無個性は個性をつくる 作:匿名希望
翌朝。
起きて最初に確認したのは、『創造』の培養槽だった。
昨夜入れた最初の小改変。状態は安定し、増殖にも大きな異常なし。ただし、まだ元の機能からほとんど変わっていない。
外部エネルギーを利用できるわけでもない。生体物質を作れるわけでもない。入口を少し変えただけだ。
予定通り。
私は測定値を保存し、培養を継続させる。次の変更は、十分増えてから。急ぐ必要はない。
そこで隣を見る。
物間寧人。昨日は手を付けなかった試料。
『コピー』。
「今日は、こちらですね」
◇ ◇ ◇
物間さんの血液も、『創造』と同じように分ける。
保存、培養、解析。
元試料は可能な限り残す。失敗しても戻れるようにするためだ。
因子を分離し、機器で測定。個性因子知覚を重ねる。
最初に分かったのは、構造の変化がかなり大きいことだった。
普通の個性なら、炎を出す、身体を硬くする、浮く、光を作る。個性因子の中に、それを行うための基本構造が存在する。
当然、実際にはもっと複雑だが、出力される現象と因子の機能にはある程度の対応がある。
『コピー』は違う。
この因子自体には、炎を出す構造も、硬化する構造も、他人の具体的な個性機能も、固定された形では入っていない。
代わりに、外から情報を取る部分、取り込んだ情報を保持する部分、そして自分側の状態を変える部分。その三つが目立つ。
「やはり、こちらが本体ですか」
障害物競走で見た時から考えていた。
物間さんは接触した相手の個性を再現していた。なら、『コピー』という個性の本質は、他人の能力を大量に内蔵していることではない。
接触した相手を見本にして、自分の個性因子の状態を、相手と同じ機能を発現できる形へ一時的に変えること。そう考える方が自然だった。
今、実物を見て、その可能性がかなり高くなった。
◇ ◇ ◇
私は培養した因子へ刺激を入れる。
本来の発動条件を完全に再現するのは難しい。生体内では、接触情報、相手側の個性因子、神経系、その他の条件が連動する。
だから一つずつ見る。
まず、接触に反応する部分。次に、対象側の個性因子情報を読み取る部分。そこから後の内部の状態変化。
測定値が動く。
自分自身の因子構造を壊しているわけではない。もっと一時的だ。
基礎構造を残したまま、発現側の状態を読み取った相手へ合わせる。そして一定条件の後、元へ戻る方向の機構が動く。
「変換と復元」
記録する。
接触、読取、変換、維持、復元。大まかにはこの順番。
『コピー』という名前は、結果だけを見れば正しい。
ただ、研究に使いたいのはコピーそのものではなかった。
重要なのは、他者の個性構造を読み取り、それに合わせて個性因子の状態を変えられること。
変換機構。こちらだった。
◇ ◇ ◇
私は既存の人工個性を一つ取り出した。体育祭で使ったものではない。
以前から研究用に保管している単純な因子。構造は全部分かっている。
出力、条件、制約。既知。
これを比較対象にする。
『コピー』側。既知因子側。二つを並べる。
物間さんの個性なら、本来は人間へ接触し、その人間の個性情報を取る。
でも、欲しいのはそこではない。
「相手は必要ありませんね」
私は接触検知部分を見る。
不要。
対象個性の自動読取。これも、そのままでは不要。
欲しいのは、読み取った後、得られた構造へ自分を合わせる部分。
なら、入力を変える。
他人の身体から読むのではなく、私が指定する。
◇ ◇ ◇
個性因子を研究する時、私は構造を記録している。
どこが発動条件か。どこが出力か。どこが対象指定か。どこが制約か。どこが安全装置か。
完全な個性なら、それぞれの関係まで。
今までは、それを見ながら実際の因子へ少しずつ手を加えてきた。
変更する。培養する。確認する。また変更する。
設計情報はある。ただし、その情報から個性因子を直接作る方法がない。
だから物理的な試料へ、一つずつ変更を加えている。
昨日の『創造』は、物質を作る能力だった。
生物生成の制約を外せば、個性因子そのものを作れる可能性がある。
でも、作る能力があっても、何を作るか指定できなければ意味がない。
そこに、『コピー』。
私は二つの構造を並べて表示する。
元の『コピー』は、接触した人間を設計図として使う。相手の個性因子を読み、その状態を見本にして、自分を合わせる。
なら、人間を見本にする必要をなくせばいい。
代わりに、私が作った設計図を見本にする。
◇ ◇ ◇
設計図。
と言っても、紙に線を描けば個性になるわけではない。
個性因子の状態そのものを記述した情報。
発動条件、作用、対象、出力、制約、維持、停止、副作用。
それぞれを、どの構造が担当するか。どう接続するか。
私は既存因子を解析する時、すでに似たことをしている。
違うのは、今まではその記録を私が見て、私が因子へ変更を加えていたこと。
それを、『コピー』自身にやらせる。
「こちらの方がいいですね」
接触対象は不要。生体からの自動読取も不要。一時的な他者模倣も目的ではない。
残すものは、因子状態の読み込み、構造対応、変換。これを中心にする。
入力は、指定した因子設計図。
出力は、その設計図と同じ状態へ変換された個性因子。
かなり形が変わる。
元の能力をそのまま強くする改造ではない。機能を抜き出し、用途を変える。
◇ ◇ ◇
問題は三つあった。
一つ目。
元の『コピー』は、実物の個性因子を見本にする。実物なら情報が足りないということはない。目の前に完成品があるからだ。
私の設計図は違う。私が間違えれば、その間違った構造へ変換しようとする。
