無個性は個性をつくる 作:匿名希望
体育祭が終わった日の職員会議は、普段より少し長くなった。
理由はいくつもある。
ヒーロー科の生徒の評価。
外部から来ていたプロヒーローの反応。
負傷状況。
競技運営。
表彰式で暴れかけた一位。
そして。
サポート科一年H組。
空木零司。
「で」
相澤が机に肘を置いたまま言った。
「結局、あれは何なんです?」
視線が俺に集まった。
俺は一度黙った。
その聞き方になるのも分かる。
「……どれだ」
「多すぎるから聞いてるんですが」
その通りだった。
浮いていた装備。
空中を動く装備。
遠くを見る装備。
血液を採取する指輪。
その他、ほとんど使わなかった装備も含めて約二十五個。
そして一番目立った。
光。
「まず言っとくが、全部検査は通してる」
「それは分かってる」
ミッドナイトが資料を見ながら言う。
「だから失格にもしてないし、競技中にも止めてないでしょう?」
「そういうことだ」
体育祭前。
空木が持ってきたケースを見た時点では、数が多いと思った。
二十五個。
サポート科の生徒が自作品を持ち込むこと自体は珍しくない。
体育祭はそういう場所でもある。
企業。
ヒーロー事務所。
サポートメーカー。
外部へ自分の技術を見せる機会。
発目なんかは、最初からそれが目的だ。
だから数だけなら、まだいい。
問題は中身だった。
俺は机の上の資料をめくる。
「光のベルトについては、普通の光学装置だと思わない方がいい」
プレゼント・マイクが首を傾げる。
「レーザー装置じゃねえの?」
「違う」
「でも光出してただろ?」
「だから面倒なんだよ」
言いながら、自分でも妙な説明だと思う。
「機械でレーザーを出してるんじゃない。個性因子を組み込んでる」
一瞬、会議室が静かになった。
検査時には必要な範囲で報告を上げている。
ただ、体育祭当日に動いているところを直接見た教師の方が多い。
「つまり……」
オールマイトが口を開く。
「空木少年本人の個性ではないが、ベルトに個性が入っている?」
「本人の説明ではそうだ」
「人工的な個性を、サポートアイテムへ?」
「そうなる」
俺は映像を止める。
芦戸との試合。
光の壁が出ている場面。
「こいつをサポートアイテムと呼んでいいかは、ちょっと怪しい」
「学校への申請上はサポートアイテムでしょう?」
根津校長が言った。
「そうなんだがな」
俺は映像を少し進める。
壁。
足場。
光弾。
閃光。
細いレーザー。
鞭状の光。
形状が変化していく。
「外側から見た性能だけなら、ほとんど個性そのものだ」
誰もすぐには否定しなかった。
俺も、検査前はもう少し機械寄りだと思っていた。
個性因子を使う。
その説明自体は聞いた。
だが実物を見るまでは、
個性因子をセンサーに使う。
出力補助に使う。
既存のサポート技術と組み合わせる。
そのくらいだと思っていた。
違った。
光を出す機能の本体そのものが個性だった。
ベルトはそれを維持し、制御し、人間が使えるようにするための器に近い。
「本人が無個性なんだよな?」
プレゼント・マイクが聞く。
「生来はな」
「それで個性入りベルト自作して三位?」
「結果だけ言えばそうなる」
「サポート科って何だっけな!」
「サポート科だ」
「今日見た感じ、ヒーロー科よりヒーロー科してた瞬間あったぞ!」
「本人に言うなよ。面倒になる」
ヒーロー科へ移りたいなどと言い出す心配はしていない。
むしろ逆だ。
空木は設備が良いから雄英を受けた。
サポート科を選んだ理由もそこ。
ヒーローになりたいとは、一度も聞いていない。
体育祭三位になっても、本人が一番気にしていたのは壊れた装備だった。
いや。
壊れた装備より、別の何かを気にしていたようにも見えた。
そこはよく分からない。
◇ ◇ ◇
「騎馬戦の方は?」
相澤が聞いた。
映像が変わる。
空木。
心操。
尾白。
庄田。
四人の騎馬。
これはこれで妙だった。
「尾白と庄田がおかしかった理由は、心操だろ」
俺が言う。
相澤も頷く。
