無個性は個性をつくる 作:匿名希望
爆豪勝己。
次の相手の名前を見ながら、私はこれまでの競技で確認した情報を整理した。
個性は爆発。より正確には、手掌から分泌される汗を爆発させているように見える。
障害物競走、騎馬戦、ここまでの決勝トーナメント。発動地点は基本的に掌で、発汗量が増えるほど使える爆発も大きくなる傾向がある。爆発そのものを攻撃だけでなく、移動にも使う。
そこまでは観察だけでも分かる。問題は、対策だった。
私は自分の装備を見る。光操作ベルト、浮遊、ジェット、その他、体育祭へ持ち込んだ人工個性装備。選択肢は多い。
だが。
「負けますね」
結論は簡単だった。別に悲観しているわけではない。単純な比較だ。
私の浮遊は、移動方向を自由に変えるためのものではない。ジェットも専用の高速飛行個性ではなく、推力を足して空中機動を成立させるための装備だ。二つを併用すれば飛べるが、それは複数の機能を継ぎ接ぎして作った飛行能力に近い。
爆豪さんは違う。自分の個性一つで爆発と推進を同時に行う。
空中での方向転換、急加速、急停止、落下制御、姿勢変更。そのすべてを、障害物競走の時点ですでに高い水準でやっていた。
こちらが浮遊してジェットを噴かす間に、向こうは爆発一回で軌道を変える。機動戦では不利。
なら地上で光を使う。それも当然考える。
だが、爆豪さんの爆発は光壁を破壊できるだけの出力がある可能性が高い。騎馬戦や芦戸さんとの試合で使ったように、壁で進路を限定する戦い方がそのまま通るとは思えない。
一番直接的なのは、爆発性の汗へ干渉することだ。汗を無害化する、吸着する、分解する、分泌を妨げる。そういう個性か装備があれば、相性はかなり変わる。
ただし。
「持ってきていませんね」
今の私には、必要な個性をその場で自由に作る技術はない。既存因子と段階改造の範囲で装備を用意している。
爆豪勝己専用の汗処理能力など準備していなかった。そもそも対戦相手になる保証もなかった。今から作れるわけでもない。
だから、現状の装備だけで戦うなら爆豪さんが有利。
それでいい。勝たなければ困る理由は、もうなかった。
◇ ◇ ◇
競技場へ出る。観客席から歓声が上がる。
向こう側から爆豪さんが歩いてきた。表情を見る限り、機嫌は良くない。普段からそういう顔なのかもしれない。
開始位置で向かい合う。
爆豪さんの視線が、最初に私の腰へ向いた。光操作ベルト。その次に手首、首、足、耳。装着している小型装備へ視線が移る。
見ている。ただベルトだけではなく、他の装備も。
当然か。爆豪さんは騎馬戦を見ている。私は浮遊やジェットも使った。装備ごとに別機能があることくらい、推測できる。
「てめェ」
爆豪さんが言った。
「はい」
「さっきからゴチャゴチャ何個付けてやがる」
「二十五個ほど持ち込んでいました」
「全部個性か?」
「個性因子を利用しているものが中心です」
爆豪さんの目が細くなる。
「じゃあ腰のソレだけ潰せば終わりってわけでもねェな」
理解が速い。
「そうですね」
「けど一番使ってんのはソレだ」
ベルトを指している。
「はい」
隠す必要はない。主装備なのは事実だ。
爆豪さんが歯を見せるように笑った。
「ならまずソレぶっ壊す」
「分かりました」
「分かりましたじゃねェ!」
何か気に障ったらしい。
ミッドナイト先生が間に入る。開始前なので、これ以上話す必要はない。
私はベルトへ手を置く。正常。光生成、出力、形状固定。問題なし。
『準決勝――空木零司対、爆豪勝己!』
観客の音が大きくなる。
『スタート!』
同時。
爆豪さんが消えた。正確には、速すぎてそう見えた。
◇ ◇ ◇
爆発。
正面ではない。斜め上。
最初から地面を走ってこない。身体を爆発で押し上げ、一気にこちらの射線から外れる。
私は光壁を出した。一枚。爆豪さんの進行方向。
爆発。
壁へ衝撃。砕けた。固定していた光の面が形を維持できず、粒子状に崩れる。
予想通り。
「脆いですね」
私が言う。
「そりゃ壁なら壊すに決まってんだろ!」
