無個性は個性をつくる   作:匿名希望

26 / 147
第26話 もう血液はいらない

個性がないなら、必要な個性を作ればいい。

 

そこまで到達した翌日、私は次の問題を考えていた。

 

人工個性を作れるようになった。ただし、今の製造系はまだ机の上にある。

 

改造『創造』。改造『コピー』。それぞれを維持する装置。設計情報を入力する端末。生成物を確認する測定機器。

 

前回作った『微冷却』も、この環境があったから作れた。それでも十分便利ではある。

 

だが、研究設備が壊れたら。製造系そのものを失ったら。

 

また作ることはできる。できるが、元になる改造因子までまとめて失えば面倒だった。

 

そして、もう一つ。

 

個性の設計図を端末へ残す必要がある。

 

昨日は『微冷却』だったから問題ない。見られて困る内容ではない。

 

しかし、今後もそうとは限らない。

 

強い個性。精神へ作用する個性。既存の安全機構を無視できる個性。他者に知られるだけで面倒になる設計。

 

そういうものを作る可能性は普通にある。研究内容を外へ残すこと自体が、不要な危険になる。

 

なら、二つまとめて解決した方がいい。

 

「自分に入れますか」

 

人工個性製造能力そのものを、私へ。

 

◇ ◇ ◇

 

自分の身体へ人工個性を組み込むこと自体は初めてではない。

 

個性因子を直接知覚する研究補助能力。精神干渉への耐性。その他にも研究や安全のためのものはある。

 

ただ、今回のものは少し意味が違う。

 

今まで搭載していた個性は、道具に近い。見る。防ぐ。補助する。決められた機能を使う。

 

今回の製造系は、新しい個性を作るための機能。

 

これを自分へ持たせれば、必要な設備がなくても、私自身が残っていれば人工個性を作れる。

 

研究能力の中核を、研究室の外へ移すようなものだった。もっと正確には、私自身を中核にする。

 

私は改造『創造』と改造『コピー』の構造を開く。

 

そのまま二つを別々に搭載する案もある。ただ、使用時に毎回独立して起動する必要はない。研究用なら、連携させた方がいい。

 

個性因子知覚。設計。変換。生成。

 

この順序を、一つの系として扱う。

 

最初に観察する。次に構造を理解する。必要なら変更案を作る。そこから個性因子設計図を確定し、改造『コピー』の変換機構へ渡す。改造『創造』が必要な因子を生成。完成。

 

今まで端末と装置の間でやっていたことを、身体の中で接続する。

 

◇ ◇ ◇

 

問題は、脳との接続だった。

 

個性を自動で設計させるつもりはない。そこは間違えてはいけない。

 

私が欲しい能力を考えれば、勝手に最適な個性が出てくる。そういうものではない。

 

設計するのは私。

 

発動条件。作用。対象。出力。制約。安全装置。副作用。必要な構造。

 

全部考える。

 

人工個性製造系は、その設計を実物へ変えるだけ。

 

だから、脳から製造機構へ渡す情報は、曖昧な意思では困る。

 

例えば、

 

「飛びたい」

 

だけでは情報が足りない。

 

浮力を発生させるのか。空気を押すのか。重力へ干渉するのか。身体を別の位置へ移動させるのか。

 

同じ飛行でも構造は変わる。

 

出力上限。加速度。方向転換。姿勢保持。呼吸への影響。身体への負荷。停止条件。事故時の処理。

 

全部違う。

 

だから、頭の中で完成した構造情報だけを入力として受け取る。そう設計する。

 

思いつきと設計を分離。検討中の案では作動しない。私が完成設計として確定した時だけ、製造側へ渡る。

 

その方が安全だった。

 

◇ ◇ ◇

 

私は一度、端末を使って接続構造を組んだ。

 

これも、最後になるかもしれない。

 

脳内設計。構造保持。完成判定。製造指示。

 

それぞれ。

 

