無個性は個性をつくる 作:匿名希望
比較するには、ちょうどいい。そう思っていた。
実際に到着してみると、比較対象としては少し大きすぎた。
◇ ◇ ◇
I・アイランド。
海上に造られた巨大な人工移動都市。世界中から研究者を集め、個性、ヒーロー、サポートアイテム、それらに関する研究開発を行うための場所。
空港で入島手続きを受ける。本人確認、招待情報、荷物検査、持ち込み物の確認。セキュリティはかなり厳しい。
研究者、研究成果、企業機密。それらを守る必要がある以上、当然だと思う。
私は大量の装備を持ってきてはいない。衣類、端末、筆記具、許可された範囲の簡単な測定機器。その程度。
自宅で作っている人工個性や個性兵を、観光旅行へ持ってくる理由はない。必要なら、帰ってから作ればいい。
発目さんの荷物は、私より多かった。かなり。
「これも駄目なんですか!?」
検査員へ言っている。
「規定上、事前申請のない試作機の持ち込みは――」
「でも安全ですよ!」
「その確認ができていませんので」
「今ここで動かせば分かります!」
「動かさないでください」
少し離れたところから見る。いつも通りだった。
最終的に、持ち込めるもの、預けるもの、戻すものに分けられている。
私は先に検査を終えた。少しして、発目さんが来る。
「結構取り上げられました!」
「没収ではなく預かりでは?」
「使えないなら同じです!」
「違うと思います」
少なくとも、返ってくる。
◇ ◇ ◇
入島手続きが終わる。
案内表示。I・Expo。
現在は一般公開前。招待客向けの先行公開期間。
研究成果、新型サポートアイテム、個性関連技術、展示、実演、企業ブース、研究機関。かなりの数。
そして、島そのものが普通の都市として成立している。
研究棟だけではない。道路、商業施設、宿泊施設、居住区画、物流、発電、交通。
一つの研究所ではない。研究するために作られた都市。
「すごいですね!」
発目さんが言う。
「そうですね」
「どこから行きます!?」
「案内を確認してから決めます」
「全部行けばいいんですよ!」
「時間が足りません」
「走れば増えます!」
増えない。移動時間が減るだけ。
ただ、発目さんの気持ちは分からなくもない。見る場所は多かった。
◇ ◇ ◇
最初に見たのは、公開展示区画。理由は、入口から近かったから。
サポートアイテム。多い。
単純な補助具、防護装備、拘束、救助、移動、通信、センサー。個性使用時の身体負荷を軽減するもの。個性の発動方向を整えるもの。出力を使いやすい形へ変換するもの。
私が学校で依頼を受けて作ったものと、思想が近い装備もある。ただ、違う。製品として完成している。
「これ」
発目さんが一つの展示へ近づく。
腕部装着型。複数の規格へ対応する、交換式の補助ユニット。
「接続部が共通です!」
「そうですね」
別の企業、別の製品。それでも、同じ規格の接続部が使われている。
私は近くの展示を見る。電源、通信、固定位置、データ形式、安全規格。同じものが多い。
「標準化されていますね」
「便利ですよね!」
「かなり」
自宅研究では、必要ならその場で専用品を作る。使う人間も私。整備する人間も私。次に変更するのも私。
だから、規格を揃える必要が薄い。一つしか作らないなら、その時点で最適な構造にすればいい。
でも、企業、研究所、複数人、大量生産では違う。
部品を作る人、組み立てる人、整備する人、使う人。全員が別。
なら、誰が扱っても一定の方法で繋がる必要がある。
面白い。
◇ ◇ ◇
次、製造設備。見学可能な区画だけ。
当然、企業秘密のある製造ラインまで自由に入れるわけではない。ただ、公開用の生産設備でも十分だった。
大きい。単純に機械が、ではない。流れが大きい。
材料受入、検査、前処理、加工、組立、中間検査、調整、最終試験、記録、梱包。一方向へ流れる。
一つの機械が全部やるわけではない。工程ごとに分かれている。
