無個性は個性をつくる   作:匿名希望

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第35話 占拠

「これを聞いてから行きましょう」

 

「私もです!」

 

そう決めて、私たちは研究員の説明を待った。

 

レセプションはもう始まっている。ただ、目の前には個性発現と装備制御の同期失敗例が並んでいる。こちらの方が興味深い。

 

説明が始まる。試験装置、入力、遅延、失敗原因、改善案。

 

研究員の話を聞きながら、私は表示されているログを見る。発目さんは試作機の方を見る。いつも通り。

 

その途中だった。

 

警報が鳴った。

 

◇ ◇ ◇

 

音。赤い表示。

 

研究員が話を止める。施設内の照明が切り替わり、壁面端末が一斉に警戒表示へ変わる。

 

続いて、案内音声。島全域のセキュリティシステムが緊急モードへ移行したことを告げる。

 

「訓練ですか?」

 

発目さんが聞く。

 

「聞いてない」

 

研究員が答える。

 

その直後、廊下の先で重い音。

 

防火シャッターではない。もっと厚いセキュリティ用の隔壁が、区画を閉じた。別方向も閉鎖。

 

端末、通信切断。携帯端末、圏外。施設内ネットワーク、外部接続不可。

 

「訓練ではなさそうですね」

 

私は言う。

 

研究員が近くの認証端末を操作する。反応、拒否。もう一度。拒否。

 

「管理権限が……」

 

表示を見る。

 

通常の非常停止ではない。現地の研究者が、自分の区画を解除できない。より上位の権限から、島全体が制御されている。

 

「故障ですか?」

 

発目さん。

 

「故障なら、もう少し壊れ方が不規則だと思います」

 

私は答える。

 

電力、動いている。照明、動いている。隔壁、正常に閉鎖。端末、正常に認証を拒否。通信、意図的に遮断。

 

システムは壊れているようには見えない。正しく動いて、こちらを閉じ込めている。

 

「誰かが操作していますね」

 

研究員の顔が変わった。

 

◇ ◇ ◇

 

館内放送。

 

普段の案内とは違う。島の住民、来場者、全員へ現在地で待機するよう指示。

 

外へ出ない。抵抗しない。セキュリティシステムに従う。

 

言葉だけなら、緊急避難にも聞こえる。

 

ただ、研究員が低い声で言った。

 

「こんな運用はしない」

 

「そうですか」

 

「区画管理者まで締め出す緊急モードなんて、普通は中央からの侵害を想定してない」

 

中央。

 

私は前日に聞いた説明を思い出す。

 

この島。研究施設、製造施設、居住区、通信、警備。かなりのものが統合管理されている。

 

標準化、集中管理、大規模運用。便利。

 

そして、上を取られた場合、影響範囲も大きい。

 

「中央システムを取られた可能性が高いですね」

 

「たぶん」

 

研究員が答える。

 

発目さんが目を輝かせた。

 

「セキュリティシステムってどんな構造なんですか?」

 

今そこなのか。

 

「発目さん」

 

「はい?」

 

「事件中です」

 

「でも構造分からないと直せなくないですか?」

 

それは正しい。

 

◇ ◇ ◇

 

まず、現状確認。

 

私たちはレセプション会場にはいない。研究展示を見ていたから、公開研究区画側。

 

周囲にいるのは、研究者、技術者、見学者。ヒーローは少ない。

 

むしろ、有力なヒーローほどレセプションへ行っている可能性が高い。それが良いか悪いかは、まだ分からない。

 

正面の隔壁、閉鎖。非常口、同じ。エレベーター、停止。通信、遮断。研究員用の内部端末、権限失効。

 

外へ出る手段が、普通にはない。

 

私は持ってきた荷物を見る。

 

端末、小型測定機。それだけ。

 

体育祭の時のような二十五個の装備はない。光操作ベルトもない。個性兵もいない。

 

海外の研究施設へ、自分の秘密装備を大量に持ってくる必要がなかったから。

 

今となっては、少し不便。

 

ただ、何もないわけではない。

 

ここは研究施設。周囲に機械が大量にある。

 

◇ ◇ ◇

 

「この区画の設備は使えますか?」

 

私が研究員へ聞く。

 

「研究用?」

 

「はい」

 

「ローカル機器なら。中央認証が必要なものは駄目だと思う」

 

「十分です」

 

