無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第27話 透明な服

体育祭が終わってから、少し変わったことがある。

 

廊下で知らない生徒から見られるようになった。正確には、以前から見られていた可能性はある。私は気にしていなかっただけかもしれない。

 

ただ、

 

「体育祭三位のサポート科」

 

「あの光のやつ」

 

「人工個性」

 

そういう言葉が聞こえるようになったので、少なくとも頻度は増えている。

 

特に困ることはない。話しかけられれば答える。それだけだった。

 

その日の午後、サポート科の実習室で課題を終えたところで、パワーローダーに呼ばれた。

 

「空木」

 

「はい」

 

「ちょっと来い」

 

作業台から離れる。パワーローダーの前には、一人の女子生徒が立っていた。

 

いや、制服だけが立っているように見える。

 

雄英ヒーロー科一年A組、葉隠透。個性は『透明化』。

 

「この子から相談だ」

 

パワーローダーが言う。

 

「葉隠透さんですね」

 

「えっ、分かるの!?」

 

制服の位置から声がした。

 

「名札がありますので」

 

「あっ、そっか!」

 

単純な理由だった。

 

「空木くんだよね! 体育祭で光出してた!」

 

「はい」

 

「ほんとにサポート科なんだね!」

 

「そうですね」

 

他の何かではない。

 

パワーローダーが話を戻した。

 

「葉隠のコスチューム関連だ。ただし新規製作じゃない」

 

「追加装備ですか?」

 

「ああ」

 

その方が扱いやすい。ヒーローコスチューム一式を私が作る必要はない。

 

正式なコスチュームには学校外の製作側も関わる。学校の開発工房で扱うなら、既存コスチュームへ追加するサポートアイテムとして解決した方が手続きも小さい。

 

「要望を聞いてもいいですか?」

 

「あのね!」

 

葉隠さんの声が少し大きくなる。

 

「服も透明にしたい!」

 

なるほど。

 

◇ ◇ ◇

 

話を聞けば問題は単純だった。

 

葉隠さん本人は透明。だが、着ている物は透明ではない。普通の衣服や装備を着用すれば、その部分だけ見える。

 

個性の利点を最大限に使おうとすると、身に着けられる物へ制約が出る。

 

防護。防寒。収納。

 

ヒーロー活動で衣服や装備が担う機能は多い。身体だけが透明でも、服が透明でなければ隠密性は落ちる。

 

「透明な生地に変える方法もありますが」

 

私は言う。

 

「コスチューム側を全部専用品へ置き換える必要があります」

 

「それは大変?」

 

「手続きも増えますし、将来コスチュームを変更するたびに透明化仕様で作り直すことになります」

 

葉隠さんが少し考える。

 

「じゃあ違う方法?」

 

「服を透明にする側を、別に用意した方が便利だと思います」

 

「別?」

 

「アクセサリーです」

 

葉隠さんの身体は変えない。コスチュームも基本的には変えない。

 

小型のサポートアイテムを一つ追加する。それを装着している間だけ、葉隠さん本人が身に着けている衣服や装備を、本人の透明化へ追従させる。

 

「それなら服を替えても使えます」

 

「えっ、そっちの方がいい!」

 

「私もそう思います」

 

問題は、透明化をどう実現しているか。そこを確認する必要がある。

 

◇ ◇ ◇

 

「少し個性を測らせてもらってもいいですか?」

 

「いいよ!」

 

「採血はしません。光学測定だけで足ります」

 

体育祭以前なら、個性因子そのものを得た方が早かった。今は違う。

 

十分な発現情報があれば、外から構造を逆算できる。葉隠さんの場合、個性がほぼ常時発現している。観察機会としてはかなり多い。

 

パワーローダーへ確認する。

 

「光学測定設備を借りてもいいですか?」

 

「申請書書け」

 

「分かりました」

 

学校で完結する。それでいい。

 

◇ ◇ ◇

 

サポート科の測定設備を使う。

 

複数波長の光源。受光センサー。偏光測定。高精度カメラ。背景パターン。

 