途中で不良は自動排除。製造番号、記録、使用した材料、担当設備、検査結果。全部、紐付いている。
「空木さん!」
発目さんが言う。
「この加工機欲しいです!」
「置く場所がありますか?」
「作ります!」
「学校にですか?」
「家に!」
「先に家の人へ確認した方がいいと思います」
「大丈夫です!」
何が大丈夫かは分からない。
私は製造ラインの方を見る。
自宅にも大型加工設備は作った。機能だけなら、かなりのものがある。精度も、必要な水準は出せる。
ただ、私の設備は私が一人で使うことを前提にしている。一個作る。少数作る。試す。直す。そのため。
ここは違う。
同じ品質のものを、大量に、別の人間が、何度でも作れる。
この差は設計能力ではない。運用、工程、管理。
◇ ◇ ◇
製造設備の説明をしていた研究者へ、私は質問する。
「一ついいですか?」
「もちろん」
英語で返ってくる。そのまま話す。
「設計変更が入った場合、どの工程まで共通規格を維持するんですか?」
研究者が少し考える。
「製品によるね。機能部まで変更するなら全部見直すこともある。ただ、可能な限り接続、電源、通信、検査形式は残す」
「性能が落ちてもですか?」
「許容範囲なら」
なるほど。
「専用品なら、最適化した方が軽くできます」
「できるよ。ただ、それを百個、千個作って、別の工場で修理するなら話が変わる」
「修理まで含めて設計する」
「そういうことだ」
研究者が展示のユニットを指す。
「研究者は性能だけを考えがちだけど、世の中に出すなら性能だけじゃ足りない。誰が作るか。誰が使うか。誰が直すか。何年使うか。別の製品と繋がるか」
私は聞く。
「完全な専用設計が必要な場合は?」
「必要ならやる。ただし、本当に必要な部分だけだ」
その答えは分かりやすかった。
私も、爆豪さんのガントレットで似た判断はしている。本人ができることへ、余計な機能を足さない。必要なところだけ変える。
ただ、規模が違う。
一人の依頼人に合わせる、ではなく、製造、流通、整備。そこまで含めている。
「ありがとうございます」
「君、学生?」
「はい。雄英高校のサポート科です」
「日本の?」
「そうです」
少し反応が変わる。
「何か作ってるのか?」
「サポートアイテムをいくつか」
それ以上を説明する必要はない。
人工個性、人工生命。そういう話を、初対面の研究者へする理由もない。
「設計をやるなら、製造工程も見た方がいい」
「そうですね」
本当に、その通りだった。
◇ ◇ ◇
次、研究区画。ここも公開範囲だけ。
それでも、雄英とは違う。
一つの研究室に複数人、ではない。一つの研究テーマへ、複数の研究室。
材料、生体、制御、電子、機械、シミュレーション、臨床データ。それぞれ別。さらに、それらを統合する人間。
全員が同じものを研究している。でも、同じ作業をしていない。
「分業ですね」
私は言う。
「今更ですか?」
発目さんが聞く。
「規模の話です」
学校でも共同制作はある。企業も研究所も、分業することは知っている。本でも読んでいる。理解もしていた。
でも、見ると違う。
一人の研究者が全部分かっていなくても、研究が進む。
材料担当は材料を深く見る。制御担当は制御。生体担当は身体反応。全体を理解する人間もいるが、全員が全工程をやる必要はない。
私は基本的に、全部自分でやる。
個性因子、生物、機械、電子、材料、設計、加工、試験。全部できるから、やっていた。
その方が早いことも多い。他人へ説明する時間もいらない。
ただ、人数を増やせば同時に進められる。
私は一人。一時間に一つのことしかできない。考える速度が速くても、実際の装置を十台同時に手で組むことはできない。
今は、個性兵へ作業させる方法もある。でも、研究分業としてまだ体系化していない。
「なるほど」
少し、考える価値があった。
◇ ◇ ◇
シミュレーション設備。
実物試験の前、大量の条件を流す。
