無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「これは受けます」
「即答かよ」
パワーローダーが言う。
「体育祭で直接見ていますから」
渡された資料へもう一度目を落とす。
爆豪勝己。ヒーロー科一年A組。個性『爆破』。
依頼内容は、ガントレットの改良。
現在の装備は、掌から出る爆発性の汗を回収し、腕部のタンクへ貯蔵。必要な時にまとめて放出する。
本人の個性だけで大規模な爆発を連続使用するより、身体への負担を抑えながら大火力を確保するための装備。考え方としては合理的だった。
問題は、爆豪さん本人が装備より速いこと。
体育祭で直接戦って分かった。あの人は一回爆発する。次に左右を切り替え、出力を変え、角度を変える。推進へ使い、攻撃へ変える。
それをほとんど間を置かず続ける。装備がそこへ付いていけなければ、高性能にしても邪魔になる。
「本人も来てるぞ」
「分かりました」
パワーローダーが実習室の奥を見る。そこに爆豪さんがいた。腕を組んでいる。
「遅ェ」
「すみません。今資料を受け取ったところです」
「体育祭で見てただろうが」
「見ていましたが、正式な仕様書は今受け取りました」
「チッ」
怒られても、そこは変わらない。
私は資料を持って近づく。
「まず現行品を見せてもらえますか?」
「もう置いてある」
作業台を見る。大きな籠手。爆豪さんのヒーローコスチュームに付属する装備。
体育祭では装着していなかった。実物を見るのはこれが初めてだった。
◇ ◇ ◇
私は手袋を着ける。
外装。固定部。内部タンク。汗の導入口。流路。放出部。安全機構。
分解可能な範囲まで開ける。学校へ提出されている設計資料とも照合。
基本構造は分かりやすい。
掌から分泌された汗を手袋側で回収し、腕方向へ送る。タンクへ貯蔵し、必要時に放出。
蓄積した分を使うことで、本人がその瞬間に分泌している汗量以上の爆発を一度に利用できる。
つまり、爆豪さんの個性そのものを強くしているわけではない。時間をかけて出た汗を、後からまとめて使っている。
「悪くないですね」
「は?」
爆豪さんの眉が動く。
「現行品です。目的には合っています」
「じゃあ呼ばれてねェだろ」
「改善できないとは言っていません」
私は内部を見る。問題点はいくつかある。
「まず、回収効率が低いですね」
「どこがだ」
「掌から出た汗を全部取れていません」
「全部?」
「爆発へ使われた分は当然無理です。ただ、装備側へ回せる状態でも取りこぼしがあります」
現行の導入口。掌全体を塞げば、爆豪さん本人の爆発を邪魔する。だから中央は大きく開いている。
汗をガントレットへ流す部分と、本人が直接爆発を使う部分。両立させている。その結果、回収できる汗は限定される。
「ここを塞いだら撃てねェだろ」
「塞ぎません」
「じゃあどうすんだ」
「流れだけ変えます」
掌の中央は空ける。爆発を邪魔しない。
ただし、周辺へ流れた汗、手首側へ逃げる汗、それを拾う。
薄い回収経路を複数。爆豪さんの掌の可動を邪魔しない位置に置き、そこから腕へ送る。
「吸うのか?」
「強く吸引すると爆発時の挙動へ影響します。毛細管と弱い移送機構を組み合わせる方がいいですね」
「遅くねェか」
「そこを測ります」
爆豪さんを見る。
「実際に使ってください」
「最初からそうしろ」
「測定準備がありますので」
「チッ」
◇ ◇ ◇
試験場所は学校内の訓練設備。当然、パワーローダー監督。
爆豪さんには既存ガントレット用の測定手袋を着けてもらう。
目的は、汗量、位置、移動、爆発使用時の回収変化。それだけ。個性因子を直接改造するわけではない。
「普通に動いてください」
「普通って何だ」
「戦闘時と同じように」
「最初からそう言え」
開始。
爆発。一発、二発。移動。急停止。方向転換。
体育祭で見た動き。近くで測定すると、改めて分かる。