上から声。
次の爆発。位置が変わる。
私は二枚目を展開する。遅い。壁が完成するより先に、爆豪さんは横を抜けた。
さらに爆発。背後。
私は振り向くより先に浮遊を起動した。地面から離れる。ジェット。前へ。
直後、さっきまでいた位置が爆発した。衝撃が背中へ届く。
飛ぶ。爆豪さんも飛ぶ。
比較する。やはり違う。
こちらは浮力を作り、ジェットで推力を得ている。方向を変えるには姿勢制御と噴射方向の調整がいる。
爆豪さんは掌を向けるだけで爆発する。右手で左へ飛ぶ。左手で回転。両手で急加速。
出力そのもの以上に、制御が速い。私が一つの軌道を決める間に、向こうは二度変える。
「飛んで逃げりゃどうにかなると思ってんのか!」
「思っていませんよ」
本当に思っていない。
私はジェットを切った。浮遊だけ残して落下速度を抑える。
爆豪さんが追う。そこへ光弾。
一発。回避。
二発。爆発で進路変更。
三発目を予測位置へ。今度は爆発そのもので消された。光弾が衝撃に耐えられず崩れる。
「それも駄目ですね」
「試してんじゃねェ!」
爆豪さんが突っ込んでくる。近い。
私は閃光を使った。白い光。一瞬。
爆豪さんが顔を逸らす。ただし、止まらない。掌の爆発で進行方向を維持したまま、腕で目元を庇う。
自身の爆発でも強い光が出る。閃光への対応自体に慣れているのかもしれない。完全な足止めにはならない。
私は横へジェットを吹かした。逃げる。
爆豪さんも爆発。追いつかれる。
速い。予想以上ではない。予想通りに速かった。
◇ ◇ ◇
地上へ戻る。空中戦を続ける意味はない。
足元へ光の板を生成。そのまま前へ伸ばす。爆豪さんの着地点を制限する。
爆発。板が砕ける。
もう一枚。爆発。また壊れる。
破壊されるなら、数を増やす。
左右、正面、斜め上。光壁を連続展開し、迷路のように配置する。
芦戸さんには有効だった。移動先を限定する。そこへ光弾を置く。逃げ道を狭くする。
爆豪さんは、壁の間を通らなかった。
「邪魔だ!」
爆発。
正面の一枚を破壊。その穴へ突っ込む。
次の壁。爆発。さらに前。
こちらの展開速度より速い。壁を迂回する必要がない。壊して最短距離を進める。
なら、壁ではなく鞭。
光を細長く伸ばす。横から振る。
爆豪さんが屈む。
二本目。跳ぶ。
三本目を上へ。
爆発。身体を急停止させ、空中で軌道変更。光鞭が空を切る。
私はさらに形を変える。刃状。ただし切断力は抑える。接触すれば位置を変えさせる程度。
爆豪さんは見ている。光そのものより、私、ベルト、装備。どこから何が出ているか。
「腰!」
声と同時、爆発で一気に距離を詰める。
私は壁をベルト前へ展開。
爆発。割れる。
もう一枚。次の爆発。破壊。
三枚目を作る前に、爆豪さんの足が地面へ着いた。掌がこちらを向く。
近い。
私は浮遊で身体を後ろへ逃がす。間に合わない。
爆発。衝撃。
身体ごと吹き飛ばされる。着地。浮遊で衝撃を減らす。
身体に大きな損傷はない。だがベルトの表面に熱痕が入った。
まだ機能する。
爆豪さんもそれを見た。
「やっぱそこだな」
「そうですね」
主装備を見抜かれた。最初から宣言されていたので驚きはない。
問題は、防げるかだった。
◇ ◇ ◇
私は出力を上げた。広範囲照明。
意味は薄い。爆豪さんは黒影ではない。光量を上げても弱らない。
なら集束。複数のレーザー。
直接身体へ最大出力は使わない。進路制限。
一射、二射。爆豪さんが爆発で飛ぶ。
三射目。急降下。
四射目。回転。
避ける。
私が照準を合わせる速度より、爆発を使った移動が速い。
正確には、一回の直線速度だけなら追える。しかし爆豪さんは軌道を一定にしない。
左右、上下、前後。爆発するたびに速度ベクトルが変わる。
未来位置を予測して光を置いても、その予測を見てから変えられる。そして、本人がそれを意図的にやっている。
無秩序に飛んでいるわけではない。私の光がどこへ出たかを見て、次にどこへ出るかを読んで、一番短い位置へ動いている。
「制御が上手いですね」
「余所見してんじゃねェ!」
