無個性は個性をつくる 作:匿名希望
個性がないなら。
必要な個性を作ればいい。
そこまで到達した翌日。
私は次の問題を考えていた。
人工個性を作れるようになった。
ただし。
今の製造系は、まだ机の上にある。
改造『創造』。
改造『コピー』。
それぞれを維持する装置。
設計情報を入力する端末。
生成物を確認する測定機器。
前回作った『微冷却』も、この環境があったから作れた。
それでも十分便利ではある。
だが。
研究設備が壊れたら。
製造系そのものを失ったら。
また作ることはできる。
できるが、元になる改造因子までまとめて失えば面倒だった。
そして。
もう一つ。
個性の設計図を端末へ残す必要がある。
昨日は『微冷却』だったから問題ない。
見られて困る内容ではない。
しかし。
今後もそうとは限らない。
強い個性。
精神へ作用する個性。
既存の安全機構を無視できる個性。
他者に知られるだけで面倒になる設計。
そういうものを作る可能性は普通にある。
研究内容を外へ残すこと自体が、不要な危険になる。
なら。
二つまとめて解決した方がいい。
「自分に入れますか」
人工個性製造能力そのものを。
私へ。
◇ ◇ ◇
自分の身体へ人工個性を組み込むこと自体は初めてではない。
個性因子を直接知覚する研究補助能力。
精神干渉への耐性。
その他にも研究や安全のためのものはある。
ただ。
今回のものは少し意味が違う。
今まで搭載していた個性は、道具に近い。
見る。
防ぐ。
補助する。
決められた機能を使う。
今回の製造系は。
新しい個性を作るための機能。
これを自分へ持たせれば。
必要な設備がなくても。
私自身が残っていれば。
人工個性を作れる。
研究能力の中核を、研究室の外へ移すようなものだった。
もっと正確には。
私自身を中核にする。
私は改造『創造』と改造『コピー』の構造を開く。
そのまま二つを別々に搭載する案もある。
ただ。
使用時に毎回独立して起動する必要はない。
研究用なら、連携させた方がいい。
個性因子知覚。
設計。
変換。
生成。
この順序を、一つの系として扱う。
最初。
観察する。
次。
構造を理解する。
必要なら変更案を作る。
そこから個性因子設計図を確定。
改造『コピー』の変換機構へ渡す。
改造『創造』が必要な因子を生成。
完成。
今まで端末と装置の間でやっていたことを。
身体の中で接続する。
◇ ◇ ◇
問題は。
脳との接続だった。
個性を自動で設計させるつもりはない。
そこは間違えてはいけない。
私が欲しい能力を考えれば。
勝手に最適な個性が出てくる。
そういうものではない。
設計するのは私。
発動条件。
作用。
対象。
出力。
制約。
安全装置。
副作用。
必要な構造。
全部考える。
人工個性製造系は。
その設計を実物へ変えるだけ。
だから。
脳から製造機構へ渡す情報は。
曖昧な意思では困る。
例えば。
「飛びたい」
だけでは情報が足りない。
浮力を発生させるのか。
空気を押すのか。
重力へ干渉するのか。
身体を別の位置へ移動させるのか。
同じ飛行でも構造は変わる。
出力上限。
加速度。
方向転換。
姿勢保持。
呼吸への影響。
身体への負荷。
停止条件。
事故時の処理。
全部違う。
だから。
頭の中で完成した構造情報だけを入力として受け取る。
そう設計する。
思いつきと設計を分離。
検討中の案では作動しない。
私が完成設計として確定した時だけ。
製造側へ渡る。
その方が安全だった。
◇ ◇ ◇
私は一度、端末を使って接続構造を組んだ。
これも。
最後になるかもしれない。
脳内設計。
構造保持。
完成判定。
製造指示。
それぞれ。
個性因子知覚は、すでに私の感覚へ近い。
目で色を見るように単純ではないが。
個性因子を認識し。
構造を追える。
その情報処理と。
新しい製造系を直結する。
そうすれば。
見た構造を。
一度外部画面へ書き出し。
それを見ながら設計し直し。
さらに製造装置へ入力する。
その工程がいらなくなる。
個性を見る。
理解する。
頭の中で設計する。
作る。
外部端末は。
記録したい時だけ使えばいい。
「こちらの方が安全ですね」
性能以上に。
情報管理の意味で。
研究内容が端末に残らない。
設計図ファイルもない。
通信も必要ない。
保存媒体もない。
私が頭の中だけで考えた個性なら。
外から盗む対象自体が存在しない。
もちろん。
完成した個性因子そのものを手に入れられれば、解析される可能性はある。
だが。
設計途中。
失敗案。
応用案。
まだ作っていない危険な個性。
それらについては。
私が外へ記録しない限り。
他人から見えない。
今後。
知られることで危険が増える研究は。
原則として脳内だけで行う。
そう決めた。
◇ ◇ ◇
搭載前に。
もう一つやる。
バックアップ。
本人へ搭載すれば。
研究室が壊れても製造能力は残る。
ただし。
