無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第33話 世界最大の研究都市

比較するには、ちょうどいい。そう思っていた。

 

実際に到着してみると、比較対象としては少し大きすぎた。

 

◇ ◇ ◇

 

I・アイランド。

 

海上に造られた巨大な人工移動都市。世界中から研究者を集め、個性、ヒーロー、サポートアイテム、それらに関する研究開発を行うための場所。

 

空港で入島手続きを受ける。本人確認、招待情報、荷物検査、持ち込み物の確認。セキュリティはかなり厳しい。

 

研究者、研究成果、企業機密。それらを守る必要がある以上、当然だと思う。

 

私は大量の装備を持ってきてはいない。衣類、端末、筆記具、許可された範囲の簡単な測定機器。その程度。

 

自宅で作っている人工個性や個性兵を、観光旅行へ持ってくる理由はない。必要なら、帰ってから作ればいい。

 

発目さんの荷物は、私より多かった。かなり。

 

「これも駄目なんですか!?」

 

検査員へ言っている。

 

「規定上、事前申請のない試作機の持ち込みは――」

 

「でも安全ですよ!」

 

「その確認ができていませんので」

 

「今ここで動かせば分かります!」

 

「動かさないでください」

 

少し離れたところから見る。いつも通りだった。

 

最終的に、持ち込めるもの、預けるもの、戻すものに分けられている。

 

私は先に検査を終えた。少しして、発目さんが来る。

 

「結構取り上げられました!」

 

「没収ではなく預かりでは?」

 

「使えないなら同じです!」

 

「違うと思います」

 

少なくとも、返ってくる。

 

◇ ◇ ◇

 

入島手続きが終わる。

 

案内表示。I・Expo。

 

現在は一般公開前。招待客向けの先行公開期間。

 

研究成果、新型サポートアイテム、個性関連技術、展示、実演、企業ブース、研究機関。かなりの数。

 

そして、島そのものが普通の都市として成立している。

 

研究棟だけではない。道路、商業施設、宿泊施設、居住区画、物流、発電、交通。

 

一つの研究所ではない。研究するために作られた都市。

 

「すごいですね!」

 

発目さんが言う。

 

「そうですね」

 

「どこから行きます!?」

 

「案内を確認してから決めます」

 

「全部行けばいいんですよ!」

 

「時間が足りません」

 

「走れば増えます!」

 

増えない。移動時間が減るだけ。

 

ただ、発目さんの気持ちは分からなくもない。見る場所は多かった。

 

◇ ◇ ◇

 

最初に見たのは、公開展示区画。理由は、入口から近かったから。

 

サポートアイテム。多い。

 

単純な補助具、防護装備、拘束、救助、移動、通信、センサー。個性使用時の身体負荷を軽減するもの。個性の発動方向を整えるもの。出力を使いやすい形へ変換するもの。

 

私が学校で依頼を受けて作ったものと、思想が近い装備もある。ただ、違う。製品として完成している。

 

「これ」

 

発目さんが一つの展示へ近づく。

 

腕部装着型。複数の規格へ対応する、交換式の補助ユニット。

 

「接続部が共通です!」

 

「そうですね」

 

別の企業、別の製品。それでも、同じ規格の接続部が使われている。

 

私は近くの展示を見る。電源、通信、固定位置、データ形式、安全規格。同じものが多い。

 

「標準化されていますね」

 

「便利ですよね!」

 

「かなり」

 

自宅研究では、必要ならその場で専用品を作る。使う人間も私。整備する人間も私。次に変更するのも私。

 

だから、規格を揃える必要が薄い。一つしか作らないなら、その時点で最適な構造にすればいい。

 

でも、企業、研究所、複数人、大量生産では違う。

 

部品を作る人、組み立てる人、整備する人、使う人。全員が別。

 

なら、誰が扱っても一定の方法で繋がる必要がある。

 

面白い。

 

◇ ◇ ◇

 

次、製造設備。見学可能な区画だけ。

 

当然、企業秘密のある製造ラインまで自由に入れるわけではない。ただ、公開用の生産設備でも十分だった。

 

大きい。単純に機械が、ではない。流れが大きい。

 

材料受入、検査、前処理、加工、組立、中間検査、調整、最終試験、記録、梱包。一方向へ流れる。

 

一つの機械が全部やるわけではない。工程ごとに分かれている。

 

途中で不良は自動排除。製造番号、記録、使用した材料、担当設備、検査結果。全部、紐付いている。

 

