無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第25話 個性をつくる

完全新規。

 

前日の最後に入力した文字が、画面に残っている。

 

私は椅子へ座り、その下へ新しい項目を追加した。

 

最初に決めるのは能力名ではない。名前は後でいい。必要なのは構造だった。

 

何を条件に発動するか。何へ作用するか。何を起こすか。どの程度の出力にするか。どこで止めるか。失敗した時にどうなるか。

 

そこから決める。

 

今までとは違う。

 

これまでは、先に個性があった。光、浮遊、推進、精神干渉。

 

既存の個性因子を観察して、元の構造を見て、使える部分を残し、不要な部分を変える。

 

人工個性と呼んでいても、出発点には必ず何かがあった。

 

今回は、ない。

 

私は新しい設計欄だけを見る。

 

元個性、空欄。参照個性、空欄。採取試料、なし。

 

それで作る。

 

その確認だった。

 

◇ ◇ ◇

 

最初の試験なので、能力は単純な方がいい。強さも必要ない。

 

むしろ弱い方がいい。失敗した時に危険が少ない。発動したかどうかを外部から簡単に測定できる。既存の試料と取り違えた可能性も排除しやすい。

 

私はしばらく考えて、一つ決めた。

 

対象は、使用者が触れている無機物。

 

作用は、表面の温度を、ごく僅かに下げる。

 

発動条件は、意図的な起動中のみ。対象範囲は、接触点の周囲だけ。出力上限は、一度の発動では数度まで。

 

人体、生体物質は作用対象外。設定温度以下なら停止。一定時間経過でも停止。異常出力なら強制停止。

 

単純。

 

攻撃にはほとんど使えない。役にも立たない。

 

だからいい。

 

必要なのは便利な個性ではない。今まで存在していた因子を元にせず、私が先に仕様を決め、その仕様どおりの個性因子を作れるかどうか。

 

その確認。

 

名称欄には仮に、

 

『微冷却』

 

と入れた。

 

少しそのまますぎるが、試験用なので問題ない。

 

◇ ◇ ◇

 

まず、個性因子として成立させるための基礎構造を置く。

 

発動入力、接触判定、対象判定、温度差検知、エネルギー移動、出力制御、停止、安全制御。

 

それぞれを接続する。

 

以前なら、この時点で近い個性を探していた。冷気、温度操作、熱移動。どれか。

 

そこから一番近いものを選ぶ。血液を採る。培養する。不要部分を削る。必要な機能を付け足す。

 

一週間。一か月。変更量によってはもっと。

 

今回はしない。

 

画面の中だけで構造を組む。

 

もちろん、画面に線を引けば個性が完成するわけではない。この設計を実物の個性因子へ変換するために、一週間かけて作った二つがある。

 

改造『コピー』。

 

改造『創造』。

 

私は保存容器を取り出した。

 

◇ ◇ ◇

 

先に『コピー』。

 

元は、接触した相手の個性情報を取得し、自分の因子状態を一時的に相手へ合わせる個性。

 

それを作り変えた。

 

もう人へ触れる必要はない。相手の個性を読む必要もない。

 

入力するのは、私が作った個性因子設計情報。それを読んで、指定された構造へ因子を変換する。

 

ただし、変換するためには、変換対象になる因子が必要になる。

 

そこで『創造』。

 

元は使用者の身体資源を使い、理解した物質を作る個性。今は違う。

 

外部の光、熱。そこからエネルギーを取得できる。蓄積できる。生体物質も対象にできる。個性因子も生成できる。

 

二つを別々に使うだけでも意味はある。

 

『創造』で因子を作る。『コピー』で設計状態へ変換する。

 

ただ、今日はその一連を一つの製造系として動かす。

 

私は装置の接続を確認する。

 

体育祭前まで使っていた培養装置とは、役割が違う。培養しない。元になる個性もない。

 

最初に『創造』へ、変換用の基礎個性因子を生成させる。特殊な能力を持たない、構造変換を受けるための土台。

 

生成。

 

個性因子知覚で確認する。

 

ある。正常。

 

次。

 

改造『コピー』へ設計情報を入力。

 

『微冷却』。

 

変換開始。

 

◇ ◇ ◇

 

変化はすぐだった。

 

昨日までなら、ここから待つ。小さく変える。培養。安定するまで待つ。また変える。

 

今日は違う。

 

設計情報を順番に処理する。基礎構造、発動部、対象判定、作用部、出力制御、安全系。

 

指定した順番で、因子構造が変わっていく。

 

私は手を出さない。見ているだけ。

 

途中で一度、処理が停止した。

 

接触判定と生体除外が競合している。

 

触れた対象を読む。その直後に生体かどうか判定する設計だったが、対象情報の取得範囲が広すぎた。使用者側まで判定対象へ入っている。

 

「順序が悪いですね」

 

設計を修正する。

 

接触先と使用者を先に分離。接触対象だけを分類。生体なら終了。無機物なら温度判定へ。

 

再入力。

 

