無個性は個性をつくる 作:匿名希望
玄関を開けて、最初にしたことは銅メダルを置くことだった。
靴を脱ぎ、鞄を下ろす。メダルは机の端、壊れた光操作ベルトは別のケースへ。そして、体育祭で回収した三つの試料を取り出す。
八百万百。常闇踏陰。物間寧人。
保護用の個性は正常に維持されていた。保存状態も問題ない。
私は時計を見る。夕食を先に済ませるか少し考えた。培養だけ開始してからでいい。
試料は微量だ。解析に使い続けるなら、まず量を増やす必要がある。
これまでと同じだった。採取し、培養して観察する。小さく変更し、また培養する。安定したものだけ次へ進める。
まだ、好きな構造の個性因子をその場で作ることはできない。だから今も、研究は物理的な工程から始まる。
ケースを持って、研究機材を置いている部屋へ向かった。
家そのものは、入学した時からほとんど変えていない。空いている部屋も多い。大掛かりな加工設備を入れたわけでもない。
雄英へ進学した理由の一つが学校設備なのだから、今の段階で家を研究施設へ作り変える意味は薄かった。
ただ、中学生の頃から使っている培養設備、測定機器、保存機器、個性因子を扱うために自分で改造した小型装置。それらはある。
今回の最初の解析には十分だった。
私は三つの試料を並べる。
「まずは創造から確認しましょう」
体育祭が終わった日の夜、研究を始める。
◇ ◇ ◇
八百万さんの血液から個性因子を分離する。
培養用に一部、直接観察用に一部、予備保存。三系統。
操作自体は慣れている。採ったばかりの試料なので状態もいい。
培養槽へ入れ、温度、栄養条件、酸素、因子活性を調整する。私自身へ搭載している研究補助用の個性因子知覚も併用する。
機械の数値と、直接見える構造を照合する。
『創造』。
体育祭で見た現象は単純だった。身体から物体を生成する。しかも一種類ではない。形状も材質も変えられる。
それだけでも、今まで扱ってきた個性とはかなり違う。
私は既存の人工個性を作る時、元になる個性因子を必要とする。光なら光。浮遊なら浮遊。ジェットならジェット。
そこから構造を少しずつ変更する。出力、発動条件、対象、制約、安全性。一つずつ。
だが『創造』は、生成する対象そのものを変えられる。
私は拡大された構造を追う。
発動系、変換系、出力系、身体側との接続。そして、消費。
「やはり脂肪ですか」
体育祭で見た身体反応とも一致する。生成時に、使用者側の物質とエネルギーを消費している。
八百万さんの能力について、本人から詳細な説明を受けたわけではない。だが構造と発現時の変化を合わせれば、大まかには分かる。
身体内部の脂質。それを生成物へ変換する。
単純に脂肪を別物質へ化学変換しているわけではない。それでは元素組成が合わないものを作れない。
もっと根本的な変換が起きている。
物質構築。情報に基づいた再配列。
必要な構造を指定し、使用者側の資源を消費して、別の物質として出力する。
「かなり良いですね」
思っていたより良い。問題も分かりやすい。
第一、使用者の身体資源へ依存している。
大量生成すれば、それだけ使用者が消耗する。研究設備として使うなら不便だ。身体の脂肪量が生産能力の上限になる。
第二、生成対象に制限がある。
私は培養した個性因子へ刺激を入れる。既存の発動情報を模倣する。
反応。出力。生成対象を変えるための部分。
そこへ、生体由来物質の情報を与える。
細胞。反応しない。
別条件。血液。やはり拒否。
個性因子。さらに強く止まる。
「生物生成不可」
制約が構造として入っている。
能力不足ではない。作れないのではなく、作らないように止められている。
興味深い。
生体物質を生成対象へ指定した時点で、途中の処理が遮断される。何らかの安全装置なのか。個性の自然形成過程で生じた制約なのか。
