無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第26話 透明な服

体育祭が終わってから、少し変わったことがある。

 

廊下で知らない生徒から見られるようになった。

 

正確には、以前から見られていた可能性はある。

 

私は気にしていなかっただけかもしれない。

 

ただ。

 

「体育祭三位のサポート科」

 

「あの光のやつ」

 

「人工個性」

 

そういう言葉が聞こえるようになったので、少なくとも頻度は増えている。

 

特に困ることはない。

 

話しかけられれば答える。

 

それだけだった。

 

その日の午後。

 

サポート科の実習室で課題を終えたところで、パワーローダーに呼ばれた。

 

「空木」

 

「はい」

 

「ちょっと来い」

 

作業台から離れる。

 

パワーローダーの前には、一人の女子生徒が立っていた。

 

いや。

 

制服だけが立っているように見える。

 

雄英ヒーロー科一年A組。

 

葉隠透。

 

個性は『透明化』。

 

「この子から相談だ」

 

パワーローダーが言う。

 

「葉隠透さんですね」

 

「えっ、分かるの!?」

 

制服の位置から声がした。

 

「名札がありますので」

 

「あっ、そっか!」

 

単純な理由だった。

 

「空木くんだよね! 体育祭で光出してた!」

 

「はい」

 

「ほんとにサポート科なんだね!」

 

「そうですね」

 

他の何かではない。

 

パワーローダーが話を戻した。

 

「葉隠のコスチューム関連だ。ただし新規製作じゃない」

 

「追加装備ですか?」

 

「ああ」

 

その方が扱いやすい。

 

ヒーローコスチューム一式を私が作る必要はない。

 

正式なコスチュームには学校外の製作側も関わる。

 

学校の開発工房で扱うなら、既存コスチュームへ追加するサポートアイテムとして解決した方が手続きも小さい。

 

「要望を聞いてもいいですか?」

 

「あのね!」

 

葉隠さんの声が少し大きくなる。

 

「服も透明にしたい!」

 

なるほど。

 

◇ ◇ ◇

 

話を聞けば問題は単純だった。

 

葉隠さん本人は透明。

 

だが。

 

着ている物は透明ではない。

 

普通の衣服や装備を着用すれば、その部分だけ見える。

 

個性の利点を最大限に使おうとすると、身に着けられる物へ制約が出る。

 

防護。

 

防寒。

 

収納。

 

ヒーロー活動で衣服や装備が担う機能は多い。

 

身体だけが透明でも。

 

服が透明でなければ、隠密性は落ちる。

 

「透明な生地に変える方法もありますが」

 

私は言う。

 

「コスチューム側を全部専用品へ置き換える必要があります」

 

「それは大変?」

 

「手続きも増えますし、将来コスチュームを変更するたびに透明化仕様で作り直すことになります」

 

葉隠さんが少し考える。

 

「じゃあ違う方法?」

 

「服を透明にする側を、別に用意した方が便利だと思います」

 

「別?」

 

「アクセサリーです」

 

葉隠さんの身体は変えない。

 

コスチュームも基本的には変えない。

 

小型のサポートアイテムを一つ追加する。

 

それを装着している間だけ。

 

葉隠さん本人が身に着けている衣服や装備を、本人の透明化へ追従させる。

 

「それなら服を替えても使えます」

 

「えっ、そっちの方がいい!」

 

「私もそう思います」

 

問題は。

 

透明化をどう実現しているか。

 

そこを確認する必要がある。

 

◇ ◇ ◇

 

「少し個性を測らせてもらってもいいですか?」

 

「いいよ!」

 

「採血はしません。光学測定だけで足ります」

 

体育祭以前なら。

 

個性因子そのものを得た方が早かった。

 

今は違う。

 

十分な発現情報があれば、外から構造を逆算できる。

 

葉隠さんの場合。

 

個性がほぼ常時発現している。

 

観察機会としてはかなり多い。

 

パワーローダーへ確認する。

 

「光学測定設備を借りてもいいですか?」

 

「申請書書け」

 

「分かりました」

 

学校で完結する。

 

それでいい。

 

◇ ◇ ◇

 

サポート科の測定設備を使う。

 

複数波長の光源。

 

受光センサー。

 

偏光測定。

 

高精度カメラ。

 

背景パターン。

 

葉隠さんには、制服から出ている手を測定位置へ置いてもらう。

 

「この辺?」

 

「もう少し右です」

 

「こう?」

 

「はい」

 

何も見えないので。

 

位置は声と接触センサーで合わせる。

 