個性因子知覚は、すでに私の感覚へ近い。目で色を見るように単純ではないが、個性因子を認識し、構造を追える。

 

その情報処理と、新しい製造系を直結する。

 

そうすれば、見た構造を一度外部画面へ書き出し、それを見ながら設計し直し、さらに製造装置へ入力する。その工程がいらなくなる。

 

個性を見る。理解する。頭の中で設計する。作る。

 

外部端末は、記録したい時だけ使えばいい。

 

「こちらの方が安全ですね」

 

性能以上に、情報管理の意味で。

 

研究内容が端末に残らない。設計図ファイルもない。通信も必要ない。保存媒体もない。

 

私が頭の中だけで考えた個性なら、外から盗む対象自体が存在しない。

 

もちろん、完成した個性因子そのものを手に入れられれば、解析される可能性はある。

 

だが、設計途中。失敗案。応用案。まだ作っていない危険な個性。

 

それらについては、私が外へ記録しない限り、他人から見えない。

 

今後、知られることで危険が増える研究は、原則として脳内だけで行う。

 

そう決めた。

 

◇ ◇ ◇

 

搭載前に、もう一つやる。

 

バックアップ。

 

本人へ搭載すれば、研究室が壊れても製造能力は残る。ただし、私自身に何かあった場合、それだけに依存するのは合理的ではない。

 

完成した改造『創造』。改造『コピー』。統合前の元になる系列。

 

それぞれを複数に分ける。

 

別々の保存容器。別電源。別の保護。

 

一つが壊れても、全部は失わない。

 

今のところ、保管場所は自宅だけでいい。

 

外部施設へ置けば、距離を分散できる利点はある。ただ、管理者が増える。発見される可能性も増える。研究内容を説明する必要が出る場合もある。

 

現段階では、そこまでして分散する必要はない。

 

だから、身体の外にも複数保存する。ただし全部、自宅内。保存場所は分ける。

 

一つは既存の因子保管設備。一つは別の小型保存器。もう一つは予備ケース。

 

完全な災害対策にはならない。家全体が失われれば同時に失う可能性がある。

 

それでも、機器単体の故障。容器事故。局所的な損傷。その程度なら分散できる。

 

将来、必要なら保管場所も分ければいい。今はこれで十分。

 

私はそれぞれの状態を確認する。

 

正常。

 

バックアップ完了。

 

それから、自分用を用意した。

 

◇ ◇ ◇

 

人工個性製造系を自分へ搭載する。

 

外部装置で維持していた因子を、自分の既存の研究補助系へ接続する。

 

個性因子知覚、正常。改造『コピー』、正常。改造『創造』、正常。

 

統合。

 

最初は発動させない。存在しているだけの状態。

 

身体側との干渉を見る。既存の人工個性。神経。循環。代謝。

 

異常なし。

 

次。

 

個性因子知覚から構造情報を渡す。

 

対象は、昨日作った『微冷却』。すでに完全に理解している。

 

ただし製造はしない。

 

頭の中で構造を再構成。

 

発動条件。無機物への接触。生体除外。温度低下。出力上限。停止。安全装置。

 

完成設計として確定。

 

製造側が反応する。

 

まだ止める。

 

「ここまで問題なし」

 

次。

 

実際に作る。

 

必要量は極小。

 

製造指示。

 

改造『創造』が動く。外部から光と熱を取る。身体からも僅かな資源は使えるが、基本は外部供給。

 

因子生成。

 

改造『コピー』。設計状態へ変換。

 

私は自分の中で、個性因子が組み上がる過程を直接認識していた。

 

端末を見ていない。培養槽も使っていない。机上の製造機器も使っていない。

 

立ったまま、自分の身体の中だけで、新しい人工個性因子ができた。

 

「……便利ですね」

 

昨日と同じような感想だった。

 

ただ、昨日よりさらに工程が減った。

 