発目さんも、すぐ周囲を見る。

 

「工具は?」

 

「工作区画なら隣にある」

 

「行けます?」

 

「内部扉は――」

 

操作。開く。

 

島全体を閉じる隔壁と、研究区画内の普通の扉。全部が同じ権限ではないらしい。

 

「行けます!」

 

発目さんが先に動く。

 

私は研究員を見る。

 

「中央へ直接繋がる必要はありません。まず、この区画から見える情報だけ確認します」

 

「何するつもり?」

 

「状況把握です」

 

犯人、人数、目的。分からない。

 

レセプション側がどうなっているか、分からない。島全体が本当に同じ状態か、それも今のところ放送だけ。

 

知らないものを決めつけない。

 

まず、見る。

 

◇ ◇ ◇

 

隣の工作区画。

 

公開展示用とはいえ、設備は多い。診断端末、センサー、配線工具、簡易加工機、回路評価装置、試作用通信モジュール。

 

発目さんが棚を見る。

 

「使っていいんですか!?」

 

「緊急時だからな」

 

研究員が言う。

 

「壊すなよ」

 

「善処します!」

 

不安な返事だった。

 

私は島の中央ネットワークへ、正面から接続しようとはしない。管理権限はない。下手に触れば、侵入検知へ引っかかる。

 

欲しいのは、この区画へ届いている制御信号。

 

隔壁、照明、監視、警備システム。その通信状態。

 

ローカル側から、受け取っているものだけを見る。

 

「ここ、保守端子ありますね」

 

発目さんが言う。

 

「ありますね」

 

壁面制御盤。通常なら設備保守用。

 

私は診断端末を接続する。

 

認証。研究員。通る。

 

ただし、区画外への操作権限はなし。

 

問題ない。操作はまだ要らない。

 

ログを見る。

 

警報前、通常。時刻。切替。中央から緊急権限が一斉に降りている。

 

「全区画同時?」

 

研究員。

 

「少なくとも、この系統では」

 

私は応える。

 

個別侵入ではない。中央を取って、下へ命令を流した。

 

発目さんが別の表示を見る。

 

「警備ロボットも動いてます!」

 

「位置は?」

 

「ここから見える範囲だけですけど」

 

複数。通路、出口、主要交差点。待機。巡回ではない。

 

封鎖配置。人間が外へ出るのを止める形。

 

「セキュリティをそのまま使っていますね」

 

敵が自分で大量の戦力を持ち込む必要はない。島の警備を奪えばいい。

 

効率的。

 

◇ ◇ ◇

 

映像。研究区画内の監視カメラは見える。それより外は拒否。

 

「中央カメラの映像は取れないんですか?」

 

発目さん。

 

「権限がない」

 

研究員が答える。

 

「物理的に繋がってるなら――」

 

「発目さん」

 

「はい」

 

「今は壊さない方がいいです」

 

「まだ壊してません!」

 

まだ。

 

私は公開展示の機材を見る。

 

昨日、光学計測、個性連動制御、姿勢検知、複数センサー。そのままでは監視用ではない。

 

ただ、センサーはセンサー。用途を変えれば、周囲を見ることはできる。

 

廊下へ出られないなら、隔壁の向こうを別の方法で見る。

 

「壁の構造図はありますか?」

 

「公開区画ならある」

 

研究員が表示。

 

配線、配管、保守経路、空調、隔壁。

 

壁自体を壊す必要はない。細い保守ダクトが通っている。

 

「ここ」

 

私は指す。

 

「センサーだけ通せますね」

 

発目さん。すぐ分かる。

 

「細いやつ作れます!」

 

「お願いします」

 

「任せてください!」

 

こういう時、発目さんは速い。

 

◇ ◇ ◇

 

小型。カメラ、音声、距離センサー。それだけ。

 

飛行させる必要もない。保守ダクト内部を自走。構造は単純でいい。

 

部品は公開研究区画にある。試作用モーター、カメラ、制御基板、電源。

 

発目さんが組む。

 

私は保守ダクトの経路を確認。必要な寸法、通信。

 

中央網を使えば遮断される可能性。だから、ローカル。短距離。壁越し。中継。研究区画内だけ。

 

「十七分です!」

 

発目さんが言う。

 

「速いですね」

 

「もっと部品揃ってたら十分でできます!」

 

十分でも、十分速い。

 