背景パターン。

 

その前に透明な手。

 

肉眼では。

 

ほぼ背景がそのまま続いている。

 

光源を点ける。

 

角度を変える。

 

受光。

 

波長変更。

 

再測定。

 

「何か分かる?」

 

「少しずつ」

 

単純に身体が透明な物質へ変わっているだけではない。

 

もし。

 

皮膚。

 

筋肉。

 

骨。

 

それらの光吸収がなくなっただけなら。

 

内部で光は屈折する。

 

輪郭も出る。

 

だが。

 

葉隠さんはかなり見えにくい。

 

光が身体へ入る。

 

進行方向が変わる。

 

内部を通る。

 

そして反対側から出る。

 

その時。

 

観測者へ届く光が。

 

身体が存在しなかった場合へ近づくよう調整されている。

 

「屈折制御が中心ですね」

 

「屈折?」

 

「光を曲げています」

 

「私が?」

 

「個性が、ですね」

 

測定条件を変える。

 

見る角度。

 

光量。

 

偏光。

 

身体を少し動かしてもらう。

 

「左右へ手を動かしてください」

 

「はーい」

 

移動。

 

背景の乱れ。

 

僅か。

 

補正が追従する。

 

複数方向から入る光へ同時対応している。

 

身体表面だけではなく。

 

内部を含めた光学特性そのものを連続制御している。

 

少なくとも。

 

現在測定できる範囲では。

 

そう考えるのが自然だった。

 

「単純に透けているわけではないですね」

 

「私、ずっと透明なだけだと思ってた!」

 

「結果としては透明ですから、使用上はそれで問題ありません」

 

本人が内部構造まで知る必要はない。

 

人間は筋収縮の生化学反応を理解していなくても歩ける。

 

個性も似たようなものだった。

 

私は観測した情報を。

 

頭の中で個性因子構造へ落とす。

 

対象。

 

自分自身。

 

作用。

 

光路変更。

 

反射抑制。

 

散乱抑制。

 

入射方向に応じた出射補正。

 

常時発現。

 

かなり明確になった。

 

そして。

 

これなら作れる。

 

葉隠さんの個性因子を採る必要はない。

 

同じ現象を起こす人工個性を。

 

必要なら設計できる。

 

今回は。

 

その全部を使う必要もない。

 

◇ ◇ ◇

 

次の確認。

 

なぜ服が透明にならないか。

 

答えは単純だった。

 

葉隠さんの『透明化』の作用対象は。

 

葉隠さん本人。

 

身に着けた物までは含まれていない。

 

試験布を渡す。

 

「手に乗せてください」

 

「はい!」

 

何もない空間に。

 

布だけが浮く。

 

葉隠さんの見えない手へ密着していても。

 

布は見える。

 

「やっぱりこうなるんだよね」

 

「作用対象外ですから」

 

ここで。

 

葉隠さん本人の個性を変える方法もある。

 

作用範囲を。

 

自分だけ。

 

から。

 

自分と接触中の着用品。

 

へ広げる。

 

今の私なら設計そのものは難しくない。

 

ただし。

 

やる理由がない。

 

人体の個性因子を直接変更すれば。

 

影響確認も大きくなる。

 

本人の生来個性そのものを変えることになる。

 

同じ問題を。

 

外付けで解決できるなら。

 

そちらの方が簡単。

 

「葉隠さんの個性は変えません」

 

「うん?」

 

「アクセサリー側から、着用品だけへ同じ光学処理を掛けます」

 

「できるの?」

 

「できます」

 

今度は断言できる。

 

必要な情報は取れた。

 

◇ ◇ ◇

 

設計する。

 

アクセサリー形状。

 

大きい必要はない。

 

首元や胸元へ固定できる。

 

小型のクリップ程度。

 

重要なのは外形ではなく。

 

中へ入れる人工個性。

 

対象は。

 

使用者本人ではない。

 

使用者が着用している非生体物。

 

衣服。

 

手袋。

 

靴。

 

既存コスチュームの装備。

 

ただし。

 

周囲にある物全部を透明化してはいけない。

 

椅子へ座ったら椅子が消える。

 

壁に触ったら壁が消える。

 

それでは困る。

 

だから。

 

対象指定を限定する。

 

装着者を基準にする。

 

身体へ継続的に装着されている物。

 

一定範囲内。

 

一定質量以下。

 

アクセサリー起動時に着用品として登録した対象。

 

その条件が重なったものだけ。

 

発動後。

 