◇ ◇ ◇

 

作った『微冷却』は、そのまま身体へ恒久搭載しない。試験のために作っただけ。

 

生成した因子を外部へ取り出す。

 

既知試料と比較。構造一致。昨日作った二個と同じ。

 

これで、外部製造設備と同じものを、自分の能力だけで作れることが確認できた。

 

次。

 

設計。外部端末を使わずに行う。

 

簡単な変更。

 

『微冷却』の出力上限だけを半分にする。その他は同じ。

 

私は頭の中で構造を変える。作用部は維持。制御部の上限だけ変更。

 

完成。

 

製造。

 

取り出す。

 

試験装置へ。

 

起動。温度低下。昨日の半分付近で停止。

 

設計通り。

 

これで、脳内だけでも、設計、修正、製造、そこまで完結した。

 

◇ ◇ ◇

 

次に確認するのは、観察からの構造把握。

 

今まで、個性を詳しく知りたければ、血液を取るのが早かった。

 

個性因子そのものを手に入れる。培養する。見る。直接構造を確認する。

 

間違いが少ない。

 

だから体育祭でもそうした。

 

八百万さん。常闇さん。物間さん。

 

あの三人については、どうしても因子そのものが欲しかった。

 

当時は正しい。

 

今も、血液があれば便利な場合はある。

 

ただ、必須か。

 

そこが変わった。

 

私は体育祭の映像を開いた。

 

録画された競技。

 

まず、芦戸さん。

 

酸。手から出す。粘度を変える。床へ出して滑走に使う。腐食性がある。自分は耐えている。

 

あの試合で、それだけはかなり見た。

 

映像を再生する。

 

酸の量。動き。使用位置。接触対象。芦戸さん本人への影響。

 

私の個性因子知覚は、映像越しに血液中の個性因子を見るわけではない。当然だ。画面の中に因子はない。

 

分かるのは、発現した現象。その条件。挙動。結果。

 

そこから、実現するために必要な個性構造を逆算する。

 

酸性物質を生成。分泌。性質調整。自己耐性。出力制御。

 

少なくとも、映像で確認できた機能については設計できる。

 

ただ、芦戸さん本人の個性と一分子単位で同じ構造か。それは別問題。

 

観測していない内部機能があれば分からない。本人だけが知っている制約があれば、それも分からない。

 

しかし、同じ発現機能を持つ人工個性を作るだけなら、十分な場合がある。

 

「血液なしでも作れますね」

 

私は製造まではしなかった。酸を出す必要はない。

 

確認したかったのは、構造を組めるかどうか。

 

組める。

 

◇ ◇ ◇

 

次。

 

爆豪さん。

 

映像。掌。爆発。推進。方向転換。連続使用。汗。

 

体育祭中の観察から、汗に爆発性があるところまでは推測している。

 

ただ、映像だけでは汗の詳細な組成までは分からない。どの成分が反応しているか。生成経路。皮膚側の耐性。内部の細かな制御。

 

観測できていない。

 

なら、今の情報だけで、爆豪勝己の『爆破』そのものを完全に理解したとは言えない。

 

外から見える機能だけを再設計することはできる。掌から爆発性物質を出し、任意起爆する。そこまでは。

 

でも、本人の個性と同等だと断定するには情報不足。

 

私は記録する。

 

発現情報不足。追加観察が必要。

 

次。

 

青山さん。

 

ネビルレーザー。

 

臍から光線。高出力。連続使用に身体負荷。

 

それは見ている。

 

ただし、なぜ臍なのか。内部で何を生成しているのか。身体負荷の正確な原因は何か。

 

そこまでは分からない。

 

映像だけでは不足。これも保留。

 

一瞬見ただけで全部分かるわけではない。

 

見えていないものは、分からない。

 

それでいい。

 

必要なら追加で観察する。必要なら検査する。必要なら、血液を取る。

 

ただ、選択肢が増えた。

 

