無個性は個性をつくる 作:匿名希望
準決勝が終わった後、私は壊れた光操作ベルトをケースへ入れた。
もう使う予定はない。
修理するか。
分解するか。
同じ構造を改めて作るか。
それは帰ってから決めればいい。
今の優先順位は別にある。
個人用ロッカー。
その中に保管した指輪。
八百万百。
常闇踏陰。
物間寧人。
三つの個性因子。
競技中に失う危険を避けるため、保護用の個性を作用させた上で置いてきた。
体育祭終了後、最初に回収する。
その後、自宅へ持ち帰る。
培養開始。
構造確認。
発現時の観察記録との照合。
やることは決まっていた。
だから、準決勝で負けたことについて考える必要は特になかった。
爆豪さんの方は、そうではなかったようだが。
◇ ◇ ◇
決勝戦。
爆豪勝己対、轟焦凍。
私は観客席ではなく、決勝トーナメント参加者用の位置から競技場を見ていた。
ここまで来た以上、見ておく価値はある。
特に爆豪さん。
先ほど直接戦ったばかりなので、他の相手にどう対応するかを見ると比較しやすい。
轟さんについても同じだった。
氷。
そして炎。
障害物競走から見ている限り、左右で異なる能力を持っている。
出力は非常に高い。
単純な面制圧力だけなら、私が今日使っていた光操作より上だと思う。
開始。
轟さんが氷を使う。
広範囲。
速い。
爆豪さんは止まらない。
爆発で飛ぶ。
氷を避ける。
砕く。
回り込む。
先ほど私と戦った時と同じく、移動の自由度が高い。
ただし。
一つ違う。
爆豪さんが何度も何かを叫んでいる。
聞き取れる内容からすると、轟さんへ炎を使えと言っているらしい。
「……自分から相手の選択肢を増やすんですね」
普通なら逆だ。
相手が能力を一部使わないなら、そのまま利用すればいい。
勝利だけを目的にするなら。
だが、爆豪さんは違うらしい。
相手が出せるものを全部出した状態で勝ちたい。
準決勝でも似たことを言っていた。
私が残りの装備を使わず降参した時。
全部出して勝ちに来い、と。
あの時もかなり怒っていた。
ただ。
今はそれ以上だった。
理由はある程度分かる。
私はサポート科だ。
そもそも体育祭の戦闘種目で一位を目指す立場ではない。
勝利自体を主目的にしていないことも、試合中の行動を見れば分かる。
爆豪さんにとっては気に入らなかったとしても、私がヒーロー科として彼と競っているわけではない。
轟さんは違う。
ヒーロー科。
プロヒーローを目指す生徒。
しかも、優勝を争う決勝。
爆豪さんからすれば、その相手が能力を意図的に半分使わないことの方が、はるかに納得しにくいのだろう。
轟さんが一瞬、炎を出す。
爆豪さんの動きが変わった。
明確に反応している。
嬉しそう、と表現するのが正しいかは分からない。
ただ、求めていた状況になったようには見える。
爆豪さんが大きく上昇する。
回転。
連続爆発。
空気まで巻き込む。
出力を集中。
轟さんも炎を出そうとする。
そして。
消した。
「……使わないんですか」
直後。
爆豪さんの大技が落ちた。
爆発。
轟さんが場外へ飛ばされる。
決着。
爆豪勝己、一位。
それ自体は明確だった。
ただ。
爆豪さんは喜んでいなかった。
むしろ怒っている。
倒れた轟さんへ近づき、起きろと叫んでいる。
勝った人間の反応ではない。
少なくとも一般的には。
ミッドナイト先生が止める。
爆豪さんまで倒れた。
競技終了。
「……なるほど」
準決勝で私が降参した時より怒っている。
やはり、爆豪さんにとって重要なのは単に一位という結果ではないらしい。
相手が全力を出した。
その上で勝った。
そこまで揃って初めて、自分が求める勝利になる。
面倒な基準だとは思う。
ただ、理解はできた。
◇ ◇ ◇
決勝終了後。
体育祭の順位が確定した。
一位。
爆豪勝己。
二位。
轟焦凍。
三位。
空木零司。
そしてもう一人の三位が、飯田天哉。
ただし飯田さんは表彰式にはいなかった。
兄のインゲニウムに関係する事件で急遽学校を離れたらしい。
詳しい事情は知らない。
家族の問題なら、体育祭の表彰式よりそちらを優先するのは自然だろう。
結果。
表彰台へ立つ人間は三人になった。
爆豪さん。
轟さん。
私。
私は待機中にメダルのことより、ロッカーへ置いた試料の保存時間を考えていた。