小型機。見た目は綺麗ではない。配線も一部露出。

 

でも、動く。発目さんらしい。

 

「行ってこい、ベイビー!」

 

投入。

 

ダクト内を前進。映像、正常。

 

◇ ◇ ◇

 

最初の隔壁の向こう。廊下。無人。

 

次。交差点。警備ロボット、二体。待機。

 

その先。人影。研究者。壁際で動かず待機。ロボットが監視。

 

少なくとも、無差別攻撃ではない。外出制限、拘束。

 

「撃たれてませんね」

 

発目さん。

 

「はい」

 

敵の目的が、今のところ大量殺傷ではない可能性。

 

ただ、安心はできない。

 

ロボットは本来の警備装置。誰かが命令を書き換えたのではなく、中央権限から正規機能を使っている。

 

その方が厄介。

 

正面から、島の防御システムと戦う意味はない。

 

◇ ◇ ◇

 

もう少し、偵察機を進める。

 

上階方面、閉鎖。レセプション側へ向かう経路、複数の隔壁。

 

さらに通信信号。

 

こちらでは細かい内容まで取れない。ただ、中央のトラフィック量が変わっている。

 

一部、警備制御。一部、監視。そして、別の系統。

 

「これは?」

 

発目さんが聞く。

 

研究員が画面へ寄る。

 

「研究区画の管理網だ」

 

「警備と別ですか?」

 

「完全には別じゃない。島の中央管理を経由する部分がある」

 

私はログを見る。

 

異常発生後、通常ならこの時間に動かないはずの研究管理系アクセスが複数、中央塔側から発生している。

 

「何か探していますね」

 

「分かるの?」

 

「アクセス量だけです。内容は見えません」

 

保管データ、研究資産、機密。どれか。

 

敵が島を占拠して、何かを取りに来た可能性。かなり高い。

 

ただ、何かまでは分からない。

 

◇ ◇ ◇

 

館内放送が、もう一度流れる。

 

待機。抵抗禁止。安全を保証。

 

その中で、中央塔、レセプション、研究者二名の移送。断片的な監視ログ。

 

全部を繋げる。

 

目的は、人質を取ること自体ではない。

 

何か。中央塔にある研究物。あるいは、研究者にしか開けないもの。

 

「研究データ狙いですかね」

 

発目さんが言う。

 

「可能性は高いですね」

 

「何の?」

 

「そこは分かりません」

 

I・アイランド。研究が多すぎる。

 

一つに絞れない。

 

◇ ◇ ◇

 

別の表示。

 

突如、監視系に大きな負荷。

 

何かが上階を移動している。複数。人。

 

セキュリティシステムが、区画封鎖を段階的に変更。

 

「誰か動いてますね」

 

私は言う。

 

研究員が、

 

「犯人?」

 

「分かりません。ただ、警備側が追っています」

 

偵察機。別経路。

 

音。遠い。

 

衝撃。一回。次、複数。

 

個性か、機械か。判別不能。

 

その後、上層方向。警備システム、隔壁閉鎖、エレベーター動作。何者かの移動へ対応している。

 

私は雄英のヒーロー科生徒を思い出す。

 

島にいる。レセプションへ、全員が時間通り着いていたとは限らない。

 

爆豪さん。特に、迷っていても不思議ではない。

 

誰が動いているか、確認できない。

 

だから、任せる。

 

戦闘はヒーロー科。あるいは、島のヒーロー。私の仕事ではない。

 

私たちは、こちらで状況を把握する。

 

◇ ◇ ◇

 

「中央システムへ入りませんか?」

 

発目さんが、当然のように聞く。

 

「正面からは無理です」

 

「裏から!」

 

「それを探しています」

 

研究員が少し顔をしかめる。

 

「おい」

 

「緊急事態ですので」

 

私は答える。

 

「島全体を制御されている状態で、正規権限だけ待っても解除できない可能性があります」

 

「だからって学生が――」

 

「では、正規の復旧担当へ連絡できますか?」

 

沈黙。

 

通信、遮断。中央、敵。

 

「……できない」

 

「なら、やれる範囲だけやります」

 

全部奪い返す必要はない。中央塔の最上位制御へ、私が先に到達する必要もない。

 

ヒーロー科生徒が何をしているか、私は知らない。でも、誰かが上へ向かっている。

 

なら、そちらはそちら。

 