爆発出力だけではない。細かい。
右。左。弱。強。移動用。攻撃用。
ほとんど別々に制御している。汗の発生位置も完全に均一ではない。
そして爆発を使うたび、当然、一部はその場で消費される。残る分、流れる分、装備側へ取れる分。それを測る。
「もう一度お願いします」
「何回やんだ」
「必要な回数だけです」
「なら一回で取れ!」
「条件が違いますので無理です」
爆豪さんがこちらを見る。怒っている。ただ、やる。
二回目。今度は連続機動。
三回目。大きめの爆発を混ぜる。
四回目。片手偏重。
結果は十分。
「終わりです」
「やっとか」
爆豪さんが手袋を外す。
私は測定結果を見る。やはり、装備側の設計より本人の制御の方が細かい。
◇ ◇ ◇
「今の籠手だと」
私は言う。
「爆豪さんの操作を二種類にまとめすぎています」
「何が」
「本人が直接使うか。溜めて大きく放出するか」
現行品は、個性を直接使う。あるいは、タンクに溜めた汗をまとめて使う。大きく分ければそれだけ。
しかし、本人はもっと細かく使える。
「爆豪さんは爆発量をかなり細かく変えていますよね」
「当たり前だろ」
即答だった。本人にとっては当たり前らしい。
「角度も」
「あァ」
「左右も」
「見りゃ分かんだろ」
「分かります」
だから、装備側も大爆発一回だけを目的にする必要はない。
「貯めた汗を全部一度に出すだけでは、爆豪さん本人より制御が粗いです」
爆豪さんが黙る。否定はしなかった。
「放出量を変えられるようにします」
「どんくらい」
「段階固定にすると遅いので、連続可変に近い方がいいですね」
「それでやれ」
「ただし最大放出には安全ロックを残します」
「いらねェ」
「要ります」
「外せ」
「学校の装備なので無理です」
「てめェ自分の体育祭装備には変なの二十五個付けてただろうが!」
「全部検査を通していますよ」
「チッ!」
そこは譲らない。
事故が起きれば、装備製作者側にも問題が来る。研究環境へ悪影響が出る。必要な安全装置は付ける。
◇ ◇ ◇
設計を始める。
最初は回収。
掌中央は開放。本人の直接爆発を邪魔しない。掌外周、指の付け根付近、手首側。爆発へすぐ使わなかった汗を拾う。回収層は薄く、可動性を落とさない。
次は輸送。
現行品は単一経路に近い。そこを複数化し、一部が詰まっても全部止まらないようにする。
逆流防止。爆発の衝撃で、タンク側から汗が掌へ戻らないようにする。
次は貯蔵。
一つの大容量空間へ全部入れるより、複数の小区画へ分割する。
理由は、一つ、移動中の偏りを減らす。二つ、一部損傷時の全損を防ぐ。三つ、放出量を調整しやすい。四つ、残量が分かりやすい。
「細けェな」
横で爆豪さんが言う。
「必要なので」
「でけェの一発撃てりゃいい」
「それだけなら今のものでもできます」
爆豪さんが黙る。
「今回の依頼は改良ですよね」
「……続けろ」
私は続ける。
放出。ここが一番重要。
爆豪さん本人の操作速度へ、装備を近づける。
引き金を引いて、内部機構が開いて、一定量が移動して、放出。それでは遅い。
爆豪さんの爆発機動では、その一瞬が長い。
「放出経路を短くします」
「おう」
「タンク配置も前へ」
「重くならねェか」
「そこは外装を軽くします」
「耐久落とすなよ」
「必要強度は残します」
会話は、技術的な内容なら早かった。要求が具体的で、何が嫌か、何が必要か、はっきりしている。
爆豪さんは装備設計者ではない。ただ、自分の個性をどう使うかについては、かなり理解している。
これは作りやすい。
◇ ◇ ◇
試作。学校設備。
私は既存籠手を全部作り直さない。まず内部ユニット。回収層、流路、分割タンク、放出弁。そこだけ。外装は試験用。
爆豪さんが見る。
「ちっせェ」
「内部試験用です」
「完成品じゃねェのか」
「いきなり完成品を作る方が遅いですよ」
一つずつ試す。