葉隠さんには、制服から出ている手を測定位置へ置いてもらう。

 

「この辺?」

 

「もう少し右です」

 

「こう?」

 

「はい」

 

何も見えないので、位置は声と接触センサーで合わせる。

 

背景パターン。その前に透明な手。肉眼では、ほぼ背景がそのまま続いている。

 

光源を点ける。角度を変える。受光。波長変更。再測定。

 

「何か分かる?」

 

「少しずつ」

 

単純に身体が透明な物質へ変わっているだけではない。

 

もし、皮膚、筋肉、骨、それらの光吸収がなくなっただけなら、内部で光は屈折する。輪郭も出る。

 

だが、葉隠さんはかなり見えにくい。

 

光が身体へ入る。進行方向が変わる。内部を通る。そして反対側から出る。

 

その時、観測者へ届く光が、身体が存在しなかった場合へ近づくよう調整されている。

 

「屈折制御が中心ですね」

 

「屈折?」

 

「光を曲げています」

 

「私が?」

 

「個性が、ですね」

 

測定条件を変える。見る角度。光量。偏光。身体を少し動かしてもらう。

 

「左右へ手を動かしてください」

 

「はーい」

 

移動。背景の乱れは僅か。補正が追従する。

 

複数方向から入る光へ同時対応している。身体表面だけではなく、内部を含めた光学特性そのものを連続制御している。

 

少なくとも、現在測定できる範囲では、そう考えるのが自然だった。

 

「単純に透けているわけではないですね」

 

「私、ずっと透明なだけだと思ってた!」

 

「結果としては透明ですから、使用上はそれで問題ありません」

 

本人が内部構造まで知る必要はない。人間は筋収縮の生化学反応を理解していなくても歩ける。個性も似たようなものだった。

 

私は観測した情報を、頭の中で個性因子構造へ落とす。

 

対象は自分自身。作用は光路変更、反射抑制、散乱抑制、入射方向に応じた出射補正。常時発現。

 

かなり明確になった。そして、これなら作れる。

 

葉隠さんの個性因子を採る必要はない。同じ現象を起こす人工個性を、必要なら設計できる。

 

今回は、その全部を使う必要もない。

 

◇ ◇ ◇

 

次の確認。

 

なぜ服が透明にならないか。答えは単純だった。

 

葉隠さんの『透明化』の作用対象は、葉隠さん本人。身に着けた物までは含まれていない。

 

試験布を渡す。

 

「手に乗せてください」

 

「はい!」

 

何もない空間に、布だけが浮く。葉隠さんの見えない手へ密着していても、布は見える。

 

「やっぱりこうなるんだよね」

 

「作用対象外ですから」

 

ここで、葉隠さん本人の個性を変える方法もある。

 

作用範囲を、自分だけから、自分と接触中の着用品へ広げる。今の私なら設計そのものは難しくない。

 

ただし、やる理由がない。

 

人体の個性因子を直接変更すれば、影響確認も大きくなる。本人の生来個性そのものを変えることになる。

 

同じ問題を外付けで解決できるなら、そちらの方が簡単。

 

「葉隠さんの個性は変えません」

 

「うん?」

 

「アクセサリー側から、着用品だけへ同じ光学処理を掛けます」

 

「できるの?」

 

「できます」

 

今度は断言できる。必要な情報は取れた。

 

◇ ◇ ◇

 

設計する。

 

アクセサリー形状。大きい必要はない。首元や胸元へ固定できる、小型のクリップ程度。

 

重要なのは外形ではなく、中へ入れる人工個性。

 

対象は使用者本人ではない。使用者が着用している非生体物。衣服。手袋。靴。既存コスチュームの装備。

 

ただし、周囲にある物全部を透明化してはいけない。椅子へ座ったら椅子が消える。壁に触ったら壁が消える。それでは困る。

 

だから、対象指定を限定する。

 

装着者を基準にする。身体へ継続的に装着されている物。一定範囲内。一定質量以下。アクセサリー起動時に着用品として登録した対象。

 

