無個性は個性をつくる 作:匿名希望
合理的ではない。
そう結論を出してから、一か月ほど経った。周囲の反応は特に元へ戻らなかった。
私が本を読めば褒められる。質問へ答えれば驚かれる。計算ができれば頭がいいと言われる。そこまでは以前と同じだった。
ただ、その後へ続く言葉が変わっていた。個性がなくても、勉強を頑張れば、別の長所を活かせば。以前にはなかった条件が付く。
何度聞いても、やはり理由は分からなかった。私自身に変化はない。それなら、評価を変えた原因は個性の有無だけだ。
では、個性とはそれほど重要なものなのだろうか。
そこまで考えて、一つ問題に気付いた。私は個性について、ほとんど何も知らない。
◇ ◇ ◇
知っていることは、一般的な範囲だった。
多くの人間が何らかの個性を持っている。幼少期に発現することが多い。身体の形へ表れるものや、何かを放出するもの、身体能力を変化させるものもある。ヒーローは個性を使って活動する。無個性の人間も、少数ながら存在する。それくらいだ。
考えてみれば、これまで私は個性を特別なものとして調べたことがなかった。周囲に存在する現象の一つではあったが、優先順位が高くなかった。
知らないことは他にもいくらでもある。宇宙、生物、機械、物質、電気、人体、数学。個性だけを選んで調べる理由はなかった。
しかし今はある。私に対する周囲の評価を変えた原因だからだ。
評価が合理的かどうか判断するためには、評価対象を知らなければならない。個性が人間の能力へどの程度影響するのか。持っていること自体に、他の能力を評価し直すほどの意味があるのか。そもそも個性とは何なのか。
分からない。なら、調べればいい。
その日のうちに、私は家にある本から個性に関係しそうなものを探した。ほとんどなかった。
一般向けの個性解説書が一冊。人体についての本の中に、個性に触れている章が少し。それだけだった。
足りない。
「お母さん」
台所へ行く。母が振り返った。
「どうしたの?」
「個性について詳しく書かれた本が欲しいです」
母の動きが止まった。
「個性?」
「はい」
「どうして急に?」
急ではない。私の中では一か月ほど考えている。ただ、それを母へ説明する必要は今までなかった。
「知らないことが多いので」
「……個性のことが気になってたの?」
質問の意味は分かった。無個性だったことを気にしているのかと聞きたいらしい。
「無個性だったこと自体ではありません」
「じゃあ、何が?」
「個性がないと分かっただけで、周囲の人が私への評価を変えました」
母の表情が少し曇る。私は続けた。
「理由を考えるには、個性が何なのか知らないと判断できません」
「それで勉強するの?」
「はい」
母はしばらく私を見ていた。
「……どんな本が欲しいの?」
「医学的なものと、個性について研究しているものがいいです。一般向けの説明だけでは足りません」
「また難しい本?」
「難しいかどうかは読んでみないと分かりません」
母は少し笑った。
「それはそうね」
少なくとも、断られはしなかった。
◇ ◇ ◇
最初に増えたのは医学書だった。
個性そのものだけを扱う本は、私が考えていたより少なかった。一般向けの解説書なら多い。
どういう種類の個性があるか。社会でどう扱われているか。安全に使用するにはどうすればいいか。子供の個性へ親がどう対応するか。そういう本だ。
しかし、私が知りたいこととは少し違う。個性が何をしているかではなく、何によって成立しているのかを知りたかった。
そのためには人体そのものを知らなければならない。遺伝、発生、細胞、神経、内分泌、免疫、代謝。以前にもそれぞれ読んだことはあったが、目的を決めて読み直すと見る場所が変わった。
例えば、身体から炎を出す個性がある。
単純に考えれば、炎を発生させるだけでは足りない。本人が熱に耐えられなければ使えない。燃料はどこから来るのか。酸素は必要なのか。身体のどこで発生しているのか。発動に神経系が関係するのか。意識して止められるなら、何らかの制御系がある。
一つの現象を成立させるだけでも、必要な条件は多い。
