無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第30話 脳無

青山さんの装備を納品してからも、依頼はしばらく続いた。

 

一組だけではない。ヒーロー科一年A組、一年B組。学校側から、個性に合わせたサポートアイテムの相談が回ってくる。

 

全員分を私が担当するわけではない。既存の技術で十分なもの、通常の機械工学で解決できるもの、既に担当者がいるもの。そういう依頼までこちらへ集める意味はない。

 

私へ回ってくるのは、主に個性との連動が難しいもの。個性そのものの発現特性を詳しく理解した方が設計しやすいもの。既存装備では処理しにくいもの。そういう案件だった。

 

結果として、体育祭前よりヒーロー科の個性を見る機会は増えた。

 

◇ ◇ ◇

 

ある生徒は、出力そのものは十分だが発動位置が限定されている。なら、装備側で力の経路だけ変える。

 

別の生徒は、個性発動時に身体形状が変わる。なら、変形を妨げない固定方法にする。

 

別の生徒は、本人の操作精度より装備側の反応が遅い。なら、余計な自動制御を減らす。

 

葉隠さん、爆豪さん、青山さん。最初の三件で、学校側にも方向性は分かったらしい。

 

私は、個性を持っている本人へ別の能力を足すためだけに装備を作るわけではない。

 

元から持っている個性が、どこで、どう発現して、何が不便なのか。そこを見て、必要なら装備側だけ変える。

 

本人の個性因子へ直接手を加えることは、少なくとも学校経由の普通のサポート依頼ではしていない。

 

技術的にできることと、依頼としてやることは別だった。その方が、パワーローダーも扱いやすそうだった。

 

「また来てるぞ」

 

ある日、机の上へ数枚の資料を置かれる。

 

「B組ですか」

 

「ああ」

 

「前回より増えていますね」

 

「体育祭でお前の装備見てたのはA組だけじゃないからな」

 

「そうですね」

 

体育祭は学校全体の行事だった。B組にも、珍しい個性は多い。

 

相談内容を見る。

 

面白い。

 

研究としてではなく、設計問題として。

 

個性は、同じものがほとんどない。だから、入力条件も必要な装備も全部違う。

 

私は普通に受けた。

 

◇ ◇ ◇

 

しばらくすると、その依頼が止まった。

 

理由は単純。ヒーロー科の生徒が学校にいなくなったからだった。

 

職場体験。

 

体育祭後、ヒーロー科の生徒はそれぞれプロヒーローの事務所へ行く。実際のヒーロー活動の現場を体験する。A組も、B組も。

 

当然、依頼人が学校にいなければ本人を使った測定もできない。装備調整も、試着も、実動確認も止まる。

 

「静かですね」

 

実習室で言うと、発目さんがこちらを見た。

 

「何がです?」

 

「最近、ヒーロー科の人が来ないので」

 

「職場体験ですからね!」

 

発目さんは自分の作業を続けている。

 

「私たちはないんですよね」

 

「何がです?」

 

「同じような職場体験です」

 

「あー!」

 

サポート科には、ヒーロー科と同じ形の職場体験はない。当然といえば当然だった。

 

私たちは、プロヒーローの事務所へ行って、巡回、救助、ヴィラン対応、そういった活動を体験するための科ではない。

 

サポート科はサポート科の授業をする。実習、設計、加工、製作。それだけ。

 

「行きたいんですか?」

 

発目さんが聞く。

 

「特には」

 

即答する。

 

ヒーロー活動そのものへ興味があるわけではない。むしろ、依頼が減った。それは、自分の研究時間が増えるという意味だった。

 

「暇になりましたね」

 

「私は全然暇じゃないですよ!」

 

発目さんの作業台を見る。確かに、暇ではなさそうだった。

 

私は私で、学校課題を終えれば追加の依頼がない。

 

悪くない。

 

◇ ◇ ◇

 

その数日後、ニュースで保須市の事件を知った。

 

最初に目に入ったのは、ヒーロー殺し、ステイン。複数のヒーローが被害。ヴィラン連合、脳無。

 

情報量は多かった。

 

ただ、私が最初に止めたのは脳無だった。

 

画面。映像。市街地。

 

人型。人間に近い輪郭。だが、普通の人間には見えない。

 

外見、挙動、複数の個性。命令に従って行動。

 

ニュースで分かる範囲は限られている。誰が作った。どう作った。元が何なのか。内部がどうなっているのか。分からない。

 