「空木さん!」

 

発目さんが言う。

 

「この加工機欲しいです!」

 

「置く場所がありますか?」

 

「作ります!」

 

「学校にですか?」

 

「家に!」

 

「先に家の人へ確認した方がいいと思います」

 

「大丈夫です!」

 

何が大丈夫かは分からない。

 

私は製造ラインの方を見る。

 

自宅にも大型加工設備は作った。機能だけなら、かなりのものがある。精度も、必要な水準は出せる。

 

ただ、私の設備は私が一人で使うことを前提にしている。一個作る。少数作る。試す。直す。そのため。

 

ここは違う。

 

同じ品質のものを、大量に、別の人間が、何度でも作れる。

 

この差は設計能力ではない。運用、工程、管理。

 

◇ ◇ ◇

 

製造設備の説明をしていた研究者へ、私は質問する。

 

「一ついいですか?」

 

「もちろん」

 

英語で返ってくる。そのまま話す。

 

「設計変更が入った場合、どの工程まで共通規格を維持するんですか?」

 

研究者が少し考える。

 

「製品によるね。機能部まで変更するなら全部見直すこともある。ただ、可能な限り接続、電源、通信、検査形式は残す」

 

「性能が落ちてもですか?」

 

「許容範囲なら」

 

なるほど。

 

「専用品なら、最適化した方が軽くできます」

 

「できるよ。ただ、それを百個、千個作って、別の工場で修理するなら話が変わる」

 

「修理まで含めて設計する」

 

「そういうことだ」

 

研究者が展示のユニットを指す。

 

「研究者は性能だけを考えがちだけど、世の中に出すなら性能だけじゃ足りない。誰が作るか。誰が使うか。誰が直すか。何年使うか。別の製品と繋がるか」

 

私は聞く。

 

「完全な専用設計が必要な場合は?」

 

「必要ならやる。ただし、本当に必要な部分だけだ」

 

その答えは分かりやすかった。

 

私も、爆豪さんのガントレットで似た判断はしている。本人ができることへ、余計な機能を足さない。必要なところだけ変える。

 

ただ、規模が違う。

 

一人の依頼人に合わせる、ではなく、製造、流通、整備。そこまで含めている。

 

「ありがとうございます」

 

「君、学生?」

 

「はい。雄英高校のサポート科です」

 

「日本の?」

 

「そうです」

 

少し反応が変わる。

 

「何か作ってるのか?」

 

「サポートアイテムをいくつか」

 

それ以上を説明する必要はない。

 

人工個性、人工生命。そういう話を、初対面の研究者へする理由もない。

 

「設計をやるなら、製造工程も見た方がいい」

 

「そうですね」

 

本当に、その通りだった。

 

◇ ◇ ◇

 

次、研究区画。ここも公開範囲だけ。

 

それでも、雄英とは違う。

 

一つの研究室に複数人、ではない。一つの研究テーマへ、複数の研究室。

 

材料、生体、制御、電子、機械、シミュレーション、臨床データ。それぞれ別。さらに、それらを統合する人間。

 

全員が同じものを研究している。でも、同じ作業をしていない。

 

「分業ですね」

 

私は言う。

 

「今更ですか?」

 

発目さんが聞く。

 

「規模の話です」

 

学校でも共同制作はある。企業も研究所も、分業することは知っている。本でも読んでいる。理解もしていた。

 

でも、見ると違う。

 

一人の研究者が全部分かっていなくても、研究が進む。

 

材料担当は材料を深く見る。制御担当は制御。生体担当は身体反応。全体を理解する人間もいるが、全員が全工程をやる必要はない。

 

私は基本的に、全部自分でやる。

 

個性因子、生物、機械、電子、材料、設計、加工、試験。全部できるから、やっていた。

 

その方が早いことも多い。他人へ説明する時間もいらない。

 

ただ、人数を増やせば同時に進められる。

 

私は一人。一時間に一つのことしかできない。考える速度が速くても、実際の装置を十台同時に手で組むことはできない。

 

今は、個性兵へ作業させる方法もある。でも、研究分業としてまだ体系化していない。

 

「なるほど」

 

少し、考える価値があった。

 

◇ ◇ ◇

 

シミュレーション設備。

 

実物試験の前、大量の条件を流す。

 

材料応力、熱、振動、個性使用時の負荷、人体モデル、装備故障、異常入力。数千、数万の条件。

 