身体が巨大化するなら、増えた質量はどこから来るのか。消えた時はどこへ行くのか。物を浮かせるなら、力はどこへ作用しているのか。異形の身体を持つ人間は、発生段階のどこで通常の人体と分かれるのか。
一般向けの本には、そこまで細かく書かれていない。だから、さらに別の資料が必要になった。
「次はこれです」
夕食後、私は紙を父へ渡した。父が受け取る。
「……ずいぶんあるな」
「必要な順番に並べています」
紙には本の題名を書いていた。すべてを一度に買う必要はない。優先度の高いものからでいい。
父は上から順に読んでいった。
「医学書、遺伝学、分子生物学……こっちは?」
「個性研究の論文集です」
「論文?」
「はい」
「四歳児が?」
「年齢で内容は変わりません」
父は紙から顔を上げた。
「まあ、そうだけどな」
反対ではないらしい。
「これ全部読むのか?」
「はい」
「どれくらいかかる?」
「内容によります」
読んでいない本の所要時間は分からない。難易度も情報密度も違う。
父は少し考えてから、紙を机へ置いた。
「分かった。お母さんと相談して探す」
「ありがとうございます」
それで済んだ。
両親は、私が何かを学ぶことについてはあまり制限しなかった。理由を説明し、極端に高価なものでなければ、必要なものは大抵用意してくれる。
私はその環境を便利だと思っていた。
◇ ◇ ◇
本だけでは分からないことも多かった。特に研究論文には、測定結果が出てくる。
血液、細胞、電気信号、各種数値、画像、統計。研究者はそれらを実際に測っている。
私は文章を読むだけでも多くを理解できたが、測定方法が分からなければ結果の意味を正確に判断できない。そこで、測定機器について調べ始めた。
最初は本だった。機械そのものの構造、何を測っているのか、測った信号をどう数値へ変えているのか、誤差はどこから出るのか。原理を知れば、市販されている製品の違いも分かる。
当然、実物も見たくなる。
「これも欲しいです」
今度は母へ、商品の資料を見せた。母は値段を見る。
「本じゃないのね」
「はい」
「何に使うの?」
「測定です」
「何を?」
「最初は自分で試せる範囲を考えています」
個性研究をするからといって、いきなり他人へ何かをする必要はない。まず機器の使い方を覚える方が先だ。測定値が出ても、それが正しいのか判断できなければ意味がない。
母は資料を眺めた。
「危なくない?」
「この機器だけなら危険な機能はありません」
「この機器だけなら、って言い方がちょっと怖いんだけど」
「用途によっては危険なこともできると思います」
「やっぱり?」
「ですが、今それをする予定はありません」
母は額を押さえた。しばらくしてから、もう一度値段を見る。
「お父さんにも聞くからね」
「分かりました」
即座に許可されないことに不満はなかった。金を出すのは両親だ。確認するのは当然だと思う。
結局、その機器は買ってもらえた。高価な研究設備ではない。一般でも購入できる市販品だった。
それでも、実際に数値が表示された時は、本を読むのとは違う面白さがあった。同じ条件で測ったつもりでも、値は完全には一致しない。
測定誤差、機器の精度、対象側の変化。原因はいくつか考えられる。
私は条件を変え、何度か測った。記録して比較すると、数値がずれる。なぜずれたのか考え、また測る。
本で知識を増やす時とは違う。答えが書かれていない。自分で条件を揃えなければ、何が原因だったのか分からない。
そこが面白かった。
◇ ◇ ◇
個性に関する論文も読み進めた。読めば読むほど、分からないことが増えた。
一口に個性と言っても、違いが大きすぎる。炎と身体変化、精神作用と物質生成、感覚強化と空間へ作用する能力。同じ現象としてまとめるには、表面的な働きが違いすぎる。
それでも、全部が個性と呼ばれている。そして、遺伝する。親から子へ受け継がれる傾向がある。身体の一部として扱われている。
なら、共通する何かがあるはずだった。
研究資料には、その共通項についての記述があった。
個性因子。
私はそこで初めて、その言葉を特別に意識した。以前にも見たことはあったはずだ。一般向けの本にも載っていた。ただ、その時は用語として読んでいただけだった。