私自身に何かあった場合。
それだけに依存するのは合理的ではない。
完成した改造『創造』。
改造『コピー』。
統合前の元になる系列。
それぞれを複数に分ける。
別々の保存容器。
別電源。
別の保護。
一つが壊れても、全部は失わない。
今のところ。
保管場所は自宅だけでいい。
外部施設へ置けば。
距離を分散できる利点はある。
ただ。
管理者が増える。
発見される可能性も増える。
研究内容を説明する必要が出る場合もある。
現段階では、そこまでして分散する必要はない。
だから。
身体の外にも複数保存する。
ただし全部、自宅内。
保存場所は分ける。
一つは既存の因子保管設備。
一つは別の小型保存器。
もう一つは予備ケース。
完全な災害対策にはならない。
家全体が失われれば同時に失う可能性がある。
それでも。
機器単体の故障。
容器事故。
局所的な損傷。
その程度なら分散できる。
将来、必要なら保管場所も分ければいい。
今はこれで十分。
私はそれぞれの状態を確認する。
正常。
バックアップ完了。
それから。
自分用を用意した。
◇ ◇ ◇
人工個性製造系を自分へ搭載する。
外部装置で維持していた因子を。
自分の既存の研究補助系へ接続する。
個性因子知覚。
正常。
改造『コピー』。
正常。
改造『創造』。
正常。
統合。
最初は発動させない。
存在しているだけの状態。
身体側との干渉を見る。
既存の人工個性。
神経。
循環。
代謝。
異常なし。
次。
個性因子知覚から構造情報を渡す。
対象は。
昨日作った『微冷却』。
すでに完全に理解している。
ただし製造はしない。
頭の中で構造を再構成。
発動条件。
無機物への接触。
生体除外。
温度低下。
出力上限。
停止。
安全装置。
完成設計として確定。
製造側が反応する。
まだ止める。
「ここまで問題なし」
次。
実際に作る。
必要量は極小。
製造指示。
改造『創造』が動く。
外部から光と熱を取る。
身体からも僅かな資源は使えるが。
基本は外部供給。
因子生成。
改造『コピー』。
設計状態へ変換。
私は自分の中で。
個性因子が組み上がる過程を直接認識していた。
端末を見ていない。
培養槽も使っていない。
机上の製造機器も使っていない。
立ったまま。
自分の身体の中だけで。
新しい人工個性因子ができた。
「……便利ですね」
昨日と同じような感想だった。
ただ。
昨日より。
さらに工程が減った。
◇ ◇ ◇
作った『微冷却』は、そのまま身体へ恒久搭載しない。
試験のために作っただけ。
生成した因子を外部へ取り出す。
既知試料と比較。
構造一致。
昨日作った二個と同じ。
これで。
外部製造設備と同じものを。
自分の能力だけで作れることが確認できた。
次。
設計。
外部端末を使わずに行う。
簡単な変更。
『微冷却』の出力上限だけを半分にする。
その他は同じ。
私は頭の中で構造を変える。
作用部は維持。
制御部の上限だけ変更。
完成。
製造。
取り出す。
試験装置へ。
起動。
温度低下。
昨日の半分付近で停止。
設計通り。
これで。
脳内だけでも。
設計。
修正。
製造。
そこまで完結した。
◇ ◇ ◇
次に確認するのは。
観察からの構造把握。
今まで。
個性を詳しく知りたければ。
血液を取るのが早かった。
個性因子そのものを手に入れる。
培養する。
見る。
直接構造を確認する。
間違いが少ない。
だから体育祭でもそうした。
八百万さん。
常闇さん。
物間さん。
あの三人については。
どうしても因子そのものが欲しかった。
当時は正しい。
今も。
血液があれば便利な場合はある。
ただ。
必須か。
そこが変わった。
私は体育祭の映像を開いた。
録画された競技。
まず。
芦戸さん。
酸。
手から出す。
粘度を変える。
床へ出して滑走に使う。
腐食性がある。
自分は耐えている。
あの試合で。
それだけはかなり見た。
映像を再生する。
酸の量。
動き。
使用位置。
接触対象。
芦戸さん本人への影響。
私の個性因子知覚は。
映像越しに血液中の個性因子を見るわけではない。
当然だ。
画面の中に因子はない。
分かるのは。
発現した現象。
その条件。
挙動。
結果。
そこから。
実現するために必要な個性構造を逆算する。
酸性物質を生成。
分泌。
性質調整。
自己耐性。
出力制御。
少なくとも。
映像で確認できた機能については設計できる。
ただ。
芦戸さん本人の個性と一分子単位で同じ構造か。
それは別問題。
観測していない内部機能があれば分からない。
本人だけが知っている制約があれば。
それも分からない。
しかし。
同じ発現機能を持つ人工個性を作るだけなら。
十分な場合がある。
「血液なしでも作れますね」
私は製造まではしなかった。
酸を出す必要はない。
確認したかったのは。
構造を組めるかどうか。
組める。
◇ ◇ ◇
次。