「個性は洗脳。返答させるのが発動条件だ。二人はそれを受けていたと考えれば動きは説明できる」
「心操君が空木君の指示を受けて、二人へ中継していたように見えたね」
根津校長が映像を見る。
「役割分担としては合理的だ」
「少なくとも空木の持ち込み品に、洗脳する装備はない」
俺は資料を指で叩く。
二十五個。
全部、検査している。
機能説明も受けた。
もちろん、俺が個性因子技術そのものを完全に理解しているわけじゃない。
だが、申請された機能の中に他人を洗脳する装備はなかった。
だから。
尾白と庄田。
それに心操の動きまで含めて、空木が精神操作していたとは誰も考えていなかった。
心操自身が自分の個性で二人を支配する。
全体の判断は空木。
心操が命令を中継。
映像だけなら、それで十分説明できる。
むしろ。
「こっちの方が気になるな」
相澤が映像を止めた。
八百万の手へ空木が触れる。
すぐ離れる。
次。
常闇。
首元へ接触。
離れる。
次。
物間。
手首へ触れる。
離れる。
鉢巻には行かない。
三回とも。
「何だ、これ」
プレゼント・マイクが言った。
「俺も当日見てて思った」
俺は答える。
「騎馬戦なのに、鉢巻を取れる距離まで行って本人に触って帰ってくる」
「三人とも?」
「そうだ」
「狙いがあるようにしか見えないわね」
ミッドナイトが言う。
「まあ、あるだろうな」
ただし。
俺たちの知っている範囲で考えるなら、答えはそこまで変なものにはならない。
俺は別の資料を出した。
「採血用の指輪」
検査済み。
「接触した対象から微量の血液を取得する人工個性が入ってる」
「競技中に使ってたの、それ?」
「ああ」
「目的は?」
オールマイトが聞く。
「申請上は防御研究」
俺は読み上げる。
「微量血液から個性因子を解析して、一時的な耐性を得る」
「なるほど」
ミッドナイトが映像を見る。
「じゃあ八百万、常闇、物間に触っていたのも?」
「試作品の機能確認じゃないかとは思ってる」
それ以上は分からない。
三人に何か共通点があるのか。
違う系統の個性で耐性装置を試したかったのか。
採血機能そのものの動作確認なのか。
別の装備と組み合わせていたのか。
空木なら、そのくらいはやる。
体育祭を実地試験として使っていたのは、決勝トーナメントを見ても明らかだった。
芦戸相手には光壁。
酸が乗った時の足場。
爆豪相手には壁の耐久。
展開速度。
本人は試合中でも普通にデータを取っていた。
騎馬戦で試作品の機能を確かめていても、不思議ではない。
「血を取る装備を体育祭へ持ってきてる時点で十分変だけどね」
ミッドナイトが言う。
「そこは検査で散々言った」
俺は答える。
「取得量に上限。競技外使用禁止。危険な接触は禁止。異常があれば即停止。その条件で許可した」
「で、その血は?」
相澤。
「本人の説明では、その場で因子を解析して耐性用の装置へ使う」
「保存は?」
「そこまでは申請されてない」
俺は答えた。
だから、俺たちは知らない。
採った血液を長期保存できることも。
培養できることも。
そこから個性因子を複製できることも。
当然、この場でそんな話は出ない。
学校側が把握しているのは、
採る。
解析する。
一時的な防御へ使う。
そこまでだった。
「心操にも使っていたな」
相澤が言う。
「チームを組む前に」
「ああ。あれは分かりやすい」
俺は頷く。
「精神干渉への一時耐性を取ったんだろう。心操の個性を推測してたみたいだからな」
「実際、心操の洗脳は空木には効かなかったように見えた」
「なら申請用途どおりだ」
少なくとも、教師側からはそう見える。
その後に心操が妙に素直に空木の指示へ従っていたとしても。
騎馬戦という団体競技なら、指揮役を一人に絞ること自体はおかしくない。
それに。
心操は尾白と庄田を自分の個性で動かしている。
心操が指示を出し。
空木が方向を決める。
それだけなら、単なる作戦だった。
◇ ◇ ◇
「問題行動は?」
根津校長が聞く。
俺は資料を見る。
「今のところ、体育祭中の規定違反はない」