今度は進む。

 

発動系、完成。作用系、完成。制限、安全機構。

 

最後。

 

変換終了。

 

私は時計を見る。

 

考えていたより短い。少なくとも、一週間ではない。

 

目の前には、さっきまで存在していなかった構造の個性因子がある。

 

「……できましたか」

 

まだ断定しない。

 

構造が設計図と一致しているだけだ。

 

個性は、動いて初めて意味がある。

 

◇ ◇ ◇

 

人体へ入れる必要はない。

 

私は以前から使っている人工個性用の試験装置を用意した。

 

個性因子を保持。起動信号を送る。対象と接触させる。出力を測定する。

 

体育祭用ウェアラブルの試験にも使ってきたもの。

 

そこへ、新しく作った因子を搭載する。

 

対象は、小さな金属片。

 

初期温度を測る。室温とほぼ同じ。

 

センサーを固定。

 

私は装置を起動した。

 

反応。接触判定。無機物。温度判定。

 

作用開始。

 

数値が下がる。

 

ゆっくり。

 

一度。二度。

 

設定上限。

 

停止。

 

私は画面を見る。温度は下がっている。それ以上は下がらない。

 

起動信号を一度切る。

 

再度。

 

今度は別の金属片。

 

同じ。

 

次。樹脂。

 

下がる。

 

次。水を入れた容器。

 

容器表面には作用する。中の水へ直接は届かない。

 

指定通り。

 

次。生体由来の試験材料。

 

起動。接触。判定。停止。

 

作用なし。

 

「問題ありませんね」

 

設計した通り。

 

私は出力を少し上げる。

 

上限内。動く。

 

下げる。動く。

 

異常値を疑似入力。強制停止。復帰。

 

問題なし。

 

『微冷却』。

 

機能している。

 

◇ ◇ ◇

 

私は一度、既存の試料保管記録を開いた。

 

今まで集めた個性因子。中学以前から保存しているもの。研究協力で得たもの。段階改造の途中個体。完成済み人工個性。

 

比較。

 

今回作った構造。

 

一致するものはない。

 

当然だった。一致するように設計していない。

 

ただし、本当に重要なのはそこではない。

 

既存個性を元にしていないこと。

 

『創造』から出した変換用因子は、能力を持たない土台。

 

そこへ、私が作った設計情報だけを使い、『コピー』で構造を形成した。

 

冷却系の個性因子を採取していない。誰かの個性を複製していない。既存の人工個性を改造していない。

 

最初にあったのは、仕様だけ。

 

そこから、個性ができた。

 

「完全新規ですね」

 

言葉にして確認する。

 

別に何かが光るわけではない。警報も鳴らない。

 

ただ、できた。

 

◇ ◇ ◇

 

ただし、一個だけなら不足だった。

 

偶然。生成時の揺らぎ。別試料の混入。何かの誤認。

 

可能性を消す必要がある。

 

だから、二つ目を作る。

 

重要なのは、最初に作った個性因子を使わないこと。

 

増殖もしない。培養もしない。コピーもしない。

 

同じ設計図だけを使う。

 

私は一個目を隔離した。

 

装置内も確認。残留因子なし。

 

洗浄。再確認。

 

新しい製造開始。

 

改造『創造』。

 

外部エネルギー入力。

 

新しい基礎個性因子。

 

生成。

 

一個目とは別。

 

そこへ改造『コピー』。

 

同じ『微冷却』設計図。変更なし。

 

入力。変換。

 

今回は途中停止しない。一個目で修正した設計が、そのまま通る。

 

完成。

 

私は二つを並べた。

 

第一個体。第二個体。

 

個性因子知覚で構造を見る。

 

同じ。

 

機器測定。

 

同じ。

 

細部比較。

 

同じ。

 

試験装置へ二個目を搭載。

 

同じ材質。同じ初期温度。同じ接触条件。

 

起動。

 

温度低下。停止温度。時間。出力曲線。

 

記録。

 

一個目の結果を重ねる。

 

ほぼ重なる。

 

測定誤差の範囲。

 

私は条件を変える。

 

対象材質。初期温度。連続起動回数。安全停止。

 

全て、同じ。

 

「再現できますね」

 

一個目を作った後、その一個目を元にして二個目を複製したわけではない。

 

同じ設計から、別々に、同じ個性ができた。

 

それが重要だった。

 

◇ ◇ ◇

 

私は椅子へ座る。

 

画面には二つの測定結果。重なった線。

 

机の上には二つの人工個性因子。同じ構造。同じ機能。同じ制約。

 

今までなら、人工個性は生き物に近かった。

 

元になる個性がある。そこから少しずつ育てる。変更する。安定するまで待つ。個体差も確認する。失敗すれば戻る。

 

今回、設計図が先にある。

 

その通りに作る。

 

もう一度同じものが必要なら、また同じ設計を使う。製造する。

 

工業製品に近い。

 

もちろん、個性因子そのものは生体的な構造を持つ。扱いに注意も必要。

 

