無個性は個性をつくる 作:匿名希望
体育祭が終わってから、少し変わったことがある。
廊下で知らない生徒から見られるようになった。正確には、以前から見られていた可能性はある。私は気にしていなかっただけかもしれない。
ただ、
「体育祭三位のサポート科」
「あの光のやつ」
「人工個性」
そういう言葉が聞こえるようになったので、少なくとも頻度は増えている。
特に困ることはない。話しかけられれば答える。それだけだった。
その日の午後、サポート科の実習室で課題を終えたところで、パワーローダーに呼ばれた。
「空木」
「はい」
「ちょっと来い」
作業台から離れる。パワーローダーの前には、一人の女子生徒が立っていた。
いや、制服だけが立っているように見える。
雄英ヒーロー科一年A組、葉隠透。個性は『透明化』。
「この子から相談だ」
パワーローダーが言う。
「葉隠透さんですね」
「えっ、分かるの!?」
制服の位置から声がした。
「名札がありますので」
「あっ、そっか!」
単純な理由だった。
「空木くんだよね! 体育祭で光出してた!」
「はい」
「ほんとにサポート科なんだね!」
「そうですね」
他の何かではない。
パワーローダーが話を戻した。
「葉隠のコスチューム関連だ。ただし新規製作じゃない」
「追加装備ですか?」
「ああ」
その方が扱いやすい。ヒーローコスチューム一式を私が作る必要はない。
正式なコスチュームには学校外の製作側も関わる。学校の開発工房で扱うなら、既存コスチュームへ追加するサポートアイテムとして解決した方が手続きも小さい。
「要望を聞いてもいいですか?」
「あのね!」
葉隠さんの声が少し大きくなる。
「服も透明にしたい!」
なるほど。
◇ ◇ ◇
話を聞けば問題は単純だった。
葉隠さん本人は透明。だが、着ている物は透明ではない。普通の衣服や装備を着用すれば、その部分だけ見える。
個性の利点を最大限に使おうとすると、身に着けられる物へ制約が出る。
防護。防寒。収納。
ヒーロー活動で衣服や装備が担う機能は多い。身体だけが透明でも、服が透明でなければ隠密性は落ちる。
「透明な生地に変える方法もありますが」
私は言う。
「コスチューム側を全部専用品へ置き換える必要があります」
「それは大変?」
「手続きも増えますし、将来コスチュームを変更するたびに透明化仕様で作り直すことになります」
葉隠さんが少し考える。
「じゃあ違う方法?」
「服を透明にする側を、別に用意した方が便利だと思います」
「別?」
「アクセサリーです」
葉隠さんの身体は変えない。コスチュームも基本的には変えない。
小型のサポートアイテムを一つ追加する。それを装着している間だけ、葉隠さん本人が身に着けている衣服や装備を、本人の透明化へ追従させる。
「それなら服を替えても使えます」
「えっ、そっちの方がいい!」
「私もそう思います」
問題は、透明化をどう実現しているか。そこを確認する必要がある。
◇ ◇ ◇
「少し個性を測らせてもらってもいいですか?」
「いいよ!」
「採血はしません。光学測定だけで足ります」
体育祭以前なら、個性因子そのものを得た方が早かった。今は違う。
十分な発現情報があれば、外から構造を逆算できる。葉隠さんの場合、個性がほぼ常時発現している。観察機会としてはかなり多い。
パワーローダーへ確認する。
「光学測定設備を借りてもいいですか?」
「申請書書け」
「分かりました」
学校で完結する。それでいい。
◇ ◇ ◇
サポート科の測定設備を使う。
複数波長の光源。受光センサー。偏光測定。高精度カメラ。背景パターン。
葉隠さんには、制服から出ている手を測定位置へ置いてもらう。
「この辺?」
「もう少し右です」
「こう?」
「はい」
何も見えないので、位置は声と接触センサーで合わせる。
背景パターン。その前に透明な手。肉眼では、ほぼ背景がそのまま続いている。
光源を点ける。角度を変える。受光。波長変更。再測定。
「何か分かる?」
「少しずつ」
単純に身体が透明な物質へ変わっているだけではない。
もし、皮膚、筋肉、骨、それらの光吸収がなくなっただけなら、内部で光は屈折する。輪郭も出る。
だが、葉隠さんはかなり見えにくい。
光が身体へ入る。進行方向が変わる。内部を通る。そして反対側から出る。
その時、観測者へ届く光が、身体が存在しなかった場合へ近づくよう調整されている。
「屈折制御が中心ですね」
「屈折?」
「光を曲げています」
「私が?」
「個性が、ですね」
測定条件を変える。見る角度。光量。偏光。身体を少し動かしてもらう。
「左右へ手を動かしてください」
「はーい」
移動。背景の乱れは僅か。補正が追従する。