「装備は?」
「全部検査済み」
「出力制限は?」
「守ってる」
「採血量?」
「規定値以内」
「爆豪戦の降参?」
「自由だ」
「なら競技面では問題なしだね」
そうなる。
実際、厄介なのは空木が規則を破っていないことだった。
問題児なら注意すればいい。
危険な装備を無断で持ち込んだなら没収できる。
人を怪我させたなら指導する。
だが。
申請する。
検査を受ける。
条件を守る。
競技中も安全出力。
必要がなくなれば降参。
本人なりにはかなり真面目だった。
「サポート科の課題ではどうなんだ?」
相澤が俺に聞く。
「普通」
「普通?」
「ものすごく出来がいいという意味で普通だ」
自分でも変な説明だと思う。
「要求仕様を守る。期限を守る。安全設計もやる。整備性も考える。余計な事故も起こさない」
一瞬。
発目の顔が頭に浮かぶ。
比較対象が悪い気もする。
「少なくとも、手のかからない生徒だった」
「だった?」
ミッドナイトが拾った。
「今も授業ではそうだ」
俺は言い直す。
「ただ」
体育祭の装備検査。
そして今日。
「授業で見せてたものが、あいつの専門じゃなかった」
これが一番大きい。
学校課題で空木が出していたのは機械だった。
回路。
構造。
材料。
制御。
普通のサポート工学。
かなり高水準だが、理解できる。
今日見せたものは違う。
個性因子。
人工個性。
それを装備へ搭載。
外側のケースや制御は機械だが、その中心には個性そのものがある。
「隠してたってこと?」
プレゼント・マイクが聞く。
「本人にそのつもりがあるかは怪しい」
俺は答えた。
装備検査の時に聞いた。
どうして普段の課題で出していなかった。
答えは、
必要がなかったから。
だった。
あいつなら本当にそれだけだろう。
「授業で人工個性を使う必要がなかったから使わなかった」
「普通は使えるなら言いたくならない?」
「空木にその普通を期待するな」
「ひどくない!?」
「教えてる俺が言ってるんだ」
◇ ◇ ◇
オールマイトが映像を見る。
光壁。
芦戸の酸を受け流す。
次。
常闇の黒影を強い照明で弱らせる。
次。
爆豪に壁を破壊される。
「しかし、本当に不思議な技術だね」
「何がだ?」
「これはもう、サポートという言葉で括るには……」
オールマイトが少し考える。
「使用者へ別の個性を一つ渡しているのに近い」
その表現が一番近い。
「俺もそう思う」
だから検査中、途中から見るところが変わった。
最初は部品。
安全率。
重量。
固定方法。
普通のサポートアイテムを見る感覚だった。
光ベルトに関しては違った。
ベルトの性能を見るというより。
そこに入っている『光を生成し操作する個性』そのものの挙動を見ていた。
「本人は無個性なんだろ?」
相澤がもう一度確認する。
「ああ」
「じゃあ、実質的には自分で個性を用意したわけか」
「装備だから本人の生来の個性になったわけじゃないがな」
「戦闘で使う側からすれば、違いは小さい」
それもそうだった。
ベルトを装着する。
起動する。
光が出る。
本人の意思で操る。
壁。
足場。
光弾。
レーザー。
競技中の相手から見れば、
個性持ちと戦っているのとほぼ変わらない。
違いが出たのは爆豪戦だ。
装備だから、壊せる。
爆豪はそこを見抜いた。
「だから爆豪はベルトを潰した」
相澤が言う。
「正解だな」
俺も頷く。
「身体に個性があるなら本人をどうにかするしかない。外付けなら機器を壊せばいい」
「サポートアイテムとしての弱点は残っていると」
根津校長が言う。
「今のところはな」
今のところ。
自分で言ってから、少し嫌な感じがした。
空木なら、その弱点を認識している。
認識していて放置するタイプではない。
今日の試合で爆豪に破壊された。
なら、次は何か変えるだろう。
ただ。
何を変えるのかまでは分からない。
◇ ◇ ◇
「今後の扱いは?」
ミッドナイトが聞いた。
根津校長は少し考える。
「現時点では、通常どおりでいいだろうね」
「通常?」