複雑な個性を作るなら、設計も検証も今より遥かに難しくなる。『強い個性』と入力すれば強い個性が出てくるわけでもない。

 

欲しい現象があるなら、それを実現する構造を私が考える必要がある。

 

例えば、発動条件を間違えれば動かない。出力系を過剰にすれば壊れる。対象指定が曖昧なら意図しないものへ作用する。

 

安全機構を書かなければ、勝手には生えない。副作用が出る構造なら、副作用もそのまま発生する。

 

設計できるものだけ、作れる。

 

それでも、昨日までとは違った。

 

◇ ◇ ◇

 

私は研究記録を開く。

 

人工個性製造。

 

従来方式。

 

既存因子取得。培養。解析。段階改造。培養。安定化。再改造。繰り返し。

 

新方式。

 

設計。生成。変換。完成。

 

その差を見る。

 

一週間。

 

今回の改造『創造』と改造『コピー』を作るのに必要だった時間。

 

その一週間さえ、この二つを作るための最後の旧方式だった。

 

これから、例えば別の単純な人工個性を一つ作るとして。

 

近い個性の持ち主を探す必要はない。血液を採る必要もない。培養して量を増やす必要もない。元個性の制約に引っ張られる必要もない。

 

私が構造を設計できれば、作れる。

 

そして、同じ設計なら、二つでも三つでも、必要な数だけ同じものを作れる。

 

私は二つの『微冷却』を見た。

 

大した能力ではない。

 

手で触れた無機物を少し冷やす。それだけ。

 

体育祭なら、ほとんど役に立たないだろう。ヒーロー活動にも大した価値はない。販売しても需要は小さい。

 

でも、今まで作ったどの人工個性より、研究上の意味は大きかった。

 

なぜなら、これは誰かから取った個性ではない。

 

誰かの個性を強くしたものでもない。誰かの個性を弱くしたものでもない。複数の個性を混ぜたものでもない。

 

私が最初に決めた仕様から、個性因子そのものを作った。

 

◇ ◇ ◇

 

私は少し考える。

 

子供の頃、無個性だと言われた。

 

個性がない。それだけで、周囲の期待が変わった。

 

当時はそれが合理的ではないと思った。だから調べ始めた。

 

個性とは何か。なぜ持つ人間と持たない人間がいるのか。どんな構造なのか。どう発現するのか。

 

最初は、知りたかっただけだった。

 

それから、測れるようになった。培養できるようになった。保存できるようになった。少し変えられるようになった。

 

装備に入れられるようになった。自分が持っていない個性を、道具として使えるようになった。

 

体育祭では、それで戦った。

 

そして今、私は個性を作った。

 

特別な感動があるかと考える。

 

少し違う。

 

嬉しい、というより、面白い。

 

予想した理論が成立した。今まで必要だった制約が消えた。次に試せるものが一気に増えた。

 

そちらの方が大きい。

 

私は新しい設計ファイルを開いた。

 

今度は能力を入力しない。空欄のまま。

 

何を作るか、考えられる。

 

今までは、何があるかを探してから始めていた。

 

これからは、何が必要かを決めてから始められる。

 

順番が逆になる。

 

「便利ですね」

 

それが一番近い感想だった。

 

◇ ◇ ◇

 

ただ、まだ一つ足りない。

 

今の製造系は外部装置にある。

 

改造『創造』。改造『コピー』。

 

それぞれ保存し、装置を通して動かしている。

 

設備がなければ使いにくい。

 

それに、個性を設計するための情報取得も、今までの方式に依存している。

 

既存の個性を詳しく調べるなら、血液を採る。因子を分離。培養。直接構造を見る。

 

この工程はまだ残っている。

 

今日、個性を作れるようになった。

 

だからこそ、次に変えられる部分も分かる。

 

製造能力そのものを、私へ持たせる。

 

個性因子知覚と直接繋ぐ。

 

そうすれば、研究設備への依存を減らせる。

 

さらに、発現している個性を見た時に、観測情報から構造を組み立てられるようになれば、血液そのものも毎回は要らなくなる可能性がある。

 

私は机の上に残った採血用の指輪を見る。

 

体育祭では、あれを使うために、八百万さん、常闇さん、物間さん、三人へわざわざ近づいた。

 

騎馬戦なのに、鉢巻を取らず、本人へ触れた。

 

必要だったから。

 

でも、同じことを今後も繰り返す必要があるかは別だった。

 

私は二つの新規人工個性を保存容器へ入れる。

 

『微冷却』第一個体。

 

第二個体。

 

保存。

 

記録完了。

 

完全新規個性。製造成功。

 

同一設計からの再製造。再現性確認。

 

私は画面の最後へ入力する。

 

任意人工個性製造。

 

成立。

 

そこで手を止めた。

 

無個性だった私が、個性を持ったわけではない。

 

まだ、そうではなく。

 

もっと単純だった。

 

個性がないなら、必要な個性を作ればよかった。

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