複数方向から入る光へ同時対応している。身体表面だけではなく、内部を含めた光学特性そのものを連続制御している。
少なくとも、現在測定できる範囲では、そう考えるのが自然だった。
「単純に透けているわけではないですね」
「私、ずっと透明なだけだと思ってた!」
「結果としては透明ですから、使用上はそれで問題ありません」
本人が内部構造まで知る必要はない。人間は筋収縮の生化学反応を理解していなくても歩ける。個性も似たようなものだった。
私は観測した情報を、頭の中で個性因子構造へ落とす。
対象は自分自身。作用は光路変更、反射抑制、散乱抑制、入射方向に応じた出射補正。常時発現。
かなり明確になった。そして、これなら作れる。
葉隠さんの個性因子を採る必要はない。同じ現象を起こす人工個性を、必要なら設計できる。
今回は、その全部を使う必要もない。
◇ ◇ ◇
次の確認。
なぜ服が透明にならないか。答えは単純だった。
葉隠さんの『透明化』の作用対象は、葉隠さん本人。身に着けた物までは含まれていない。
試験布を渡す。
「手に乗せてください」
「はい!」
何もない空間に、布だけが浮く。葉隠さんの見えない手へ密着していても、布は見える。
「やっぱりこうなるんだよね」
「作用対象外ですから」
ここで、葉隠さん本人の個性を変える方法もある。
作用範囲を、自分だけから、自分と接触中の着用品へ広げる。今の私なら設計そのものは難しくない。
ただし、やる理由がない。
人体の個性因子を直接変更すれば、影響確認も大きくなる。本人の生来個性そのものを変えることになる。
同じ問題を外付けで解決できるなら、そちらの方が簡単。
「葉隠さんの個性は変えません」
「うん?」
「アクセサリー側から、着用品だけへ同じ光学処理を掛けます」
「できるの?」
「できます」
今度は断言できる。必要な情報は取れた。
◇ ◇ ◇
設計する。
アクセサリー形状。大きい必要はない。首元や胸元へ固定できる、小型のクリップ程度。
重要なのは外形ではなく、中へ入れる人工個性。
対象は使用者本人ではない。使用者が着用している非生体物。衣服。手袋。靴。既存コスチュームの装備。
ただし、周囲にある物全部を透明化してはいけない。椅子へ座ったら椅子が消える。壁に触ったら壁が消える。それでは困る。
だから、対象指定を限定する。
装着者を基準にする。身体へ継続的に装着されている物。一定範囲内。一定質量以下。アクセサリー起動時に着用品として登録した対象。
その条件が重なったものだけ。
発動後、それぞれの表面と内部へ、葉隠さんの透明化と同系統の光学補正を作用させる。
「服側に加工しなくてもいけますね」
これなら、ヒーローコスチューム自体を作り直す必要がない。
既存のコスチューム。普段着。別の訓練着。
一定の条件内なら、アクセサリーを移すだけでいい。
ただし、安全のため、学校側へ申請した衣類・装備だけ登録できる仕様にする。何でも透明にできる道具を渡す意味はない。
依頼は、葉隠さんのコスチューム問題の解決。そこまで。
◇ ◇ ◇
人工個性は、頭の中で設計する。
透明化。中核構造はもう理解した。
ただ、葉隠さん本人と完全に同じものにはしない。不要だから。
葉隠さんの個性は、自分自身を透明化。今回は、外部の登録物のみ。
持続はアクセサリー起動中。解除は停止操作、葉隠さんから一定距離以上離れた場合。異常時は自動解除。
透明化状態も、葉隠さん本人の光学状態を参照する。本人が周囲光へ合わせてどう補正しているかを近距離で読む。衣服側も同じ状態へ追従。
独立した万能光学迷彩にするより、必要機能を減らせる。
設計完了。製造。
今は、一週間待つ必要はない。
人工個性因子を作る。小型保持機構へ組み込む。外装。クリップ。電源。制御。
そこからは普通のサポートアイテム製作だった。
◇ ◇ ◇
「何作ってるの?」
横から声。発目さんだった。
「透明化用のアクセサリーです」
「透明化?」
すぐ近づいてくる。
「光学迷彩?」
「近いですが、独立型ではありません。使用者の透明化へ追従します」
「誰用?」
「葉隠さんです」
「ああ、透明な子!」
理解が早い。
「で、どうやってるの?」
「屈折制御と光路補正ですね」
「見たい!」
「試験の時なら」
「呼んで!」
「必要なら」
私は製作を続ける。発目さんも自分の作業へ戻った。
◇ ◇ ◇
最初の試験。
葉隠さんに再び来てもらう。制服姿。
机の上に、小さなクリップ型アクセサリー。
「これ?」
「はい」
「思ったより小さい!」
「服そのものを交換する必要はありませんから」
首元へ着けてもらう。今はまだ起動しない。制服は見えている。
登録。
現在着用している衣類。対象確認。