「彼は規則を守っている。装備も事前提出した。危険性のあるものには使用条件を付け、それも守った」
その通り。
「専門分野が一般的でないこと自体は、指導対象ではない」
「まあ、サポート科だしな」
俺が言う。
変わった技術を作るなと言う学校ではない。
むしろ逆だ。
「ただし」
根津校長が続ける。
「パワーローダー」
「何だ」
「彼が個性因子を使う装備を学校へ持ち込む場合、今までどおり安全情報は提出させてほしい」
「それはやる」
「製法そのものまで提出させる必要はないよ」
少し意外だった。
「いいのか?」
「今の段階では、ね」
根津校長は笑っている。
「彼が何をどこまでできるのか、僕たちもまだ把握していない」
その言葉で会議室が少し静かになる。
事実だった。
体育祭前まで。
俺が空木へ持っていた印象は、
非常に優秀。
大人しい。
課題を正確にこなす。
手がかからない。
それだけだった。
今日。
人工個性。
二十五個の装備。
光。
採血。
精神干渉への耐性。
浮遊。
推進。
サポート科から体育祭三位。
増えた。
しかし。
それでも、これで全部だとは思えない。
根津校長も同じらしい。
「空木君は、自分から必要のない能力を見せるタイプではないようだからね」
「隠してるって意味か?」
オールマイトが聞く。
「少し違うかな」
根津校長は答える。
「本人にとって必要がないから、出していない。おそらくその方が近い」
俺は装備検査の時を思い出す。
授業の課題では個性因子技術を使う必要がなかったので。
本人はそう言った。
本当に。
それだけだったのだろう。
「だからこそ」
根津校長が続ける。
「こちらも、見えていないものを勝手に決めつけない方がいい」
危険人物だと決めつける理由もない。
安全だと決めつける理由もない。
今分かっているものを見る。
必要な安全確認をする。
それだけ。
妥当だった。
◇ ◇ ◇
会議が終わりかけたところで、プレゼント・マイクがまた映像を戻した。
「でもよー」
「まだ何かあるのか」
「コレ」
八百万へ触れる。
逃げる。
常闇へ触れる。
逃げる。
物間へ触れる。
逃げる。
三回。
「やっぱ変じゃね?」
「変ではある」
俺は認めた。
「だろ!?」
「でも試作品を二十五個も持ち込んだ奴だぞ」
「あー」
「競技中に何か試してても、別に驚かん」
「納得させられるのが悔しい!」
実際。
俺も気にはなっている。
なぜあの三人だったのか。
なぜ鉢巻を取らずに触ることを優先したのか。
採血装置を使ったなら、何の耐性を試したかったのか。
知っている範囲で考えれば。
体育祭用に持ち込んだ試作品を、実戦環境で試した。
それで終わる。
「後で使用報告だけ出させる」
「それでいいんですか?」
相澤。
「検査条件の範囲で使ってるならな」
「そうですね」
相澤もそれ以上追及しなかった。
◇ ◇ ◇
会議終了。
資料をまとめる。
空木零司。
サポート科一年H組。
生来無個性。
学校課題は非常に優秀。
体育祭三位。
個性因子研究。
人工個性搭載サポートアイテム。
光操作。
血液からの一時耐性。
約二十五個。
分かっていることだけでも、十分多い。
なのに。
俺の中では、体育祭前より分からない生徒になっていた。
前は簡単だった。
非常に優秀で、大人しい生徒。
今は。
非常に優秀で。
大人しくて。
言われた規則は守る。
その上で。
授業ではまったく見せていなかった分野を一つ持っている。
しかも、その技術で作ったものは。
もうサポートアイテムというより。
ほとんど、個性そのものだった。
「……何やってたんだ、あいつ」
小さい頃から研究していた、と言っていた。
どこで。
どうやって。
どこまで。
分からない。
ただし。
今の段階で問題を起こしているわけではない。
なら、教師としてやることは変わらない。
安全確認。
設備管理。
課題。
必要なら指導。
分からない部分は、分かったふりをしない。
俺は最後に体育祭の記録映像を閉じた。
少なくとも。
もう空木零司を、
ただの「手のかからない優等生」だと思うことはなかった。