無個性は個性をつくる 作:匿名希望
I・アイランドへ来た価値は、もうあった。
ただ、見学できる場所はまだかなり残っていた。
宿泊先へ戻る前に、翌日の予定表を確認する。研究展示、企業展示、技術実演、公開講演、研究施設見学。そして夜、招待客向けのレセプション。
時間が重なっているものもある。全部は見られない。なら、優先順位を付ける。
私は一覧から、レセプションの優先度を下げた。
◇ ◇ ◇
翌朝、発目さんと合流する。
「空木さん!」
「おはようございます」
「今日どこから行きます!?」
「昨日見られなかった研究展示からですね」
「私もです!」
発目さんが端末を出す。表示されている予定はかなり多い。私より多い。
「それ、全部回るつもりですか?」
「はい!」
「時間が重なっていますよ」
「途中で抜ければいけます!」
「説明を聞けないと思います」
「実物見れば分かるものもあります!」
それは一部、同意できる。
「レセプションは?」
私が聞く。
「あっ」
発目さんが予定を見る。
「これ邪魔ですね」
同じ判断だった。
◇ ◇ ◇
午前。ヒーロー用装備の耐久評価設備。
大型の試験室。内部には、衝撃、熱、冷却、水圧、電気、腐食。複数の負荷を組み合わせて与えられる設備がある。
単純な材料試験ではない。完成した装備を、実際の使用環境へ近い条件で評価する。
説明員が一つの防護装備を固定する。試験開始。
衝撃。直後、高温。冷却。さらに振動。連続。
装備表面のセンサーが、変形、温度、内部応力、機能低下。全部記録する。
「同時条件なんですね」
私は聞く。
「実戦では一種類ずつ壊れてくれないからね」
説明員が答える。
それはそう。
爆豪さんのガントレットでも、単純に爆発だけへ耐えればいいわけではない。汗、熱、衝撃、振動、本人の高速移動、転倒、外部攻撃。それらが重なる。
学校での試験も複数条件は見る。ただ、ここでは、その条件生成自体が設備として標準化されている。
「試験条件は製品ごとに作るんですか?」
「基本セットがある。そこへ個性特性に合わせた条件を追加する」
「既知の個性分類で共通化?」
「そうだね。熱系、電気系、腐食系、衝撃系。もちろん実際の個性はもっと複雑だけど、最初から全部専用にすると試験コストが高すぎる」
また、標準化。
昨日から何度も出てくる。研究対象は個別。でも、研究工程まで全部個別にする必要はない。
「使えそうですね」
「何にです?」
発目さんが横から聞く。
「自宅の試験設備に」
「家にこれ入れるんですか!?」
「同じ大きさにはしません」
必要なのは思想。
試験条件を毎回その場で設定するのではなく、共通条件群として用意する。個性兵を試す時も使える。
耐熱、耐衝撃、知覚阻害、複数障害。同じ試験を、別個体へすぐ再利用できる。
「発目さんも学校で使えば便利では?」
「壊す試験なら私のベイビーたちに必要ですね!」
「壊すことが目的ではありませんよ」
「限界が分かるまでやるなら同じです!」
少し違う。
ただ、発目さんなら本当に壊れるまでやると思う。
◇ ◇ ◇
次、装着者適合試験。
ここでは、装備そのものではなく人間側を見る。
関節角度、筋負荷、重心、視界、反応時間、呼吸、脈拍、個性発動との干渉。身体の大小、癖。そういうものを記録する。
私は一人の研究者と、展示された下肢補助装置を見る。
「この機構」
私は言う。
「使用者ごとの調整範囲がかなり広いですね」
「量産品だからね」
「その分、固定構造が増えています」
「重い?」
「専用品と比べれば」
研究者が頷く。
「その通り。でも、使用者一人につき一から設計するよりは安い」
「性能を優先するなら専用品」
「絶対性能ならね」
「運用を優先するなら調整式」
「それだけでもない。成長期の子供や、怪我の前後で身体条件が変わる人間にも対応しやすい」
なるほど。
私は少し考える。
雄英のヒーロー科。一年生。まだ成長する。
爆豪さんも、葉隠さんも、青山さんも、今の身体寸法が卒業まで同じとは限らない。
私は装備を作る時、本人へ合わせる。それが最も性能を出しやすいから。
でも、長期間使うなら調整幅にも価値がある。
「交換式にする方が軽くできませんか?」
私が聞く。
研究者が少し笑う。
「どの部分を?」
「固定部を数規格に分けます。駆動部は共通。身体へ接触する部分だけ交換する」
「今の設計だと荷重経路が変わる」
「固定部側に荷重分散構造を持たせれば」
「そうすると厚くなる」
「一体化する部分を減らして――」
話が続く。
展示の説明ではなくなる。構造、材料、荷重、整備。しばらく研究者と、普通に設計の話をした。
学生だから簡単な説明だけされる、ということはなかった。こちらが具体的に聞けば、相手も具体的に返す。