生体、除外。机、除外。床、除外。制服、靴下、靴、登録対象。
「起動してください」
「どうやるの?」
「そこを押してください」
見えない指が、クリップへ触れる。
起動。
一瞬、制服の輪郭が揺れた。
そして、消えた。
靴も、靴下も、首元のクリップ自身も見えなくなる。
何もない場所から声。
「えっ」
少し間。
「消えた!?」
「消えていますね」
「全部!?」
私は測定器を見る。背景。光学差。僅かにある。完全ではない。
「一応、まだ調整が必要です」
「私には全然分かんないよ!」
葉隠さんが動く。足音。空間だけが動いているように見える。
手を振っているらしい。何も見えない。
「これすごくない!?」
「その場で走らないでください。測定します」
「はーい!」
まず、静止。問題なし。
歩行。補正遅延、少し。
走行。さらに差。
葉隠さん本人の透明化より、アクセサリー側が僅かに遅れる。
原因。参照。演算ではない。人工個性自体の状態追従部分。
調整。
私はアクセサリーを停止させる。制服が戻る。
「おおー!」
葉隠さんが外す。
私は内部構造を微調整する。今なら、個性部分もその場で変えられる。
ただし学校内なので、記録するのはサポートアイテムとして必要な安全情報だけ。人工個性の完全設計図まで提出する必要はない。
二回目。
起動。歩く。走る。腕を動かす。しゃがむ。跳ぶ。
今度は遅延がかなり小さい。
「十分ですね」
「完成!?」
「実用試験はもう少し必要ですが、基本機能は」
「やった!」
◇ ◇ ◇
次。
一度アクセサリーを外す。
葉隠さんには、学校側で用意した別の試験用上着を羽織ってもらう。
既存服。アクセサリー側へ新しく登録。
起動。
上着も消える。
「服変えてもいける!」
「登録すれば」
「じゃあコスチューム変わっても使える?」
「重量や対象数が設計範囲なら使えます」
「そっちの方が絶対便利じゃん!」
同感だった。
コスチューム全部を透明化専用品として新造するより、透明化機能を外へ分離した方が、交換、修理、更新、全部やりやすい。
サポートアイテムとして正しい形だと思う。
◇ ◇ ◇
最終確認。
パワーローダー。葉隠さん。私。学校内。
「で」
パワーローダーが小型クリップを見る。
「これを追加するだけ?」
「はい」
「コスチューム本体は?」
「変更不要です」
「既存の服でも?」
「事前登録した着用品で、仕様範囲内なら透明化します」
パワーローダーがアクセサリーを手に取る。
「大改修扱いにしなくて済みそうだな」
「そのつもりで設計しました」
コスチューム一式を新しく作ったわけではない。正式な既存コスチュームへ、追加サポートアイテムを一つ載せるだけ。
学校側としても扱いやすい。
「葉隠本人の個性は?」
「何も変更していません」
「身体への埋め込みも?」
「ありません」
「アクセサリーを外せば元通り?」
「はい」
パワーローダーが頷く。
「なら、この形で手続き回す」
葉隠さんが横で言う。
「早く使いたい!」
「承認が先だ」
「はーい……」
私は特に急がない。機能は確認できた。依頼自体はほぼ終了だった。
◇ ◇ ◇
その後、私は測定記録を整理する。
葉隠さんの透明化。屈折。光路補正。反射。散乱。複数方向への追従。作用対象、自分自身。
必要な中核構造は確認済み。
今回使ったのは、着用品へ転用する部分だけ。
ただ、私自身の研究としては、透明化という機能そのものを、もう設計できる。
葉隠さん本人と同一の個性因子を複製したわけではない。血液も取っていない。
それでも、観察した範囲の透明化機能なら、人工個性として再現可能。
私はその構造を記憶する。外部へ完全な設計図を残す必要はない。
今回のアクセサリーに必要な安全資料。整備情報。対象制限。
それだけ学校へ提出する。
透明化機構そのものについて、それ以上の用途を考える必要は、今のところなかった。
◇ ◇ ◇
数日後、パワーローダーにまた呼ばれた。
「空木」
「はい」
「次」
資料を渡される。
「次、ですか?」
「葉隠のやつが通った」
正式な追加装備として、問題なく扱えたらしい。
「それで、個性に合わせたサポートを作れる奴として話が回ってる」
「そうですか」
「お前、反応薄いな」
「依頼内容を見ないと何とも言えませんので」
「まあいい」
資料を見る。
学校経由。ヒーロー科。氏名、爆豪勝己。
体育祭準決勝で、私の光操作ベルトを壊した相手。
個性、『爆破』。
希望、ガントレットの改良。
私は一枚目を読む。
汗。回収。保持。放出。
そこまで見て、少し興味が出た。
「これは受けます」
「即答かよ」
「体育祭で直接見ていますから」
透明化とは別の意味で、設計する価値がありそうだった。