無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「これを聞いてから行きましょう」
「私もです!」
そう決めて、私たちは研究員の説明を待った。
レセプションはもう始まっている。ただ、目の前には個性発現と装備制御の同期失敗例が並んでいる。こちらの方が興味深い。
説明が始まる。試験装置、入力、遅延、失敗原因、改善案。
研究員の話を聞きながら、私は表示されているログを見る。発目さんは試作機の方を見る。いつも通り。
その途中だった。
警報が鳴った。
◇ ◇ ◇
音。赤い表示。
研究員が話を止める。施設内の照明が切り替わり、壁面端末が一斉に警戒表示へ変わる。
続いて、案内音声。島全域のセキュリティシステムが緊急モードへ移行したことを告げる。
「訓練ですか?」
発目さんが聞く。
「聞いてない」
研究員が答える。
その直後、廊下の先で重い音。
防火シャッターではない。もっと厚いセキュリティ用の隔壁が、区画を閉じた。別方向も閉鎖。
端末、通信切断。携帯端末、圏外。施設内ネットワーク、外部接続不可。
「訓練ではなさそうですね」
私は言う。
研究員が近くの認証端末を操作する。反応、拒否。もう一度。拒否。
「管理権限が……」
表示を見る。
通常の非常停止ではない。現地の研究者が、自分の区画を解除できない。より上位の権限から、島全体が制御されている。
「故障ですか?」
発目さん。
「故障なら、もう少し壊れ方が不規則だと思います」
私は答える。
電力、動いている。照明、動いている。隔壁、正常に閉鎖。端末、正常に認証を拒否。通信、意図的に遮断。
システムは壊れているようには見えない。正しく動いて、こちらを閉じ込めている。
「誰かが操作していますね」
研究員の顔が変わった。
◇ ◇ ◇
館内放送。
普段の案内とは違う。島の住民、来場者、全員へ現在地で待機するよう指示。
外へ出ない。抵抗しない。セキュリティシステムに従う。
言葉だけなら、緊急避難にも聞こえる。
ただ、研究員が低い声で言った。
「こんな運用はしない」
「そうですか」
「区画管理者まで締め出す緊急モードなんて、普通は中央からの侵害を想定してない」
中央。
私は前日に聞いた説明を思い出す。
この島。研究施設、製造施設、居住区、通信、警備。かなりのものが統合管理されている。
標準化、集中管理、大規模運用。便利。
そして、上を取られた場合、影響範囲も大きい。
「中央システムを取られた可能性が高いですね」
「たぶん」
研究員が答える。
発目さんが目を輝かせた。
「セキュリティシステムってどんな構造なんですか?」
今そこなのか。
「発目さん」
「はい?」
「事件中です」
「でも構造分からないと直せなくないですか?」
それは正しい。
◇ ◇ ◇
まず、現状確認。
私たちはレセプション会場にはいない。研究展示を見ていたから、公開研究区画側。
周囲にいるのは、研究者、技術者、見学者。ヒーローは少ない。
むしろ、有力なヒーローほどレセプションへ行っている可能性が高い。それが良いか悪いかは、まだ分からない。
正面の隔壁、閉鎖。非常口、同じ。エレベーター、停止。通信、遮断。研究員用の内部端末、権限失効。
外へ出る手段が、普通にはない。
私は持ってきた荷物を見る。
端末、小型測定機。それだけ。
体育祭の時のような二十五個の装備はない。光操作ベルトもない。個性兵もいない。
海外の研究施設へ、自分の秘密装備を大量に持ってくる必要がなかったから。
今となっては、少し不便。
ただ、何もないわけではない。
ここは研究施設。周囲に機械が大量にある。
◇ ◇ ◇
「この区画の設備は使えますか?」
私が研究員へ聞く。
「研究用?」
「はい」
「ローカル機器なら。中央認証が必要なものは駄目だと思う」
「十分です」
発目さんも、すぐ周囲を見る。
「工具は?」
「工作区画なら隣にある」
「行けます?」
「内部扉は――」
操作。開く。
島全体を閉じる隔壁と、研究区画内の普通の扉。全部が同じ権限ではないらしい。
「行けます!」
発目さんが先に動く。
私は研究員を見る。
「中央へ直接繋がる必要はありません。まず、この区画から見える情報だけ確認します」
「何するつもり?」
「状況把握です」
犯人、人数、目的。分からない。
レセプション側がどうなっているか、分からない。島全体が本当に同じ状態か、それも今のところ放送だけ。
知らないものを決めつけない。
まず、見る。
◇ ◇ ◇
隣の工作区画。
公開展示用とはいえ、設備は多い。診断端末、センサー、配線工具、簡易加工機、回路評価装置、試作用通信モジュール。
発目さんが棚を見る。
「使っていいんですか!?」
「緊急時だからな」
研究員が言う。
「壊すなよ」
「善処します!」
不安な返事だった。
私は島の中央ネットワークへ、正面から接続しようとはしない。管理権限はない。下手に触れば、侵入検知へ引っかかる。
欲しいのは、この区画へ届いている制御信号。