爆豪さん。
映像。
掌。
爆発。
推進。
方向転換。
連続使用。
汗。
体育祭中の観察から。
汗に爆発性があるところまでは推測している。
ただ。
映像だけでは。
汗の詳細な組成までは分からない。
どの成分が反応しているか。
生成経路。
皮膚側の耐性。
内部の細かな制御。
観測できていない。
なら。
今の情報だけで。
爆豪勝己の『爆破』そのものを完全に理解したとは言えない。
外から見える機能だけを再設計することはできる。
掌から爆発性物質を出し。
任意起爆する。
そこまでは。
でも。
本人の個性と同等だと断定するには情報不足。
私は記録する。
発現情報不足。
追加観察が必要。
次。
青山さん。
ネビルレーザー。
臍から光線。
高出力。
連続使用に身体負荷。
それは見ている。
ただし。
なぜ臍なのか。
内部で何を生成しているのか。
身体負荷の正確な原因は何か。
そこまでは分からない。
映像だけでは不足。
これも保留。
一瞬見ただけで全部分かるわけではない。
見えていないものは。
分からない。
それでいい。
必要なら追加で観察する。
必要なら検査する。
必要なら。
血液を取る。
ただ。
選択肢が増えた。
血液がなければ何も始められない。
そこから。
十分見れば、血液なしでも始められる。
大きな違いだった。
◇ ◇ ◇
私は採血用の指輪を見る。
体育祭で使ったもの。
あれを作った時。
個性研究を進めるには試料が必要だった。
だから。
本人へ触れる。
血液を取る。
保存。
培養。
解析。
それが一番早かった。
今後も使う可能性はある。
内部作用型。
条件が複雑な個性。
外から発現を観察するだけでは分からない個性。
珍しい症例。
そういうものなら。
実物試料に価値はある。
ただし。
もう必須ではない。
例えば。
単純な放出系。
外部現象が多い個性。
何度も発動を見られる個性。
そういうものなら。
映像でもいい。
モニターでもいい。
直接目の前にいなくても。
十分な発現記録があるなら。
構造を推定。
設計。
製造。
そこまで行ける。
研究対象へ触れる必要すらない。
「かなり楽になりますね」
体育祭の騎馬戦を思い出す。
三人へ触れるために。
轟さん。
飯田さん。
上鳴さん。
緑谷さん。
麗日さん。
発目さん。
その他の妨害を越えた。
鉢巻を取らず。
本人へ一瞬触れる。
あれは。
もう基本工程ではなくなる。
次から。
必要な時だけでいい。
◇ ◇ ◇
私は端末上の研究フォルダを見る。
これまで。
設計記録。
改造記録。
失敗系列。
人工個性構造。
大量に残している。
過去分は消す必要はない。
既に存在しているものまで消したところで意味は薄い。
ただ。
これから。
何でも外部へ保存する必要はない。
普通のサポート装備。
学校課題。
公開して困らない人工個性。
そういうものは記録すればいい。
むしろ残した方が整備しやすい。
再現もしやすい。
問題は。
見られた時に不利益が大きいもの。
危険な個性。
防御を突破するための個性。
精神や身体へ強く作用する個性。
まだ作っていないが。
今後そういうものを研究する可能性は十分ある。
その場合。
設計図をファイルとして残す意味がない。
私が覚えていればいい。
必要なら頭の中で組む。
検証する。
完成した時だけ作る。
外へ残さない。
他者に見られる危険がある研究については。
脳内のみで行う。
それが今後の基本方針。
私は端末に。
その方針自体も記録しなかった。
書かないと決めたことを。
わざわざ書いて残す必要はない。
◇ ◇ ◇
最後に。
自宅へ分散したバックアップを確認する。
一つ。
正常。
二つ目。
正常。
三つ目。
正常。
そして。
私自身。
正常。
改造『創造』。
改造『コピー』。
個性因子知覚との接続。
問題なし。
仮に机の装置が全部壊れても。
研究室の培養槽を失っても。
人工個性製造そのものは残る。
仮に私側の製造系へ不具合が出ても。
自宅内の外部保存から再構成できる。
完全ではない。
家そのものを失えば。
外部バックアップはまとめて失う可能性がある。
私自身まで同時に失えば。
技術も止まる。
そこまでの対策は、また必要になった時に考える。
現段階では十分。
私は採血用の指輪をケースへ戻した。
捨てる理由はない。
使えるものは残す。
ただ。
優先順位が変わった。
個性を見る。
十分に発現を見る。
構造を考える。
必要なら作る。
血液は。
足りない情報を補う手段の一つ。
それ以上ではない。
私は研究室の機器を停止していく。
以前なら。
新しい個性研究を始める時。
最初に試料が必要だった。
今は違う。
最初に必要なのは。
情報。
そして。
私が構造を理解できるだけの観察。
それがあれば。
設計は頭の中でできる。
製造も自分でできる。
私は最後に採血用の指輪を見て。
ケースを閉じた。
もう。
血液から始める必要はなかった。