無個性は個性をつくる 作:匿名希望
完全新規。
前日の最後に入力した文字が、画面に残っている。
私は椅子へ座り、その下へ新しい項目を追加した。
最初に決めるのは能力名ではない。名前は後でいい。必要なのは構造だった。
何を条件に発動するか。何へ作用するか。何を起こすか。どの程度の出力にするか。どこで止めるか。失敗した時にどうなるか。
そこから決める。
今までとは違う。
これまでは、先に個性があった。光、浮遊、推進、精神干渉。
既存の個性因子を観察して、元の構造を見て、使える部分を残し、不要な部分を変える。
人工個性と呼んでいても、出発点には必ず何かがあった。
今回は、ない。
私は新しい設計欄だけを見る。
元個性、空欄。参照個性、空欄。採取試料、なし。
それで作る。
その確認だった。
◇ ◇ ◇
最初の試験なので、能力は単純な方がいい。強さも必要ない。
むしろ弱い方がいい。失敗した時に危険が少ない。発動したかどうかを外部から簡単に測定できる。既存の試料と取り違えた可能性も排除しやすい。
私はしばらく考えて、一つ決めた。
対象は、使用者が触れている無機物。
作用は、表面の温度を、ごく僅かに下げる。
発動条件は、意図的な起動中のみ。対象範囲は、接触点の周囲だけ。出力上限は、一度の発動では数度まで。
人体、生体物質は作用対象外。設定温度以下なら停止。一定時間経過でも停止。異常出力なら強制停止。
単純。
攻撃にはほとんど使えない。役にも立たない。
だからいい。
必要なのは便利な個性ではない。今まで存在していた因子を元にせず、私が先に仕様を決め、その仕様どおりの個性因子を作れるかどうか。
その確認。
名称欄には仮に、
『微冷却』
と入れた。
少しそのまますぎるが、試験用なので問題ない。
◇ ◇ ◇
まず、個性因子として成立させるための基礎構造を置く。
発動入力、接触判定、対象判定、温度差検知、エネルギー移動、出力制御、停止、安全制御。
それぞれを接続する。
以前なら、この時点で近い個性を探していた。冷気、温度操作、熱移動。どれか。
そこから一番近いものを選ぶ。血液を採る。培養する。不要部分を削る。必要な機能を付け足す。
一週間。一か月。変更量によってはもっと。
今回はしない。
画面の中だけで構造を組む。
もちろん、画面に線を引けば個性が完成するわけではない。この設計を実物の個性因子へ変換するために、一週間かけて作った二つがある。
改造『コピー』。
改造『創造』。
私は保存容器を取り出した。
◇ ◇ ◇
先に『コピー』。
元は、接触した相手の個性情報を取得し、自分の因子状態を一時的に相手へ合わせる個性。
それを作り変えた。
もう人へ触れる必要はない。相手の個性を読む必要もない。
入力するのは、私が作った個性因子設計情報。それを読んで、指定された構造へ因子を変換する。
ただし、変換するためには、変換対象になる因子が必要になる。
そこで『創造』。
元は使用者の身体資源を使い、理解した物質を作る個性。今は違う。
外部の光、熱。そこからエネルギーを取得できる。蓄積できる。生体物質も対象にできる。個性因子も生成できる。
二つを別々に使うだけでも意味はある。
『創造』で因子を作る。『コピー』で設計状態へ変換する。
ただ、今日はその一連を一つの製造系として動かす。
私は装置の接続を確認する。
体育祭前まで使っていた培養装置とは、役割が違う。培養しない。元になる個性もない。
最初に『創造』へ、変換用の基礎個性因子を生成させる。特殊な能力を持たない、構造変換を受けるための土台。
生成。
個性因子知覚で確認する。
ある。正常。
次。
改造『コピー』へ設計情報を入力。
『微冷却』。
変換開始。
◇ ◇ ◇
変化はすぐだった。
昨日までなら、ここから待つ。小さく変える。培養。安定するまで待つ。また変える。
今日は違う。
設計情報を順番に処理する。基礎構造、発動部、対象判定、作用部、出力制御、安全系。
指定した順番で、因子構造が変わっていく。
私は手を出さない。見ているだけ。
途中で一度、処理が停止した。
接触判定と生体除外が競合している。
触れた対象を読む。その直後に生体かどうか判定する設計だったが、対象情報の取得範囲が広すぎた。使用者側まで判定対象へ入っている。
「順序が悪いですね」
設計を修正する。