爆発。
私は光壁を前に出す。今度は壊させる前提。
一枚目が爆破される。その破壊に使った右手側へ、光弾。
爆豪さんが左手で爆発。横へ逃げる。
その先に光壁。右手で爆破。
さらにそこへ光の鞭。身体を捻る。
掠る。
初めてまともに当たった。爆豪さんの制服の表面を擦る。致命的なものではない。
「……チッ」
「当たりましたね」
「一発で喜んでんじゃねェ!」
喜んではいない。ただ確認した。
完全に追えないわけではない。手数を増やせば接触は可能。
問題はその先だ。
爆豪さんを場外まで追い込むには、何度も続けなければならない。その間こちらは、主装備を守り続ける必要がある。そして爆豪さんはすでにそこを狙っている。
勝ち筋がないわけではない。隠している装備まで全部使えば、もう少し増える。
精神干渉、拘束、防御、移動。体育祭用に用意した人工個性は、光だけではない。
けれど。
三因子は確保済み。観察も十分した。
この試合に勝つためだけに、公開する予定のない装備を全部見せる価値はあるか。
ない。
まだベルトは壊れていない。だから今すぐ降参する理由もない。
光操作の実戦データは取れる。爆豪さんの個性も観察できる。なら、主装備が使える間は続ければいい。
その程度だった。
◇ ◇ ◇
爆豪さんが距離を取った。珍しく一瞬止まる。
掌から煙。汗。発汗量。ここまでの連続使用。
それでも動きは鈍っていない。むしろ温まっているように見える。
汗を爆発物として使うなら、運動と気温による発汗増加が出力上昇へつながる可能性がある。長期戦で単純に弱るタイプではない。少なくとも体育祭程度の時間なら。
厄介だった。
爆豪さんが腕を振る。大きな爆発。
私は壁を厚くする。一枚ではない。複数を重ねる。
爆発が一枚目を破壊。二枚目に亀裂。三枚目まで衝撃が届く。
止めた。
ただし視界が遮られる。煙。
私はズームを使う。熱と粉塵。視界が悪い。
次の瞬間、横から爆発音。
「そこですか」
ジェット。後退。
爆豪さんが煙を利用して回り込んでいた。
追撃。爆発。
私は光の足場を斜めに出し、そこへ着地して方向を変える。爆豪さんは足場へ乗らない。横を爆発で抜ける。
私は壁を展開。遅い。
爆豪さんの身体が展開途中の光を通過する。固定前。強度が足りない。
そのまま接近。
狙いは私ではない。視線が腰へ向いている。
私は腕で庇う。
爆豪さんが手を伸ばす。直接掴むのではなく、掌を近距離へ。
「取った」
爆発。
◇ ◇ ◇
音、熱、衝撃。
私は後方へ飛ばされた。浮遊が作動する。ジェットで姿勢を戻し、足から着地。
身体の状態を確認。問題なし。
次は腰。
光操作ベルト。外装が割れている。内部維持機構は損傷。個性因子保持部は一部停止。制御系は応答なし。
私は起動を試す。光が一度だけ不安定に出た。すぐ消える。
もう一度。反応なし。
破壊されている。
爆豪さんは少し離れた位置に着地していた。呼吸は荒い。だが戦闘継続可能。こちらを見ている。
「次はどれだ」
視線が私の腕輪へ移る。
「まだ付いてんだろ」
やはり分かっている。ベルトだけではない。他の装備もある。
「そうですね」
「出せ」
命令された。
私は考える。
残っている装備は使える。戦闘継続は可能。
勝てるか。分からない。
光操作を失った時点で、さらに不利。ただし隠しているものまで全て投入すれば、爆豪さんが知らない能力を一度は当てられる可能性がある。それを重ねれば、まだ試合にはできる。
問題は、その必要があるか。
ない。
体育祭で欲しかった三因子は、ロッカーの中。黒影の挙動も至近距離で確認した。芦戸さんとの試合で光装備の実地データも取った。
今の試合では、爆豪さんの機動と個性制御も見た。ベルトが爆発へどこまで耐えるかも分かった。
十分だった。
準決勝を勝つためだけに、残りの人工個性装備を公開する。その利益は小さい。
私は右手を上げた。
「降参します」
競技場が一瞬静かになった。
爆豪さんの顔が変わる。
「……あ?」
「降参します」
ミッドナイト先生も一瞬こちらを見る。確認。