回収試験。爆豪さんが掌に汗をかく。移送。現行より早い。残留量、減少。
次。連続移動。爆発。衝撃。逆流、なし。
次。タンク区画。一つだけ停止。他は使用可能。
次。放出量。少量。中量。多量。最大。
爆豪さんが触る。
「段階じゃねェのか」
「操作量に合わせて変わります」
「最初からそうしろ」
「そう作りました」
「うるせェ!」
意味が分からない。
◇ ◇ ◇
次は実爆発試験。
学校の訓練設備。防護区画。試作ユニットを装着。
「最初は低量でお願いします」
「あァ」
爆豪さんが構える。
放出。爆発。測定。
次。中量。爆発。
次。連続。一回、二回、三回。
装備内の複数区画から、必要量だけ出す。全部を使わない。
爆豪さんの手の向き。身体の角度。爆発と同時に動く。
「もうちょい出せるか」
「現在値から十五パーセント程度なら」
「やれ」
調整。再試験。爆発。
「……こっちだ」
「分かりました」
本人の感覚の方が早い。
計測上は、一つ前でも問題ない。だが、爆豪さんの使い方なら、今の方が自然なのだろう。
私は入力値を記録する。
「次、左右で変えるぞ」
「どうぞ」
右、大きい。左、小さい。そのまま反動で身体を回す。
右、小。左、中。着地。停止。
装備からの放出を使っていても、爆豪さんは自分の掌の爆発と同じように組み込もうとしている。
「……かなり細かいですね」
「何がだ」
「制御です」
「当たり前だろ」
また同じ返事だった。
「装備側が少し遅れるだけでも嫌ですか?」
「邪魔だ」
即答。
「分かりました」
設計方針が決まる。
装備が爆豪さんを制御するのではない。装備は入力へ遅れず付いていく。
本人が細かく使えるなら、勝手な補正は減らす。
自動照準、不要。自動出力選択、不要。姿勢補正、不要。
爆豪さん自身がやった方が早い。
必要なのは、汗を無駄なく回収し、使いたい位置へ運び、安全に貯める。そして要求された量だけ、遅れず出す。
それだけ。
単純に見える。でも、その方が爆豪さんには合っている。
◇ ◇ ◇
試験後、爆豪さんが言った。
「出力は?」
「何のですか?」
「俺の爆発そのものだ」
「装備からまとめて使う分なら、貯蔵量を増やせば一回の爆発は大きくできます」
「それじゃねェ」
やはり。
「掌から直接出す方」
「今は無理ですね」
爆豪さんの目が細くなる。
「個性自体を直接変更すれば別ですが」
「いじんのか」
「依頼内容としては勧めません」
爆豪さんが顔をしかめる。
「じゃあ装備で上げろ」
「現状、その方法は持っていません」
はっきり言う。
外部装置で個性因子そのものを変えず、元の個性出力だけを増幅する。そういう方式は、今の私にはない。
個性を直接改造するならできる。
でも、ヒーロー科生徒の生来個性へ、サポート装備の依頼で恒久改造を入れる。それは話が違う。
安全確認も、学校側の扱いも、社会的な問題も、一気に増える。
「ただ」
私は試作ガントレットを見る。
「今の方式以外が存在しないと決まったわけでもありません」
「できんのか」
「今後、別の仕組みを見つければ可能になるかもしれません」
「なら見つけろ」
「必要な研究対象があれば」
「そこは『分かった』だろうが!」
準決勝の後も似たことを言われた。
できる保証がないものを、できるとは言えない。
◇ ◇ ◇
最終試作品。
現行ガントレットの外形を基準にする。ただし、内部は変更。
汗回収。掌の使用を阻害しない周辺回収。
輸送。複数経路。逆流防止。
貯蔵。分割区画。残量確認。
放出。連続可変。低量から最大量まで。緊急遮断。最大出力時のみ安全操作。
そして整備。洗浄。交換。
汗を扱う以上、内部へ残留する。詰まり。劣化。汚染。定期整備が必要。
そこも簡単に開けるようにする。
爆豪さんへ渡す。
「試してください」
「言われなくてもやる」
装着。手を開く。握る。手首を回す。腕を振る。
「軽くなったな」
「内部配置を変えました」
「前より邪魔じゃねェ」