その条件が重なったものだけ。

 

発動後、それぞれの表面と内部へ、葉隠さんの透明化と同系統の光学補正を作用させる。

 

「服側に加工しなくてもいけますね」

 

これなら、ヒーローコスチューム自体を作り直す必要がない。

 

既存のコスチューム。普段着。別の訓練着。

 

一定の条件内なら、アクセサリーを移すだけでいい。

 

ただし、安全のため、学校側へ申請した衣類・装備だけ登録できる仕様にする。何でも透明にできる道具を渡す意味はない。

 

依頼は、葉隠さんのコスチューム問題の解決。そこまで。

 

◇ ◇ ◇

 

人工個性は、頭の中で設計する。

 

透明化。中核構造はもう理解した。

 

ただ、葉隠さん本人と完全に同じものにはしない。不要だから。

 

葉隠さんの個性は、自分自身を透明化。今回は、外部の登録物のみ。

 

持続はアクセサリー起動中。解除は停止操作、葉隠さんから一定距離以上離れた場合。異常時は自動解除。

 

透明化状態も、葉隠さん本人の光学状態を参照する。本人が周囲光へ合わせてどう補正しているかを近距離で読む。衣服側も同じ状態へ追従。

 

独立した万能光学迷彩にするより、必要機能を減らせる。

 

設計完了。製造。

 

今は、一週間待つ必要はない。

 

人工個性因子を作る。小型保持機構へ組み込む。外装。クリップ。電源。制御。

 

そこからは普通のサポートアイテム製作だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「何作ってるの?」

 

横から声。発目さんだった。

 

「透明化用のアクセサリーです」

 

「透明化?」

 

すぐ近づいてくる。

 

「光学迷彩?」

 

「近いですが、独立型ではありません。使用者の透明化へ追従します」

 

「誰用?」

 

「葉隠さんです」

 

「ああ、透明な子!」

 

理解が早い。

 

「で、どうやってるの?」

 

「屈折制御と光路補正ですね」

 

「見たい!」

 

「試験の時なら」

 

「呼んで!」

 

「必要なら」

 

私は製作を続ける。発目さんも自分の作業へ戻った。

 

◇ ◇ ◇

 

最初の試験。

 

葉隠さんに再び来てもらう。制服姿。

 

机の上に、小さなクリップ型アクセサリー。

 

「これ?」

 

「はい」

 

「思ったより小さい!」

 

「服そのものを交換する必要はありませんから」

 

首元へ着けてもらう。今はまだ起動しない。制服は見えている。

 

登録。

 

現在着用している衣類。対象確認。

 

生体、除外。机、除外。床、除外。制服、靴下、靴、登録対象。

 

「起動してください」

 

「どうやるの?」

 

「そこを押してください」

 

見えない指が、クリップへ触れる。

 

起動。

 

一瞬、制服の輪郭が揺れた。

 

そして、消えた。

 

靴も、靴下も、首元のクリップ自身も見えなくなる。

 

何もない場所から声。

 

「えっ」

 

少し間。

 

「消えた!?」

 

「消えていますね」

 

「全部!?」

 

私は測定器を見る。背景。光学差。僅かにある。完全ではない。

 

「一応、まだ調整が必要です」

 

「私には全然分かんないよ!」

 

葉隠さんが動く。足音。空間だけが動いているように見える。

 

手を振っているらしい。何も見えない。

 

「これすごくない!?」

 

「その場で走らないでください。測定します」

 

「はーい!」

 

まず、静止。問題なし。

 

歩行。補正遅延、少し。

 

走行。さらに差。

 

葉隠さん本人の透明化より、アクセサリー側が僅かに遅れる。

 

原因。参照。演算ではない。人工個性自体の状態追従部分。

 

調整。

 

私はアクセサリーを停止させる。制服が戻る。

 

「おおー!」

 

葉隠さんが外す。

 

私は内部構造を微調整する。今なら、個性部分もその場で変えられる。

 

ただし学校内なので、記録するのはサポートアイテムとして必要な安全情報だけ。人工個性の完全設計図まで提出する必要はない。

 