それぞれの表面と内部へ。

 

葉隠さんの透明化と同系統の光学補正を作用させる。

 

「服側に加工しなくてもいけますね」

 

これなら。

 

ヒーローコスチューム自体を作り直す必要がない。

 

既存のコスチューム。

 

普段着。

 

別の訓練着。

 

一定の条件内なら。

 

アクセサリーを移すだけでいい。

 

ただし。

 

安全のため。

 

学校側へ申請した衣類・装備だけ登録できる仕様にする。

 

何でも透明にできる道具を渡す意味はない。

 

依頼は。

 

葉隠さんのコスチューム問題の解決。

 

そこまで。

 

◇ ◇ ◇

 

人工個性は。

 

頭の中で設計する。

 

透明化。

 

中核構造はもう理解した。

 

ただ。

 

葉隠さん本人と完全に同じものにはしない。

 

不要だから。

 

葉隠さんの個性。

 

自分自身を透明化。

 

今回。

 

外部の登録物のみ。

 

持続。

 

アクセサリー起動中。

 

解除。

 

停止操作。

 

葉隠さんから一定距離以上離れた場合。

 

異常時。

 

自動解除。

 

透明化状態も。

 

葉隠さん本人の光学状態を参照する。

 

本人が周囲光へ合わせてどう補正しているかを近距離で読む。

 

衣服側も同じ状態へ追従。

 

独立した万能光学迷彩にするより。

 

必要機能を減らせる。

 

設計完了。

 

製造。

 

今は。

 

一週間待つ必要はない。

 

人工個性因子を作る。

 

小型保持機構へ組み込む。

 

外装。

 

クリップ。

 

電源。

 

制御。

 

そこからは普通のサポートアイテム製作だった。

 

◇ ◇ ◇

 

「何作ってるの?」

 

横から声。

 

発目さんだった。

 

「透明化用のアクセサリーです」

 

「透明化?」

 

すぐ近づいてくる。

 

「光学迷彩?」

 

「近いですが、独立型ではありません。使用者の透明化へ追従します」

 

「誰用?」

 

「葉隠さんです」

 

「ああ、透明な子!」

 

理解が早い。

 

「で、どうやってるの?」

 

「屈折制御と光路補正ですね」

 

「見たい!」

 

「試験の時なら」

 

「呼んで!」

 

「必要なら」

 

私は製作を続ける。

 

発目さんも自分の作業へ戻った。

 

◇ ◇ ◇

 

最初の試験。

 

葉隠さんに再び来てもらう。

 

制服姿。

 

机の上に。

 

小さなクリップ型アクセサリー。

 

「これ?」

 

「はい」

 

「思ったより小さい!」

 

「服そのものを交換する必要はありませんから」

 

首元へ着けてもらう。

 

今はまだ起動しない。

 

制服は見えている。

 

登録。

 

現在着用している衣類。

 

対象確認。

 

生体。

 

除外。

 

机。

 

除外。

 

床。

 

除外。

 

制服。

 

靴下。

 

靴。

 

登録対象。

 

「起動してください」

 

「どうやるの?」

 

「そこを押してください」

 

見えない指が。

 

クリップへ触れる。

 

起動。

 

一瞬。

 

制服の輪郭が揺れた。

 

そして。

 

消えた。

 

靴も。

 

靴下も。

 

首元のクリップ自身も。

 

見えなくなる。

 

何もない場所から声。

 

「えっ」

 

少し間。

 

「消えた!?」

 

「消えていますね」

 

「全部!?」

 

私は測定器を見る。

 

背景。

 

光学差。

 

僅かにある。

 

完全ではない。

 

「一応、まだ調整が必要です」

 

「私には全然分かんないよ!」

 

葉隠さんが動く。

 

足音。

 

空間だけが動いているように見える。

 

手を振っているらしい。

 

何も見えない。

 

「これすごくない!?」

 

「その場で走らないでください。測定します」

 

「はーい!」

 

まず。

 

静止。

 

問題なし。

 

歩行。

 

補正遅延。

 

少し。

 

走行。

 

さらに差。

 

葉隠さん本人の透明化より。

 

アクセサリー側が僅かに遅れる。

 

原因。

 

参照。

 

演算ではない。

 

人工個性自体の状態追従部分。

 

調整。

 

私はアクセサリーを停止させる。

 

制服が戻る。

 

「おおー!」

 

葉隠さんが外す。

 

私は内部構造を微調整する。

 

今なら。

 

個性部分もその場で変えられる。

 

ただし学校内なので。

 

