無個性は個性をつくる 作:匿名希望
青山さんの装備を納品してからも、依頼はしばらく続いた。
一組だけではない。
ヒーロー科一年A組。
一年B組。
学校側から、個性に合わせたサポートアイテムの相談が回ってくる。
全員分を私が担当するわけではない。
既存の技術で十分なもの。
通常の機械工学で解決できるもの。
既に担当者がいるもの。
そういう依頼までこちらへ集める意味はない。
私へ回ってくるのは、主に。
個性との連動が難しい。
個性そのものの発現特性を詳しく理解した方が設計しやすい。
既存装備では処理しにくい。
そういう案件だった。
結果として。
体育祭前より。
ヒーロー科の個性を見る機会は増えた。
◇ ◇ ◇
ある生徒は。
出力そのものは十分だが、発動位置が限定されている。
なら。
装備側で力の経路だけ変える。
別の生徒は。
個性発動時に身体形状が変わる。
なら。
変形を妨げない固定方法にする。
別の生徒は。
本人の操作精度より装備側の反応が遅い。
なら。
余計な自動制御を減らす。
葉隠さん。
爆豪さん。
青山さん。
最初の三件で。
学校側にも方向性は分かったらしい。
私は。
個性を持っている本人へ。
別の能力を足すためだけに装備を作るわけではない。
元から持っている個性が。
どこで。
どう発現して。
何が不便なのか。
そこを見て。
必要なら装備側だけ変える。
本人の個性因子へ直接手を加えることは。
少なくとも学校経由の普通のサポート依頼ではしていない。
技術的にできることと。
依頼としてやることは別だった。
その方が。
パワーローダーも扱いやすそうだった。
「また来てるぞ」
ある日。
机の上へ数枚の資料を置かれる。
「B組ですか」
「ああ」
「前回より増えていますね」
「体育祭でお前の装備見てたのはA組だけじゃないからな」
「そうですね」
体育祭は学校全体の行事だった。
B組にも。
珍しい個性は多い。
相談内容を見る。
面白い。
研究として。
ではなく。
設計問題として。
個性は。
同じものがほとんどない。
だから。
入力条件も。
必要な装備も。
全部違う。
私は普通に受けた。
◇ ◇ ◇
しばらくすると。
その依頼が止まった。
理由は単純。
ヒーロー科の生徒が学校にいなくなったからだった。
職場体験。
体育祭後。
ヒーロー科の生徒は。
それぞれプロヒーローの事務所へ行く。
実際のヒーロー活動の現場を体験する。
A組も。
B組も。
当然。
依頼人が学校にいなければ。
本人を使った測定もできない。
装備調整も。
試着も。
実動確認も。
止まる。
「静かですね」
実習室で言うと。
発目さんがこちらを見た。
「何がです?」
「最近、ヒーロー科の人が来ないので」
「職場体験ですからね!」
発目さんは自分の作業を続けている。
「私たちはないんですよね」
「何がです?」
「同じような職場体験です」
「あー!」
サポート科には。
ヒーロー科と同じ形の職場体験はない。
当然といえば当然だった。
私たちは。
プロヒーローの事務所へ行って。
巡回。
救助。
ヴィラン対応。
そういった活動を体験するための科ではない。
サポート科はサポート科の授業をする。
実習。
設計。
加工。
製作。
それだけ。
「行きたいんですか?」
発目さんが聞く。
「特には」
即答する。
ヒーロー活動そのものへ興味があるわけではない。
むしろ。
依頼が減った。
それは。
自分の研究時間が増えるという意味だった。
「暇になりましたね」
「私は全然暇じゃないですよ!」
発目さんの作業台を見る。
確かに。
暇ではなさそうだった。
私は私で。
学校課題を終えれば。
追加の依頼がない。
悪くない。
◇ ◇ ◇
その数日後。
ニュースで。
保須市の事件を知った。
最初に目に入ったのは。
ヒーロー殺し。
ステイン。
複数のヒーローが被害。
ヴィラン連合。
脳無。
情報量は多かった。
ただ。
私が最初に止めたのは。
脳無だった。
画面。
映像。
市街地。
人型。
人間に近い輪郭。
だが。
普通の人間には見えない。
外見。
挙動。
複数の個性。
命令に従って行動。
ニュースで分かる範囲は限られている。
誰が作った。
どう作った。