血液がなければ何も始められない。

 

そこから、十分見れば血液なしでも始められる。

 

大きな違いだった。

 

◇ ◇ ◇

 

私は採血用の指輪を見る。

 

体育祭で使ったもの。

 

あれを作った時、個性研究を進めるには試料が必要だった。

 

だから、本人へ触れる。血液を取る。保存。培養。解析。

 

それが一番早かった。

 

今後も使う可能性はある。

 

内部作用型。条件が複雑な個性。外から発現を観察するだけでは分からない個性。珍しい症例。

 

そういうものなら、実物試料に価値はある。

 

ただし、もう必須ではない。

 

例えば、単純な放出系。外部現象が多い個性。何度も発動を見られる個性。

 

そういうものなら、映像でもいい。モニターでもいい。直接目の前にいなくても、十分な発現記録があるなら、構造を推定。設計。製造。

 

そこまで行ける。

 

研究対象へ触れる必要すらない。

 

「かなり楽になりますね」

 

体育祭の騎馬戦を思い出す。

 

三人へ触れるために、轟さん。飯田さん。上鳴さん。緑谷さん。麗日さん。発目さん。その他の妨害を越えた。

 

鉢巻を取らず、本人へ一瞬触れる。

 

あれは、もう基本工程ではなくなる。

 

次から、必要な時だけでいい。

 

◇ ◇ ◇

 

私は端末上の研究フォルダを見る。

 

これまで、設計記録。改造記録。失敗系列。人工個性構造。大量に残している。

 

過去分は消す必要はない。既に存在しているものまで消したところで意味は薄い。

 

ただ、これから何でも外部へ保存する必要はない。

 

普通のサポート装備。学校課題。公開して困らない人工個性。

 

そういうものは記録すればいい。むしろ残した方が整備しやすい。再現もしやすい。

 

問題は、見られた時に不利益が大きいもの。

 

危険な個性。防御を突破するための個性。精神や身体へ強く作用する個性。

 

まだ作っていないが、今後そういうものを研究する可能性は十分ある。

 

その場合、設計図をファイルとして残す意味がない。

 

私が覚えていればいい。必要なら頭の中で組む。検証する。完成した時だけ作る。

 

外へ残さない。

 

他者に見られる危険がある研究については、脳内のみで行う。

 

それが今後の基本方針。

 

私は端末に、その方針自体も記録しなかった。

 

書かないと決めたことを、わざわざ書いて残す必要はない。

 

◇ ◇ ◇

 

最後に、自宅へ分散したバックアップを確認する。

 

一つ、正常。二つ目、正常。三つ目、正常。

 

そして、私自身。

 

正常。

 

改造『創造』。改造『コピー』。個性因子知覚との接続。

 

問題なし。

 

仮に机の装置が全部壊れても、研究室の培養槽を失っても、人工個性製造そのものは残る。

 

仮に私側の製造系へ不具合が出ても、自宅内の外部保存から再構成できる。

 

完全ではない。

 

家そのものを失えば、外部バックアップはまとめて失う可能性がある。私自身まで同時に失えば、技術も止まる。

 

そこまでの対策は、また必要になった時に考える。

 

現段階では十分。

 

私は採血用の指輪をケースへ戻した。

 

捨てる理由はない。使えるものは残す。

 

ただ、優先順位が変わった。

 

個性を見る。十分に発現を見る。構造を考える。必要なら作る。

 

血液は、足りない情報を補う手段の一つ。それ以上ではない。

 

私は研究室の機器を停止していく。

 

以前なら、新しい個性研究を始める時、最初に試料が必要だった。

 

今は違う。

 

最初に必要なのは、情報。そして、私が構造を理解できるだけの観察。

 

それがあれば、設計は頭の中でできる。製造も自分でできる。

 

私は最後に採血用の指輪を見て、ケースを閉じた。

 

もう、血液から始める必要はなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。