「それは問題ありませんね」
自分で確認すればいい。
むしろ、必要な機能だった。勝手に補完される方が困る。
私が指定した構造を、指定したまま作る。安全装置を書かなければ安全装置なし。制約を入れれば制約あり。
その方が設計技術として扱いやすい。
二つ目。
元へ戻る機構。
物間さんの『コピー』は一時的。だから本来の状態を保持しておき、後で戻る必要がある。
今回の用途では邪魔だった。
個性因子を設計状態へ変えた後、時間が来たから元に戻られては困る。
ただし、完全に復元機構を消していいかは別。
変換に失敗した時。不安定化した時。途中状態を破棄できる方が安全。
自動復元ではなく、制御された中断機構として使える。
三つ目。
変換対象。
元の能力では、物間さん本人の個性因子状態を変える。
私が欲しいのは、培養中の因子、装備へ搭載する因子、将来的には『創造』で新しく生成する因子。
つまり、自分自身だけではなく、指定した個性因子を変換対象にする必要がある。
ここは大きな変更になる。すぐにはできない。
◇ ◇ ◇
私は一つずつ実験する。
まず接触条件。完全に外さない。閾値を緩める。
通常なら、生体への接触から始まる部分へ機器から疑似入力。
反応。失敗。
因子の一部が不安定化。保存していた予備には影響なし。廃棄。
二つ目。
入力経路を変える。
今度は反応する。ただ、変換側まで届かない。
「ここで本人確認もしていますね」
接触した何かなら何でもコピーするわけではない。相手側の因子情報を取得した後、それが変換可能な形か判定している。
なら、設計図入力も同じ判定形式へ変換する必要がある。
機械側から渡す情報形式を合わせる。
もう一度。
反応。
今度は変換機構が動いた。ほんの一部、因子構造が変わる。
すぐ元へ戻る。
「成功ですね」
完成ではない。狙った個性になったわけでもない。
構造の一部を、外部から指定した状態へ動かせただけ。
だが、重要なのは、他人へ触れていないこと。
実物の別個性も読み取っていない。
私が指定した情報だけで、『コピー』の変換機構が動いた。
入口は作れる。
◇ ◇ ◇
次に、既知の因子構造から、ごく小さな部分だけを設計情報として渡す。
発動機能そのものではない。識別しやすい構造。失敗しても危険が少ない部分。
変換。一部一致。復元。
もう一度。指定量を少し増やす。
不安定化。中止。記録。
条件変更。再試行。
全体を一度に変える気はない。それをすれば壊れる。
今までと同じだ。
小さく変更し、確認して培養する。そして次。
ただ、以前との違いが一つある。
最終的にこの機構が完成すれば、一つ一つを私が手作業で変更する必要がなくなる可能性がある。
設計図を作る。『コピー』へ与える。因子が指定状態へ変わる。
昨日の改造『創造』が完成すれば、個性因子そのものを必要量作る。
その因子を、改造『コピー』で設計状態へ変える。
私は一度、手を止めた。
順番を考える。
設計。変換。生成。
あるいは、生成しながら変換。
組み合わせ方はいくつかある。まだ決めなくていい。二つとも完成していない。
ただ、必要な部品は見えた。
◇ ◇ ◇
今まで、人工個性を作るには元になる個性が必要だった。
光を変えるなら光系因子。浮遊を変えるなら浮遊系因子。精神干渉耐性を作るにも、元になる精神系因子。
そこから段階改造。
私はかなり自由に変えられる。しかし、ゼロから何でも作れるわけではなかった。
元の構造に引っ張られる。変更量が大きいほど時間もかかる。不安定化も増える。
それが今までの方法。
『創造』と『コピー』を作り変えれば、その制約を外せるかもしれない。
物質としての個性因子は『創造』。構造を指定状態へ変えるのは『コピー』。
なら、元になる個性が存在する必要がない。
必要なのは、私が構造を設計できること。それだけ。
「……かなり変わりますね」
研究方法そのものが。
血液を集める意味。培養する時間。既存因子を少しずつ改造する必要。
全部、今とは違う形になる可能性がある。
まだ可能性。
ここで完成したことにしてはいけない。
今できたのは、『コピー』へ外部設計情報を入力できそうだと確認したこと。それだけ。
でも、それで十分だった。
◇ ◇ ◇
昼前。
私は一度研究を止めた。学校がある。
雄英へ遅刻してまで続ける必要はない。培養は自動で進む。帰ってから続きをやればいい。
『創造』一系統。『コピー』一系統。
両方とも改変途中。別々の培養槽。比較用の元因子も保存。
私は装置の状態を確認する。問題なし。
朝食の片付け。制服。鞄。
体育祭の銅メダルは机の端に置いたままだった。持っていく理由はない。
家を出る前に、研究記録をもう一度見る。
『創造』
使用者脂肪への依存を外す。外部の光、熱等からエネルギー取得。蓄積。生体物質生成制限解除。
細胞。血液。個性因子。
『コピー』
接触対象依存を外す。他者個性の自動読取を、指定設計情報入力へ変更。一時複製ではなく、指定因子構造への変換。
自動復元は安全用の中断機構へ再設計。変換対象を本人だけに固定しない。
変更点は多い。一日では終わらない。
それでも、昨日までとは違う。
何を作るか。どこを変えるか。その先に何ができるか。
かなりはっきりしている。
あとは、小さく変える。培養する。安定を確認する。また変える。
これまで何度もやってきた方法を、もう一度続ければいい。
ただし、おそらく、この方式で大規模な人工個性改造をするのは、これが最後になる。
私は研究室の照明を落とした。
培養装置だけが動き続ける。
一週間もあれば、かなり進められるはずだった。