元が何なのか。
内部がどうなっているのか。
分からない。
だから。
USJの時のように。
映像だけから勝手に中身を決めることはしない。
ただ。
今回は。
前とは違う情報がある。
脳無という存在自体が。
人工的に手を加えられたものだと。
事件後の情報でも扱われていた。
それだけで。
十分だった。
「……人工の身体に、個性」
映像を見る。
そして。
動く。
単に個性因子を保存する容器ではない。
命令を受け。
対象を選び。
移動し。
攻撃する。
最低限。
何らかの判断機構がある。
高度かどうかは分からない。
人間人格が残っているのか。
残っていないのか。
そこも今の情報では分からない。
でも。
人工的に用意した身体へ。
個性と。
命令に従う機構を入れる。
その発想そのものは。
使える。
私は少し考えた。
その時。
体育祭で保存した。
三つ目の個性因子を思い出した。
『黒影』。
◇ ◇ ◇
常闇さんの『黒影』。
あれは。
普通の個性とかなり違う。
炎。
爆発。
浮遊。
透明化。
そういう個性は。
現象を発生させる。
『黒影』は。
話す。
見る。
判断する。
命令を理解する。
常闇さんを守ろうとする。
相手に反応する。
明るさで挙動も変わる。
体育祭では。
強い光で弱らせた状態でも。
常闇さんを守るように動いた。
命令されていないように見える行動もあった。
あの時。
私は。
独立判断か。
常闇さんの無意識制御か。
断定しなかった。
今なら。
もっと詳しく調べられる。
すでに因子自体は手元にある。
そして。
一から人工個性を作れる。
「こちらの方が近いですね」
脳無そのものを真似る必要はない。
そもそも。
構造を知らない。
でも。
人工の身体を動かしたいなら。
身体を作る技術はある。
個性を作る技術もある。
足りないのは。
身体を。
自分で動かす仕組み。
それなら。
『黒影』の中に。
参考になるものがある。
◇ ◇ ◇
学校から帰宅する。
研究室。
『黒影』の試料は保存してある。
体育祭後。
『創造』。
『コピー』。
そちらを先に使った。
『黒影』は後回しになっていた。
今。
用途ができた。
私は因子を見る。
以前とは。
解析方法が違う。
培養して。
少し変えて。
待つ。
そうする必要はない。
十分に構造を理解すれば。
必要部分だけ設計し直せる。
まず。
『黒影』全体を。
機能単位で分ける。
出力。
形態形成。
光量との関係。
常闇さんとの接続。
それだけではない。
知覚。
何を見ているのか。
判断。
状況に応じて行動を変える部分。
命令理解。
常闇さんの言葉や意図を。
行動へ変換する部分。
行動選択。
複数の行動候補から。
何を優先するか。
自己維持。
自分の状態を保つ。
命令優先。
自律性があっても。
使用者の指示を上位へ置く。
ここ。
欲しいのは。
黒い影ではない。
常闇さんの人格でもない。
『黒影』という存在の性格を。
そのまま複製したいわけでもない。
必要なのは。
自律して動くための構造だけ。
◇ ◇ ◇
私は。
まず人間らしさを捨てた。
記憶。
趣味。
好悪。
将来の夢。
自分の人生。
そういったものは。
任務遂行に必要ない。
むしろ。
入れれば。
命令系統が複雑になる。
「人格は不要ですね」
必要なのは。
見る。
聞く。
認識する。
命令を理解する。
状況を判断する。
自分で行動を選ぶ。
必要なら報告する。
壊れそうなら。
任務との優先度を比較する。
それだけ。
単純な機械制御よりは高度。
しかし。
人間ではない。
私は。
人工的な思考機構として設計する。
OS。
呼び方としては。
それが一番近い。
人工OS。
ただし。
電子計算機で動くソフトウェアではない。
個性因子を中核にした。
生体的な判断構造。
『黒影』由来。
ただ。
完成品は。
『黒影』そのものではない。
◇ ◇ ◇
最初に。
知覚。
視覚。
聴覚。
接触。
必要な入力をまとめる。
次。
識別。
自分。
命令者。
対象。
障害物。
保護対象。
次。
命令理解。
言葉。
単純な指示。
位置。
対象。
行動。
停止。
次。
優先順位。
最上位命令。
現在任務。
安全条件。
自己維持。
状況変化。