こちらは別経路。研究網。敵が何をしているのかを見る。

 

それでいい。

 

◇ ◇ ◇

 

I・アイランドのネットワークは単純ではない。当然。

 

一般展示、研究、製造、警備、電力、通信。全部を一枚の網へ載せるほど雑ではない。

 

でも、完全独立でもない。

 

中央管理、認証、監査、ログ。そこでは繋がる。

 

侵入者は中央を取った。だから、多くの場所へ正規命令として触れる。

 

逆に、こちらから中央へ戻る経路も物理的には存在する。

 

私は、研究員用端末、保守端末、公開試験設備、三つを繋ぐ。

 

権限は足りない。

 

なら、権限を取りに行くのではない。既に許可されている通信だけを辿る。

 

研究装置が中央へ定期的に状態を送る。監査、時刻同期、機器識別。その戻り。

 

ごく小さい。でも、ある。

 

「何してるんです?」

 

発目さん。

 

「中央がこの端末へ返している情報を見ています」

 

「入るんじゃなくて?」

 

「今はまだ」

 

ここで無理に侵入すれば、敵側へ別のアクセスがあると知らせる。

 

状況を知らない間は、情報を与えない方がいい。

 

まず、読む。

 

◇ ◇ ◇

 

数分。

 

中央側、管理応答。研究システム。通常。

 

一部、違う。

 

特定区画。アクセス。封鎖解除。再封鎖。認証、高位。保管領域。

 

私は研究員へ聞く。

 

「この識別番号は?」

 

表示する。

 

研究員の表情が変わる。

 

「公開研究じゃない」

 

「何の区画ですか?」

 

「保管」

 

「データ?」

 

「研究成果も。試作品も。危険度の高いものは、普通の研究室に置かない」

 

なるほど。

 

敵はそこへ向かっている。

 

「アクセス内容までは?」

 

「この端末じゃ無理だ」

 

「別の研究端末なら?」

 

「権限が――」

 

「権限ではなく、経路です」

 

研究員が少し考える。

 

それから、別区画を指した。

 

「解析室なら、研究保管系と監査ログを共有してる」

 

「行けますか?」

 

「区画内通路なら」

 

「行きましょう」

 

発目さんが工具をまとめる。

 

「ベイビーも!」

 

「回収してください」

 

「もちろんです!」

 

◇ ◇ ◇

 

移動。

 

外の通路ではない。研究区画内部。閉鎖されていない範囲。

 

途中、隔壁一枚。内部認証。研究員。通る。

 

解析室。

 

端末、複数。高性能。昨日まで見学対象だったもの。

 

今は、別の用途で使う。

 

皮肉ではない。機械は、用途が変わっただけ。

 

私は座る。

 

研究員、ローカル認証。監査データを開く。

 

敵が使っている最上位権限そのものは見えない。でも、何へ触れたか、痕跡がある。

 

保管区画、番号、研究プロジェクト、名前。一部、伏せられている。機密。当然。

 

「読めませんね」

 

発目さん。

 

「通常なら」

 

私は答える。

 

通常なら、そこで終わる。権限がない。見ない。

 

でも今、その機密研究を占拠犯が取りに行っている。

 

それなら、何を狙っているか知る価値がある。

 

これは正規の見学ではない。

 

私は端末の構造を見る。

 

監査情報、研究データ管理。別。でも、識別子は共通。

 

ID。そこから、保管先、通信先、呼び出し履歴。辿れる。

 

「空木さん」

 

発目さんが私を見る。

 

「これ」

 

声が少し低い。

 

画面。新しいアクセス。

 

中央塔上層、保管領域、データ読み出し、試作品管理。同時に動いている。

 

「何か出していますね」

 

私は言う。

 

犯人の目的。かなり近い。

 

まだ中身は見えない。ただ、ここまで来れば、次に調べる場所は決まっている。

 

研究員が、

 

「それ以上は機密だぞ」

 

「そうですね」

 

本来なら見ない。

 

でも今は、機密そのものが犯人の手に渡ろうとしている。

 

私は画面へ手を置く。

 

完全な設計図を盗むつもりはない。興味のない研究なら、見る理由もない。

 

必要なのは、何を奪おうとしているか。その目的、作動、危険性。そこだけ。

 

「少し調べます」

 

私は言った。

 

画面の奥で、機密研究へのアクセスが続いていた。

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