結果、危険なものだけ実物で確認。

 

私は画面を見る。

 

自宅でも計算はする。シミュレーションもする。ただ、ここはデータが多い。私個人では持っていない。

 

多数の使用者、多数の個性、多数の装備、過去の故障記録、事故例、材料ロット。その蓄積。

 

「設備よりデータの方が価値がありますね」

 

近くにいた研究者が、こちらを見る。

 

「そう思う?」

 

「はい。計算機なら作れます。モデルも作れます。ただ、過去十年分の実使用データは一人では作れません」

 

研究者が笑う。

 

「学生にしては地味なところを見るね」

 

「必要なので」

 

「正しいよ。設備は金で買える。データは時間がかかる」

 

発目さんが、別の画面を見ながら言う。

 

「でも設備も欲しいですよ!」

 

「否定はしていません」

 

両方あれば、よりいい。

 

◇ ◇ ◇

 

午後。さらに別の区画。

 

材料研究。個性使用環境に耐える特殊素材。

 

高熱、低温、腐食、衝撃、電気、変形。個性によって、必要条件が大きく変わる。

 

私は芦戸さんを思い出す。酸。

 

爆豪さん。爆発。

 

青山さん。レーザー。

 

同じサポートアイテム素材で、全部に対応する意味はない。だから、用途別材料。

 

ここも当然、データベース化されている。

 

発目さんは、試作品の関節へ夢中になっている。

 

「これ面白いですよ!」

 

「可変剛性ですか」

 

「そうです! 動く時は柔らかくて、固定したら硬くなるんですよ!」

 

「形状変化系のコスチュームには使いやすそうですね」

 

「ですよね!」

 

技術の話なら、会話が続く。

 

私は展示の説明を読む。制御方式、材料、耐久回数、応答速度。

 

一つ、違和感。

 

「ここの耐久試験」

 

「はい?」

 

発目さんが寄る。

 

「回数が少ないですね」

 

説明員へ聞く。

 

理由。試作品段階。材料自体は別研究チーム。現在の数字は暫定。

 

なるほど。

 

完成品ではない。I・Expoは商品展示だけではない。研究途中のものもある。

 

その方が面白い。

 

◇ ◇ ◇

 

夕方。一度、中央の案内区画へ戻る。

 

歩いた。かなり。

 

発目さんは、まだ元気。

 

「次どこ行きます!?」

 

「今日は見学時間が終わりに近いです」

 

「夜も開けてくれないですかね!」

 

「規則なので無理でしょう」

 

「お願いしたら!」

 

「多分無理です」

 

周囲を見る。

 

研究者、技術者、企業関係者、ヒーロー、招待客。人が多い。

 

それでも、研究施設の全部が公開されているわけではない。見えているのは一部。

 

この島の奥には、企業秘密、未公開研究、危険な個性研究。そういうものも当然あるはず。

 

私は自宅の研究室を思い出す。

 

工作区画、解析区画、個性因子区画、試作区画。かなり満足していた。今も、自分一人の研究所としては不満は少ない。

 

でも、ここは考え方が違う。

 

自宅は、私一人が必要な研究を最短で進めるための場所。

 

I・アイランドは、大量の研究者が大量の研究を同時に進めるための場所。

 

個人の能力ではなく、仕組みで研究速度を上げている。

 

研究テーマを分ける。担当を分ける。設備を共有する。規格を揃える。データを蓄積する。製造を工程化する。検査を統一する。

 

一人がいなくても、全体が止まらない。

 

これは、私が今まであまり必要としていなかった考え方だった。

 

一人でできるから、一人でやる。それで、かなり遠くまで来た。

 

ただ、できることと、一人で全部やるのが最も効率的かは同じではない。

 

「空木さん?」

 

発目さんが呼ぶ。

 

「はい」

 

「何見てるんです?」

 

「島です」

 

「島?」

 

「研究所として」

 

発目さんが少し考える。

 

「でっかい工房ですよね!」

 

かなり簡略化された。でも、間違いでもない。

 

「そうですね」

 

私はもう一度周囲を見る。

 

自宅に同じものは作れない。少なくとも、今すぐ同じ規模は必要ない。

 

でも、一人の研究能力を、設備、標準化、分業、製造、それらで増幅する考え方は使える。

 

研究そのものではなく、研究の進め方。そこまで研究対象になる。

 

I・アイランドへ来た価値は、もうあった。

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