だから、USJの時のように映像だけから勝手に中身を決めることはしない。

 

ただ、今回は前とは違う情報がある。

 

脳無という存在自体が、人工的に手を加えられたものだと事件後の情報でも扱われていた。

 

それだけで、十分だった。

 

「……人工の身体に、個性」

 

映像を見る。

 

そして、動く。

 

単に個性因子を保存する容器ではない。命令を受け、対象を選び、移動し、攻撃する。

 

最低限、何らかの判断機構がある。

 

高度かどうかは分からない。人間人格が残っているのか、残っていないのか。そこも今の情報では分からない。

 

でも、人工的に用意した身体へ、個性と命令に従う機構を入れる。

 

その発想そのものは、使える。

 

私は少し考えた。

 

その時、体育祭で保存した三つ目の個性因子を思い出した。

 

『黒影』。

 

◇ ◇ ◇

 

常闇さんの『黒影』。

 

あれは、普通の個性とかなり違う。

 

炎、爆発、浮遊、透明化。そういう個性は、現象を発生させる。

 

『黒影』は、話す。見る。判断する。命令を理解する。常闇さんを守ろうとする。相手に反応する。明るさで挙動も変わる。

 

体育祭では、強い光で弱らせた状態でも常闇さんを守るように動いた。命令されていないように見える行動もあった。

 

あの時、私は独立判断か、常闇さんの無意識制御か、断定しなかった。

 

今なら、もっと詳しく調べられる。

 

すでに因子自体は手元にある。そして、一から人工個性を作れる。

 

「こちらの方が近いですね」

 

脳無そのものを真似る必要はない。そもそも、構造を知らない。

 

でも、人工の身体を動かしたいなら、身体を作る技術はある。個性を作る技術もある。

 

足りないのは、身体を自分で動かす仕組み。

 

それなら、『黒影』の中に参考になるものがある。

 

◇ ◇ ◇

 

学校から帰宅する。

 

研究室。

 

『黒影』の試料は保存してある。体育祭後、『創造』、『コピー』、そちらを先に使った。『黒影』は後回しになっていた。

 

今、用途ができた。

 

私は因子を見る。

 

以前とは、解析方法が違う。

 

培養して、少し変えて、待つ。そうする必要はない。

 

十分に構造を理解すれば、必要部分だけ設計し直せる。

 

まず、『黒影』全体を機能単位で分ける。

 

出力、形態形成、光量との関係、常闇さんとの接続。

 

それだけではない。

 

知覚。何を見ているのか。

 

判断。状況に応じて行動を変える部分。

 

命令理解。常闇さんの言葉や意図を、行動へ変換する部分。

 

行動選択。複数の行動候補から、何を優先するか。

 

自己維持。自分の状態を保つ。

 

命令優先。自律性があっても、使用者の指示を上位へ置く。

 

ここ。

 

欲しいのは、黒い影ではない。常闇さんの人格でもない。『黒影』という存在の性格を、そのまま複製したいわけでもない。

 

必要なのは、自律して動くための構造だけ。

 

◇ ◇ ◇

 

私は、まず人間らしさを捨てた。

 

記憶、趣味、好悪、将来の夢、自分の人生。そういったものは、任務遂行に必要ない。

 

むしろ、入れれば命令系統が複雑になる。

 

「人格は不要ですね」

 

必要なのは、見る。聞く。認識する。命令を理解する。状況を判断する。自分で行動を選ぶ。必要なら報告する。壊れそうなら、任務との優先度を比較する。

 

それだけ。

 

単純な機械制御よりは高度。しかし、人間ではない。

 

私は、人工的な思考機構として設計する。

 

OS。

 

呼び方としては、それが一番近い。

 

人工OS。

 

ただし、電子計算機で動くソフトウェアではない。個性因子を中核にした、生体的な判断構造。

 

『黒影』由来。

 

ただ、完成品は『黒影』そのものではない。

 

◇ ◇ ◇

 

最初に、知覚。

 

視覚、聴覚、接触。必要な入力をまとめる。

 

次、識別。

 

自分、命令者、対象、障害物、保護対象。

 

次、命令理解。

 

言葉、単純な指示、位置、対象、行動、停止。

 

次、優先順位。

 

最上位命令、現在任務、安全条件、自己維持、状況変化。競合した時、どちらを優先するか。

 

最後、行動選択。

 