接触先と使用者を先に分離。接触対象だけを分類。生体なら終了。無機物なら温度判定へ。
再入力。
今度は進む。
発動系、完成。作用系、完成。制限、安全機構。
最後。
変換終了。
私は時計を見る。
考えていたより短い。少なくとも、一週間ではない。
目の前には、さっきまで存在していなかった構造の個性因子がある。
「……できましたか」
まだ断定しない。
構造が設計図と一致しているだけだ。
個性は、動いて初めて意味がある。
◇ ◇ ◇
人体へ入れる必要はない。
私は以前から使っている人工個性用の試験装置を用意した。
個性因子を保持。起動信号を送る。対象と接触させる。出力を測定する。
体育祭用ウェアラブルの試験にも使ってきたもの。
そこへ、新しく作った因子を搭載する。
対象は、小さな金属片。
初期温度を測る。室温とほぼ同じ。
センサーを固定。
私は装置を起動した。
反応。接触判定。無機物。温度判定。
作用開始。
数値が下がる。
ゆっくり。
一度。二度。
設定上限。
停止。
私は画面を見る。温度は下がっている。それ以上は下がらない。
起動信号を一度切る。
再度。
今度は別の金属片。
同じ。
次。樹脂。
下がる。
次。水を入れた容器。
容器表面には作用する。中の水へ直接は届かない。
指定通り。
次。生体由来の試験材料。
起動。接触。判定。停止。
作用なし。
「問題ありませんね」
設計した通り。
私は出力を少し上げる。
上限内。動く。
下げる。動く。
異常値を疑似入力。強制停止。復帰。
問題なし。
『微冷却』。
機能している。
◇ ◇ ◇
私は一度、既存の試料保管記録を開いた。
今まで集めた個性因子。中学以前から保存しているもの。研究協力で得たもの。段階改造の途中個体。完成済み人工個性。
比較。
今回作った構造。
一致するものはない。
当然だった。一致するように設計していない。
ただし、本当に重要なのはそこではない。
既存個性を元にしていないこと。
『創造』から出した変換用因子は、能力を持たない土台。
そこへ、私が作った設計情報だけを使い、『コピー』で構造を形成した。
冷却系の個性因子を採取していない。誰かの個性を複製していない。既存の人工個性を改造していない。
最初にあったのは、仕様だけ。
そこから、個性ができた。
「完全新規ですね」
言葉にして確認する。
別に何かが光るわけではない。警報も鳴らない。
ただ、できた。
◇ ◇ ◇
ただし、一個だけなら不足だった。
偶然。生成時の揺らぎ。別試料の混入。何かの誤認。
可能性を消す必要がある。
だから、二つ目を作る。
重要なのは、最初に作った個性因子を使わないこと。
増殖もしない。培養もしない。コピーもしない。
同じ設計図だけを使う。
私は一個目を隔離した。
装置内も確認。残留因子なし。
洗浄。再確認。
新しい製造開始。
改造『創造』。
外部エネルギー入力。
新しい基礎個性因子。
生成。
一個目とは別。
そこへ改造『コピー』。
同じ『微冷却』設計図。変更なし。
入力。変換。
今回は途中停止しない。一個目で修正した設計が、そのまま通る。
完成。
私は二つを並べた。
第一個体。第二個体。
個性因子知覚で構造を見る。
同じ。
機器測定。
同じ。
細部比較。
同じ。
試験装置へ二個目を搭載。
同じ材質。同じ初期温度。同じ接触条件。
起動。
温度低下。停止温度。時間。出力曲線。
記録。
一個目の結果を重ねる。
ほぼ重なる。
測定誤差の範囲。
私は条件を変える。
対象材質。初期温度。連続起動回数。安全停止。
全て、同じ。
「再現できますね」
一個目を作った後、その一個目を元にして二個目を複製したわけではない。
同じ設計から、別々に、同じ個性ができた。
それが重要だった。
◇ ◇ ◇
私は椅子へ座る。
画面には二つの測定結果。重なった線。
机の上には二つの人工個性因子。同じ構造。同じ機能。同じ制約。
今までなら、人工個性は生き物に近かった。
元になる個性がある。そこから少しずつ育てる。変更する。安定するまで待つ。個体差も確認する。失敗すれば戻る。
今回、設計図が先にある。
その通りに作る。
もう一度同じものが必要なら、また同じ設計を使う。製造する。
工業製品に近い。
もちろん、個性因子そのものは生体的な構造を持つ。扱いに注意も必要。
複雑な個性を作るなら、設計も検証も今より遥かに難しくなる。『強い個性』と入力すれば強い個性が出てくるわけでもない。
