無個性は個性をつくる 作:匿名希望
「少し調べます」
私は言った。
画面の奥で、機密研究へのアクセスが続いていた。
研究員がこちらを見る。
「少し、の範囲は?」
「犯人が何を持ち出そうとしているか分かるまでです」
「十分まずいぞ」
「そうですね」
許可されていない。それは分かっている。
ただ、現在、許可を持っていない人間がもっと深いところまで入っている。何を奪おうとしているのか分からないまま待つ方が、合理的とも思えなかった。
私は研究保管系の識別子を、監査ログから辿る。直接、機密ファイルを開くのではない。
まず、関連情報。作成者、保管区分、試作品管理、実験履歴、プロジェクト名。その程度。
表示。
研究責任者、デヴィッド・シールド。
私は名前を知っている。I・アイランドでもかなり有名な研究者。オールマイトのサポート装備にも関わった人物。
そして現在、犯人側が繰り返しアクセスしている研究。
名称。個性増幅装置。
「……増幅?」
発目さんが横から画面を見る。
「個性のですか?」
「名称通りなら」
私は次を見る。
詳細説明。権限不足。当然。
ただ、研究管理用の概要までは監査側にも残っている。
目的。個性出力の一時的増大。非侵襲。外部装着。使用終了後、個性因子構造への恒久変化なし。
私はそこで一度止まった。
「空木さん?」
発目さんが言う。
私はもう一度読む。
外部装着。個性出力増大。個性因子への恒久変更なし。
「これですね」
「何がです?」
「犯人が狙っているものです」
少なくとも、可能性はかなり高い。
◇ ◇ ◇
私には今、個性を強くする方法がある。
個性因子そのものを作り替える。出力上限を変える。発現経路を変える。身体との接続を変える。制約を変える。
設計できれば、かなり自由。
ただ、それは本人の個性自体を変える方法だった。
例えば、爆豪さんの『爆破』。最大出力を上げたいなら、個性因子側を再設計する。その方が私には分かりやすい。
しかし、学校から受ける普通のサポート依頼で、本人の個性自体へ恒久的な変更を加えることはしていない。
だから、爆豪さんのガントレットでは、汗、回収、輸送、貯蔵、放出。そこだけ改善した。元の個性出力そのものは上げていない。
青山さんも同じ。ネビルレーザー。集束、偏向、別方向射出。できるようにした。でも、腹部から生成されるレーザーそのものの最大出力は変えていない。
外付け装備で、既存個性の出力自体を増幅する。
私はまだ、それをやっていない。
目の前の研究は、それをやっている。
「面白いですね」
口に出る。
研究員が、
「お前、今それ言うのか?」
「事件とは別です」
今、島が占拠されていることと、研究内容が興味深いことは両立する。
◇ ◇ ◇
もう少し必要。
完全な設計図は要らない。その装置をそのまま作りたいわけではない。何を考えて、どう成立させているか。そこが分かればいい。
研究ファイル本体へ直接入る。
防御。当然、強い。
でも、犯人側が既に開いている。正規とは違う高位権限。そのアクセス履歴。一部、キャッシュ。監査用に複製された短い概要。
そこを見る。
研究員が、
「そこから先は完全に不正アクセスだぞ」
「さっきからそうですよ」
「開き直るな」
「認識しています」
止める理由にはならない。
私は設計ファイルではなく、試験概要を開く。
全文は取れない。でも、結果はある。
装着前、装着中、装着後。同一被験条件。
出力。装着中、大幅上昇。解除、元へ戻る。
継続的な個性因子構造変化、検出なし。身体側の恒久変化、なし。繰り返し試験、再現。
「本当に外だけなんですね」
発目さんも画面を見る。
「そうですね」
薬剤ではない。人体改造でもない。個性因子を書き換えたわけでもない。
外部装置を付けている間だけ、出力が上がる。外せば元。
「どうやってるんです?」
「そこを見ています」
◇ ◇ ◇
構造図。全部は表示されない。暗号化、権限、複数段階。
細部を追えば、かなり時間がかかる。そして、その必要はない。