競合した時。
どちらを優先するか。
最後。
行動選択。
命令が細かく指定されていなくても。
目的へ向けて。
移動。
回避。
待機。
確認。
そういう判断を自分でできるようにする。
私は頭の中で。
何度も条件を組む。
例えば。
「この箱を向こうへ運ぶ」
命令。
途中に椅子。
命令には。
右から避けろ。
左から避けろ。
とは書かれていない。
なら。
自分で避ける。
途中で箱を落とす。
拾う。
通路が塞がる。
別経路。
目的地が使えない。
待機。
報告。
その程度は必要。
逆に。
「箱を運べ」
と言われたから。
壁を破壊して最短距離を進む。
それでは困る。
通常環境を壊さない。
無関係な人間へ危害を加えない。
そういう基本制約も入れる。
今回は。
戦闘用ではない。
まず。
自律して。
命令通り動くこと。
そこだけ確認する。
◇ ◇ ◇
設計。
人工OS。
一回目。
製造。
機器へ接続。
仮想入力。
命令。
右へ移動。
反応。
入力は理解する。
だが。
障害物判定が弱い。
修正。
二回目。
移動。
障害物。
停止。
止まるだけ。
迂回しない。
行動候補の評価が足りない。
修正。
三回目。
迂回。
成功。
次。
複数命令。
箱を持つ。
移動。
置く。
戻る。
順番。
成功。
途中条件変更。
目的地封鎖。
別位置指定。
反応。
成功。
私は。
以前なら。
ここから培養待ちだった。
でも。
今は違う。
設計を直す。
作る。
確認。
また直す。
研究速度が。
体育祭前とまったく違う。
数時間。
何度か。
失敗。
修正。
それで。
人間人格を持たず。
命令を理解して。
状況を判断して。
自律行動する構造ができた。
人工OS。
完成。
ただ。
OSだけでは。
歩かない。
次。
身体。
◇ ◇ ◇
改造『創造』は。
細胞を作れる。
血液を作れる。
個性因子も。
作れる。
なら。
人工の身体そのものも。
設計できる。
人間の死体を使う理由はない。
既存の人間を改造する必要もない。
最初から。
必要な肉体を作る。
試作なので。
人間そっくりにする必要はない。
むしろ。
人間に見える方が面倒だった。
人間と誤認しない外見にする。
構造は。
移動できる。
物を持てる。
周囲を認識できる。
それで十分。
内部。
循環。
筋組織。
支持構造。
感覚器。
エネルギー管理。
修復。
最低限。
本当に人間の臓器配置を完全再現する必要もない。
人工生命として。
成立すればいい。
改造『創造』。
設計。
生成。
骨格相当。
筋組織。
循環。
外皮。
感覚器。
一つずつ。
だが。
培養して育てる必要はない。
完成形を。
必要な状態で。
直接作る。
以前なら。
到底できなかった方法だった。
◇ ◇ ◇
身体ができる。
人型。
ただし。
人間とは明確に違う。
人工的な外観。
表面。
顔。
機能上不要な部分は簡略化。
その中へ。
人工OS。
次。
身体維持。
最低限の自己管理。
さらに。
任務用の人工個性。
最初なので。
強いものはいらない。
移動。
物体操作。
簡単な防護。
それで十分。
複数の能力を。
大量に積む必要もない。
この試作個体に必要な機能だけ。
一つの任務用人工個性としてまとめる。
最後。
命令系統。
私の指示を最上位。
停止。
待機。
任務変更。
必要な範囲。
組み込む。
私は。
完成した個体を見る。
動かない。
まだ。
起動していない。
人工の身体。
人工OS。
人工個性。
全部。
私が作ったもの。
脳無の構造を再現したわけではない。
あれがどう作られているのかは。
今も知らない。
ニュースで見た。
「人工的な身体へ個性を持たせて動かす」
という結果。
そこから。
自分の技術で。
別のものを作った。
◇ ◇ ◇
起動。
最初。
反応なし。
一秒。
二秒。
内部状態。
正常。
知覚入力。
開始。
個体の頭部が動く。
周囲を見る。
私を見る。
識別。
命令者。
認識。
私は言う。
「立ってください」
個体が立つ。
遅れ。
ほとんどない。
「机の上の箱を取ってください」
視線。
机。
箱。
移動。
手を伸ばす。
持つ。
「反対側の棚へ置いてください」
移動。
途中。
私は椅子を動かす。