現状の保存機構なら問題ない。
帰宅まで十分持つ。
ただ、できれば早く培養へ移したい。
『創造』から先に見るか。
『コピー』を先に見るか。
技術的な影響を考えると、どちらも優先度が高い。
黒影も重要だが、今日の試合で行動記録を追加できた。
先に培養だけ開始して並列で進める方がいい。
「空木」
呼ばれた。
パワーローダーだった。
「はい」
「今から表彰式だぞ」
「分かっています」
「何でそういう顔してる」
「どういう顔でしょうか」
「研究室に帰りたそうな顔だ」
そう見えるらしい。
「帰宅後に確認したい試料がありますので」
パワーローダーが黙った。
少しして。
「……体育祭三位だぞ、お前」
「そうですね」
「サポート科で」
「はい」
「もうちょっと何かないのか?」
考える。
「装備の実地試験としては有用でした」
「順位の話をしてるんだが」
「三位ですね」
パワーローダーが額を押さえた。
以前も同じ動きを見た気がする。
「行ってこい」
「はい」
私は表彰台へ向かった。
◇ ◇ ◇
競技場へ出ると、歓声が大きくなった。
名前が呼ばれる。
三位の位置へ上がる。
本来なら飯田さんも同じ位置になる。
今日は私だけだった。
隣。
二位の轟さん。
静かだった。
表情も明るくない。
負けたから、というだけには見えなかった。
決勝で炎を途中から使わなかったこと。
試合前後の様子。
家庭に関係する何かがあるのだと思う。
ただし詳細は知らない。
知らないことを考えても仕方がない。
一位。
爆豪さん。
拘束されていた。
「……」
かなり厳重だった。
腕。
身体。
口元。
表彰台へ固定されている。
勝者の扱いとしては珍しい。
ただ、決勝終了直後の状態を考えれば、何もしなければ表彰式どころではなかったのかもしれない。
今も怒っている。
準決勝の後より明らかに。
私が途中で降参したことについても不満は残っていると思う。
だが、視線の大半は轟さんへ向いていた。
轟さんがそれに反応する様子は少ない。
三人並んでいる。
一位。
二位。
三位。
全員、別の方向を見ているような状態だった。
◇ ◇ ◇
オールマイトが現れた。
観客席の反応が一段大きくなる。
平和の象徴。
現役最大級の知名度を持つヒーロー。
私は直接関わる機会がほとんどない。
ヒーロー科ではないので当然だった。
メダル授与が始まる。
本来なら三位から。
私の前へオールマイトが来る。
「空木少年!」
「はい」
声が大きい。
「サポート科からここまで勝ち上がったのは見事だった!」
「ありがとうございます」
「君の装備は非常に独創的だったね!」
「そうですね」
独創的という評価が正しいかは分からない。
個性因子を装備へ組み込む方法は、少なくとも一般的ではない。
オールマイトが銅メダルを渡す。
私は普通に受け取る。
「ありがとうございます」
重さを確認する。
一般的なメダル。
当然ながら研究上の用途はない。
家に持ち帰ればいい。
オールマイトが少しだけこちらを見る。
何か追加の反応を期待していたのかもしれない。
「……嬉しくないのかい?」
「特に嫌ではありませんよ」
「嫌じゃない、か!」
「参加目的は達成できましたので、結果にも不満はありません」
嘘ではない。
むしろ想定以上だった。
三つの重要因子。
人工個性装備の実地試験。
複数の個性観察。
十分すぎる。
三位は付随した結果だった。
オールマイトは一瞬困ったような顔をした後、笑った。
「それなら何よりだ!」
次へ移る。
◇ ◇ ◇
轟さん。
オールマイトが話しかける。
決勝で炎を使わなかったこと。
轟さん自身の迷い。
家庭。
私は横で聞いているだけだった。
深く立ち入る内容ではない。
轟さんは自分で何かを整理する必要があるらしい。
少なくとも、二位を取ったことを喜んでいる状態ではなかった。
銀メダルを受け取る。
表情は変わらない。
そして最後。
爆豪さん。
口元の拘束が外される。
すぐに声が響いた。
「こんな一位に意味ねェんだよ!」
やはり怒っている。
オールマイトが宥める。
爆豪さんは聞かない。
決勝で轟さんが炎を使わなかったこと。
全力で戦わなかったこと。
そこへの不満。
準決勝で私が途中降参した時にも怒っていたが、今の比ではない。