命令が細かく指定されていなくても、目的へ向けて移動、回避、待機、確認。そういう判断を自分でできるようにする。

 

私は頭の中で、何度も条件を組む。

 

例えば、「この箱を向こうへ運ぶ」。

 

命令。

 

途中に椅子。

 

命令には、右から避けろ、左から避けろとは書かれていない。なら、自分で避ける。

 

途中で箱を落とす。拾う。

 

通路が塞がる。別経路。

 

目的地が使えない。待機。報告。

 

その程度は必要。

 

逆に、「箱を運べ」と言われたから、壁を破壊して最短距離を進む。それでは困る。

 

通常環境を壊さない。無関係な人間へ危害を加えない。そういう基本制約も入れる。

 

今回は戦闘用ではない。

 

まず、自律して命令通り動くこと。

 

そこだけ確認する。

 

◇ ◇ ◇

 

設計。人工OS。

 

一回目。

 

製造。機器へ接続。仮想入力。

 

命令。右へ移動。

 

反応。入力は理解する。だが、障害物判定が弱い。

 

修正。

 

二回目。

 

移動。障害物。停止。

 

止まるだけ。迂回しない。

 

行動候補の評価が足りない。

 

修正。

 

三回目。

 

迂回。成功。

 

次、複数命令。

 

箱を持つ。移動。置く。戻る。

 

順番。成功。

 

途中条件変更。目的地封鎖。別位置指定。

 

反応。成功。

 

私は、以前ならここから培養待ちだった。

 

でも、今は違う。

 

設計を直す。作る。確認。また直す。

 

研究速度が、体育祭前とまったく違う。

 

数時間、何度か失敗して修正する。

 

それで、人間人格を持たず、命令を理解して、状況を判断して、自律行動する構造ができた。

 

人工OS。

 

完成。

 

ただ、OSだけでは歩かない。

 

次、身体。

 

◇ ◇ ◇

 

改造『創造』は、細胞を作れる。血液を作れる。個性因子も作れる。

 

なら、人工の身体そのものも設計できる。

 

人間の死体を使う理由はない。既存の人間を改造する必要もない。

 

最初から、必要な肉体を作る。

 

試作なので、人間そっくりにする必要はない。むしろ、人間に見える方が面倒だった。

 

人間と誤認しない外見にする。

 

構造は、移動できる。物を持てる。周囲を認識できる。それで十分。

 

内部は、循環、筋組織、支持構造、感覚器、エネルギー管理、修復。最低限。

 

本当に人間の臓器配置を完全再現する必要もない。人工生命として成立すればいい。

 

改造『創造』。

 

設計。生成。

 

骨格相当、筋組織、循環、外皮、感覚器。一つずつ。

 

だが、培養して育てる必要はない。

 

完成形を、必要な状態で直接作る。

 

以前なら、到底できなかった方法だった。

 

◇ ◇ ◇

 

身体ができる。

 

人型。ただし、人間とは明確に違う。

 

人工的な外観。表面、顔。機能上不要な部分は簡略化。

 

その中へ、人工OS。

 

次、身体維持。最低限の自己管理。

 

さらに、任務用の人工個性。

 

最初なので、強いものはいらない。移動、物体操作、簡単な防護。それで十分。

 

複数の能力を、大量に積む必要もない。この試作個体に必要な機能だけ、一つの任務用人工個性としてまとめる。

 

最後、命令系統。

 

私の指示を最上位。停止、待機、任務変更。必要な範囲、組み込む。

 

私は、完成した個体を見る。

 

動かない。まだ、起動していない。

 

人工の身体。人工OS。人工個性。

 

全部、私が作ったもの。

 

脳無の構造を再現したわけではない。あれがどう作られているのかは、今も知らない。

 

ニュースで見た、「人工的な身体へ個性を持たせて動かす」という結果。

 

そこから、自分の技術で別のものを作った。

 

◇ ◇ ◇

 

起動。

 

最初、反応なし。

 

一秒。二秒。

 

内部状態、正常。

 

知覚入力、開始。

 

個体の頭部が動く。周囲を見る。私を見る。

 

識別。命令者。認識。

 

私は言う。

 

「立ってください」

 

個体が立つ。遅れ、ほとんどない。

 

「机の上の箱を取ってください」

 

視線。机。箱。

 

移動。手を伸ばす。持つ。

 

「反対側の棚へ置いてください」

 

移動。

 

途中、私は椅子を動かす。進路を塞ぐ。

 