進路を塞ぐ。
個体が止まる。
椅子を見る。
左右。
判断。
迂回。
棚。
箱を置く。
その後。
こちらを見る。
待機。
「戻ってください」
戻る。
「停止」
動きが止まった。
私は記録を見る。
命令理解。
正常。
対象識別。
正常。
障害物回避。
正常。
任務継続。
正常。
余計な行動。
なし。
もう一度。
「起動してください」
動く。
「この箱を持って、私についてきてください」
箱。
追従。
研究室内を歩く。
私は急に止まる。
個体も止まる。
方向を変える。
追従。
扉。
自分で開ける。
通る。
閉める。
命令していない。
でも。
移動継続に必要だと判断した。
「問題ありませんね」
私は言った。
個体は。
反応しない。
返事をする機能は。
今回必須ではない。
会話機能自体は設計できる。
ただ。
最初の動作確認には必要ない。
◇ ◇ ◇
次。
少し曖昧な命令。
「机の上を片付けてください」
個体が動く。
ここで。
問題が出る。
何を。
どこへ。
片付けるか。
定義不足。
個体は。
机を見る。
周辺を見る。
止まった。
勝手に判断しない。
良い。
「工具は工具棚。書類は右の箱。その他は動かさないでください」
認識。
行動。
工具。
分類。
移動。
書類。
箱。
分類できないもの。
残す。
完了。
待機。
人工OSとして。
十分。
命令が足りなければ。
無理に補完しない。
必要な範囲では自律。
知らないことを。
勝手に決めない。
私にとっても。
その方が扱いやすい。
◇ ◇ ◇
私は個体の内部状態を見る。
人工肉体。
正常。
OS。
正常。
任務用個性。
正常。
自己維持。
正常。
それから。
一つ気づく。
これ。
かなり便利だった。
研究補助。
運搬。
実験準備。
危険作業。
警備。
救助。
戦闘。
用途ごとに。
必要な身体。
必要な判断。
必要な人工個性。
それを作ればいい。
人間を雇って。
一から訓練する必要はない。
ロボットのように。
全部の動作を一つずつプログラムする必要もない。
命令を理解する。
状況を判断する。
必要な行動を選ぶ。
それで。
用途が大きく広がる。
最初の目的は。
脳無を見て。
人工身体と個性を組み合わせられるか。
確認することだった。
答えは。
できる。
そこから先は。
いくらでも作れる。
私は新しい分類名を考えた。
人工生命。
人工個性を持つ。
命令に従う。
任務単位で設計可能。
「個性兵、でいいですか」
兵。
少し用途が狭い言葉ではある。
将来。
戦闘以外へ使う可能性も高い。
ただ。
分類名として。
当面は分かりやすい。
記録する。
個性兵。
試作一号。
◇ ◇ ◇
起動中の個体を見る。
人間ではない。
人間の人格もない。
自分の人生を欲しがるようには作っていない。
命令を理解して。
判断して。
動く人工生命。
これを生命と呼ぶことについて。
倫理上どう扱うべきか。
そういう議論は。
たぶん。
必要になる。
ただ。
今の私にとって。
最初に確認したいのはそこではない。
設計したOSは。
想定通り判断した。
人工身体は。
想定通り動いた。
人工個性も。
正常に発現した。
三つを組み合わせても。
互いに大きな干渉はない。
なら。
実験として成功。
私は個体へ言う。
「こちらへ来てください」
個体が歩いてくる。
「止まってください」
止まる。
「右手を上げてください」
上げる。
「下ろしてください」
下ろす。
単純。
それでも。
少し前まで。
私が作っていたのは。
個性だけだった。
光。
浮遊。
耐性。
冷却。
透明化。
能力そのもの。
今。
個性を使う身体まで。
自分で作った。
そして。
その身体が。
自分で見て。
考えて。
命令通りに動いている。
面白い。
私はそう思った。
ニュースで見た脳無が。
どう作られたものなのかは。
まだ分からない。
でも。
あれを見なければ。
この使い方を思いつくのは。
もう少し後だったかもしれない。
私は試作個体の記録を保存する。
人工肉体。
人工OS。
任務用人工個性。
統合成功。
自律起動。
正常。
今回の研究で。
個性は作れるようになった。
その最後に。
個性を使うものまで。
作れるようになった。