欲しい現象があるなら、それを実現する構造を私が考える必要がある。
例えば、発動条件を間違えれば動かない。出力系を過剰にすれば壊れる。対象指定が曖昧なら意図しないものへ作用する。
安全機構を書かなければ、勝手には生えない。副作用が出る構造なら、副作用もそのまま発生する。
設計できるものだけ、作れる。
それでも、昨日までとは違った。
◇ ◇ ◇
私は研究記録を開く。
人工個性製造。
従来方式。
既存因子取得。培養。解析。段階改造。培養。安定化。再改造。繰り返し。
新方式。
設計。生成。変換。完成。
その差を見る。
一週間。
今回の改造『創造』と改造『コピー』を作るのに必要だった時間。
その一週間さえ、この二つを作るための最後の旧方式だった。
これから、例えば別の単純な人工個性を一つ作るとして。
近い個性の持ち主を探す必要はない。血液を採る必要もない。培養して量を増やす必要もない。元個性の制約に引っ張られる必要もない。
私が構造を設計できれば、作れる。
そして、同じ設計なら、二つでも三つでも、必要な数だけ同じものを作れる。
私は二つの『微冷却』を見た。
大した能力ではない。
手で触れた無機物を少し冷やす。それだけ。
体育祭なら、ほとんど役に立たないだろう。ヒーロー活動にも大した価値はない。販売しても需要は小さい。
でも、今まで作ったどの人工個性より、研究上の意味は大きかった。
なぜなら、これは誰かから取った個性ではない。
誰かの個性を強くしたものでもない。誰かの個性を弱くしたものでもない。複数の個性を混ぜたものでもない。
私が最初に決めた仕様から、個性因子そのものを作った。
◇ ◇ ◇
私は少し考える。
子供の頃、無個性だと言われた。
個性がない。それだけで、周囲の期待が変わった。
当時はそれが合理的ではないと思った。だから調べ始めた。
個性とは何か。なぜ持つ人間と持たない人間がいるのか。どんな構造なのか。どう発現するのか。
最初は、知りたかっただけだった。
それから、測れるようになった。培養できるようになった。保存できるようになった。少し変えられるようになった。
装備に入れられるようになった。自分が持っていない個性を、道具として使えるようになった。
体育祭では、それで戦った。
そして今、私は個性を作った。
特別な感動があるかと考える。
少し違う。
嬉しい、というより、面白い。
予想した理論が成立した。今まで必要だった制約が消えた。次に試せるものが一気に増えた。
そちらの方が大きい。
私は新しい設計ファイルを開いた。
今度は能力を入力しない。空欄のまま。
何を作るか、考えられる。
今までは、何があるかを探してから始めていた。
これからは、何が必要かを決めてから始められる。
順番が逆になる。
「便利ですね」
それが一番近い感想だった。
◇ ◇ ◇
ただ、まだ一つ足りない。
今の製造系は外部装置にある。
改造『創造』。改造『コピー』。
それぞれ保存し、装置を通して動かしている。
設備がなければ使いにくい。
それに、個性を設計するための情報取得も、今までの方式に依存している。
既存の個性を詳しく調べるなら、血液を採る。因子を分離。培養。直接構造を見る。
この工程はまだ残っている。
今日、個性を作れるようになった。
だからこそ、次に変えられる部分も分かる。
製造能力そのものを、私へ持たせる。
個性因子知覚と直接繋ぐ。
そうすれば、研究設備への依存を減らせる。
さらに、発現している個性を見た時に、観測情報から構造を組み立てられるようになれば、血液そのものも毎回は要らなくなる可能性がある。
私は机の上に残った採血用の指輪を見る。
体育祭では、あれを使うために、八百万さん、常闇さん、物間さん、三人へわざわざ近づいた。
騎馬戦なのに、鉢巻を取らず、本人へ触れた。
必要だったから。
でも、同じことを今後も繰り返す必要があるかは別だった。
私は二つの新規人工個性を保存容器へ入れる。
『微冷却』第一個体。
第二個体。
保存。
記録完了。
完全新規個性。製造成功。
同一設計からの再製造。再現性確認。
私は画面の最後へ入力する。
任意人工個性製造。
成立。
そこで手を止めた。
無個性だった私が、個性を持ったわけではない。
まだ、そうではなく。
もっと単純だった。
個性がないなら、必要な個性を作ればよかった。