無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第31話 家を研究所にする

夏休みに入った。

 

一番大きな変化は、学校へ行かなくてよくなったことだった。

 

朝、起きて朝食を取る。そこまでは同じ。その後、制服へ着替える必要がない。電車へ乗る必要もない。授業も実習も課題もない。ヒーロー科から回ってくる装備依頼も、休暇中は当然ない。

 

つまり、朝から夜まで、ほぼ全部を研究へ使える。

 

「かなり違いますね」

 

時計を見る。普段なら、もう家を出ている時間。今日はまだ自宅にいる。当然なのだが、まとまった時間が取れるという意味では大きかった。

 

数時間だけなら、学校の後にも確保できる。ただ、何かを始めて、途中で止めて、翌日再開する。それがなくなる。

 

考える。設計する。作る。試す。修正する。その一連を、一日の中で続けられる。

 

夏休み。悪くない制度だった。

 

◇ ◇ ◇

 

最初の数日は、人工個性の設計、個性兵の試作、既存設備の整理、そういうものへ使った。

 

それで、改めて気になった。

 

狭い。

 

家そのものは狭くない。一人で住むにはむしろ広い。祖父母が住んでいた戸建てを使っているので、空いている部屋も多い。

 

問題は、研究施設として作られていないことだった。

 

机、棚、培養設備、測定機器、小型工作機械。それくらいなら置ける。今まではそれで足りていた。

 

中学以前の研究も、雄英入学後の初期研究も、基本的には小型設備が中心。大型機械が必要なら、学校の設備を使えばよかった。

 

でも、状況が変わった。

 

私は今、人工個性を自由に設計できる。物質もかなり自由に作れる。人工生命まで作った。扱う対象が、机の上だけでは収まらなくなっている。

 

「研究設備を増やした方がいいですね」

 

家の中を見る。使っていない部屋、廊下、床、壁、天井、配線、配管、換気。

 

考える。

 

一部屋へ機械を置く、では足りない。やるなら、家そのものを研究に合わせる。

 

◇ ◇ ◇

 

建築について、専門家として働いた経験はない。当然。ただ、知識がないわけでもなかった。

 

幼い頃、私は分野を選ばず本を読んでいた。医学、物理、化学、生物、電気、材料、機械、建築、土木、構造。

 

理由は特にない。知らないことが多かったから読んだ。

 

その中に、建築関係の専門書もあった。建築材料、荷重、梁、柱、基礎、耐震、振動、配管、換気、断熱、防火。一通り覚えている。

 

ただし、本で読んだことと、実物を扱えることは別。その部分については、雄英へ入ってから情報が増えた。

 

サポート科には、家庭用とは比べものにならない工作設備がある。大型の旋盤、フライス、加工装置、溶接設備、材料試験機、大型の測定機器、観測装置。

 

私はそれらを実際に見ている。一部は授業で使った。使っていない設備も、構造や運用は確認した。

 

大きい機械は、本体だけ置けばいいわけではない。作業スペース、搬入経路、整備空間、床荷重、振動、排熱、電力、冷却、排気、騒音。そういうものをまとめて用意する必要がある。

 

学校で扱った構造。授業で学んだ範囲。そこから必要に応じて自習した内容。幼少期から覚えていた基礎知識。

 

合わせれば、自宅用の研究施設を設計するくらいなら問題ない。

 

専門の建築会社へ依頼する必要も、今はなかった。資材も作れる。

 

◇ ◇ ◇

 

私は家の図面を作った。

 

現状、残す場所は生活空間、寝室、台所、浴室。そこは大きく触らない。一人で使うなら、今の広さで十分。

 

変える場所は、使っていない部屋、物置、廊下の一部、一階の空きスペース。

 

まず、工作区画。大型加工機を置けるようにする。床を補強し、振動を家全体へ伝えない。防音、排熱、粉塵、排気。

 

次、解析区画。振動を嫌う観測機器があるので、工作区画とは離す。床も別に考える。電磁的なノイズ、温度変化、光。そこも分ける。

 

次、個性因子研究区画。汚染を避ける。空調、気圧差、洗浄、保存設備。

 

次、人工個性製造。今は私自身でも製造できる。ただ、大量に試作品を並べるなら外部設備もあった方が便利。

 

次、個性兵用。人型の試作品を部屋の中で動かせる程度の空間。試験、整備、保管。

 

「これくらいでしょうか」

 

図面を見る。

 

かなり変わる。家というより、研究施設の中に生活空間が残っている形に近い。

 

問題ない。私しか住んでいない。

 

◇ ◇ ◇

 

次、資材。

 

以前なら、ここで費用を計算していた。鋼材、コンクリート、絶縁材、配線、配管、機械部品。大量に買えば、両親へ説明する必要もある。配送、搬入、保管。全部手間。

 