爆豪さんが求めていたのは、決勝で轟さんの全能力を正面から破って優勝することだったのだろう。
結果だけなら一位。
本人にとっては不十分。
周囲は彼を優勝者として扱う。
本人は認めない。
面白い状態だった。
オールマイトが金メダルを渡そうとする。
爆豪さんは拒否する。
最終的にはかなり強引な形で受け取らされていた。
隣で轟さんは別のことを考えているように見える。
私は自分の銅メダルを見る。
三人とも表彰台にいる。
ただし。
爆豪さん。
欲しかった勝ち方ではない。
轟さん。
自分と家庭の問題で、順位どころではない。
私。
順位自体にほとんど興味がない。
表彰台にいる人間が全員、表彰を素直に喜んでいない。
珍しい組み合わせだった。
◇ ◇ ◇
表彰式が終わる。
競技場を出る時、周囲の声が聞こえる。
「サポート科で三位ってすごくないか?」
「ヒーロー科二人倒してるぞ」
「人工個性って何なんだ?」
「あの光の装備、企業製じゃないんだろ?」
「自作らしい」
注目されている。
想定はしていた。
体育祭は外部へ公開される。
サポート科が装備を宣伝する場として使う理由もそれだ。
発目さんも最初からそのつもりだった。
私は企業への就職先を探しているわけではない。
ヒーローへスカウトされても困る。
ただ、今日使った技術が見られること自体は持ち込み申請時点で了承している。
問題はなかった。
戻ったところで、またパワーローダーがいた。
「空木」
「はい」
「ちょっと来い」
近くまで行く。
パワーローダーの視線が、私の手にある壊れた光操作ベルトへ向く。
「それ、爆豪にやられたやつだな」
「はい」
「直すのか?」
「まだ決めていません」
「三位取った装備だぞ」
「試作品ですから」
「……そうだったな」
パワーローダーが息を吐く。
少し黙った後。
「持ち込み検査の時にも思ったが」
「はい」
「やっぱりお前の専門、普通のサポート工学じゃないな」
「個性因子研究が主です」
以前も説明している。
「聞いた」
パワーローダーは言った。
「聞いたが、分かってなかった」
私を見る。
「機械の中に個性を入れる、くらいに思ってた」
「概ね間違ってはいませんよ」
「概ね、で済ませるな」
何が問題なのか分からない。
パワーローダーは壊れたベルトを指す。
「今日お前がやったのは、普通の光学装備じゃない」
「はい」
「浮く。飛ぶ。光を出す。壁にする。足場にする。それ以外にもまだ付けてた」
「そうですね」
「課題で出してる機械工作とは、やっぱり分野が違いすぎる」
その点は以前も言われた。
ただ、今日実際に競技で使ったことで確信したらしい。
「授業で必要なら、そちらも使いますよ」
「そういう話じゃねぇんだよな……」
また額を押さえている。
「まあいい」
パワーローダーが言った。
「今日はもう帰る準備しろ。ただし、使った装備の点検記録は後で出せ」
「分かりました」
「あと壊れたやつも一回見せろ。爆豪の爆発でどこが壊れたか確認したい」
「構いません」
それなら学校側にも意味がある。
話は終わった。
私は先にロッカーへ向かった。
◇ ◇ ◇
扉を開ける。
保護作用。
維持。
ケース。
異常なし。
開ける。
指輪。
保存区画。
三つとも正常。
私はそれを確認してから、ようやく少しだけ安心した。
メダルよりこちらの方が重要だった。
指輪をケースごと回収する。
銅メダルは鞄へ入れる。
壊れた光操作ベルトも別のケースへ。
今日得たものを整理する。
三位。
銅メダル。
装備の実戦データ。
爆豪さんによって破壊された光操作ベルト。
そして。
『創造』。
『黒影』。
『コピー』。
三つの個性因子。
比べる必要もなかった。
帰宅後、培養設備を動かす。
最初に三試料を分離。
状態測定。
増殖条件の確認。
それから構造を見る。
今日見た発現情報と照合する。
特に『創造』と『コピー』。
あの二つは、今までの人工個性研究とは違う方向へ使える可能性がある。
まだ可能性でしかない。
だから調べる。
体育祭は終わった。
表彰も終わった。
私にとっては、ここからの方が重要だった。
私は鞄を持ち上げた。
中で銅メダルが小さく音を立てる。
その隣には、三つの個性因子が入ったケースがある。
帰ったら、まずそちらを開けることにした。