隔壁、照明、監視、警備システム。その通信状態。
ローカル側から、受け取っているものだけを見る。
「ここ、保守端子ありますね」
発目さんが言う。
「ありますね」
壁面制御盤。通常なら設備保守用。
私は診断端末を接続する。
認証。研究員。通る。
ただし、区画外への操作権限はなし。
問題ない。操作はまだ要らない。
ログを見る。
警報前、通常。時刻。切替。中央から緊急権限が一斉に降りている。
「全区画同時?」
研究員。
「少なくとも、この系統では」
私は応える。
個別侵入ではない。中央を取って、下へ命令を流した。
発目さんが別の表示を見る。
「警備ロボットも動いてます!」
「位置は?」
「ここから見える範囲だけですけど」
複数。通路、出口、主要交差点。待機。巡回ではない。
封鎖配置。人間が外へ出るのを止める形。
「セキュリティをそのまま使っていますね」
敵が自分で大量の戦力を持ち込む必要はない。島の警備を奪えばいい。
効率的。
◇ ◇ ◇
映像。研究区画内の監視カメラは見える。それより外は拒否。
「中央カメラの映像は取れないんですか?」
発目さん。
「権限がない」
研究員が答える。
「物理的に繋がってるなら――」
「発目さん」
「はい」
「今は壊さない方がいいです」
「まだ壊してません!」
まだ。
私は公開展示の機材を見る。
昨日、光学計測、個性連動制御、姿勢検知、複数センサー。そのままでは監視用ではない。
ただ、センサーはセンサー。用途を変えれば、周囲を見ることはできる。
廊下へ出られないなら、隔壁の向こうを別の方法で見る。
「壁の構造図はありますか?」
「公開区画ならある」
研究員が表示。
配線、配管、保守経路、空調、隔壁。
壁自体を壊す必要はない。細い保守ダクトが通っている。
「ここ」
私は指す。
「センサーだけ通せますね」
発目さん。すぐ分かる。
「細いやつ作れます!」
「お願いします」
「任せてください!」
こういう時、発目さんは速い。
◇ ◇ ◇
小型。カメラ、音声、距離センサー。それだけ。
飛行させる必要もない。保守ダクト内部を自走。構造は単純でいい。
部品は公開研究区画にある。試作用モーター、カメラ、制御基板、電源。
発目さんが組む。
私は保守ダクトの経路を確認。必要な寸法、通信。
中央網を使えば遮断される可能性。だから、ローカル。短距離。壁越し。中継。研究区画内だけ。
「十七分です!」
発目さんが言う。
「速いですね」
「もっと部品揃ってたら十分でできます!」
十分でも、十分速い。
小型機。見た目は綺麗ではない。配線も一部露出。
でも、動く。発目さんらしい。
「行ってこい、ベイビー!」
投入。
ダクト内を前進。映像、正常。
◇ ◇ ◇
最初の隔壁の向こう。廊下。無人。
次。交差点。警備ロボット、二体。待機。
その先。人影。研究者。壁際で動かず待機。ロボットが監視。
少なくとも、無差別攻撃ではない。外出制限、拘束。
「撃たれてませんね」
発目さん。
「はい」
敵の目的が、今のところ大量殺傷ではない可能性。
ただ、安心はできない。
ロボットは本来の警備装置。誰かが命令を書き換えたのではなく、中央権限から正規機能を使っている。
その方が厄介。
正面から、島の防御システムと戦う意味はない。
◇ ◇ ◇
もう少し、偵察機を進める。
上階方面、閉鎖。レセプション側へ向かう経路、複数の隔壁。
さらに通信信号。
こちらでは細かい内容まで取れない。ただ、中央のトラフィック量が変わっている。
一部、警備制御。一部、監視。そして、別の系統。
「これは?」
発目さんが聞く。
研究員が画面へ寄る。
「研究区画の管理網だ」
「警備と別ですか?」
「完全には別じゃない。島の中央管理を経由する部分がある」
私はログを見る。
異常発生後、通常ならこの時間に動かないはずの研究管理系アクセスが複数、中央塔側から発生している。
「何か探していますね」
「分かるの?」
「アクセス量だけです。内容は見えません」
保管データ、研究資産、機密。どれか。
敵が島を占拠して、何かを取りに来た可能性。かなり高い。
ただ、何かまでは分からない。
◇ ◇ ◇
館内放送が、もう一度流れる。
待機。抵抗禁止。安全を保証。
その中で、中央塔、レセプション、研究者二名の移送。断片的な監視ログ。
全部を繋げる。
目的は、人質を取ること自体ではない。
何か。中央塔にある研究物。あるいは、研究者にしか開けないもの。
「研究データ狙いですかね」
発目さんが言う。
「可能性は高いですね」
「何の?」
「そこは分かりません」
I・アイランド。研究が多すぎる。
一つに絞れない。
◇ ◇ ◇
別の表示。
突如、監視系に大きな負荷。
何かが上階を移動している。複数。人。
セキュリティシステムが、区画封鎖を段階的に変更。
「誰か動いてますね」
私は言う。
研究員が、
「犯人?」
「分かりません。ただ、警備側が追っています」
偵察機。別経路。
音。遠い。
