見られている。
「よろしくお願いします」
「……ああ」
常闇さんが短く返す。その背後から黒い頭部が覗く。
黒影。
騎馬戦の時より形が小さい。昼間で、競技場は明るい。ただでさえ条件は常闇さんに不利なのだと思う。
そこへ、私の光が加わる。相性としてはかなり悪い。
開始位置へ立つ。ミッドナイト先生の手が上がる。
『スタート!』
常闇さんが先に動いた。
◇ ◇ ◇
「黒影!」
常闇さんの身体から黒い影が飛び出す。騎馬戦より近い。
私はすぐにベルトを起動した。まず照明。一点集中ではなく、広い範囲へ強めの光を黒影へ当て続ける。
黒影の動きが目に見えて鈍った。伸びていた腕が縮み、輪郭も小さくなる。
「グ……ッ!」
声が出た。私は少し驚いた。
騎馬戦では周囲の騒音が大きく、明確には聞こえなかった。発声する。つまり、単に使用者の意志を反映するだけの無言の作用体ではない。少なくとも外部へ反応を返す能力がある。
常闇さんが前へ出る。
「退け、黒影!」
命令。
黒影が一瞬、常闇さんの方へ向いた。そして引く。
命令内容を理解している。単純な反射ではない。
私は光量を維持した。黒影がさらに縮む。
「……なるほど」
常闇さんがこちらを睨む。
「観察している場合か」
「戦っていますよ」
実際、攻撃を止めてはいない。強い光を照射し続けている。それだけで黒影の大部分が機能しなくなっている。
常闇さんが横へ動く。私は光源の向きを追わせる。ベルトから出す光そのものを動かせるので、身体ごと向きを変える必要はない。
黒影が光から逃れようとする。常闇さんの背後へ。彼の身体を盾にするような位置。
これも興味深かった。
暗所を求めているだけか。それとも自分で「常闇さんの背後なら光が遮られる」と判断しているのか。
私は少し位置をずらして照射する。黒影も動く。再び反対側。
「回避していますね」
独り言が出る。
常闇さんが前へ出た。こちらへ接近する。
黒影が使えないなら本人が来るしかない。判断として正しい。
◇ ◇ ◇
常闇さんの拳が来る。私は後ろへ下がった。
身体能力は普通の高校生より高い。ヒーロー科の訓練を受けている。
ただ、個性を使わずに戦う常闇さんと、光操作を使っている私。条件としては、それだけだった。
片方には有効な個性がある。片方は主能力を封じられている。結果は大きく変わらない。
私は光の板を出した。常闇さんの進路に一枚。彼が避ける。もう一枚。今度は斜め。再び方向転換。
その間も黒影への照射は続ける。
常闇さん本人へ強いレーザーを撃つ必要はない。殴り合う必要もない。光で移動を限定するだけでいい。
「くっ……!」
常闇さんが壁を回る。私はその先に光の足場を低く出す。障害物。
跳ぶ。着地。そこへ別の壁。
常闇さんが止まる。
私が一歩も近づかなくても、相手の行動を制限できる。能力が使える側と使えない側が戦えば、普通はこうなる。
もちろん個人差はある。爆豪さんのように身体能力と技術が高い人間なら話は変わる。常闇さんも弱くはない。
ただ、彼の戦闘能力の大きな部分は黒影に依存している。今はそこをほぼ封じている。その状態で、こちらは光を使っている。
勝敗だけを見るなら、長引かせる理由はなかった。
◇ ◇ ◇
それでも、私はすぐには場外へ押し出さなかった。
不自然にならない範囲で、数十秒。それだけ見る。
常闇さんが再び前へ出る。黒影は縮んでいる。ほとんど肩の近くに張り付くような大きさ。
強い照射が続いているせいで、先ほどのように長く伸びない。
それでも、常闇さんが光壁へ追い込まれた瞬間、黒影が動いた。
「常闇!」
自分から声を出した。
常闇さんの前へ出る。小さい。弱い。形も崩れている。それでも、私と常闇さんの間へ入ろうとした。
私は光の出力を一段だけ下げる。完全には止めない。
黒影が少しだけ大きくなる。すぐに腕のような部分を伸ばし、光壁へ触れる。壁そのものを壊そうとしている。
出力は低い。ほとんど動かせない。それでも動く。
「黒影、下がれ!」
常闇さんが命令する。
黒影は一瞬止まった。だが、完全には下がらない。常闇さんを守る位置に残る。
命令を無視しているのか。命令の解釈が違うのか。あるいは、より優先度の高い行動があるのか。
使用者の保護。それが内部的に優先されている可能性。
私は見る。
黒影の頭部がこちらを向く。次に光壁。次に常闇さん。
視線に意味があるように見える。単なる演出的な動きではなく、状況を確認している可能性がある。
「……面白いですね」
「貴様……!」
常闇さんが踏み込む。黒影も同時に前へ出ようとする。
私は光量を元へ戻した。黒影が一気に縮んだ。
「グアッ!」
動きが止まる。それでも消えない。
常闇さんの身体へ完全に戻るのではなく、前に残ろうとしている。苦手な環境でも、使用者を守ろうとする。
それはかなり重要だった。
単純な自動防御なら、条件を満たせば機械的に作動するだけだ。でも黒影は、光を嫌がる。逃げる。命令を聞く。発声する。状況を見る。そして、自分が弱っていても常闇さんを守ろうとする。