材料応力、熱、振動、個性使用時の負荷、人体モデル、装備故障、異常入力。数千、数万の条件。
結果、危険なものだけ実物で確認。
私は画面を見る。
自宅でも計算はする。シミュレーションもする。ただ、ここはデータが多い。私個人では持っていない。
多数の使用者、多数の個性、多数の装備、過去の故障記録、事故例、材料ロット。その蓄積。
「設備よりデータの方が価値がありますね」
近くにいた研究者が、こちらを見る。
「そう思う?」
「はい。計算機なら作れます。モデルも作れます。ただ、過去十年分の実使用データは一人では作れません」
研究者が笑う。
「学生にしては地味なところを見るね」
「必要なので」
「正しいよ。設備は金で買える。データは時間がかかる」
発目さんが、別の画面を見ながら言う。
「でも設備も欲しいですよ!」
「否定はしていません」
両方あれば、よりいい。
◇ ◇ ◇
午後。さらに別の区画。
材料研究。個性使用環境に耐える特殊素材。
高熱、低温、腐食、衝撃、電気、変形。個性によって、必要条件が大きく変わる。
私は芦戸さんを思い出す。酸。
爆豪さん。爆発。
青山さん。レーザー。
同じサポートアイテム素材で、全部に対応する意味はない。だから、用途別材料。
ここも当然、データベース化されている。
発目さんは、試作品の関節へ夢中になっている。
「これ面白いですよ!」
「可変剛性ですか」
「そうです! 動く時は柔らかくて、固定したら硬くなるんですよ!」
「形状変化系のコスチュームには使いやすそうですね」
「ですよね!」
技術の話なら、会話が続く。
私は展示の説明を読む。制御方式、材料、耐久回数、応答速度。
一つ、違和感。
「ここの耐久試験」
「はい?」
発目さんが寄る。
「回数が少ないですね」
説明員へ聞く。
理由。試作品段階。材料自体は別研究チーム。現在の数字は暫定。
なるほど。
完成品ではない。I・Expoは商品展示だけではない。研究途中のものもある。
その方が面白い。
◇ ◇ ◇
夕方。一度、中央の案内区画へ戻る。
歩いた。かなり。
発目さんは、まだ元気。
「次どこ行きます!?」
「今日は見学時間が終わりに近いです」
「夜も開けてくれないですかね!」
「規則なので無理でしょう」
「お願いしたら!」
「多分無理です」
周囲を見る。
研究者、技術者、企業関係者、ヒーロー、招待客。人が多い。
それでも、研究施設の全部が公開されているわけではない。見えているのは一部。
この島の奥には、企業秘密、未公開研究、危険な個性研究。そういうものも当然あるはず。
私は自宅の研究室を思い出す。
工作区画、解析区画、個性因子区画、試作区画。かなり満足していた。今も、自分一人の研究所としては不満は少ない。
でも、ここは考え方が違う。
自宅は、私一人が必要な研究を最短で進めるための場所。
I・アイランドは、大量の研究者が大量の研究を同時に進めるための場所。
個人の能力ではなく、仕組みで研究速度を上げている。
研究テーマを分ける。担当を分ける。設備を共有する。規格を揃える。データを蓄積する。製造を工程化する。検査を統一する。
一人がいなくても、全体が止まらない。
これは、私が今まであまり必要としていなかった考え方だった。
一人でできるから、一人でやる。それで、かなり遠くまで来た。
ただ、できることと、一人で全部やるのが最も効率的かは同じではない。
「空木さん?」
発目さんが呼ぶ。
「はい」
「何見てるんです?」
「島です」
「島?」
「研究所として」
発目さんが少し考える。
「でっかい工房ですよね!」
かなり簡略化された。でも、間違いでもない。
「そうですね」
私はもう一度周囲を見る。
自宅に同じものは作れない。少なくとも、今すぐ同じ規模は必要ない。
でも、一人の研究能力を、設備、標準化、分業、製造、それらで増幅する考え方は使える。
研究そのものではなく、研究の進め方。そこまで研究対象になる。
I・アイランドへ来た価値は、もうあった。