個体が止まる。椅子を見る。左右。判断。迂回。

 

棚。箱を置く。

 

その後、こちらを見る。待機。

 

「戻ってください」

 

戻る。

 

「停止」

 

動きが止まった。

 

私は記録を見る。

 

命令理解、正常。対象識別、正常。障害物回避、正常。任務継続、正常。余計な行動、なし。

 

もう一度。

 

「起動してください」

 

動く。

 

「この箱を持って、私についてきてください」

 

箱。追従。

 

研究室内を歩く。

 

私は急に止まる。個体も止まる。

 

方向を変える。追従。

 

扉。自分で開ける。通る。閉める。

 

命令していない。でも、移動継続に必要だと判断した。

 

「問題ありませんね」

 

私は言った。

 

個体は反応しない。

 

返事をする機能は、今回必須ではない。会話機能自体は設計できる。

 

ただ、最初の動作確認には必要ない。

 

◇ ◇ ◇

 

次。

 

少し曖昧な命令。

 

「机の上を片付けてください」

 

個体が動く。

 

ここで、問題が出る。

 

何を、どこへ片付けるか。定義不足。

 

個体は机を見る。周辺を見る。止まった。

 

勝手に判断しない。

 

良い。

 

「工具は工具棚。書類は右の箱。その他は動かさないでください」

 

認識。行動。

 

工具。分類。移動。

 

書類。箱。

 

分類できないもの。残す。

 

完了。待機。

 

人工OSとして、十分。

 

命令が足りなければ、無理に補完しない。必要な範囲では自律。知らないことを、勝手に決めない。

 

私にとっても、その方が扱いやすい。

 

◇ ◇ ◇

 

私は個体の内部状態を見る。

 

人工肉体、正常。OS、正常。任務用個性、正常。自己維持、正常。

 

それから、一つ気づく。

 

これ、かなり便利だった。

 

研究補助、運搬、実験準備、危険作業、警備、救助、戦闘。

 

用途ごとに、必要な身体、必要な判断、必要な人工個性。それを作ればいい。

 

人間を雇って、一から訓練する必要はない。ロボットのように、全部の動作を一つずつプログラムする必要もない。

 

命令を理解する。状況を判断する。必要な行動を選ぶ。

 

それで、用途が大きく広がる。

 

最初の目的は、脳無を見て、人工身体と個性を組み合わせられるか確認することだった。

 

答えは、できる。

 

そこから先は、いくらでも作れる。

 

私は新しい分類名を考えた。

 

人工生命。人工個性を持つ。命令に従う。任務単位で設計可能。

 

「個性兵、でいいですか」

 

兵。

 

少し用途が狭い言葉ではある。将来、戦闘以外へ使う可能性も高い。

 

ただ、分類名として当面は分かりやすい。

 

記録する。

 

個性兵。

 

試作一号。

 

◇ ◇ ◇

 

起動中の個体を見る。

 

人間ではない。人間の人格もない。自分の人生を欲しがるようには作っていない。

 

命令を理解して、判断して、動く人工生命。

 

これを生命と呼ぶことについて、倫理上どう扱うべきか。

 

そういう議論は、たぶん必要になる。

 

ただ、今の私にとって最初に確認したいのはそこではない。

 

設計したOSは、想定通り判断した。人工身体は、想定通り動いた。人工個性も、正常に発現した。

 

三つを組み合わせても、互いに大きな干渉はない。

 

なら、実験として成功。

 

私は個体へ言う。

 

「こちらへ来てください」

 

個体が歩いてくる。

 

「止まってください」

 

止まる。

 

「右手を上げてください」

 

上げる。

 

「下ろしてください」

 

下ろす。

 

単純。

 

それでも、少し前まで私が作っていたのは個性だけだった。

 

光、浮遊、耐性、冷却、透明化。能力そのもの。

 

今、個性を使う身体まで自分で作った。

 

そして、その身体が自分で見て、考えて、命令通りに動いている。

 

面白い。

 

私はそう思った。

 

ニュースで見た脳無が、どう作られたものなのかはまだ分からない。

 

でも、あれを見なければ、この使い方を思いつくのはもう少し後だったかもしれない。

 

私は試作個体の記録を保存する。

 

人工肉体。人工OS。任務用人工個性。

 

統合成功。自律起動、正常。

 

今回の研究で、個性は作れるようになった。

 

その最後に、個性を使うものまで作れるようになった。

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