今は、ほとんど要らない。

 

改造『創造』。

 

私は必要な材料を設計する。構造材、補強材、床材、配線材、配管、断熱、防振材、耐熱材。一つずつ生成し、足りなければ追加する。

 

高価な材料でも、希少な材料でも、構造を理解していれば作れる。原料費という考え方が、かなり薄くなった。

 

便利。

 

問題は、作ったものを運ぶことだった。

 

◇ ◇ ◇

 

重量物。床の補強材、機械設備、大型部品。

 

生成自体はできる。でも、必要な位置へ移動させる作業が残る。

 

自分用に念動力を作る方法もある。対象を浮かせる。運ぶ。置く。単純。

 

体育祭と、その後のB組からの装備依頼。そこで十分に発現を確認した個性がある。

 

柳さんの『ポルターガイスト』。物体を遠隔で動かす個性。

 

そのまま複製する必要はない。荷運び専用。対象重量、距離、精密操作、安全制御。そこだけ欲しい。私は人工個性として設計できる。

 

ただ、自分に入れる必要があるか。

 

少し考える。

 

自分で念動力を使う場合、対象を認識し、持ち上げる。移動方向を指定し、速度を調整する。障害物を回避し、設置位置を確認する。その間、私が制御する。

 

できる。でも、作業中ずっと意識を使う。

 

なら、別に動く個体へやらせた方がいい。

 

少し前に作った個性兵。あれを使う。

 

「試してみましょう」

 

◇ ◇ ◇

 

荷運び用。

 

戦闘能力は不要。高速移動も不要。会話は最低限。身体も前回より簡単でいい。

 

重要なのは、念動力、周囲認識、荷物識別、経路判断、配置、命令理解。

 

私は設計する。人工肉体、人工OS、改変した念動力。任務は運搬。それだけ。

 

作る。起動。

 

個体が立つ。前回の試作と同じように、人間とは明確に違う外見。

 

「こちらの資材を、図面の指定位置へ運んでください」

 

個体が資材を見る。認識し、念動力を発動する。

 

鋼材が浮く。複数、同時。

 

廊下を通る。壁へ当てない。角を曲がる。指定位置へ下ろす。

 

「次はこちらです」

 

また動く。

 

私は別の作業へ戻る。

 

数分後、運搬完了の報告。

 

便利だった。かなり。

 

◇ ◇ ◇

 

改築を始める。

 

最初は、家の中の物を移す。棚、机、既存機材。

 

個性兵へ命令する。

 

「この部屋の設備を、隣の空き部屋へ移してください。培養設備は傾けないように」

 

それだけで動く。私が一つずつ運ばなくていい。

 

次、壁。構造を確認し、耐力に関係しない部分だけ撤去。必要な箇所を補強する。

 

資材はその場で作る。個性兵へ渡す。

 

「これを一階へ」

 

運ぶ。

 

「こちらは工作区画へ」

 

運ぶ。

 

「この補強材を順番通りに配置してください」

 

配置。

 

私がやるのは、設計、確認、固定、細かい作業。荷運びそのものは、ほぼ任せられる。

 

念動力を自分で使う場合、同じ結果は出せる。でも私は、一つ持ち上げるたびに、それを操作し続ける必要がある。

 

個性兵なら、

 

「運んでください」

 

それで終わる。その間に、次の構造を考えられる。

 

「こちらの方が便利ですね」

 

私はそう判断した。

 

自分が個性を持つより、個性を持ったものへ命令する。作業用途なら、後者の方が明らかに効率がいい。

 

◇ ◇ ◇

 

工作区画。

 

床を剥がし、既存構造を確認する。補強、防振層、新しい床、重量機械の固定部、配電、排熱、換気。

 

作る。

 

機械そのものも作れる。ただ、学校で見た設備を、そのまま同じ寸法で再現する必要はない。

 

使用者は私一人。大量の生徒が同時に使う、という条件がない。安全距離、操作面、保守空間。必要なものだけ残す。

 

旋削、切削、精密加工、材料加工。複数の機能を、自宅用にまとめる。

 

それでも、今まで使っていた卓上機械より遥かに大きい。

 

設置。個性兵が持ち上げる。

 

位置。数ミリ移動。下ろす。固定。

 

次、解析区画。

 

ここは逆に工作区画から離す。振動、熱、粉塵を避ける。

 

観測機器。個性因子、物性、生体試料、光学。必要な測定系を置く。

 

学校の観測機を使った経験から、何が邪魔になるか、何が足りなくなるか、それも分かる。

 

大きな装置を置いた後に、扉を通らないという設計はしない。保守用の経路も残す。冷却系も先に通す。

 

配線を後から壁へ貼るような構造にもしたくない。最初から床、壁、天井の内部へ通す。

 

