無個性は個性をつくる 作:匿名希望
夏休みに入った。
一番大きな変化は、学校へ行かなくてよくなったことだった。
朝、起きて朝食を取る。そこまでは同じ。その後、制服へ着替える必要がない。電車へ乗る必要もない。授業も実習も課題もない。ヒーロー科から回ってくる装備依頼も、休暇中は当然ない。
つまり、朝から夜まで、ほぼ全部を研究へ使える。
「かなり違いますね」
時計を見る。普段なら、もう家を出ている時間。今日はまだ自宅にいる。当然なのだが、まとまった時間が取れるという意味では大きかった。
数時間だけなら、学校の後にも確保できる。ただ、何かを始めて、途中で止めて、翌日再開する。それがなくなる。
考える。設計する。作る。試す。修正する。その一連を、一日の中で続けられる。
夏休み。悪くない制度だった。
◇ ◇ ◇
最初の数日は、人工個性の設計、個性兵の試作、既存設備の整理、そういうものへ使った。
それで、改めて気になった。
狭い。
家そのものは狭くない。一人で住むにはむしろ広い。祖父母が住んでいた戸建てを使っているので、空いている部屋も多い。
問題は、研究施設として作られていないことだった。
机、棚、培養設備、測定機器、小型工作機械。それくらいなら置ける。今まではそれで足りていた。
中学以前の研究も、雄英入学後の初期研究も、基本的には小型設備が中心。大型機械が必要なら、学校の設備を使えばよかった。
でも、状況が変わった。
私は今、人工個性を自由に設計できる。物質もかなり自由に作れる。人工生命まで作った。扱う対象が、机の上だけでは収まらなくなっている。
「研究設備を増やした方がいいですね」
家の中を見る。使っていない部屋、廊下、床、壁、天井、配線、配管、換気。
考える。
一部屋へ機械を置く、では足りない。やるなら、家そのものを研究に合わせる。
◇ ◇ ◇
建築について、専門家として働いた経験はない。当然。ただ、知識がないわけでもなかった。
幼い頃、私は分野を選ばず本を読んでいた。医学、物理、化学、生物、電気、材料、機械、建築、土木、構造。
理由は特にない。知らないことが多かったから読んだ。
その中に、建築関係の専門書もあった。建築材料、荷重、梁、柱、基礎、耐震、振動、配管、換気、断熱、防火。一通り覚えている。
ただし、本で読んだことと、実物を扱えることは別。その部分については、雄英へ入ってから情報が増えた。
サポート科には、家庭用とは比べものにならない工作設備がある。大型の旋盤、フライス、加工装置、溶接設備、材料試験機、大型の測定機器、観測装置。
私はそれらを実際に見ている。一部は授業で使った。使っていない設備も、構造や運用は確認した。
大きい機械は、本体だけ置けばいいわけではない。作業スペース、搬入経路、整備空間、床荷重、振動、排熱、電力、冷却、排気、騒音。そういうものをまとめて用意する必要がある。
学校で扱った構造。授業で学んだ範囲。そこから必要に応じて自習した内容。幼少期から覚えていた基礎知識。
合わせれば、自宅用の研究施設を設計するくらいなら問題ない。
専門の建築会社へ依頼する必要も、今はなかった。資材も作れる。
◇ ◇ ◇
私は家の図面を作った。
現状、残す場所は生活空間、寝室、台所、浴室。そこは大きく触らない。一人で使うなら、今の広さで十分。
変える場所は、使っていない部屋、物置、廊下の一部、一階の空きスペース。
まず、工作区画。大型加工機を置けるようにする。床を補強し、振動を家全体へ伝えない。防音、排熱、粉塵、排気。
次、解析区画。振動を嫌う観測機器があるので、工作区画とは離す。床も別に考える。電磁的なノイズ、温度変化、光。そこも分ける。
次、個性因子研究区画。汚染を避ける。空調、気圧差、洗浄、保存設備。
次、人工個性製造。今は私自身でも製造できる。ただ、大量に試作品を並べるなら外部設備もあった方が便利。
次、個性兵用。人型の試作品を部屋の中で動かせる程度の空間。試験、整備、保管。
「これくらいでしょうか」
図面を見る。
かなり変わる。家というより、研究施設の中に生活空間が残っている形に近い。
問題ない。私しか住んでいない。
◇ ◇ ◇
次、資材。