私は研究概要に添付されている、簡略化された構造ブロックを見る。
装着者。個性発現。検出。同期。外部制御。増幅。戻す。
かなり抽象的。でも、十分。
これは、外部から新しい現象を追加しているわけではない。
爆豪さんの爆発へ、別の爆発を重ねる。そういう方式ではない。
本人が持つ個性。その発現過程自体へ、外側から介入している。ただし、因子構造を恒久的に書き換えない。
使っている間だけ、通常より高い出力状態へ押し上げる。
私は別の試験記録を見る。
装置起動。出力上昇。装置停止。即座に低下。再起動。再び上昇。
個性因子は同じ。
「……なるほど」
今まで私は、出力を上げるなら設計図を書き換えた。
最大出力、一〇〇。それを二〇〇に変える。そう考えていた。
この装置は、一〇〇の設計を一〇〇のまま残す。その上で、外から二〇〇を出させる。
「そういう考え方ですか」
単純。言葉にすれば、かなり。
でも、私はやっていなかった。
◇ ◇ ◇
発目さんが構造概要を見る。
「でも、これだけだと作れなくないですか?」
「作れませんね」
「もっと見ます?」
「完全な設計図は要りません」
「えっ?」
発目さんが珍しくこちらを見る。
「見られるなら見ません?」
「目的が違います」
私はこの装置が欲しいわけではない。デヴィッド・シールドの完成品を複製したいわけでもない。
自分で、同じ目的へ別の経路から到達できればいい。
私には個性因子自体が見える。構造も、一定以上の発現情報があれば解析できる。そして、人工個性も作れる。
なら、外部装置で個性因子の発現状態へ一時的に干渉する。その方法を帰ってから考えればいい。
必要なのは、できるということ。
「装置を再現するより、原理を自分の技術へ合わせた方が早いと思います」
「ああ!」
発目さんはすぐ理解する。
「そのままコピーする必要ないんですね!」
「はい」
私は画面を閉じない。
もう少しだけ、作動データを見る。どこまで出力が変わるか。起動遅延。停止後、個性状態。異常。失敗例。数字。
全部を保存する必要はない。私は覚えるつもりで見る。それで十分。
危険な研究内容を、外部ファイルとして持ち帰る理由はない。
◇ ◇ ◇
一つ、重要。
副作用。
装置によって個性出力は上がる。では、使用者側の負担はどうなるか。
試験結果。個性ごとに差。当然。
装置が、個性固有の副作用まで消しているわけではない。身体コストそのものを、別のエネルギーで完全に肩代わりしているわけでもない。制御能力も増えていない。
出力だけ上がる。
「使える人、選びそうですね」
私は言う。
発目さん。
「強くなりすぎるってことです?」
「それもあります」
例えば、上鳴さん。
電気。出力を上げる。それ自体はできても、本人が高出力を細かく扱えるとは限らない。
むしろ、全力放出。そういう使い方なら、向いているかもしれない。
爆豪さん。違う。
元から、出力調整、方向、連射、移動。かなり細かい。
なら、出力上限だけ増えても、比較的扱いやすい可能性。もちろん、実際には試験が必要。
青山さん。身体適合が悪い。
単純にレーザー出力だけ上げれば、腹部への負担が悪化する可能性。
使用者、個性、装備。全部見る必要がある。
便利。万能ではない。
その方が、研究対象としては扱いやすい。
◇ ◇ ◇
画面。警告。
別アクセス。試作品管理。状態変更。保管解除。
研究員の顔が変わる。
「出された」
「装置が?」
「たぶん」
保管区画。扉、解除。収納装置、開放。
その後、中央塔上部へ管理対象が移動。
犯人。目的達成。
「まずいですね」
発目さんが言う。
「そうですね」
個性出力を大幅に上げる装置。それを占拠犯が持つ。
危険性は、説明する必要もない。
私たちの場所から、直接止める方法はない。隔壁、警備、距離。そして、私は戦闘装備をほとんど持っていない。
なら、無理に行かない。
できること。状況確認。情報。
もし通信を戻せるなら、警告。
私は研究網側から、ローカル緊急通知を作る。
中央システムは敵に取られている。そこへ直接送っても消される。