「それなら良かったです」
「まだ褒めてねェ」
「そうですか」
試験開始。
爆発。移動。爆発。急加速。着地。大きく一発。
次。装備側の貯蔵分。中量。すぐ小量。本人の爆発。装備の放出。交互。
動きにほとんど切れ目がない。
体育祭で戦った時、爆豪さんは自分の身体だけでこの速度だった。
装備を追加しても、操作量が増えているのに崩れない。むしろ、貯蔵した汗を自分の爆発の延長として扱っている。
「次最大でいくぞ!」
「規定範囲ならどうぞ」
「分かってる!」
安全区画確認。パワーローダー確認。
爆豪さんが腕を向ける。
最大放出。爆発。衝撃。煙。
測定器の値が上がる。
装備、異常なし。腕、異常なし。
爆豪さんが煙の向こうから戻る。
「前より溜まるの早ェ」
「回収率を上げていますから」
「連射しても詰まらねェ」
「流路を分けました」
「最大まで出す時だけまだ遅ェ」
「安全操作があるので」
「外せ」
「外しません」
「チッ!」
そこは変更なし。
◇ ◇ ◇
パワーローダーへ資料を渡す。
改修箇所。試験結果。安全性。整備手順。
爆豪さんの個性そのもの、変更なし。人工個性による出力増幅、なし。
今回やったのは、元から出ている汗をどう扱うか。それだけ。
ただ、かなり使いやすくはなった。
「よくまとまってんな」
パワーローダーが言う。
「爆豪さんの要求が具体的でしたから」
「アイツの?」
「はい」
爆豪さんを見る。少し離れたところで、新しいガントレットを何度も動かしている。
「自分の個性についてかなり細かく把握しています」
「そりゃヒーロー科だしな」
「全員が同じではないと思います」
体育祭でも多数見た。
強い個性。便利な個性。珍しい個性。
でも、本人が扱い切れているかは別。
爆豪さんは、出力が高いだけではない。
何をすれば、どの程度爆発するか。どう動くか。どこまで使えるか。身体で理解している。
だから、サポートアイテム側が余計なことをする必要が少ない。
「装備で動きを補う必要がないんです」
「ほう」
「本人の入力を遅らせない方が重要です」
「本人に言ってやれよ」
「もう伝わっていると思います」
本人の要求が、最初からそうだった。
遅い。邪魔。重い。もっと出せ。
全部、自分の操作へ装備を合わせろ、という意味だった。
◇ ◇ ◇
「空木ィ」
呼ばれる。
「はい」
爆豪さん。
「これ、次壊れたらすぐ直せんのか」
「損傷箇所によります」
「予備は」
「学校側の予算と申請次第です」
「作っとけ」
「私が勝手に決めることではありません」
「めんどくせェ!」
「学校の装備ですので」
爆豪さんが舌打ちする。それから、一度ガントレットを見る。
「……まあ、前よりマシだ」
かなり評価しているらしい。
「ありがとうございます」
「褒めてねェ!」
また違うらしい。
「次はもっと出せるようにしろ」
「貯蔵量ですか?」
「全部だ」
範囲が広い。
「可能なものなら」
「できるようにしろ」
「研究が進めば、選択肢は増えると思いますよ」
今は、個性そのものを外から増幅する方法はない。でも、技術が今後も今のままとは限らない。
私自身、一か月前には任意の人工個性を作れなかった。
だから、「できない」と「将来もできない」は違う。
爆豪さんは鼻を鳴らした。
「じゃあ進めろ」
「元々そのつもりです」
「俺のためにだ!」
「それは違いますね」
「てめェ!」
パワーローダーが割って入る。
「工房で爆発すんなよ!」
爆豪さんが止まる。
私は完成資料を閉じた。依頼完了。
学校内で、測定、設計、製作、試験、納品。それで終わり。
ただ、今回分かったことは一つある。
強い個性に、大量の機能を足せばいいわけではない。
使用者自身の制御が優れているなら、サポートアイテムがするべきことは、本人に代わって考えることではない。
必要な資源を、必要な時に、必要な量だけ、遅れず渡す。
爆豪さんの場合、それが一番効率的だった。