そこまでは今は分からない。
ただ、研究に使うなら不要だった。
私は記録する。
脂肪依存。生物生成不可。
この二つを最初に変える。
◇ ◇ ◇
脂肪依存の方から考える。
必要なのは、物質とエネルギー。生成物の構成そのものは『創造』側が行う。
なら、入力を使用者の脂肪だけへ固定する理由はない。少なくとも研究用に改造するなら。
光、熱、電気。周囲には利用できるエネルギーがいくらでもある。
まず外部エネルギーを取り込む。変換し、一時蓄積して、生成機構へ渡す。
ただしエネルギーだけでは物質量の問題が残る。元の『創造』が、脂肪そのものをどの程度物質資源として使い、どの程度エネルギー源として使っているかを分けて確認する必要がある。
測定し、刺激を与え、生成させる。質量変化を確認して再測定する。
一度では足りない。条件を変える。生成物の種類も変える。単純な物質、複雑な構造。同じ質量でも必要量が違うか。
結果を見る。
「情報量ではなく、主に生成量ですね」
複雑な構造を作るほど消費が極端に増えるわけではない。少なくとも今回の範囲では。
重要なのは質量と変換時の負荷。
なら、外部からエネルギーを取る仕組みは組める。
光を吸収する個性因子。熱を吸収する個性因子。既存のものがある。
それをそのまま混ぜるわけではない。『創造』側の入力経路へ接続できるように段階的に調整する。
今日は設計。明日以降、小改変して培養し、安定化させる。それを繰り返す。
一度で大きく変えれば、どこが壊れたか分からなくなる。これまで何度もやってきた方法だった。
ただ、完成した場合の影響は、今までより大きい。
使用者の脂肪だけに依存しない。外部の光や熱を取れる。蓄積しておける。必要な時に物質生成へ使える。
そこまで行けば、生成量の制限はかなり変わる。
「家の設備も増やせますね」
口にしてから、私は部屋を見る。
今は既存の研究機材だけ。必要な装置を買う。運ぶ。設置する。調整する。それが普通だ。
でも、『創造』が十分な物質生成能力を持つなら、必要な材料そのものを作れる。
部品も、構造材も、研究設備も。
もちろん設計図は必要だ。知らない機械が勝手に生えるわけではない。精度も確認する必要がある。
だが、可能性はある。
今すぐ家を改造するつもりはない。能力そのものがまだ完成していない。
先に個性を作る。設備の話はその後だった。
◇ ◇ ◇
次、生物生成不可。
こちらはもっと直接的だった。制限機構がある。なら、その部分を外す。
簡単に言えばそれだけ。実際には、それで終わらない。
制限を外しても、生体物質の構造情報を正しく処理できなければ意味がない。細胞一個でも複雑だ。
血液、タンパク質、細胞膜、核、DNA。さらに個性因子。
私が欲しいのは特に最後だった。
個性因子を生成できるなら、培養によって増やす必要がなくなる可能性がある。
今は、試料を採る。培養する。量を増やす。安定化する。時間がかかる。
もし構造さえ指定できれば、『創造』で個性因子を直接生成できるなら、工程を一つ飛ばせる。
私は少し手を止めた。
それだけではない。
今は血液から因子を取っている。元になるものが必要。
しかし個性因子そのものを生成できるなら、理論上は、設計した構造をそのまま物質として出せる。
ただし、まだそこへは行けない。
私は記録に線を引く。
『創造』には物質を作る能力がある。
でも、存在しない個性因子の設計図を、どう能力側へ渡すか。そこが別問題だ。
今の『創造』は、使用者が理解した物質を生成する。だが、私が人工個性として設計した複雑な因子構造を、そのまま出力対象へ指定できる保証はない。
生成能力と設計情報。二つは別。
だから、『コピー』。
私は隣に保存してある物間さんの試料を見る。