かなり良い。
◇ ◇ ◇
話が終わる。
発目さんを見る。いない。
周囲。少し先、別の展示へ張り付いている。
移動する。
「何を見ています?」
「これです!」
小型の噴射補助装置。姿勢制御。複数ノズル。
発目さんが実演模型を見る。
「出力制御がすごく細かいです!」
「応答も速いですね」
「私のベイビーに使ったら――」
「そのままは使えないでしょう」
「分かってます! 参考です!」
模型の姿勢が崩れる。センサーが検知。噴射。復帰。
「制御は?」
私が説明資料を見る。
予測制御、使用者入力、姿勢推定、環境補正。
発目さんが言う。
「これ、全部自動にしたら楽ですよね!」
「使用者によると思います」
「なんでです?」
「爆豪さんなら邪魔になる可能性があります」
「ああ!」
発目さんも、爆豪さんの動きは見ている。
「勝手に戻されたら嫌がりそうですね!」
「嫌がると思います」
かなり。
「じゃあ使用者ごとに、自動補正の強さを変える?」
「それが普通でしょうね」
「でも自動補正をすごく強くしたら、誰でも飛べるようになりそうですよ!」
「飛ぶこと自体はできても、戦闘で使えるかは別です」
「じゃあ訓練補助!」
「それなら価値はありそうです」
会話しながら、私は装置を見る。
発目さんは、機械そのものをどう変えればもっと面白くなるかを見る。
私は、要求に対してどこまで機能を削れるか、どこを変えれば効率が上がるかを見る。
同じ装置。見ている場所が少し違う。
だから、話す意味がある。
◇ ◇ ◇
昼。食事。
発目さんは食べながら端末を見ている。
「午後の実演、時間変わってます!」
「確認しました」
「だったら先に生体計測の方行けますね!」
「そうですね」
「そのあと素材!」
「私は個性対応制御の研究展示へ行きます」
発目さんが止まる。
「別ですか?」
「時間が重なっていますので」
「じゃあ分かれて、あとで情報交換しましょう!」
「それが一番効率的ですね」
常に一緒にいる必要はない。見たいものも、完全には同じではない。
発目さんは、製作物、機構、動作。そこへの関心が強い。
私は、個性、装備、身体、それらの接続、研究方法。そちら。
分かれて、後で必要な情報だけ交換する。その方がいい。
「レセプション前に集合で!」
「行くんですか?」
「え?」
発目さんが予定表を見る。
「……研究展示の延長時間と重なってますね」
「そうですね」
「じゃあ行かなくていいです!」
判断が早い。
私も、今のところ同じ。
◇ ◇ ◇
午後。一人、個性対応制御の展示へ。
内容は、使用者の個性発動をセンサーで検出し、装備側がそれに合わせて動く。
考え方自体は珍しくない。
葉隠さんのアクセサリーも、本人の透明化状態へ追従する。爆豪さんの装備も、本人の操作を邪魔しないことが重要。青山さんは、レーザー発動後の経路を装備側で制御した。
ただ、ここでは多数の個性へ、同一基盤で対応することを目指している。
個性信号、身体運動、発動前兆、実際の出力。複数センサーで統合し、装備を動作させる。
私は説明を読む。
個性そのものを直接増幅するわけではない。外へ出た現象を受ける。変換する。補助する。
今の私が学校でやっているのと、基本的には同じ。それを、大量の個性へ対応しやすい形にしている。
興味深い。
ただ、決定的に新しいものではない。それでも、見る価値はある。
私の場合、個性ごとに構造を理解して専用品を作れる。だから、汎用センサーを大量に積む必要が薄い。
でも、普通のサポートメーカーは個性因子を直接理解できない。
なら、外から測る。そして、十分なデータから装備を合わせる。
同じ問題。解決方法が違う。
◇ ◇ ◇
研究員の説明が終わった後、私は一つ聞く。
「個性発動前の予測精度は、個人内と個人間でどの程度違いますか?」
研究員がこちらを見る。
「個人間?」
「同系統個性の別人へモデルを転用した場合です」
「かなり落ちる」
「やはり」
「同じ火炎系でも、生体信号も発動プロセスも違う。だから最終的には個人学習が必要になる」
「では、汎用モデルは初期値だけ?」
「今のところはね」
「個性因子側を直接読めれば?」
研究員が少し笑う。
「それが簡単なら苦労しないよ」
当然。一般的には簡単ではない。
私は「そうですね」とだけ答える。
私にはできる。でも、説明する必要はない。
研究員は続ける。
「個性は身体の一部だ。外から見える現象が同じでも、中身が同じとは限らない」
「同意します」
青山さん。かなり分かりやすい例だった。
外から見ればレーザー。でも、身体との接続を見ると特殊。
研究員と少し、個性分類、発動兆候、生体計測の限界について話す。
結論。汎用化は便利。ただし、最終調整は個人。今の技術では、そこが残る。