二回目。

 

起動。歩く。走る。腕を動かす。しゃがむ。跳ぶ。

 

今度は遅延がかなり小さい。

 

「十分ですね」

 

「完成!?」

 

「実用試験はもう少し必要ですが、基本機能は」

 

「やった!」

 

◇ ◇ ◇

 

次。

 

一度アクセサリーを外す。

 

葉隠さんには、学校側で用意した別の試験用上着を羽織ってもらう。

 

既存服。アクセサリー側へ新しく登録。

 

起動。

 

上着も消える。

 

「服変えてもいける!」

 

「登録すれば」

 

「じゃあコスチューム変わっても使える?」

 

「重量や対象数が設計範囲なら使えます」

 

「そっちの方が絶対便利じゃん!」

 

同感だった。

 

コスチューム全部を透明化専用品として新造するより、透明化機能を外へ分離した方が、交換、修理、更新、全部やりやすい。

 

サポートアイテムとして正しい形だと思う。

 

◇ ◇ ◇

 

最終確認。

 

パワーローダー。葉隠さん。私。学校内。

 

「で」

 

パワーローダーが小型クリップを見る。

 

「これを追加するだけ?」

 

「はい」

 

「コスチューム本体は?」

 

「変更不要です」

 

「既存の服でも?」

 

「事前登録した着用品で、仕様範囲内なら透明化します」

 

パワーローダーがアクセサリーを手に取る。

 

「大改修扱いにしなくて済みそうだな」

 

「そのつもりで設計しました」

 

コスチューム一式を新しく作ったわけではない。正式な既存コスチュームへ、追加サポートアイテムを一つ載せるだけ。

 

学校側としても扱いやすい。

 

「葉隠本人の個性は?」

 

「何も変更していません」

 

「身体への埋め込みも?」

 

「ありません」

 

「アクセサリーを外せば元通り?」

 

「はい」

 

パワーローダーが頷く。

 

「なら、この形で手続き回す」

 

葉隠さんが横で言う。

 

「早く使いたい!」

 

「承認が先だ」

 

「はーい……」

 

私は特に急がない。機能は確認できた。依頼自体はほぼ終了だった。

 

◇ ◇ ◇

 

その後、私は測定記録を整理する。

 

葉隠さんの透明化。屈折。光路補正。反射。散乱。複数方向への追従。作用対象、自分自身。

 

必要な中核構造は確認済み。

 

今回使ったのは、着用品へ転用する部分だけ。

 

ただ、私自身の研究としては、透明化という機能そのものを、もう設計できる。

 

葉隠さん本人と同一の個性因子を複製したわけではない。血液も取っていない。

 

それでも、観察した範囲の透明化機能なら、人工個性として再現可能。

 

私はその構造を記憶する。外部へ完全な設計図を残す必要はない。

 

今回のアクセサリーに必要な安全資料。整備情報。対象制限。

 

それだけ学校へ提出する。

 

透明化機構そのものについて、それ以上の用途を考える必要は、今のところなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

数日後、パワーローダーにまた呼ばれた。

 

「空木」

 

「はい」

 

「次」

 

資料を渡される。

 

「次、ですか?」

 

「葉隠のやつが通った」

 

正式な追加装備として、問題なく扱えたらしい。

 

「それで、個性に合わせたサポートを作れる奴として話が回ってる」

 

「そうですか」

 

「お前、反応薄いな」

 

「依頼内容を見ないと何とも言えませんので」

 

「まあいい」

 

資料を見る。

 

学校経由。ヒーロー科。氏名、爆豪勝己。

 

体育祭準決勝で、私の光操作ベルトを壊した相手。

 

個性、『爆破』。

 

希望、ガントレットの改良。

 

私は一枚目を読む。

 

汗。回収。保持。放出。

 

そこまで見て、少し興味が出た。

 

「これは受けます」

 

「即答かよ」

 

「体育祭で直接見ていますから」

 

透明化とは別の意味で、設計する価値がありそうだった。

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