以前なら、ここで費用を計算していた。鋼材、コンクリート、絶縁材、配線、配管、機械部品。大量に買えば、両親へ説明する必要もある。配送、搬入、保管。全部手間。
今は、ほとんど要らない。
改造『創造』。
私は必要な材料を設計する。構造材、補強材、床材、配線材、配管、断熱、防振材、耐熱材。一つずつ生成し、足りなければ追加する。
高価な材料でも、希少な材料でも、構造を理解していれば作れる。原料費という考え方が、かなり薄くなった。
便利。
問題は、作ったものを運ぶことだった。
◇ ◇ ◇
重量物。床の補強材、機械設備、大型部品。
生成自体はできる。でも、必要な位置へ移動させる作業が残る。
自分用に念動力を作る方法もある。対象を浮かせる。運ぶ。置く。単純。
体育祭と、その後のB組からの装備依頼。そこで十分に発現を確認した個性がある。
柳さんの『ポルターガイスト』。物体を遠隔で動かす個性。
そのまま複製する必要はない。荷運び専用。対象重量、距離、精密操作、安全制御。そこだけ欲しい。私は人工個性として設計できる。
ただ、自分に入れる必要があるか。
少し考える。
自分で念動力を使う場合、対象を認識し、持ち上げる。移動方向を指定し、速度を調整する。障害物を回避し、設置位置を確認する。その間、私が制御する。
できる。でも、作業中ずっと意識を使う。
なら、別に動く個体へやらせた方がいい。
少し前に作った個性兵。あれを使う。
「試してみましょう」
◇ ◇ ◇
荷運び用。
戦闘能力は不要。高速移動も不要。会話は最低限。身体も前回より簡単でいい。
重要なのは、念動力、周囲認識、荷物識別、経路判断、配置、命令理解。
私は設計する。人工肉体、人工OS、改変した念動力。任務は運搬。それだけ。
作る。起動。
個体が立つ。前回の試作と同じように、人間とは明確に違う外見。
「こちらの資材を、図面の指定位置へ運んでください」
個体が資材を見る。認識し、念動力を発動する。
鋼材が浮く。複数、同時。
廊下を通る。壁へ当てない。角を曲がる。指定位置へ下ろす。
「次はこちらです」
また動く。
私は別の作業へ戻る。
数分後、運搬完了の報告。
便利だった。かなり。
◇ ◇ ◇
改築を始める。
最初は、家の中の物を移す。棚、机、既存機材。
個性兵へ命令する。
「この部屋の設備を、隣の空き部屋へ移してください。培養設備は傾けないように」
それだけで動く。私が一つずつ運ばなくていい。
次、壁。構造を確認し、耐力に関係しない部分だけ撤去。必要な箇所を補強する。
資材はその場で作る。個性兵へ渡す。
「これを一階へ」
運ぶ。
「こちらは工作区画へ」
運ぶ。
「この補強材を順番通りに配置してください」
配置。
私がやるのは、設計、確認、固定、細かい作業。荷運びそのものは、ほぼ任せられる。
念動力を自分で使う場合、同じ結果は出せる。でも私は、一つ持ち上げるたびに、それを操作し続ける必要がある。
個性兵なら、
「運んでください」
それで終わる。その間に、次の構造を考えられる。
「こちらの方が便利ですね」
私はそう判断した。
自分が個性を持つより、個性を持ったものへ命令する。作業用途なら、後者の方が明らかに効率がいい。
◇ ◇ ◇
工作区画。
床を剥がし、既存構造を確認する。補強、防振層、新しい床、重量機械の固定部、配電、排熱、換気。
作る。
機械そのものも作れる。ただ、学校で見た設備を、そのまま同じ寸法で再現する必要はない。
使用者は私一人。大量の生徒が同時に使う、という条件がない。安全距離、操作面、保守空間。必要なものだけ残す。
旋削、切削、精密加工、材料加工。複数の機能を、自宅用にまとめる。
それでも、今まで使っていた卓上機械より遥かに大きい。
設置。個性兵が持ち上げる。
位置。数ミリ移動。下ろす。固定。
次、解析区画。
ここは逆に工作区画から離す。振動、熱、粉塵を避ける。
観測機器。個性因子、物性、生体試料、光学。必要な測定系を置く。
学校の観測機を使った経験から、何が邪魔になるか、何が足りなくなるか、それも分かる。
大きな装置を置いた後に、扉を通らないという設計はしない。保守用の経路も残す。冷却系も先に通す。
配線を後から壁へ貼るような構造にもしたくない。最初から床、壁、天井の内部へ通す。