衝撃。一回。次、複数。
個性か、機械か。判別不能。
その後、上層方向。警備システム、隔壁閉鎖、エレベーター動作。何者かの移動へ対応している。
私は雄英のヒーロー科生徒を思い出す。
島にいる。レセプションへ、全員が時間通り着いていたとは限らない。
爆豪さん。特に、迷っていても不思議ではない。
誰が動いているか、確認できない。
だから、任せる。
戦闘はヒーロー科。あるいは、島のヒーロー。私の仕事ではない。
私たちは、こちらで状況を把握する。
◇ ◇ ◇
「中央システムへ入りませんか?」
発目さんが、当然のように聞く。
「正面からは無理です」
「裏から!」
「それを探しています」
研究員が少し顔をしかめる。
「おい」
「緊急事態ですので」
私は答える。
「島全体を制御されている状態で、正規権限だけ待っても解除できない可能性があります」
「だからって学生が――」
「では、正規の復旧担当へ連絡できますか?」
沈黙。
通信、遮断。中央、敵。
「……できない」
「なら、やれる範囲だけやります」
全部奪い返す必要はない。中央塔の最上位制御へ、私が先に到達する必要もない。
ヒーロー科生徒が何をしているか、私は知らない。でも、誰かが上へ向かっている。
なら、そちらはそちら。
こちらは別経路。研究網。敵が何をしているのかを見る。
それでいい。
◇ ◇ ◇
I・アイランドのネットワークは単純ではない。当然。
一般展示、研究、製造、警備、電力、通信。全部を一枚の網へ載せるほど雑ではない。
でも、完全独立でもない。
中央管理、認証、監査、ログ。そこでは繋がる。
侵入者は中央を取った。だから、多くの場所へ正規命令として触れる。
逆に、こちらから中央へ戻る経路も物理的には存在する。
私は、研究員用端末、保守端末、公開試験設備、三つを繋ぐ。
権限は足りない。
なら、権限を取りに行くのではない。既に許可されている通信だけを辿る。
研究装置が中央へ定期的に状態を送る。監査、時刻同期、機器識別。その戻り。
ごく小さい。でも、ある。
「何してるんです?」
発目さん。
「中央がこの端末へ返している情報を見ています」
「入るんじゃなくて?」
「今はまだ」
ここで無理に侵入すれば、敵側へ別のアクセスがあると知らせる。
状況を知らない間は、情報を与えない方がいい。
まず、読む。
◇ ◇ ◇
数分。
中央側、管理応答。研究システム。通常。
一部、違う。
特定区画。アクセス。封鎖解除。再封鎖。認証、高位。保管領域。
私は研究員へ聞く。
「この識別番号は?」
表示する。
研究員の表情が変わる。
「公開研究じゃない」
「何の区画ですか?」
「保管」
「データ?」
「研究成果も。試作品も。危険度の高いものは、普通の研究室に置かない」
なるほど。
敵はそこへ向かっている。
「アクセス内容までは?」
「この端末じゃ無理だ」
「別の研究端末なら?」
「権限が――」
「権限ではなく、経路です」
研究員が少し考える。
それから、別区画を指した。
「解析室なら、研究保管系と監査ログを共有してる」
「行けますか?」
「区画内通路なら」
「行きましょう」
発目さんが工具をまとめる。
「ベイビーも!」
「回収してください」
「もちろんです!」
◇ ◇ ◇
移動。
外の通路ではない。研究区画内部。閉鎖されていない範囲。
途中、隔壁一枚。内部認証。研究員。通る。
解析室。
端末、複数。高性能。昨日まで見学対象だったもの。
今は、別の用途で使う。
皮肉ではない。機械は、用途が変わっただけ。
私は座る。
研究員、ローカル認証。監査データを開く。
敵が使っている最上位権限そのものは見えない。でも、何へ触れたか、痕跡がある。
保管区画、番号、研究プロジェクト、名前。一部、伏せられている。機密。当然。
「読めませんね」
発目さん。
「通常なら」
私は答える。
通常なら、そこで終わる。権限がない。見ない。
でも今、その機密研究を占拠犯が取りに行っている。
それなら、何を狙っているか知る価値がある。
これは正規の見学ではない。
私は端末の構造を見る。
監査情報、研究データ管理。別。でも、識別子は共通。
ID。そこから、保管先、通信先、呼び出し履歴。辿れる。
「空木さん」
発目さんが私を見る。
「これ」
声が少し低い。
画面。新しいアクセス。
中央塔上層、保管領域、データ読み出し、試作品管理。同時に動いている。
「何か出していますね」
私は言う。
犯人の目的。かなり近い。
まだ中身は見えない。ただ、ここまで来れば、次に調べる場所は決まっている。
研究員が、
「それ以上は機密だぞ」
「そうですね」
本来なら見ない。
でも今は、機密そのものが犯人の手に渡ろうとしている。
私は画面へ手を置く。
完全な設計図を盗むつもりはない。興味のない研究なら、見る理由もない。
必要なのは、何を奪おうとしているか。その目的、作動、危険性。そこだけ。
「少し調べます」
私は言った。
画面の奥で、機密研究へのアクセスが続いていた。