あちらも調べる必要がある。接触した他人の個性へ、自分の因子状態を合わせる。
もし構造変換機能を利用できるなら、設計情報の側を処理できる可能性がある。
ただし、それは明日以降。
今日は『創造』。順番にやる。
◇ ◇ ◇
生体物質の制約部分をさらに追う。
発動時、対象情報の判定、禁止条件、停止。
私は一部だけを複製し、培養皿を分ける。元の試料は残す。
改変用、比較用、対照。三つ。
制限機構を直接壊すのではなく、まず判定閾値を変える。生体由来でも単純な物質なら通す。
いきなり細胞ではない。既存の構造に近いものから。
小改変。因子へ処理。反応。
一部不安定化。失敗。廃棄。
次。
変更量を減らす。培養。安定。刺激。反応。
今度は維持。ただし生成までは行かない。まだ制限が残っている。
「こちらですね」
位置を絞る。
一つの機能に見えても、制限は一か所ではない。入力段階、生成情報処理、出力直前。複数。
自然発生した個性は、私が設計した装置のように分かりやすく整理されていない。
不要な迂回、重複、発生過程の名残。それらがある。
だから面白い。
私は時間を見る。日付が変わりかけていた。
夕食をまだ食べていない。研究を続けることはできる。ただ、空腹で効率が落ちる。培養待ちもある。
私は装置へ次の条件を設定してから席を立った。
冷蔵庫。簡単に食べられるもの。加熱。食事。
その間も頭の中では構造を整理する。
脂肪、外部エネルギー、蓄積、生成、生体制限、解除、個性因子。
戻った頃には、培養槽の一つが次の測定へ進める状態になっていた。
◇ ◇ ◇
体育祭前まで、私は人工個性を一つ作るために、元の個性を少しずつ変更してきた。
一度変える。培養する。安定するか見る。次へ。
その繰り返し。
光操作ベルトもそうだった。
最初から、照明、閃光、レーザー、光弾、壁、足場、鞭、刃を自由に使える個性が存在したわけではない。
元になる光系因子を調整した。何度も。
それでも、元の性質から大きく離れるほど時間がかかる。
『創造』の改造も同じだ。むしろ今回の変更は大きい。
エネルギー源を変える。生成可能対象を変える。個性の根幹へ触れる。
一晩で完成させるのは無理だった。
だから今日は、構造を把握する。変更箇所を決める。最初の小改変を入れる。
それで十分。
私は新しい培養皿を確認した。
改変した因子は生きている。崩壊していない。元の『創造』の主要構造も維持。
ただし、まだ外部エネルギーは使えない。生体物質も作れない。
入口を一つ変えただけ。
ここから次の変更。培養。また次。
時間がかかる。今までと同じ。
「しばらくは仕方ありませんね」
それでも、今回は終点が見えている。
外部エネルギーを使う『創造』。生体物質を作れる『創造』。
血液、細胞、そして個性因子。
そこまで通す。
完成すれば、研究に必要な物質を自分で作れる。今までより桁違いに便利になる。
私は記録を保存する。
その横に、新しい欄を作った。
『コピー』
明日は、こちらを見る。
『創造』だけでは足りない。物質を作れても、作るべき個性因子の構造を自由に指定できなければ、まだ任意の人工個性は作れない。
だから次は、他者の個性へ合わせて自分の因子を変える能力。
物間寧人の『コピー』。
私は保存容器の中にある二つ目の試料を見る。
体育祭で三つ採った。一つ目だけでも、すでに今までの研究方法を変えられる可能性がある。
残りも調べる価値がある。
時刻は遅い。培養には時間が必要。今日はここまででも進行は止まらない。
装置は動き続ける。
私は最後に『創造』の培養状態を確認した。
問題なし。
まだ完成していない。まだ何も自由には作れない。
ただ、どこを変えればいいかは分かった。
それなら、後は一つずつ変えていけばよかった。