◇ ◇ ◇

 

個性因子区画。

 

ここは、今までより明確に分離した。

 

試料、保存、分析、人工個性試験。それぞれ、同じ部屋へ置かない。

 

私自身が個性因子を直接知覚できるようになっても、物理的な検査設備が不要になったわけではない。人間の感覚だけで、全部を済ませる必要もない。

 

機械の方が、長時間記録、定量比較、反復測定、そういうものは得意。なら、使い分ける。

 

次、試作区画。

 

個性兵を動かす。人型。少し大きいもの。将来的に、別形状も作る可能性はある。

 

壁を壊さず動けるだけの空間を確保する。床は耐荷重、天井は高さ。

 

隣は保管。完成品、失敗品、危険物を分ける。

 

「かなり研究所らしくなりましたね」

 

途中で、そう思った。

 

当たり前。そうなるように作っている。

 

◇ ◇ ◇

 

数日、改築を続ける。

 

学校がない。だから朝から始める。昼も続ける。夜も続ける。

 

食事は必要な時間だけ。睡眠は必要量。それ以外は、ほぼ改築。

 

個性兵も動き続ける。重量物、配管、機械、材料。全部運ぶ。私は運搬命令だけ出す。

 

一度、廊下へ資材が集中しすぎた。

 

「優先順位を変えてください。工作区画へ先に運んでください」

 

すぐ変更。

 

別の日、新しい大型機械の配置。

 

「三十センチ右です」

 

移動。

 

「二センチ戻してください」

 

戻る。

 

人間に頼むより、指示が単純。疲労も、不満も、休憩も要らない。設計通り。

 

かなり便利。

 

私は、自分のために大量の作業個性を直接持つ必要はない。必要な個性を持つ個性兵を作る。命令する。その方が、私は考えることへ集中できる。

 

この使い方は、覚えておく価値があった。

 

◇ ◇ ◇

 

最後、全区画を確認する。

 

工作、正常。観測、正常。個性因子、正常。保存、正常。試作、正常。

 

電力、換気、冷却、排気。問題なし。

 

家の外観は大きくは変えていない。中はかなり違う。

 

最初に引っ越してきた時、空いていた部屋、使っていなかった空間。それが、ほぼ全部研究用に変わった。

 

生活部分は最低限。研究部分が大半。

 

今の私には、こちらの方が使いやすい。

 

ようやく、学校の設備へ行かなくても、大抵の研究を自宅で完結できるようになった。

 

もちろん、雄英の方が大きい設備もある。特殊な設備もある。そして、まだ見たことのない装置も世の中には多いだろう。

 

でも、日常的な研究拠点としては十分。

 

「これなら問題ありませんね」

 

私は最後の記録を取る。

 

改築完了。

 

次、荷運び用個性兵。もう要らない。

 

◇ ◇ ◇

 

「停止してください」

 

個体が止まる。

 

さて、処分。

 

ここで、少し困った。

 

作る時は簡単だった。設計、生成、起動。それで終わる。

 

でも、不要になった時、消えない。当然、人工生命だから。そこに存在する。

 

停止しただけ。身体、人工OS、個性因子。全部残っている。

 

保存する理由はない。今後また荷運びが必要なら、同じ設計で作ればいい。

 

だから、処分する。

 

まず、人工OSを停止。任務個性を無効化。個性因子を分離できる範囲で処理。人工肉体を解体し、生体組織、構造材、その他に分類して、安全に処理する。

 

時間がかかる。

 

「……手間ですね」

 

作るより、捨てる方が面倒だった。

 

個性兵は今後増える。用途ごと、試験ごと。一体、二体、十体。必要になれば、もっと。

 

それを不要になるたび、私が一つずつ停止、解体、分類、処分する。

 

非効率。

 

しかも、危険な人工個性を積んだ個体なら、処分中の安全管理も必要になる。

 

なら、最初から処分機能を持たせる。

 

◇ ◇ ◇

 

方法を考える。

 

命令は一つ。自己分解。

 

受けたら、任務停止。個性停止。保存する必要のある情報だけ送る。人工OS停止。

 

内部構造を安全な順番で崩す。個性因子を無力化。人工肉体を分解。危険物を残さない。

 

外部から、私が一つずつ作業する必要なし。

 

問題がなければ、それを今後の標準にする。

 

私は今回の荷運び用個体を、最後まで手作業で処分した。

 

時間。かなり無駄。

 

でも、一度やれば問題点は分かる。次から直せる。

 

最後の部品を処理する。床の上から、荷運び用個性兵が消えた。

 

私は新しい個性兵の共通仕様へ、一つ項目を追加した。

 

命令による安全な自己分解。

 

今後、不要になった個体を処分する時、同じ作業を二度と自分でする必要はなかった。

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