◇ ◇ ◇
展示を出たところで、見覚えのある制服。
雄英。ヒーロー科。
少し離れた場所に何人かいる。ここへ招待されている以上、不思議ではない。
向こうも私に気づいたらしい。声を掛けられる。軽く応じる。
何を見ていたか聞かれる。
「研究展示です」
そのまま、相手側は別の場所へ向かう。私も次へ。
それだけ。
せっかくI・アイランドにいる。雄英の生徒同士で集まって、普段と同じ話をする意味は薄い。
向こうには向こうの予定がある。私には、私の予定がある。
◇ ◇ ◇
夕方。発目さんと再合流。
手にはパンフレット。かなり増えている。
「見てください!」
渡される。
材料、関節、駆動、加工機、微細部品。
発目さんが、見たものをかなり速く説明する。私は聞く。必要なところで質問。
「この関節、最大可動域は?」
「そこです! 広いんですけど、負荷が一方向に偏るんですよ!」
「なら用途を限定した方がいいですね」
「私は補強を足したいです!」
「重量が増えます」
「軽い素材を!」
「費用が上がります」
「ベイビーなんだからそこは!」
販売する場合、多分困る。
次。私が見た個性対応制御。計測、モデル。説明。
発目さんが途中で食いつく。
「発動前に装備が動くんですか!?」
「十分学習すれば」
「だったら!」
「ただ、誤作動があります」
「ゼロにすれば!」
「その方法が研究課題です」
「あっ」
簡単にゼロなら、もう完成している。
発目さんが少し考える。
「空木さんなら、個性因子見れば早いんじゃないですか?」
声量、普通。周囲に人はいる。
私は答える範囲を選ぶ。
「構造が分かっている個性なら、予測より直接連動させた方が早い場合はあります」
「ですよね!」
発目さんは、そこから先を聞かない。
以前から、私が個性因子技術を使うこと自体は知っている。でも、どこまでできるか、全部説明したことはない。
発目さんも、必要がなければそこへ執着しない。
代わりに、
「じゃあこの制御機構と組み合わせたら――」
別の話へ行った。
それでいい。
◇ ◇ ◇
時間。レセプション開始が近い。
案内端末へ通知。会場、服装、入場、招待者。
発目さんも見る。
「どうします?」
「まだ展示が開いています」
「私も見たいところがあります!」
なら、結論は決まっている。
「少し遅れても問題ないでしょう」
「じゃあ研究ですね!」
「そうですね」
レセプション。何をするか。
技術者、研究者、企業関係者、ヒーロー。交流、挨拶、食事、人脈。
意味はある。分かる。
研究は、一人で完結しないことも多い。昨日見た分業も、人間同士の接続があって成立する。
だから、社交そのものが無意味とは思わない。
ただ、私の場合、今夜、研究展示を見る時間を削ってまで初対面の人間へ挨拶を繰り返す価値があるか。
比較する。
展示。今しか見られない。研究者もいる。試作装置もある。実演も。今日まで。
レセプション。遅れて行ける。
なら、先に研究。
単純だった。
◇ ◇ ◇
最後に向かったのは、研究者向けの公開展示区画。
一般向けより説明が細かい。完成品より、試験機、測定装置、研究途中、失敗した方式。そういうものが多い。
私は、こちらの方が好きだった。
完成品は答えしか見えない。途中の研究は、なぜその答えになったかが見える。
試作機。一号。問題、熱。二号。冷却追加、重量増加。三号。材料変更、耐久不足。四号。構造変更。
その履歴。
「これ面白いですね」
発目さんが言う。
「そうですね」
同意する。
失敗品。かなり価値がある。
何をしたら駄目だったか。それも研究結果。
私は一つの展示で止まる。
個性発現へ装備を同期させるための試験装置。
結果、失敗。反応遅延。発動信号の個人差。高出力時のセンサー飽和。改善案。記載。
私は読む。
外部装置、個性、身体。この三つの境界。まだ難しい。
私は個性自体を作り替えることで、その境界問題をかなり強引に解決できる。装備へ合わせて、個性を設計することもできる。
でも、学校で他人へそれはしていない。
本人の個性を変えず、外からどこまでできるか。
I・アイランドには、その研究が大量にある。
こちらの方向にも、まだ知らない解法があるかもしれない。
「空木さん」
「はい」
「レセプション、もう始まってます」
時計を見る。確かに。
「そうですね」
「どうします?」
私は目の前の展示を見る。
次の説明開始。五分後。
「これを聞いてから行きましょう」
発目さんが笑う。
「私もです!」
そのまま、二人で研究員の説明を待つ。
レセプション会場へ向かう人間が、廊下を通り過ぎていく。
私は特に急がなかった。
食事も、挨拶も、後でできる。
今は、こちらの方が面白かった。