記録するのはサポートアイテムとして必要な安全情報だけ。

 

人工個性の完全設計図まで提出する必要はない。

 

二回目。

 

起動。

 

歩く。

 

走る。

 

腕を動かす。

 

しゃがむ。

 

跳ぶ。

 

今度は遅延がかなり小さい。

 

「十分ですね」

 

「完成!?」

 

「実用試験はもう少し必要ですが、基本機能は」

 

「やった!」

 

◇ ◇ ◇

 

次。

 

一度アクセサリーを外す。

 

葉隠さんには。

 

学校側で用意した別の試験用上着を羽織ってもらう。

 

既存服。

 

アクセサリー側へ新しく登録。

 

起動。

 

上着も消える。

 

「服変えてもいける!」

 

「登録すれば」

 

「じゃあコスチューム変わっても使える?」

 

「重量や対象数が設計範囲なら使えます」

 

「そっちの方が絶対便利じゃん!」

 

同感だった。

 

コスチューム全部を透明化専用品として新造するより。

 

透明化機能を外へ分離した方が。

 

交換。

 

修理。

 

更新。

 

全部やりやすい。

 

サポートアイテムとして正しい形だと思う。

 

◇ ◇ ◇

 

最終確認。

 

パワーローダー。

 

葉隠さん。

 

私。

 

学校内。

 

「で」

 

パワーローダーが小型クリップを見る。

 

「これを追加するだけ?」

 

「はい」

 

「コスチューム本体は?」

 

「変更不要です」

 

「既存の服でも?」

 

「事前登録した着用品で、仕様範囲内なら透明化します」

 

パワーローダーがアクセサリーを手に取る。

 

「大改修扱いにしなくて済みそうだな」

 

「そのつもりで設計しました」

 

コスチューム一式を新しく作ったわけではない。

 

正式な既存コスチュームへ。

 

追加サポートアイテムを一つ載せるだけ。

 

学校側としても扱いやすい。

 

「葉隠本人の個性は?」

 

「何も変更していません」

 

「身体への埋め込みも?」

 

「ありません」

 

「アクセサリーを外せば元通り?」

 

「はい」

 

パワーローダーが頷く。

 

「なら、この形で手続き回す」

 

葉隠さんが横で言う。

 

「早く使いたい!」

 

「承認が先だ」

 

「はーい……」

 

私は特に急がない。

 

機能は確認できた。

 

依頼自体はほぼ終了だった。

 

◇ ◇ ◇

 

その後。

 

私は測定記録を整理する。

 

葉隠さんの透明化。

 

屈折。

 

光路補正。

 

反射。

 

散乱。

 

複数方向への追従。

 

作用対象。

 

自分自身。

 

必要な中核構造は確認済み。

 

今回使ったのは。

 

着用品へ転用する部分だけ。

 

ただ。

 

私自身の研究としては。

 

透明化という機能そのものを。

 

もう設計できる。

 

葉隠さん本人と同一の個性因子を複製したわけではない。

 

血液も取っていない。

 

それでも。

 

観察した範囲の透明化機能なら。

 

人工個性として再現可能。

 

私はその構造を記憶する。

 

外部へ完全な設計図を残す必要はない。

 

今回のアクセサリーに必要な安全資料。

 

整備情報。

 

対象制限。

 

それだけ学校へ提出する。

 

透明化機構そのものについて。

 

それ以上の用途を考える必要は。

 

今のところなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

数日後。

 

パワーローダーにまた呼ばれた。

 

「空木」

 

「はい」

 

「次」

 

資料を渡される。

 

「次、ですか?」

 

「葉隠のやつが通った」

 

正式な追加装備として。

 

問題なく扱えたらしい。

 

「それで、個性に合わせたサポートを作れる奴として話が回ってる」

 

「そうですか」

 

「お前、反応薄いな」

 

「依頼内容を見ないと何とも言えませんので」

 

「まあいい」

 

資料を見る。

 

学校経由。

 

ヒーロー科。

 

氏名。

 

爆豪勝己。

 

体育祭準決勝で。

 

私の光操作ベルトを壊した相手。

 

個性。

 

『爆破』。

 

希望。

 

ガントレットの改良。

 

私は一枚目を読む。

 

汗。

 

回収。

 

保持。

 

放出。

 

そこまで見て。

 

少し興味が出た。

 

「これは受けます」

 

「即答かよ」

 

「体育祭で直接見ていますから」

 

透明化とは別の意味で。

 

設計する価値がありそうだった。

 

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