今回は違う。
個性を成立させる身体側の要素。遺伝、発現、身体との関係、個性ごとの差。周囲があれほど重視するものが、何らかの形で人間の身体に存在している。
だったら、それを調べればいい。
私は個性因子という単語が出てくる資料を集め始めた。医学、遺伝、個性研究、発現例、異常例。無個性について触れた資料も探した。
量は多くなかった。研究内容にもばらつきがある。
分かっていること、推測されていること、まだ確認されていないこと。論文同士で見解が違うものもある。
私はそれを一つずつ分けた。どれが事実として確認されているのか。何が実験結果なのか。どこからが筆者の推論なのか。
理解できない箇所があれば、その前提になる分野へ戻る。必要なら新しい本を頼む。
そうしているうちに、最初に何を確かめたかったのかを考える時間は減っていった。
◇ ◇ ◇
「最近、本当に個性の本ばっかりだな」
父に言われた。
私は机の上を見る。確かにそうだった。医学書の中でも、個性と関係しそうな分野を優先している。論文も同じだ。
「そうですね」
「まだ、前に言ってたことが気になってるのか?」
「前に言っていたこと?」
「個性がないだけで、周りの見る目が変わったって話」
言われて思い出した。それが始まりだった。
「気にはなっています」
「やっぱりそうか」
「ただ、それだけではありません」
父がこちらを見る。
私は開いていた資料へ目を落とした。個性の発現についてまとめられた論文だった。
説明されていることより、説明されていないことの方が多い。発現する理由、能力の種類が決まる仕組み、個性因子が身体へどのように作用するのか、複数の性質がどう組み合わさるのか、なぜ同じ家族でも違いが出るのか。知りたいことが増えている。
「調べていると、分からないことが多いので」
「それが面白い?」
「はい」
即答できた。
父は少し笑った。
「じゃあ、しばらく続きそうだな」
「分からないことがなくなるまでは続くと思います」
「それ、一生終わらないんじゃないか?」
私は少し考えた。否定できない。
調べれば調べるほど、次の疑問が出ている。一つの答えが、そのまま次の問いになる。
「それなら、それでも問題ありません」
父は声を出して笑った。私はなぜ笑われたのか分からなかったので、資料へ戻った。
◇ ◇ ◇
研究を始めた。その時点で、私はそう認識していたわけではない。
本を読む。論文を読む。分からない単語を調べる。測定機器の原理を覚える。市販品を使って、測定の方法を確認する。記録して比較し、次に必要な資料を探す。それだけだった。
まだ、自分で個性因子を見たことはない。直接測定したこともない。培養もできない。複製もできない。個性を作るなど、考えてもいなかった。できるかどうかすら知らない。
ただ、以前とは違った。
個性は、周囲の人間が勝手に高く評価しているだけの曖昧な何かではなくなり始めていた。調べる対象になった。
分からないことがある。資料がある。測る方法がある。まだ測れないものもある。
なら、測れるようにすればいい。
知らないなら調べる。資料が足りないなら探す。道具が足りないなら、まず手に入るものから使う。
私はそれまで、他の分野でも同じようにしてきた。個性だけが例外である理由はない。
最初の動機は、周囲の評価が変わったことだった。どうして無個性というだけで、私を見る目が変わるのか。その理由を知りたかった。
けれど、一か月前ほど、その問いを何度も考えなくなっていた。代わりに考えているのは、別のことだった。
個性因子は、具体的に身体のどこへ存在するのか。発現前と発現後で何が変化するのか。異なる個性同士に共通構造はあるのか。無個性の身体には何がないのか。確認する方法はあるのか。
机には、読み終わった本と、まだ読んでいない本が積まれている。横には市販の測定機器。紙には調べたい項目が増え続けていた。
私は新しい一行を書き足す。
個性因子を、直接検出する方法。
今の私には、その方法がまだ分からない。だから次は、それを調べればよかった。