◇ ◇ ◇
個性因子区画。
ここは、今までより明確に分離した。
試料、保存、分析、人工個性試験。それぞれ、同じ部屋へ置かない。
私自身が個性因子を直接知覚できるようになっても、物理的な検査設備が不要になったわけではない。人間の感覚だけで、全部を済ませる必要もない。
機械の方が、長時間記録、定量比較、反復測定、そういうものは得意。なら、使い分ける。
次、試作区画。
個性兵を動かす。人型。少し大きいもの。将来的に、別形状も作る可能性はある。
壁を壊さず動けるだけの空間を確保する。床は耐荷重、天井は高さ。
隣は保管。完成品、失敗品、危険物を分ける。
「かなり研究所らしくなりましたね」
途中で、そう思った。
当たり前。そうなるように作っている。
◇ ◇ ◇
数日、改築を続ける。
学校がない。だから朝から始める。昼も続ける。夜も続ける。
食事は必要な時間だけ。睡眠は必要量。それ以外は、ほぼ改築。
個性兵も動き続ける。重量物、配管、機械、材料。全部運ぶ。私は運搬命令だけ出す。
一度、廊下へ資材が集中しすぎた。
「優先順位を変えてください。工作区画へ先に運んでください」
すぐ変更。
別の日、新しい大型機械の配置。
「三十センチ右です」
移動。
「二センチ戻してください」
戻る。
人間に頼むより、指示が単純。疲労も、不満も、休憩も要らない。設計通り。
かなり便利。
私は、自分のために大量の作業個性を直接持つ必要はない。必要な個性を持つ個性兵を作る。命令する。その方が、私は考えることへ集中できる。
この使い方は、覚えておく価値があった。
◇ ◇ ◇
最後、全区画を確認する。
工作、正常。観測、正常。個性因子、正常。保存、正常。試作、正常。
電力、換気、冷却、排気。問題なし。
家の外観は大きくは変えていない。中はかなり違う。
最初に引っ越してきた時、空いていた部屋、使っていなかった空間。それが、ほぼ全部研究用に変わった。
生活部分は最低限。研究部分が大半。
今の私には、こちらの方が使いやすい。
ようやく、学校の設備へ行かなくても、大抵の研究を自宅で完結できるようになった。
もちろん、雄英の方が大きい設備もある。特殊な設備もある。そして、まだ見たことのない装置も世の中には多いだろう。
でも、日常的な研究拠点としては十分。
「これなら問題ありませんね」
私は最後の記録を取る。
改築完了。
次、荷運び用個性兵。もう要らない。
◇ ◇ ◇
「停止してください」
個体が止まる。
さて、処分。
ここで、少し困った。
作る時は簡単だった。設計、生成、起動。それで終わる。
でも、不要になった時、消えない。当然、人工生命だから。そこに存在する。
停止しただけ。身体、人工OS、個性因子。全部残っている。
保存する理由はない。今後また荷運びが必要なら、同じ設計で作ればいい。
だから、処分する。
まず、人工OSを停止。任務個性を無効化。個性因子を分離できる範囲で処理。人工肉体を解体し、生体組織、構造材、その他に分類して、安全に処理する。
時間がかかる。
「……手間ですね」
作るより、捨てる方が面倒だった。
個性兵は今後増える。用途ごと、試験ごと。一体、二体、十体。必要になれば、もっと。
それを不要になるたび、私が一つずつ停止、解体、分類、処分する。
非効率。
しかも、危険な人工個性を積んだ個体なら、処分中の安全管理も必要になる。
なら、最初から処分機能を持たせる。
◇ ◇ ◇
方法を考える。
命令は一つ。自己分解。
受けたら、任務停止。個性停止。保存する必要のある情報だけ送る。人工OS停止。
内部構造を安全な順番で崩す。個性因子を無力化。人工肉体を分解。危険物を残さない。
外部から、私が一つずつ作業する必要なし。
問題がなければ、それを今後の標準にする。
私は今回の荷運び用個体を、最後まで手作業で処分した。
時間。かなり無駄。
でも、一度やれば問題点は分かる。次から直せる。
最後の部品を処理する。床の上から、荷運び用個性兵が消えた。
私は新しい個性兵の共通仕様へ、一つ項目を追加した。
命令による安全な自己分解。
今後、不要になった個体を処分する時、同じ作業を二度と自分でする必要はなかった。