だから、島内研究設備の異常監査。そこへ、装置保管解除、危険区分、通知。残す。
中央が復旧した瞬間、正規担当へ上がるようにする。
研究員、確認。
「これなら残る」
「お願いします」
送信。完了。
それ以上、今はできない。
◇ ◇ ◇
数分後。
上階の監視系、さらに負荷。大きい。
警備装置、複数停止。別地点、衝撃。
私たちの区画まで、微かに振動。
発目さんが天井を見る。
「上、かなりやってますね」
「そうですね」
誰が誰と、までは見えない。
でも、戦闘。起きている。
画面。中央塔上層。
映像。一瞬、復旧。また、切断。
その一瞬、見えた。
金属。大量。
建物の構造物が、一方向へ引き寄せられる。曲がる。集まる。
規模、大きい。
次、映像断。
「何ですか今の!?」
発目さん。
「金属操作系でしょうか」
断定はできない。でも、周囲の金属が一斉に動いていた。
事件前、公開資料で、ここまで大規模な金属操作能力が島内警備へ登録されていたとは聞いていない。
そして直前に、個性増幅装置、保管解除。
偶然ではなさそう。
私は研究管理画面を見る。
試作品。状態、使用中。
遠隔監視項目。一部だけ残っている。
装置稼働、正常。出力、上昇。対象個性、稼働中。
「実物試験まで始まりましたね」
研究員が、
「そんな言い方するな」
でも、結果としてはそうだった。
デヴィッド・シールドの研究データ。試験室内。そこだけではない。
実際の使用環境。装置、動作。個性出力、大幅増大。確認。
原理。成立している。
◇ ◇ ◇
ここから、細かい設計図を読む価値はむしろ下がった。
もう、必要なものは得た。
外部装置。個性因子、永久改造なし。装着中だけ、個性出力そのものを増幅。
出力増加。制御能力増加ではない。固有副作用除去でもない。人体コスト完全代替でもない。
それでも十分。かなり大きい。
私は開いていた研究概要を閉じる。
発目さんが、
「もういいんですか?」
「はい」
「まだファイルいっぱいありますよ?」
「他人の研究ですから」
研究員が何とも言えない顔をする。
「今更そこ気にするのか?」
「必要な範囲を超えて見る理由がありません」
「必要な範囲は超えてたと思うけどな」
それは否定しない。
◇ ◇ ◇
しばらく、上階の戦闘は続いた。
こちらから加わることはない。
警備システム、移動、停止、再起動。通信網、不安定。中央塔、複数のアクセス。
その中で、少しずつ変化。
敵側の命令が途切れる。警備ロボット、停止。隔壁、一部解除。通信、断続的に回復。
最後、中央管理権限が切り替わる。
研究員の端末。認証、通る。
「戻った」
その直後、島内放送。
占拠状態、解除。安全確認。避難指示。正規の案内。
さっきまでとは、声も内容も違う。
発目さんが、
「終わりました?」
「少なくとも、中央は戻ったようですね」
研究員が外部通信を確認。繋がる。
研究区画内、閉鎖解除。
遠く、人の声。動き始める。
私は画面を見る。
さっき入れた異常監査通知。正規システムへ送信済み。
なら、こちらで追加することはない。
◇ ◇ ◇
後から分かった範囲。
占拠犯。中央システム制圧。レセプション会場、ヒーロー拘束。研究者拉致。保管区画、試作品強奪。そして、戦闘。
最終的には、ヒーロー側が制圧した。
私が現場で何かしたわけではない。それでいい。
戦闘へ行く理由も、装備もなかった。
ただ、今回、別のものを得た。
私は研究区画を出る前に、一度、個性増幅装置の表示があった画面を見る。
もう機密研究。アクセス不可。
正しい状態へ戻っている。
問題ない。
完全な設計図は持っていない。装置の材料配合も、詳細回路も、製造工程も知らない。
必要ない。
頭の中にあるのは、一つの考え方。
本人の個性因子を恒久的に作り替えなくても、外部装置だけで出力そのものを上へ押し上げられる。
なら、私の技術でもできるはず。
今まで、個性を変えることでしか考えていなかっただけ。
帰ったら試す。
方法は、自分で作ればいい。
私はその結論だけ、忘れないようにした。