少なくとも、そう見える。
もしこれらが全部、常闇さん本人の無意識な制御でしかないなら話は変わる。しかし、騎馬戦と今の試合を合わせると、完全な遠隔操作器官と考えるより、ある程度独立した判断系を持っていると考えた方が自然だった。
個性因子を調べれば分かる。すでに試料はある。
今日は、この挙動を覚えておけばいい。
◇ ◇ ◇
「十分ですね」
私は言った。
常闇さんが構える。
「何がだ」
「確認です」
これ以上長引かせる必要はない。
私は照明範囲を広げた。競技場の一角が昼間でもさらに明るくなる。黒影が常闇さんの背後へ縮む。ほぼ戦力にならない。
私は同時に光壁を三枚作った。左、右、後ろ。前だけ空ける。
常闇さんがこちらを見る。進路が一方向に限定された。
私は前から光弾を撃つ。低出力。
常闇さんが避ける。後ろへ。光壁がある。
横へ行こうとする。壁。
黒影が壁へ伸びようとする。強光でほとんど力が出ない。
常闇さんが自分で壁を回ろうとする。私は位置をずらす。少しずつ、場外方向へ。
常闇さんも気付いた。
「場外狙いか」
「はい」
「させるものか!」
正面へ走る。
私は壁の一枚を消す。逃げ道ができる。常闇さんはそこへ動く。
その先に新しい壁。誘導。
一歩、二歩。境界線が近い。
黒影がまた前へ出た。
「常闇、退け!」
常闇さんの前へ立とうとする。弱っている。それでも守る。
私は最後にもう一度、その挙動を確認した。
反応速度、命令後の遅延、位置取り、本体との距離。弱体化した時でも、常闇さんと外部脅威の間を選ぶ傾向。
覚える。
そして光の壁を前へ動かした。ゆっくり。
常闇さんが押される。黒影が壁を止めようとする。止まらない。
常闇さん本人も踏ん張る。ただ、床に固定されているわけではない。こちらは一定速度で面全体を押している。
後ろへ。さらに一歩。
境界線。
常闇さんの踵が越える。黒影が最後まで前に残る。
次の瞬間、常闇さんの身体が場外へ出た。
『常闇、場外!』
ミッドナイト先生の判定。
『勝者、空木零司!』
私は光を消した。
◇ ◇ ◇
照射が止まる。黒影の様子がすぐに変わった。
縮んでいた身体が少し膨らむ。輪郭が戻る。常闇さんのそばへ寄る。
「常闇!」
「問題ない」
常闇さんが答える。
黒影が周囲を見る。それからこちらを向いた。
敵意があるようにも見える。実際にそうなのかは分からない。感情と呼べるものなのか。使用者の感情を反映しているだけなのか。
そこは血液試料を調べるだけでは分からない可能性もある。行動データと合わせる必要がある。
「ありがとうございました」
私は常闇さんへ言った。
常闇さんが立ち上がる。
「……我が黒影を、随分と観察していたな」
気付かれていた。
ただ、不自然なほどではなかったと思う。一対一で戦っている相手の個性を見るのは当然だ。
「興味深い個性なので」
「研究対象ということか」
「そうですね」
隠す理由はない。すでに個性研究をしていること自体は学校にも説明している。
常闇さんが黒影を見る。黒影もこちらを見る。
「こいつは、ただの道具ではない」
「その可能性は高そうですね」
常闇さんの目が少し鋭くなった。言い方が悪かったかもしれない。
「少なくとも、単純な遠隔操作型として説明するには挙動が多すぎます」
私は続ける。
「命令理解、自発的な回避、状況に応じた位置変更。それに、今の試合では弱体化していてもあなたを守ろうとしていました」
常闇さんが少し黙る。黒影が彼の肩越しに顔を出した。
「当然だ!」
黒影が言った。明確な返答。
私は少し見る。これは有用な情報だった。
「そうですか」
「それだけか!?」
「はい。ありがとうございます」
黒影が何か言い返そうとしたが、常闇さんが止めた。
「よせ、黒影」
「むぅ……」
従った。
やはり面白い。命令へ従う。しかし、発言内容まですべて常闇さんが意図しているようには見えない。少なくとも外見上は。
ここで問い詰める必要はない。血液はある。映像も残る。後で培養した因子と照合できる。
それで十分だった。
◇ ◇ ◇
競技場を出る。
常闇さんはベスト8。私は準決勝へ。順位そのものには大きな意味を感じない。
ただ、今回の試合には価値があった。
黒影は光に弱い。強い光を継続して当てれば、ほぼ機能不全になる。その状態では常闇さんの戦闘力は大きく低下する。
これは戦闘上の情報。
それとは別に、黒影は弱体化しても常闇さんを守ろうとした。命令を理解する。会話する。外部環境へ反応する。自発的に位置を選ぶ。使用者を保護する行動を取る。
こちらの方が研究上は重要だった。
個性に、どこまで判断機能を持たせられるのか。そもそも黒影の判断は個性因子側に存在するのか。常闇さんの脳機能を外部へ延長したものなのか。両方なのか。
調べる必要がある。
帰宅後の研究項目が増えた。
私は次の対戦表を見る。
準決勝。爆豪勝己。
騎馬戦でも、かなり細かく周囲を見ていた生徒。そして、私の光操作ベルトを当然見ている。
次は、今までほど単純にはいかないかもしれなかった。