「続行不能?」
「いいえ。まだ装備はあります」
爆豪さんの額に血管が浮いたように見えた。
「じゃあ出せや!」
「必要ありません」
「は?」
「私の主装備を破壊した時点で、爆豪さんが明確に優勢です。この試合へ残りの装備を全部公開してまで勝つ理由もありませんので」
「理由じゃねェ!」
爆豪さんが怒鳴る。
「試合だろうが! 全部出して勝ちに来い!」
価値観の違いだと思う。爆豪さんにとっては勝敗そのものが重要。私にはそうではない。
ただし、だからといって彼の勝利を軽く扱うつもりもない。
私は主装備を守れなかった。爆豪さんは観察から弱点を特定し、私の光壁を正面から破壊し、展開速度を機動力で上回り、最終的に狙ったベルトを破壊した。
正当に勝っている。
「爆豪さんが勝ちです」
私は言った。
「私はベルトを守れませんでした。続けても私が不利です」
「だったら最後までやれ!」
「その必要性を感じません」
爆豪さんの表情がさらに険しくなった。話は平行線だと思う。
ミッドナイト先生が判定する。
『空木、降参! 勝者、爆豪勝己!』
歓声。一部は困惑。
爆豪さんはまったく納得していない顔をしていた。しかし判定は出た。
爆豪勝己の勝利。
それでいい。
◇ ◇ ◇
競技場を出る前に、私は壊れたベルトを外した。
外装は破損。内部配線は焼損。因子維持部は一部破壊。
修理できなくはない。
ただ、体育祭後には別の研究へ進む。今回のベルト設計をそのまま使い続ける必要があるかは分からない。
同じものが必要なら作り直せる。
私は破損部を一度見てから、停止処理をした。
「空木ィ!」
後ろから爆豪さんの声。振り返る。
「はい」
「次やる時は途中で降りんな」
「目的次第ですね」
「そこは『分かった』って言え!」
「できない約束はしない方がいいと思います」
爆豪さんがこちらへ歩いてくる。まだ怒っている。
ただ、負けた側の私より、勝った爆豪さんの方が不満そうだった。少し変な状況だった。
「……てめェのその壁」
爆豪さんが急に言う。
「はい」
「出るまで一瞬遅ェ」
「そうですね」
「固定する前ならもっと脆い」
見ていたらしい。
「その通りです」
「あと飛ぶやつ。遅ェ」
「爆豪さんと比べれば、かなり遅いですね」
「比べなくても遅ェ!」
そこは基準によると思う。
爆豪さんは壊れたベルトを見る。
「直すのか」
「必要なら」
「必要ならじゃねェだろ」
「同じ設計を今後も使うか分からないので」
私はベルトを手に持つ。すでに壊れている。今日の役目は終わった。
修理するより、分解して使える部品だけ戻す方が効率的かもしれない。
「使わないなら分解します」
爆豪さんの顔が一瞬止まった。
「……は?」
「試作品なので」
それだけだ。
爆豪さんが何か言いかける。私は先に競技場を出た。
◇ ◇ ◇
準決勝敗退。最終的な順位は三位になる。
その事実自体には、特に感想はなかった。試合内容には価値がある。
爆豪さんの爆発。手掌の汗。爆発を推進へ変える制御。左右の手を独立して使う空中機動。連続発動中の姿勢制御。相手の装備構成を見る観察力。最短距離で主装備を破壊する判断。
高出力だけの個性ではない。使っている本人の制御能力が高い。
もし将来、爆豪さん向けのサポートアイテムを作ることがあれば、単純に爆発量を増やすだけでは不足する。
汗を回収する。運ぶ。保持する。必要な時に放出する。
本人の細かな制御を邪魔せず、出力だけを補助する構造の方がいい。
今すぐ作る予定はない。ただ、覚えておく。
私は壊れた光操作ベルトを見る。
今回の装備で勝てるところまでは勝った。相性が良い常闇さんには簡単に勝てた。芦戸さんにも対応できた。爆豪さんには破壊された。
それだけだった。
負けた原因も分かっている。なら問題はない。
体育祭で欲しかったものは、すでに手に入っている。
『創造』、『黒影』、『コピー』。
安全なロッカーの中にある三つの個性因子。
帰宅したら、まず培養を始める。
その方が、準決勝の勝敗よりずっと楽しみだった。